◆  12  ◆







 ―――― ずっと。
 一緒にいてくれてありがとう。
 ごめんなさい、先に逝くなんて。貴方をおいて、逝くなんて。

 私には、貴方と同じ時を生きることはできない。
 ―――― でも、会えて嬉しかった。
 愛されて、とても嬉しかった。

 そんなに泣かないで。
 皺だらけの手を、縋るように握り締めて、子供のように泣く貴方。
 残して逝きたくはないけれど、仕方のないことだもの。

 さようなら、貴方。
 私の・・・私達の子達を・・・おねがいね・・・・


 ―――― 身体中の水が涸れるほど泣いた。
 一緒に逝きたいと、心から願った。
 なのに、なぜ生きているんだろう・・・。
 精霊王は、約を違えたのか・・・?
 それとも私は、本当には死を望んでいなかったのか・・・?
 こんなに愛しているのに、死の床を共にできない自分を・・・心から呪う・・・!


 大地は豊穣と慈愛の象徴。
 限りない恵みをもたらし、すべての生命をいだき、はぐぐむ、あたたかい場所。
 ―――― しかし、この世界においては、その認識を改める必要があるようだ。
 カナタは背に負った依坤の、けたたましい金切り声に耳をふさぎつつ真剣に思った。
 「のろまっ!鈍足!!蝸牛(かたつむり)っ!!!もっと早く歩けんのか、この亀がっ!!!」
 ぼすっ!
 カナタは、玉華泉を出てよりずっと背に張り付いていた依坤を引き剥がすや、茫漠と広がる砂の上に投げつけた。
 「無礼者っ!」
 「やかましいっ!!このバカ殿っ!!」
 銀の髪を振り乱して、カナタは怒鳴り返す。
 「ちったぁ自分で歩けっ!!」
 「病み上がりのいたいけな子供に、その暴言は何じゃ!冥府の堀に叩き込むぞ、このサルがっ!!」
 病み上がりと言うのなら、しおらしくしていればいいものを・・・!
 「いたいけな子供?!俺の目の前には、根性の曲がったジジィしかいねぇぞ?!」
 ―――― これは封じたくもなるだろう、太子。
 カナタはもう、完全に玄冥太子・珠驪(シュリ)に同情していた。
 誰よりも美しい公主を愛したことも、その守役である風精王や、この口うるさいじいやを封じたのも、今では無理からぬことではなかったかとさえ思えてくる。
 「俺はお前の乗りもんじゃないぜ!歩くのが嫌ならいつまでもそこに座ってろ!!」
 あらぶる感情のままに叫んで、カナタは地に座りこむ依坤を背にした。
 「おい、サル」
 「ふんっ!」
 「待てカナタ」
 「知るか!!」
 足音も荒く砂を踏みしめ、依坤を置いて歩いてきた方へと戻って行く。
 玉華泉に通じる森は蜃気楼のように消え、景色は地平線の向こうまで砂の続く砂漠へと変容して、どう行けばかの地に戻れるのか見当も付かなかったが、カナタはもう一瞬も、この傍若無人な地の王と一緒にはいたくなかったのだ。
 「・・・か・・・・・・」
 奇妙にくぐもった声に思わず振り返ると、依坤は砂の上に倒れ臥し、わずかに身体を震わせていた。
 「・・・その手には」
 乗らないと言いかけて、カナタは瞠目した。
 依坤の周りの砂がねっとりとした泥に変わり、助けを求めるように依坤の小さな身体にまとわりついてきたのだ。
 「依坤?!」
 慌てて駆け寄ろうとしたカナタの足に、いつの間に変わったものか、底無し沼のように地面の硬さを感じさせない泥が絡み付いて彼の動きを封じた。
 「なんなんだ、一体!!」
 カナタは苛立たしげに泥を蹴散らし、何とか依坤の側に近づこうとするが、泥はその小さな身体をどんどん呑み込んで行く。
 「依坤!抵抗しろよ、お前は!!」
 だが、彼はまるで木偶(でく)のようにされるがまま、ぴくりとも動かずに粘つく泥に身を任せていた。
 「あのな・・・・・・!俺に嫌がらせしてるのか、お前は!!」
 だが、カナタの絶叫もむなしく、依坤の身体はたちまち泥に覆われて見えなくなってしまった。
 「依・・・ああ、もう!!うっとぉしいんだよ、お前ら!!」
 消えろ!
 そう、思った瞬間。
 カナタの動きを封じていた泥は飛び散り、元の乾いた砂となって彼の周りに散った。
 一瞬、あっけに取られたものの、カナタはすばやく立ち直り、熱く灼けた砂を掘って依坤の身体を取り出す。
 「・・・なんなんだ、もう」
 呟いて、カナタは依坤を抱いたまま、砂の上に力なく座り込んだ。
 「今のわしを地に下ろしてはいかんことくらい、知っておると思ったぞ。
 おぬし、余程のうつけじゃな」
 ・・・憎らしさこの上ない。
 カナタはすっくと立ち上がると、依坤の腰紐を持ち、彼の身体をうつむけに吊り下げた。
 「何をするかっ!!」
 激昂する地精王を地面すれすれまで近づけてやると、依坤は手足が地に触れないよう、亀のように縮こまる。
 「いーこーんーくぅーん?俺のおかげでここまで来れたって、わかってるのかなぁー?たまには感謝してほしいんだけどねぇー?」
 「おのれっ!無礼なっ!!わしを誰だと・・・!」
 「地精王。今、立場が強いのは、俺と君のどっちかな?」
 冷ややかに言うカナタを見上げて、依坤は初めて言葉を失った。
 「・・・別にね、俺も意地悪で言ってるんじゃないんだ。
 だけど、君はもう少し・・・いや、もっと・・・ううん、大分、感謝の心を持つべきだと思うな」
 今度こそ、依坤は絶句した。
 まさか、これほど自分に対して無礼な口を利く者が存在するなど、夢にも思っていなかったのだ。
 「なんだか知らないけど、地精王のくせに地面に触れないっていうんだったら運んでやってもいいからさ、俺の耳の側で大声だすんじゃないぜ?」
 「運んでやっても・・・いい・・・・?」
 呆然とカナタの言葉を復唱する依坤に、無謀にもカナタはこっくりと頷いた。
 「礼は言っても減るもんじゃ・・・?」
 言い終える前に地がぐらりと揺れ、カナタは二・三歩よろめいた。
 「地震?」
 しかも、微震などではなく、大地震の前触れのような揺れかた・・・。
 思わず辺りを見回したカナタだったが、せいぜい海岸の砂程度しか知らぬ彼に、砂景色の変化を見極められるはずもなく、ただ視線をさまよわせただけだった。
 「おのれ・・・」
 地を這うような声に視線を戻すと、依坤の身体の影が落ちる場所を中心に、砂がざわざわと波打っている。
 「この坐忘太師に何たる無礼か!!」
 「これだけ言ってもわからねぇのかよ!!」
 年寄りは頑固だとカナタが言いかけた時、津波のように大きく地面が揺れた。
 「地に呑まれるがよいわっ!!」
 「馬鹿!自分も一蓮托生だってわかってんのか!!」
 カナタは慌てて依坤を腕の中へ抱き込み、砂の津波から庇うように身を縮める。
 これほど激怒しているというのに、何故庇ってしまうのか。
 我ながら不審に思いつつ、カナタは固く目を閉じた。
 だが、いくら待っても砂は彼の身に降りかかっては来ない。
 「・・・それももっともだ」
 耳元に、妙に感心したような依坤の声を聞いて、カナタはその小さな身体を抱く腕に力を込めた。
 「圧迫死しろ、馬鹿ジジィ」
 しかし、依坤は平然とした声で小馬鹿にしたように笑う。
 「目を開けろ、ボケ」
 目を開けた途端に砂がなだれ込むのではないかと疑いながらも、カナタはうっすらと目を開けた。
 地の揺れはすでにおさまり、周りの砂は彼の膝下でさらさらと崩れて行く。
 「わしの命を賭してまで、おぬしに嫌がらせをする事もなかろうて」
 「・・・いい性格じゃねぇか」
 「慈悲深く有り難い御気性であろう?」
 わざらしく意味を取り違えて、依坤はふふんと鼻で笑った。
 カナタは再び吊るしてやろうかと思ったが、やればまた同じ事の繰り返しである。
 ―――― ここは俺が、大人になって・・・。
 ぐっと怒りを呑み込もうとしたが、よく考えるまでもなく、依坤の方がカナタよりもはるかに年上なのだ・・・!
 「やっぱり納得いかねー!!!」
 再び依坤を砂の上に放り出そうとするカナタだったが、彼の影が落ちる辺りがまたざわめきだしたのを見止めて、慌てて立ち上がった。
 「・・・なんだってんだよ」
 カナタの呟きに、依坤は瞳の色を深くした。
 「地が飢えておるのだ」
 「地が?」
 問い返すと、依坤はゆっくりと頷く。
 「わしは、他の精霊王達とは比べ物にならぬほど永い時間、地精の王として君臨しておる。
 遠い昔にはわしに逆らう者もおったが、そんな者共は全て滅びるか、わしに従うようになってしまってのう。今では珂瑛(かえい)・琅環(ろうかん)・瑰瓊(かいけい)のいずれにおいても、砂一粒にいたるまでわしに逆う者ははおらん。こと地精族において、わしの力は絶対なのじゃ。
 ―――― そう。わしが命ずれば、皇帝方にすら逆らうであろう程にな」
 それがどれほど重大な事か、カナタにはいまいち明確に判断できなかったが、樹李などが聞けば、倒れるほどに顔色を失うであろう事は想像できた。
 「王の力が強ければ強いほど、一族は王に依る事になる」
 ―――― 依坤・・・『坤(地)』が『依(よ)る』者。
 その名は彼の力や立場を、はっきりと意味していた。
 「おぬしも今、見ておるだろう?たった三人の精霊王が消えてしまっただけで、この世界がどれほど荒れたか。
 ―――― どれほどの精霊が、王と共に眠りに就かされたか」
 荒涼の地。腐敗した海。澱んだ風。
 王を喪っただけで、それらは簡単に死ぬのだ。
 「わしはこの世界の地、すべてに責任を負うが、まだ若い風精王や水精王では、風霊や水霊までをも支配できなかった。その分、風と水は完全に飢えてはおらん。
 だがわしのように、地霊をも完全に支配した王であれば・・・」
 カナタの脳裏に、珂瑛の、玉華泉の、そしてついさっき起こった場面が浮かんだ。
 「地霊すらも助けを求めて、わしに縋ろうというものじゃ」
 「・・・つまり、襲われていたわけじゃなく、助けを求められていた?」
 「わしを呑んでしまえば、飢えが満たされるとでも思っておるようだのう。無慈悲な馬鹿が一瞬にして乾かしてしまったがな」
 「え?」
 俺?と、自身を指差すカナタに、依坤はこっくりと頷いた。
 「おぬし、『消えろ』だの『邪魔だ』だの思ったのじゃろ?わしの眷属に、よい度胸じゃな」
 依坤に軽く睨み付けられて、カナタははっと息を呑んだ。
 「思ったけど・・・」
 「やっとの思いで寄せ集めた水を、いくら知らぬこととはいえ無慈悲にも奪い去るとは、とんでもない水精じゃ。我が眷属も、わしなんぞ食らおうとせんで、この水精を食らえばよいものを」
 しみじみと呟く依坤の顔は、とても冗談を言っているようには見えなかった。
 「まさか・・・俺を売り渡す気じゃ・・・?」
 中身はどうでも、今のカナタの身体は水精である。
 今や彼は、地精や地霊の飢えを、十分満たせる存在なのだ。
 「なるほど。その手もあったか」
 まじまじとカナタの顔を見つめて、依坤は嘲った。
 「だが、おぬしを喰わせては、わしの乗り物を失くしてしまうことになる。しばし、生かしておいてやるぞ」
 邪悪な笑みを浮かべ、
 「一蓮托生じゃのう♪」
 そう言った声は、本当に楽しそうだった。
 「・・・で?俺はいつまでお前を抱えてればいいんだ?」
 がっくりと肩を落とすカナタに、依坤は『もちろん、飄山までじゃ!』と、はるか遠く、北方を指差した。
 「・・・この地平線を・・・越えろとおっしゃる・・・」
 茫と広がる砂漠を見遣って、カナタはげっそりと言う。と、
 「何を言うとるか、このうつけ!おぬしはこの砂漠を越え、町を抜け、南海を渡って南薔国へ行くのじゃ。飄山は南薔の最北じゃからな!」
 きっぱりと、依坤は断言した。
 「き・・・気の挫けることを言うな!!」
 「言うても言わんでも、距離が変わるわけではなかろうが!!」
 ぎゃあぎゃあと喚き合う二人を、止めるものはない。
 身体を持たない麗華は、日差しの強い時間には、カナタの影から出てこれないのだ。
 「気の持ちようによっては、千里の道も近くなるってもんだろう!なんでそういう気遣いがないんだ、お前は!!」
 「・・・つまり、おぬしは自分の足で歩くのはごめんだと言いたいわけか?!」
 「重くてわめき散らす荷物を持って歩くのがごめんだと言ってるんだ!」
 水精の身体ゆえか、それとも公主の『全ての苦しみから解放する』という誓文ゆえか、カナタはいくら歩いても疲れる事がなかったが、以前に比べて鋭敏になった聴覚に依坤の金切り声ははっきり言って辛かった。
 「わがままを言うておる暇があるなら一歩でも先に・・・!」
 とんでもなく自己中心的な言葉を言おうとした依坤の口が、唐突に閉じた。
 「っざげんなジ・・・」
 「ちょっと黙れ」
 小さな両手でカナタの口を塞いで、依坤はじっと地平線の向こうへ意識を凝らした。そのまま、天敵の気配を探る兎のようにじっと耳をそばだて、気配を探っている。
 「・・・これ以上、砂漠を歩かずとも良いようだぞ」
 依坤の言葉に、カナタはいぶかしげに首を傾げたが、やがてその耳が、依坤の言葉の意味を捕らえた。
 「・・・何の音だ?」
 砂丘の向こうから、激しく砂を蹴る音がする。それは・・・いや、それらは、だんだんとこちらに近づいてくるようだった。
 「・・・十騎ほどか?地に足が着いてさえおれば、これほど曖昧ではないのだが・・・」
 「まさか・・・盗賊と・・・か・・・?」
 カナタの住んでいた世界だったならば、寒い冗談として却下される台詞も、こちらでは笑い飛ばせるものではない。
 「最悪の場合、兵士だな」
 不機嫌な依坤の声に、『なんで兵士が盗賊よりも悪いんだ?』と問う間もなく、それらは陽炎の中に現れた。
 依坤が忌々しげに、口の中で『最悪だ』と呟くのを聞きながら、カナタは隠れる事も出来ず、ぼんやりと砂上に立ちすくむ。
 未だおぼろげな騎影が、何か奇声を上げて足を速めると、瞬く間にそれらはカナタ達の元にいたり、二人を囲んだ。
 「何者だ?!」
 隊長らしき、派手な兜飾りをつけた男が、隆々とした体躯の割には甲高い声で問う。
 「こんな所で、何をしている?!」
 カナタは説明しかねて口篭もった。
 こんな砂漠の真ん中で、荷物も無しに歩き回っている人間なんて、どこの世界にも存在しないだろう。
 「南海の人間ではないな?」
 「きれいな銀の髪だ」
 「盗賊にでも襲われたか?」
 「どこかの屋敷から逃げたんじゃないだろうな?」
 「奴隷か?」
 「気の毒になぁ」
 「このままじゃ、野垂れ死にだぞ?」
 一様に剛(こわ)い髭をはやし、見分けのつかない顔立ちの騎馬兵らが、ニヤニヤと笑いながら鎧を陽にきらめかせ、威圧するように二人の周りを周回する。それを戸惑いと共に見回していると、カナタの腕の中の依坤がわざとらしく泣き声を上げた。
 「こわいひとたちにさらわれたのぉー!!いうこときかないからって、おいていかれちゃって・・・!!」
 ・・・ジジィ。
 呆れつつも、ここは依坤に合せるべきだろうと、気の利いた台詞を脳裏に探すが、カナタにとってはあまりにも日常とかけ離れたことに、頭の中は真っ白になって何も思い付かない。
 「かわいそうに。
 そっちの方は、声も出ない程恐い目に遭ったようだな。安心しな。俺達が町まで連れて行ってやるよ」
 どうやら勝手に解釈してくれたようなので、カナタはそのまま何も言わない事にした。
 しかし、男達の雰囲気は、安心して身を任せるには危険な感じがする。
 「その前にはっきり答えろ。お前は奴隷か?」
 なわけねーだろ!と、カナタは慌てて首を振った。
 「抱いているのは、お前の子供か?」
 冗談じゃない!と、更に激しく首を振る。
 「へぇ・・・じゃぁ・・・」
 舌なめずりするような声に、肌が粟立った。
 「待て、それよりもいい手がある」
 隊長(もう、そう呼ぶ事にした)が、カナタに馬を寄せようとした男を制した。
 彼はそのままカナタに馬を寄せると、気色の悪い猫なで声で話し掛けてくる。
 「お前たち、王宮に行きたくはないか?王宮に行けば、食い物の心配はいらんし、きれいな服を着て、水だってたらふく飲めるぞ」
 そう言われても、生まれてこの方飢えたことのない身には、いまいちピンとこない。
 「お前のように美しい女が、こんなところで乾き死にすることはないだろう?」
 そうは言われても、今や渇くことのない身・・・などと考えていた時、ものすごく違和感のある言葉を耳にしたと思ったのは、気のせいだったろうか?
 「珍しい銀の髪だ。今、南海王は王妃の為に、精霊のように美しい女達を集めておられるからな。きっと、お気に召す事だろう」
 誰が女だ!!
 絶叫は、依坤によって強引に封じられた。
 「ぼくも、おうさまがいるところにつれていってくれる?!」
 誰が『ぼく』だー!!!
 「よかったねぇ、おねぇちゃん」
 抱きつくふりをしてカナタの口を塞いだ依坤は、笑みを含んだ声で彼の耳元に囁いた。
 「町まで連れて行ってくれるというのじゃ。多少の事は目をつぶって甘えるがよい」
 カナタのプライドは、心中に激しく抗議の声を上げていたが、赤く熟れた太陽がはるか遠く地平線に沈みゆく様を見ると、萎えたように声を喪った。
 「・・・もういいや、なんでも」
 うな垂れたカナタを頷いたと見たのか、馬上の兵士がすれ違いざま、カナタの手から依坤を取り上げた。
 「い・・・!」
 思わず声を上げそうになったカナタを、別の一人が軽々と馬上に引きずり上げる。
 「王宮では、せいぜい俺達を誉めてくれよ」
 欲深い笑みを浮かべ、兵たちは馬腹を蹴って駆け出した。


