神界の特別な日
2月21日。
朝からどことなくうきうきとした異母姉の様子に、燃燈は首をかしげた。
「異母姉様、どうかされましたか?」
冷静沈着で、清澄なる湖水のごとく静かに澄みわたった美しさを誇る異母姉の、常にない様子が気になって尋ねると、
「変かのう?」
くるりと振り向き様に、にっこりと笑顔を向けられて、燃燈は生真面目な顔で答えた。
「とんでもございません!まるで咲き初めた花々も恥じてしぼむような、可憐なご様子!お楽しげで何よりと存じます!
何か良いことでもあられましたか?」
「今日は特別な日なのじゃ」
にこにこと、少女のような笑みを浮かべて竜吉公主は胸の前で手を組み合わせた。
「普賢の誕生日なのじゃよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・普賢真人」
しばしの沈黙の後、燃燈は地の底から這い出るような声でその名を呼んだ。
「既に封神台に行ってしまった者に、誕生日も何もないでしょう!」
嫉妬含有量99%の正論(だと思っている)を吐く燃燈に、公主は軽く肩をすくめた。
「あの子が崑崙に来てから毎年祝っておったのだぞ?会える場所におると言うのに、寂しいではないか」
「毎年?!」
思わず顔を引きつらせる燃燈に、公主は首をかしげた。
「そうじゃ。あの子と望は、私にとって弟のようなものじゃからな」
無邪気に笑う公主に、
「私がいない間、異母姉様には寂しい思いをさせました・・・」
なぜか拳を握り締めて、燃燈は力いっぱい悔しげに言った。
しかし。
「いや?あの子達は可愛いからのう。おぬしがいても構っておったと思うぞ?」
悪気がないだけに残酷な言葉だ。
地中にめり込みそうになった身体を何とか保った燃燈に、さらに追い討ちがかかった。
「そう言うわけで、今日は帰りが遅くなる」
「そんな!!」
「夕食は赤雲と碧雲に作ってもらうのじゃぞ?」
「異母姉様!!」
燃燈の声が気の毒なほど裏返る。
仙界のため人間界のため、愛する異母姉様と離れて暮らした数百年・・・!
その空白を埋めるため、どんなに忙しくても毎日定刻に帰っては、異母姉様お手製の夕食を堪能していたと言うのに!!
「許すまじ、普賢真人!!」
十二仙の地位は渡しても、『公主の弟』の地位は死守する!!
他人が見れば、『普通逆だろう』と言われることも、彼の中では原子レベルの矛盾も含んではいない。
だが、さすがに『異母姉様、行かないで!』とすがるわけにも行かず、燃燈はきりっと表情を整えると、真っ直ぐに公主を見つめた。
「異母姉様、神界に行かれるのはおやめください。
いくら封神台では、妖怪と仙人が共存していると言いましても、まだまだ仙人に反感を持つ妖怪はおります。
そんな危険なところに、お一人で行かれるなどもってのほか!!
いずれ、私がお供しますゆえ、今日のところはどうか・・・」
「今日でなくてはだめじゃ。それに、楊ぜんからも通行手形をもらったことゆえ・・・」
「よぉぉぉおぜぇぇぇぇんッッッ!!!」
呪い殺さんばかりに目を血走らせて絶叫する異母弟に、さすがの公主も驚いた。
「・・・燃燈。楊ぜんには私が無理を言ったのじゃ。殺すでないぞ?」
「かばうのですか?!奴をかばうのですね、異母姉様!!??」
火に油と言うのだろうか。
公主の言葉に逆上した燃燈が、身体中から炎を上げる。
「落ち着け、燃燈・・・」
「異母姉様の半径5m以内に近づいたら殺すと言っておいたものを!楊ぜん!!!」
「落ち着けと言うておる!」
異母姉を守る水のベールにくるまれて、燃燈の身体から激しく水蒸気が立ちのぼった。
「全く・・・。どうしておぬしは私のこととなると我を失うのだ」
白い靄の向こうから聞こえる声に、微量だが怒りが含まれているのを感じて、燃燈は思わずうなだれた。
「私のことを大切に思ってくれておるのはうれしいが、行き過ぎるのは困るぞ」
ふっと息をついた公主だったが、靄が晴れたそこに、がっくりと四つん這いになってうなだれている異母弟を見て、思わず口元に手を当てた。
「・・・すまぬ。言い過ぎたのう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいえぇ」
うなだれたままの燃燈が、幽鬼のような低くか細い声で応える。
「・・・・・・せっかく・・・異母姉様が楽しげでいらっしゃいましたものを・・・・・お邪魔いたしまして申し訳ございません・・・・・・・・」
悪いと思うなら、その恨みがましい言い方をやめてくれ。
