† Peeping Tom †
大きく開け放った窓から吹き寄せる風が運ぶ新緑の香りに、アレンは顔をあげた。 長かった冬の、冷たい風もようやく暖かく春めいて、アレンは引き寄せられるように、絨毯の上をころころと窓辺に転がって行く。 談話室の中でも一番大きな窓の側、暖かい日差しのあたる場所に寝転ぶと、彼の傍らにティムキャンピーもコロンと転がった。 「うんわー・・・なにさ、そのダレっぷり」 既にその場で日向ぼっこしていたラビが、猫のように寝そべったアレンに苦笑する。 「だってー・・・こんなにいいお天気なのに、リンクってば外に出してくんないんだもんー・・・」 つまんない、と愚痴りながら、アレンは目の前で振れるティムキャンピーの尾をもてあそんだ。 「猫か、お前は」 「猫になりたいー・・・」 うんざりと言いながら、アレンは絨毯の上にあぐらをかくラビの膝に顎を載せる。 「・・・ところで、さっきからナニ占ってんですか?」 ラビの手元を覗き込めば、十字の形に並べられたトランプは、全て表を向いていた。 「・・・随分いい運勢ですね」 良かったじゃん、と、つまらなそうに言うアレンにしかし、ラビは首を振る。 「全然。 だってこれ、俺が思い通りに並べたカードだもんさ」 「? 表向けたまま並べたの? 占いの意味がないじゃないですか」 アレンの呆れ声に、またもやラビは首を振った。 「さっき一緒に神経衰弱したろ? それで今、手元にあるカードの順番をすっかり覚えちまって。 シャッフルしてもぜんぜん狂わねェから、いい運勢並べてみたんさ」 「うわぁ・・・つまらない人だなぁ・・・・・・」 眉をひそめるアレンに、ラビも同意して頷く。 「こんな時は、俺の記憶力も困りもんさ」 ころん、と、後ろに倒れて、ラビは談話室をさかさまに見回した。 「なんか、おもしれーことねぇかなー」 「トランプも飽きちゃいましたよねー」 かと言って、リンクの尋問に協力するのも面倒だ、と、アレンが飛び立とうとしたティムキャンピーの尾を引くと、金色のゴーレムは重たげな音を立てて床に転がる。 「あれ?ティム、どうしたの?」 絨毯の上に転がったまま、置物のように動かなくなったティムキャンピーを、アレンは驚いてつまみあげた。 「動かねェじゃん。どしたんさ?」 ラビも寝転がったまま、ピクリとも動かないティムキャンピーを見上げる。 「・・・ティムってばこないだ、また猫に食べられちゃったんですよ。 すぐに追っかけたんですけど、逃げた猫がティムごと池に落ちちゃって・・・それからずっと、変なんですよね」 「ふぅん・・・水でも入っちまったかな?」 ラビがティムキャンピーの尻尾を掴み、逆さに振ると、ティムキャンピーの口から『ギギ・・・』と、きしるようなノイズ音が漏れた。 「いっぺんぶっ壊して再生させた方が早ェんじゃね?」 「そうしたいのはやまやまなんですけど、あんまり乱暴に扱うと、僕が師匠に壊されるんです・・・」 こみ上げる吐き気をこらえるアレンを、ラビがティムキャンピーをぶら下げたまま見遣る。 「・・・可哀相な奴さ、お前」 「同情するなら金下さい」 すかさず言い放ったアレンの額に、ラビはティムキャンピーの丸い身体を落としてやった。 「・・・まぁ、冗談はいいとして」 「冗談・・・だったさ、今の?」 コブの出来た頭を押さえ、半身を起こしたアレンに続き、ラビも再び絨毯の上にあぐらをかく。 「冗談ですよ。 それはともあれ」 不自然に視線を逸らし、アレンはまた動かなくなったティムキャンピーを持ち上げた。 「こんなことになってるって師匠にバレたら、絶対いぢめられるからなぁ・・・。 科学班に連れて行ったら、こっそり直してもらえるでしょうか?」 アレンがティムキャンピーを見つめながら首を傾げると、ラビが頷く。 「そだな。 それが確実・・・?」 再び、ノイズ音を上げだしたティムキャンピーに、二人は不安げな視線を交わした。 「なぁ、これ、ヤバくねぇ?」 「う・・・うん、科学班に・・・!」 アレンが慌てて腰を浮かした途端、ティムキャンピーの口からけたたましい笑声が沸く。 「わっ?!」 「な・・・なにさ?!」 驚いたアレンが、思わずティムキャンピーを放り投げ、またもや床に転がったゴーレムに、ラビがこわごわと顔を寄せた。 「・・・? なんか聞こえるさ・・・」 「え?なに?」 ラビの指摘に、アレンも耳を寄せる。 耳を澄ましていると、ひどい雑音に混じって、笑い声が聞こえた。 「ティムって、通信機能もあったんさ?」 「ううん。 通信機として使ったことは、一度もないよ」 ラビの問いに答えると、アレンはティムキャンピーを持ち上げて、更に耳を澄ます。 「混線・・・してるのかなぁ?」 「んー・・・通信を傍受してる感じだよなぁ?」 二人してティムキャンピーに耳を寄せていると、だんだん、声が聞き取れるようになって来た。 「・・・リナリー?」 「それと、ミランダさんですね。 リナリーのゴーレムを傍受してるのかな?」 「ミランダのかもな。 でもなんでいきなり・・・」 漏れ聞こえた言葉に、ラビが突然黙り込む。 それは、アレンも同じだった。 二人して真剣な・・・真剣すぎる表情で、ティムキャンピーが転送する声に耳を澄ます。 だが、傍受されているとは夢にも思っていない二人は、楽しげに会話を続けていた。 「―――― くすぐったかったぁ!」 まだクスクスと笑いながら、リナリーはペンを持つ。 「アンダー、何センチだった?」 「70ね。 じゃあ次、トップを計るわよ」 メモ帳に数字を書き入れたリナリーは、メジャーを持って近づくミランダから、数歩逃げた。 「またやるの? もうくすぐらない?」 「くすぐってないわよ。 リナリーちゃんが、ちゃんと持ち上げなかったからでしょう?」 苦笑して、ミランダはリナリーが逃げた距離を詰める。 「ごめんなさい。 ねぇ、トップを計る時も持ち上げるの?」 「そうよ。 計ったことないの?」 瞬いて問い返すミランダに、リナリーは苦笑して頷いた。 「うん。だってここ、女の人少ないし」 「だからあんな・・・。 リナリーちゃん、せっかくスタイルがいいのに、身体に合わない下着を着けていたら、体型が崩れるわよ」 ミランダの忠告に、リナリーは青ざめる。 「そ・・・そうだよね・・・! 気をつけないと・・・!!」 「そうよ。 今日計ったら、明日お買い物に行けるわね」 ティムキャンピーの口から漏れて来る、ミランダの楽しげな笑声に、ラビとアレンはそっと視線を交わした。 「・・・アンダーとかトップとかって、もしかして・・・・・・」 「ブ・・・」 言いかけたものの、真っ赤になって硬直したアレンから、ラビはティムキャンピーを取り上げる。 「トップは?!ミランダ、早く計るさ・・・!」 ティムキャンピーに更に耳を寄せ、ラビは真剣な顔で呟いた。 と、 『81センチね』 『嘘?!もっとあるでしょ?!』 『81よ。ホラ、見てみて?』 ミランダがメジャーを差し出したのか、リナリーが黙り込んでいる。 「70の81か・・・意外と小さかったんだな」 「Cは行ってると思ってましたけど、Bだったんですね」 つい、ラビの感想に乗ってしまい、アレンが真っ赤になった顔に汗の玉を浮かべた。 「・・・アレン君? 純情そうな顔して、意外と知ってるじゃないさ 「し・・・師匠の愛人さん達が、色々教えてくれて・・・・・・っ!」 「ふぅん? でも、とっさにサイズがわかっちまうってのは、いくら教えてもらったって、そうできることじゃないさ にやにやと笑いながら、意地悪いことを言うラビを、アレンが睨みつける。 が、汗にまみれた真っ赤な顔では、迫力などまるっきりなかった。 「ところで俺、ミランダのサイズも気になる。 結構イケてると思うんだけど」 「あ、それ僕も思ってました!リナリー、聞いてくれないかな・・・」 ぱっと顔を上げたアレンに、ラビがまた、にんまりと笑う。 「この似非紳士ガ ラビが堪えかねた爆笑を慌てて止めたのは、アレンに睨まれたからではなく、リナリーの声が聞こえたからだ。 『ミランダは?私、計ってあげる!』 談話室で、ラビとアレンが快哉をあげていることなど全く知らず、リナリーはミランダからメジャーを取り上げた。 「アンダー・・・65・・・? え?ナニ、このメジャー?おかしいよ?」 「おかしくありませんってば・・・。 