Post Pet B.C.2000
それは、晴れわたった空から降ってきた。
まんまるいボディに手足をはやし、得体のしれない布を首にまいた崑崙山のロボット、黄巾力士。
到底飛ぶわけがないと思える、奇妙な格好をしたロボットの腹には大きく『太乙』の文字。
操縦者の名が見えた時、太公望は対空ミサイルが存在しないことを心から呪った。
「なんの用だ」
周軍の宿営地にて、横柄に迎えた太公望に、十二仙科学部門が誇る最高ブレーンは、にへらっとしまりのない笑顔で応えた。
「そんなに嫌がらなくったっていいじゃないか。いいものもってきたんだよ!」
「雲中子とおぬしが関わってくるとろくなことがない、と言うのが、すでにインプリンティングされておるのだがのう?」
口の端を曲げて、思いっきり皮肉をこめて言ったにもかかわらず、太乙はかけらも気にする様子はない。
「ひどいなー。雲中子と一緒にしないでほしいよ!」
けらけらと笑って言う彼に、皮肉は通じない・・・。
さすが年の功と言うか、十二仙の中でも意外と古株な彼には、人の悪意や人情の機微など、とっくに水に流して海のかなたにあるようだった・・・。
「で、何しに来たんだ?」
太公望は、何を言っても無駄だと悟ると、用を聞いてさっさと帰してしまう作戦にでた。
すると、太乙はにっこり笑って持っていた箱を差し出した。
かわいらしい包み紙で包装され、赤いリボンまでついている。
「ナタクにか?」
受け取ると、箱の大きさの割にはちょっと重い。
新しい武器だろうか。
そう思って聞くと、太乙は首を横に振って、晴れやかに笑った。
「がんばってる君に、モバイルのプレゼントだよ!」
「モ・・・?なんだと?」
眉を寄せ、聞きなれない言葉に首をかしげていると、太乙は『開けてみて!』と、妙にうれしそうに急かした。
「開けるのはよいが・・・爆発なんかせんだろうな?」
恐る恐る、上目遣いで太乙を見る太公望に、太乙はさすがに苦笑した。
「信用ないなぁ・・・。ここで爆発物なんか渡したら、私まで吹き飛んじゃうじゃないか!そんな危険なことはしないよ!」
どうだか、とつぶやきつつ、太公望はリボンをほどき、ばりばりと包装紙をはがすと、箱を開けた。
「・・・なんだ、これは?」
出てきたのは、ブルーグレーの小型端末だった。
「だからモバイルだってば。
これ一台でメールもインターネットもできるからね!まずは崑崙山のホームページにでも行って、遊んでみたらいいよ!」
「・・・あのな、太乙。ありがたいが、わしはそろそろ朝歌に向けて進軍せねばならんのだ。遊んでおるひまなど・・・」
返そうとする太公望の手をやんわりと押しとどめると、太乙はにっこり笑った。
「ホームページの管理人、普賢だけど?」
ぴくり。
モバイルを持ち上げていた左手が、動きを止めた。
「チャットには、公主もよくくるんだってさ」
にやり、と笑う太乙に、しかし太公望は言った。
「そうか。しかし残念だが、わしはホントに忙しいのでな。今は無理だ」
「まぁまぁ、そう言わずに。今、メールとかはやっててさ、元始天尊様もやってらっしゃるんだ。
便利なんだよ。伝令とちがって、時間がかからないし、確実に伝わるからね。
これからは、元始天尊様の指示とかも、メールで来るようになるよ?そのとき、君が端末もってないんじゃ、どうしようもないだろう?」
そう言われては、断りようがない。
太公望はしぶしぶモバイルを受け取ると、それを開いて電源を入れた。
「・・・そうは言われても、わしはおぬし達のように使えんからのう。ちょっとだけ使い方を教えていけ」
「はいはい」
笑って言うと、太乙は太公望を横に、うれしそうに端末を操作しはじめた。
「―――――・・・で、一通りハード自体の説明は終わり。分からないことがあったら、私に電話してくれればいいよ。