思ったものの、口に出せばさらに異母弟を奈落の底に落としてしまう。
「・・・できるだけ早く帰ってくるからのう?」
ぽふぽふ、と、頭を撫でてやっても、その大きな子供は顔を上げなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いってらっしゃいませ。お気をつけて・・・・!!!」
後ろ髪にすがるような涙声に送られて、公主は苦笑を浮かべつつ邸を出たのだった。
「全く。燃燈の過保護にも困ったものじゃ」
穏やかな風になびく髪を軽く手で抑えつつ、公主は苦笑混じりに呟いた。
「燃燈さんも公主さんだけには弱いっすねー」
仙界一の美女を背に乗せ、かなりご機嫌な様子の四不象も、事情を聞いて苦笑を禁じ得ない。
「そう言うわけで、せっかくの日だが早めに帰らねばならぬ。おぬしもゆっくりしたいだろうに、すまぬな、四不象」
公主が軽くその頭を撫でてやると、
「仕方ないっすよー・・・僕も燃燈さんを怒らせたくないっスー」
真情のこもった息をついて、四不象は頷いた。しかし、
「まぁ僕は、公主さんの手作りお菓子が食べられればそれでいいっスよ!」
現金なものだ。
手に提げた、大きな籠からもれる甘い香りに鼻腔をくすぐられて、四不象はうっとりと言った。
「・・・昨日、つい張り切ってしまってのう。作りすぎてしまった。重いか?」
「おいしい物は全然重くないっスよ!」
幸せそうに断言されて、公主は思わず声を上げて笑った。
「そう言ってもらえると、作り甲斐があると言うものじゃ」
「早く食べたいっスー!今日はご主人に邪魔されることもなく、思いっきり食べれるっスからー♪」
太公望・・・いや、伏羲が生きて、世界を放浪していると知ってから、四不象は元の明るさを取り戻していた。今では冗談も言えるほどに。
「そうじゃな。邪魔されぬとよいが」
からかうように言う公主に、四不象はわざとしかめつらで眉を寄せた。
「まるで普賢さんのところに、ご主人がいるような言い方っすねー。いやっスよー」
そう言いながらも、どこかで会えることを期待している四不象の口調だった。
「そうか?私の予感は当たるのだぞ。何百年も女の身でいると、ただでさえ鋭い勘が冴えてくるのじゃ」
「・・・それ、喜媚さんもっスかねぇ・・・?」
公主の冗談に、四不象は真剣な口調で問い返した。
「そうじゃな。仙人になって間もない蝉玉ですら、夫の浮気には敏感じゃ。
ましてや、妲己なき今、妖怪仙人の中でも随一の実力者である喜媚が・・・」
公主の言葉が不意に途切れた。
すでに神界上空に至った四不象めがけて、いや、その背に乗った公主めがけて、一箭(いっせん)の炎が飛来したのだ。
「ひゃっっ!!!」
「何奴?!」
慌てふためくスープーの背で、飛来した炎を消し去った公主が、激しく地上に誰何した。
「・・・今・・・・・・・・・・・・・・なんといったぁ・・・・・?」
ゆぅらりと、黒いオーラが地上から立ちのぼる。
「なんと言った、女!!」
「・・・女?」
無礼な物言いに、公主の表情が凍った。
「誰が誰の夫だと?!」
涙を含んだその奇声には、覚えがあった。
「・・・おぬしか、劉環」
蝉玉のストーカーにして、竜吉公主と土公孫に敗れた趙公明の部下である。
「答えろ!女!!」
「無礼な・・・」
公主の周りに、しゅるしゅると音を立てて水が集まり始めた。
その頃、仙人界教主・楊ぜんは、部下であるはずの燃燈から、刺すような目で睨まれつづけて、精神的に瀕死のダメージを負っていた。
「・・・あの・・・燃燈様・・・」
部下に『様』をつける教主など空前絶後だろう。
「僕・・・何かあなたのお気に触ることをしましたでしょうか・・・?」
びくびくとお伺いをたてる彼に、教主の威厳はない・・・。
「別に・・・瑣末(さまつ)な事だ」
同じ部屋で黙々とデスクワークをこなしつつ、折々にぎり、と睨んでくる彼に、楊ぜんは胃が痛んでしょうがなかった。
―――楊ぜん殺すに刃物はいらぬ。仕事とストレス与えりゃいい・・・。
そんな言葉を自ら思い浮かべてしまって、楊ぜんは床に倒れこみそうになるのを必死でこらえた。
「何かあったのでしたら、はっきりおっしゃってもらいませんと・・・」
まだ胃薬は残っていたかな、と、頭の端で考えながら問うと、燃燈は、すっと立ち上がって楊ぜんのデスクの前に進み出で、冷ややかに上司を見下ろした。
「まだ危険の多い神界に、ご婦人が行くのを止めないとは、どう言う了見だ?」
やはりそのことですか・・・!