 それから兵士たちと数日を過ごした後、カナタ達は南海諸国の王都だと言う町に着いた。
 砂の侵入を妨げるためか、厚く高い城壁で覆われた城市である。
 「この世界では、城市が主なのか?」
 首が痛くなるほど仰向き、歩墻(ほしょう)の外壁についている飾りを眺めていると、城外まで騎馬で迎えに出てきた青年兵士が、いぶかしげに首をかしげた。
 元の世界では、テレビか写真でしか見れなかったものが、こちらでは当然のようにそこに在るという事は、なかなかカルチャーショックだ。しかもそれは、風化して今にも崩れそうな遺跡群などではなく、現在賑わいを見せる、生きた都市なのだから。
 「・・・そろそろ、中に入らなければ城門が閉まるのだが」
 疲労に顔を蒼くした隊長が、青年兵が伴ってきた幌のない馬車をしめす。
 「別に王宮に用はないぜ、俺?」
 意地悪げに嘲ってみせると、隊長は気まずげに口篭もった。
 「ま、ここまで連れてきてくれた礼に、一度は行ってやってもいいけど、すぐ出てくからな」
 そんな、と抗議の声を上げかけた隊長はしかし、カナタの一瞥に目を逸らす。
 「そういじめるでないよ」
 馬上にわざわざしつらえさせた輿の上で、いくつもの柔らかなクッションに埋もれた依坤が、鷹揚に笑った。
 「こやつらは、わしらをここまで連れてきてくれたのだからのーう」
 ―――― よりにもよって、大変なものを拾ってしまった。
 隊長の顔からは、出会った頃の精悍さは消え失せ、濃い疲労と深い心労に、一気に年を取ってしまったかのようにやつれている。
 「・・・王宮にご案内いたしますので、どうか、ごゆっくりおやすみください」
 ―――― そして、もう二度と俺の目の前に現れないでくれ。
 がっくりと肩を落すようにしてこうべを垂れた隊長に、カナタはうんざりと頷いた。
 「王宮でもどこにでも、さっさと案内しろよ」
 しょんぼりと頷いて、隊長は屠殺場に連れていかれる羊のように、とぼとぼと隊の先頭に駒を進める。
 ―――― こんなはずじゃなかった!
 どれほど、そう叫びたかっただろう。いや、もし彼がここで狂ったように叫んだとしても、砂漠に倒れた部下達は、彼に同情しこそすれ、決して非難することはないはずだ。
 それほどに、彼が捕らえたものたちは、一筋縄では行かない生き物だった。
 だが、カナタにも言い分はある。
 そもそも、彼らがカナタを、女だと勘違いしたことが発端だったのだ。


 カナタたちが、彼ら―――南海の兵士達に捕らえられた(と言うべきだろう)日の夜。
 最も若い兵士が一人、伝令として先に発った後、九人になった兵達は砂丘の陰に野営を張った。
 依坤が馬の背から降りないと言い張ったのを幸い、カナタも男達から離れて、砂上に伏せた馬の腰に背を預けている。
 男達の囲む焚き火の光が辛うじて届くところに居ながら、彼らがニヤニヤと笑いながらこちらを見るのが嫌にはっきりと見えて、どうにも落ち着かない。
 「なんだってんだ、畜生。俺は今まで、女扱いされたことなんか一度も・・・」
 「今まではなかったろうな。だが今のおぬしは、多くの人間どもには一生拝めんほどの美形じゃ」
 馬の背に寝転がった依坤に言われて、カナタは玉華泉で見た自分の姿を思い出した。
 「・・・そうか・・・顔が変わったんだった・・・」
 くっきりと闇を裂く月光に透かした手は、完璧な容をしている上に、思った以上に白い。
 「水精は、人間の感性に最も近い美しさを持つ。おぬしもそうであったろうが、おそらく人間どもが最も美しいと思う精霊は、澪瑶公主であろうよ」
 「そうなんだ・・・」
 彼女の、全ての罪を許してしまいたくなる美しさ。それは、最も人に似ていたからだったのかもしれない。
 ぼんやりと自身の手を見つめながら呟くと、さく、と、近くで砂を踏む音が聞こえた。
 はっと顔を上げると、隊長と副長らしき兵士達が、座りこんだカナタの前に立ちふさがり、気味の悪い笑みを浮かべている。
 「何か?」
 つい声を出してしまったカナタは、慌てて両手で口元を覆った。
 「なんだ。やはり口が利けるのではないか」
 笑みを深くした隊長に、追従するように副長が嘲う。
 「あまりに肌が白いので、西桃(せいとう)の人間かと思いましたが、どうやら南薔(なんしょう)の女のようですな。ならば、やはり奴隷でしょう。このように美しい女を、ただ連れてくるだけとは考えられません」
 しかも、砂漠に捨てるなどありえないと、嫌に自信たっぷりに声を上げて嘲った。
 「なんだよ、セイトウって・・・」
 「とぼけるな」
 傲慢にカナタの言葉を遮って、隊長が嘲う。
 「奴隷ならば、もう主人にいろいろ教えてもらっているだろう?
 いや、南薔の女ならば、奴隷になる以前に、子の一人や二人は産んでいるに違いない」
 「はぁ?!あのな、誤解しているようだからはっきり言うが、俺は・・・!」
 「王に献上する前に、俺達で味見したところで、わかるまいよ」
 「味見???」
 なんの、と、間の抜けた顔で問い返そうとしたカナタは、迫ってくる男達の顔や、彼らの背後で笑う兵達を見回して、全身の血の気が引いてゆくのをはっきりと感じた。
 「俺は男だ!!」
 引きつって裏返った声を上げても、彼らは互いに顔を見合わせ、さらに欲深い笑みを深めたに過ぎなかった。
 「もっとましな言い訳をしろよ」
 「大まじめだよっ!!」
 絶叫して立ち上がったカナタの腕を、いつの間に回り込んだのか、他の兵が捕らえる。
 「ふざけろよ、きさまら・・・!」
 振り向きざま、カナタは拳を繰り出す。荒事の経験はそれほどないが、男にしては弱々しい拳でも、女だと思って油断していた鼻っ面を殴れば、それなりの効果はあったらしい。思わず腕を放した兵の、鎧を外した鳩尾に、きつい蹴りをくれてやった。
 「ざけんじゃねぇよ、変態ども!!」
 激昂するカナタの腕を、また別の兵が掴んだ。
 暴れる虜囚を押さえつけるのは、部下の役目であるようだ。
 「まったくまったく。変態の上に悪趣味じゃ。よりにもよってサルなんぞを抱きたがるとはのう。よほど溜まっておるのだな、おぬしら」
 カナタが死に物狂いで暴れているというのに、依坤はまるで別の世界の出来事であるかのように、馬の背中でのんびりとくつろいでいる。
 「ひ・・・人事だと思いやがって!!助けろよ!!」
 「その言いようは、助けを求める態度ではないと判断する」
 ふんっと横を向いた顔には笑みが浮かんでいた。
 「どうかしてるんじゃないか?子供に助けてもらう気かよ?」
 「ボウズ、姉さんを助けてやらないのかい?」
 必死なカナタに対して、兵達は彼らをからかう余裕すら持っている。
 「誰が姉さんだっ!!俺は男だって言ってるだろうが!!」
 怒りに頬を紅潮させても、それは男達の興奮を煽るだけだった。
 「俺達は無頼漢じゃない。おとなしくしていれば、痛い目に遭う事はないぞ?」
 男達と離れたところから、隊長が気色の悪い猫なで声で話しかけてくる。
 「多勢に無勢だ。ここは、諦めた方がいい」
 ―――― 冗談じゃない!
 かっとして男達の腕を振り切ろうとしたカナタだったが、その途端に頬を殴られ、砂上に倒れ込んだ。
 「おい!顔に傷をつけるな!」
 慌てて怒鳴った隊長の横で、副長が『高価く売れなくなる』と嘲う。
 「王宮に献上して、たんまり恩賞を頂こうというのに、傷が見つかったら宦官どもに買いたたかれるだろうが」
 傷の有無を確かめようと、隊長自ら伸ばした手は、しかし、激しくはじかれた。
 「この・・・!いい加減に・・・!」
 『触れるな 下郎ども!』
 高い女声に隊長は、再び伸ばしかけた手を止めた。
 砂上からゆっくりと身体を起こしたカナタの身体から、陽炎のように蒼い影が立ち上る。徐々に人の容に、そして女の姿に変じた影は、月光に透ける蒼い唇を不快げに歪めた。
 『私のカナタ様になんたる仕打ち・・・! この麗薔(リショウ)がお前達を冥府の淵に沈めてくれる!!』
 麗華の恫喝に、隊長を始め、兵達は声を喪って砂上に膝を着いた。
 「り・・・麗薔・・・!」
 「惶帝陛下の薔薇だ!!」
 大の男達が悲鳴を上げ、泣き叫んで砂上に額をつけ、許しを請う。
 『許すものか! お前達は私のカナタ様を傷つけようとしたのだからね!!』
 美桜のような口調で恫喝する麗華に、男達は更に身を縮めてがたがたと震えた。
 「・・・どうしたんだ?」
 麗華のおかげで助かったらしいという事は解るのだが、なぜ彼らがこうまで怯えているのかが、カナタにはわからない。
 砂の上に座り込んだまま、カナタが麗華と彼女の影に怯える男達を眺めていると、
 「蒼い薔薇は屍(しかばね)の色じゃ」
 依坤が無邪気そうに笑った。
 「あの女、麗華に生まれ変わる前は、惶帝陛下より麗薔(リショウ)の名を賜っておった。
 その当時は、闇精よりも熱心にはぐれ魂魄を狩っておったからな。人間どもにとって麗薔の名は、冥府の使者の名として知れておるのじゃろう」
 その当時は美桜なんぞ、目も合せられぬほど恐ろしい女じゃった、と依坤は、今では信じ難い述懐をする。
 「レ・・・麗薔、その辺でよかろう。こやつらとて、おぬしが憑いておる者にこれ以上手は出せんだろうよ」
 頭の上に、傲慢に言い放つ少年の声が流れて、男達の身体が一斉に強張る。
 『ですが太師・・・!』
 麗華の不満気な声に反応して、彼らは再び声にならない悲鳴を上げた。
 惶帝の薔薇が『太師』と呼ぶ者はただ一人、坐忘(ざもう)太師・依坤しかいない。
 そう、瞬時に判断できるほど、彼らの中で『精霊』という存在は大きいのだ。
 「よいからもう、許してやれ。水精のくせに力を使えんカナタも悪い」
 「俺のせいか?!」
 思わず怒鳴り返したカナタを、依坤は鼻で笑う。
 「おぬしのせいじゃ。
 自分の容貌に気を遣いもせず、ふらふらと出歩いておれば、こやつらでのうても攫っていきたくもなるわい。
 その上、自分で身を守れもせん。無防備すぎじゃ」
 のう?と、親切面の猫なで声に、男達は更に深く砂に額を埋めた。
 「おぬし達、ここでわしらに会ったのも運命じゃ。大事に都まで運べよ」
 遭った、というのが正しい。
 「・・・聞いておるのか?」
 凄みの利いた依坤の言葉に、声も出せずにがくがくと首を振っていた者達が、引き攣った悲鳴を上げる。
 「わしにとって、おぬしらの生死は関係ない。死体に馬を引かせる事も出来るのじゃぞ?」
 未だ地に足をつける事も出来ない地精王にそんな事が出来るのかと、カナタには甚だ疑問だったが、この世界に住む人間達は幼い頃から精霊の恐ろしさを言い聞かされてでもいるのか、もしくは、カナタの世界では考えられないほど精霊達が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)しているのか・・・。
 精霊に『跳梁跋扈』は違うだろうとは思いつつも、この世界ではそちらの方がふさわしい気がする。
 そして、その言葉が最もふさわしい依坤は、冥府なんかでおとなしくしているタイプには見えなかった。また、つまらない脅しをするようなタイプにも見えない。
 カナタは蒼い顔をした死体が、砂漠で馬を引いてゆく様を脳裏に描いて、ふと笑みを浮かべた。
 リアルに想像できない様子が、恐ろしいというより可笑しく描かれたのだ。
 その笑みを、たまたま見てしまった隊長が、引き攣った悲鳴を上げて必死に許しを請う。
 依坤が許しても、カナタが彼を許してくれまいと思ったのだろう。
 だが、それは却ってカナタの機嫌を損ねてしまった。
 「・・・ずいぶんと身勝手じゃないか。嵩(かさ)にかかって俺を襲ったくせに、今更命乞いか?」
 『この男だけでも殺してあげましょうか カナタ?』
 麗華も、このまま退くには気が収まらないのか、脅すように隊長を睨む。
 『よろしいでしょう 太師?』
 ねだるように甘えた声を出す麗華に、しかし、依坤は頷かなかった。
 「このような輩はどこにでもおる。いちいち殺すのは面倒じゃ」
 それに、と、依坤は意地の悪い笑みを浮かべてカナタを見遣る。
 「カナタに殺せるものかよ」
 その通り。
 カナタは彼らの所業に激怒してはいたものの、殺そうとまでは夢にも思っていない。
 本当に襲われていたなら、カナタにもどうなっていたかわからないが、幸い未遂に終わったことで殺人を犯そうとは思わなかった。
 「もし、カナタが真に望むのであれば、お前の願いをかなえてやらんこともないがのう?」
 笑みを深めて言い募る依坤に、カナタは息をついて首を振る。
 「許せないとは思っても、命まで奪おうとは思ってないさ」
 「だ、そうだ、麗薔」
 くすくすと笑声を上げて、依坤は面白そうに平伏する男達を眺めた。
 「おぬしたち、わしらが慈悲深い精霊でよかったのう?」
 浮かべた笑みは邪悪でも、心は寛いと言いたいらしい。
 「命を助けてやったのだ。精一杯もてなせよ」
 ―――― 以来彼らは、依坤の言う『正当な要求(別名・わがまま)』に散々振り回され、手持ちの全財産を搾り取られた挙句、『百年ほど寝ていたので、もういい』という言葉一つで、砂漠を寝ずに渡るという大強行軍を強いられた。
 忍耐と体力と根性の限界をすぎてもなおとまらない依坤のわがままぶりに、脱落する事を許されなかった隊長の他は全員、砂漠に倒れ臥した・・・。
 さすがに惨いと思ったカナタの温情で、水と食料だけは残されたものの、彼らは今、灼ける砂上で、依坤と出遭った運の悪さを心底恨んでいる事だろう。


 さて、とぼとぼと駒を進める隊長に率いられて、カナタを乗せた馬車と、依坤がふんぞり返る輿を乗せた馬、そして護衛兵一人の奇妙な隊列は、てくてくと城門をくぐった。
 冥府の大宮殿のような壮麗さはないが、おそらく実用的なのだろうと思われる厚い城壁を抜け、一直線に宮城にいたる大通りに入るまで、カナタは興味深げに城門を眺めている。
 「田舎者のようなことをするでない!わしまで同類と見られるではないか!!」
 しかし、カナタは依坤の叱声を無視して、馬車から身を乗り出すように城壁に穿たれた隋道の天井やら壁やらを眺め続けた。
 「いいじゃないか、珍しいんだから。珂瑛じゃよく見えなかったし・・・へぇ。城内から見たら、そう武骨なだけじゃないんだな」
 外からは砂上に灰褐色の壁が生えているようにしか見えなかったが、内側は華やかな植物や人物のレリーフが、壁の半ばから下を飾り、重苦しい岩肌を人々の目から隠している。
 「やっぱり、生きてる城市はちがうなぁ・・・ぎゃっ!!」
 カナタの悲鳴に、御者が何事かと振り向いた。
 「今度はなんじゃ!」
 苛立たしげに言う依坤の視線の先で、カナタは口を覆った手をおずおずとどけた。
 「・・・た・・・たしかに濁世(じょくせ)だ・・・。こんなにキ・・・」
 「キ?!」
 鋭く詰問する依坤の声から逃げるように、カナタは再び口を覆った。
 小さな闇の中で用心深く確かめるが、空気がひどく乾燥している上に風がないためか何も臭ってこない。
 ―――― だから、気づかなかったんだ。こんなに地面が汚いなんて!
 馬が往来するので、馬糞が散らばっているのは仕方がないと思う。
 だが、ゴミやじ・・・人糞や、腐乱した死体が転がっている中を、どうして平気な顔で歩けるのか!
 カナタは、神や仏の出てくる話で、人界を『濁世』と表現するわけが、やっとわかった気がした。
 これでは、雨が降らなくてよかったと言うべきだろう。
 こんなに暑くて不潔な場所に雨が降れば、疫病が流行って、深刻な被害をもたらすに違いない。
 「カナタ!!」
 無視しつづけられた依坤のヒステリックな声に、ようやく正面を向いたカナタは、依坤の投げたクッションを顔面で受け止めた。
 「何すんだ、依坤!!」
 「わしを無視することは許さん!!」
 もう一つ投げて来たクッションは受け止めて、投げかえす。
 「無礼な!」
 「どっちが!!」
 猫のように甲高い声を上げて闘う二人の間に、隊長が慌てて割り込んできた。
 「カ・・・カナタ様!!どうか依坤様のご機嫌を損ねないでください・・・っ!!」
 それまでの傍若無人な振る舞いが余程身に染みたのか、隊長は依坤のご機嫌を取り結ぶのに必死である。
 それが、カナタは気に入らない。
 「うるさい!!なんで俺が退かなきゃならないんだよっ!!」
 「どうか・・・どうかおねがいいたしますっ!!私は部下達が砂漠で野垂れ死にする前に、あなたたちを王宮に連れて行きたいんです!!」
 閉門間際、人目の多い大通りで、恥も外聞もかなぐり捨てて大声を上げる隊長の様子に、カナタはこの世界に来て以来、数百度目かの譲歩を許した。
 「・・・ちくしょー!!おぼえてろー!!!」
 「忘れた」
 「ボケジジー!!死ねー!!!」
 子供のように恥ずかしい言い争いをする二人を乗せた、馬の鼻面を引きずるようにして、隊長はとぼとぼと残照に赤く染まった通りを溯って行く。
 やがて、カナタが依坤との喧嘩に飽きて、軽やかに車輪を鳴らす馬車に揺られながら、そっと街の様子を見ていると、砂塵の中の生気のない顔をした人々が、カナタらとすれ違った瞬間だけ、驚いたように目を上げるのに気づいた。
 「この毛色が珍しいのかな?」
 額に垂れた前髪をつまんで、残照に透かしてみると、銀の髪は紅の光をそのまま吸い取って、華やかに輝いている。
 「今は、サラームの髪の色に似てるけどな」
 何気なく言うと、
 「かっ・・・火精王の・・・?!」
 隊長が、ぎょっと目を剥いてカナタを振り返った。
 「え?ああ、そういえばそういう役職なんだっけ、あいつ?」
 「あいつ?!」
 悲鳴じみた声を上げて、隊長は口の中でなにやらぶつぶつ呟きはじめる。
 「・・・何?」
 「おぬし、信心深い民をいじめるのはやめんか」
 「いじめた?」
 意外そうに問い返すカナタに、依坤は低く笑い、馬蹄に消え入るような小声で語った。
 「あんな阿呆でも、軍人にとっては大切な守護精霊じゃ。少しでも不敬をしようものなら、戦場で命を落とすといわれておる」
 「・・・・へぇぇ」
 カナタは、まぬけとしか言えないような声で感嘆の意を表した。
 「どこの国の神話にも、戦いの神様はいるけど、お目にかかったのははじめてだなぁ」
 だからと言って、態度を変えるわけでもないカナタに、依坤はくすりと笑った。
 「戦の守護精霊といえば、風精王もじゃな。気に入った軍には勝利を、気に入らない軍には惨敗を与える風を吹かせると言われておるそうじゃ」
 ゆえに、戦場で散った者を『名誉の戦死』とは言わない。どころか信心が足りなかったのだと、冷たい目で見られるという。
 「なんかひどいな、そりゃ」
 別に戦争を賛美するわけではないが、死者を鞭打つような態度はどうかと思う。
 ところが依坤は、カナタのひんしゅくを鼻で笑った。
 「深く信仰しようと、死ぬ時は死ぬし、負ける時は負ける。
 闇精は、どちらにしろ命を散らせた者達の魂魄を珂瑛(かえい)に運ぶゆえ、遺族は彼らが、冥府で惨い目に遭わぬように、月の神殿へ多くの進物を捧げる―――― 捧げればよいと、言われておる」
 口の端を皮肉げに歪めて、依坤は嘲った。
 「・・・それってつまり、神殿が儲けるための口実?」
 カナタも周りの者達に聞こえぬよう、密かに呟いた。
 「それじゃまるで、免罪符だ」
 昔、ローマ教皇が、借金返済の為に売った免罪符は、買いさえすれば天国に行けると言う代物だ。
 「冥府に地獄はない」
 鋭敏になったカナタの耳にしか届かない、小さな声で依坤は呟く。
 「神職どもが、民を都合よく操る為に考え出した空言じゃ。今ではその神職らも、信じきっておるがのう」
 馬鹿げておる、と、冥府の太師は冷ややかに嘲った。
 「火精王も風精王も、自分を崇めなかったからという理由で人の命を奪うほど暇ではないよ。
 もしそうであったとしたら、おぬしなど水精王の庇護もむなしく戦場に散るでではないか」
 カナタは黙って、捕獲していたクッションをぶつけてやった。
 「なにをするか無礼者―――――――!!!!」
 「俺は風精王にも多大な礼をもらったらしいぜ?」
 「わしの憎悪で相殺じゃ!死ね、無礼者!!」
 「お願いですからお二方っ・・・!」
 慌てて二人の間に馬を乗り入れた隊長の身に、無残にクッション爆弾が降り注ぐ。
 「こら!!やめんか、おまえら!!」
 事情を知らない兵士が高圧的な態度で怒鳴り、攻撃をやめない依坤に手をだそうとした時、
 「・・・『お前』?」
 依坤の目が尖った。
 「おのれごときに『お前』よばわりされるおぼえはないわっ!!!」
 見た目からは想像も出来ないほどの怪力で投げられらクッションは、硬球並みのスピードと威力で兵士の頭を強打し、彼は無様に馬から転がり落ちて、地面に叩き付けられた。
 「おいっ!今、ゴキッていったぜ!首の骨が折れたんじゃないか?!」
 カナタは慌てて馬車から身を乗り出した。
 「誰か救急車・・・って、いないんだ!!!早く手当てしないと!!」
 「騒ぐな。死んどらんわ」
 足を止めた馬達に、依坤が『行け』と命じると、彼らは御者や隊長の制止を無視して歩き出した。
 「一晩風にさらされるがよいわ、無礼者が」
 「・・・たいちょー、ジジィがあんなこと言ってるよー。助けてやれよー」
 しかし、彼は背後を振り返るのも恐ろしいといわんばかりに激しくかぶりを振る。
 「薄情者」
 「・・・俺は、あんたじゃない」
 隊長がぽつりと呟いた言葉に、カナタは首を傾げた。
 「そりゃそうだろ」
 「・・・・あんたにはわからない」
 ・・・わかりませんとも。
 カナタは、すねた子供のように目を逸らして、彼を悩ませる全てのものが視界に入らないよう、再び馬を先頭につけた隊長の背中を睨んだ。
 彼は、出会った時から嫌いな人間だったが、その卑屈な態度を見るたびに、更に嫌悪感が深くなる。
 「眉間にしわが寄っておるぞ」
 からかうように言う依坤をも睨むと、依坤は軽く笑った。
 「奴の立場なんぞ、いちいち気にする事はない。奴は奴なりに生きて、死ぬだけじゃ」
 しかし、生まれて二十数年のカナタは、依坤ほど達観はできない。
 憎らしげに再び隊長の背中を見遣った先には、王宮の城門がそびえていた。