仕方ないでしょ、太れないんだから・・・・・・」 恥ずかしげに呟くミランダに、乾いた笑声を上げて、リナリーはトップを計る。 「・・・90?!」 「大声で言わないで!」 「だ・・・だって!! こんなの反則だよ!!なんで身体は細いのに、胸だけあるの?!」 「なんでって・・・西洋人ならこのくらい、普通じゃない?」 「本物?!これ、本物?! 何か詰めてるんじゃない?!」 「詰めてません!!ヤダもう、触らないで!!」 真っ赤になったミランダの反駁に、リナリーは愕然と目を見開いた。 「アレン、アンダー65でトップ90って、なんぼ?」 「えーと・・・90ひく65だから・・・25・・・! G?!ミランダさん、すご!!」 「さすがジャーマン!サイズがG!」 「・・・ラビ、それ、駄洒落?」 アレンに冷ややかな目で見られて、ラビは慌てて話を変えた。 「いや、でも、どうりで抱き心地がいいと思ったさー 「膝枕、またやってくれないかなぁ・・・ うっとりと呟く二人の頭部に、その時、大きな影が差す。 わしっ!と、頭を掴まれた時には遅かった。 「クソガキ共!!」 怒声と同時に互いの頭蓋骨をぶつけられ、ラビとアレンが声にならない悲鳴を上げて頭を抱える。 「割れたっ!!頭割れたさ、リーバー!!」 「ううっ・・・星が瞬いて・・・! リーバーさん、ひどいですぅ・・・!」 「やかましい!! っとにてめぇらは、暇もてあますとすぐくだらねぇことしやがって!」 リーバーは憤然と言い放つと、二人の間に転がって、未だにリナリーとミランダの会話を傍受するティムキャンピーを取り上げた。 「どんな改造しやがった!」 「改造なんてしてませんよ!!」 「そうさ!偶然さ!!」 涙を浮かべて無実を訴えるが、今のリーバーに、二人を許す寛容さはない。 「偶然でも、がっつり聞いてんじゃねェよ!」 ティムキャンピーの硬い身体でまた頭を叩かれ、仲良く白目を剥いて倒れた二人を残し、リーバーは足音も荒く談話室を出て行った。 「・・・ったく、あのガキども! イノセンス探しに北極にでも送ってやろうか!」 ぶつぶつと文句を垂れつつ、リーバーはまだリナリー達の会話を傍受するティムキャンピーの口に布を詰め込んだ。 「黙ってろ、ティム。 室長にぶっ壊されたくなきゃな」 リーバーの言葉が聞こえたのか、くぐもった音声を上げていたティムキャンピーが途端に静かになる。 「よし、いい子だ。 すぐ直してやっからな」 そう言って、リーバーは白衣のポケットにティムキャンピーをしまいこんだ。 そのまま科学班へ戻っていくと、ちょうど食堂に差し掛かったところで、いい匂いをあげるケーキを持ったリンクと鉢合わせる。 「あれ? アレンの側にいねぇと思ったら、こんなとこにいたんか、リンク監査官」 リーバーが声をかけた途端、彼は憮然と眉根を寄せた。 「あんたがちゃんと見てないもんだから、あのガキ、暇持て余してラビとつまんねーことやってたぜ?」 「私だって好きで離れたわけではない! あのクソガキ、オナカすいたと泣き喚くものですから・・・! そうだ、リーバー・ウェンハム科学班班長。 あなた、自白剤をお持ちでしたら私に・・・」 「そんなもんは持ってねェ」 すかさず言って、ふと、リーバーは小首を傾げる。 「でも確か・・・バク支部長がそんなものを持ってるって聞いたことがあったような・・・」 「それは本当ですか?!」 詰め寄ってくるリンクから身を引きながら、リーバーは頷いた。 「まぁ、実際に効果があるかどうかはわかんねぇけど・・・」 「偽薬でも、あのクソガキに試してみる価値はありそうです。 早速、バク・チャンアジア支部長に尋ねることにします!」 ありがとうございます、と、礼儀正しく一礼され、リーバーは思わず苦笑する。 「大変だな、お前も」 「・・・私は今までにも、多くの人間の尋問を担当してきましたが、これほど手のかかるクソガキは初めてです」 忌々しげな口調に、リーバーはリンクの怒った肩を軽く叩いてやった。 「ま、あんまり苛めないこったな。 クロス元帥かうちの上司レベルのサドが相手でもない限り、いじめればいじめるほど反抗するタイプだから、あいつ」 「・・・そうですか。 私にはまだ、厳しさが足りなかったと言うわけですね」 ふと気づいたように頷くリンクに、リーバーが笑みを引き攣らせる。 「いや、そう言うことじゃなくて・・・。 あんまりいじめるとかえって反発するから、ここは穏やかにだな・・・」 北風と太陽の寓話を持ち出そうとしたリーバーの言葉を遮り、リンクは再び一礼した。 「良いアドバイスをありがとうございます、リーバー・ウェンハム科学班班長。 子供相手に本気になるのはどうかと思っていましたが、あのクソガキに対しては、遠慮なく接することにしましょう。 では」 「お・・・おい・・・!」 止める間もなく踵を返した監査官を、リーバーは困惑げに見送る。 「まぁ・・・あいつなら負けねぇか・・・」 追いかけようと踏み出した歩を戻し、リーバーは科学班へと戻って行った。 「ただいまっす」 予定より短い時間で科学班に帰って来たリーバーを、コムイをはじめとするメンバー達が驚いて見遣る。 「どーしたの、リーバー君? 談話室の内線、修理終わったのかい?」 ペン先で自分のデスクの電話を示すコムイに、しかし、リーバーは首を振った。 「すんません、先に処理することができたんで!」 問答無用とばかり言い捨て、早足で作業台に向かったリーバーを、コムイは唖然と見送る。 と、 「ティム、じっとしてろよ」 リーバーはポケットからティムキャンピーを取り出し、噛ませていた布を取ると、軋みを上げながら弱々しく羽を動かすゴーレムにドライバーを差し込んだ。 途端、 「あれっ?!ティムの分解するの?! ボクにやらせておくれー 嬉しげに駆け寄ってきたコムイにティムキャンピーを奪われ、リーバーが困惑げな顔になる。 「あの・・・室長、ソレ・・・」 「どこが悪いってー? あの破戒坊主、性格は悪いけど科学者としては一流だからね♪ 一度、口実つけて分解したかったんだー♪」 言いながら、手早くティムキャンピーを分解していくコムイから、リーバーは奪い返すことを早々に諦めた。 「それ、接触不良かなんかで、他のゴーレムの通信を傍受するようになっちまったらしいっすよ」 「へ?ティムに通信機能があるの? 前にこっそり調べた時は、そんなのなかったよ」 「調べたんっすか・・・」 「調べたともー リーバーの呆れ声に朗らかに返し、コムイは普段の彼からは想像もつかない几帳面さで、ティムキャンピーの部品を並べていく。 「なんだかやけに内部が濡れてるねぇ?」 ドライバーについた水滴を拭って、コムイが眉をしかめた。 「水の中にでも落ちたんじゃないすか」 「防水くらいしとけばいいのにね、クロスも〜。 ホントに、こんな精密なもの作るかと思えば、妙にいい加減なんだからさー」 ぶつぶつとこぼしつつ、ティムキャンピーの部品を乾かそうとドライヤーを持ち上げたコムイの目の端に、なにか黒いものが映る。 「あ、これかなー? ホラホラ、見て見て、リーバー君! ファンに小石が絡んでるよ」 「あ、これかー・・・って、なんでファンに小石が絡んだくらいで通信できるようになるんすか」 「それもそーだね・・・小石が中に入った時、どっか傷付けたのかなー? ともあれ、まずは部品を乾かしてあげようか」 スイッチを入れ、熱風を部品に当てているうち、ドライヤーが発する音とは違う音が、微かに聞こえだした。 「・・・なに?」 雑音交じりの音声に耳を寄せるコムイを、リーバーが慌てて引き起こす。 「だ・・・だから、どっかの通信を傍受してるって言ったじゃないすか! 聞いてないで、さっさと修理してくださいよ!」 しかつめらしく言って、リーバーはコムイの手からドライヤーを取り上げた。 この通信が、リナリーとミランダの会話だと気づけば・・・更に話の内容によっては、コムイがアレンを殺すかも知れない。 恐怖に動悸を激しくするリーバーの傍らで、しかし、コムイはまじめな顔で考え込んだ。 「ねぇ、リーバー君・・・。ティム、熱風を浴びせたら通信しだしたよね? リーバー君がこの子の不調に気づいたのって、どこ?」 「だ・・・談話室っすけど・・・?」 恐々としつつも、この程度の情報は差し支えないだろうと答えたリーバーに、コムイはにこりと笑って頷く。 