楊ぜんは背中を冷たい汗が伝うのを感じた。
「す・・・すみません・・・。僕は燃燈様もご存知だと思ってましたから・・・」
「私が共に行けない日だと言うのに、か弱いご婦人であられる異母姉様を、お一人で神界に行かせると思ったのか。この私が」
普段だったら、何をおいても異母姉様に付き従ったものを、丁度この日は月に一度の定例会議・・・。
何かと争いの多いこの仙人界で、人間代表の彼が欠席するわけには行かなかった。
おかげでその怒りの矛先は、楊ぜんへと向いてしまったのだが、
「おい、燃燈。威圧するのはやめてやれよ」
人間代表よりよほど穏やかな妖怪代表、張奎が、その場を取り持った。
「そんなに心配なら、行けばいいだろ。会議の議事録は、後で俺が届けてやるよ」
「そんなわけにはいかん!今日は大事な・・・」
燃燈の厳しい口調を、張奎は軽く手を上げてさえぎった。
「集中力のないままに会議に出られるほうが、よほど迷惑だ」
きっぱりと言われて、さすがの燃燈も言葉に窮した。
「けどまぁ、お互い様なんじゃないの?俺だって、蘭英が危ないかもしれないと思うと、会議なんかに集中できないさ」
にっと、少年のような顔で笑いながら、張奎は堂々と愛妻家振りを披露した。
「人間と違って、俺たちゃ生きる時間が長いんだぜー?せこせこしてないで、ゆったりいこうじゃんか!」
そう言って彼は、ぽふぽふ、と軽く燃燈の肩を叩いた。
「・・・そうだな、すまなかった」
にっと、口の端をあげて笑みを返すと、燃燈はすぐさまきびすを返した。
呼吸すら止めて身を固くしていた楊ぜんは、執務室の扉が閉まるのを見て、深々と息をつく。
「大変だな、教主サマ」
からかうように言う張奎に、楊ぜんは軽く頭を下げる。
「君がいて助かったよ」
「なぁに。これで俺も神界に行きやすくなったってもんさ」
「は?」
にやり、と笑う張奎に、楊ぜんは思わず間の抜けた声をあげた。
「ここ一番のネック、燃燈に恩を売っとけば、後で何かとやりやすいってもんさ!今年の正月は長めに休暇もらうぞ、俺!」
ごつん。
楊ぜんは意識の消滅するがままに、机上に額を打ちつけた。
「蘭英が、神界の『美肌温泉』に行きたいって言ってたし、聞仲様や四聖達も誘って、神界温泉ツアーだー♪」
・・・この瞬間、彼の正月休み返上は決定した。
その日の朝、普賢は日の光もまだ射さぬうちからそわそわと、落ちつかなげに洞府の部屋部屋を回り、きちんと掃除が行き届いているか、飾った花が散ってはないかと、点検に余念がなかった。
「・・・いい加減にせい!!うっとーしーぞ、おぬし!!」
魂魄体の普賢と違い、睡眠を必要とする体を持つ太公望は、昨夜から甚だしく安眠を妨害されて、不機嫌の絶頂だった。
「だって、公主が来るんだよ!久しぶりだもん、楽しみで・・・」
そう言って、普賢は床に落ちた薄紅色の花弁を拾い上げた。
「大丈夫っすよ、おっしょさん。
掃除、飾り、お食事の手配は、全部この木タクがやってやす。おっしょさんはいつも通り、ほやほやと笑って公主様をお迎えしてください」
この日のために、楊ぜんから無理やり手形を奪取したのは公主だけではなかった。
木タクは、『おっしょさんのお世話』と称し、一週間も前から休暇を取ってここにいる。
「おぬしもヒマよのう。せっかくの休暇を、掃除と料理に使うか、普通」
「一ヶ月前からここに居座って、だらだらしている師叔に言われたくないっす」
きっぱりと言われて、太公望は気まずげに視線を逸らした。
