◆  16  ◆







 天道は常に、漆黒の闇の中に包まれている。
 母皇陛下は最初の御子に、広大なる領地を与えたもうたのだ。
 ゆえに瑰瓊(かいけい)が天道に迷わぬよう、その四方を護衛した事が、この天軍の創まりだったと言う。
 尤も、そんな昔の事をいまだに語る事ができるのは、地精の長老くらいのものだろうが。
 ふと、そんなことを思いながら、哩韻(リィン)は眼下に浮かぶ瑯環(ろうかん)の青さに目を細めた。
 この青い珠玉のどこかに、彼の王は居る。
 彼が誰よりも慕う、あの冷徹な王が。
 切なく吐息すると、肩で切り揃えた金髪が、ゆるい風を纏ってさらさらと煌いた。
 「哩韻?」
 東の星座を構成する火精の一人が、いぶかしげに声を掛けてくる。
 「どうした?瑯環が何か?」
 「―――― ううん」
 首を横に振ったが、諜報隊長である自分の言葉など、信じてくれるはずもない。
 「何でもないんだ、ラシード。ただ、僕の王はどうしているんだろうと思っただけ」
 そう言い添えると、やっと彼は安堵の息を漏らした。
 「そうか。それは心配だな」
 真情を込め損ねたような、少々間の抜けた声に、哩韻はふと笑みを漏らす。
 「ごめん。
 僕が暗い顔なんてしていたら、何かあったと思っちゃうよね」
 「いや、俺も悪かったさ。風精王、無事だといいな」
 今度はちゃんと真情のこもった声で、ラシードは精悍な顔を和ませた。
 「そうだよな。普通は王が不在だと、心配したり不安になったりするものだなぁ」
 短く刈り込んだ紅い髪を、武人らしい、たくましい手で撫で上げながら、彼は苦笑を浮かべる。
 「すっかり忘れていたぜ、サラーム王に変わってから」
 火精王・サラームは、精霊王の中ではむしろ若輩だが、それでも王位をあたためて数千年にはなる。
 ところがこの在位中、彼が瑰瓊の宮殿にいた期間は百年に満たないのだ。
 彼は、火精王の位を賜って間もなく瑰瓊を出奔し、瑯環に拠って天道を守護している。
 それは、前火精王が煌帝陛下の不興を買い、処刑された事に抗議するためであるとも、耀妃(ヨウヒ)の驕慢を諌めるためであるとも噂されているが、彼の部下である火精達の意見は一致していた。
 曰く、
 『あほらしくなったんだろうさ』
 ・・・・・・瑰瓊の現状を知る者なら、この一言で深く頷くことだろう。
 ―――― 珂瑛(かえい)、瑰瓊、瑯環。
 三珠の皇帝には、必ず文武の二精霊族が仕える。
 冥府の大司馬が玄冥太子、宰相が坐忘太師であるように、皇帝に仕える精霊王が武官、文官の長を兼ねるのだ。
 それが瑰瓊に於いては、光精王・耀妃が政務を執り行おうとしないため、武官長である火精王が文官の長をも兼ねる事がままあった。
 享楽に耽る煌帝と耀妃の姿を横目に、前火精王は黙々と仕事をこなしていたが、彼が天道の戦において退却を余儀なくされた事を理由に処刑され、副将であったサラームがその跡を継いだ途端、彼は瑰瓊を出奔したのだ。
 他族ならば、ここでなんとしてでも王を思い止まらせた事だろうが、煌帝と耀妃の姿に憤っていたのは、何もサラームだけではない。
 彼が出奔するや、我も我もと、火精の大半が琅環に降りてしまったのである。
 王の出奔を期に瑰瓊を離れたのか、出奔するような王を選び、彼の出奔を口実にしたのか。
 それは火精族の中でも、意見の分かれるところだろう。
 だがラシードは、にやりと口の端を曲げた。
 ―――― 少なくとも俺は、出奔しそうな男に票を投じたぜ。
 「・・・そうなんだ。サラーム様が王になったのには、そういう狙いもあったんだね」
 ぎくりと息を呑んで哩韻を見遣ると、その蒼い目はまっすぐに彼を見つめていた。
 「やめた方がいいよ、僕に構うの。悪気はないんだけど、つい心を読んじゃうんだ」
 申し訳なさそうに、苦笑を浮かべる哩韻に、しかし、ラシードは屈託のない笑みで応えた。
 「別に、やましい事は考えてないからな。いつでも読んでくれて構わないぜ・・・ただ、びっくりするんで、いきなり言うのはやめてくれ」
 「ごめん」
 同族以外で、屈託なく話せる友を得た事が嬉しいのか、哩韻は彼といると、いつになくよく笑う。
 ―――― これが少女だったら、どれほど可憐なことか。
 思わず思い浮かべて、しまったと思考を止めたがもう遅い。
 「なに?僕の女の姿が見たいって?」
 「みっ・・・見たいとは言ってない!ただ、女の子だったらさぞかし可愛かろうと・・・」
 「やっぱり見たいんじゃないか!」
 誰もが未熟な姿を晒したくないように、風精は、自分の意のままにならない人格や力を持たない人格を絶対に見せようとはしない。
 その事を知ってはいたが、この少年と同じ顔の少女がいるとしたら、見てみたいと思うのは普通の感情ではないかと思う。
 「わ・・・悪気はないんだけど、つい思っちまったんだ」
 先ほどの少年の言葉を繰り返して、ラシードは苦笑を浮かべた。
 「ナニソレ」
 哩韻も思わず笑みを浮かべてしまい、口論はうやむやに終わろうとした時、
 「北が動いた・・・?」
 面を着けたように、一瞬で表情を真剣なものに変えた哩韻は、鋭く北方を睨んだ。
 「・・・そのまま付け!
 ・・・・・・・・・北辰まで?!
 私も行く。お前もそのまま付いていろ。いや、北辰にだ」
 言うや、哩韻はラシードの存在を忘れたかのようにまっすぐ北へ足を向けた。
 「・・・何かあったようだな」
 ラシードも、哩韻の役目を知っている以上、彼の突然の変化に驚きはしない。自らもすぐに気を引き締め、
 「ヤスミン!」
 大声を上げて、火精の偵察隊長を呼ばわった。
 たちまち目の前に、大きな炎が吹き上がる。
 「どうしました?」
 その中から悠然と現れた女は、緩やかな波を描く紅い髪を熱風に揺らしながら、きり、と彫りの深い顔を引き締めた。
 「北で何かあったらしい。哩韻が、血相を変えて出ていった」
 それだけで、彼女にはラシードの言わんとするところが通じたらしい。
 「軽騎兵!!」
 狼のように高く、強い声が響くと、次の瞬間には彼女の周りに部隊が形成されていた。
 ヤスミンが部隊の先頭で槍の穂先を掲げると、その柄に多彩な炎が絡み付き、炎の尾を引く方形の旗が現れた。
 偵察隊の旗である。
 それは同時に、軍中に急を報せるものでもあった。
 「参る!」
 その上半身を鳥に変えたヤスミンは、一際高く鳴くと、背に生えた大きな翼で風を捕らえ、大きく羽ばたいた。
 部下達も、彼女が持つ炎の旗を追うように、その翼をはためかせ、北を目指す。
 「陣を敷けぇっ!!北方に警戒せよ!!」
 ラシードの大音声に、火精軍の構成する星座が、一斉にその容を変えた。
 と、一際大きな火柱がラシードの前に立ちふさがった。
 「何かあったか?」
 炎で染め上げたような、見事な緋色の髪を揺らして現れたのは、炎の王。
 精悍な顔を引き締め、鋭い眼光でヤスミンの炎旗(えんき)が目指す方角を見遣った。
 「哩韻の部下が、何か見つけたようです。
 北で、北辰が動いたとか何とか」
 「北辰が?」
 サラームが、いぶかしげに眉を寄せる。
 闇精の、死を司る将軍が、そう易々と座を動くわけがないのだ。
 「何かあったな。北辰は、どこを目指したかわかるか?」
 「いえ、ヤスミンが帰ってくるまではなんとも・・・」
 ラシードの返事に満足したわけではなかったが、サラームはかすかに頷いた。
 「ヤスミン」
 掛け去っていった女の背中を遠くに眺めながら、サラームがつぶやく。
 「とりあえず、奴らがどこに向かったのかがわかればいい。見届けたらすぐに戻って来い」
 天球のはるか遠くで炎の旗が、承諾をあらわすように横に振られた。
 その動きを確認するや、サラームはすかさず陣に向き直り、
 「気ぃ抜くんじゃねぇぞ!ヤスミンが戻ってきたら、すぐ動けるようにしておけ!!」
 大音声で命じた。
 鋭い承声の荒波を受け、口の端に笑みを浮かべる。
 が、その心中は、表情ほど不敵ではなかった。
 ―――― 哩韻が追いかけたのが敵だったなら、俺の軍だけで止められるか?
 この天球には、彼と北辰の他にはただ華南が居るのみ。
 風精王のない西方を侵されたら、ひとたまりもない。
 そんな、自身の考えにぞっとした。
 震えを必死に抑えながら、きっと北を睨む。
 ―――― 母皇陛下。
 眼下に浮かぶ瑯環へ、密かに祈る。
 ―――― 必ず、お守りいたします。