「ティムの通信機能は、熱に感応しているみたいだね。 談話室ではこの子、しばらく日当たりのいい場所にいたんじゃないかな? で、ここからは推論なんだけど、この子、石の他に小枝か何か、飲み込んだんじゃない?」 「小枝・・・が、ティムの体内で燃焼して炭化した?」 リーバーの答えに、コムイは満足げに笑った。 「そう。この子の動力源に入っちゃったんじゃないかな? 小石は燃焼しないから、そのまま吐き出されようとしたけど、ファンに絡まっちゃった。 で、ファンが動かなくなって、その他の物も体内にたまって・・・」 「あぁ、炭素粉が体内に充満したんすね」 「そう。 この子の体内、電極には不自由しないからね。 近くの電波を集音しちゃったんだろう」 「なるほど・・・。 じゃあ、あとの修理は俺がやっときますんで、室長は仕事に戻ってください。 ってか、戻れ」 「えぇー! もうちょっといじらせておくれよー!」 「もう十分、分解したっしょ!」 「ヤダー!そのドライヤー、ボクにちょうだい!」 いい年をした男二人が、ドライヤーを巡って争う内、再びスイッチの入ったそれが熱風を撒き散らす。 と、ティムキャンピーを構成する細かな部品がいくつか、床に散らばった。 「ちょっ・・・アンタなにしてんすか――――!!」 「リーバー君がおとなしく渡さないからじゃないかー!」 「もうそれはいいっすから! 早く部品集めてください!!」 慌てて床に這ったリーバーの頭上に、ドライヤーの音に混じって明瞭な声が降り注ぐ。 『なんでいつまでもBなの、私! どうしたらミランダみたいに大きくなる?!』 「・・・・・・・・・・・・」 ドライヤーを手にしたまま硬直したコムイに反し、リーバーは機敏に立ち上がった。 「こ・・・っ」 「誰も聞いてません!談話室じゃノイズしか聞こえなかったっすから!!」 一瞬の動作でドライヤーをマシンガンに持ち替えたコムイを羽交い絞めにし、その耳元に怒鳴りつける。 「これ聞いたの、室長と俺だけっす! わかったら、とっとと炭素粉除去して、ティムを元に戻しましょう!」 今にもアレンを殺しに行こうとするコムイを必死でなだめ、リーバーは熱風を受ける部品を鋭く見遣った。 「これか!!」 集音している原因と思われる金属部品を取り上げ、素早く布で拭うと、思った通り、声がやむ。 「・・・室長、あとは俺がやりますんで、そのマシンガン下ろして戻ってください」 なだめる口調で言いつつ、リーバーはコムイの手からマシンガンを取り上げ、デスクに向けてその背を押した。 「やれやれ・・・」 呆然とした足取りで、デスクに戻ったコムイを見送ると、リーバーは部品を洗浄液に漬ける。 「すぐ元通りにしてやるからなー」 ティムキャンピーを洗浄している間に、本来の目的だった内線の修理に行こうかと踵を返したリーバーの目が、コムイから取り上げたマシンガンの上に止まった。 「その前に・・・」 呟いて、リーバーは苦笑を浮かべる。 「レディ達にご注意申し上げるか」 自分のデスクから工具一式を取り上げたリーバーは、鉄製の工具箱を重たげに抱えて、再び科学班を出た。 そのまま回廊を歩いて、女性用宿舎のフロアに来たリーバーは、ちょっと考えて、ミランダの部屋のドアをノックする。 「はい。あら、リーバーさん、どうしました?」 2分の1の賭けが当たって、ドアは内側から開いた。 「レディ達、どっちかゴーレムの回線を開きっぱなしにしてないか?」 リーバーの問いに、ミランダとリナリーは顔を見合わせ、それぞれのゴーレムを手に取る。 「私のは切ってあるわ」 そう答えたリナリーの傍らで、ミランダが青ざめた。 「・・・ごめんなさい、私のです・・・・・・」 「え?! じゃぁあの・・・もしかして・・・・・・」 リナリーも、青ざめたり赤らんだり、めまぐるしく顔色を変える。 「安心しろ。 通常のゴーレムは、音声を拾ってない」 「通常のは・・・って、傍受していた子がいたってことよね・・・?」 「不鮮明ながら、ティムキャンピーが」 引きつったリナリーの声に、リーバーが淡々と答えると、リナリーは悲鳴を上げて顔を覆った。 「アレン君に聞かれちゃったなんて!!」 泣き声を上げるリナリーをおろおろと見下ろし、ミランダは恐る恐るリーバーに問う。 「あの・・・リーバーさんも、私達の話聞いちゃったんですか・・・?」 ミランダが首まで真っ赤にして俯くと、リーバーは苦笑した。 「直接には聞いてませんよ。アレンとラビが、話している事を聞いただけっす」 「うそ!!ラビも?!」 悲鳴交じりの声と共に顔を上げたリナリーにも、リーバーは苦笑を向ける。 「・・・ちなみに、いつまでもBだの、どうしたら大きくなるかだのってたわごとは、ティム修理中に俺と室長が聞いた」 「きゃあ!!なんで聞くの!!」 甲高い怒声に答えたのは、リーバーでなくミランダだった。 「ご・・・ごめんなさい、リナリーちゃん! わ・・・私が、ゴーレムの回線を繋いだままにしてたから・・・!」 あえぎつつ、消え入りそうな声で詫びるミランダに、リーバーが首を振った。 「繋いだままっつーか、繋がっちまったんだろ、ソレ。 ミスでも回線が開いたんなら、まずは通信班に繋がるはずなんだが、通信履歴確認しても、ティム以外のゴーレムが受信した形跡はないんだよな」 「え・・・そうなんですか?」 「班長、ホントに?!」 目を見開くミランダと詰め寄るリナリーに、リーバーは確信を持って頷く。 「安心しろ、リナリー。お前が詰め物してることはバレてない」 「っ!!」 リナリーのパンチを抱えた箱で受け止め、なおかつ箱を彼女の頭に載せて反撃したリーバーの反射神経に、ミランダが惜しみない拍手を送った。 団員の中でもリナリーに対し、ここまで遠慮なく振舞えるのは、リーバーを置いて他にない。 「まぁ、そんな訳で。 ミランダのゴーレム修理と、鬱憤晴らしを提案しに来た」 「鬱憤晴らし?」 「・・・班長が私の頭に乗っけてるものをどけてくれたら、とりあえず重圧からは解放されるよ」 リナリーの暗い声音に、リーバーは朗らかに笑って工具箱をどけてやった。 「あんまりおてんばだと、アレンにモテないぜー?」 「なんで限定なの!!」 首まで真っ赤にして反駁するリナリーにまた笑って、リーバーは床に腰を下ろすと、工具箱を開ける。 「ハイ、ミランダ、ゴーレム貸して。 ・・・ったく、レディ達に恥をかかせんじゃないよ、お前は」 機械に対して、それが生き物であるかのように話しかけつつ解体していくリーバーに、ミランダが思わず笑みをもらした。 だが、リナリーは笑うどころではない。 「ねぇ!鬱憤晴らしって?!」 頬を膨らませて膝を寄せるリナリーの頭を、リーバーはドライバーを持ったままの手でくしゃくしゃと撫でてやった。 「工具箱ン中見てみ。 節分・・・だっけ? お前らが豆つめて遊んでた銃を持って来てやったから、アレンとラビにお仕置きしてきな」 「・・・これ、まだ実弾使える?」 暗い声音で呟いたリナリーの頭を、リーバーがドライバーの柄で軽く小突く。 「殺すな。 エクソシストは希少なんだ」 「・・・わかってるよ!」 憮然と言って、頬を膨らませたリナリーは、はたと気づいて銃を膝に乗せた。 「アレン君達・・・どこまで聞いたのかな・・・?!」 リナリーが小首を傾げて問うや、リーバーが気まずげに黙りこむ。 「・・・班長・・・知ってるよね?」 「やっぱりリーバーさんも聞いたんですかぁ?!」 ミランダの悲鳴じみた声に、リーバーは慌てて首を振った。 「だから直接は聞いてないって! ただ、あいつらがサ・・・サイズを・・・・・・」 「なんでサイズがわかるんだよ!!」 「知らねぇよ!!」 「やらしい!班長やらしい!」 真っ赤になったリナリーに掴みかかられ、リーバーが絶叫する。 「だから! 俺が聞いたんじゃねぇし、仕置きならあいつらにやれっつってんだろ! 今、アレンの側にゃリンクがついてねぇから、存分にやって来い!」 「言われるまでもないよ!」 憤然と立ち上がったリナリーを不安げに見遣り、ミランダは困惑げに首を傾げた。 「あの・・・マユゲはなぜ、アレン君の傍にいないんですか・・・?」 お仕事熱心な子なのに、と、リナリーの暴力を止めてくれそうな愛犬の不在を不安がるミランダに、リーバーはドライバーの先でドアの外を示す。 