 やがて、一行は街を突き抜け、王宮の裏門に至った。
 隊長が言うには、身分の高い者や外国の使者以外は、裏門からしか入れないのだそうだ。
 これをプライドの高い地の王が聞いてしまったため、烈しく癇癪を起こされ、ようやく彼らが正殿の裏門をくぐった時には、日はとっぷりと暮れていた。
 「・・・なんだこりゃ」
 カナタは、いくつもの大きなかがり火に照らし出された庭の、華やかな・・・というより、はっきり言って成金趣味の派手やかさに呆れて、唖然と口を開けた。
 「・・・普通、庭に植わってるものは木だろ?」
 しかし、そこには木の代わりに、巨大な黄金色の像たちがにぎやかに林立している。
 神なのか精霊なのか、カナタには分からないが、美しい人物像や動物の像が、赤い炎を烈しく照り返して、それぞれ存在を主張していた。
 「・・・置けばいいってもんじゃないだろう・・・」
 だが、良く考えてみれば今、この世界は深刻な水不足なのだ。つい先ほどまで砂漠に立っていたと言うのに、王宮に入った途端、『庭は緑だと決まっている』と思った自分に呆れてしまう。
 しかし、そうと気づいてもやはり、金色の巨大像が立ち並ぶ庭は奇妙だと思わずにいられなかった。
 「こちらへ」
 カナタの様子を、『田舎者が王宮の荘厳さに気圧されている』とでも解釈したのか、隊長は得意そうに胸をそらして二人を宮内へと導いた。
 「間もなく内侍(ないじ)がお迎えに参りますので、どうぞごゆっくり」
 ほっとした様子で背を向けた隊長を、ぎろりと翠の目が睨みつける。
 「おぬし、このまま逃げようと言うのではなかろうな?」
 「滅相もございませんっ!!」
 「ならばおぬしが、王の元へ案内せんか!」
 わがままを言わせたら世界一強い依坤には、精霊ですら逆らえる者はいない。
 「・・・気の毒に」
 涙を浮かべ、依坤を抱き上げる隊長に、カナタは大した同情もなく笑った。
 「まぁ、アンタも大変だな。伝令に走った奴が、俺の事を『すっごい美人』だなんて王に言いさえしなけりゃ、ここまで来る事なかったのにさ」
 先ほど、落馬したまま見捨てられた青年が、今は隊長の不幸の元凶だった。
 彼がカナタの容姿を、口を極めて褒め称えさえしなければ、隊長はこの疫病神達を追い払って、なんとでもごまかす事ができたのだ。
 「同情なんてしないけどなー」
 カナタがわざとらしく笑ってみせると、隊長は恨めしげな上目遣いでカナタをねめつける。
 「まぁ、依坤の性格じゃあ、王に向かい合った途端、土下座を要求するんじゃないか?どっちにしろ、アンタはクビだね」
 カナタの嫌味に、隊長は一瞬で血の気を喪い、ぶるぶると震えだした。
 「すげー・・・。一瞬芸みたい」
 「冗談じゃないっ!!!」
 悲鳴じみた声を上げて、隊長は震える手に抱いた依坤を、落とさないようにきつく抱きしめた。
 「首を・・・首を斬られるかもしれないんだ!!」
 「そうだな。でもまぁ、次の就職口を探せば・・・」
 「死んだら次なんかあるか!!」
 隊長の絶叫に、カナタは目を丸くした。
 「もしかして、ここも斬り捨て御免なのか?!」
 カナタはもちろん、『クビになる』という言葉を、『免職になる』という意味で使っていたのだが、どうやらこの国は、そんな洒落が通じるところではないらしい。
 「俺にはまだ小さな子供がいるんだー!!!」
 「だったら少しは身を慎めっ!!妻子のある分際で、若い娘(?)をかどわかそうなんてするから、罰が当たったんだ!!」
 天網恢恢(てんもうかいかい)粗にして漏らさず!!と、カナタはその場の誰もが知らない格言を持ち出して怒った。
 「頼む!!あんた達だけで行ってくれ!!」
 「このバカ広い建物で迷えってか、オヤジ!」
 「いや、もうすぐ内侍が・・・!そうだ!宦官どもがいた!!」
 目をキラキラさせて、隊長は頬を紅潮させた。
 「さぁ!宮内に入りましょう!あなたたちを宦官に引き渡せば、金が入る!!」
 「・・・オヤジ。冥土に金持って行ったって仕方がないじゃないか。それより、今後の対処方法を考えるべきだと思うぞ、俺は」
 呆れるカナタに、隊長はにやりと笑みを浮かべた。
 初めて会った時にも見た、何かを企んでいる時の笑みだ。
 「いいや。俺は金をもらって、元の暮らしに戻るんだ。あんたらも、せいぜい王宮暮らしを楽しんでくれ」
 彼は足取りも軽やかに回廊を渡り、王宮にしては意外と小さな部屋の扉を開けた。
 途端、部屋の中から、すえた悪臭が溢れ出し、カナタは眉間にしわを寄せて隊長の背後からそっと中を伺った。
 中には、侍従らしき男達が数人たむろしている。彼らは一様に小太りで色が白く、それがたしなみなのか、きれいに髯を剃っていた。
 「荀(ジュン)内侍はどこだ?」
 隊長が、傲慢な口振りで怒鳴ると、彼らは驚いた小動物のように慌てふためき、卑屈な上目遣いで隊長を見上げる。
 「荀内侍はっ・・・ただいまっ・・・妃殿下のっ・・・侍女達のっ・・・」
 しゃっくりでもするように、つっかえつっかえ言う中年の男を、隊長は冷たい目で見下ろした。
 「ここへ呼べ。俺が、水精のような女を連れてきたと言ってな」
 「は・・・はいっ・・・」
 男は、ビクビクと隊長の横をすりぬけ、その背後のカナタを卑屈な上目遣いでちらりと見遣ると、こそこそと部屋を出て行った。
 「・・・誰が女だって?」
 カナタが小声で責めると、隊長は『黙っていてくれ』と、小声で返す。
 「荀がうまくやってくれるから」
 「一体どんな男なんだよ」
 聞くと、隊長は部屋の中に満ちた悪臭が我慢ならないといわんばかりに顔をしかめ、カナタを促して部屋の外に出た。
 「あいつは男なんかじゃない」
 そういえば、部屋を出て行った男が、侍女がどうのといっていた。
 「女の人か・・・。恐い人じゃないといいな」
 美桜や巽依の顔を思い浮かべながら呟くカナタを、隊長は鼻で笑う。
 「女でもない。奴等は、人じゃないからな」
 そう言って、まるで汚物でも見るような目で、狭い部屋の中の、肩を寄せ合う男達を見遣った。
 「こいつらは、宦官なんだよ」
 「かん・・?」
 復唱しかけて、カナタはようやく思い出した。
 映画『ラスト・エンペラー』に出てきた、去勢された男達を・・・。
 改めて彼らを見ると、話に聞いたとおり、福々しい頬に髯を剃った跡はない。造精機能を喪っている為、男性ホルモンが分泌されず、髯が生えにくいのだ。
 さらに、この部屋の臭い・・・。
 何かの講義の時に、教授から聞いたことがある。
 性器を切り取られ、用を足し難い身体の彼らは、尿を漏らす事が多いため、異様な体臭を持つと言う。
 思わずまじまじと見つめてしまったカナタの視線を避けるように、彼らはおどおどと視線を逸らした。
 「・・・けど、人間じゃないとまでは言わなくていいんじゃないか?彼らだって、好きでなったわけじゃないだろうに」
 その時、女の身売りが娼婦であったように、中国で男の身売りは宦官になることだとも聞いた。
 彼らは、歴代の皇帝や王達のわがままが作り上げた犠牲者達なのだ。
 だが、隊長はカナタのひんしゅくを鼻で笑った。
 「王族に取り入り、貧乏人から税金を搾り取って、私欲を貪る奴等が犠牲者か?奴隷ごときが自分よりいい暮らしをしてりゃあ、妬むのが人情ってもんじゃないのかい?」
 それとも、精霊様にはそんな気持ちはわからないか?と、隊長はわざと下卑た物言いをする。
 「確かに、好きで宦官になる奴なんていないさ。だが、なったからには私腹を肥やすのが役目だといわんばかりの奴等を、俺は好きになれんね」
 カナタは口をつぐんだ。
 この世界のことをなにも知らない彼には、反論する言葉が見つからなかったのだ。
 それからずいぶんと長い間、当の宦官達の目の前で、宦官の悪口を涛々と語る隊長の声をうんざりと聞いていると、やっと、宦官の長たる荀が、太った身体をよたよたと揺らしながら現れた。
 「なぁんじゃー。莚(エン)ーじゃあーないかぁ。わぁざわぁざわぁしを呼ぉび出ぁして、なぁんのぉ用じゃー」
 甲高い声の老人は、牛の鳴声のようにのんびりした口調で、よたよたと室内に入ってくる。
 「これはこれは荀内侍!わざわざのご足労、痛み入ります」
 今まで散々悪口を言っていた同じ口から、慇懃な言葉を語り出す隊長に、カナタはあんぐりと口を開けた。
 「実は、これなる美女を捕らえまして。どうか妃殿下に御献上くださいますよう」
 手揉みせんばかりににこにこと愛想よく言う隊長に、宦官の長は鼻を鳴らす。
 「たぁーしーかーにぃー、きれぇーな娘じゃがぁー、こぉきゅーにはぁー、もぉ――――――――――ときれぇーな娘はぁー、た――――――くさぁ――――――んおるのじゃぁ――――――」
 『こぉきゅー』という鳴声を、『後宮』と変換するのに、カナタはしばしの時間を要した。
 「何をおっしゃいますか!これほどの美女はそうそうおりませんよ!しかも、ごらんください、この髪と瞳を!
 陛下がお集めになっておられる、水精そのものではございませんか!」
 「ふぅ・・・・・・・ん・・・・・・・」
 荀は、あら捜しでもするように、カナタの身体にのたりと視線を這わせて、また『ふぅ・・・・・・・ん・・・・・・・』と鳴いた。
 「身体にぃー傷なぁんかぁーついておらーんだろぉーなぁー?」
 「もちろんですとも!私も部下達も、彼らには誠心誠意尽くして来たのですから!」
 心情のこもった言葉だ。
 「かぁれぇらぁー?」
 問い返してはじめて、苟は隊長に抱かれた依坤の存在に気づいた。
 「女ぁのぉ子ぉー?」
 「え?いや・・・」
 女の子じゃないよ、と言おうとしたカナタの口を塞ぐように、隊長はものすごい勢いでまくしたてた。
 「この女の子供ではありません!どうやら、西桃から一緒に攫われてきたようで、少々言葉は変ですが、妃殿下のお相手にはちょうど良いかと存じます」
 ―――― そうくるか!
 カナタは隊長の小賢しさに、いや、生きる為の知恵に、軽蔑と感心の混ざった視線を送った。
 これで、カナタや依坤の言動が不自然でも、『言葉が不自由だから』という事で片付けられてしまうのだ。
 ―――― けど、俺が男だってのはどう説明するのかな?
 今、隠し通したとしても、いずれはばれる事である。
 だが、この男は、カナタの思った以上にしたたかだった。
 「荀内侍、外国人とはいえ、このように美しい娘は、滅多に手に入りませんぞ!
 ここは一つ、荀内侍が見つけ出したのだと、陛下にはご奏上あそばして、御自身の功績とされませ」
 そうすれば、カナタが男だとばれても、罪は荀一人に帰す。
 そんな隊長のたくらみを知らない荀は、鷹揚ぶっているのか、間延びした声で問うた。
 「ふぅ・・・・・・・・・・・・・・ん?そぉれぇでぇー?おまぁえぇはぁー、なぁにがぁーのぉぞぉみぃなぁーんだぁー?」
 「はい!この二人を、高額で買い取って頂きたいのです!」
 「金だけでよいのか?」
 なぜか、その言葉だけ明瞭に発音して、荀は髯のないあごをさすった。
 「はい!実は私、もうすぐ兵役が終わりますので、故郷へ帰ろうと思っているのです」
 にこやかに言う隊長へ、苟はにたりと笑みを返す。
 「お前はここで、出世することを望んでいると思っておったが、わしの勘が外れることもあるのだなぁ」
 こと、人の欲望に関する勘は外れた事がないのだろう。
 荀は怪訝そうに目を眇めて、再びカナタを不躾に眺め回した。
 「まぁ・・・確かに美しい娘じゃ。
 そうじゃな・・・これをわしの邸に出入りしておる商人から買い取ったと言えば、陛下も妙な者ではないとご安心されることであろう。
 莚よ、いくら望むか?」
 これだけを、と、いっぱいに開いた両手を差し出して、隊長は深々と頭を下げた。
 「女が八百、子供が二百で・・・」
 合せて千か、と、荀は口の中でもごもごと呟いた。
 「子供はいらん。女もせいぜい五百というところだろう」
 この男、値段の交渉に関しては、はきはきと発音するらしい。
 「いえ、女は八百でなければ譲れません!何しろ、市場に引き出せば、軽く千は行くでしょうからな」
 市場に行かなかったのは、既に陛下のお耳に入っているからです、と、隊長は王を引き合いに出した。
 「本来なら陛下に直接お渡しし、ご褒美を頂くところなのですが、この娘も侍従の長であられる荀内侍の庇護のもとに在った方が、後宮では暮らしやすかろうと思ったのでございますよ。
 ・・・ですが、内侍がそうおっしゃるなら仕方がありません。私から陛下にお引き渡しして、ご褒美を頂く事にしましょう。この美貌なら、侍女といわず、寵妃にもなれるでしょうからねぇ」
 「誰が・・・」
 寵妃だ、と、抗議の声はすばやく隊長に封じられた。
 「・・・子供の分は払わん。女だけ八百だ」
 「そうですか。では、私は陛下のもとへ・・・」
 「・・・っわかった。千だそう。だが、子供は連れて帰れ」
 「一緒に攫われてきた、可哀相な子供ですよ?
 この女が、内侍の仕打ちを涙ながらに訴えれば、陛下からどのような叱責を受けられる事か・・・。
 僭越ながら、内侍の御身が案じられてなりません」
 「・・・・・・・・・・・・・・寵を受けなければ、子供は城外に捨てるぞ」
 「どうぞご自由になさりませ」
 勝利の笑みを浮かべて、隊長は荀に恭しく一礼した。
 そして依坤を床の上に立たせて、ほっと息をつく。
 「あとのことは全て、この侍従長がやってくれます。私の事などお忘れになって、健やかにお暮らしくださいっ!」
 依坤にしか聞こえないよう、小声で囁いた隊長の声には、切実な思いが凝縮されていた。
 「まぁ、よかろう。いずれまた会おうぞ」
 にやぁと、不吉に歪められた口元から目を逸らして、隊長は深々と頭を下げた。
 そして、大きな革袋を宦官の一人から受け取るや、そそくさと立ち去った彼の背中を見送ってから、依坤は新しい獲物を振り仰いだ。
 小者のくせに、王の威光を背に思う様私腹を肥やす奸臣。
 こういう人間が依坤は大好きだった。
 驕り高ぶり、人を人とも思わぬ輩を、跪かせ、泣き喚くまでいじめたおす。
 どのようにいたぶってやろうかと、うっとりと見つめる依坤の視線には全く気づかず、荀はカナタをじろじろと眺め回した。
 「良ぉい衣をぉー纏っておーるなー。どぉこぉからぁーさぁらぁわぁれぇてぇ・・・
 ―――― どこからさらわれてきたんだ?」
 いきなり荀の口調が・・・いや、イントネーション自体が変わった。
 「・・・?
 西桃語が分からんのか?と言って、東蘭人には見えんが・・・。南薔の女なのか?」
 早口にまくしたてた後、答えを待つように眇められた、肉に埋もれた小さな目を、カナタは困惑と共に見つめ返した。
 「なんだ?何とか言えんのか?」
 「え・・・っと。なんて言えばいいのかな・・・?」
 困り果てて、依坤を見遣って呟いたカナタに、荀はきらりと目を光らせる。
 「物言いはなっとらんが、うまく話すではないか。何者だ?」
 不審げな長の声に、他の宦官達も興味深げに二人を囲んだ。
 「何人でもないよ。僕らは飄山の民だもの」
 依坤がにっこりと笑って言うと、宦官達は一斉に驚愕の声を上げた。
 「なるほど、道理で!飄山に集められた精霊の子か!」
 何が何やらわからないカナタの周りで、事態は勝手に進んで行く。
 「なんとまぁ、面白い偶然もあったものだ!
 飄山の神殿を真似て、精霊に似た者達を集めておったが、とうとう本物の『精霊の子』に出会ったか!」
 たった千で良い買い物をしたと、荀は福々しい顔にしわを寄せた。
 「早速妃殿下に御目にかけねば!報奨金はわしのもんじゃ!」
 さぁさぁと、荀は手を引かんばかりに二人を急かす。
 「あの・・・報奨金って・・・?」
 大理石を敷き詰めた長い回廊を、カナタは宦官達に追い立てられるまま、早足に荀の後を追いかける。
 「妃殿下はな、南薔の王女であらせられるのだが、この国の王妃に立てられてより、一度も笑われた事がない。
 陛下はなんとか妃殿下の笑みを見たいと、飄山の神殿を真似て精霊の風貌を持った女達をお集めになっているのだが、未だその願いは叶うておらぬ。
 だが、本物の飄山の乙女が現れれば、妃殿下とて懐かしさに自然と頬も緩もうと言うものだ!」
 一気にまくしたてて息が切れたのか、荀はゼイゼイと息を荒げた。
 「・・・飄山って、母皇の山に神殿が?」
 こっそりと、傍らの宦官に抱かれた依坤に問うと、彼はこくりと頷いた。
 「おそらく、南薔王家が造った南岳の神殿のことだろう」
 南薔王家は巫女の家柄。
 代々女が主として王位につく慣わしだ。
 「やはり、思った通りじゃ。ここには本物の巫女がおる」
 頬を緩めて、依坤は自分を抱いた男の背を叩いた。
 「急げよ。はよう、南薔の巫女に会わせろ」
 命じられた男は、自分でもわからぬまま、足を早めた。