 多くの部下とともに、音もなく瑯環に降りた北辰は、大陸を三分する二つの大河の西、西大河の中ほどで悠然と腕を組み、口の端に笑みさえ浮かべて彼を迎えた一体の魂魄に向かって、あからさまに舌打ちした。
 「何様だ、おまえは」
 声にも、苦々しさが満ちている。
 しかし相手は、彼の不快げな顔が楽しくてしかたないらしい。
 「お迎えご苦労」
 そう嘯くや、北辰の目にはまぶしく映る金の髪を艶めかしく揺らした。
 「うちの迎えをえらい目に遭わせてくれたそうだな」
 背後をちらりと顧みて、北辰はその紅い瞳に剣呑な色を湛えた。
 「他族を侵すのは最大の禁忌だと、おまえから聞いたような気がするが、記憶違いだったか?」
 北辰の皮肉を、しかし、彼は鼻で笑う。
 「それを言ったのはアタシじゃないわ。無幾(ムキ)よ。そんなことも忘れちゃった?」
 にぃ、と、整った顔立ちが歪み、憎々しい笑みを作った。
 「・・・貴様」
 激昂しかけたが、北辰はふと気づき、に、と笑みを刷いた。
 「いつまで気取っているんだ?おまえはもう、精霊ですらないのに」
 途端、彼の顔から笑みが消え、怖気がくる程の殺気がその身を包む。
 が、北辰は怯まなかった。
 「すでに人の身である以上、おとなしく冥府に来るがいい。さもなければ、鎖をかけて引いて行くぞ―――― 犬のようにな」
 北辰の言葉に、闇精の間から失笑が沸いた。
 「―――― 貴様」
 嵐が、今まさに沸き起ころうとした瞬間。
 「王 ―――――――――――――――――――っ!!!!」
 闇精たちがつい声の方へ目を向けた隙に、いきなり現れた金色の突風は、彼の王の魂魄に抱きついていた。
 「り・・・哩韻・・・・・・っ」
 「どこにいたんですかっ!!どれほど心配したと思ってるんですか―――――――っ!!」
 ぎゃんぎゃんと喚き、泣きじゃくる哩韻に、さすがの闇精達も毒気を抜かれて呆然と立ちつくす。
 「王!!」
 「風精王――――っ!!!」
 哩韻の泣き声に導かれるように、西の空から次々と風精が地に降りて来た。
 「居場所くらいはっきりさせとけっ!!」
 いち早く降りてきた紫覧(シーラーン)が、鳥のように毛を逆立てて怒鳴りつける。
 が、そこで自身の不明を詫びるような王ではない。
 「ナニ言ってんのよ!呼んだわよ、何度も何度も!!だけど届かなかったんじゃない!」
 ―――― だって、精霊じゃなくなったんだもの。
 その言葉をぐっと飲み込んで、シルフは周りを見まわした。
 なだれるように瑯環へ降りて来た風精達の勢いに圧され、彼を囲んでいた闇精達は輪の外に追い出されてしまっている。
 月のない天球を見上げると、北の闇精と風精のただならぬ動きを察知した火精と南の闇精の偵察隊が、いぶかしげに地を見おろしていた。
 「ちょっと、北辰?」
 金髪の波の向こうで、憮然とこちらを見遣る精霊に声をかけると、彼は黙って睨み返してきた。
 「アタシの処遇って、どうなってるの?」
 「処遇もクソもあるか。地獄に落ちろ」
 迎えに来た闇精達を散々蹴散らしておいて、今更素直ぶっても遅いと言うものだ。
 「アーンタ、精霊王にそんな口の利き方していいわけ?」
 風精王の口元に、にたり、と歪んだ笑みが浮かび、周りの風精達が一斉に殺気立った。
 彼らは知っているのだ。
 風精王と自分たちが、誰によって封じられたのか。
 「闇精と争うのは本意じゃないの。だからここはお互い、冷静になろうじゃないのよ」
 風精王の深い笑みに、北辰は内心舌打ちした。
 彼が最初に来た迎え達を力ずくで追い払ったのは、北辰をここに呼び寄せるため・・・天球の動向を見張る哩韻や天軍の偵察隊に、自身の居場所を教えるためだったのだ。
 これで北辰は、風精や火精の目がある中、風精王を無理矢理引きずっていくわけにいかなくなってしまった。
 「・・・あんたの魂魄は鬼籍に載っていない」
 冷静に、と、自身に言い聞かせながら、ゆっくりと北辰は言った。
 「よって、処遇は惶帝陛下に御採決を仰ぐことになる」
 「惶帝陛下ですって?」
 それまで憎らしいほど沈着だったシルフが、初めて動揺を見せた。
 「なんで迷い魂魄ごときを陛下がご採決なさるの?闇精王はともかく、地精王はどうされたの?」
 真の姿は風精の王とはいえ、今は一介の魂魄である。
 風精王が湟帝の命によって堕とされたものであるとしても、惶帝がわざわざ裁可を下すことは普通、ありえない。
 皇帝とは、最も大きな循環や摂理を司るもので、細かなことはすべて文武の精霊王に任せるのが通常である。
 瑯環や瑰瓊を実際に動かしているのが風水、光火の精霊王達であるように、冥府の太子と太師は、珂瑛における権限のすべてを負っているものなのだ。
 闇精王が封じられた今、珂瑛は一人、地精王の掌握するところとなっただろうと思っていたのだが・・・。
 憮然として答えない北辰から視線を外し、今だ彼にすがりついたままの哩韻に視線を落とす。と、少年は軽く頷いて彼から離れた。
 「目覚められてまもなく、地精王は玉華泉を出られました。
 澪瑶公主に水精の身体を賜った、『ハヤシ・カナタ』という人間の男と一緒です。
 まずは南海本島を巡られ、その王宮で南薔王家の者二人と大陸の南州へ渡られました。
 繁葉にて火精王と会われ、しばし留まられた後、合い前後して北州へ向かわれました。
 先に地精王、後に火精王です。
 この時地精王は火精王に、南蛮より伴った人間の女の護衛をさせてらっしゃいます。
 ご自身は南薔の王族が興した軍とご同行され、進軍と同じ速度で峭州(しょうしゅう)に至り、州城の門前で火精王と合流され、母皇陛下の元に参じられました。
 その後、珂瑛にお帰りになったご様子はありません」
 そこまで言って、哩韻は口を閉ざした。
 彼は事実だけを伝え、余計な憶測を加えることはない。
 彼のもたらした情報を吟味し、結論を見出すのは王の役割なのだ。
 「それで?地精王はまだ帰ってらっしゃらないの、北辰?」
 沈黙で答える北辰に、再びシルフの唇が不気味に歪んだ。
 「耳がないの、アンタはぁっ?!」
 気の短い『嵐』が激昂するや、周りの風が一斉に吹き荒れる。
 闇精王のせいで風精族は、咎なくして封じられ、王さえ奪われたのだ。
 唯一の『箍(たが)』であった王が吹き荒れるに乗じて、刃を向けずにいられようか。
 気の早い紫覧が真っ先に剣を鞘走らせ、間近の闇に向かって斬りつける。
 が、その剣は狙いに至る直前で止められ、巻き取られた。
 「てめぇっ!!」
 邪魔するなと、叩きこもうとした手刀をあっさりと捕られ、引き寄せられて足払いをかけられた。
 「落ち着け、馬鹿野郎」
 簡単に地に這わされた紫覧が鋭く睨んだ先には、闇の中に燦然と輝く炎。
 「火・・・精王・・・・・・」
 思わず殺気を拡散させて、紫覧は呆然とつぶやいた。
 「どちらも剣を引け!母皇陛下の御前だ!!」
 傍らにヤスミンを従えた火精王は、大河の水面にまばゆい光を反射させ、闇精達の動きをも封じてしまった。
 彼は、現れるとともにその場を制圧してしまったのである。
 「箍ぁ外してんじゃねぇぞ、おまえら!天将ともあろうものが、剣を向ける相手を違えるんじゃねぇ!!」
 金色の瞳に睨まれ、北辰とシルフは気まずげに視線を交わした。
 「シルフ、依坤はまだ母皇陛下の御前だ。あのジジィのこと、お赦しが出たって、自分が納得しない限りは降りてこねぇだろうよ」
 「じゃあ、今は誰が地精を束ねてるの?
 ジイさんがいなけりゃ、なんにもできない連中じゃないのよ」
 ひどい言いようだが、それに反論できる者はいない。
 「珂瑛のことは、俺は知らん。
 だが、ジジィが永年治めてきた地精が、そう簡単に混乱することはねぇだろうよ?」
 言って、ちらりと北辰を見遣ると、彼は憮然としながらではあったが、確かに頷いた。
 「地精王は珂瑛にいないだけで、地上の居場所はわかっている。
 長老達が合議した結果を王に報告し、その裁可を仰いでいるらしいからな。
 俺達や風精に比べれば、かなりマシな状況だろうよ」
 北辰の言葉に、サラームは頷いてシルフに向き直った。
 「依坤の足が地に付いている限り、地精は迷うことはない。闇精王はもう、いないのは仕方ないとして、後はおまえだ、風精王」
 「アタシ?」
 シルフはふと首をかしげる。
 「アタシも無理じゃないかしら?
 人間に堕とされたのは初めてだったけど、声は届かないし、姿は見えないし、情報には疎くなるし、とても居場所を知らせるなんて無理無理。
 今、こうやって会えたのも、死んだら闇精だけは迎えにきてくれるから、それを利用したんだもの」
 利用された闇精達が、むぅ、と唇を引き結ぶ。
 「おまえ、瑯環でどうしてたんだ?なぜ死んだ?」
 湟帝の勅命によって人の身を得た以上、自ら命を絶つことは湟帝への叛意を意味する。
 用心深く、野心に満ちた風精王が、そんなことで湟帝を不興がらせることはしないだろう。
 「湟帝陛下はご覧になっておられるでしょうけど、なかなか楽しかったのよ、これが」
 にぃ、と、シルフは口の端を曲げる。
 「最初は、アンタのところに行こうとしたの、サラーム」
 その言葉に、サラームは軽く頷いた。
 人間に堕とされ、瑯環にさまよう身になったなら、誰でも琅環にいる彼の存在を思い出すだろう。
 「しかしまぁ、飄山を越えたところでばったり倒れちゃったのね。アンタらにはわかんないでしょうけど、肉体って、めちゃくちゃ重いのよ」
 瞼さえ開かなかった話をすると、精霊達は一様に嘆声をあげた。
 「たまたまそこを通りかかった旅芸人の少年が、仲間を呼んで一座の所に連れていってくれたんだけど、あれ、あのまま誰にも見つからなかったら、すぐに干からびてたわよ」
 「干からびる??」
 「干からびるって???」
 どんな状態だ?と、風精達の視線がさまよい、北辰に止まった。
 彼は、当然ながら人間の死に様に詳しい。
 「砂漠でよくある死に方だ。ちょっと前までは大陸でも頻繁にあったことだがな」
 風精達の視線を憮然と見返しながら、北辰が言う。
 「身体に必要な水が無くなって、身体機能が停止する」
 「なんで水が無くなっただけで死ぬんだ?」
 紫覧の問いに、北辰は小馬鹿にしたように鼻をならした。
 「湟帝陛下がおっしゃっているじゃないか、『すべては我が器となれ』と。
 水の支配下にある生き物は、水を失えば死ぬ。湟帝陛下の臣下なら、そのくらい覚えておけ」
 刺々しい北辰の言葉に、今度は風精達がむぅ、と唇を結んだ。
 「でも、水がありすぎても死ぬのよ、これが」
 シルフの飄然とした口調に、風精達は一斉に首を傾げる。
 「なんで???なかったら死ぬわけで、ありすぎて困るということはないはずじゃ・・・?」
 紫覧が混乱した様子で、盛んに首をひねる。
 「だって、実際死んでるじゃないのよ。ほらほら」
 言って、シルフは火精の放つ光を受けてきらきらと煌く水面を示した。
 と、その、けして浅くはない水面に、金の髪を振りまいて、一箇の遺体がゆらゆらと揺れている。
 うつむいた形で浮かんでいるために、その死に顔を見ることはできなかったが、それが彼らの目の前にいる、王のなれのはてであることは容易に知れた。
 「何かあったのか?」
 言いながら、サラームが川面を見渡すと、他にもいくつかの死体が、布や木材とともに浮き沈みしている。
 「洪水よ。
 いきなり上流から、濁流が押し寄せてきてね、ホントびっくりしたのよ。逃げる間もなかったわー」
 シルフは笑いながら、ふわふわと水上を移動し、水面を漂う一箇の死体を示した。
 「これこれ。アタシを見つけた少年!」
 檀(ダン)っていうの、と、シルフが紹介した死体は、『少年』というにはやや年が行っており、背丈も『青年』といって差し支えのない程だった。
 「この一座、西桃(せいとう)の国王に仕えようって、わざわざ南薔(なんしょう)の王宮を出てきたらしいんだけど、西桃の鼻持ちならない宮廷人が、そんな得体の知れないやつらを王宮に入れるわけないじゃない?
 仕方なく、都で商売してたら、アタシがめちゃくちゃ客を集めちゃって!
 とうとう、大神殿の腐れ神官どもから贔屓(ひいき)されるまでになっちゃったのよ」
 「神官・・・・・・・・・」
 といえば、当然女である。
 つまりこの精霊王は、神職にある女たちをたらしこんで商売していたわけだ。
 「何やってんだよ、お前〜〜〜」
 呆れて頭を抱えるサラームに、しかし、シルフは平然と嘯いた。
 「だって西の大神殿は、惶帝陛下と冥府の精霊王達の他に、特別に風精王も祀ってるじゃないよー。
 自分の巫女をどうしようとアタシの勝手じゃないー」
 西の大神殿とは、西桃の首都州にある神殿の事である。
 西桃国の最北にあたる、飄山西岳の『夜の神殿』から分けられたもので、国内の神殿では格の高さは『夜の神殿』に次ぐものだ。ここでは惶帝と二人の精霊王の他に、西の守護精霊である風精王も祀っている。
 が、だからと言って、そんな勝手をされた闇精達が、笑っていられるわけもない。
 「違うだろ。主神は惶帝陛下で、お前はおまけだろ!冥府の神殿でなに好き勝手しているんだ、お前は!!」
 掴み掛かろうとした北辰の腕をすり抜け、シルフは思いっきり舌を出して見せた。
 「もう後の祭だもんね」
 「絶対地獄に堕としてやる!!」
 「ねぇだろ、珂瑛にそんなもんは」
 激昂する北辰をうんざりと抑えながら、サラームはシルフを見遣る。
 「追い出されたのか、都からは?」
 今、彼らのいる西大河は本来、西桃と南薔の国境を定める河だ。
 西桃の都人達から見れば、この地は東の辺境なのである。
 「んなわけないでしょ。飄山の南岳でやる、薔家主催の祭祀で舞えって言われてね。
 座長が高額の報酬に釣られて、ほいほいやって来たってわけよ」
 『薔家主催の祭祀』とは、神職の宗家である南薔王が行う祭祀で、飄山上の四神殿において、同時に四皇帝を祀る、大陸最大の行事である。
 現在、飄山西岳の『夜の神殿』は西桃国の管理下にあるが、本来、飄山の全てを領有し、神殿を築いたのは南薔国であった。
 人には決して踏破することのできない北岳を母皇として崇拝し、瑯環・珂瑛・瑰瓊の三珠を崇めるというのも、元々飄山に住んでいた南薔の民が始めたことだ。
 「祭祀で座興ねぇ。ちょっと前まで、そんなことやろうなんて言い出した奴がいたら、その場で国外追放だったんだがなぁ」
 時代は変わったものだ、と、皮肉げに呟く紫覧に、
 「皇帝方に仕える神官でありながら何たる無礼か!
 珂瑛に帰ったらまず、そんな事を言いだした奴らの寿命を削ってやるぞ!」
 北辰が忌々しげに嘯いた。
 「帰ったらって、アタシも珂瑛に連れて行く気?」
 当たり前だ、と叫ぼうとした北辰だったが、一瞬サラームと目が合い、口をつぐんだ。
 「惶帝陛下のお手を煩わすことはない。
 この魂魄に限っては、湟帝陛下にご裁可を仰ぐのが妥当だろう」
 サラームの言葉に、北辰を除く闇精達が、反論しようとするのを目で制し、彼は続けた。
 「この魂魄は鬼籍に載っていないと、そう言ったのはお前達じゃねぇか。
 ならば、これは惶帝陛下の保護を受けるものじゃねぇ。珂瑛に連れて行って、どうしようと言うんだ?」
 憮然と口をつぐんだ闇精たちに、しかし、サラームはその労をねぎらうことも忘れなかった。
 「お前達は惶帝陛下の臣下として、その職務を全うする為に力を尽くしただけだ。
 なのにこいつに振り回されて、腹が立たないわけがないよな」
 サラームがちらりと見遣ると、その視線の先で、シルフは憮然と頬を膨らませていた。
 「この火精王が間に入る。
 この魂魄は、俺が責任を持って渺茫宮に届けるから、ここは退いてくれないだろうか」
 そこまで言われた上に頭まで下げられては、闇精達は火精王の顔を立てざるを得ない。
 「そこまで言われては仕方ない」
 内心でほっと息をつきながらも、北辰は憮然と言った。
 本気で風精と対立するつもりはないのだから、火精王が間を取り持ってくれたのを機に、退くのが最上の方法だ。
 風精王は精霊王としての誇りを、北辰は北方将軍としての意地を守ることができる。
 また、火精王も、風精王と北方将軍の名誉を守った者として、自然と『若輩者』の名を返上することもできるだろう。
 「このことは火精王にお任せする。確実に、湟帝陛下の御元へ連れて行ってくれ」
 シルフも、本気で闇精に喧嘩を売ったわけではないのだから、北辰と目が合っても、殊更に勝ち誇った笑みを浮かべたりはしなかった。
 「惶帝陛下にもご報告申し上げねばならないので、もう失礼するが、くれぐれもよろしくお願い申し上げる」
 すっと、北辰がサラームに向けてこうべを垂れると、彼に倣って部下達も深々とこうべを垂れた。
 「・・・・・・・・・・・・悪かったわね」
 こそりと、彼の耳だけに届く言葉を送ってきた風精王を、こうべを垂れたままじろりと睨み、北辰はほんの一瞬、苦笑をひらめかせた。
 「お騒がせした」
 サラームに向かって言い放つや、北辰は蝙蝠のように黒いマントをはためかせ、部下とともに一気に天球へ駆け上がっていった。
 「ヤスミン」
 闇精達を見送ってしまうと、サラームは傍らに黙って控えていた女将を呼んだ。
 「渺茫宮に行ってくる。
 ラシードをなんとか説得してくれ」
 「承りました」
 何の反論もせず、ヤスミンは黙ってこうべを垂れ、今度は炎旗を持たずに天球の東へ帰っていった。
 「いいの?帰ったら、すっごいお説教されるんじゃいないの?」
 楽しげに揶揄するシルフに便乗して、紫覧もにやにやと笑みを浮かべる。
 「水が怖くないかい?王は俺達で護衛すっからよ、アンタはもう帰ってもいいんだぜぇ?」
 しかし、サラームは少なくとも、約定を破棄するような無責任さは持たない男である。
 「うるせぇ!お前らのせいで、行きたくもねぇ所に行かなきゃなんねぇんだろうが!
 おら、行くぞ!!とっとと行って、とっとと帰るんだからな、俺は!!」
 「じゃぁ僕、先触れに行ってきます!!」
 子犬のようにはしゃぎながら、哩韻が一行を先導する。
 「東西の将軍がいない上に諜報隊長まで消えるとは、今、敵が攻め込んできたら、天球はあっけなく陥ちるな」
 冗談にしてはあまりにも深刻な口調のサラームに、シルフはにやりと笑って見せた。
 「そんときゃ、闇精達がなんとかがんばるでしょうよ」
 「闇精達の防御力は知っているが・・・・・・」
 シルフは、不安げに言葉を濁すサラームの背後に手を伸ばし、その見事な紅い髪をくしゃくしゃとかきまわした。
 「いつからそんなに心配性になったの?すっごい似合わないわ、ソレ。アンタは磊落に笑ってりゃいいのよ」
 「・・・・・・それじゃぁ俺、馬鹿みたいじゃないか」
 「馬鹿じゃないのよ、アンタ」
 「・・・・・・・・・・・・」
 無言で睨んでくるサラームに、シルフはにっこりと微笑んだ。
 「ついこないだまで若造だったくせに、いつのまにか仲裁ができるようになって?
 それだけでも立派だってのに、今度は世界の心配?
 ―――― 生意気言ってんじゃないわよ。アンタだけが、この世界背負ってるわけじゃないんだからね」
 「シルフ・・・・・・」
 間近にすり寄ってきた白い美貌を、サラームはまじまじと見返した。
 「アタシはもうしばらく人間のままよ。
 アンタから会いにこない限り、アタシがアンタを見つけることはできないの」
 そう言って、シルフはにやりと、意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
 「悩み事があるんだったら、お姉さんのところへいらっしゃい、ボウヤ」
 「・・・・・・お前、お兄さんじゃなかったっけ?」
 「細かいことは気にしなくてよろしい」
 きりっと、眦を吊り上げる風精王に苦笑を返しながら、サラームはおどけるように丁寧なお辞儀をした。
 「よろしくお願いイタシマス、先生」
 「うむ、くるしゅうないぞ」
 道化のように派手な笑声を振りまきながら、風と火の精霊王は、多くの風精を従えて、賑やかに北を目指した。