次にメールなんだけど、実はもう設定してあるんだ♪」
そう言って、彼はデスクトップ上にあった、かわいらしい家の形をしたアイコンをクリックした。
「名前は『太公望』で登録してるからね。ペットは霊獣の『四不象』!」
「・・・スープー?ムーミンかと思ったぞ・・・」
ほのぼの北欧民話に出てくる一室かと思えるような『お部屋』で、ひたすら手を叩く白いカバを見て、太公望は思わず目をすがめた。
「なんてこと言うんだい。ちゃんとスープー谷に行って、四不象の実家を取材してきたんだよ!」
「・・・おぬし、そこまでせんでも・・・」
マッドな奴のこだわりは、常人には計り知れない高みにある・・・。
「とにかく、メールを書くときは一番上のアイコン、『メールを書く』をクリックするんだよ。
そして、相手のメールアドレスを入れて送るんだけど、君がメールを出しそうな人のアドレスは登録してるから、二番目の、『おともだち帳』を直接クリックしてみておくれ!」
「うむ」
うなずいて、太公望はベッドパッド(ノートパソコンなどについている、ポインタを操作する部分)の上に指をすべらせたが、
「〜〜〜太乙!矢印がアイコンの上に載らぬ!!」
「太公望、そんなに勢いよく滑らせてちゃ・・・って、強く押さえる必要はないんだけど・・・いや、力まなくていいんだよ?」
太乙に呆れられつつ、何とか『おともだち帳』を開いた太公望は、そこに記された名前に、目を丸くした。
「公主の・・・『鳳凰・凰』は当然として、おぬしの『蓮・ナタク』とは・・・?」
「お手紙をはこんでくれるペットの名前だよ♪受信してみて!ナタクがお手紙をはこんでるはずだから♪」
いわれて、太公望が苦労しつつ、『メールチェック』をクリックすると、
『4通のお手紙が来ています』
「4通?おぬし以外にも誰か出しておるようだのう」
『太乙さんちのナタク君が遊びにきました』
ノックもなしに、スープーの部屋のドアは、いきなり粉砕された。
ドアと共に吹き飛ぶスープー。
そのまま、アニメーションのナタクは部屋の中を破壊しまくり、なにもなくなった部屋の中央に、手紙だけが残っていた。
「・・・太乙」
「なに?」
「公主からは、出入り禁止にされたであろう?」
「さすが!よくわかるねぇ。
公主に送ったら、すぐに苦情メールが来てさー。以来、彼女にはポストマン・白鶴で送ってるんだー」
『ナタクが帰ったら部屋は元通りになるのにね!』と、太乙は笑っているが、優雅に、華やかに飾ってあったであろう部屋を破壊されて、怒らない訳がない。
どうもこの大仙は、感情の機微に無頓着すぎる。
太公望が小さくため息をついている間に、2通目が来た。
『雲中子さんちの雷震子君が遊びにきました』
途端、画面がフラッシュを発した!
「ぬお〜〜〜〜〜!!!ホワイトアウト!!」
きれいに修復されていた室内は、雷震子の登場と共に見事にこんがりと焼け焦げていた。
「太乙、スープーが黒焦げになっておるぞ!!」
「雲中子・・・勝手にソフトいじっちゃって・・・」
これだから理系仙人にソフトをあげるのは嫌なんだ、と太乙がぶつぶつ文句を言う。
「しかし、弟子を『ペット』に設定するとは・・・。
こんなことがナタクや雷震子に知られたら、おぬしら、殺されるのではないか?」
じっとりとねめつける太公望に、太乙は思わず上ずった声をあげた。
「え・・・?いやっ・・・別に私は、ナタクをペットとか言ってるんじゃなくてだねっ!ただかわいくできたからッ・・・」
「覚悟しておけよ」
太乙の顔を、冷たい汗が伝った。
そして3通目。
『元始天尊さんちの黄巾力士君が遊びにきました』
とたんにスピーカーから大音量で流れ出る『スターウォーズのテーマ』!