「さっき食堂の前で鉢合わせたけど、バク支部長を探してから戻るみたいだ」 「なんでリンク監査官がバクさんをっ?!」 「俺が真実薬のこと、リークしたから」 憤然と問うリナリーに、リーバーが肩をすくめると、ミランダが不思議そうな顔をして首を傾げた。 「しんじつやく?」 「嘘かホントかは知らないけどね。 バク支部長が、本当のことを話しちまう薬を持ってるとかなんとか、噂になったことがあって。 リンクが『自白剤持ってないか』なんて聞くんで、教えてやったんだ」 「・・・それだよ!」 「どれだ?」 こぶしを握って目を輝かせたリナリーに、リーバーがどこかうんざりと問い返す。 「私もバクさんからそのお薬をもらって、アレン君とラビが、どこまで聞いたのか問いただすの!」 それによってお仕置きの程度も変わる、と、暗い目をするリナリーに、リーバーは肩をすくめた。 「ま、どこまで聞いたかはともあれ、サイズはもうバレてんだし、買い物の荷物持ちでもさせたら・・・」 「余計なお世話だよっ!!」 「リナリーちゃんっ!!」 リーバーを蹴飛ばしたリナリーに驚いたミランダが、床に沈没したリーバーを慌てて助け起こす。 「だ・・・大丈夫ですかぁっ?!」 「班長ならそのくらい、平気だよっ!」 ふんっと、鼻を鳴らして踵を返したリナリーが、乱暴に開いたドアを激しく叩き付けた音に、ミランダはびくりと身をすくめた。 「あ・・・あんなに怒っちゃって・・・・・・」 まだ振動しているドアを、おどおどと見つめるミランダの肩に、リーバーの大きな手が乗る。 「・・・ったく、あのおてんば娘は。 いつまで経っても、全っ然レディらしくなんねぇな」 「う・・・でも・・・・・・」 俯いて、ミランダは涙声を上げた。 「わ・・・私が、ゴーレムの通信を開きっぱなしにしていたから、こんなことに・・・!」 じわりと涙を浮かべるミランダの頭をくしゃりと撫でて、リーバーが笑う。 「だから、ミランダのせいじゃないっつったろ? ゴーレムがちょっといたずらしちまっただけだよ」 不可抗力だ、と、言い募るリーバーに、ミランダはうな垂れるように頷いた。 「じゃ、さっさと修理しちまうから」 「はい・・・じゃあ、お礼にお茶でも入れますね・・・」 あげた顔に淡い笑みを浮かべて、ミランダが立ち上がる。 茶葉の他に、様々なハーブの入った瓶を取り出すと、ミランダはこちらに背を向けてゴーレムを修理するリーバーを振り返った。 「あの・・・リーバーさん、今、体調はいかがですか?」 「ん? ・・・まぁ、いいとは言えないが、いつものことだし・・・現状維持?っつーのも変か」 サポート派の中でも激務で有名な班の班長である彼だ。 こんな些細なことに手をかけている場合ではないだろうに、気づけばさりげなく助けてくれる彼に思わず笑みがこぼれ、ミランダはポットを取り上げた。 「じゃあ・・・胃と神経の沈静化にいいハーブでお茶を淹れましょうか」 「ん。ヨロシク」 肩越しに振り返ったリーバーの笑みに、ミランダの鼓動がどきりと跳ねる。 途端、手袋をはめた手の間を、ポットが熱湯を撒き散らしながら滑り落ちた。 「きゃあっ!」 「ミランダ!」 すかさず立ち上がって引き寄せたが、熱湯をかぶってしまったらしい手袋が湯気を上げている。 「早く外して!」 「あ・・・!」 ミランダが思わず引こうとした手を掴み、リーバーは手袋を剥ぎ取った。 「他に湯がかかった場所は?!」 身をすくめたまま、ふるりと首を振ったミランダに頷き、赤くなった細い手を見つめる。 「すぐに冷やさないと・・・」 「あ・・・っ! いいです!自分でやりますから!!」 悲鳴じみた声をあげて、両手を背に隠してしまったミランダに、リーバーが目を見開いた。 「なんで・・・」 「っ見ないでください・・・!」 「え?」 「こんな・・・酷い傷がある手・・・見られたくないんです・・・っ!」 真っ赤に染まった頬に涙が伝って、リーバーは更に戸惑う。 「じゃ・・・じゃあ、見ないから早く冷やして、病棟に行くんだ!」 リーバーに急かされると、ミランダは無言で頷き、部屋を出て行ってしまった。 「・・・・・・なんでだ?」 ミランダの背を呆然と見送り、リーバーは自分の傍らで再び羽ばたき出した彼女のゴーレムに首を傾げる。 「傷を見たからって、どうなんだ・・・? オンナノコって、わかんねー・・・」 途端、ゴーレムは脱力したように羽を止め、ころんと床に転がった。 その頃、リンクはバクの姿を探して、城内をうろついていた。 「・・・さっきまでこの辺りにいたはずですが」 通信班のモニターで確認した時、バクは支部長会議を終え、会議室を出てくるところだった。 急いでいる様子もなかったし、会議室から科学班へ向かうルートを押さえれば行き会うだろうと予測したが、もうすぐ会議室、という場所に至ってすら、まだ彼を捕捉できないでいる。 「やれやれ・・・井戸端会議でもしているのでしょうか」 呆れ気味に呟いて廊下の角を曲がったリンクは、予想通り、会議室前で他の支部長達と談笑しているバクを見つけ、肩をすくめた。 「バク支部ちょ・・・」 呼びかけようとした時、リンクの傍らを一陣の風が駆け抜ける。 「な・・・っ?」 「バクさん!!」 目を丸くしたリンクをあっさりと追い越し、一瞬でバクを確保した少女が、彼の前で両手を組み合わせた。 「お願いがあるんです!」 憧れの少女の嘆願に、リンク以上に目を丸くしたバクは、首まで真っ赤になる。 「ボ・・・ボボ・・・ボクにお願っ・・・?! んなっ・・・なんですか、リナリーさんっ?!」 裏返った声を引き攣らせるバクを、リナリーは必殺の上目遣いで見あげた。 「私に真実薬を分けてくださいっ 「喜んでっ!」 「ちょっと待て――――ッ!!!!」 リンクが慌てて割って入ると、リナリーとバクの双方から睨まれた。 「なんですか、リンク監査官!邪魔しないで!」 「そっ・・・そうだぞ、リンク!!リナリーさんとの語らいを邪魔するとは何事か!!」 「邪魔しているのは君だろう、リナリー・リー! 真実薬のことは、私が先に・・・」 「先に班長に聞いたってだけでしょ。お願いしたのは私が先です」 スパッと切り返されて、リンクが一瞬、言葉を失う。 が、すぐに我に返った彼は、改めてバクに向き直った。 「バク支部長、真実薬が実在するならば、ぜひ私に譲っていただきたい。 この小娘・・・いや、リナリー・リーは、使用すると言ってもせいぜい、子供っぽい理由においてでしょうが、私は任務に関わることなのですから」 「・・・子供っぽい理由で悪かったですね、リンク監査官」 「違うというのなら、ここで利用目的を説明してみなさい、リナリー・リー」 つんっと、木で鼻をくくったような言い方をされて、リナリーが口ごもる。 「ホラご覧なさい。 ろくに利用目的も説明できないようなことに使うのでしたら、ここは私に譲りなさい。 さぁ、バク支部長。真実薬を」 そう言って、リンクがバクへと差し伸べようとした腕はしかし、半ばで止まった。 「目的は言えないけど・・・私にはどうしても必要なものなんです・・・っ!」 俯いたまま、暗い声音で呟くリナリーの手が、硬く冷たい銃口をリンクの背に押し当てる。 「監査官・・・譲ってくれますよね?」 リナリーが不気味に光る目で見上げると、リンクのこめかみが引き攣った。 「小娘が・・・! こんなことをして、ただで済むとは思っていないでしょうね・・・?!」 忌々しげな声をあげるリンクへ、リナリーは笑みを浮かべる。 「思ってますよ。 だってさっき、班長に言われたもの。 エクソシストは希少だから殺すな、って」 ―――― 希少でない監査官は、殺しても大丈夫。 そんな反語が聞こえた気がして、リンクは息を呑んだ。 「リンク監査官・・・冷静に考えてみてください。 中央庁におけるあなたの地位は、どの程度の価値がありますか? ・・・私達より上なのかな?」 リナリーが囁くと共に、カチリ、と、撃鉄の落ちる音がして、リンクは差し伸べかけた手を下ろす。 「ありがとうございます、リンク監査官 にこりと、リナリーは晴れやかな笑みをリンクへ向け、更にはバクをも魅了した。 「リンク監査官が、快く譲ってくださるそうです バクさん お願い 見事『真実薬』を手にしたリナリーは、リンクに抗議の間も与えず、いずこかへと駆け去っていった。 「ちーっす! 