 宦官達は、広大な中庭を囲む回廊を巡り、一際厳重に警護された門をくぐって、その最奥にある一室の前で立ち止まった。
 扉のない出入り口のすぐ内側には、色とりどりの珠玉をちりばめた黒い衝立が置いてあり、回廊を通る者達の視線を遮っている。
 「よいか?今、こちらには、妃殿下だけでなく、国王陛下もおられる。陛下がよいとおっしゃるまで、絶対に顔を上げてはならんぞ?!」
 荀はゼイゼイと肩を荒く上下させながら念を押した。
 「ところでおぬし、名はなんと言う?」
 「は・・・林かなた」
 「・・・・・・・どこの言語じゃ、それは?」
 つい本名を名乗ってしまったカナタに、荀は顔をしかめた。
 「よい。陛下か妃殿下に名を賜るがよい」
 ようやく息が静まったらしく、最後に大きく息をついて、彼は手を払った。
 ここまでついてきた宦官達に、去れと言う意味だったようだ。
 彼らは髯のない顔にうまく不満を押し込めて、荀に恭しく一礼すると、足音も立てずにもと来た道を戻って行った。
 「・・・子供も連れてゆけばよいものを」
 荀は、依坤を床の上に降ろして去って行った宦官の背を憎らしげに睨んだが、鼻を鳴らして依坤の手を引いた。
 「よいか?けっして粗相はならんぞ?!」
 荀は可能な限り、恐い顔をしたつもりらしいが、それはせいぜい、豚のしかめ面というところだった。
 ―――― 普通の子供だったら笑ってたな。
 卑屈に身をかがめて、衝立の後ろからそっと中を伺う宦官の長に対して、かなり失礼な事を考えつつ、カナタは彼の後に従った。
 カナタは、黙って淡い薔薇色と白い大理石を組み合わせたモザイク模様を踏んで進んだが、その目の端に映った内装に驚いた。
 その部屋は城の、いや、この世界全ての常識を無視して、水と緑があふれていたのである。
 広い部屋の中央にしつらえられた、小さな人工の泉からは、涼やかなせせらぎとともに水が湧き出し、あふれ出たそれは、大理石の床に彫られた緩やかな溝に落ち込んで、小川となって水際の緑を潤している。
 荀は、小川の上に架かる、優美に装飾された橋を渡り、対岸の柔らかな絨毯の上に降り立つと、カナタを横に、恭しく膝をついた。
 「国王陛下、妃殿下、ご機嫌麗しく存じます」
 嫁いでから一度も笑ったことがないと言ったその口で、荀は白々しく笑う。
 「なんの用だ?」
 重厚な声が、不機嫌な声音で問い掛けた。
 「はい。水精のごとく美しい娘を得ましたので、献上に参りました」
 王とは対照的に、にこにこと機嫌の良い笑みを浮かべて、荀は顔をあげる。
 「先日、使者が報せて来た件か?」
 「さようでございます」
 顔をうつむけたまま、懸命に目だけを動かしていたカナタの視界に、王らしき男の、大きな靴が入ってきた。そして、目には見えないものの、わずかに遠いところでさやさやと、いくつかの異なる衣擦れの音が聞こえる。
 「女、顔を上げろ」
 どうやら女達(だろう)は、絨毯の上にいるわけではないようだ。
 「女!」
 呼ばれているのが自分だと気づいたのは、王の声が怒声に変わってからだった。
 「かっ・・・顔を上げんか!!」
 荀に袖を引かれて、カナタが遠慮もなにもなく、ひょいっと顔を上げると、線の太い、精悍な顔つきの男が、とても機嫌が良いとは言えぬ表情でカナタ達の前に立ちはだかっていた。
 「・・・いやに大袈裟に喋るものだと思っていたが、誇張ではなかったようだな」
 そう若くはない王は、しばし呆然とカナタの顔を見つめた後、太い唇を笑みの容に歪めた。
 「精纜(セイラン)。こっちへ来い」
 王はいかつい肩越しに、背後へと声をかける。
 その声につられて、カナタが彼の背後を窺うと、王妃を囲んでいたらしい女達の、色とりどりの髪が揺らめいた。しかし、その中心にいるはずの王妃は、風の中心のように揺らめきもしない。
 「精纜!!」
 王の怒声に震えた侍女達が、彫像のように立ちすくむ王妃の手を取ると、彼女は手を引かれるまま、抵抗もせずに王の側まで歩み寄ってきた。
 「見よ!水の神殿に仕えるような、美しい女ではないか!」
 彼女は、彼女を取り巻く全てのものから目を逸らすように顔を俯けていたが、跪いたカナタには、その顔がよく見えた。
 南海の・・・どれほどの大きさかはわからないが、かりにも一国の王が、その笑みを得るために腐心し、水の乏しい世界でこのように豪奢な部屋を用意するほどの妃である。
 どれほどの美女かと期待していたが・・・正直言って、カナタはがっかりした。
 彼女の、くすんだ砂色の髪に覆われた肩は骨が浮き出し、肌色は単に日に当たらなかったから色が抜けたという程度。瞳は、色あせたガラス玉のような薄い水色だった。
 それでも、顔立ちが美しいというのなら、王の寵愛を得ても不思議ではないだろうが、あどけなさの残る小さな顔に対して、カナタは『ブスではない』という感想しか出てこない。
 ―――― これなら、今の俺の方が美人だ。
 心中、そう呟いたカナタは、目の前に立つ王妃を、この世界で出会った精霊達・・・特に、澪瑶公主と比較するという、愚かしいまねをしていたことに気づいてなかったのである。
 見る価値なしと、王妃の顔から外れたカナタの視線は、自然、その腹部に吸い寄せられた。
 柔らかな白絹に覆われたそれは大きく膨らんで、その中にもう一つの命を宿していることを教えている。
 だが、再び見上げた王妃の顔は、嬉しげどころか、これ以上の不幸はないと言わんばかりに曇っていた。
 「・・・心閉ざした上に目も曇ったか、巫女よ」
 気づけば、一人膝を折らなかった地の王が、嘲弄を含んだ声で低く呟く。
 カナタ以外にはただ一人、王妃を除いて聞く者のない声に、彼女は細い肩をびくりと震わせ、自分の前に立ちはだかる精霊王の、翠の瞳に肌を粟立てた。
 その、瞬間だった。
 後宮中に響き渡るような絶叫をほとばしらせて、王妃は依坤の前に膝を折った。
 「お許しください!!どうか、お許しを・・・!!」
 取り乱し、膨らんだ腹を押しつぶさんばかりにして床に這う王妃を、皆、呆然と見つめる。
 やがて、
 「馬鹿な真似はやめろ!!」
 王妃の絶叫を上回る大音声をあげて、王は顔を覆って泣きじゃくる王妃の髪を掴み、床から引き剥がした。
 「なんのつもりだ!」
 だが、力強い王の手を、王妃は振り解く。
 「神はお許しにならなかった!」
 神がかった狂女のように声を張り上げ、王妃は夫を烈しく睨みつけた。
 「巫女が南薔を離れるなど、あってはならなかったのです!!
 早く・・・早く帰らねば!!沙羅を連れて・・・沙羅を、南薔王に据えなければ・・・!!」
 狂ったように・・・いや、まさに正気を喪って、王妃は小さな拳を烈しく王へ叩き続ける。
 「南薔は・・・南薔は本当に滅んでしまう・・・!!」
 「滅んだのだ!」
 思うさま振るわれた両の拳を、片手で纏め上げて王は王妃の攻撃を封じた。
 「滅んだのだ、貴様の国は!お前の父が、昏君だったために!最初の男王が、貧しい国を食い尽くして死んだ時にな!」
 王は王妃の耳に口を寄せ、残酷な言葉を囁く。
 「滅んでなどいないわ!その証拠に神は、わたくしに御子と精霊を遣わしてくださった!!」
 呆然と床に膝をついたカナタの頭上で、高貴な夫婦は烈しく掴み合った。
 「お前にもう帰るところなどあるものか!南薔王はお前を売って、ようやく峭(しょう)州一州のみの領有を認められた。奴の死後にはそれすらも、奸臣どもの毒牙にかかって四分五裂と言うではないか!」
 手を振り上げ、妻を打とうとした王の手が、その寸前で止まった。
 「・・・っ逃がすものか!」
 苦々しく吐き捨てて、王は振り上げた手を下ろす。
 「荀!その女に衣服を与え、精纜の世話をさせろ!」
 「陛下、子供は・・・」
 動きの鈍い侍従長が、依坤の存在を思い出した時には既に、王は乱暴に王妃の身体を押しやって、足音も荒く部屋を出て行ってしまった。
 「ああっ・・・陛下っ・・・!」
 もたもたと立ち上がりかけた内侍の前に、侍女の群れの中へと突き飛ばされた王妃が立ちはだかる。
 「その方々はわたくしがお預かりします。お前はもう出てお行きなさい」
 普段、滅多に口を利かない王妃が、珍しくも毅然と命じる。
 お世辞にも臨機応変に物事に対処し得るとは言えない内侍は、豊満な頬を汗でぬらして、再び床の上に這いつくばった。
 「ですが妃殿下・・・」
 「出てお行き」
 有無を言わせぬ迫力に、彼は深々と頭を下げ、床を流れる溝にはまらぬよう、ぴょんぴょんと飛び跳ねて出て行った。
 「お見苦しいところをお見せ致しました」
 荀の背中を見送ってしまってから、南海王妃、精纜は改めて二人の前に跪いた。
 「幸福ではないようじゃな」
 依坤の皮肉に、彼女は黙って頷く。
 「沙羅をここへ」
 背後にわだかまる侍女達に声をかけると、彼女は未だ呆然と座り込んでいたカナタの手を取って、共に立ち上がった。
 「奥へどうぞ。おもてなしさせてくださいませ」
 言うと、彼女は自ら先に立って二人を案内する。
 「・・・お身体は・・・大丈夫ですか?」
 王の態度は、妊婦に対してあまりにも乱暴だった。
 カナタが気遣わしげに尋ねると、
 「・・・驚かれましたでしょう?」
 暗い声が、うつむいた唇から漏れ出た。
 「お気になさらないでください。今は、この子がいるので、あまり乱暴な事はされないのです」
 細い手が、膨らんだ腹を撫でる。
 「・・・いつもあんなにひどいことを?」
 カナタの、嫌悪を含んだ声に、精纜は肩越しに向けた目を伏せた。
 「今に始まった事ではありませんわ」
 怒りも悲しみもなく、事実を淡々と告げる様子に、いかに鈍いカナタといえど、その悲運に気づかないわけにはいかない。
 「お母様」
 彼らが奥の、衝立で仕切られた部屋に入ろうとした時、中から幼いながらしっかりした口調の少女の声が呼びかけた。
 「お呼びですか?」
 導かれた室内は、わざと灯りを抑えているらしく、辛うじて周りが見える程の照明しかない。
 「沙羅!こちらへ・・・!」
 初めて愛情らしきものを声ににじませて、精纜は奥から現れた少女を抱きしめた。
 「今日はずっと離されていて、不安だったのですよ。・・・何もありませんでしたか?」
 少女の無事な姿に、心の底から安堵して、精纜は少女の顔を覗き込んだ。
 「ご心配なく、お母様。なにもありませんでしたわ」
 年頃の少女らしく、母親の過保護ぶりにややうんざりしているような声音で言って、彼女はこちらを見た。
 「―――― 初めまして」
 緊張を含んだ声音。それは彼女が、自分を見る者達の反応を知っているからだ。
 カナタは、彼女の予想通り、息を呑み、その容姿に目を吸い寄せられた。
 それは、彼女が稀に見る美人であるとか、信じがたいほど可憐な美少女だからではない。
 彼女は、一目であの国王の子供だとわかる顔をしていた。
 えらの張った四角い輪郭の中で、高く尖った頬骨の下の頬は貧民のようにやつれ、鼻は大きく横に開いている。その両脇にぽつんと乗ったアーモンド形の小さな目は、必死にカナタを見上げていた。
 その母親に対して『ブスではない』と評価したカナタだったが、この少女に対してははっきりと『不美人』の評価を下した。
 だが、彼女をただの不美人にしておかないのは、その髪と肌、瞳の色だった。
 艶のないそれらは、老婆のように、また、雪のように白く、ぼやけた灯りの中で時折光る瞳は、血の色をそのまま写したかのように紅い。
 アルビノ・・・。
 イタリア語であると言う、その言葉を思い出した時、カナタは自分が、不躾にも少女をまじまじと見つめていたことに気が付いて、慌てて視線を逸らした。
 ために彼は、少女が傷ついたように目を伏せたことに気づかなかった。
 「精霊の娘を産んだのか。あの王の胤(たね)から、よく生まれたものじゃな」
 依坤の皮肉な声に、少女は伏せた目を見開いた。
 「あ・・・」
 唖然と口を開ける少女に、依坤はくすりと笑みを漏らす。
 「わしが誰だかわかるか、生まれながらの巫女よ?」
 無言で、少女は依坤の前に膝をついた。
 父王の前にも跪かない高慢な王女が、自ら膝を折ったことに、周りの侍女達は驚き、ざわめいた。
 「精霊・・・王・・・・」
 王女のかすれた呟きを耳にされる前に、王妃は袖を払って侍女達を追い出した。
 「坐忘太師にあられますか・・・!」
 まるで壮年の巫女のような、感極まった声を発して、少女は依坤の足元に額づいた。
 「お許しください・・・!巫女として生まれながら、聖山へ登ることもかなわず、このような蛮地に囚われております」
 娘の隣に同じく跪き、大きな腹を床に押し付けて王妃は涙を零す。
 「あやつは父王、と言っておったが、南薔はいつから、男が王位に就くようになったのじゃ?」
 巫女達の額づく前を通り過ぎ、まるでこの部屋の、いや、この国の主であるかのごとく堂々と、依坤は最奥に設えられた、大きな椅子の上に身を置いた。
 「・・・我が父が、最初の男王にございます」
 膝をついたまま、身体を依坤の方へと向けて、王妃は再びこうべを垂れ、そのまま手を柔らかくそよがせて、カナタを奥へ導く。
 「巫女を生みながら王位を譲らぬとは、とんだ愚か者じゃな」
 依坤は椅子にふんぞり返り、鼻を鳴らした。
 「前王陛下には、父以外にお子がいらっしゃいませんでした」
 それでも、子に恵まれただけましだったと、彼女は語った。
 この百年ほど、水が濁り、風が止まり、地が痩せた。
 大陸を三分していた大河すら、歩いて渡れるほどの湿地になったと言う。
 豊かだった大地は、盛んに輝く太陽の為に干上がり、実りをもたらす力を喪ってしまった。
 自国の食物と水を食らい尽くしてしまった後は、飢えと渇きに倒れ、せめて屍の上に果樹でも実れと願うか、他国のものを奪うか・・・。
 「欲のない人間ばかりであるはずもないのう」
 依坤の冷笑に、王妃はゆっくりと頷いた。
 「水も食物も十分になく、女達は子を宿す事も出来ず、宿しても、無事に産む事ができませんでした。前王陛下が一人とはいえ、子を産めたのは、巫女の長だったからですわ」
 だが、次代の長となるはずの女児は生まれなかった。
 巫女を切望していた者達は、あからさまに肩を落とし、嘆いたと言う。
 それでもまだ、前王が生きている間はよかった。
 涸れた大河を渡って、西桃国(せいとうこく)や東蘭国(とうらんこく)が攻めてきても、それをはね返すだけの力があったのだ。
 だが、戦が政治の最終手段だと理解しない王子・経(ケイ)が軍事に手を出した時、南薔の滅亡は決まった。
 彼は自分を物語の英雄達になぞらえ、自身の武勇を過信し、戦は勇気と武力だけで行い得るものだと信じていた。
 自分一人で信じているだけならばよかったが、ただでさえ水と食料が不足しているこの時期に、補給の計画を立てる事もなく、領地の保安に必死な諸侯を無理矢理王都に呼び出して大軍を編成し、西桃国へと軍を進めたのである。
 その時、王都に残した息子がそのような分別のない事をしているとはつゆ知らず、女王は東大河のほとりで東蘭国との休戦条約を結んでいた。彼女は、経世子(ケイせいし)の征旅に不信を抱いた諸侯の一人が、密かに遣わした使者によって初めて、その愚行を知ったのである。
 烈火のごとく怒った女王は急使を遣わしたが、聞く世子ではなかった。
 急ぎ王都に戻った女王は、西桃国の国境を越えた途端、糧食不足で引き返さざるを得なくなった息子を、乗馬用の鞭を持って迎えたのである。
 『お前は精纜(セイラン)が王座に就くまで、おとなしく私に従っておれば良いのだ!』
 容赦なく振り下ろされた鞭よりも、その言葉がより深く経を打ちのめした。
 数年後、西桃国へ赴いた折に当地の料理に中(あた)り、あっけなく冥府に行ってしまった女王の跡を継いで最初の男王となった経は、思う様権力を振るった。
 だが、それは狂人に刃物を持たせたようなものだった。
 彼は、『聖山を擁する南薔国の困窮を知りながら、喜捨をせぬとは許し難い』という、とんでもない理由をつけて、他国の領地を荒らしまわった。南薔が大陸に冠たる巫女の国であったとしても、神ならぬ領主達が、それを黙って許すはずはない。
 彼らは西桃の、東蘭の王たちに南薔王の非道を訴え、援軍を願ったのである。
 王たちは諸侯の困窮を見かね、自国の正義の為に援軍を送った。そう、それは、自国の保安と正義の為である。
 非道の南薔軍を追い払い、追いすがり、南薔の地に攻め入って、兵らに恩賞として与える程度の領土を奪い取ったとて、文句を言われる筋合いはない。
 南薔軍は、他国で奪ったわずかばかりの食料を持って、散り散りに逃げるしかなかった。
 そして経王も、王都・佳葉(かよう)の堅固な城壁の中に閉じこもり、悪人を地獄に落とすと信じられている闇精王に対して、ぶつぶつと他国の罪業を並べたてるだけだった。
 精纜はそんな父の、丸まった背中を見ながら育ったのである。
 「我が父ながら、彼ほど無能な人間を、わたくしは存じません」
 辛辣な言葉は、冷酷な口調で紡がれた。
 「今、南薔の王宮には、後宮なるものが造られているそうです」
 毛足の長い絨毯の上に、精纜は爪を立てた。
 「まさか南薔の王宮に、後宮ができる日が来ようとはな」
 依坤は苦笑した。
 「それでは代々、女王が夫を持たなかった意味がないではないか」
 内憂外患、と、国の憂いを言うが、多くの王朝にとって、内憂の最も大きな原因は外戚の存在に他ならない。
 彼らは娘を王妃に据え、王の側で権勢を振るう。
 さらに娘が国母の地位を得れば、次代の王の元でも権力をほしいままにするのだ。
 他国が、外敵ならぬ身内に食いつぶされて行く横で、南薔の王たちは、元々女系の一族が主である内情を利用して、女王に夫も父も持たせないようにしたのである。
 ゆえに未だ、この国の人間は、『結婚』や『嫁』などという言葉を『外来語』だと言い切るのだ。
 「それでおぬしは、国を喪いかけた父によって、この南蛮の地に売られたと言うわけか」
 依坤の言葉に、精纜は頷いた。
 「西と東の領土を削られながら、なす術もなく佳葉にこもった父は、南蛮族が攻めてきても怯えるばかりで・・・。
 とうとう城が陥とされるまで、何もしませんでしたわ」
 精纜は、負の感情だけはうまく表現できるらしく、抑えた声には、溢れるほどの侮蔑と憎しみが込められていた。
 その後彼女は、わずか八歳で南薔を陥とした南蛮王の王世子(おうせいし)に贈られたのである。
 次代の王として育てられた身で、他国に嫁ぐのは辛かったが、幸いなことに王世子は、南蛮王に似ず、気の優しい人間だった。精纜の義母になる王妃も、彼女を本当の娘のように可愛がってくれた。
 この世子の妻になるのなら、この王妃の義娘になるのなら、この国に留まってもいいと、そう思っていた。
 だが、彼女が十三歳になった時だった。
 王妃が呼んでいるからと宦官に導かれて、なんの疑いもなく入った部屋は、おびただしい血で真っ赤に染まっていた。
 驚き、よろめいた精纜の足が何かに当たったかと思うと、義母の首が、そして王世子の首が、ころんとその身体の方へ転がって行った・・・。
 恐怖に絶叫し、きびすを返して逃げようとした彼女の腕を、誰かが掴んだ。
 いや、逆かもしれない。
 血刀を下げたその男に、怯えて逃げ出したのを、捕らえられたのか。
 「その日わたくしは、まさにこの部屋で、あの男に犯されたのです。
 抵抗するわたくしに、あの恥知らずは、『王妃の位を得たのだ。喜びこそすれ、逆らうとは何事か』と申したのですわ!」
 南蛮王はその当時、三十四歳だったという。
 この世界の常識では、その年齢の男が二十歳以上年の離れた女を娶る事は珍しくない。しかし、息子の妻を横取りした・・・しかも、邪魔になった妻と息子を殺して、というのは、獣にも劣る蛮行だと、他ならぬ南蛮の人間が眉をひそめたと言う。
 「先ほど、あの男の暴力に眉をひそめていらっしゃいましたね」
 精纜の隣で跪く沙羅は、父への侮蔑を隠そうともせずにカナタを見上げた。
 「いつもは、あんなものではありませんわ。お母様はあの男の為に、最初の子を流してしまったのですもの」
 彼女はおそらく、母の手で南薔王家の者にふさわしく育てられたのだろう。
 母の憎しみをそのまま吸い取ったように、父やこの国の人間を蔑んでいるようだった。
 「抵抗できぬ者をいたぶるとは、許せぬ男じゃな」
 散々、抵抗できぬ男どもをいたぶった精霊王の口から、有り難いお言葉が漏れ出た。
 「最初は顔でした。
 あまりに激しく抵抗するものだから、何度も殴られました。
 それが、あまりに醜く腫れ上がったものだから、わたくしの顔が好きだったあの男は、顔の代わりに身体を蹴るようになりました」
 だがそれも、間もなくやめざるをえなくなった。
 倒れた精纜が動かなくなったかと思うと、その下腹部がおびただしい血を流しはじめたのである。
 「流れた子が、男子だと知った時の、あの男の顔・・・」
 精纜は、眉根をきつく寄せた。
 「烈火のように怒って、床から上がれぬわたくしの首に、手をかけました」
 この男の手から逃れるのなら、冥府に行った方がましだと、精纜は目を閉じた。
 だが、王はそれ以上手に力を込める事はなく、彼女は、最初の子の命と引き換えに、数日の安眠を得たのだった。
 「その後、この沙羅を産み、今は東蘭王の妃となった緻胤(ジーン)を産み・・・今また、この子を孕まされてしまったのです」
 『絶望』という題名の彫像があるとすればそれは、まさに今の彼女の姿だ。
 「それで?おぬしは何を望んでおるのじゃ」
 聞かずもがなのことを、あえて聞くあたりが依坤の依坤たるゆえんだろう。
 「沙羅は今年で十八になります。『精霊の子』ともあろうものが・・・まだ一度も聖山に登ったことがないのです!このままでは、薔家の巫女として認められぬばかりか、南薔王を継ぐこともできません!
 どうか、太師!わたくしどもを・・・いいえ、沙羅だけでもいいのです!南薔の地へ、お帰しください!!」
 「ふむ・・・」
 何やら考えこんでしまった依坤の隣で、カナタがいきなり固まった。
 「どうした、サル?」
 「・・・いくつ、だって・・・?」
 依坤の暴言も聞こえず、不躾にもカナタは、沙羅を指差した。
 「・・・もうすぐ十八歳ですわ」
 それまで、彼女の周りには、無作法な者など存在しなかったのだろう。不快さを隠すこともできず、沙羅は憮然と答えた。
 「・・・・・・王妃サマ、お嬢さんをおいくつでお産みになったので・・・?」
 「十五でこの子を産みましたが?」
 カナタの頭の中で、信じ難い計算式が成り立った。
 「三十三歳?!」
 「いえ、十五の終わりでしたので、今年で三十四です」
 この水精は、なぜそんな事を気にするのかとでも言いたげな、いぶかしげな表情だった。
 だが、カナタでなくとも、多くの人間はこの幼顔の王妃を、ようやく二十代になったばかりだと判断するに違いない。
 そしてこの小柄な王女を、十八だと判断できる人間は更に少ないだろう。
 「単に、おぬしに見る目がないだけであろうよ」
 カナタの感想を一刀のもとに切り捨てて、依坤は二人の女に向き直った。
 「しかし、そうまでここから出たいと願いながら、なぜ今まで出なかった?」
 冷ややかで、容赦のない声が女達を打った。
 「滅んだ南薔では、王族とはいえども生きることさえ難しい。暴力には耐えても、食うに困らぬここで暮らしたほうが良いと、そう思ったのではないか?」
 「そんな・・・!私は緻胤ではありませんわ!!」
 すかさず反論した沙羅が、赤い瞳に怒りを燃え上がらせる。
 「あの子はあんな男に懐いて、あの男の言うなりに、この国の王女として東蘭に嫁いでしまった!」
 「妹を裏切り者だとでも言うか?おぬしはそれを言う資格を持つのか?」
 依坤の声は、うんざりとした響きを帯びた。
 「あほらしい。本物の巫女がおると思うたからこそ、わざわざ来てやったというのに、なんでつまらん愚痴を聞かされねばならんのじゃ。
 サルよ、行くぞ。供をせんか」
 依坤はさっさと立ち上がり、出口へ向かった。
 「お待ちください!どうか南薔を・・・!」
 「救って欲しいなど、甘えたことをぬかすな!」
 すがる精纜を、一刀のもとに切り捨てる。
 「自ら立たぬ者なんぞに、差し伸べる手は持っておらん!!行くぞ、カナタ!!」
 苛立たしげに吠える依坤に、カナタは席を立った。
 「依坤、何もそこまで言わなくったって・・・」
 「やかましい!!わしは、自分では何もせぬくせに、すぐ精霊に縋ろうとする人間を、心底軽蔑しておるのだ!なんでもかんでもわしらのせいにしおって!!自らを救うのは自分だけだということから、目を逸らしておる者のことなんぞ、わしの知ったことか!!」
 逆上して、一気にまくし立てると、彼は足音も荒くきびすを返した。
 「地精王!」
 精纜の声に、依坤は足を止めた。
 「―――― ご無礼を。おっしゃるとおりでございました」
 肩越しに振り返ると、精纜は真摯な眼差しで依坤を見つめている。
 「わたくしは娘を連れて、南薔へ帰ります。ですが、少々お待ちいただけませんか?」
 「いやじゃ」
 一言言い捨てて、依坤は再び足を踏み出した。
 「どうか!南薔の諸侯の協力を得るために、どうしても時間は必要なのです!」
 「それで?!わしを、諸侯を集めるための旗にする気か?!ごめんこうむるわ!!」
 大声で怒鳴りながら、依坤は隣室の床にできた幾筋もの川を、苛立たしげに越えて行く。
 「・・・お待ちを・・・!」
 精纜は立ち上がったが、身重の身体は思うように動かず、奥の間を出たときには、依坤はすでに、泉の間を出ようとしていた。
 「地精・・・」
 声をかけようとした視線の先で、依坤が何かにぶつかったようにあとずさってきた。
 「依坤?」
 彼のやや後方にいたカナタは、奇妙な動きで室内に戻ってきた依坤の背を抱きとめる。
 「おのれ・・・っ!」
 地精王を突き飛ばし、その苛烈な視線を無視した男は、地響きのするような荒い足音を立てて、瞬く間に妻の前に立った。
 「逃げる相談をしていたそうだな?」
 突然現れた夫の姿に、足がすくんでしまったのか、精纜は立ちすくんだまま荒く息をついた。
 「ち・・・違います!そんなことは・・・!!」
 間に入った沙羅は、父の厚い手で容赦なく頬を張られ、床に倒れこんだ。
 「お前達の話を聞いていた侍女が、知らせに来たのだ。精霊の娘を見て、望郷にでもかられたか?」
 ちらりとカナタを見遣ると、南蛮王は精纜の胸元を掴み、その足を床から浮かせた。
 「帰すものか。お前は俺の妻だ!」
 そのまま、つかつかと部屋の中心に置かれた泉まで歩み寄る。
 「逃げるなどと、二度と言えないようにしてやる」
 言うや、彼は精纜を、仰向けのまま泉の中に沈めた。
 「なっ・・・なにするんだ!!」
 駆け寄り、精纜の胸元を掴んだ右腕に縋りついたカナタだったが、強靭な左拳がその顔めがけて飛んでくるのを見て、慌てて身を引いた。
 「やめろ!!」
 再び王の腕に掴みかかったカナタの目が、精纜の苦しげにもがく腕と、水中でゆがむ顔を捉えた。
 「死んでしまう!!」
 だが、南蛮王は精纜を泉に沈める腕を引き上げようとはしなかった。
 「やめろ!!」
 俺の・・・。
 「水を・・・!」
 俺の、水を・・・。
 「俺の水をそんなことに使うな!!」
 絶叫と共に、泉は、川は、流れを止めた。
 そして、次の瞬間、すさまじい爆音と共に水は吹き上がり、一瞬の間もなく霧散した。
 「なっ・・・?!」
 「え・・・・?」
 王は目を丸くして、カナタを見つめた。
 だが、その場で一番驚いていたのはカナタ自身だった。
 「なんで・・・」
 呆然と呟くカナタの横を、すっと依坤が通り過ぎる。
 「話の邪魔だ。おぬし、寝ておれ」
 低い声と共に、依坤が南蛮王の背に触れると、王はそのまま受身も取らずに床の上に倒れこんだ。
 「・・・母様!」
 我に返った沙羅が、慌てて母の側に駆け寄り、泉のふちに倒れた母を抱き起こてし、カナタを尊崇と言ってもいいような目で見つめた。
 「な・・・何・・・?」
 「気にするな」
 すばやく立ち直った依坤が、すました顔で言う。
 「あのさ、俺、何やったんだ・・・?」
 「ここの水霊どもが、お前の感情に引きずられただけじゃ」
 そんなことより、と、依坤は床に倒れた男を見遣った。
 「見下げ果てた男じゃ。身体に傷をつけぬように、このような事をやっておったのか」
 座り込んで咳き込みながら、精纜は深く頷いた。
 「・・・わしは待つのが嫌いじゃ。特に今は、おぬしらよりもずっと大事な事を控えておるでな」
 先ほどまでの、突き放すような口調がわずかに和らいでいる。
 「一日・・・いや、一晩しか待たぬ。それまでに、処方せい」
 女達は、もう口答えしようとしなかった。
 精纜に何か囁かれると、沙羅はすかさず立ち上がり、小走りに暗い回廊へと出て行く。
 「お二人は奥へどうぞ。ゆっくりとお休み下さい」
 仮面のように無表情な顔で、口調だけは慇懃(いんぎん)に、精纜は奥を示した。
 カナタは彼女が、これから何をするつもりなのか、問い質したい気持に駆られたが、出てきた時と同じく、さっさと奥へ戻って行く依坤に引きずられるようにして、その後にしたがった。
 奥の間に入る直前、思わず振り返ったカナタは、こちらに背を向けた精纜が、その膝の上に夫の頭を乗せ、何かを飲ませている姿を捉えた。
 「関わるな」
 冷酷な声に向き直ると、泉の間の入り口にあった物と良く似た衝立が、カナタの背後を音もなく滑って視線を塞ぐ。
 「余計な物を見るな」
 頭ごなしの言い方に、カナタはむっとした。
 「なんでだよ」
 拗ねた子供のような声になって、カナタはちょっと気まずかった。
 「おぬし、あの女達が、今から何をするか、少しも想像がつかんのか?」
 いつもの、小馬鹿にしたような口調とは違う、諭すような声に、カナタは依坤の小さな姿を見つめた。
 「・・・想像もできんか」
 カナタの、怪訝な視線を見つめ返して、依坤は一つ息をついた。
 「おぬし、人を殺した事はあるか?身内を殺された事は?」
 カナタはすかさず首を振った。
 そんなことは、ドラマやゲームの世界の話であって、カナタの現実ではない。
 「だろうの。
 おぬしを襲った兵ども・・・。おぬしはあやつらを殺めようとせなんだ。それだけの力を持っておるにも関わらずに、だ」
 「そりゃ・・・そうだろう?結局被害はなかったんだし」
 「お前が会った武人達・・・火精・風精・闇精。
 誰でもいい。あの場に行き合っておったら、あの兵どもの命はなかった」
 命の重さが違うのだ、と、地の王は残酷な言葉を当然のように呟いた。
 「人間達も同じだ。明らかに害意を持って近づく者を殺しても罪にはならん。
 今、この世界では、生き残れないものが悪いのだ」
 「そんな・・・」
 嫌悪を隠そうともしないカナタを、依坤は哀れみを込めて見つめた。
 「お前の価値観は、この世界の人間のそれとは全く異なると言うことを知れ。そして・・・」
 衝立の向こうに、押し殺したような悲鳴が響いた。
 びくりと身を震わせて振り向いたカナタの腕を、小さな依坤の手が取る。
 「あの女達がやる事を、責めるでない」