 「流れ星・・・いや、流星群か」
 西の空から降り注ぐ多くの星々を見上げて、カナタは吐息した。
 それが、風精王の元に馳せ参じた風精達であることが、今の彼にはなんとなく予想がついていた。
 「瑜珈(ゆが)がまた、多く沸き出る事でありましょうな」
 降り注ぐ星の光に、やはり不吉を感じたらしい老婆が、皺を蠢かす。
 「知りたい事は、全然書いていない輝石がね」
 カナタの憮然とした声に、老婆はちらりと苦笑を浮かべて、こんこんと水の沸き出る聖なる泉を見つめた。
 飄山の南岳にある、この水の神殿の聖泉からは、水の他に瑜珈と(ゆが)呼ばれる輝石も沸き出る。
 これは、蒼く透き通った環状の玉で、精霊の叙任や天上での事件など、神界の出来事と思われる様々な事が、流れるような字体で彫り込まれたものだ。
 南薔の神官になって以来、カナタは六年間を、この神殿と麓の王宮の往復に費やした。その間に瑜珈は何度か沸きいで、澪瑶公主の帰還と風精王の追放、それに伴う天将の異動など、いくつかの事を人界に知らしめたが、彼の知りたい情報は、いまだ彼のもとに現われない。
 「・・・新しい地精王叙任の報せもこないから、まだあのクソジジィが地精王なんだろうと思うけど・・・」
 自分の知らないうちに、とっとと王座を退いているのではないかと、不安は去る事がない。
 「伝手(つて)にもかからなんだのでございましょう?神界の時の流れとは、人間のそれと違うものでございましょうから、もうしばしお待ちになるべきかと存じます」
 老婆の言う伝手とは、玉華泉と火精王・サラームの事である。
 玉華泉に住処を持つ者として、カナタは何度となく木精王・美桜(ミオ)の元に足を運んでは、依坤の事を聞いたのだが、広大な情報網を敷く柳螺(リュウラ)も依坤の居場所さえ掴めず、サラームに至っては天球から降りてこようとしない。
 玉華泉を通じて、澪瑶公主にも尋ねたのだが、氷の宮殿に住まう皇女は、心を閉ざして彼の前に出てこようともしなかった。
 「あぁ――――もぉ――――・・・。無事なのかなぁ、ジジィ―――――」
 頭を抱えて水辺にしゃがみこむカナタの背を、老婆は苦笑を浮かべて軽くはたいた。
 「ご無事でございましょうとも。閣下はこの世界が出でて間もなき時から、精霊王であられたのですから」
 現状を維持したがるのは老人の悪い癖だな、と、頭の隅で思いながら、カナタは足元に流れてくる清流に手を浸した。
 と、その脳裏に、麓の王宮の様子が浮かび上がる。
 ―――― これまで何千年も王だったからと言って、今後もずっと王でいられるなんて保証はどこにもないのに。
 現に、何百年も大陸に君臨してきた南薔の王宮は、北の隅、峭州に拠って、王国奪回の為に必死になっているではないか。
 「・・・・・・おばあちゃんは、死ぬまで東州侯でいるの?」
 「さよう・・・・・・」
 カナタの問いに、敏感に隔意を感じ取った老婆は、しばし考え込んだ。
 やがて、
 「この婆は、死ぬまで州侯の位を守り通すつもりでございます。
 東州に残して参った娘や孫娘に、間違いなく東三州を渡すことが、この婆の唯一の義務でござれば」
 目を厳しくして断言した。
 「南州侯は、危険らしいけど?」
 「即位前に陛下を我がものにしようとした事だけならまだしも、男子の家督相続を認めよなどと・・・承服できかねます」
 きっぱりとした老婆の口調には、妥協や情けはかけらも混じっていない。
 そしてそれは、精纜(セイラン)の意見でもあった。
 カナタは知らなかったが、六年前、彼と依坤が沙羅と共にサラームの家を出た後、出産したばかりの精纜を襲った一団があったと言う。
 全員、南蛮風の鎧に身を固めていたため、南蛮王の手の者かと調べて見たところ、それは南州候・朱英華(シュ・エイカ)の部下、筝汪花(ソウ・オウカ)が放ったものだったのだ。
 筝は、南州候の軍師として、峭州を落とす際に采配を任された女である。
 そんな彼女の手の者が、現在、南薔王となった精纜を襲ったと言うのだ。
 折り悪く、その報告が精纜の信頼篤い老婆からもたらされた時、彼女はその長男を、南州候の継嗣(けいし)にしたいと、嘆願している最中だった。
 沙羅はともかく、あの精纜が珍しくも激怒し、英華はしばらくの間、蟄居(ちっきょ)を命じられ、筝は牢獄に繋がれたのだった。
 「子に女子なき時は、最も近い血縁の者を継子(けいし)とし、近親に女子なき時は、同じ身分の家から女子を迎えるもの。
 他家の範となるべき南州侯が、情に流されて男子の相続を願い出るなど言語道断でございます」
 英華と筝の罪を減じて欲しいと言ったカナタに、老婆は頑迷なまでに断言したものだった。
 今はなんとか、カナタや南州候の臣下達のとりなしで、英華は蟄居を解かれたが、筝は未だに牢を出る事を許されてはいない。その事を思い出し、カナタは再び吐息した。清流から手を引き上げて、軽く振る。
 「王宮でも、そう申しておりましょう?」
 老婆の、動作を見透かしたような口調に、カナタはあえてゆったりとした笑みを浮かべた。
 「沙羅が、引き付けを起こしたサルみたいにきぃきぃ言ってるけど、それだけだよ」
 老婆は、カナタの正体とその能力を知る、数少ない人間の一人である。
 彼が清流を鏡に、今、王宮で起こっている様々なことを映じ見たことに気づいているのだ。
 「彼女達、まだ王宮を出発してないね。今日はもう、大した用意もないだろうに、何をもたもたしているんだ?」
 いらいらと呟くカナタに、老婆も肩をすくめた。
 「本日はもう、おいでになりませぬなぁ」
 「今日『も』?」
 『も』に力をこめると、老婆も憮然と頷く。
 「さよう。明日こそおいで頂かなくては、祭事を始めようがありませぬ」
 言って、間近に瞬く星を見上げた。
 二人はもう半年も前からこの水の神殿に詰めて、南薔王自ら執り行う大祭事の用意をしていた。
 もとは護国豊穣を祈る、ありがちな祭事で、秋の終わり、収穫後にあわせて王が飄山に登り、母皇と三皇帝に祈りをささげると言うものだ。
 湟帝一人に捧げる祈りではないので、祭壇は南岳の山頂、水の神殿より高い場所に築き、北面して行うのが礼法となる。
 これを行えるのは南薔王のみとされ、この時だけは西桃、東蘭の二王家も、南薔国に臣従し、朝貢する形をとるのだ。
 飄山の西端、『夜の神殿』も、東端の『太陽の神殿』も、一時南薔王家に領有され、三つの神殿がそろって一つの祭事を執り行う。
 しかし、二八代南薔王・縲杜(ルイーズ)が亡くなってのち、その後を継いだ経王に祭祀を行う資格はなく、また、彼も巫女の真似をすることを嫌ったため、彼の在位中、この重要な祭祀は一度も行われなかった。
 そして、彼の娘、精纜も、奪われた十三州のうち、なんとか八州までを取り戻し、国の体面を保つことができたのは、本年に入ってからである。
 現在、彼女が治めるのは、北三州、東二州、南二州の七州で、その内東二州を取り戻せたのは、東蘭国の未来の大宰相・枢蟷器(スウ・トウキ)の力によるところが大きい。
 かねてより南海の富を狙っていた彼は、精纜と言う、得がたい協力者を得、南薔国の東二州と引き換えに、精纜と南蛮王の間の第三子を密かに手に入れた。
 自ら南蛮の王宮に足を運び、南蛮王の信頼を得ていた彼は、精纜が南蛮王の嫡子だと主張する子供が、実は赤の他人であると言う偽の証拠を揃え、南蛮王の愛娘にして東蘭の王妃である緻胤(ジーン)の子を、南蛮の王世子に据えさせたのだった。
 東蘭国の王世子でもある傑(ケツ)王子は、物心もつかぬうちから将来、東蘭と南蛮両国の王冠を手に入れる人間となったのである。
 そんな理由もあり、精纜は表向き、『東蘭に隔意あり』という風を装ってはいるが、娘である東蘭王妃・緻胤からの使者は快く受け入れ、親密ではないが敵対はしないという、絶妙な均衡を保っているのだった。
 ―――― 南薔に明君あり。
 西桃、東蘭の王をしてそう言わしめた女も、しかし、南蛮にはいつまでも悩まされていた。
 南蛮王との関係が関係だけに、和平の道は完全に閉ざされている。
 東州侯の計らいで、何度か東蘭王妃・緻胤が間に立とうとしたこともこともあったのだが、南蛮王と南薔王の個人的な諍いは国民全ての総意とされ、まったく歩み寄ることがなかったのである。
 ―――― 史上最悪の夫婦喧嘩。
 初めてそう言ったのはカナタだったが、後世、冷静な目でこの状況を見つめた歴史家たちは、そのほとんどが彼と同じ感想を抱いたものだった。
 しかし、その夫婦喧嘩は思いのほか深刻で、彼女は南薔王に即位した後も、何かにつけ、南蛮の侵略にさらされてきたのである。
 南蛮王は精纜への怒りと執着のみで、無理な出兵を繰り返し、荒れ狂う南海に呑まれたことも一再ではない。
 その上、峭州は大陸の北端であり、峭都は堅固な要塞だった。城門前に屍をさらすとわかっているのに、北の果てまでやって来る者などいない。
 それでもまた、南蛮王が兵を出そうとしていた時だった。彼が病に倒れたと言う報告に、大陸の諸国は、ふと愁眉を開いたのである。
 そしてその後、南蛮に放っていた間者達が帰ってくると、王とその側近たちは、そっと苦笑を浮かべた。
 なんと南蛮王は、出兵に反対する側近たちの手で、後宮に幽閉されたというのだ。
 早速南薔は、飄山の祭祀を執り行う旨を隣国に知らせ、西桃、東蘭の二国はしきたりに則り、祭祀の間は南薔に臣従する旨を、多くの供物と共に送り届けたのだった。
 祭祀の準備は、東州候・藍家を中心に、着々と進められたのだが、全ての準備が整ったにもかかわらず、肝心の女王が飄山に登っていない。
 女王は祭祀を行う日の、十日前までには水の神殿に入って身を清めねばならないとされているのだが、今日は当日まで後七日という、ぎりぎりの日だったのである。
 「明日来ないようなら、俺はもう知らないからね」
 昔から、待たされることが嫌いなカナタである。
 ここしばらく見ずに済んでいた沙羅の癇癪(かんしゃく)を、自分から見に行ってしまったという不快さもあって、彼の機嫌はすこぶる悪い。
 「あまり急かせてもとは存じますが、そろそろ使者を送らねばなりませぬなぁ」
 老婆は、王や王世子の機嫌を損ねたくはないのだろう。未だ、彼女の元から催促の使者は発っていない。
 「俺の名を出せば?そしたらおばあちゃんの立場は悪くなんないでしょ?」
 「さようでございますなぁ・・・」
 老婆は皺を笑みの容に歪めたが、それが承諾の意思表示ではないことを、もうカナタは知っていた。
 おそろしくしたたかで、用心深い老婆は、カナタが王族の不興を買えば、彼自身ではなく彼と親しくしている自分に害がおよぶかもしれないと疑っているのだ。
 南薔王の奇妙な客人は、人でないがゆえに、王権を行使することができない相手なのだから。
 「・・・明日こそは来てくれないとね」
 老婆の屈託に苦笑を浮かべて、カナタは雲のない空を見上げた。
 「明日は天気もよさそうだしね」


 南薔で、二十数年振りに行われる祭祀の準備が進められている頃、東蘭では王妃が、多忙のあまりとうとう体を壊し、床についていた。
 「緻胤・・・・・・」
 王妃が突然倒れたという報告を受けた東蘭王・采(サイ)は、政務の合間を縫って彼女の寝室を訪れた。
 「疲労がたまっておられたのでしょう。このところ、ろくにお休みになっていらっしゃらなかったようですから」
 典医と言うよりは田舎の村長のような風貌をした白髪白髯の老人が、穏やかに申し出ると、采は気遣わしげな陰を湛えた黒い瞳を彼に向ける。
 既に壮年に入ったというのに、この王は、ふとした拍子に少年のようなあどけない表情をする事がある。
 事実若い王妃が、彼を頼りながらも母親のように優しく振舞うのは、彼のこの表情によるものかもしれないと、典医は穏やかに笑んだ。
 「それがし、妃殿下がお倒れになったと聞いて驚きました。ご無礼ながら妃殿下の事は、深窓の姫君とは思えないほど丈夫な方と思っておりましたもので」
 老医の率直な言葉に、采はふと笑みを浮かべる。
 「私もだ。緻胤は何があっても平気で笑っているような女だからな。しかし――――」
 だからこそ、心配なのだ。
 普段元気なものは、大病に罹りやすいと言うではないか。
 そんな思いがよぎり、ふと眉を寄せた王にしかし、老医は深々とこうべを垂れた。
 「いえしかし、お腹にお子がいらしては、さすがの妃殿下も貧血をおこされましょう。
 陛下、妃殿下は、ご懐妊されておいでです」
 囁くように告げると、王は目を見開いて老医を見つめた。
 「それは本当か?!」
 「この艾(ガイ)、陛下に嘘を申し上げてなんといたします」
 頭を上げた老医の顔には、いたずらっぽい笑みが張り付いている。
 「おめでとう存じます、東蘭王陛下!」
 老医の言葉に、周りの侍女や衛士からも、歓声とともに祝辞を送られた。
 「傑はどうしている?」
 采がやや弾んだ声で、王妃の傍らに付き添っている侍女に尋ねると、彼女は喜色を隠しようもなく、満面に笑みを浮かべながら隣室を示した。
 「妃殿下のご不調に非常に驚かれたご様子で、こちらにいらっしゃろうとなさいません」
 その言葉に、采は苦笑した。
 緻胤は常に、元気すぎるほど元気な母親である。そんな母親が目の前で倒れては、驚くのも無理はない。
 「―――― では緻胤が目を覚ますまで、私が面倒を見ていよう。連れてきてくれ」
 王の言葉に、侍女は素直に従った。
 子を産めない女がまだ多いこの時代、親は常に誘拐の危険性を念頭に置き、幼い子供から一時でも目を離すことはできない。
 王の子ならなおさらである。
 ゆえに緻胤も、傑が乳離れをしてからは、どんなに多忙なときであってもけして傑を人任せにすることはなかったし、彼女がどうしても傑を伴えない時は、采がその面倒を見るのが当たり前だったのだ。
 子も、幼いうちは決して親から離れようとしない。
 それが本能であるかのように、親の目の届く場所から出ようとしないものだ。
 だからだろう、傑は、緻胤が倒れた直後から、まるで自分が病んだかのように沈んでいた。
 「傑、母上はすぐ元気になるから、心配するな」
 母の眠る寝室で采の姿を見つけるや、駆け寄り、しがみついてきた息子の、濃い褐色の髪をかきまわしながら、采はやさしい笑みを浮かべた。
 「それよりお前、あと何回か満月が昇ったら、華南将軍が弟か妹を連れてきてくださるぞ」
 途端、少年の顔が紅潮する。
 「ぼく、あにうえになるの?!いつ?!」
 少年らしい、澄んだ声が昂揚し、黒い大きな瞳がいっぱいに見開かれる。
 「さよう、あと、六回ほど満月が昇りましたら、殿下は兄上様におなりでしょうなぁ」
 艾が穏やかに笑うと、先程まで重く沈んでいた顔が、ぱぁっと明るくなった。
 「弟?!妹?!」
 「いや、それはまだわかりかねますが・・・」
 気の早い質問に侍医が苦笑すると、傑は期待に満ちた目を父親に向ける。
 「私にもわからん」
 「なんで?父上の赤ちゃんなんでしょ?」
 「そうだが、お前が母上のお腹にいたときも、私にはわからなかったぞ?
 あぁ、でも、緻胤は男だと断言していたな」
 六歳の息子に向かって、生真面目に答える采の言葉に、傑は目を輝かせて寝台に横たわる母親を見つめた。
 「母上ならわかるの?!」
 しかし、彼の視線の先で、母親はぴくりともせず眠っている。傑は再び、しおしおとうなだれた。
 「・・・すぐ起きるよね?」
 父親の袖を引いて、不安げな声を出すと、
 「大丈夫だとも。母上は強いから、しばらく休んだら、またいつも通りに遊んでくれるさ」
 息子を抱き上げ、まるで自身に言い聞かせるように采は毅く言う。
 「―――― 頼んだぞ」
 侍医と侍女達に言い置くと、彼らは恭しくこうべを垂れて王の背を見送った。
 「―――― 早くお目覚め下されよ、妃殿下」
 侍医の願いに、しかし、緻胤はしばらく答えることができなかった。