破壊音もすさまじく、崩れる天井!荒れる室内!
哀れに逃げ惑うスープーに、救いはあるのか?!
「まともな登場はできんのかい!おぬしらはぁ!!!!」
耳をふさぎつつ叫ぶ太公望の横で、太乙が慌てて音量を下げた。
「さすが元始天尊様・・・音楽の添付までするかな、普通・・・」
年寄りははまると、何をしでかすかわからない。
「添付か?!添付だけでこんなことができるのか?!」
「いくら簡単なソフトだからって、みんないいように遊んでるよねぇ」
憤る太公望の横で、太乙はへらへらと笑っている。
「みんなが設定変えちゃった辺りで、権利買いあげて特許とっちゃおう♪」
研究費を稼ぐためなら手段を選ばない・・・。
この科学オタクは、崑崙で最も商売上手な輩かもしてない。
「とにかく!わしには平和な『ポストマン・白鶴』で送るように、皆に伝えてくれ!
ただでさえ忙しゅうてイライラしておるというに、メールでまでフラッシュだの爆音などがついてきたのでは心休まるときがないわ!」
そうこういううちに、最後の一通が届いた。
「今度は誰だ?!相手によっては受け取り拒否を・・・」
言った太公望の顔が凍りついた。
『普賢さんちの望ちゃんが遊びにきました』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わし?」
「あちゃ〜!最悪のキャラが来ちゃったね!」
呆然とつぶやく太公望の横で、太乙が額を押さえた。
「おぬし!そんなとんでもない性格に設定しておるのか、わしを?!」
「このキャラを作ったのは私じゃなくて普賢だよ〜」
苦笑する太乙の胸倉をつかんで揺さぶっていると、スープーの部屋にノックの音が響いた。
ドアを開いて現れるSD太公望。
かわいらしく歩いて部屋の中央にあるテーブルに手紙を置くと、スープーと遊んでいる。
「・・・な・・なんだ。
おぬしが『最悪』などと言うから身構えておったが、普通ではないか!」
ほっと息をつく太公望に、太乙は胸倉をつかまれた状態のまま、力なく首を振った。
「これからが最悪なんだよ・・・」
太乙の言葉に首を傾げつつ、太公望は画面に見入っていたが、前の3体とは明らかに違う滞在時間に、太乙を仰ぎ見た。
「なんですぐ帰らんのだ、わしは?」
画面の中の『望ちゃん』は、てくてく歩いたり、手を叩いたり。帰るそぶりがない。
「プルダウンメニューの『世話』から、『ゲストの状態』を見てみて」
言われたとおり開いてみると、『おなか おなかとせなかがくっつきます』
「なんだ、腹が減っておったのか。この、『おやつ』からやればよいのだな?」
太公望は『世話』のプルダウンメニューの中から『おやつ』を選択した。
すると、
「おお!これは充実しておるのう!!仙桃にあんまんに点心♪わしの好きな甘味がたくさんあるではないか!」
他にも、スープー用の草や辛口ザーサイなども用意してあったのだが、視界には入ってないらしい。
「わしには当然、仙桃だのう♪ほれ、食え♪」
楽しそうに仙桃を選択し、テーブルの上に置くと、画面の中の太公望がうれしそうに桃を平らげた。
「さぁ、これでよいであろう?うちにかえ・・・????」
桃を食べれば帰るだろうと思っていたが、画面の中の太公望は帰るようすがない。
「そうだのう。わしとて、桃一つで帰ろうとは思わんからな。よし、全種類食っていけ」
太公望は面白がって次々と『おやつ』を出していったが、30種類ほど出したところで、さすがに飽きてきた。
「太乙、こ奴は一体、どうすれば帰るのだ!」
いらだたしげに聞くと、太乙は苦笑して肩をすくめた。
「全種類、すべて食べ尽くさないと帰らないんだよ」
「なにぃ?!なんと食い意地の張った奴か!!」
太公望は自分に対して、本気で憤っている。
「なにしろ、あの普賢が作ったキャラだからねぇ。性格がホントにリアルで・・・」
ため息をつく太乙の言葉に、太公望はぐっと詰まった。
「な・・・ならば、こうだ!