 それは、いつも王妃の手元にあった。
 自身の痛みを和らげるため、酒を飲んでは荒れる夫を鎮めるために、それは何よりも大事な宝だった。
 いつもは、酒などに数滴垂らすだけのものだが、今宵はもっと、深い眠りに沈めてやらなければならない。
 精纜は、安らかに呼吸する男の鼻をつまんだ。
 男は、苦しげに、わずかにもがいたが、起きる気配はない。
 やがて、男が口を開け、かすかにいびきをかき始めたので、精纜は美しいガラスの小壜に入った液体を、残らずその口の中に入れてやった。
 「・・・楽に死なせてあげるものですか」
 呟く精纜の顔には、なんの表情も浮かんでいない。
 「お母様」
 娘の声に振り返ると、荀が息を切らして衝立の後ろから現れるところだった。
 「いっ・・・たい、な・・・・にご・・と・・」
 隣室に控えていた荀が、慣れぬ疾走にゼイゼイと荒く息をつく。しかしその目の前で、王妃が、強制されるわけでもなく王に膝を貸しているのを見て、いぶかしげに眉を寄せた。
 ―――― はて、とうとうほだされてしまわれたか。
 そう思った一瞬後、彼の目が刃物のように煌く王妃の薄い色の瞳とかちあった。
 「ひ・・・・っ!」
 「こちらへいらっしゃい」
 刃物そのものの声で招く王妃に、どうして逆らえよう?
 よろよろと近づく荀の背に、硬いものが当たった。
 その冷たさまで感じ得たと思ったのは気のせいだとしても、荀の全身から汗を流させるには十分だった。
 「受け取りなさい」
 王の腰から長剣を鞘ごと引き抜くと、王妃はその柄を荀に向けた。
 背に、沙羅が突きつける刃物の先がわずかに食い込み、贅沢な絹服に裂け目を作る。
 何をすれば、と、視線で問いかける荀の、汗にまみれた肥満した顔を見上げた王妃は、無表情のまま、小鳥のように小首を傾げた。
 「お前は、男を宦官にするのが得意だそうね?」
 問いではなく、事実を確認する口調だった。
 「得意と言うほどのものではございません、妃殿下っ」
 謙譲すべき場面でもないだろうが、荀は長年の習慣に則って、汗顔に卑屈な笑みを浮かべた。
 しかし、王妃は彼の事など完璧に無視して、横たわる王を示す。
 「この男を、宦官と同じ身体にしなさい」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんと?」
 ゆっくり十を数える時間沈黙した後の問いは、なんとも間の抜けた声で発せられた。
 「二度は言わぬ。断る事も許さない」
 剣の柄を、更に深く突きつけて、王妃は侍従長をきつく睨んだ。
 「そんな・・・っ!!ひぃぃぃぃっ!!」
 思わず後ずさった荀は、その背にやや深く刃の切っ先が当たり、カナタが奥の間で聞いた、まさにその悲鳴を上げて床にへたり込んだ。
 「もう夜更けですよ。そう騒ぐものではありません」
 王妃は眉をひそめ、かなり的外れな事を至極まじめな顔で言う。
 「さぁ、早くなさい。
 おまえは、わたくしの言う事を聞けば謝礼を受け取ることもできるでしょうが、いやだと言うなら一生金銭のいらない身体にしますよ」
 一生金銭のいらない身体とはつまり、死人の事である。
 これが、冗談交じりに、あるいは、笑みと共に吐かれた言葉なら、数十年を宮廷で過ごしてきた狸は鼻で笑う事もできたかもしれない。
 だが、王妃は微笑すら浮かべず、不気味な静けさで彼を見つめていた。
 「わ・・・わかりました・・・、妃殿下の御意に添いましょう・・・。ですが、この剣では手術は無理です」
 「なぜ?」
 無造作に王の髪を掴んで頭を持ち上げると、王妃はそれを床の上に落とした。
 「・・・その剣では・・・切れません・・・」
 王の頭が床を打つ音にびくりと身を震わせ、荀は王が目覚めるのではないかと、こわごわとその顔を見遣った。
 「おっしゃい」
 荀の背後で、沙羅が冷えた声を出す。
 「ひっ・・・そっ・・・その剣は、切れ味が悪いのです」
 荀は急いで口を動かし、正面の王妃と背後の王女に、刀剣は長すぎるし刃が厚いので、手術には向かない事を説明した。
 「・・・それに、陛下のように身体の大きな方を相手に、私一人で手術は無理です!」
 何人か助手を、と言いかけた荀の声は、無情な一言で却下された。
 「一人でおやりなさい」
 王妃は、荀の言いなりになるわけにはいかない。
 荀は、他の宦官を集めて、王妃を捕らえようとしているに決まっているのだ。彼は、何とかして王の手術を拒もうとしているのだから。
 「で・・・では、私に手術の道具を取りに行く事をお許し下さい!」
 「沙羅に取りに行かせましょう。お前の部屋の、螺鈿(らでん)の飾り棚の下・・・そうでしょう?」
 荀は、口を開けたまま凍った。
 そして王妃の行動が、その場の思い付きなどではなかった事を思い知らされたのだった。
 「沙羅、行ってくださる?」
 荀の目の前で、ゆっくりと長剣の鞘を払い、抜き身を彼の首筋に当てながら、精纜は身を荀の背後においた。
 宦官とはいえ、その力は男だ。ちょっとした油断を突いて、精纜の細い腕を一捻りされるかも知れない。そう考えて、精纜は両手で持った剣を荀の肩に乗せ、その首筋に刃をあてた。
 沙羅はひとつ頷くと、ひらりと身を翻し、再び暗い回廊へ消える。
 「ど・・・どうか妃殿下、お考え直し下さい!こんな事をして、ただで済むはずがございません!!」
 「ただで済まないのはお前だけです」
 荀の目の端に、王妃の白絹に包まれた腹部が写った。
 「この男に、わたくしが殺せるものですか」
 荀の背後で、もしかしたら王妃は、微笑んだのかもしれない。
 やがて、沙羅が荀の手術道具を、重たげに持って戻ってきた。
 「始めなさい」
 王女の白すぎる手が、塗りのはがれた粗末な木箱を、荀の目の前に置く。
 「・・・お許しを」
 「お前がやらないなら、わたくしがやりましょうか?」
 首筋に、彼の体温ですっかり暖かくなった刃先が当たった。
 「でも、わたくしがやれば、この男は確実に死が近くなるのではなくて?」
 荀のような南蛮の宦官達は、元は大陸西部の西桃国から流れてきた者達であり、自他ともに大陸随一の文化国家と認める国の、高度な医術を身につけた者達だ。
 彼らのような者達が行うからこそ、切除手術によって命を落とす者は滅多にいないが、素人が野菜でも切るように行えば当然、生き残る確立は低くなる。
 「・・・・・・っ」
 沙羅王女の赤い瞳に見つめられて、荀は荒く息をついた。
 「ねぇ、荀。早く心を決めてくれないかしら?さもないと、お前の死体を転がして、他の宦官を脅す道具にしてしまいたくなるわ?」
 沙羅が、冷ややかに笑う。
 「そんなっ!!」
 「お前は人間の言葉がわからないの?さっきから、お母様は同じことを言ってるじゃない。自分が豚の眷属でないということを証明したければ、私達の言うことを聞きなさい」
 粗末な箱の中から取り出した鋭い刃物の柄を、沙羅は押し付けるようにして荀に持たせた。
 「さぁ!」
 冷たい刃の柄を、汗のにじんだ手に握り締めて、荀は倒れるように王の傍らに膝をついた。