「・・・相変わらず可愛くない奴だ」
「師叔。可愛くない奴の作った料理、無理して食ってくれなくていいっすよ」
小声のぼやきを、しっかりと聞かれた挙句に冷たく返されて、太公望は床に倒れこんだ。
「普賢・・・木タクがいじめるのだ・・・」
「自業自得でしょー・・・公主、まだかなぁ・・・」
太公望の訴えに、普賢は心ここにあらずとばかり、窓の外を見つめる。
「ぐふぅー・・・」
涙の池が、床の上に虚しく広がって行った。
「望ちゃん・・・」
そんな太公望の背に、普賢の暖かい手が置かれる。
「泣き終わったらちゃんと床を拭いてね?」
・・・この世に慈愛の神はいない。
太公望は、心の底からそう思わずにはいられなかった。
「公主さん!!逃げるっス!!危ないっスよ―――!!」
必死で止める四不象の背からふわりと降りて、公主は神界の風の中に、その身を浮かべた。
「大丈夫じゃ。先にお行き、四不象」
にこりと笑って、公主は四不象の頭を撫でてやった。
「そして誰かを呼んで来ておくれ」
そっと小声で囁かれて、四不象はこくりと頷いた。
「すぐ戻ってくるっス!!」
言うや、四不象は仙界でもトップクラスの速度で、まっしぐらに普賢の洞府へと向かった。
その姿を見送りもせず、公主は油断ない視線を劉環に向けた。
「・・・封神されても、心根は変わっておらぬとみえる」
「黙れ!俺と蝉玉さんの仲を邪魔した女め!!」
激昂する劉環を、公主は冷ややかに見下ろした。
「誰と誰の仲じゃ。蝉玉が好いておったのは土公孫ではないか。邪魔者はむしろ、おぬしじゃよ、劉環」
常になく容赦のない公主の言葉だった。
「ウソだ!あんな醜いモグラが、蝉玉さんに好かれていたなんて!!」
「嘘なものか。先日挙式もすんで、二人は今や夫婦(めおと)じゃ。いい加減に諦めよ」
「信じるものか!!」
頑迷に公主の言を拒み、劉環は悪夢を払うまじないのように、手中の弓に炎の矢をつがえた。
「・・・消えてしまえ、女!」
「・・・わからぬ奴め」
放たれた炎を消し去ろうと、公主が袖を払った時だった。
「燃燈流戦術究極奥義!!営鎮抱一砲!!!」
声と共に、辺りは爆音に包まれた。
「・・・燃燈」
呆然とする公主の前に、燃燈は深くこうべを垂れた。
「ご無事で何よりです、異母姉様!!」
「うむ、助けてもらったことには感謝するが・・・」
公主は、眼下に広がる焦土に、ふっと息をついた。
「・・・やりすぎではないか?」
いくらなんでも、究極奥義はないだろう・・・。
しかし、燃燈は真面目な表情で、きっぱりとそれを否定した。
「異母姉様に対して暴言を吐いた挙句、攻撃を仕掛けるなど言語道断!万死に値します!!」
しかし、いかな無礼者とは言え、神を抹殺するつもりはなかったのだろう。
威力はできるだけ抑えてあったらしく、劉環は焦土の中から何とか起き上がった。
「無事であったか。・・・と言うのも変じゃのう、魂魄である身に」
苦笑する公主を、なおも劉環は睨みあげた。
「なぜ俺の邪魔ばかりする!なぜ俺を・・・」
「黙れ!」
公主が叱咤の声を上げた。それは、無礼者になおも制裁を、と身構えた燃燈をすら制す勢いだった。
「我が我をと、おぬしは自分のことだけか!」
怒鳴られて、劉環は目の前に舞い降りてきた女仙を、呆然と見つめた。
「真に愛しく思うのならば、相手のことを思ってはどうじゃ!それもせず、相手を我の思うがままにしようなど、己れしか好いておらぬ愚か者の諸業よ!