わしの嫌いな激辛杏仁豆腐!!牛乳寒天の変わりにタバスコ寒天を使った、罰ゲーム用の一品だ!」
「・・・君じゃなくても嫌いだよ、そんなの・・・」
にょほほ・・・と、不気味な声で笑いながら、うれしそうに『激辛杏仁豆腐』を出した太公望は、画面の中の自分があっさりとそれを打風刃で砕くのを見て激昂した。
「ぐぬぅ!!なんと生意気な奴だ!!とっとと帰れというに!!」
イライラしながら、太公望は『ゲストを洗う』を選択し、自分のキャラクターをざぶざぶと水につけこんだが、相手は生意気にもポーズを決めて、『かっこよさ エクセレント!』
「ふざけるな――――――――――――――――!!!!!」
太公望の絶叫が、宿営地中に響いた。
普 賢
太公望
それで、強制終了しちゃったんだって?(笑)
(笑)ではないっ!!今すぐ設定を変えよ!!
HP、『KongLong PARK』のチャットルームにて、普賢と太公望は昼間の椿事の話で盛り上がっていた。
普 賢
太公望
普 賢
太公望
普 賢
太公望
だって、食い意地の張ってない望ちゃんなんて、望ちゃんじゃないよ(^^)
やりすぎだといっておるのだ!!大体なんでわしがおぬしのペットなのだ!
ペットって言い方、嫌いだなぁ。家族なんだよ?
だったら木タクでも設定しておけばよかろう!
木タクは家族で弟子だもん(^-^)
それにどうせ設定するなら、望ちゃんの方が公主も楽しいかな、と思ったんだ(^-^)
・・・出入り禁止にはされんかったのか?
太乙をして『最悪のキャラ』と言わしめた奴である。
公主に嫌われないはずはない。
しかもそれが、『普賢設定。リアル太公望』とくれば・・・。
太公望
普 賢
太公望
普 賢
わしが公主に嫌われるではないか!!!
そんなことないよー(^-^)公主は、お部屋を破壊されるのが嫌いなんだもん。
望ちゃんはただおやつを食べ尽くしちゃうだけだからね(^-^)
暇つぶしに、色んなおやつを用意してるみたいだよ(^-^)
なにぃ?!なんとうらやましいことを・・・!!
望ちゃんもたまには崑崙山に帰っておいでよ(^-^)
公主もまってるよ(^-^)
『望ちゃんもメールちょうだいね(^-^)』と言う言葉を最後に、チャットを終えた普賢は、パソコン代わりに使っていた太極符印を抱きしめて、ふふっと笑みをもらした。
「どんな『ひみつ日記』がくるかなー♪」
さっき戻ってきた『望ちゃん』の、最初のひみつ日記は傑作だった。
『太公望のところへおつかいにいった。激辛杏仁豆腐をだすとはけしからん!わしはもう、竜吉公主のもとへしか行かぬ!』
太公望から来た初メールを黄色い引出しに、ひみつ日記をピンクの引き出しに入れてしまうと、普賢は太極符印を消した。
「あの様子だとすぐ帰って来るね。
公主のところで待ってよーっと♪」
うれしげに言うと、普賢は熟れた仙桃が山のように入っている籠を取り上げ、軽い足取りで洞府を出た。
ポストペットのソフトを手に入れてから、一度書いてみたかったネタです(笑) 唐突にこんなネタがあったことを思い出しまして、書いてみました(^▼^;) |
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