 緻胤が倒れて、間もなくのことである。
 三年前、傑王子の誕生日に南蛮の第一王位継承権を贈った男は、珍しく王宮の執務室で決裁の判をついていた。
 しばらく礼部尚書の位を暖めていた彼、枢蟷器(スウ・トウキ)は、その位を信頼できる――― 彼の思うとおりに動く――― 部下に譲り、現在は門下省に門下侍中としてその身を置いている。
 門下省とは、国王の出した詔勅や臣下達の上奏を、法に照らして審査する重職である。
 その長官である門下侍中は、いわゆる宰相の一人であり、国の政策を決定する『政事堂』という宰相会議に加わる事ができるのだ。
 蟷器は、前門下侍中が老齢を理由に退陣したため、南蛮王位を手に入れた褒賞とあいまって、三十歳になったばかりの若さで、その重要な地位が与えられた。
 家臣達には、小声で不満を訴えるものも多かったが、采を王位に据え、南蛮王と南薔王の娘を王妃に迎え、南蛮王位すら手に入れようという彼の功績に対し、この人事はむしろ遅いと言うべきだろう。
 しかし、当の本人は当時の地位がお気に召さなかったらしく、後年、この時期を振り返って、『我が人生で最もうだつの上がらなかった時代』と述懐している。
 しかし、それはけして、平穏無事な時期だった、というわけではない。
 彼はこの時、得がたいものを得、失いがたいものを失ったとは、本人を含め、彼を取り巻く全ての者がひとしく知ることである。
 『得がたいもの』の第一は、門下省に入った途端、彼の手に入った。
 それこそうだつの上がらない、万年下級官吏と呼ばれていた菎兪晏(コン・ユアン)を見いだし、生涯の片腕としたのだ。
 自分より十歳以上若い門下侍中を、影に日向に補佐しつづけた男も、この当時はとても『兪晏(ますます晴れやか)』などと言う名はもったいないほど頼りない、おどおどとした中年男だった。
 彼は、いつになく黙々と採決の判を押し続ける若き宰相に、積み重なった書類の束を整理しながらちらちらと目をやっていたが、蟷器が本日幾度目かのため息をついた時、意を決して立ち上った。
 「かっ・・・閣下!」
 「なんだ?」
 菎に目も向けず、書類に目を落としたままの蟷器に、彼はつっかえつっかえ訴える。
 「おっ・・・お顔の色が・・・・・・。どうかもう、本日は退出なされませっ!
 後はそれがしが・・・あ、いえ、閣下のお仕事を、全て処理できるとうぬぼれているわけではないのですが、できる限りのことはしておきますのでっ!!」
 同僚からは『万年下級官吏』と嘲われ、持参金目当てに結婚した妻からは『甲斐性なし』と罵られ続けてきた彼にとって、蟷器は思わぬ機会を与えてくれた稀有な上司であり、自身よりも大事にしなくてはならない人間だった。
 彼の代わりに仕事をこなす自信など皆無ではあったが、最近、日を追う毎に土気色になってくる顔色や苦しげな呼吸に、そう申し出ずにはいられなかったのである。
 「・・・気にするな。ただの風邪だ」
 今にも倒れそうな顔色のくせに、声だけはしっかりとしている。
 「風邪を甘く見てはなりせん。私の従兄弟は、熱射病で亡くなったのですから」
 生真面目に抗弁する菎を、蟷器は一瞬、苦しさを忘れて見つめた。
 「熱射病と風邪は同じなのか?」
 「油断して亡くなった事に違いはありません・・・よね?」
 的外れなことを言ってしまったかな、と、顔を真っ赤にする菎に、蟷器はふと笑みを漏らす。
 「そうだな。油断大敵だ」
 そう、思ったことを素直に口に出しただけなのだが、菎は一大事が起こったかのように目を見開いた。
 「あぁ!!早くお休みください!!」
 「あ?」
 訝しげに眉をひそめる蟷器に、菎は言い募る。
 「閣下がそれがしの言を素直にお聞き届けになるなど、ありえないことでございます!!
 その上、それがしに嫌味も皮肉も罵詈雑言もおっしゃらない!よほどご不調であらせられるのでしょう?!」
 菎は心の底から心配していたのだが、意思の疎通がうまく行かなかったようだ。
 「・・・・・・ちょっと待て。お前にとって、俺はどういう人間なんだ?」
 当然ながら感情を害した蟷器に、菎ははっと口をつぐむ。
 この、『余計な一言』さえなければ、彼は少なくとも『万年中間管理職』であったはずだ。
 「あのっいえっそのっ」
 首まで真っ赤にして言いよどむ菎に、しかし、蟷器はそれ以上追求しなかった。
 「まぁ、確かに体調は悪いな。目がくらむ前に退出するか。
 あの嬢ちゃんも倒れたって言うし、悪い風邪が流行ってるのかもな」
 「嬢・・・?」
 菎は復唱しかけたが、それが王妃のことだと気づき、慌てて口をつぐむ。
 「じゃあ、今日は本宅に帰るかな。後はまかせたぞ」
 にっと人の悪い笑みを浮かべて、蟷器は立ち上った。が、身体は彼の思うように動かず、一歩を踏み出す事もできずに床に膝をついてしまった。
 「閣下!」
 菎の手を借りて上体は起こしたものの、立ち上ることができない。
 「誰か!誰か医者を!!!」
 抱えられた蟷器よりも蒼ざめて、菎が扉の外にいる衛兵達に向かって叫んだ。
 「閣下!!閣下!!」
 声をかけながら、蟷器を床の上に寝かせ、襟元を緩めてやる。
 「だから長椅子くらい置いときましょうって言ったじゃないですかぁ!!床、冷たくないですか?!」
 それがさも重大な懸念事であるかのように言いながら、菎は医者を待った。そして、
 「あぁ、蔚(ウツ)殿!!!」
 間もなく医者が駆け込んでくると、菎は癲癇(てんかん)患者の様に震え、わななきながら、懸命に蟷器の病状を伝えた。
 「つまり、風邪ですかね?」
 根気強く菎の話を聞いた蔚が総評を述べると、菎は強くかぶりを振った。
 「ただの風邪ではありません!私の祖母だって、はじめは皆、風邪だと思っていたのですが、その後すぐ亡くなってしまったんですよ!」
 「それはお気の毒さまでした。ご老人は体力がありませんからね」
 だからなんだと言いたい気持ちを抑えて、蔚は穏やかに微笑んで見せる。
 しかし、菎は譲らない。
 「いえ、その後ね、祖母だけでなく、家の者がみんな倒れたんです!
 祖母の家だけではありません、他の家もですよ!!」
 「はぁ・・・・・・」
 困惑しつつ、菎をやんわりと押しのけて、蔚は蟷器の傍らに跪いた。
 「まぁ、何年か前までは、琅環は煌帝陛下に溺愛されておりましたからねぇ。熱射病で倒れる人は多かった」
 蟷器の脈を計るため、蔚が口を閉じた隙に、菎は切々と訴える。
 「熱射病なら、私はどんな症状か知ってますよ!子供なんかあなた、罹らない方が変だったくらいなんですから!
 ええ、私は知ってるんですよ、熱射病の症状はね!でも私、皇帝方に誓って申しますが、あれは違いましたよ!」
 「菎殿・・・」
 さすがにうんざりしてきた蔚が、彼を黙らせようと振り返ると、彼は医者に掴みかからんばかりに迫った。
 「鉱山がね、あったんですよ、祖母の家の近くには」
 「・・・・・・あぁ!」
 ようやく菎の言わんとするところを理解した医者が、大きく頷いた。
 「慢性の砒素中毒ですか!」
 鉱山付近の川や土は、鉱物に含まれる毒素が溶け出し、汚染されている事がある。
 菎は、彼の祖母とその土地の者達が、次々と亡くなったり倒れたりしたのは、そのせいだと言っているのだ。
 そう言われて、医者はふと思い至り、蟷器を軽く揺すって起こした。
 「中書令閣下、食欲はありますか?吐き気は?」
 医者の問いに、蟷器は声に力をこめる。
 「身体に力が入らない。剣を持っても振る事ができなくてな、護衛を増やすべきか、検討していたところだ。
 近頃は何も食えん。食ったら吐く。口の中も荒れているから、水しか飲んでない。
 ―――― 風邪だと思っていたが、見立てはどうだ?」
 その冷静な声に、医者はしばらく考え込み、やがて、慎重に口を開いた。
 「ご家族で―――― いえ、最近ともにいらっしゃる方で、同じような症状の出た方は?」
 蟷器の女性関係を知っているのだろう。本宅にばかりいるわけではない彼にふさわしい問いかけだったが、彼の答えは『いいや』と、短いものだった。
 「愛妾達は皆、妓楼の女だからな。たとえ毒を盛られていたとしても、奴らには効かない。妻は普通の女だが、別に病んだ様子はなかった」
 「・・・そうですか」
 蔚は再び考え込み、薬箱から処方箋用の紙と筆を取り出した。
 「ならばご心配には及びません。ただの風邪ですよ」
 「ええっ?!」
 思わず声を上げる菎をちらりと見遣り、紙に筆を走らせる。
 「菎殿が妙な事をおっしゃるものだから、驚いてしまいました」
 笑いながら、蔚は流れるような筆致で、さらさらと処方箋を書き上げた。
 「中書令閣下、ごらんになれますか?」
 彼の傍に跪く菎にも見えるよう、蔚は紙を蟷器の眼前にかざした。
 そこには、
 『砒素中毒の可能性があります。摂取されたとしたら、お食事に混入されたのでしょう。今日は本宅にお帰りになり、食事にお気をつけください。後ほど私が、毒消しを持って参ります』
 と、達筆が載っている。
 どこに誰の耳があるか分からない、王宮に仕える典医らしい配慮だった。
 「―――― 感冒薬をお出ししますので、この通りにご服用くださいますよう」
 そう言った蔚の顔からは、笑みが消えていた。
 「菎殿、風邪は風邪ですが、少々悪い風邪のようです。中書令閣下はしばらくご自宅で休養されたほうが良いでしょう」
 蔚が薬箱を探りながら言うと、菎はほっと息をついた。
 「そうですか。それがしときたら、一人で慌てふためいてしまって、お恥ずかしい」
 そう言って、人の良さそうな笑みを浮かべる。『万年下級官吏』にしては、意外な演技力だった。
 「閣下、しばらくお仕事の事はお忘れになりますよう。あと、感冒薬は量が多いですが、面倒がらずにちゃんと全部お飲みください」
 「・・・どれほどあるんだ?」
 うんざりとした口調を作って蟷器が問うと、蔚は薬箱から次々に生薬を出しながら、その名を読んで行った。
 「・・・と、おや、カンゾウをきらしておりました。後でお宅まで持ってまいりましょう」
 「いいだろ、別に。ひとつくらい足りなくったって」
 わざと憎まれ口を叩いてやると、蔚も穏やかに笑って返してくる。
 「カンゾウは感冒薬の主成分でございますよ。先日たくさん使ってしまった事を忘れておりました。後ほどおうかがいいたします」
 重ねて言う蔚に、蟷器は笑みを漏らした。
 「あぁ、さては俺の本妻が目当てか!妓楼の女達と違って、あいつは滅多に人前に出ないからな」
 からかうと、蔚は悪びれる様子もなく声を上げて笑った。
 「さすがは閣下、お見通しでございますな。
 岫州候(じゅしゅうこう)の掌中の玉と謳われる美女を、一目拝見させていただきたい」
 岫州(じゅしゅう)とは、東蘭の最北、飄山東岳の麓に広がる州である。
 東蘭王家とも縁のある侯爵領だが、蟷器はこの侯爵家の姫を、『浮気も大目に見るし、絶対嫉妬しないからと泣いて縋るから、妻にしてやったのさ』と言って憚らない。
 「あの、本当に嫉妬なさらないので?」
 うわさを思い出した蔚が、蟷器の容態も忘れて尋ねると、菎も興味津々と言った様子で答えを待った。
 そんな二人に蟷器はふっと笑みを浮かべる。
 「絶対嘘だと思うだろう、嫉妬しないなんて?しかし、杏嬬(アンジュ)は少なくとも、嫉妬を表面に出すことがない。
 嬢ちゃんに会うまでは、あれは俺が知る、最も変わった女だったな」
 「嬢・・・・・・?」
 誰だろう、と、蔚が首を傾げていると、菎が慌てて間に入った。
 「そんなことより、閣下を早くお宅にお連れ申さねば!すぐに馬車を用意させますゆえ!」
 菎の声に、つい蟷器の病状を忘れていた蔚は、はっと我に返った。
 「そうでした。ご養生なさいますように」
 そうして、抱き起こした耳元に、そっと囁く。
 「砒素は、それだけを摂取したなら毒性は薄いのです。問題は、食物や飲料に混入された時・・・。
 すぐに参りますので、それまで何もお口になさらぬように」
 蟷器が頷いたのを見て、蔚は馬車を呼んできた菎に彼を預けた。
 「お気をつけて」
 言うや、彼は蟷器を見送りもせずに門下省を出、典薬寮へ足を早めた。


 緻胤のみならず、殺しても死にそうにない蟷器までもが倒れたと聞いて、さすがの采も表情を厳しくした。
 が、すぐに落ち着きを取り戻すと、黒い髪をたくましい手でかきあげながら、屈託のない笑声を上げた。
 「蟷器を怒鳴りつける女傑が倒れたかと思ったら、今度は世界を手玉に取る男が倒れたぞ。風火相討つ、と言ったところか」
 共にいれば互いに激しさを増し、一方が衰えればもう一方も衰える、という喩えである。
 「まぁ、このところ、忙しくしていたからな。いい機会だ、ゆっくり休むように」
 そう言って、蟷器の採決を待つ書類を自分の元へ持ってこさせたのだった。


 珍しく城内にある本宅に帰ってきた夫の、ただならぬ様子に、迎えに出た杏嬬(アンジュ)は呆然と立ちつくした。
 殺したって死なないと思っていた彼が今、土気色になった顔に汗を浮かべて、物も言わずにあえいでいるのだ。
 「・・・・・・猫いらずでも飲まれましたの?」
 「いっ・・・いいえ、奥方様!!風邪です!!」
 菎は慌てて反論したが、杏嬬はすっと柳眉を潜め、小動物のように動きの細かい男に囁いた。
 「この人は、風邪くらい鼻で笑ってねじ伏せる人です。何か盛られたのでしょう?」
 蟷器を二階の寝室に運んでいく家人達の後を追いながら、杏嬬はてきぱきと女達に指示を下していく。
 そうやって、蟷器が自室の寝台に横たわった時には、水や湯、薬などを持った女達が、ずらりと居並んでいた。
 「お医者様は?」
 「間もなく、王宮から典医殿がみえます」
 菎が答えると、杏嬬は微かに頷いて手を振った。
 退室せよ、と言う素振りに、家人達は波が引くようにすばやく主人の部屋を出る。
 が、その中で、なんとなく残ってしまった菎は、杏嬬の、煙水晶のような目に見つめられて、慌てて家人達の後を追った。
 「・・・なにがございました?」
 美しい顔を悲しみに歪めて、杏嬬は蟷器の帯を解いてやる。
 「こんな顔色におなりあそばして・・・お苦しゅうございましょう?」
 重い正装を脱がせてやると、心なしか呼吸が楽になったようだ。
 汗に濡れた身体を拭いてやり、清潔な寝間着を着せて、その額に冷水に浸した布を置いてやる。
 「あなた・・・・・・」
 蟷器の手を両手で包み込むと、杏嬬の呼びかけに応じるように、彼はうっすらと目をあけた。
 「代わってさしあげたい・・・」
 しかし、蟷器は空いた方の手を上げて、降り注ぐ白金の髪に指をからめると、微かに笑みを浮かべ、首を横に振った。
 「やめておけ。俺は天邪鬼だから、意地で笑いもするが、かなり苦しいぞ」
 「わかっています。あなたは、けして弱みを見せようとはなさらない」
 だからこそ、苦悶を隠せずにいる夫の身を案じているのだ。
 「わたくしにだけは見せてくださると・・・お約束されたはずです」
 常に感情を押し隠す、青味がかった灰色の瞳に、涙が盛り上がる。
 と、蟷器の顔から笑みが消え、毒癘(どくれい)に犯された身体を杏嬬にゆだねた。
 「泓河(コウガ)様・・・」
 彼を、昔の美名で呼ぶ事を許された唯一の女は、力なく横たわる夫をいとおしげに抱きしめた。
 「すぐにお医者様がいらっしゃいますからね」
 囁きかけると、微かに頷く。
 二人でいるときだけは、この傲慢な、誇り高い男も素直に、杏嬬に甘えてくれるのだ。
 ―――― こんな姿を見ることができるのは、私だけ。
 もともと他人への関心が薄い杏嬬だが、多くの愛人たちに対して全く嫉妬心が沸かないのは、彼女達が絶対に見る事のできない姿を見、病んだ彼を母親のように抱きしめることができるからだろう。
 本当に疲れた時、彼は必ず自分の所へ戻ってくるのだから、普段、活力にあふれた彼に花を添える女たちはむしろ、歓迎すべき存在だった。
 そして女たちは、正妻である杏嬬が、決して自分たちを嫌ってはいないことを敏感に感じ取っており、古くからの女たちは彼女を『お姉様』と呼んで、慕ってさえいる。
 女たちは杏嬬が、州候の娘として何不自由なく育てられたものの、目に映る全てのものに価値を見出せなかった事を知っていた。金にも身分にも関心を抱けなかった彼女が唯一欲した人間が、当時、無位無官の学生だった芳泓河(ホウ・コウガ)である。
 岫州(じゅしゅう)の父の邸で泓河と出会った彼女は、既に結婚の日取りも決まっている婚約者がいたにも関わらず、妾でもいい、側に置いて欲しいと、膝を折ったのだ。
 何も望まず、何も受け入れようとせず、『華綾(カリョウ)のような』と陰口されていた無感動な娘が、初めて自分から『欲しい』と言った。
 この機会を逃せば、杏嬬は政略結婚の駒になるしかない。
 彼女の母は、初めて人間らしい感情を表した娘のために、泓河に懇願し、結婚を渋る彼を泣き落として、娘を正妻に迎えさせたのだった。
 その時、彼は言ったのである。
 『俺は一人の女に縛られたくはないが、お前を妻として迎える以上は、お前だけは偽らない。だからお前も、俺だけは偽るな』
 以来十数年、二人は、その言葉を忠実に守りつづけている。
 だが、今回だけは、ずっと二人きりでいるわけにも行かない。
 医者の来訪を告げる声を聞くや、杏嬬は弾かれたように立ち上り、すぐさま扉を開けた。
 「どうぞ、こちらですわ」
 侍女の頭越しに、陽光を受けた淡雪のように煌めく髪を揺らめかせ、煙水晶のように淡い瞳と目が合った蔚は、思わず息を呑んだ。
 やや蒼褪めた肌や不安げな挙措が、手を出すのをためらわせるほど儚く、かつ、なまめかしい。
 そんな、とても現実のものとは思えない美しい女が、侍女を押しのけ、彼の助手たちを無視して蔚だけを通すと、再び扉を閉ざした。
 「奥方様・・・?」
 驚いて振りかえると、やや充血してはいたが、涙に濡れて輝きを増した煙水晶の瞳が、ひた、と蔚の目を捕らえる。
 「主人は、弱みを見せることを何よりも嫌います。どうかこれ以上、人をお呼びにならないで」
 「しかし助手だけは・・・」
 硬く閉ざされた扉に視線を泳がせる蔚の目の前で、しかし、杏嬬は扉に錠をおろしてしまった。
 「わたくしがお手伝いいたします。なんでもお命じくださいませ」
 かたくななその態度に、蔚は驚き、呆れながら錠を外すように言う。
 「飲んでしまった毒を吐かせる為に、胃を洗わなければなりません。この部屋でやろうとおっしゃるのでしたら、大量の水を運ばなければならない。奥方様だけでは無理です」
 毅然とした態度だったが、杏嬬は怯まなかった。
 「隣室に浴場が・・・。井戸の水を引かせています。水を運ぶ必要はありませんわ」
 「水を・・・」
 言われて見れば、隣室から微かに水の落ちる音がする。
 「どうか、主人をお助けくださいまし・・・!!」
 杏嬬の必死の懇願に、蔚は頷き、寝台に横たわる蟷器の側に立った。
 「閣下、隣室によろしいですかな?」
 さすがに憔悴を隠せてはいなかったが、蟷器は傍らに立った医者に笑みを向けた。
 「嫌な言葉を聞いたぜ、今。胃を洗うなんて、穏やかじゃないな」
 「これがもっとも早く、効果的な方法です」
 蔚が差し出した手を払いのけ、自力で立ち上がろうとする蟷器の身体に、すかさず杏嬬が腕を回した。
 「・・・無理をなさらないで」
 小声で囁きかける杏嬬の肩に腕を回し、蟷器は寝台から立ち上がる。
 「お羨ましいことで」
 ふと、苦笑を浮かべて、蔚は心中に呟いた。
 ―――― 妬ましくもあるな。
 その声を穏やかな笑顔に隠して、蔚は臨時の治療所となる部屋の扉を開けた。