 曙光が東の空を鮮やかな紫に染め、段々と青の支配域を広げて行く。
 後宮の一室から陽の昇りゆく様を眺めて、カナタはぼんやりと呟いた。
 「今日も朝焼けはなかったなぁ・・・」
 朝焼けは雨の前兆だ。
 しかし旭日は今日も、一瞬、天空に赤を散らしただけで、すぐに澄んだ青に支配された。
 「水精だけでなく、風精もまだ落ち着いておらんようじゃの」
 曙光から逃げるように消えた麗華の代わりに、間断なく饗された飲料を飲んでいた依坤が応えた。
 「まぁ、公主がお目覚めになった以上、耀妃の攻撃にもびくともしなかった母皇の山の雪が溶けはじめるじゃろう」
 とくとくと、飲み干した杯にまた飲料を注いで、依坤はゆっくりと飲み干していく。
 「仲悪いのか?」
 「わしとおぬしは、確かに仲睦まじいとは言えぬのう」
 「はぐらかすなよ。公主と耀妃だよ」
 依坤は、空になった飲料の大きな壜を床に転がし、新しい壜の封を開けた。
 一晩中、空けては転がした数百の壜が、床中に散らばって曙光を弾いている。
 「・・・耀妃は、元は王でもなんでもない、ただの光精じゃった」
 杯を口に運びながら、依坤はぼそぼそと語る。
 「それが、煌帝陛下に見初められ、前王を廃して光精王となった。皇妃としてな」
 「廃した?」
 驚くカナタに依坤は、『別に珍しいことじゃない』と笑う。
 「水精王は公主で三代目、風精王は五代目か。火精王や木精王にいたっては、数える気にもならんわ」
 精霊王といえども地位は安泰でないのだと、言外に依坤は語った。
 「実力者ぞろいの精霊王の中でも、美貌のみで王になったのは光精王と、さきの水精王くらいのものじゃろう。
 しかも光精王は、さきの水精王・・・淘妃の死に様を見ておる」
 毅さを増す旭日の光を瞳に受けて、依坤はわずかに目を細めた。
 「・・・寵のみで王に擁(よう)された身のはかなさを、その目でな」
 耀妃は恐怖に駆られた。
 なんとしても、煌帝の側を離れるわけにはいかない。
 彼女の目の届かぬ隙に、他の女が煌帝の寵を、盗み取るかもしれない。
 「単に、それだけの理由じゃ。初めはな。
 じゃが、澪瑶公主はこの世界に二人目の御子。誇り高いお方じゃ。
 耀妃の態度が、己を軽んじておるように見えたのじゃろう。仕返しとばかりに、何かにつけて耀妃を侮辱するようになった。
 それに怒った耀妃も、ことさら公主を軽んずるようなそぶりを見せるようになる。
 しかも、それを煽る馬鹿どもまでおって、もはや倶に天を戴かぬ仲じゃ」
 「あんまり・・・人間と変わらないようだねぇ・・・」
 「・・・そうやもしれぬな」
 珍しくカナタの言葉に同意して、依坤は杯を卓上に置いた。
 「用意はできたのか?」
 その視線の先には、二人の女が立っていた。
 「・・・お待たせしました。用意が整いましたので」
 王妃は、彼女を囲んでいた侍女達よりもずっと質素な姿で。白い王女は、肌や髪を黒く染め、瞳の色を隠すように、頭に巻いた黒い布の端を顔の前に垂らしていた。
 「もうすぐ商人達が城壁を出ます。それに紛れましょう」
 言うなりきびすを返し、王妃は先に立って歩きはじめる。
 「どういう設定だ、おぬしらは?」
 「荀に命じて、出入りの商人を買収しました。私は彼の妻で、沙羅は召し使いです」
 「俺達は?」
 精纜の背を足早に追いながら問うと、彼女は振り向いて、わずかにこうべを垂れた。
 その、わずかにぎこちない動きが気になったカナタは、彼女の姿をじっくりと見て、小さく感嘆の声を漏らした。
 彼女は妊婦である事を隠す為に、胸と腰に厚く布を巻いて、体型をごまかしていたのだ。
 その身体にはアンバランスな細い顔を隠すように、目深にかぶったベールの奥から、ひそやかな声が囁いた。
 「申し訳ございませんが、お二人には馬車の中に隠れて頂く事になります」
 「目立つからのう」
 驚くべき事に、依坤がなんの不満もぶつけずに、素直に頷いた。
 「・・・酔っ払った?」
 「誰がだ?」
 依坤が次々と開けていた飲料が、保存できる飲み物・・・酒ではなかったかと思っての問いだったが、人外の王は軽く鼻を鳴らすや、カナタの背に飛び乗った。
 「ゆけ、馬よ」
 「・・・それは格下げか、格上げか、どっちだ?」
 泉の側に横たわる王を見遣ったカナタの、真剣な問いは、依坤の傲慢な笑声でかわされた。
 部屋を出たところで待っていた荀に先導されて、四人は人気のない回廊を、早足で辿った。
 途中、行き遭った宦官や女官は、荀が権高に声をかけて追い払う。
 やがて、カナタらが隊長と共にくぐった裏口に着くと、黒々と日に焼けた上半身を日の下にさらした男が、すたすたと歩み寄ってきた。
 「この方々で?」
 ざらざらした声に精一杯の敬意を込めて、男は朴とつそうな小さな目を忙しく動かす。
 「さぁよぉーう。陛下のぉー御恩情ぉーによりー、とぉくべぇつぅにぃーお里ぉーがえりぃーさーれーるーのーじゃー」
 もったいぶっているつもりなのか、わざと間延びした口調で言いながら、荀は胸を反らした。
 「だぁいぃじぃにーおぉくりぃすぅるぅのぉじゃぁぞぉ―――――」
 言って、荀は精纜と沙羅に、丁重にこうべを垂れる。
 「どうぞご無事で」
 「お前もね」
 荀にしか聞こえないほどの、微かな声で言うと、精纜は男に導かれるまま、沙羅と共に幌付きの馬車に乗り込んだ。続いてカナタ達も、地味な色の布を頭の上からすっぽりと被って、幌の中の荷物の間に隠れる。野菜売りらしい男の馬車の中は、野菜の青臭い臭いが満ちていた。
 「ボ・・・ボウズ、早くしろ!残りを全部売るんだぞ!」
 わざと周りの商人達に聞こえるように言って、男はあわただしく馬に鞭を入れた。
 がらがらと大きな音をたて、敷き詰められた玉砂利を弾いて去って行く幌馬車を見送ってしまうと、荀は一つ、大きく息をついた。
 彼もすぐに、王宮を去る準備をしなければならない。
 部下の宦官達には、詳しい事は知らせずに、『病の』王の看病を命じてある。
 昏迷する王に飲ませる薬だと称して渡したものには、たっぷりと麻薬を混入した。
 あの男が目覚める前に、今までため込んだ財産をまとめて、西桃にでも逃げ込もう。
 そう決意して、彼は歩き慣れた回廊を戻った。


 南蛮の王宮と港とは、意外な程近かった。
 おせじにも『疾走している』とは言えない駄馬の足でも、陽光が残虐な本性をあらわすずっと以前に着くほどには。
 「南薔行きの船は、あの赤い旗が立ってるやつですよ」
 四人をここまで運んできた男は、御者台の上から伸び上がるようにして、異様に広い桟橋の端に繋がれた船を示した。
 それは、船腹から櫂が突き出た、小型のガレー船のようなものだった。
 「あすこの厨房係に話つけてますんで・・・」
 「その者は、わたくしたちをどこまで世話してくれるのです?」
 人形のように無表情なまま問い返す精纜に、男は申し分けなさそうにこうべを垂れた。
 「たぶん、赤渟(せきてい)の港までだと思う・・・です。ありゃあ、貨物船なんで、南薔で荷物乗せたらば、すぐこっちに戻ってくるんでございますよ」
 「あの後に船は出るのかしら?」
 急き込むように尋ねる沙羅に、男はふるふると首を振った。
 「女官様、この船の出た後・・・真っ昼間に航海するのは無理でございます。煌帝陛下のお力が強すぎて、慣れた漕ぎ手でも倒れてしまいますもん」
 荀は、二人の事を後宮の女官だと言ったようだ。しかも、後に聞いたところによると、女官達が里帰りする時、他の女官達にはばかって、こっそり出て行くことは、よくある事なのだという。
 そうするうちに、くだんの船の辺りから、激しい銅鑼の音が響いてきた。
 「急がねば!もうすぐ出航するですよ!」
 鞭を当てられた馬は、あわてて足を早めたが、それは人間が走るよりはちょっと早い程度だった。
 「まってくれーぃ!!」
 男が叫ぶと、甲板の上で、真っ黒に海焼けした男が、ふっと振り返った。
 「遅い!」
 一言怒鳴ると、彼は船の下で作業をしていた船員に、何やら声をかける。
 「まかないの蕃(ハン)に頼んでるんだ!四人乗せてやってくれ!」
 野菜売りが大声で怒鳴り返すと、甲板上の男は、甲板と地上とを繋ぐ、薄っぺらい板を指した。
 「上がってこい。すぐ出るぞ」
 特に声を張り上げているわけではないようだが、朗々と響く豊かな低音に興味を覚えて、カナタは幌から顔を出した。
 人間ばなれした容姿を見られぬよう、今まで被っていた布をベールのようにして頭から身体の半ばまでを覆いつつ、カナタは声の主を見上げた。
 カナタの身長二つ分ほどの高さにある甲板に立つ男は、かなりの身長を持っているようで、隣に並んでも容赦なくカナタを見下ろしてしまうだろう。
 いや、それ以前に、二人が並べば周りが呆れるほどの対象をなしているに違いない。
 カナタの、雪のように白い肌や、陽光を蒼く弾く銀の髪に対して、彼はいかにも男らしく色づいていた。
 朝日を照り返す肌は真っ黒に焼け、潮風になぶられた髪は、色の抜けた艶のない赤。ただ歯と、黒い瞳の周りにある眼球だけが、驚くほど白い。
 「副長の蒋赫(ショウカク)だ。蒋(ショウ)でいい。あんた達の事情は聞かないが、脱走でないと言う証拠だけ見せてくれ」
 口調は酷くそっけなかったが、悪い気はしない。どころか、頼り甲斐のある海の男と言う感じで、好感さえ抱ける、彼の態度だった。
 「わたくしは絹貴(ケンキ)と申します。こちらは・・・」
 そう名乗って、精纜はカナタを返り見た。
 「こちらは高綸(コウリン)殿。
 陛下の御恩情により里帰りを許され、南薔の故郷に帰るところでございます」
 言うと、精纜は懐中から二つの書状らしき物を取り出した。
 「わたくしども二人は、南海王の妃殿下にお仕えする女官でございます。
 どうぞ、ご覧くださいまし」
 出された書状を受け取り、蒋は二つにざっと目を通した。
 「妃殿下と侍従長の書状、確かにうけたまわった。
 ところで、お連れのお子らは?」
 「こちらは小糺(ショウキュウ)。わたくしどもの身の回りの世話をする者です」
 精纜の言葉に、沙羅が布を巻いた頭を垂れる。
 「高綸殿に抱かれておいでなのは、高綸殿の弟君。幼いゆえ、共にお仕えしておりました。
 どうぞ、よろしくお願い致します」
 そう言って精纜は、副長を見つめたまま左の膝を軽く曲げた。
 略式の礼だそうで、彼女のように身分の高い者は、そう簡単にこうべを垂れないのだと、依坤が囁いた。
 言外に、『この女達に土下座されたわしはとっても偉い!』と言っているのがばればれである。
 「では中へ。途中、沖に出るが、アンタ、腹は大丈夫なのか?」
 親指を立てて背後の船室を示しながら、蒋赫は精纜の膨らんだ腹を見下ろした。
 一目で彼女の変装を見破った蒋赫にしかし、精纜は怯むことなく力強く頷いてみせる。
 「出航は?」
 「もう出る」
 そっけない一言に、精纜はそっと息をついた。
 「そうですか」
 今度は、蒋赫にも劣らぬそっけなさだった。
 「参りましょう」
 囁くと、彼女はつかつかと蒋赫の側を通り過ぎ、潮臭い熱気がこもる船室へと入って行った。
 「俺・・・いや、私は、甲板にいたいけど・・・」
 声を作って申し出てみたものの、先に立った沙羅に、肩越しにきつくにらまれて、カナタは目を逸らさずにはいられなかった。
 「い・・・いえ、なんでもありません・・・」
 うつむいて、蒋赫の側を通り抜ける時に、彼がいぶかしげな目で見下ろしてきたが、カナタはそれをぎこちなく無視した。
 しかし、
 「ぼくはここにいたいー!」
 カナタの腕の中の悪魔は、容赦なく宣言した。
 そして、返答を待たずにカナタの腕から飛び降り、あっという間に船の船尾へと消え去った。
 「・・・高綸(コウリン)殿。どうされますか?」
 既に船室に足を踏み入れていた精纜に問われた時、カナタはわずかも逡巡しなかった。
 「失礼」
 一言、そう呟くと、カナタは依坤の後を追いかけて行った。
 「絹貴さま・・・」
 「放っておくのです」
 迷惑そうに眉をひそめる沙羅に一言そう言うと、精纜は船室の中へと入って行った。