料理長、今いいっすか?」 カウンターから名指しされたジェリーは、大きな中華鍋をコンロに置くと、出来上がった料理を手にカウンターに寄って来た。 「ハイハーィ、なにかしらぁ? あ、ちょっと待ってねん。 アッレンちゃあーん!五目あんかけおこげおまちどーん!ちょっと取りに来てくれるぅ?!」 「はーい!!」 すかさず駆け寄ってきたアレンに大皿を渡すと、ジェリーは改めてリーバーに向かう。 「ハイ、なぁに?」 「ん。オンナノコのキモチについて相談っす」 「え?!なになに?!なんですかそれ?!」 カウンター前に並んだアレンにも興味津々と問われ、リーバーは肩をすくめた。 「さっきミランダが、自分の手にポットの湯をこぼしちまったんだが・・・」 「んまっ!火傷しちゃったのん?!」 驚いて身を乗り出すジェリーを手を上げて制し、リーバーは自分のインカムを示す。 「さっき病棟に聞いてみたら、軽い火傷でたいしたことないって」 「良かったですね・・・!」 安心した、と、カウンターでおこげ料理を食べ始めたアレンに呆れつつ、リーバーはジェリーへ視線を戻した。 「そんで聞きたいんすけど、ミランダって、手の傷のこと、気にしてたんすか?」 「あぁ、あの傷ね・・・」 「ロード・・・ノアに捕まった時に、酷いことされたんですよ、ミランダさん。 あの時、『時計』はミランダさんにしか触れなかったからって・・・太い杭で磔にされてしまって、可哀想でした」 苦々しい思い出に、きつく眉根を寄せるアレンの頭を、ジェリーが優しく撫でてやる。 「じゃあ・・・トラウマなんかな。 最近、彼女いつも手袋してんだろ? 戦闘用ならともかく、普段でもしてるから、なんでだろうとは思ってたんだが・・・湯をかぶった手袋を脱がせたら、『見るな』って泣かれちまって・・・」 「脱がせたのんっ?!」 「ミランダさん泣かすなんて、ひどっ!!」 「っちょっと待てお前ら! よりによって誤解招く台詞だけ叫ぶなッ!!」 食堂の目を一斉に集めてしまったリーバーが真っ赤になって抗議すると、耳ざとくラビまでが駆け寄ってきた。 「なんさなんさ?! 今、リーバーがミランダ脱がせて泣かせたって聞こうぇ・・・ッ」 「シメんぞ、このウサギが!!」 ラビの首に回した腕で、既にぎりぎりと締め上げながら、リーバーが荒く息をつく。 「・・・話続けていいっすかね?」 泡を吹いて白目をむいたラビを、未だ締め上げつつ問うリーバーに、ジェリーとアレンは無言で頷いた。 「俺は、火傷してないか見ようとしただけなんだが、傷のある手を見られたくないって、抵抗されちまって・・・。 なんか俺、悪いことしたかなぁ?」 魂の抜けたラビを床に放り出し、悩ましげに眉根を寄せるリーバーに、ジェリーとアレンは顔を見合わせて吐息する。 「そりゃあ・・・傷なんて見られたくありませんよ」 「オンナノコだもん。気にするわよねェ」 特にリーバーには、と、声を揃えた二人に、リーバーは首を傾げた。 「なんで?」 「なんでも何も・・・女の子が大きな傷を受けるなんて、それだけでショックよぉ? それが、服や何かで隠せる場所ならともかく、あの子、両手ですもんねェ・・・。 イヤでも目についちゃうじゃなぁい?」 「ふぅん・・・俺は別に、気にしちゃいなかったけど」 「リーバーさんはそうでしょ・・・。 だけど、オトコノコの僕だって、この左手をじろじろ見られるのはイヤですよ。 今は前ほどじゃないけど・・・左手のせいで、よくいじめられたからなぁ・・・・・・」 深々と吐息して俯いたアレンの頭を撫でてやりながら、ジェリーも大きく頷く。 「両手にあんな大きな傷があったら、普通は目がいっちゃうものよ。 女の子にとって、傷なんて見られるのは、恥ずかしいし嫌なもんだわ。 特に、好きな人にはね」 「ふぅん・・・って、俺?!」 途端にあたふたと慌て出したリーバーに、ジェリーはクスクスと笑い出した。 「そぉよぉ オンナノコなら誰だって、好きな人の前じゃ、キレイでいたいものよん そうね、例えは悪いけどぉん・・・アンタだって、未熟だった頃に大失敗した研究結果とか、今の部下達に見られたくないでしょおん?」 「そんなん見られたら・・・首吊りたくなるね!」 ぶるりと震え上がったリーバーに、ジェリーがまた、クスクスと笑声を漏らす。 「まぁ、それと似たようなもんかしらねぇ。 絶対にカッコ悪いトコ見せたくない、って人に、自分のヤなとこ見られちゃったら、そりゃあ泣きたくもなるわよぉ。 アンタは主に仕事面でそうでしょうけど、オンナノコは容姿を気にするもんなの。わかった?」 「なるほどね・・・」 何度も頷いて、リーバーは苦笑した。 「でもね、料理長・・・やっぱ俺、傷程度じゃ彼女のマイナスになるとは思わないんすけど」 彼らしい言葉に、ジェリーとアレンが揃って破顔する。 「アラアラ 「それ!ミランダさんに言ってあげてくださいね!」 「ち・・・違っ・・・!!そう言う意味じゃ・・・!!」 真っ赤になって、思わず身を引いたリーバーに思いっきり踏まれ、床に沈んだままのラビが奇妙な悲鳴をあげた。 「・・・っあのクソガキ!ここを動くなと言ったのに!!」 バクの真実薬をリナリーに横取りされたリンクが談話室に戻った時、そこにはもう、誰もいなかった。 「食堂か・・・食堂だな、あの欠食児童が! 私がなんのためにケーキを焼いてやったと思ってるんだ!」 ぶつぶつと愚痴を漏らしながらリンクは、踵を返して部屋を出る。 「ウォーカーといい、あの小娘といい・・・曲者揃いのエクソシスト共め!!」 特に、思い出すだに忌々しいリナリーの行為には、リンクは炎を吹かんばかりに怒りの声をあげた。 「いっそのこと、二人まとめて異端審問に・・・!!」 「二人って?」 不意に声をかけられ、リンクはぎくりと硬直する。 これが他の人間の声であれば、冷厳な彼のこと、こゆるぎもしなかっただろうが、間の悪いことにそれは、リンクが唯一逆らえない女性のものだった。 「マンマ・・・・・・」 そろそろと振り返ると、ミランダが眉根を寄せ、リンクを見つめている。 「まさかまた、アレン君に意地悪しようとしてないでしょうね?」 やや口調を厳しくした彼女の前で、リンクは言い訳することもできず、しおしおとうな垂れた。 「意地悪をしちゃいけませんって、何度も言っているでしょう? 悪い子ね!」 「ち・・・違います!! 意地悪をされてたのは私の方です、マンマ!!」 言うやリンクは、真実薬の服薬者もかくやと思うほど素直に今までのことを話す。 「だ・・・だから、悪いのはリナリー・リーであって、私では・・・!」 「そ・・・そうね・・・。 ちょっとリナリーちゃんは・・・やりすぎね・・・・・・」 「でしょう?!」 ようやくわかってもらえて、リンクはほっと息をついた。 が、 「マ・・・マンマ・・・! 手をどうなさったんです?!」 安堵した途端、ミランダの手に包帯が巻かれていることに気づいて、リンクは気遣わしげに眉根を寄せる。 「あぁ・・・お茶を淹れようとして、お湯をこぼしたの」 「火傷を?!」 「たいしたことはないから、大丈夫」 そう言ってミランダはにこりと微笑んだが、リンクの愁眉は晴れなかった。 「マンマ・・・包帯が取れるまで、私にお世話させてください!」 「え?! あの・・・だから、そんなに大げさなことじゃなくて・・・」 「マンマのお世話をするためでしたら、長官も反対はなさいませんでしょうから!」 「いえ・・・だからね・・・?」 「ダメですか・・・?」 きゅーん・・・と、悲しそうな目で見られて、ミランダは苦笑する。 「ホントに、大げさなことじゃないのよ? 明日になれば、腫れも引く程度の火傷なんだから・・・」 「ならば今日一日は、私がマンマの手になります! なんなりとお申し付けください」 礼儀正しく一礼したリンクに、ミランダが苦笑を深めて頷いた。 「じゃあ、よろしくね」 「はいっ!!」 尻尾があったなら激しく振っていただろうはしゃぎぶりの愛犬に、思わず手を差し伸べたミランダは、すかさず身を引かれて目を丸くする。 「あら・・・撫でられるの、嫌だった?」 「いえっ・・・! 大変残念ではありますが、マンマの火傷を悪化させるわけには行きませんから・・・っ!!」 苦渋の表情で『我慢するっ!』と、こぶしを握ったリンクに、ミランダは楽しげな笑声をあげた。 