おぬしも漢(おとこ)なら、好いたおなごの幸せを喜んでやるくらいの度量を示さぬか!」
白い頬を上気させて、一気に言い終えた公主は、上空からパチパチと拍手の音が降り注ぐのに気づいて顔を上げた。
「ブラボー、公主!相変わらずカッコよいのう!」
「・・・太公望」
「すごいよ!素敵だよ!!さすが公主!!」
「・・・普賢」
感動の再会のはずが、とんだところを見られてしまった恥ずかしさに、公主の頬が朱を帯びた。
だが、そんなことに頓着する様子もなく、二人は四不象の背の上で大はしゃぎする。
「おぬしは知らんだろうがな、ジョカのもとへ戦いに赴くときの公主もそれはカッコよかったのだぞ!」
「散々聞いたってば!いいなぁ・・・僕も見たかったよ!!」
ふわりと風を纏い、公主は彼らと視線のあう位置まで舞いあがった。
「・・・よさぬか、おぬしたち。はしたないところを見られてしまって、消え入りそうだというのに」
赤く染まった頬を袖で隠しながら、公主は微かに顔をうつむけた。
そんな公主に、普賢がふっくらとした笑みを浮かべた。
「また会えてうれしいよ、公主」
ふわりと四不象の背から降り、姉に甘える小さな弟のように、彼女に抱きついた。
「わぁい。公主の香りだー」
「ああ!!おぬし!!魂魄体になったら途端に大胆になりおって!!」
思わず奇声を上げた太公望に、燃燈の冷ややかな声が突き刺さった。
「・・・まさか、自分もやりたいなどと言わんだろうな、伏羲?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まっさかー。わしはそんなこと、あんまりおもっておらんよ?」
「あんまり?」
「いや・・・微塵も思ってなかったかと言えば嘘になるが、おぬしさえいなかったらとか・・・って、なんでここにおるのだ、おぬし」
「ご主人・・・セリフが支離滅裂っス」
こちらも、再会の感動も何もなく、つっこみ役に回る四不象である。
「異母姉様が心配でな・・・しかし、来てよかった。丁度異母姉様の危機をお助けできた。
・・・・・・・いつまでくっついているのだ、普賢真人!!」
こめかみに青筋をたて、燃燈は普賢の服の端を掴んで公主から引き剥がした。
「十二仙の地位はゆずってやっても、異母姉様の弟は私一人だ!」
突然引き離された上に、面と向かってそんなことを言われ、普賢は呆然と呟いた。
「・・・そ・・・そう言うことを恥ずかしげもなく言うんだ・・・」
「過保護な弟なのじゃ。すまぬな、普賢」
苦笑が地顔になるのではないか、と、最近本気で心配しはじめた公主である。
しかし、
「いいよ。今日はゆっくりして行ってくれるんだよね、公主」
燃燈の嫉妬にもひるむことなく、にっこりと笑顔を向けてくる普賢に、公主は癒される思いだった。
何しろ、燃燈の嫉妬を恐れて、近頃では公主と口をきくことすら憚る者も多いのだ。
「そうじゃな。燃燈も来てくれたことだし、帰りは遅くなっても大丈夫じゃろう。無敵の護衛じゃからな」
少々皮肉をこめて、公主は普賢に笑みを返した。
「じゃぁ、今年もいつもの誕生会だね!」
「そうじゃ。どこであろうと、おぬしと、望と、私がおれば、この日は特別な日じゃ」
「だ、そうだ。邪魔するでないぞ、異母弟よ〜〜〜♪」
意地の悪い笑みを浮かべて、太公望が歌うように言うと、燃燈は瞑想するように目を閉じて、腕をくんだ。
「・・・異母姉様の、お気持ちのままに・・・」
「わぁい、よかったー!洞府には木タクも来てるんだよ!いこ、公主!」
燃燈の、苦虫を噛み潰したような声には気づかないふりで、普賢が公主の手を引く。
しかし、微笑んで頷いた公主の背を、低い男の声が捕らえた。
「・・・待て、女。俺を倒した挙句、説教までするとは、生意気な女だ!名くらい名乗ってはどうなんだ?!」
「なんじゃ、覚えておらんかったのか」
ゆっくりと振り返り、公主は焦土に立つ男に、笑みを向けた。
「竜吉。崑崙の仙女じゃ」
「竜吉・・・公主・・・」
その名を呟きつつ、劉環は彼らが、蒼穹の彼方に消えていくのを見送った。
「・・・惚れたかのう?」
「・・・かもね」
「・・・・・・許さん!」
普賢の洞府で、他の客と談笑している公主を、少しはなれたところで見守りつつ、太公望、普賢、燃燈の三人は、一人の男のことを考えていた。
「阻止だな」
「阻止だねぇ」
「断固阻止だ!」
人は、時に血よりも濃い絆を持つことがあると言う。
今、彼ら三人は、一人の女仙を通して『兄弟』となったも同じだった。
「時間はたっぷりある」
「権限だって持ってるもん」
「実力行使もやむを得まい」
三人は、それぞれに杯を取った。
「姉上のために」
チン、と、小気味良い音をたてて、三つの杯は交わった。
〜 Fin. 〜
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