 祭祀の当日まであと五日、と言う日になって、飄山の『水の神殿』には、やっと南薔王が王宮を出たという報せがもたらされた。
 王宮よりの使者を、特別に賜った自室に迎えたカナタは、青年になったばかりの使者に、意地の悪い笑みを向けた。
 「間に合うのか?あの連中じゃ、登るのに三日はかかるだろうに」
 皮肉げに言うカナタに、南州候の息子、茱英利(シュ・エイリ)は、艶やかな黒髪を揺らして、ぷん、と頬を膨らませる。
 「俺のせいじゃないだろ、それ。嫌味言わないでくれる?」
 六年前、南蛮に人質に取られていた南州候の三番目の息子は、自力で南蛮を抜け出し、峭都にはいった母の元へ馳せ参じたのだった。
 今年十九歳になるはずだが、カナタがつい子供扱いしてしまうためか、彼の前ではまだ子供っぽい仕草が抜けない。
 「兄さん達はどうしたんだい?」
 やや口調を緩めると、英利は黙って背後を示した。
 「女王達と一緒なんだ?」
 「いや、峭都を守ってる」
 憮然とした声に、カナタはふと眉をひそめた。
 「女王の護衛は、茱家がやるんじゃなかったのか?」
 「母様と、南州の巫女が何人かついて来ているよ」
 そう言って、カナタの耳に口を寄せる。
 「・・・サルが、難癖付けてきたんだ」
 『サル』とは、王世子・沙羅を嫌う人間達が、しばしば口にするあだ名である。
 この部屋に、カナタ以外の人間がいない事は知っているが、さすがに大きな声では言えないことだ。
 「こないだの件が、まだ尾を引いているんだ。
 息子を三人も飄山に上げるなんて、王を襲い、男子の相続を認めさせるつもりかって」
 英利の、カナタの袖を握る手に力がこもる。
 「この様子じゃ、到着の遅れを母様のせいにされてしまうよ。いや、ここに来る間に母様は罪を得て殺されてしまうかも・・・。お願いだ、母様を助けて」
 カナタを見つめる瞳は、色こそ母とは違っていたが、その気の強い光はよく似ている。
 「沙羅は、今どの辺だ?英華殿は?」
 南薔の王世子を、快く思っていない人間の一人であるカナタは、英利の言葉に鋭く反応した。
 「時間がないから、輿も使わず急いで登ってきているよ。今ごろは中腹くらいじゃないかな」
 眉をひそめ、憎しみを込めて吐き捨てる英利の肩を軽く叩いて、カナタは彼の黒い瞳を覗き込む。
 「わかった、俺が途中まで迎えに行こう。母上を殺させはしないからな」
 言って、カナタは縋るような目で見返してくる英利に、やさしく微笑んで見せた。
 「・・・・・・俺も行っていい?」
 逡巡しつつ、言う英利に、しかし、カナタは首を振る。
 「お前が来たら、サルがむきになって母上を貶めようとするぞ。俺だけなら、あれも手は出せないから、任せておけ」
 やや厳しく言うと、英利は素直に頷いた。
 「お願いします・・・」
 南州侯の末子であり、少々傲慢な所もある英利だが、母の為に深々とこうべを垂れる。
 「大丈夫。任せて」
 カナタは英利の、触りごこちのいい髪をくしゃくしゃとかき回すと、椅子に掛けてあった品の良いマントを取り、羽織ながら自室を足早に出ていった。


 東蘭王妃・緻胤(ジーン)は、明るい日差しに促され、目を覚ますとすぐに息子の姿を探した。
 「陛下がお連れですよ」
 彼女の視線に気づいた侍女が気を利かせると、緻胤はほっと吐息して寝台に起き上がった。
 「婀摩(アーマ)、私、どのくらい寝ていたのかしら?」
 問われると、彼女に一人で付き添っていた侍女は、ふわふわと長い裳裾をひらめかせて、輝くように笑う。
 「まる二日、寝てらっしゃいましたよ」
 あらあら、と、緻胤は頬に手をやった。
 「どうりで。すっきりしたと思ったの」
 「このところ、ろくに寝てらっしゃいませんでしたものね」
 やたら機嫌よく笑う婀摩を訝しく思いながら、緻胤は彼女が差し出した、果汁の入った杯を受け取った。
 「・・・確かに、このところ、和平だ祭祀だって、他国のことで忙しかったものね。
 和平は結局うまく行かなかったし・・・お父様もお母様も、ほんとに頑固でいらっしゃるから・・・・・・」
 杯に口をつけた緻胤は、あっという間にそれを飲み干してしまった。
 「おいしいわ、これ。もう一杯ちょうだい」
 「はいはい、かしこまりましたー」
 今にも歌い出しそうな口調と、踊り出しそうな足取りに、緻胤は声をあげて笑い出す。
 「どうしたの?今日は空を飛びそうね」
 「あら!妃殿下だって、この報せをお聞きあそばしたら、空に駆け上がってしまわれますとも!」
 「なに?」
 好奇に満ちた目を向けられて、思わず答えそうになった婀摩は、慌てて口を覆った。
 「いっ・・・いえ・・・、どうぞ、陛下からお聞きくださいまし」
 「ええ〜?教えてくれてもいいじゃないの!」
 と、笑いながら寝台から出、婀摩を追いかけて背後から捕まえる。
 「きゃっ・・・!!お戻りくださいまし、妃殿下!!お倒れになったんですよ!?」
 「大丈夫よ、二日も寝てたんだから。それより言わないと、放してあげないわよ」
 きゃあきゃあとふざけ合う女たちの嬌声に、隣室に控えていた侍医が、おっとりと入ってきた。
 「診察を致しましょうかね、妃殿下。どうぞお座りください」
 柔和なのだが、有無を言わせない迫力をもって老医が命じると、緻胤は従順な子犬のように従った。
 「婀摩がいじわるだったのよ」
 緻胤の前に座り、脈を取り始めた老医に告げると、彼は白いつばなし帽をかぶった白髪頭を身体ごと前後に揺らして頷いた。
 「さようでございますか」
 「いいことがあったようなんだけどね、教えてくれないのよ」
 いいわけがましく付け加えたが、老医は穏やかに笑って、
 「さようでございましたか」
 と言うだけだった。
 「艾(ガイ)殿は、何かご存知じゃないの?」
 「さようでございますなぁ・・・・・・」
 老医は、緻胤の問いをあたり障りのない笑みではぐらかす。
 「まぁ、陛下がおっしゃいますでしょうから、わたくしからは申しますまい。
 それより妃殿下、お食事は召し上がれそうですか?」
 温和な口調の問診に、緻胤が丁寧に答えていると、まるで彼女の目覚めを待ち構えていたように次々と豪華な食事が運ばれてきた。
 「・・・・・・なにかおめでたいことでもあったの?」
 目を丸くして色とりどりの皿を眺めていると、室内に軽い足音が飛び込んできた。
 「母上―――――!!!」
 「あら、傑!」
 腕を広げた緻胤に飛びつこうした傑は、しかし、背後から伸びた太い腕に襟首を掴まれ、簡単に引き戻されてしまった。
 「あらあら・・・。どうしたの、采?」
 行き場を失った両手を下ろして、緻胤は夫を訝しげに見つめた。
 「当り所が悪かったら、子供に障るだろう?」
 「失礼ね!私、そんなに固くないわよ!」
 むしろ柔らかいんだから、と、無礼な発言に憤っていると、采が、戸惑ったように周りに視線を巡らせる。
 「どうしたの?」
 傑を抱えたまま立ちすくむ采に近寄り、息子を受け取ろうとしたが、夫は彼女に子供を渡そうとしない。
 「・・・・・・何も聞いてないのか?」
 呆然と呟く夫に、周りの者達は、やたらと機嫌よく笑っている。
 「教えてくれないの。貴方から聞きなさいって言うのよ」
 なに?と、大きくて丸い、ドングリのような目に期待を込める妻の、ふわふわと波打つ明るい茶色の髪に、采は愛情を込めて触れた。
 「懐妊おめでとう」
 途端、緻胤はぽかんと口を開け、黒い目が零れ落ちるほど見開いた。
 「うそ」
 「なんで俺がお前に嘘をつくんだ」
 「ほんとに!?」
 老医を振りかえると、彼は身体ごと大きく頷く。
 「どっち?!息子?!娘?!」
 「・・・子供か、おまえは」
 苦笑する采に抱きつき、彼の抱く傑をも抱きしめて、緻胤は歓声を上げた。
 「傑!傑!!どっちがいい?!」
 「弟がいい!!ぜったい弟!!」
 「跳ねるな!!暴れるな!!腹の子に障るだろう!!」
 大騒ぎする国王一家に、もう慣れてしまったのだろう、侍医も侍女も暖かく見守っている。
 「いいか、緻胤!子供が生れるまで、公務はしなくていい!」
 子と妻にまとわりつかれた状態で、采が懸命に威厳を立て直しつつ命じるが、
 「あら、でも、急にお休みをいただくのは悪いわ」
 緻胤は、困ったように小首をかしげた。
 王妃は王宮の奥向きだけでなく、彼女に与えられた領地も治めなくてはならない。
 特に緻胤は、父である南蛮王に広大な領地をもらっているので、東蘭にある王妃領だけでなく、南薔や南蛮にある領地も治めなくてはならないのだ。
 もちろん、その土地土地に代官を置いてはいるが、彼らの仕事を管理し、監査するのは彼女の役目である。
 収穫後の、もっとも忙しい時期に政務を休むのは、さすがに憚られた。
 だが、事が事だけに、采も譲らない。
 「秘書官が何人もいるだろう?
 お前の決裁が必要なものだけを受け、後は彼らに任せておけ」
 「でも・・・」
 さらに言い募ろうとする緻胤の口を大きな手で塞ぎ、采はやや厳しい口調で命じた。
 「いい機会だ、人を使うことを覚えなさい。お前は東蘭王妃なんだぞ」
 それに、と、采は嘆息した。
 「お前が寝ている間に、あの蟷器まで倒れてな。ただでさえ忙しいのに、俺はあいつの仕事までやってるんだ。
 悪いが、お前の仕事まで抱え込むことはできん」
 「蟷器が?!殺しても死なないでしょうに・・・・・・何か盛られたの?」
 声を潜める緻胤に、采は曖昧に笑う。
 「まさか。あの用心深い男が、そんな事はないさ。たちの悪い風邪だそうだ」
 実はそのまさかだったのだが、その事実は杏嬬の厳重な緘口令により、屋敷の外に漏れる事はなかった。
 「まぁ・・・だったら貴方、大変だったでしょう?こんなときに傑の世話までさせてしまって、申し訳ありません」
 殊勝にこうべを垂れる緻胤の肩を、采は優しく抱いた。
 「仕方ないだろう、お前も大変だったんだから。父上と母上のことは心配だろうが、もう無理をするんじゃないぞ」
 そうね、と、緻胤がやや表情を曇らせた時だった。
 「ご無礼いたします!!」
 部屋中に裏返った声が響き渡り、皆が驚いて見遣ると、慌てふためいた侍従が采に駆け寄ってきた。
 「どうした?」
 ただならぬ様子に、采が表情を引き締めて問うと、侍従は息を整える間も惜しいとばかりに一気にまくしたてた。
 「東夷が渤州(ぼつしゅう)を侵し、渤都を攻め落としました!!のみならず、淘州(とうしゅう)をも侵さんと、兵を進めております!!」
 「渤州候はどうした?」
 あえて落ち着きを見せた采の声に、侍従は懸命に息を整えて言い募る。
 「州候は東夷に囚われ、今にも首を落とされそうだということです!東夷どもは、東三州の富を全て渡せば、州候の首は免じると申しておるそうにございます!!」
 「東夷め・・・」
 ぎり、と、悔しげに呟いて唇を噛んだ采は、抱いていた傑を緻胤に渡すや、
 「後は頼んだ!」
 一言いい置いて、きびすを返した。
 「ご武運を・・・!」
 傑を抱きとめ、采の背中を見送った緻胤は、出せる限りの声を張り上げる。
 「・・・婀摩!」
 采が去った扉を、未練がましく見つめていた緻胤が、泣きそうな声で侍女の名を呼んだ。
 「帰って・・・来るわよね?」
 おろおろと視線をさまよわせ、腕の中の傑を抱きしめる王妃から、婀摩は優しく王子を取り上げた。
 「大丈夫ですよ、きっと戻っていらっしゃいます」
 内心の動揺を微笑みの下に隠して、彼女は緻胤を、長椅子に座らせる。
 「どうぞお心安らかに、殿下。どうか、いつものように」
 穏やかに言うと、緻胤は微かに頷いて、長椅子に身を預けた。
 いつもなら、豪胆に笑って夫を見送る王妃の、なんとも弱々しい姿に、婀摩は優しい笑みを浮かべる顔の内側で驚嘆していた。
 しかし、すぐに緻胤が、普通の身体でないことを思い出し、すっとそのしこりを落とす。
 「殿下のお腹がそれほど大きくならない内に、戻ってらっしゃいますわよ」
 婀摩は、自分の言葉に、ぎこちない笑みを浮かべる王妃の肩をそっと撫でた。
 「どうぞ、お心安らかに」
 婀摩は、抱いていた王子を王妃の傍らにそっと下ろし、ずらりと並んだ皿の中から桃の甘煮を選んで、王妃に差し出した。
 「元気な御子様をお産みくださいまし」