一方、リンクから真実薬を横取りした挙句、逃げ切ったリナリーは、食堂のテーブルに並んで座るアレンとラビの背中を見つめ、きゅっと眉根を寄せた。 「談話室にいないと思ったら、案の定だよ・・・他に行く所ないの?」 思わず呆れ声をあげるが、すぐににんまりと笑みを浮かべる。 「まぁ、お茶を淹れるには都合がいいか」 リナリーはするりと厨房の中へ入り込むと、間もなく、ティーセットを持って出てきた。 「アレン君、ラビ リナリーが声をかけると、二人はぎくりと顔を強張らせる。 「リ・・・リナリー・・・コンニチワ・・・」 「ゴ・・・ゴキゲンヨロシュウ・・・・・・」 油の切れた鉄人形のようなぎこちない動きで振り返った二人に、リナリーの笑みが引き攣った。 「・・・どーしたの、二人とも?随分固くなっちゃって」 「えぅっ?!そそそ・・・そうデすかっ?!」 「なんっ・・・なんっ・・・なんっ・・・でもないさっ!!」 明らかになんでもなくない様子で声を裏返らせ、リナリーから目を逸らす二人の前に、彼女はティーセットを置いた。 「中国のお茶を分けてもらったの 「え?!あっ・・・はい!」 「そっ・・・そうさな!ご相伴にあずかるさ!」 気まずい雰囲気をごまかそうとしてか、そそくさと茶をすすり始めた二人に、リナリーが目を細める。 「・・・ね? それ飲んじゃったら、3人で静かな所に行かない?」 「え?!」 「な・・・なんでさ・・・?」 びくっと震えて声を引き攣らせる二人に、リナリーはにこりと微笑みかけるが、その目は全く笑っていなかった。 「聞きたいことがあるからよ」 反抗を許さない暗い声音に、アレンとラビは、蛇に睨まれた蛙のように冷や汗を流して、コクコクと頷く。 「じゃあ、早く飲んじゃって 殺気の漂う笑顔で迫られた二人は、まだ熱い茶を一気に飲み込んだ。 「よし 実はそれね、バクさんからもらった真実薬なんだ♪」 「えぅっ?!」 「はぅぅっ?!」 今まで以上にだらだらと冷や汗を流しつつ、引き攣った悲鳴をあげる二人の襟首を、リナリーはむんずと掴む。 「さぁ、キリキリしゃべってもらうからね!」 コムイと同じDNAを持つ少女は、硬直して声もない二人を無理矢理立たせ、ずりずりと連行して行った。 その頃、科学班に戻ったリーバーは、ばたばたと駆け回る部下の襟首を素早く捕らえた。 「おい、ジョニー? ミランダの手袋作ったの、お前か?」 「いや、違うっすよ。あれは彼女の私物っす」 早口に言う彼に頷き、リーバーはバインダーに挟まれた申請書を取り上げてペンを走らせる。 「じゃ、手袋作ってやってくれ。 普通のじゃ滑って危ないみたいだ」 ミランダの名前を書き込んだ団服申請書をジョニーに差し出すと、受け取った彼は大きく頷いた。 「デザインに希望とかあります?」 「なんで俺が・・・彼女に聞けよ」 訝しげなリーバーに、ジョニーがにんまりと笑う。 「だって、班長からのプレゼントだって言ったら、喜ぶと思ったんすよぉ 余計なことを言った途端、ビシッ、と額を打たれた。 「うっせぇんだよデコっぱち! 余計なコト言ってる暇があんなら仕事増やすぞコラ!」 「すっ・・・すみませんごめんなさいこれ以上増えたら俺死んじゃいます・・・っ!!」 必死に哀願するジョニーの、紅くなった額を憮然と撫でてやりながら、リーバーはぎこちなく視線を逸らす。 「傷が・・・目立たないようにしてやってくれ」 「きず・・・? あっ!はい!わかりました!!」 大きく頷き、ジョニーは受け取った申請書の備考欄に、がりがりと書き付けた。 「じゃあ、実用よりもデザイン重視でいいっすか?! 俺、こないだ服飾デザインで可愛いの見つけたんすけど、さすがに戦闘向きじゃないなぁって、諦めたもんがあるんすよ!」 生き生きとした声をあげるジョニーに、リーバーはできるだけしかつめらしい表情で頷く。 「あ・・・あぁ、そうだな。 せっかくだから、彼女が喜びそうなもんを・・・」 「りょーかいっす! ・・・あ。 だったらリナリーにも作ってやんないと拗ねるかな。 あいつ、すぐ拗ねるからなぁ・・・」 ぶつぶつと言って眉をひそめるジョニーに、リーバーは思わず笑みを漏らした。 「っとにお前は心配性だな。 リナリーは、『欲しい』って言い出したら作ってやんな」 「あいつに苦情言われんの、俺なんすよぉー!」 唇を尖らせて不満を漏らす彼の頭を、リーバーは笑いながらぐりぐりと撫でてやる。 「ワガママ娘は今、それどころじゃねーよ。 あいつの意識が別のトコに向いてる間にやっちまえ」 「はぁ・・・って!今日中に作るんすかコレ?!」 死ぬ!と、悲鳴をあげるジョニーに、鬼の班長は楽しげな笑声をあげて、ティムキャンピーの修理に着手した。 リーバーに『ワガママ娘』と呼ばれたリナリーは、食堂から最も近いアレンの部屋に彼とラビを押し込み、ドアを閉めた。 「さぁ・・・白状してもらいましょうか」 怒りのオーラをまとって仁王立ちになる彼女の前で、アレンとラビは、仔ウサギのように縮こまって震える。 「なにっ・・・なにを聞きたいんさっ・・・?!」 「ふぇっ・・・僕っ・・・何も知りませ・・・っ!!」 手を取り合って泣き声を上げる二人を、リナリーがぎり、と、睨みつけた。 「ひぃっ!!」 無言で銃口を向けられ、二人はぶるぶると震える身を更に寄せ合う。 「・・・聞いたでしょ?」 低い声音が大音声であったかのように、怯えた二人はぎゅっと目をつぶった。 「私とミランダの話・・・聞いたんだよね?」 暗い声と共に、カチリ、と、撃鉄をおろす音が響いて、二人はまた、悲鳴をあげる。 「返事は?!」 「ふぁぃっ!」 「聞いちゃったさ!!」 えぐえぐとしゃくりあげながら、二人は決して故意ではないと主張した。 「偶然っ!偶然だったんですよ!! リナリーだって、ティムが通信を傍受するなんて思わなかったでしょう?!」 「つい!!なに言ってんかなーって聞いちゃっただけさ!!信じてくれさっ!!」 「そうね・・・二人とも、今は真実薬を飲んでるんだから、嘘は言えないはずだわ」 じゃあ、と、暗い声が続く。 「なにを聞いたか、どこまで知ったのか、全部正直に言って・・・―――― ラビ」 「ひぃっ?!」 銃口を額に押し付けられて、ラビが喉を引きつらせた。 「一言一句、正確にどうぞ」 脅しと、真実薬の効果もあってか、ラビはリナリーに求められるまま、ぺらぺらとあの時の彼女らの会話を正確に再現する。 「死んで」 その一言と共に、引き金が無情に引かれ、ラビの額が紅く染まった。 「ラビ――――!!!!」 白目を剥いたラビを抱き起こし、とめどなく流れる紅い液体に手を染めながら、あわあわと慌てふためくアレンのこめかみに、冷たい銃口が当たる。 「ひ――――――――っ!!!!」 恐怖に凍りついたアレンは、なんとか目だけを動かして、彼を冷たく見下ろすリナリーを見上げた。 「なんっ・・・なんっ・・・なんでっ・・・・・・!!」 「なんでここまでやるのか、って?」 冷え冷えとした声に、アレンがぎこちなく頷くと、リナリーは口の端を歪めて、暗い笑みを浮かべる。 「科学班には、心理学を専門にしているチームがあるの・・・彼らには、色々と面白い話を教えてもらったよ」 もう問い返すことも出来ず、凍りついたままのアレンの上に、リナリーは屈みこんだ。 「トラウマ・・・って、あるよね? アレン君にとってのクロス元帥かな? 名前を聞くだけで、キモチ悪くなっちゃう」 頷こうとしたアレンは、ゴリ、と、銃口を押し付けられ、中途半端に動きを止める。 「それを今、植えつけてるんだよ・・・ ラビはともかく、アレン君があの会話を言いふらすことはないって信じてるけど・・・オンナノコには、聞かれたくないことがあるんだ」 でも、と、リナリーはアレンの腕の中で白目をむいているラビを顎でしゃくった。 「忘れて、って言っても、ラビはブックマンの後継者だもん。 聞いたことは、絶対に忘れない。 それは、アレン君も同じだよね? こーんなオモシロイ話、忘れないよねぇ・・・・・・?」 「そんなことないです僕は忘れっぽいですからすぐに忘れますしリナリーだっていつまでもBのままじゃっ・・・・・・ゴメンナサィィィィィィィィィ!!!!」 銃口を更に押し付けられて、アレンが悲鳴をあげる。 「あの会話を思い出すだけで、恐怖に怯えるようにしてア・ゲ・ル」 「きゃ――――――――――――――――――――!!!!」 