 「依坤のやつ!」
 珍しげにカナタの姿を目で追う船員たちに聞こえぬよう、気を使いながら、カナタは口の中で毒づいた。
 その目の前で、小さな地の王は、網や釣り具が広がる甲板の上を、足場の悪さもものともせずに、ちょろちょろと駆け回っている。
 「い・・・!」
 名前を呼びかけて、カナタは慌てて口をつぐんだ。
 王妃と王女が、必死に正体を隠し、なんとか故郷に帰ろうとしているのに、目立つわけにはいかない。
 王妃達がそうしていたように、偽名でも使おうかと思ったが、この世界では、どんな名前がふさわしいのか、皆目分からなかった。
 「メ・・・メリーめ・・・!」
 カナタは、誰にも聞こえぬ程の声で、従妹の犬の名を呟いた。
 そこへ、
 「それが弟君のお名前か?」
 低く声をかけられ、びくっと身を震わせて背後を返り見ると、カナタの背後に副長が立っていた。
 「内海とはいえ、港を出ればそれなりに波が立つ。運賃は後払いだから、海に落ちてもらっちゃ困るな。早く弟を連れて、船室に入ってくれ」
 言葉のわりには、全く困った様子もなく、蒋赫はゆったりと腕を組む。
 「・・・手伝って・・いただけません?」
 上流夫人の話し方を思い出しつつ、言うカナタを、蒋赫は眉を寄せて見下ろした。
 「アンタ、男だろう?」
 ぎくっと身をこわばらせる彼に、蒋赫は軽く息をついた。
 「訳は聞かん事にする。妙なことに巻き込まれるのはごめんだ」
 言って、数歩足を進めると、ちょろちょろと走り回っていた依坤の首根っこを掴み、軽々とカナタの前にぶら下げた。
 「この船は大きくない。落ちたくなければ船室でおとなしくしているんだな、高綸殿」
 依坤を押し付けるや、彼はきびすを返して行ってしまった。
 「・・・怒られたじゃないか」
 「簡単に見破られるおぬしがとんまなのだ」
 「元はお前のせいだろっ!!」
 すぱんっと、褐色の頭をはたくと、カナタは片腕で依坤を抱え、ずかずかと船室へ戻っていった。
 「失礼!うちの小坊主が迷惑かけましたっ!」
 ばたんっと乱暴に船室のドアを開け、カナタは依坤を中に放り込んだ。
 「無礼・・・っ!」
 「黙んないと、お尻をぶつぞ」
 目の前に指をつきつけられて、依坤は目を丸くした。
 「セイ・・・絹貴(ケンキ)さん、運賃は後払いだと、副長から聞きました。この小坊主に支払わせますんで、いくらか教えてください」
 カナタが後ろ手に船室の扉を閉め、身を覆う布を取り去ると、薄暗く狭い船室に光が灯ったようだった。
 「・・・わたくしは皇帝方と精霊方にお仕えする巫女でございます。そのようなご心配は無用ですわ」
 困惑げに、しかしきっぱりと精纜は言う。だが沙羅は、
 「あたくしたちには、そのくらいの財産もないとお思いですの?」
 そう言って、ぷいっと目を逸らしてしまった。
 「そう言うわけでは・・・」
 さすがにむっとして見遣った沙羅は、カナタを見ようともしない。
 「俺達は俺達の都合で旅をしてるんだ。あなた達に世話になるいわれはないよ」
 「あたくしたちのことなんか、どうでもよろしいのね」
 沙羅の尖った声にようやく、カナタは依坤が怒りが分かった気がした。
 「・・・君たちとは、縁があって同じ船に乗っているけど、ずっと一緒にいるなんて、誰も言ってないぜ?」
 依坤は、南蛮の地には珍しく、本物の巫女が居たから見に寄っただけであり、カナタはわがままな王についてきただけだ。
 このつんけんした人間の王女の為に、ここまで付き合ったわけじゃない。
 「俺はともかく、依坤には行きたいところがあるそうだから、船を下りたらお別れします」
 わざわざ精纜に向き直ったカナタの声は、決して暖かいとは言えなかった。
 「・・・そうですか・・・。どちらへゆかれるのか、伺っても?」
 娘の態度とカナタの怒りに、困り果てた様子の精纜は、カナタの顔色を窺うように言った。
 「依坤、どう行くんだ?」
 玉華泉で彼は、地上の様子を見たい、と言っていた。その、荒廃の様を。
 カナタはそれを、町や集落には寄らずに、聖山まで行く事だと思っていたのだ。しかし、依坤は傲然と胸を反らして、
 「赤渟に下りたら佳葉へ向かい、八州街道を上って峭(しょう)州に至る。聖山へは、峭州から登ろう」
 と、南海から聖山に行く人間の、九割が通ると言われる道のりを述べた。それはまさに、南蛮の王妃と王女が向かう道だったのである。
 「どうかごいっしょに」
 沙羅はともかく、この王妃の、縋るような目を無下にする事も出来ず、カナタは揺れを増しつつある船の中、重く息をついた。


 カナタが皇帝と精霊王の世界に至る一月ほど前。
 精纜の二人目の娘であり、王女・沙羅の妹である南蛮王の愛娘・緻胤(ジーン)は、ふっくらとした頬に誇らしげな笑みを浮かべて、枕頭に立つ夫を見上げていた。
 「・・・どうしよう。あんまりうれしくて、一所懸命考えた名前をわすれてしまった」
 二十も年上のくせに、情けなく途方に暮れる夫を見上げて、緻胤ははじけるように笑い出した。
 「貴方って、どうしてそんなに楽しいの!」
 寝台の上で、身を捩って笑う妻を、夫は慌ててなだめる。
 「緻胤!子供を産んだばかりなのに、そんなに暴れたら身体を壊してしまう!」
 真剣な夫に、緻胤はさらに笑い転げた。
 「そんな馬鹿な事があるもんですか!私は丈夫なんだから!」
 「お前がか弱くない事ぐらい知っているが、万が一って事があるかもしれないじゃないか!」
 心配しているのにっと、夫は王の威厳もなく頬を膨らませる。
 「ごめんなさい、采(サイ)。だって貴方、心配し過ぎよ」
 やっとのことで笑いを収めた緻胤が、手を伸ばして夫の頬をつついた。
 「謝るから、早くこの子のお名前を思い出して」
 吹き出しそうになるのをこらえつつ、緻胤は寝台の隣に置かれた、小さなゆりかごを示す。
 「・・・世継ぎが生まれて、とても嬉しい事は嬉しいんだが・・・これは本当に、人間なのか?」
 サルのようだ、と、困惑しつつ、東蘭王・采は、赤くてしわくちゃの生き物を見下ろした。
 「まぁ、俺達の子供だから、絶世の美男子が生まれるわけはないと思っていたが、ここまで酷いとは思わなかった」
 しみじみと眉根を寄せる夫に、今度は緻胤が頬を膨らませる。
 「なんって失礼な人かしら!私達はともかく、あなたも私も、お母様方はとっても綺麗な方じゃないの!
 きっと、素敵な王世子になりますとも!」
 だが、妻の抗議に、夫は疑わしげに首を傾げた。
 「ばあ様方が美人でもなぁ。お義父上とお前と、それに俺も俺のオヤジも、大した容姿じゃないじゃないか。寡兵(かへい)が大軍に勝つなんて、滅多にない事なんだぞ?」
 東海に武勇を轟かせる、采王らしい喩えである。
 「・・・夢も希望もない方ね。そんなことで、よくも今まで東蘭を無事に保ってらっしゃったこと!」
 福々しい頬を、これ以上無理なほど膨らませると、緻胤は河豚に良く似た顔になった。
 「・・・そうだなぁ。頭さえ使えば、寡兵でも勝てることがあるかなぁ」
 生まれたばかりの我が子に伸ばしかけた大きな手を、采は途中で引き寄せる。
 「抱かないの?」
 「・・・つぶれそうじゃないか」
 こわごわと見遣る先で、赤子がわずかに身じろぎ、采はびくりと身を震わせた。
 「ぶどうの実よりは丈夫よ。抱いたら?」
 「・・・・・・嫌だ、恐い」
 東海せましと、大船団を率いる王が、情けない言いようだ。
 「まだ歯は生えてないから、噛み付きゃしないわよ」
 「抱き上げたら、つぶれるかもしれない!」
 「猫を抱いてると思えばいいのよ」
 「落としたらどうするんだ!!こいつは猫のように着地できないんだぞ!!」
 緻胤は、再び笑いの発作に見舞われた。
 たまに、面白くもない冗談を言って座を白けさせる夫だが、まじめな顔でまじめな事を言う時の方が格段に面白い。
 「まだ歯も生えてないのに、東海の王を怯えさせるなんて、大した英傑ね!」
 寝台の上で、身を捩って笑う妻に、采は手を打った。
 「思い出した!傑(ケツ)だ!」
 「は?」
 緻胤は、目に滲んだ涙をふきながら問い返す。
 「英傑の『傑』だ、子供の名前!」
 「あら・・・!」
 緻胤は、ふっくらと微笑んだ。
 「素敵!きっと名君になるわ!」
 「そうだな。とりあえず、大きくなったら東夷(とうい)どもを一掃してくれな」
 東蘭で王権を維持する第一の条件は、東海の蛮族、東夷による海賊行為を討伐する事。東蘭国において『名君』の名は、それらを一時的とはいえ殲滅(せんめつ)、もしくは無力化した者にのみ与えられる。
 「まぁ、そんな先のことはおいといてな、お義父上に新しい孫ができたって、早く知らせなければな」
 「・・・なんだか複雑だわ。あたしの息子と、同じ年の弟妹が生まれるのね」
 緻胤は、身重だと知らされた母の、蒼い顔を思い出した。
 末娘だった緻胤には、『きょうだい』といえば一人しか思い浮かばないのだが、彼女が生まれた時、母親は違えど、血の繋がった兄や姉は大勢いたらしい。
 それが、物心ついた時には兄達はいなくなっていた。
 その数年後には、年の離れた姉達は、誰かの妻になって王宮を出て行ってしまった。
 気がつけば、緻胤と共にいるのは、陽(ひ)の下に出てこない癇癪(かんしゃく)もちの姉と、姉のみを心の支えとして溺愛する、美しい母だけだった。
 「姉上はお元気なのか?『精霊の娘』なんだろう?」
 言いながら采は、緻胤が散々暴れたせいですっかり乱れてしまった掛布を掛けなおしてやる。
 「会ってみたい?もしかしたら、この子を産んでいたのは、お姉さまだったかもしれないんですものね」
 緻胤がいたずらっぽく目を細めると、采は太い首を傾げた。
 「そうだなぁ・・・。沙羅王女をもらっていたら、お義父上はもっと優しかったかもしれないなぁ。
 しかし、世が世なら、問答無用で南薔王にあらせられる巫女の長だし。そんな人を嫁にしたら、世界中の神殿を敵に回してしまう。やはり、緻胤くらいが分相応なんだろう、俺は」
 二年前、和平のしるしとして、東蘭王・采に娘をやろうと申し出た時、南蛮王は、年の順を理由に、自分に懐こうとしない沙羅を嫁がせるつもりだったのだ。
 それが王妃の大反対に遭い、目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた末娘を嫁すことになった彼は、多額の持参金の他に、東蘭に近い南薔の一州を『化粧料』という名目で与え、更に、
 『もしも緻胤が夫の不始末により離婚を望んだ場合、南海と東蘭が倶(とも)に天を戴くことはない』
 という、親書まで寄越してきたのである。
 ただでさえ、妻の父を苦手とする男は多いと言うのに、南蛮王は、冗談などではないと言う証に、一振りの長剣をも、祝いの品に添えたのだった。
 笑顔も引き攣る新郎に、臣下たちがこっそりと憐憫(れんびん)の視線を向けたのを知りながら、采は咎めることもできなかった・・・。
 「まぁ、それはそれとしてな、緻胤」
 失くしかけた威厳を立て直すように、采は表情を引き締めた。
 「しばらく、城外には出てはいけない。この子の側を離れるんじゃないぞ」
 夫の厳しい口調に、緻胤は素直に頷いた。
 「もう、戦に行ってしまわれるのね」
 さすがに不安げな声だったが、次の瞬間、緻胤はにっこりと笑って見せた。
 「良かったわ、あなたが行ってしまう前に産めて。
 私達のことは心配しないでね。城内でも、油断はしないわ」
 蝶よ花よと甘やかされた、お姫様育ちのくせに、彼女はいやにしっかりしたところがある。
 いつも明るく、笑ってばかりいるので、人は彼女を、なんの悩みもない、幸せなお姫様だと言うが、実状は決して、そんなのんきなものではなかった。
 数代前から続く、旱魃(かんばつ)と飢餓。風もないのにどこからともなく疫病はやってきて、多くの人々を冥府へと連れ去ってしまった。
 その上、東蘭は常に東夷(とうい)―――― 東海の島々を拠点とする海賊達の猛攻に晒されている。
 つい先日も、東蘭の軍は東夷の襲撃を防ぎきれず、首都の東、青渟(せいてい)までもが東夷に蹂躙(じゅうりん)されたのだった。
 采は東蘭王として、一刻も早く青汀を解放しなければならない。
 先王の庶子だった彼が東蘭の王として認められるには、戦火をくぐり、国の安寧を保つ以外に道はないのだ。
 「すぐに戻る。あとは頼んだぞ」
 「任せてちょうだい。貴方が戻られたら、今ご覧になっていらっしゃるものを全て、そのままお返ししてよ」
 頼もしく笑って差し伸べた妻の手に、采は優しく口付けて笑った。
 「任せた」
 二十も年下の妻に後を託すのは心配でならないだろうと、緻胤をわずかに知る者達は噂するが、采にとっても、留守を守る将軍たちにとっても、彼女が王都に居る事は、何よりも安心できる事だった。
 しかも今回は、王世子に立てられるべき男子が生まれた。
 この子を守る為にも、緻胤は彼らの期待に添うに違いなかった。
 「がんばって、東蘭から海賊を追い払ってきてね」
 「傑が大きくなるまで、東夷を領内には一歩も入れんよ」
 壮年の王は、自信に満ちた笑みを浮かべ、妻と我が子に背を向けた。
 結局、彼は戦場から帰ってくるまで、我が子を抱く事はなかったのである。
 赤子の前になす術もなく敗退したと知った部下たちは、精悍な顔に人の悪い笑みを浮かべて、出立前の国主を大いにからかった。
 中でも、後に『橙(だいだい)』、または『橙(トウ)宰相』という異名を取った采の腹心、枢蟷器(スウ・トウキ)は、
 『貴様が戦に行っている間に、王世子を俺に懐かせておこう。俺が父上だぞって教え込まれたくなければ、さっさと帰ってこい』
 と、臣下らしからぬ言葉で王を送り出したのだった。
 その言葉が功を奏したかは謎だが、青渟を襲った東夷は、東蘭王の進軍に圧されるように、東海のかなたへと退いたのだった。
 青渟を治めるや馬首を翻し、息せき切って王宮に駆け込んできた王は、蟷器を見つけると、『息子にくだらん事を吹き込んでいないだろうな?!』と詰め寄ったのだが、この男は秀麗な眉をひそめて、
 『美女か、美女になりそうな女児ならともかく、洟垂れの小坊主なんぞに誰が構うかよ』
 と言い放ったという。
 『洟(はな)なんか垂れてないわよっ!』
 と、王妃に怒られた時だけは、さすがの彼も素直に謝ったと言うが、采が王位継承者として、王宮に呼び出される以前からの悪友だった彼は、常に歯に衣着せぬ男だった。
 本名を芳泓河(ホウ・コウガ:青く澄んだ大河)というこの男は、
 『自分で言うのもなんだが、俺のように美男で頭が良く、金があって剣の腕もたつとなると、女にもてすぎてつまらん男に妬まれる。優秀な俺にふさわしい名だとは思うが、名前くらい慎ましやかにせんと、頭の高い嫌な奴だと思われるからな』
 と、とても慎ましやかとは思われぬ態度で、枢蟷器― カマキリの大将程度の器量― と名乗るようになったのである。
 もっとも、『世の中にはカマキリにも劣る馬鹿が多い』と、余計なこともいっていたが・・・。
 それでも彼が、『橙』と呼ばれるほど、代々の東蘭王に仕え得たのは、彼に怨みを抱く者ですら認める、有能な男だったからだ。
 『奴の何が気に入らないかって、文句のつけようのない男だからさ』
 と、犬猿の仲だったと言われる武将・萩翼軌(シュ・ヨクキ)は常に言っていたそうだが、蟷器はそれを聞いて、
 『けなす材料がないものだから、馬鹿が馬鹿言ってやがる』
 と、十四も年上の将軍を鼻で笑っていたと言う。
 能力はともかく、口と性格と私生活には多大な問題のある男だった。
 さて、采が王都に戻って間もなくのことである。
 王宮からの使者が、蟷器の三番目の愛妾宅の門を叩いた。
 「・・・お探ししました」
 恨みを込めた目で睨まれて、蟷器は彼に瑠璃の杯を投げつけた。
 「探したのはそちらの勝手だろうが。何の用だ」
 くつろいでいたところを邪魔されて、蟷器の機嫌はすこぶる悪い。
 「・・・陛下がお呼びです。王宮へお越しください」
 憮然と言う使者に、蟷器はのろのろと立ち上がった。
 「すぐに行くと伝えろ!・・・あの野郎、子供ができた途端に腰が重くなりやがって」
 使者を追い払い、口の中でぶつぶつと国主をののしりながら、愛妾に着替えを手伝わせる。
 やや年を取っているが、つややかな黒い髪が美しいこの女は、王都に五人しかいない『蘭』の名を許された名妓で、その歌声が気に入って蟷器が邸を与えたのだった。
 「きっと、旦那様のお嬢様方のお邸を、全部お探しになったんですわ。最近、妾(アタシ)の処にはとんとお見えにならないから、なかなか見つからなかったんでしょうよ」
 女はにっこりと笑いながら、ぎゅっと力を込めて帯を結んでやった。
 「新しいお嬢様は、舞がお上手なんですってね」
 「お前より舞が上手い女なんて、腐るほどいるさ」
 蟷器は、自身の言葉に頬を膨らませる女の顎に手をかけて、上向かせた。
 「だが、歌はお前が一番だ。お前の声に比べれば、ほかの女どもの声は蛙の喚き声より聞き苦しい」
 「・・・また、そんなお上手をおっしゃって」
 だが、歌には多少の自信がある女である。
 思わず緩みゆく頬に口付けられれば、そう邪険にもできない。
 「いってらっしゃいませ」
 『帰って来てくださいね』との思いを込めた声に、気づかぬ蟷器ではない。
 「すぐ帰る」
 高位高官を袖にする妓楼の女達が、思わず見とれると言う笑みを浮かべて、蟷器は馬を駆った。