 東夷が渤州を侵したとの報告が王宮にもたらされたとき、常ならば宰相の一人として、真っ先に対応に追われるはずの蟷器は、自邸で休養中だった。
 意外と簡素な自室で、暖かい牛乳に卵と蜂蜜を溶かし込んだ、やたら甘い飲み物を顔をしかめて飲み干すと、
 「酒をくれ、酒を!甘すぎて舌が溶けそうだ!」
 寝台の上で、毒癘(どくれい)以外の要因に顔色を変えながら、妻に助けを求めた。
 が、そのような申し出を許す杏嬬ではない。
 「いけません。病状が悪化しますわ」
 苦笑しつつもきっぱりと言う彼女に、わがままは通じない。
 「じゃあ水をくれ。口の中が甘くて気持ち悪い」
 簡単に折れてやると、杏樹はすっと、冷たい水を注いで渡してくれた。
 「なにか召し上がれますか?お口の中が荒れているからとおっしゃっても、お粥や汁物ばかりでは、飽きられましたでしょう?」
 だが、蟷器は首を振った。
 「食欲がない」
 「・・・鈴娃(レイア)殿が、おいしそうなお菓子を持ってらっしゃいましたのよ。それなら召し上がれますでしょう?」
 鈴娃とは、蟷器が通う妓楼の名妓、翠蘭(スイラン)の本名である。
 「来ているのか?」
 問うと、杏樹はにこりと笑って頷いた。
 「寛奈(カンナ)殿と流詩(ルシィ)も参っておりますわ」
 同じく、香蘭と白蘭だ。
 『蘭』の名は、前東蘭王・杲(コウ)が、現東蘭王・采の母に『翠蘭』の名を賜った事から始まり、東蘭の都でも格の高い、五つの妓楼で最高の遊女にだけ許された源氏名である。
 つまり、自他共に最高の妓女だと認める五人のうち、三人の女が蟷器の身を案じているのだ。
 彼女達に軽くあしらわれた男が見たら、切歯扼腕して悔しがることだろう。
 「元気そうだったか?」
 「ええ。元気そうでしたよ」
 特に流詩は、と、杏樹はまだ幼さの残る蘭花の姿を思い浮かべた。
 「どこで盛られたのかわからないと申しましたら、さすがに顔色を変えておりましたけど」
 厳重な緘口令を敷いた杏樹も、女たちにだけは蟷器が倒れた原因を伝えていた。
 『今後、このようなことのないように』という警告に、気づかない女たちではない。
 各々が徹底的に厨房を調べ上げ、既に犯人を吊るし上げていた。
 翠蘭に袖にされた、大司馬の家の者だったと言う。
 が、杏樹の配慮で、事は表沙汰にされることなく闇に葬られていた。
 「錦縷楼(きんるろう)の主人に罪はないと言うのに、必死に土下座しておりましたよ」
 錦縷楼は、翠蘭が『蘭花』を勤める妓楼である。
 毒を盛った妓楼の『花』が、見舞いに菓子を持って来たということに、蟷器は楽しそうに笑った。
 「なるほど、翠蘭らしい。ならば是非とも食わねばならんな。翠蘭に持ってくるように言ってくれ」
 彼女の目の前で、お前を信じているぞ、という態度を示そうと言うのだ。
 「呼んでまいりましょう」
 蟷器の意向に刃向かうことなく、杏樹はきびすを返した。
 蟷器のきらびやかな生活からは想像ができないほど落ち着いた、飾り気のない室内を出て階下へとおりる。
 と、階段脇にある広間の、開け放した扉の向こうから、女達がふっと杏嬬に視線を集めた。
 「鈴娃(レイア)殿、旦那様がお会いになるそうです」
 本名で呼ばれた翠蘭は、ひとつ吐息して、緊張にこわばっていた表情を緩めた。
 「本当に申し訳ないことを致しました、お姉様」
 深々とこうべを垂れる翠蘭に、杏樹は莞爾と微笑む。
 「貴女が悪いわけではありません。旦那様も、貴女を責めてはいらっしゃいませんよ」
 「杏嬬様、私は行っちゃだめなの?」
 お預けされたまま放り出された子犬のように寂しげな目で、白蘭の流詩(ルシィ)が見るので、杏嬬はそのきれいな金色の髪を撫でてやった。
 「せっかくいらっしゃったのですもの。一緒においでなさい。寛奈殿も、是非。旦那様もお喜びでしょう」
 実の姉よりも優しく、杏樹が微笑むと、流詩は歓声を上げ、寛奈はおっとりと頷いた。
 「参りましょうか」
 杏嬬の申し出に、女達は長い、優雅な裳裾をさばいて立ち上がる。と、部屋を出た所で、彼女達は王宮からやってきた医者と鉢合わせしてしまった。
 「ご機嫌うるわしゅう、奥方様」
 「いらっしゃいませ、蔚(ウツ)殿」
 医者の丁寧な挨拶に、優雅に応える女たちを見まわして、蔚は感嘆の息をもらした。
 「なるほど、閣下にふさわしい女性方でいらっしゃいますな。実に華やかで」
 「畏れ入ります」
 蔚の声に、やや皮肉な色が混じったのを鋭く感じ取った杏樹は、彼の言葉の矛先をさらりとかわし、女たちと一緒に医者も伴って、蟷器の元へ戻った。
 「皆様がみえましてよ」
 扉を開けるや、当初よりはいくらか顔色の良くなった蟷器に、まず流詩が駆け寄った。
 「お加減いかが、旦那様?」
 間もなく二十歳になる彼女だが、童顔なためか、幼い少女のような仕草がかわいらしい。
 さすがに『蘭花』の地位を何年も守ってきた名妓だけあって、流詩は甘えた仕草で男の保護欲を捕らえるのが非常に巧かった。
 「あぁ、俺のかわいい白蘭!もう心配はいらんぞ。とっくに治っているんだ」
 『食欲がない』と、杏嬬にもたれていたのはつい先程の事なのに、蟷器は弱っている素振りを全く見せない。
 どころか、
 「このたびは、本当に申し訳ないことを致しました、旦那様」
 と、うな垂れる翠蘭を手招き、
 「今度、お前が常用している毒を教えてくれ。どうやったら毒の効かない身体になるんだ?」
 と、冗談混じりに言う。
 「あまりご無理をなさいませんよう」
 囁くような静けさで寛奈が言うと、蟷器はゆったりと頷いた。
 「心配ない、香蘭。犯人は翠蘭が捕まえてくれたしな」
 それより、と、蟷器は並んだ花々を見まわした。
 「なにか面白い話題はないか?杏嬬は外の事に無関心でな。なにも教えてくれないんだ」
 退屈で死んでしまう、と、吐息した蟷器に女たちは、驚愕にこわばった顔を見合わせた。
 「どうした?」
 ただならぬ様子に、蟷器がやや語調を厳しくする。
 と、蔚が、穏やかな笑みを浮かべて進み出た。
 「閣下、まさかご存じないわけではございますまい」
 「何がだ?」
 わずかな苛立ちを含んだ声に、蔚は息を呑んだ。
 「失礼しました。まさかご存知ないとは思いませんでしたので・・・・・・」
 しかし、そこまで言っておきながら蔚は、口にするのをためらっているようだった。
 その視線が、やたらと杏嬬に注がれる。
 「蔚殿」
 蟷器の厳しい声に打たれて、蔚はびくりと身体を震わせた。
 「何があったか、教えてくれまいか」
 ごまかしを許さない、翠の瞳に見つめられ、蔚は渋々口を開いた。
 「奥方様のご配慮を無にしてしまい、申し訳ございません」
 「杏嬬が気を使って俺に報せなかったと思っているのだったら、それは貴殿の勘違いだぞ。
 こいつは外のことに全く関心がなくてな。隣家が火事になろうと、気づかない女だ」
 なぁ?と、同意を求めてくる夫に、杏嬬は微苦笑して頷いた。
 「で、何があったって?」
 傍らに侍る流詩の髪を撫でながら問うと、彼女は蟷器を上目遣いに見ながら不安げな声を出す。
 「東夷よ・・・東夷が渤州を占領して、淘州まで攻めているの。国王陛下は急いで兵を集められて、東へ行ってしまわれたわ」
 聞くや蟷器は、流詩の髪を撫でていた手を止め、その身体をやんわりと押しのけた。
 「王宮へ参る」
 寝台から出ようとした蟷器の前に、しかし、女たちを押しのけて杏嬬が立ちふさがる。
 「いけません」
 「どけ」
 「どきません」
 蟷器の烈しい視線を撥ね退けて、杏嬬は断言した。
 「今は、普通のお身体ではないでしょう?無理をなさらないで」
 「馬鹿を言うな。今行かなければ、俺は毒癘(どくれい)が癒えてもこの首を喪うことになる―――― どけ」
 再び放たれた言葉に、杏嬬はもう逆らわなかった。
 「では、私が付き添いましょう。王宮内でも、治療はできますよ」
 蔚の申し出に、蟷器は軽く頷いて立ち上がる。
 「杏嬬、仕度しろ」
 有無を言わせない語調に、杏嬬は無言で医者と女達に退出を促した。


 峻険な西の山際に、真っ赤に熟れた瑰瓊がかかり、天も地も血を流したように紅く染まっている。
 その中を一人、血で濡れそぼったように紅く染まった神官服を閃かせながら、カナタは山道を下って行った。
 水の神殿を出てより、それほど時間をおかずして、彼は山道の三分の一ほど踏破したが、近くに迫っているはずの女王の行列には未だ行き合わない。
 「何やってるんだ、まったく」
 苛立たしげに呟いて、カナタは憮然と山道をくだる。と、しばらくして、遮るもののない砂礫の山道を、息を切らして駆け上がってくる女に出会った。
 「栖(セイ)殿?」
 カナタの訝しげな声に、黒髪を振り乱した女は足を早める。
 「栖殿、走らない方がいい」
 慌てて駆け寄ったカナタに、詩羅はすがり付いて声を荒げた。
 「陛・・・下が・・・陛下・・・・・・」
 言う間に膝が崩れ、荒い息が喉を塞ぐ。
 「栖殿、ここは空気が薄い。慌てないで、ゆっくりと呼吸を整えてください」
 しかし、詩羅は激しく首を振った。
 「神・・・殿・・・早く・・・人を・・・呼ん・・・・・・」
 「栖!!」
 カナタの腕の中で意識を失った詩羅を抱きかかえ、彼は一瞬背後を振り返ったが、思い留まって山道を下に向かった。
 『カナタ?』
 「ここからなら、神殿に戻るより一行と合流した方が早い」
 カナタの中にいる麗華に向かって呟く。
 いくらカナタの足が速くとも、栖を抱えて戻り、人を呼んで女王の一行の元へ戻るには時間がかかり過ぎる。
 女王の身に何事か起こり、一刻も早く神殿、もしくは麓へと言うことなら、彼だけで十分役に立つはずだ。
 山道を駆け下りていくと、間もなく、薄暗い山道の向こうから、女達の甲高い声があふれ出た。
 「どうした?!」
 黄昏時の薄い闇を払って現われたカナタに、女達は一瞬息を呑んだが、すぐにそれが女王の『知己』である男だと気づいて取りすがった。
 「陛下が!!陛下がお倒れあそばしました!!」
 女たちに示された方向をはっと見やると、正装に身を固めた女王が地に横たわり、荒く胸を上下させている。
 その傍らで、次第に濃くなる闇の中にもぼんやりと浮き上がる白髪を振り乱して、沙羅が母に取り縋っていた。
 「一体どうしたんだ?」
 努めて冷静を装いながらカナタが問うと、いつになく落ち着きのない英華が、そっとカナタの袖を引く。
 「・・・ここ数日、ご体調が思わしくなかったのですが、今日になって落ち着いたとおっしゃるので、出立したのです」
 言いながら英華は、カナタの腕から意識のない詩羅を引き取り、その胸に抱いた。
 「麓からしばらくは、礼法に則り、輿を使っておられたのですが、日が傾く頃、このままでは間に合わぬと仰せになって、輿を置かれたのです」
 カナタはふと周りを見回したが、英華の言葉通り、目に付くところに女王の輿はない。
 「まさか、足を早めたんじゃないだろうね?」
 思わず語調をきつくしたカナタに、英華はわずかに首を竦めてうなずいた。
 「馬鹿な・・・!ここは地上と同じじゃないと言っただろう!」
 飄山は、少しの油断が命取りになる場所なのだ。
 「いったん麓に降りよう。このままだと、最悪の場合、命を落とすぞ」
 しかし、カナタの提案に、白髪の王女は真っ向から刃向かった。
 「冗談じゃないわ!!ここまで来たのよ!?」
 「このまま登るというのか?!それこそ冗談じゃないぞ!!」
 唯一、南薔国の王世子に真っ向から意見できる男の怒声に、女たちは一斉に身を竦める。
 「女王にはこれ以上、上に行くことは無理だ」
 改めて宣言したカナタは、闇を透かして女王の周りにうずくまる女達の様子を伺った。
 ほとんどが呆然と地に座り込んでいたが、中には女王と同じように、身をおこすこともできない者もいる。
 「立てる者は、動けない者を支えてやってくれ。自分にも負担がかからないように、何人かで交代するんだ」
 「・・・降りないと言っているでしょう?」
 自分の意見を無視して、女達を動かそうとするカナタを、沙羅は憎悪とも言うべき恐ろしい目でにらむ。
 が、既に沙羅の憎悪を受け止めることには慣れているカナタだ。今更そんな目で睨まれたところで、痛くもかゆくもない。
 「じゃあ、君一人で登るんだね。誰が削ったのかは知らないが、男手がない上に巫女の人数もぎりぎりだ。患者を無事に降ろすに必要な人間達を、君の侍女に回す余裕はないぜ」
 もちろん彼は、男手と人数を削ったのが、沙羅の南州候に対する嫌がらせであったことを知っている。
 知っていて、それを逆手に取っているのだ。
 そして、そんなカナタの悪意に気づかない沙羅でもない。
 「では、母上の代行として、私が神殿に登りましょう。そして当然、共に祭事を行うべき南州候も。よろしいでしょう?」
 ここまで付いて来た巫女達のうち、南州の者達は一斉に色めきたったが、英華の視線に抑えられ、唇を噛んで王世子とカナタ、そして、彼女たちの主を見比べていた。
 やがて、
 「・・・仰せの通りに」
 英華が低くつぶやき、手を左胸に当てて首を垂れると、南州の女達から言葉にならないどよめきが沸き上がる。
 「栞(カン)殿」
 すかさず英華の側近の名を呼んだカナタが、女王の身体を抱き上げながら彼女を手招いた。
 「殿下と南州候に従ってください」
 こくりと、表情を引き締めて佳蘭(カラン)が頷くと、沙羅が、殊更に勝ち誇った笑みを浮かべる。
 「あら、私なんかのために人間を割けないっておっしゃらなかったかしら?」
 「言ったよ。だけど、南州候の心労を軽くするためにも、君から彼女を守る者は必要だろう?」
 途端、むっと眉根を寄せた沙羅に、カナタは意地の悪い笑みを送って背を向けた。
 「精纜殿、不本意だろうが、ここは降りるよ」
 熱を帯びた耳元に囁きかけると、カナタは巫女達を先導し、病人達に気を払いながらゆっくりと山を下った。