銃声は、アレンの甲高い悲鳴にかき消された。 こめかみに弾かれるような痛みを感じたと思った時には、アレンの左半面が紅く染まる。 ―――― 死んだ・・・・・・。 儚く倒れこもうとしたアレンの腕を、しかし、リナリーが取って引き起こした。 「死ぬのは早いでしょ。殺すなって言われてるし」 「・・・・・・・・・は?」 左半身を紅く染めて、呆然とするアレンに、リナリーが意地悪く笑って、手にした銃を掲げる。 「これ、節分の時に使ったおもちゃだし、弾はペイント弾だよ」 「な・・・んだぁー・・・・・・!!」 肺が空になるほどに吐息し、アレンは涙目でリナリーを見上げた。 「酷い・・・すごく怖かったんですからぁ・・・・・・!」 「怖がらせたの!」 アレンの抗議に唇を尖らせ、リナリーは再びアレンの額へ銃口を押し付ける。 「思い出すのもイヤになったでしょ?」 にこりと笑った彼女に、アレンはこくりと頷いた。 「ラビも・・・この恐怖は忘れないと思います・・・・・・」 未だ白目をむいたままのラビを見下ろし、アレンは再び、深々と吐息する。 「こんなに驚いてくれるとは思わなかったな」 「ウサギの心臓ですからね」 自分も白目をむきそうになったことは棚に上げて、アレンはようやく落ち着いた自身の胸を撫で下ろした。 「・・・なにをやっておるのだ、小僧ども」 ペイント弾で真っ赤に染まった身を隠しつつ、こそこそと浴場に向かっていたアレンとラビは、老人の呆れ声にぎくりと足を止めた。 「ジ・・・ジジィ・・・・・・!」 気まずげなラビの様子に、ブックマンは軽く吐息する。 「また下らぬ遊びでもしおったか」 「お・・・俺らが首謀者じゃないさ!」 「かといって、被害者とか言ったらもっと酷い目に遭いそうな・・・・・・」 切なく吐息するアレンを訝しげに見遣ったブックマンは、『それより』と、彼らの足元を示した。 「お前達の歩いた後に、インクが散っておる。 清掃班長にまた怒られるのではないかな?」 「えぇっ?!」 「この上まだ怒られんのっ?!」 「この上?」 ラビの言葉にブックマンが首を傾げるが、ラビは激しく首を振って問いに答えようとしなかった。 「言えないさっ・・・! 言ったら今度こそ殺されるさ!!」 「冗談だって言ってましたけど・・・あの殺気は本物でしたからね・・・!」 エクソシストとして、数多くの死線を潜り抜けてきた彼らだからこそわかる感覚だ。 「・・・まぁ、いい。 それより、これ以上床を汚さぬように気をつけて、はようそのインクを流してくるのだな」 「ん・・・このままだと俺ら、血みどろ幽霊の怪談にされちまうさ・・・!」 深々と吐息するラビに、アレンがきつく眉根を寄せた。 「・・・やめて下さいよ。 それでなくても僕、『真夜中に少年の啜り泣きが聞こえる』って怪談のネタになっちゃってるんですから・・・」 「え?マジ?いつの間に?」 今までの傷心はどこへやら、途端に興味津々と迫ってきたラビを押しのけ、アレンは忌々しげに舌打ちする。 「僕がコムイさんの治療を受けた後―――― 僕自身は記憶がないんですけど、夢でものすごくうなされて泣いてたらしいんですよ。 それが、部屋の配管か何かを伝って別の部屋に届いたらしくて、怪談になったみたいです」 神田に嘲笑われた、と、アレンがまたもや忌々しげに舌打ちすると、ラビが紅いインクにまみれた手でアレンの頭をわしゃわしゃと撫でた。 「よしよし。 まぁ、そんくらいで気を落とすんじゃないさ」 「うん・・・って! なにすんですか!!染まる!髪が染まる!!」 「ピンクになって可愛いぜー♪」 「いいからはよ行かんか!!」 ブックマンにきつい蹴りをもらい、床に紅く、二人の影が描かれる。 「いたぃー!」 「ひっ・・・ひでぇジジィ! これで俺らが清掃班長に怒られたら、ジジィのせいだって言ってやるさっ!」 捨て台詞をはいて駆け去った二人を肩をすくめて見送り、ブックマンは再び歩を進めた。 「いつになったら落ち着くものやら・・・」 いつまでも子供っぽい弟子にため息をこぼしつつ呟くと、弟子とは逆に、実年齢に似つかわしくない皺を眉間に刻んだリンクと行き会う。 「アレンならば・・・」 「今は結構です、ブックマン」 淡々とした声で遮られ、ブックマンは小首を傾げた。 「てっきり、あやつを探してここに至ったのだと思ったがな」 「普段ならばそうですが、今は緊急事態ですので!」 「ほう、おぬしがそれほど言うとは、よほどの・・・・」 「そっ・・・そんな、緊急事態だなんて・・・!」 儚げな声を見遣れば、ミランダがリンクの傍らで、恥ずかしげに俯いている。 「手をどうかしたか、ミランダ?」 ミランダの、包帯を巻いた手を見遣って問うと、彼女は更に恥ずかしげに頷いた。 「はぁ・・・ちょっとした火傷を・・・・・・」 「由々しき事態です!」 遠慮がちなミランダに代わってきっぱりと言い放ち、リンクは眉間の皺を深くする。 「今後このようなことがないように、教団側は施設内備品の見直しを図るべきとの勧告書を提出するつもりです!」 「いや、それは・・・」 「やめてちょうだい・・・これ以上、大げさにしないで・・・」 ブックマンが思わず呆れ顔になると、ミランダも両手で顔を覆い、消え入りそうな声を上げた。 「わ・・・私がうっかりポットを落としただけなんだから・・・・・・。 そ・・・そんなことで見直ししろって言われても・・・きっと皆さん、ご迷惑だわ・・・・・・」 「は・・・しかし・・・」 「いいんですってば!」 ミランダが真っ赤になった顔をあげてきっぱりと命じると、たちまちリンクが悄然となる。 「申し訳ありません・・・・・・」 きゅーん・・・と、悲しげな泣き声をあげる愛犬に、ミランダは慌てて言い募った。 「ごっ・・・ごめんなさいね! お前が、私のことを気遣ってくれていることはわかっているのよ? でも、わ・・・私のドジが原因なのに、皆さんにご迷惑をかけるようなことはしたくないの・・・。 わかってくれるわよね・・・?」 「はい・・・・・・」 ミランダに上目遣いで見上げられ、リンクは不承不承ながら頷く。 「・・・相変わらず、見事なもんじゃな」 鉄血の監査官を絶対服従させるミランダに、ブックマンは心底感心した。 「それはそうとミランダ、火傷をした時も、その手袋をしておったのか?」 包帯をしてない手にはめた、白い手袋を見上げて問うブックマンに、彼女がこくりと頷くと、彼は眉間の皺を深くした。 「婦人の小物についてどうこう言うつもりはないのだが・・・その素材は滑りやすいのではないかな? それに、大きさも合っていないようだ。 また怪我をしたくなければ、滑り止めをつけるなり、手に合ったものを探すなりすべきだろう」 「はぁ・・・本当にそうですね・・・・・・。 明日、リナリーちゃんとお買い物に行くつもりですから、その時にでも・・・・・・」 その時、ミランダのか細い声を遮るように、彼女のゴーレムがけたたましいベルを上げる。 「はい、なんでしょう・・・?」 修理が完了していることはわかっていたが、よりによって恥ずかしい会話を傍受された直後だけに、ミランダがびくびくと通信を開くと、黒いゴーレムは楽しげな声を転送した。 『やほー♪服飾デザイナーのジョニーでっす! はんちょーからプレゼントあるんで、科学班に来っ・・・!!』 『余計なことは言わんでいい!!』 『いだいっ!!班長、今、首グキッていったっ!!』 『てめェが余計なこと言うからだろっ!!』 回線の向こうで激しく争う声に、ミランダが声も出せず、オロオロと自身のゴーレムを見つめていると、傍らのブックマンが、くすりと笑みを漏らす。 「行ってはどうだ? きっと、良いことが待っておる」 「あ・・・はい・・・・・・」 「では、お供いたします!」 通信ゴーレムをまつらわせ、くるりと踵を返したミランダの後に、すかさずリンクが続いた。 が、 「気を利かせぃよ、若造」 ブックマンにジャケットの裾を引かれ、無理矢理足を止められる。 「気っ・・・気を利かせるですって?!」 あっという間に遠くなっていくミランダの背に焦り、苛立たしげに睨んだ老人はしかし、いたずらっぽく笑った。 「わかっておるのだろうが、おぬしも。 野暮をするでないよ」 「くっ・・・!!」 