 蟷器が王宮正殿の大広間に足を踏み入れたとき、数人の武将や文官が一斉に振り返った。
 中書令(ちゅうしょれい)、門下侍中(もんかじちゅう)、尚書僕射(しょうしょぼくや)の三宰相の他に、蟷器を含む六官の長達。殿中令、内侍令、秘書令までいる。
 「・・・ずいぶんとごゆっくりなことで」
 皮肉もあらわに眉をしかめた中書令をちらりと見遣り、蟷器は自分の席にどっかりと腰を下ろした。
 「女が泣いてすがるものですから、なかなか着替えがはかどりませんでね」
 にっと口の端を曲げると、秀麗だけにひどく憎らしげな顔になる。
 「それはそれは。枢殿の寵姫とも思えぬ無作法でございますな。近頃囲われたと言う、美しい舞姫でござるかな?」
 野太い声で、怒鳴るように揶揄する大司馬には、いっそあでやかと言うべき笑みを向けた。
 「畏れ入ります。三番目の妾ですが、歌以外には何の取り得もない女で。
 謹厳実直な大司馬はご存知ないでしょうが、金縷楼(きんるろう)の翠蘭(スイラン)と申す、まぁまぁ容姿の良い妓女ですよ」
 「翠・・・蘭・・・・・?!」
 丸い目をいっぱいに開いて、頭髪の薄い頭に血を昇らせる大司馬に、蟷器はにやりと目を細めた。それとなく周りを見回すと、他にも悔しげに、あるいは呆然と蟷器を凝視する目がある。
 「翠蘭は口の固い女ですが、その周りの端女(はしため)どもはどうにも口が軽くて。
 先日も、さるお大尽が身代を傾けるほどの美玉を持ってきたのに、翠蘭は見向きもしなかっただの、百金を持って身を購おうとした高官を、砂を撒いて追い出しただの、口さがないこと甚だしい」
 「そ・・・それは、気の毒な御仁でござるな」
 額に浮いた汗が雫となって頬を伝い、声は上ずって震えている。
 「なんの。妓女とはいえ女。金や権力でものにしようとする方が愚かなのでござるよ。方々、大いに笑ってやろうではありませんか!」
 蟷器の大笑に唱和して、いくつもの口から引き攣った笑声が広間に漏れた。
 「おお。なんとも賑やかなことだな。皆、呼び出して悪かった」
 ―――― この野郎、こんなことで俺の溜飲は下がらないぜ!
 わざと遅れてきたのであろう国王に、蟷器は内心、激しく毒づきながら、容の上では恭しく王を迎えた。
 「さて、用件だが・・・」
 蟷器の、怨みのこもった目から懸命に視線を逸らして、采はやや性急に着座した。
 それを機に、立ち並んだ臣下達もめいめい自身の座に腰を下ろす。
 「諸卿よ。先ほど、南薔より火急の使者が参った。南薔王がご逝去あそばされたそうだ」
 ―――― 南薔王・経(ケイ)。
 南蛮王妃の父であり、沙羅と緻胤姉妹の祖父。
 采にとっても義理の祖父に当たる男だった。
 「・・・次の王は誰です?」
 しばしの沈黙の後、中書令が王と、礼部尚書(れいぶしょうしょ)たる蟷器を見比べた。
 「経王は、王世子を定めなかった。
 最も王位に近いのは、もちろん精纜殿下ですが、あの方は今、南蛮の珍鳥ですからな。
 南蛮王はあの方に御執着の上、そろそろ次の御子がお生まれになる。帰すつもりはないだろう」
 蟷器の遠慮のない口振りに、諸官は眉をひそめつつも、内心深くうなずいた。
 「それで?陛下としては、この機に乗じて、妃殿下を南薔王に据えるおつもりがあるのか?」
 楽しみを邪魔された蟷器は、さっさと話を済ませて帰ろうという気を隠そうともしない。
 「いや、俺はそんなつもりはない。いや、できない」
 采は、諸官の顔をゆっくりと見回した。
 「東蘭は東夷の侵攻を食い止めるだけで精いっぱいだ。緻胤を王位に就ける為に、南薔に回す兵はない。
 また、今年も作物の収穫は難しいらしい。新たに領地を増やしても、新しい領民を食わせてやる事は出来んだろう。
 よって――――」
 采は、蟷器にのみ視線を定めた。
 「東蘭は南薔の王位に干渉しない!」
 王の声に、不満を漏らす者はいなかった。
 文官は国内の困窮を、武官は遠征地の疲弊を、それぞれ知っていたが為に、新たな領地を求めても徒労に終わるであろう事が、容易に想像できたのである。
 「まもなく、民には経王がみまかられたことが知れよう。だが同時に、諸官は東蘭が南薔に干渉せぬ事を、違わず知らしめよ」
 鋭く承声を上げる一同の中で、わずかに蟷器が遅れた。
 「―――― 皆、夜分に呼び出して悪かったな」
 言外に退出せよと言う王の意を汲んで、高官達は座を退いた。
 残ったのは、蟷器だけである。
 「・・・久しぶりに飲むか?」
 「名妓の酌を振って、子持ちのオヤジなんかと飲みたくはないがな、ちょっと言いたい事がある」
 高官達の前では、それでも丁寧だと言えなくもない口調だったが、今や悪友の素性をさらけ出して、蟷器は傲慢にあごをしゃくった。
 「嬢ちゃんとも話したいんだがな。小僧のお守りか?」
 「・・・お前、嬢ちゃんとか小僧とかいうなよ。緻胤にまた怒られるぞ」
 思わず声をひそめる采に、蟷器はにやりと笑みを浮かべた。
 「秘密にしといてくれるだろ?喋ったら、俺もお前の恥ずかしい話を言いふらすからな」
 軽く采の肩をはたくと、蟷器はさっさと部屋を出て行った。
 そのまま迷いのない足取りで回廊を過ぎ、途中、酒壷を奪って月光が音もなく降りしきる中庭を抜けると、建物から一つだけ、奇妙に突き出た四阿(あずまや)に至る。
 元は玲瓏たる美しさを誇る蓮池だったそうだが、長い旱魃と太陽の熱に耐えかねて、完全に干上がってしまっている。
 蟷器は、自分が生まれる前になくなってしまった池になど全く興味はなかったが、木は枯れ落ち、周りに遮るもののないここならば、間者も近づきようがない。
 しばし、月を相手に一人で杯を傾けていると、さやさやと衣擦れの音が近づいてきた。
 「妃殿下にはご機嫌麗しゅう」
 口調は至極丁寧だったが、四阿の欄干に片足を乗せ、背は支柱に預けたまま杯を掲げる姿は、妓楼の酔客といった方がふさわしい。
 普通の王族の婦人なら、この様な態度は許し難いものだろうが、緻胤は気にする様子もなく、
 「ごきげんよう」
 と、微笑みかえした。
 「私も同席していいの?大事なお話なんでしょ?」
 小首を傾げる王妃に、蟷器は真剣な顔で頷く。
 「そう。妃殿下には、以前からお伺いしたかった」
 怪訝な顔の王妃に、蟷器の表情は厳しさを増す。
 「妃殿下、貴女、何を食ったらそんなに太れるんです?」
 「・・・・・・は?」
 丸い目をさらに丸く見開く王妃を気にも止めず、蟷器は続けた。
 「以前から不思議だったんですよ。
 嫁いだばかりの時は、実家でいいもん食ってたんだろうと思ってましたが、それから全然変わらないでしょう、アンタ。
 空気でも栄養にしてるんですか?」
 蟷器の暴言に、緻胤は丸い頬を大きく膨らませた。
 「仕方ないでしょうっ!そんな体質なんだもんっ!」
 「食糧事情はいつまでたってもよくならないってのに、アンタと来たら、いつ見てもびっくりするほど丸々してるだろう?俺は采の野郎が、女房に贅沢させてんのかと思ってたよ」
 「贅沢なんかしてないもん!!痩せないんだから仕方ないじゃない!!」
 大声で笑う蟷器を、緻胤はそのふわふわした拳で攻撃しようとしたが、彼は憎らしいほど鮮やかにそれをかわした。
 「やめてくれー!俺の柳腰が折れてしまう♪」
 ことさらにふざけて悲鳴を上げていると、遅れてやってきた采が、何事かと駆けつけた。
 「妃殿下が御無体をなさるのです〜!助けて、陛下っ!」
 「ちがうわよっ!先に意地悪したのは蟷器よ!!」
 采は、到着した途端、きゃんきゃんと喚きまくる二人に両腕をとられ、動きを封じられた。
 「落ち着くんだ、緻胤。蟷器、お前、もういい年なんだから落ち着けよ」
 采の采配に、緻胤は頬を膨らませてうつむき、蟷器は憮然と黙り込んだ。
 「蟷器、お前、緻胤をからかう為に呼んだのか?」
 呆れた口調で問う采に、彼は一笑した。
 「まさか!俺はそんなに悪趣味じゃない」
 反論しかけた緻胤を、軽く手を上げて制し、蟷器は身を翻して欄干に腰掛けた。
 「妃殿下、アンタ本当に、南薔王になる気はないのか?」
 蟷器らしい、率直な物言いに、緻胤は少し戸惑いを見せたが、すぐに笑って頷いた。
 「それだけじゃないわ。私はおじい様のお葬式にも行かないから、安心して」
 緻胤の言葉に蟷器は、わずかに目を細めて采を見遣った。
 蟷器の視線に気づいた采は、緻胤の肩を優しく抱いて頷く。
 「南薔の使者が来てから、二人で話し合ったんだ。緻胤は南薔に、一切関わらない」
 采が力強い口調で話す間、蟷器は、緻胤と采の様子を、じっと見つめていた。
 やがて、
 「妃殿下、アンタはそれでいいのか?巫女の家系に生まれたくせに南薔の地を踏んだこともないどころか、南蛮王の王女として東蘭王に嫁いだ。
 それだけでもアンタは『南薔を見捨てた王女』って言われるだろうに、じい様の葬式に顔も出さないじゃ、不義理だと非難されても文句は言えないぜ?」
 常に飄々としてつかみ所のない蟷器の、珍しく真剣な表情に、緻胤も思わず頬を引き締めた。
 「わかっています。
 南薔には今、私を南薔王に擁立しようとするものが溢れているでしょう。私の後ろに、東蘭と南蛮の武力を見てね」
 それは、母や姉が持っていない、目にみえる力である。
 緻胤は、ゆっくりと東蘭王と、彼を王位に就かしめた腹心を見比べた。
 「私は東蘭王妃として、また、東蘭の国母になる女として、東蘭を南薔の政変に巻き込むべきではないと思います。
 また、南蛮の王女・緻胤は、東と南の安寧を保つために東蘭王に嫁しました。先日、青渟から追い払った東夷が南下する恐れがあることを知りながら、南蛮の目を北に向けるわけには行かない。
 そして、薔家の巫女の血を引くものとしては――――」
 緻胤は、見知らぬ祖国の影が映じてはいないかと、晧々と光を放つ月を見上げた。
 「薔家は、最もしたたかな国の、したたかな王。今は東蘭と南蛮、そして西桃に地を預けていても、いつか必ず取り返すでしょう。
 後代の南薔王陛下の為にも、私はかの地に、他国の軍を入れるつもりはありません」
 毅然とした緻胤の言葉だったが、蟷器は更に問うた。
 「嬢ちゃん、アンタはそれでいいかもしれないが、南薔の、気の強いおばさん達は黙っちゃいないと思うぜ?」
 「嬢ちゃんとかおばさんとか言っちゃダメでしょっ!」
 真剣に話してたのにっ!と怒る緻胤に、蟷器は口の端を曲げた。
 「頬を膨らますんじゃないよ、お嬢ちゃん。河豚にそっくりだぜ」
 揶揄するような言葉の割に、その表情は硬い。
 「・・・俺としちゃ、嬢ちゃんの母さんと姉さんが南蛮を飛び出して、南薔で蠢動(しゅんどう)しているおばちゃん達をまとめてくれるとありがたいんだけどな」
 しかし、いくらなんでも都合がよすぎるよな、と、深く息をついた。
 東蘭の俊英と自負する彼も、千里眼ではない。この数日後、問題の二人が、南蛮王の手を逃れて南薔に向うことなど、知る由もなかった。
 「采」
 東蘭王に向けた目は、真剣な光をたたえていた。
 「おまえ、南薔のしたたかなばばぁどもから嬢ちゃんを守れるか?
 お前に、もう二度と王位継承戦争をやる気がないんなら、嬢ちゃんを牢に閉じ込めてでも、南薔のばばぁどもに渡しちゃいけない」
 「だから!女性にばばぁなんて言っちゃだめですってば!」
 自分への暴言ともあいまって、激しく抗議した緻胤だったが、蟷器は厳しい目で睨み返した。
 「嬢ちゃん。アンタ、南蛮で生まれ育ってんだ。俺達よりも南薔のことを知らないってことを認めな。
 南薔の諸侯を、『女性』なんて言う奴は、この大陸にはいないんだよ」
 蟷器の言葉に、ふと夫の顔を見上げると、采は笑みもせず微かに頷いた。
 「そんな・・・でも、昔はそうだったかもしれないけど、今は息子とかに地位を譲って、家内だけを切り盛りしてるって・・・」
 「じゃあアンタは、采が愛人と愛人の子を王妃と王世子にしたいって言った時には、快く位を譲って、小僧と一緒に未練もなく庶人に落ちるのか?」
 「俺はそんなことはせんっ!!」
 緻胤に白い目で見られた采は、慌てて抗議した。
 「嫉妬や怨恨とは縁のなさそうな、のほほんとしたアンタでさえ、そうなれば采や愛人を殺したいほど憎むだろう?
 南薔の、気性の激しいばばぁどもがさ、自分が産んだ息子ならともかく、種をもらうだけだった男に、『夫だから』って理由で先祖伝来の領地も財産も持っていかれるのは、許せたもんじゃないだろうぜ」
 無欲な人間ばかりじゃないのは、東蘭も同じだ。
 今でこそ采は東蘭をまとめているが、由緒正しい王族たちは当初、妓女が産んだ庶子に王位を渡そうとはしなかった。
 前正妃の妨害や、彼女が扇動した反乱を制した采の実力を認めながらも、『卑しい女の腹から生まれた』という、『劣った血統』を理由に、今でも采に王の資格無しと、陰で囁く輩は多いのだ。
 自分の財産、権利。
 それが多ければ多いほど、人はそれに固執し、争う事になる。
 「アンタがどうしても擁立されないと言い張るなら、ばばぁどもが強硬手段に出るかもしれないって事は、考えたのかい?
 たとえば小僧を質に取るとか」
 考えもしなかったのだろう。
 緻胤は蟷器の言葉に、あからさまに動揺し、怯えた目で采と蟷器を見比べた。
 「守ってみせる。
 緻胤を俺のような目に遭わせはしない」
 断言した采に、緻胤はほっと胸の固まりを吐き出し、寄り添った。
 「はいはい、ごちそうさん」
 言うと、蟷器は卓の上に置いた酒瓶を手にとり、反動をつけて立ち上がった。
 「中で飲むのか?」
 四阿を出ようとする背に問うと、蟷器は振り向きもせず、片手を軽く上げた。
 「夫婦もんと一緒に飲んでもさびいしいだけだからな。俺を構ってくれる美人のところに帰る」
 そう言って蟷器は、月の沈んだ深更の闇の中へと消えて行った。
 「しょうのない奴だ」
 呆れたように吐息すると、采は側に寄り添う緻胤の肩に手を回した。
 「傑の所へ戻ろうか」
 そして、ゆっくりと歩を進める。
 心もとない足許を守るよう、不安な闇の中で迷わぬように、彼女を導く力強い腕に、緻胤は幼子のように縋り、共に歩いた。
 それは、二人が天寿をまっとうするまで、ずっと続くはずだった。




〜 to be continued 〜


 










・・・最初に言わなければなりませんでしょう・・・;;;
この話に不快を得られた方々に、心からお詫び申し上げます。
『The Grand Tour』は、異世界の歴史です。
ゆえに、この段階では『蛮族』と言う言葉をはじめ、差別的な言葉が頻繁に出てきます。
特に、『王女・沙羅』の容姿についてですが、私は『アルビノ』と言う言葉を、決して『差別語ではないから大丈夫』という気分で使ってはおりません。
これはイタリア語で『白子』という意味だそうですので、『外来語だから大丈夫』という軽い気持ちでは使っていないと言うことを、先に申し上げておくべきでしょう。
先天性色素欠乏症(生まれつき色素を持たない症状)は、東洋のような有色人種の国ではかなり目立ちますから、昔はひどく差別されたそうです。
ゲームやアニメの世界では、普通にお天道様の下をてけてけ歩いてますし、多くは美男美女ですから、『なんかカッコいいv』というイメージがありますけど、単に『色素を作る機能に障害がある』と言うだけで、普通の人たちなんですね。だからというわけじゃないですけど、沙羅は普通の女です。
ただ、目に色素がないので、明るいところでは目が見えにくいし、普通に太陽の下に出ると、日焼けすることもできずにやけどしてしまう。皮膚がんの危険もあるそうです。
予定では、あと一人は確実に『精霊の子』が出てきますので、慎重に書かねばなりませんね。
さて、『時は まさに世紀末 澱んだ街角で 僕らは出会った♪』
と言う歌がありました。(TOMCAT 『TOUGH BOY』)
このお話のテーマ曲は、まさにこれです(笑)
今回は、くれはの頭の中ではできていたものの、書いてはいなかったおはなしです(^^)
精纜・沙羅・緻胤の母娘&姉妹の話は、『どうして南薔にこだわるのか』と言うカナタの回想でちょっと出てくるはずでしたけど、
『ただでさえ人間関係と時代が小難しいのに、ほんのちょびっとの説明で、しかも時代遡ったら余計混乱するやんけ!』
という、思いつきからここに入りました(^^;)
当初は華綾と無口な二人旅・・・。
非常に気まづく、しかも作者、よく華綾の存在を忘れてしまうと言うおまけ付だったため、絶対に存在を忘れはしないだろう(ってゆーか、無視できひん)依坤と旅に行ってもらうことにしました(^^)←ある意味鬼畜;
それにしても今回のカナタ、非常に無礼ですね(^^;)
女性の容姿を、とやかく言ってはいけません(^^;)←でもそれが現実(笑)












Euphurosyne