 枢蟷器は、毒癘(どくれい)に侵された身に鞭打って、王と軍隊の去った王宮に駆け込むや、混乱していた王宮内をまとめにかかった。
 東夷の乱と、王の出陣だけでなく、彼と王妃が揃って倒れたという報が予想以上に皆に不安を与えていたらしく、夕刻近くなってようやく自分の執務室に帰って来た蟷器は、菎が気を利かせて設えていた長椅子に身を預けて、憮然と言い放った。
 「俺は風邪もひいてはいかんのかっ!!」
 「はぁ・・・皆さん、相当驚いてらっしゃいましたからねぇ」
 苦笑を浮かべながら、ぬるくした茶を差し出す菎を、蟷器は忌々しげに睨む。
 「奴等にとって俺はなんだ?!妖魔か?!化け物か?!緻胤王妃か?!」
 王妃は妖魔で化け物だ、と言ってるも同じである。
 「かかかかかっ閣下!!!」
 あまりの暴言に、青ざめて口を塞ぎに来る菎を、蟷器はとても病人とは思えない膂力で押しやり、絶叫した。
 「殺したら死ぬんだ!!嬢ちゃんと一緒にするな!!」
 彼がもっとも気に入らなかったこと。
 それは他ならぬ、『殺しても死なないだろう』と思っていた王妃から、『殺しても死なないと思っていたのに』と、目を丸くされたことだった。
 「なぁにが『貧血なの』だぁぁぁぁぁ――――――!!!!あんっな丈夫な身体を持っておきながら、貧血ごときで倒れるかぁっ!!」
 寝不足だ、絶対寝不足!!と、怒り狂う若き門下侍中に、菎はもう、触ることすらできない。
 「だっ誰かにっききっ聞かれたらったたた大変ですよっ」
 離れたところで、びくびくと袖で頭を覆いながら菎が懸命に窘めるが、聞く蟷器ではない。
 「もう、本人にも言った」
 けろりとして、そんな恐ろしいことを言い放つ。
 「そんなっ!!お怒りになられたでしょう?!」
 「今さらだろ。嬢ちゃんと俺は、毒舌の応酬で親睦を深めているんだ」
 菎は、唖然と口をあけた。
 貧相な顔は耳まで真っ赤になり、汗が幾筋もの線を描いて落ちていく。
 「妃っ・・・妃殿下はっ・・・・・・」
 滴る汗を袖で拭いながら、菎は大きく息をついた。
 「妃殿下は・・・懐の深いお方ですなぁ。
 国王陛下も、とても仁徳に優れた方でいらっしゃるし・・・東蘭国は、今後いよいよ栄えることでありましょう」
 柄にもないことを言ってしまったと、照れ笑いする菎に、蟷器はにやりと笑みを向けた。
 「お世辞は本人の前で言うもんだぞ」
 「おっお世辞などではっ・・・!!」
 「だったらなおさら本人達の前で言え。早く出世したければな」
 と、蟷器は楽しげに声をあげて笑う。
 しかし、
 「出世・・・ですかぁ・・・・・・」
 菎はいまいち気乗りしない口調で、困惑気味に呟いた。
 「なんだ?出世したくないのか?」
 珍しいものを見るような眼差しを向けて、蟷器は笑声を収める。
 「金と地位はあって困るもんじゃないぞ。責任は重いが、遣り甲斐は断然増すじゃないか」
 若くして手に入れた門下侍中の地位を、難なくこなすことができる優秀な青年を、菎は眩しげに見つめた。
 その口元には相変わらず、自信なげな・・・一歩違えば卑屈とも言える笑みが浮かんでいる。
 「閣下、私はもう、四十も半ばを過ぎております」
 「それがどうした?」
 澄んだ翠の瞳に訝しげな光を浮かべて、蟷器が首を傾げた。
 「閣下のご温情により、こうしてお側に仕えておりますが、それまで三十年近く、私は下級官吏でした。
 同僚たちは・・・いえ、後輩たちでさえも、嘲いながら私を追い越していったものです」
 長椅子に座り直し、長い足を組んで聞く体勢を整えた蟷器に、菎は礼を言って続ける。
 「はじめのうちは、そりゃあ悔しかったものです。
 けど、そんなことが続くうちに、まぁこんなものか、って、自分に納得させちゃいましてね・・・。今更って気になってしまったのですよ」
 微苦笑を浮かべる菎に、真摯な眼差しを注ぎながら、しかし、蟷器は菎に同意はしなかった。
 「俺がお前を次官にした理由を教えてやろうか?」
 息子のような年の上司を、菎は苦笑を収めて見返す。怯えを含みながらも、わずかに期待をにじませている目に、蟷器は笑みも浮かべず続けた。
 「まず、仕事が丁寧だ。早くはないが、その分間違いがない。
 まぁ、俺としては絶対にやりたくはないが、もしめくら判を押せといわれたら、俺はお前が揃えた書類に限り、判を押してもいい」
 『めくら判』とは、出された書類を確認せずに決済印を押すことである。
 もし間違いがあれば、決済印を押したものが責任を問われるのだから、よほどいいかげんな官吏でもない限り、絶対にやらないことだ。
 それができると断言する蟷器は、菎が揃えた書類を、『間違いのない正確なものである』と評価しているという事だ。
 「それに、お前は裏表がない。隠し事のできないところが、信頼できる」
 その言葉に、菎は、はっと息を呑んだ。
 お世辞を言うのが苦手な上、誰であろうとつい思ったことを口にしてしまう。それは、彼が自身の『欠点』だと思っていたことだった。
 彼が『万年下級官吏』などとあざけられていたのも、この口がもたらした災いだと思っていたのに、この若き門下侍中は、それを彼の美点だと言うのである。
 「意外だと思うか?」
 唖然と口を開ける菎に蟷器は鮮やかな笑みを浮かべた。
 「だが、お前ももうすぐわかるだろう。男の嫉妬は、女のそれに比べてより烈しく、執拗だ。俺や後のお前のように、鮮やかに出世しようものなら、あちこちから邪魔が入る」
 「後のって・・・私がですか?!」
 死ぬ前には中級官吏くらいにはなりたいな、程度の野心しかなかった菎は、門下侍中の次官、門下侍郎の地位に就いた時点で、それが決着だと確信していた。蟷器が実践して見せた『鮮やかな出世』などというものは、夢のまた夢でしかない。
 しかし蟷器は、それを既定の話であるかのように軽く頷いた。
 「俺だって元は、成り上がり商人の息子だぞ。
 親父は南蛮との貿易で儲けたクチだからな。州侯や州の官吏と癒着して、たいそうな身代を持ったが、、評判はすこぶる悪い」
 それは菎も知っている。
 蟷器が貴族の出身ではないために、陰では彼を『南蛮の犬』だの『悪徳商人の息子』などと言って、蔑む者も多いのだ。
 「首都州の大学院に入った時も、『成り上がり者』と、名家の奴らは馬鹿にしていたが、今では俺のはるか下で使われている。
 以前は俺の上でふんぞり返っていた奴らでさえも、今では俺の決済を待っている状況だ」
 喉の奥に人の悪い笑声をこめて、蟷器は目を笑みの容に曲げた。
 「はじめのうちは楽しかった。
 俺をさげすんでいた奴らが、顔を歪めながらも俺の前に跪く。
 それまで俺に見向きもしなかった奴らが、懸命に媚びてくる。
 高位を得た後に会った奴らは、もう俺の出自などを知ろうとしなくなる」
 ―――― 若く、美しく、才長けた芳泓河(ホウ・コウガ)。
 王の信頼厚く、あらゆる戦いにおいて必ず勝利を得る。
 既に多くを諦めていた菎には、遠く眩しい存在だった。
 「だが、それは本当に最初のうちだけだった。
 尊崇の光に満ちた目の奥や、楽しげに笑う腹の中では、奴らは未だに俺をさげすんでいる。
 それに気づいたら、もう楽しくなんかない。
 歯の浮くような世辞も、鬱陶しいだけだ」
 菎はその時、どんな状況におかれても常に磊落に笑っている蟷器の年齢を思い出さずにはいられなかった。
 そして、若くしてこの波瀾に満ちた国を治める国主のことも。
 彼らは、菎がぼんやりと過ごしていた青年時代を、戦いを重ね、勝利を掴み取ってここにいるのだ。
 戦いの間は、何度も裏切られ、侮辱されただろうに、それでも互いだけを信じて共に玉座を手に入れた。
 そしてその後、何人の高位高官が手のひらを返したように尾を振って来たことだろう。
 人を、その人となりを、信じられなくなったに違いない。
 なのに彼らは、その重責を投げることなく、笑って背負っている。
 菎などには計り知れない、暗い体験を経てここにいる門下侍中と対面したまま、菎は身動きすることもできなかった。
 「俺はお前がいい。
 今の、お前がいい。
 これからも色々、助けてほしい」
 傲岸不遜、不跪不恭、唯我独尊の誉れ高い蟷器の口から出たとは思えない殊勝な言葉に、菎は全身が粟立つほど感動した。
 「閣下・・・・・・」
 声は情けないほど震え、じわりと涙が浮かぶ。
 「身命を賭して、お仕えいたします・・・・・・!!」
 菎の膝が崩れ落ち、そのまま床に平伏する。
 「せいぜい長生きしてくれよ。お前の代わりを探すのは面倒だ」
 蟷器らしい、偽悪的な物言いに、菎は伏せた面をさらに深く下げた。
 ちょうどその時である。
 彼らがいる部屋の、大きな扉の内側にある華麗な衝立の陰から、蔚が現れた。
 「・・・どうかなさいましたか?」
 長椅子の上にふんぞり返る門下侍中と、その足元に平伏する菎の姿を、蔚は目を丸くして見比べる。
 「あぁっ・・・ご典医殿!」
 蔚の姿を見つけるや、慌てふためいて立ち上がった菎に、蔚は気遣うような視線を注いだ。
 「なにかございましたか?」
 やや非難めいた視線を受けて、蟷器は鼻を鳴らす。
 「麗しい主従愛だ」
 「はぁ・・・」
 訝しげに眉をひそめる蔚に、菎が慌てて言い添えた。
 「ご・・・ご典医殿、決して私は、お咎めによって平伏していたのではありません」
 蔚は、菎の言葉にふと眉間を緩めた。
 「門下侍中閣下・・・?」
 確かかと、問う瞳に蟷器は微かに頷いた。
 「俺は、失敗した奴が土下座したところで許す男じゃない」
 そう言われてみれば、と、蔚は苦笑して頷いた。
 蟷器は礼部尚書時代、前礼部尚書が正道を経ずして任官した者をことごとく更迭、罷免している。
 その繊細な容貌や、華やかな私生活に目を眩まされ、以前はつい軽んじてしまう者もいたが、その行動によって今では皆が、蟷器が苛烈な能吏であることを知っている。
 ゆえに彼が門下侍中に任じられた今、門下省のみならず、すねに傷持つ者達は戦々恐々としているのだ。
 「まぁ、今はお身体のためにも、お心やすくいらっしゃいませ。
 ―――― まだ、お顔の色が優れませんね。ご無理をなさってはいらっしゃいませんか?」
 蔚が失礼、と脈を取ると、蟷器は憮然と眉をひそめる。
 「いつになったら毒が抜けるんだ?お前はいつまで俺を休養させる気なんだ」
 「そうですね。病状が病状だけに、本当は一月はお休みいただきたいのですが」
 「無理だ」
 「そうおっしゃると思っておりました」
 苦笑含みに言って、蔚は蟷器の手を離した。
 「お渡しした薬は、ちゃんと飲んでいらっしゃいますか?」
 「ああ、飲んでいるとも。飲まないと、杏嬬がうるさいからな」
 照れ隠しなのか、ことさら憮然と言う蟷器に、蔚はちらりと笑みを閃かせる。
 「良い奥方様でいらっしゃる。本日また、お宅に薬を届けさせますので、ご自宅ではご養生ください。それに――――」
 菎の姿をも視界に含んで、蔚は笑みを収めた。
 「こちらでも。ご気分が優れないようでしたら、できるかぎりご休息を。そしてすぐに私をお呼びください。よろしいですね?」
 視界の隅で、菎が勢い良く頷くのを確認した蔚は、蟷器にも同意を促す。
 「善処しよう」
 と、蟷器は苦笑を浮かべて医師の命に同意した。
 「そしてもうひとつ、お食事にはご留意を」
 「え?」
 「なに?」
 二人から怪訝な顔で見返されて、蔚は穏やかな顔に戸惑いを浮かべた。
 「お食事です・・・・・・どちらで混入されたのか、もうおわかりになったのですか?」
 「聞いてなかったのか?犯人は翠蘭が見つけて、既に捕らえてある」
 蟷器の言葉に、蔚は一瞬声を失った。しかしすぐに気を取り直し、
 「それはよろしゅうございました。ではあの時・・・妓楼の蘭花方が三人も見えていたのは、報告も兼ねてのことでございましたか?」
 ことさらゆったりと頷いて見せた。
 「そう、さすがに鋭いな。あの時翠蘭は、自分の店から毒を出してしまったことに、ひどく恐縮していた」
 「犯人とは、どう言う者だったのです?」
 「大司馬の家の者だ」
 さらりとした声が紡いだ、意外な名に、今度こそ蔚は声を失った。
 「大司馬・・・筐(キョウ)閣下が・・・?」
 「どうされた、蔚殿?」
 口の端に薄く笑みを刷いた蟷器に、蔚は憂わしげに眉をひそめる。
 「愚かなことをなさったものです。貴方も、大司馬閣下も」
 重く吐息して、蔚は蟷器に深々とこうべを垂れた。
 「わたくしのような侍従が、くちはばったいことを申しました」
 しかし、蟷器は気分を害するどころか、目に好奇の色をたたえて蔚を見つめる。
 「いい。お前の思うところを言ってくれ」
 諫言に対して、人は程度の差こそあれ、狭量か寛大かの二通りに分かれるものだが、蟷器は采の軍門に下ってより、常に寛大であるよう自身に課していた。
 「教えてくれ。俺は愚かだったか?」
 蟷器の、努めて穏やかな声に、菎ははらはらと視線をさまよわせ、対峙する二人を見比べる。
 だが、蔚は典医にしては度胸のある男だったようだ。
 蟷器の前で怯むことなく顔を上げた。
 「では、お言葉に甘えて」
 蔚はそう言うと、真っ向から蟷器を見据えた。
 「閣下は現在、どう言うご身分であらせられるのか?」
 「東蘭国王陛下より、門下侍中の位を賜っている」
 真摯な面持ちで答えると、蔚は黙って頷いた。
 「では、大司馬閣下ともども、市井の一小人ではないことを、ご自覚か?」
 「もちろん」
 「ではたかが―――― そう、この場ではたかがと呼ばせていただく。
 たかが女人に好かれたの好かれなかったのということで諍いを起こすなど、国の大役をなんとお思いか?」
 蔚の口調は、けして激することはなかったが、その奥底に熱がわだかまっていることが感じ取れる。
 「門下侍中は政を動かし、大司馬は軍を動かす。この二人が、女を挟んで不仲であるばかりか、一方が一方に毒を盛ったなどということが世間に知れたなら、東蘭は他国に嘲笑されましょう」
 「なるほど、そういうものか」
 蔚の言葉に蟷器は呟き、しばらく自身の考えに耽った。
 やがて、
 「貴殿の言う通りだな」
 ふっと目元を和らげ、艶やかな笑みを浮かべる。
 このような時、蟷器は男でさえもはっとするような美しさを放った。
 「俺自身は女で身を滅ぼす愚を犯すつもりはないが、相手が愚かであることを忘れていた」
 自身が吐いた辛らつな言葉に、ひとしきり笑うと、蟷器は笑声を収めて蔚をひたと見つめる。
 「諫言、ありがたく思う。以後気をつけよう」
 蟷器の言葉に、蔚は再びこうべを垂れた。
 「閣下の寛大さには感服いたしました・・・・・・時に、閣下。大司馬閣下をいかがなさるおつもりで?」
 不安げに問う蔚に、蟷器は薄く笑みを浮かべる。
 「特に、何もするつもりはない」
 「しかし・・・・・・」
 横から口を挟んできた菎をちらりと見やり、蟷器は長椅子の背もたれに体を預けた。
 「あのな、お前達。妓楼というのは隔世だ。
 廓の中では外の身分を忘れ、ただの男になるのが暗黙の了解であり、廓の中でのことを外に出さないのが遊びの礼儀というものだろう?
 奴は、女が群がる俺をやっかんで、ちょっといたずらしただけだ。
 気の毒に、と嘲うことはあっても、わざわざその所業を表にさらそうとは思わんよ」
 蟷器はたとえ、妓楼の中で女をめぐり、烈しく争うことがあっても、外では恋情などおくびにも出さず、平静であるのが『伊達男』というものだと思っている。
 ゆえに、廓の中のことを根に持つような嫌味な者を好まず、自身がそのような行為をすることをも烈しく嫌う。
 「いたずらでございますか・・・」
 苦笑しながら蔚は突然、自身の来室の目的を思い出したかのように薬箱に手をかけた。
 「しかし、いたずらで命を落とされれば悔しいでしょう。閣下はしばらくご自宅にはお帰りにならないようですし、こちらで服用される分は作っておきましょう」
 大きな木箱から、丁寧に紙に包んだ生薬を出し、簡易の秤や乳鉢をも机の上に広げた。
 途端、墨と朱肉の匂いが壁の奥まで染み付いた部屋に、腹の奥が軽くなるような、清しい匂いがあふれる。
 「典医が自ら作るのか。こういうものは普通、弟子が作るものだと思っていたが」
 驚く蟷器に、
 「調合の難しいものは、下の者にやらせません。特に私の弟子は、弟子入りしたばかりでしてね。もうしばらくは荷物持ちです」
 言いながら、蔚が慣れた手つきで生薬を合わせていた時だった。
 「門下侍中閣下!!」
 下官が血相を変え、衝立を蹴破らんばかりにして飛び込んできた。
 「何事ですか?!」
 気の小さい菎が、飛び上がるほどに驚いて問い返すと、
 「へへへへへへへ!!!!!」
 「笑っているのか、お前は?」
 蟷器が鋭く突っ込みをいれると、下官は突然怒り出した。
 「おふざけになっている場合ではない!!陛下が大変なのです!!」
 「采が?!」
 途端、蟷器は弾かれた様に立ち上がり、菎と蔚も表情を厳しくする。
 「采がどうした?!何かあったのか?!」
 蟷器は彼らしくもなく、取り乱した様子で下官に詰め寄った。
 秀麗な顔が蒼ざめ、声がわずかに震えている。
 「・・・です」
 急に声をか細くした下官の両肩を乱暴に掴み、蟷器は再度問うた。
 「大司馬、謀反!陛下は進軍中に後背を突かれ、討たれましてございます!!」
 瞬間、蟷器の目が眩んだ。
 それが、采を喪った悲しみによるものか、采を裏切った大司馬に対する怒りによるものか、自身ですら判別はつかないまま、その衝撃に打たれ、蟷器は床に膝をついた。
 「かっ・・・閣下!!」
 慌てて駆け寄った菎が、蟷器を抱きかかえたが、その膝もがたがたと震え、とても蟷器を支えていられない。
 結局、二人して床に座り込み、頭を抱えるしかなかった。
 ―――― 采が、弑(しい)された・・・。
 その言葉だけが、蟷器の頭の中で何度もこだまする。
 ―――― 大司馬に・・・あの愚か者に・・・・・・。
 大司馬・筐(キョウ)は、その能力ではなく、家柄で位を得た男だった。
 前王妃の謀反でも、大司馬という、軍事を預かる位にいながら、その無能のあまり完全に無視されたと言う逸話の持ち主で、とても采を弑する度胸のある男ではない。
 できるとすれば、そう、女を取られた事を根に持って、相手に毒を盛るくらいが関の山だろう。
 ―――― それが、謀反だと・・・?
 戦において惰弱な筐が、そんな大それた事をしでかしたと言う事に、蟷器は違和感を感じずにはいられなかった。
 どうしても、あの姑息な男の所業とは思えなかったのだ。
 しかし、蟷器はある構図を思いついて、ぞっとした。
 ―――― もし、大司馬が駒の一つでしかないのだとしたら?
 その考えは、正鵠を射ている気がする。
 大司馬を駒に仕立て、操る手はかつて・・・いや、もしかしたら現在も、王宮内にいる人物ではないだろうか?
 その人物は、筐が蟷器に恨みを持っている事を利用して、彼に毒を渡した・・・いや、おそらく、盗ませた。
 彼は、筐の前にさりげなく毒をちらつかせ、こう言うのだ。
 『毒に様々な種類がありますが、これは中でも最も効果の弱いものの一つです。単に、風邪に似た症状を引き起こすだけなんですからねぇ』
 蟷器に恨みを持ちながらも、殺すほど勇気のない筐は、この言葉で簡単に操られ、その毒を奪った・・・。
 家の者を妓楼に潜り込ませ、死に至る毒を少しずつ、蟷器に盛ったのだ・・・!
 そして彼を操った人物は、その魔手を采にまで伸ばした。
 いかなる手段を持ってか、筐の剣を采の背に刺したのだ!
 顔を覆い、悲嘆の声を上げた蟷器は、しかしすぐに思索の迷路から脱し、袖で顔を覆って泣き叫ぶ下官を見上げた。
 「王妃には?緻胤王妃にはもう、報せたのか?」
 「はい・・・女官が、お報せに上がったはずです」
 その答えを得るや蟷器は立ち上がり、菎を見下ろした。
 「妃殿下の元へ参る。お前は門下省の連中をなだめに行け」
 「わっ・・・わたくしがですか?!」
 突然の命令に、菎は慌てふためき、できるわけがないと泣きついたが、蟷器はすがりつく彼の手を冷たく払った。
 「お前がやれ。お前は俺の次官だろうが。期待を裏切るなよ」
 『期待』と、初めてかけられた言葉に、一瞬、菎は呆けた。
 誰からも期待されず、嘲われ続けた生涯に於いて、菎は初めて・・・生まれて初めて、奮起した。
 ―――― ここで逃げたら男じゃない。
 自身が男であったことを思い出した彼は唐突に、落ち着きを取り戻した。
 「お任せください・・・!!」
 生まれて初めて口にした言葉は、存外心地よく、菎は感動と興奮に顔を赤らめながら深々とこうべを垂れた。
 「蔚殿も、典薬寮へ戻られたなら、伝えていただきたい。今は浮き足だっているときではないと」
 呆然としていた蔚は、蟷器の力強い言葉に我に返り、ゆっくりと頷いた。
 「では、任せたぞ」
 もう一度菎に命じ、蟷器はざわついた王宮内を奥宮へ向かった。なるだけゆったりと見えるよう、優雅な足取りで。


 奥宮で、第二子の出産に備えていた緻胤は、夫の訃報を聞いた途端、息子を抱く腕に力を込めた。
 「母上、痛い」
 傑が、わずかに悲鳴をあげたが、緻胤は聞こえていないのか、いっかな力を緩めようとしない。
 「母上〜」
 見上げた母の顔は、病人のように蒼ざめていて、傑は目を丸くした。
 「ははうえ?まだおかげんが悪いの?」
 「采・・・が・・・・・・」
 呟いた途端、とめどなく涙があふれ、すがるように傑を抱きしめる。
 「ちちうえ?」
 その言葉に、やっと傑の存在を思い出した緻胤は、ようやく腕を緩めてやった。
 「傑・・・・・・父上が・・・・・・」
 言う間に目が眩み、地が崩れていくような錯覚に襲われる。
 「妃殿下・・・・・・!」
 声まで蒼ざめた婀摩(アーマ)が、震える手を差し伸べると、緻胤はその手に縋り、声をあげて泣き出した。
 王妃に引きずられたように、侍女達も声をあげて泣き叫び、傑までも、周りのただならぬ様子に泣き出してしまう。
 そんな時、
 「泣くな!!」
 突如放たれた鋭い一喝に、女達は一斉に息を詰めて声の主を顧みた。
 「枢(スウ)門下侍中閣下・・・・・・」
 「蟷器・・・」
 懸命に涙を拭いながら緻胤が呟くと、蟷器は無言のままつかつかと彼女に歩み寄り、その腕を乱暴に取る。
 「なに・・・・・・?」
 戸惑う緻胤を無理矢理立たせ、手を取ったまま早足で歩き始めた。
 「妃殿下!!」
 「枢閣下、一体・・・?!」
 「泣いている場合か?!」
 色めき立つ侍女達の声を無視して、蟷器は一喝する。
 「王妃!采が死んだ今、東蘭をまとめるのは貴女だ!」
 「そんな・・・無理よ、私には!!」
 蟷器の腕から逃げ、絶叫すると、彼は一言、『そうか』と呟いて、彼女の傍らにいた傑を抱き上げた。
 「何をするの!!」
 悲鳴をあげる緻胤を、蟷器は冷厳な目でにらみつけた。
 「貴女ができないというなら、傑陛下に立ってもらわねばならん」
 「陛・・・下・・・?」
 呆然と呟く緻胤に、蟷器は苛立たしげに頷く。
 「采亡き今、彼が東蘭王だ!」
 その言葉に、緻胤は弾かれた様に傑に伸ばした手を引き寄せた。
 「ご理解いただけたなら、妃殿下におかれましては後の報告をおまちあれ」
 慇懃な言葉の裏に、あからさまな軽蔑を含んで背を向けた蟷器を、緻胤は追いかけ、その腕を掴んで振り向かせた。
 「幼いこの子には、摂政が必要なはずよ」
 「その通りだが、別に摂政が王妃でなければならないという法はない。国政に暗い貴女より、私の方がふさわしい」
 あくまで丁寧な口調ながら、言っていることは無礼極まりない。
 常に不跪不恭の男ではあったが、ここまで悪意を顕わにすることはなかった。それほどに、采の死が彼を傷つけたのだ。
 そう理解した緻胤は、意を決した。
 「私が行きます」
 静かな、しかし決然とした声に、蟷器の気配がわずかに緩む。
 その隙に、緻胤は彼に抱かれた息子を取り返した。
 「ただ、私は国政に関しては無知です。今何をすべきか、教えてくれますね、門下侍中」
 その真摯な瞳に、蟷器は姿勢を正し、深く一礼する。
 「ならばこの枢蟷器、身命に代えて陛下と王太后陛下をお守りいたす」
 上げた顔には、やはり笑みはなく、緻胤は強張った顔をさらに引き締めて頷いた。
 「それでは早速、王宮に残った臣下を集めてください。後はすべて、私にお任せを」
 緻胤は再び頷き、婀摩を顧みた。
 「身なりを整えている間がないわ。謁見の間に歩いていく間に、支度できる?」
 婀摩は頭の中ですばやく時間と手間の計算をし、緻胤に深く一礼した。
 「お任せくださいませ」
 頭を上げるや周りの侍女達を指揮し、緻胤が部屋を出る頃には衣装や装飾品をすべて揃えて王妃の周りを囲んでいた。
 「大丈夫だ。落ち着いて」
 蟷器の声に、深く息をつき、緻胤は今日まで夫が支配していた王宮の主になるべく、正殿に向かった。


 南薔国最北の州、峭州(しょうしゅう)は、飄山の南岳の麓に広がる。
 その州都は現在、南薔王とその側近の拠る王都をも兼ね、北州候が放逐された後の州城は、王宮として使用されていた。
 この日の朝、祭祀に向かう王たちの準備に追われ、浮き足立った騒がしさに満ちていたそこは、夜、針のように細い月が中天に昇る頃、涙と悲嘆に満たされていた。
 祭祀のため、飄山に登ったはずの王が、その日の内に無言の帰還をしたからだ。
 冷たくなった王の亡骸に、彼女を慕う者たちは顔を覆って泣き叫び、その嘆声に天も涙したか、突如湧き上がった雲から細い絹糸のような雨が落ちて、粛々と王宮を覆った。
 「精纜殿・・・・・・」
 既に冬の気配が近い庭に出て天を仰ぎ、そっと呟いたカナタを、幔幕のように翻る雨がそっと包み込む。
 「心残りですか?」
 その問いに、彼女は答えない。
 生前と同じく、頼りなげな風情で秋の庭に佇み、不安げな瞳で北の空を見上げていた。
 「大丈夫。ちゃんと迎えは来ますよ」
 カナタは力付ける様に笑ったが、精纜は彼をちらりと見ただけで、すぐにまた雲で覆われた空へ目を向ける。
 カナタも、彼女の視線を追うように空へ目を向け、さらさらと落ちてくる雨を心地よげに受けた。
 「・・・私の生まれた国では、こういうのを『涙雨』と言うんですよ」
 聞いていないのか、微動だにしない晴嵐の細い背中を見つめて、カナタは笑みを和らげる。
 「亡くなった人を偲ぶ涙が天に通じて、天が雨を降らせるといいます。雨がないのは、その人を慕う人がいなかったからだとも、その人が成仏してないからだとも言いますね」
 精纜は、カナタの話に興味を引かれたのか、ふと王宮の中から沸き起こる悲嘆の声に耳をすませた。
 「何か、言い遺したい事は?」
 問うと、精纜は向こう側が透けて見える髪を幽かに横に揺らす。
 「では、私のお願いを遺言にしてくれませんか?」
 カナタの言葉の意味を捕らえ損ねたのか、精纜が首を傾げると、彼はくすりと笑みをもらした。
 「沙羅に、王位を守るためにも、臣下を大切にするように、と」
 冗談めかした口調にも関わらず、その言葉は精纜の心を打ったようだ。
 彼女は深く頷き、やっと口を開いた。
 『東州候、南州候をはじめとする諸侯方は、どうぞ、娘を守り、お導きいただきますように。
 娘には――――― 』
 言って、精纜は口をつぐむ。
 自身の思いを、言葉にしかねているようにその沈黙は長く、彼女が再び口を開いた時には既に、王宮は落ち着きを取り戻しつつあった。
 『誇りを持って、常に莞爾としているように・・・・・・』
 紡がれた言葉は短く、独創性があるとは言えなかったが、その言葉には、南薔に生きる全ての民の命を託すとの、重い意味が込められている。
 『そしてもう一人、東蘭王妃・緻胤―――― 』
 すぅっと、精纜は視線を東へと滑らせた。
 『もし会う事がありましたら、幸せに、と・・・』
 カナタに視線を戻した精纜は、ふっと表情を和らげる。
 『あなたの幸せを、心から祈っていますと、お伝えください』
 「かならず」
 微笑むと、精纜はほっと吐息した。
 『よろしく・・・お願いいたします・・・・・・』
 と、深くこうべを垂れた精纜のすぐ後ろに、不意に人影が浮かぶ。
 いや、影、というには語弊があるか。
 その男は、その全身を包む衣服を除いては、肌も髪も淡雪のように白く、闇の中にいてさえぼんやりと青白く浮かび上がっていた。まるで、身の内に青白い炎が灯っているように。
 『薔精纜(ショウ・セイラン)・・・・・・・・・』
 肉体を持つものならばぞっとせずにはいられない、冷たい声に、精纜はただ振り向いた。
 『南薔暦、縲杜(ルイーズ)王・二十三年生まれ。薔経(ショウ・ケイ)と薔雅紆(ショウ・エマ)の娘。
 南薔王世子、南蛮王世子妃、南蛮王妃、第三十代南薔王。
 長男を死産、長女は南薔国王世子・薔沙羅、東蘭王妃・薔氏緻胤。次男は名もつけずに隣国の者に渡した。
 ―――― 以上、間違いないか』
 『・・・・・・はい』
 気を呑まれたように、ただ男の言うことに耳を傾けていた精纜は、血のような紅い瞳に見つめられ、操り人形のようにただ頷く。
 と、男はふっと微笑んだ。
 途端、氷のような冷たさは振り払われ、彼の雰囲気は夏の夜に浮かぶ月のようにとろりとした柔らかさに変わった。
 『次の生を受けるまで、惶帝陛下の御許にて安まれよ。われらは貴殿を、歓んで珂瑛の都に迎える』
 言って、彼が繊細な美しさを持つ白い手を差し伸べると、精纜は素直にその手を取った。
 ―――― 相変わらず、見事な飴と鞭だね。
 内心、失笑しそうになるのをこらえながら、カナタは精纜に微笑んで見せた。
 「お元気で」
 死者に向かって言う言葉ではないだろうとは思うが、カナタはそれがふさわしいと思っている。
 と、そんな別れの挨拶を受けた精纜は、唇をわずかに歪めた。
 笑うことができない彼女の、精一杯の微笑がそれであることを、既にカナタは知っている。
 『皆を、よろしくお願いいたします』
 そう言い遺して、笑わない女王は最期まで笑うことなくその波瀾の生を終えた。




〜 to be continued 〜


 










心を鬼にして殺していった回・・・。
必然としてシルフ、精纜、采ですね。(予定だった後三人は、次回のお楽しみと言う事で(^^;))
采、昔考えていた頃は、単に『緻胤の最初の旦那』でしかなかったのですが、今回書いているうちにだんだんと好きになってしまって、予定通りとは言え、殺すのは非常に嫌でした(TT)
今回初登場、菎氏のモデルは、アガサ・クリスティが産んだオールドミス探偵、ミス・マープルと、刑事コロンボです(笑)
どんなとこがって、このお二人を知っている方はぴんと来たでしょうが、ミス・マープルは村の住人達を、コロンボはカミさんや親戚を引き合いに出して、ミステリーを解いていくところですね(^^)
ミス・マープルもコロンボも、小学生の時からのおつきあいです(笑)
私がミステリ好きになったのは、この二人とホームズ氏のせい・・;
杏嬬は最初、『アンジェ』でした。(天使と言う意味)
しかし、『ジェ』と発音する漢字がないために、『アンジュ』になりました・・・;
でも、フランス語(なのだろうか??)で、『アンジュ=天使』と表記されていたのを見た(と思う;;;)ので、『杏嬬でいいか、もう・・・;』と思ったのですな(笑)
なんで天使かと言うと、散々悪い事をしている蟷器が『最後に帰る場所』ってことで、やはり妻は癒しと許しでないといかんかなと思ったわけですね(笑)
なんか・・・この最低男にはもったいない奥方;;;;
さて、いよいよ次回は、『出会ってくれないと困るんですけど・・・』な回ですね!(自分を励ます;;)
次回か次々回位で、この時代終わってくれんかな、と切実に希望(TT)
メインはこの時代じゃないんだってば(TT)












Euphurosyne