悔しげに唇を噛んだリンクは、俯いた先に誰かの顔を幻視したか、踵で思いっきり石床を蹴りつける。 「・・・ですがブックマン。 お言葉を返して申し訳ありませんが、私はあのやつれきった男が、マンマを守れるとは思えないのですよ! えぇ、マンマにはもっとふさわしい男性がいるはずです! 戦場でもその他の場所でも、マンマを守り、決して裏切らない者が!」 言いながら、幾度も床を蹴りつけるリンクに、ブックマンが肩をすくめた。 「守って・・・おらんかの?」 「近くにいながら、みすみす怪我をさせるなんて!!」 リンクが苛立たしげな怒声をあげると、ブックマンは面白そうに目を見開く。 「ほう・・・ミランダが怪我をした時、あやつが傍におったのか。 では、もう二度と、そのようなことはないだろうよ」 「は・・・・・・?」 これ以上は無理なほど、眉間に皺を寄せてリンクが問いかけると、ブックマンはくすくすと楽しげな笑声をあげて、彼の服の裾を放してやった。 「あやつがミランダになにを贈ったものか、自身の目で見てくるがいい」 「・・・っ言われるまでもない!」 憮然と言い放つや、リンクはミランダの後を追って行く。 「やれやれ・・・あてつけてくれるものじゃな」 まだくすくすと笑いながら、ブックマンはのんびりと回廊に歩を進めた。 「あ!ミランダ、待ってたよーん!」 ジョニーに声をかけられたミランダは、しかし、彼の傍にリーバーの姿がないのを見て、きょろきょろと室内を見回した。 「あの・・・リーバーさんは?」 「今、室長の執務室・・・ってか、用があるのは俺なのに、ミランダは班長にしか用がないんだね・・・」 わざとらしくうな垂れるジョニーに、ミランダは本気で慌てる。 「ごっ・・・ごめんなさい!! そう言うわけじゃなかったんですけど・・・リ・・・リーバーさんの声も聞こえていたから・・・・・・」 当然、いるものだと思っていた。 そう言うと、ジョニーはにこりと笑って顔をあげる。 「照れちゃったのかもねー♪ まぁ、とりあえずは見てよ、俺の作品 「はぁ・・・なんですか?」 差し出された包みに首を傾げつつ、ミランダはその簡単な包装を開いた。 「ま・・・素敵・・・・・・」 思わず口元をほころばせ、手にとってじっくりと見つめる。 それはエレガントなデザインの、黒いレースの手袋だった。 指先から甲にかけては織目が詰まっているが、裾に行くにつれて、グラデーションのように織目が広がり、レースの襞が波打っている。 「これ・・・ジョニーさんが・・・?」 「うんっ! 班長に言われて、急いで作ったんだよ。 これ、普通のレースに見えるけど、繊維内に合成樹脂を織り込んでるから、滑らないし手にもぴったり合うんだ! でも、戦闘向きじゃないから、普段使いにしてくれな♪」 はめてみて!と急かされ、手にしたそれは、驚くほどよく馴染んだ。 そして何よりも――――。 「傷・・・見えませんね・・・・・・」 思わず苦笑を浮かべた彼女を、ジョニーは気遣わしげに見つめた。 「あの・・・ミランダ、班長はそう言うことあんまり気にしない人だから、もしかしたら無神経なこと言ったかもしれないけど・・・・・・」 「え?」 思わず問い返すと、ジョニーは慌てて言い募る。 「絶対悪気はないんだよ! いやっ!オンナノコに対して、悪気はなかった、じゃ済まされないだろうけどさっ! でも・・・ホント班長、誰に対してもそうだけど、容姿とか傷痕とかで人を判断する事のない人だからさ・・・! 俺もっ・・・メガネ取ったら変な顔、って、よく笑われんだけど、班長はそんなことないし・・・・・・!」 だから、と、一所懸命に擁護の言葉を連ねるジョニーに、ミランダは笑みを浮かべた。 「えぇ・・・そうですね。 あの人は最初からそうでした。 私が持っているコンプレックスを全く気にとめないで、すんなりと迎え入れてくれましたし、私が困っている時は、いつも手を差し伸べてくれました・・・」 今も・・・と、ミランダは、手袋をはめた手を握り合わせる。 「・・・ありがとうございます、ジョニーさん。 とっても・・・嬉しいです」 にこりと微笑んだミランダに、ジョニーはほっと吐息した。 「え・・・えへへ・・・! じゃあさ、俺、他にも作ってみたいデザインあるから、ミランダ、使ってくれる?」 「えぇ、もちろん」 「これの色違いも作ろうな! 普段使いだから、スペアも色々あった方が楽しいだろ?」 「はい、嬉しいです」 「だったらリナリーにも作ってやんないと!あいつ、すぐ拗ねるからなー!」 また忙しくなる、と、早速踵を返したジョニーに改めて礼を言い、ミランダも踵を返す。 「お仕事が済むまで外で待っていれば・・・お邪魔ではないはずだわ・・・・・・」 自分に言い聞かせるように呟き、回廊を足早に執務室へと向かうが、目的の場所へ着く前に、ミランダは目当ての彼を見つけてしまった。 「あっ・・・あのっ・・・・・・!!」 ミランダ以上の早足で、廊下を横切っていくリーバーを慌てて呼び止めると、彼は大量の書類を重たげに抱え直して足を止める。 「よ。 ジョニーから受け取ったかい?」 にこりと笑う彼に駆け寄り、ミランダは手袋をはめた手を胸の前で握り合わせた。 「ありがとうございます・・・また、助けてくださって・・・・・・」 「助けた・・・かなぁ?」 実感はないけど、と、苦笑する彼に、ミランダはふるりと首を振る。 「助けてくださってますよ・・・あなたは気づいてらっしゃらないかもしれませんが、私は・・・いつも感謝しています」 「え・・・っ?! いや、そこまで言われるようなことは・・・」 互いに真っ赤になった顔を俯け、黙り込んだ二人を、廊下の端からリンクが忌々しげに見つめていた。 「・・・マンマに近づきすぎだあのホウキ頭! やつれきって今にも倒れそうな顔色のクセに、あれでマンマを守れると言うのか忌々しいっ!! あいつに比べれば、まだ私の方がマンマをお守りできると言うのにっ!!」 ぶつぶつと呪いの言葉を吐く彼の視線の先で、ミランダが申し出、リーバーが抱える書類の一部を受け取る。 「んな――――っ?! マンマ!!怪我をしておられるのに!!」 やはり許せん!と、興奮した牛のように廊下の陰から飛び出し、仲良く連れ立っていく二人の後を追いかけようとした彼は、横合いから伸びた足に足を払われ、無様に床に這った。 「なにをするか小娘ェェェェっ!!」 激怒の形相で迫り来るリンクに、しかし、リナリーは軽く肩をすくめて笑みを向ける。 「人の恋路を邪魔する人は、馬に蹴られて死ぬんですってよ、リンク監査官 「今私の足を蹴りつけたのはキミだろう、リナリー・リー!!」 「あら リンク監査官が、勝手にぶつかったんですよ 「何を白々しいぃっ・・・! いや、今はそんなことを言っている場合ではない!そこをどきなさい、小娘!」 押しのけようと伸ばされた手をあっさりとかわし、リナリーはにこりと微笑んだ。 「嫌です。 だって私、あの二人のガーディアンだもの 邪魔者は排除しなきゃ 「なにがガーディアンか! 君なんてせいぜい、気性の荒い馬・・・!」 「ガーディアンです。 それより監査官?」 と、リナリーの笑みが、凄絶なオーラを纏う。 「覗き見なんて、いい趣味ですね マンマが知ったら、どんなに怒るかしら?」 たちまち凍りついたリンクを意地悪く見遣り、リナリーは今日の鬱憤を晴らすがごとく言い募った。 「お行儀の悪いわんこは、嫌われますよ?」 「きっ・・・嫌われ・・・っ?! 私がマンマに・・・・・・っ?!」 「おとなしくしてましょ?」 床の上にへたり込んだリンクを見下ろし、リナリーは満足げに笑う。 「ところでね、監査官? 気づいてないようだから教えてあげますけど・・・おでこぱっくり割れてますよ?」 「ぬぉぉぉ――――?!」 噴き出す血を撒き散らしながら絶叫するリンクを、リナリーはにこにこと見守った。 「あんなに意地悪されたのに教えてあげるなんて、親切でしょ、私?」 自分が加害者であることは遥か天上の棚に上げて、せいぜい恩着せがましく言ってやると、リンクが血塗れた顔で睨みつける。 「わっ・・・私にこのような仕打ちをして・・・! 覚えておくがいいですよ、リナリー・リー!」 「大丈夫。 私、記憶力は悪い方じゃありませんから。 それよりも早く、病棟に行った方がいいんじゃないですか?」 「わざわざ言われなくてもそのつもりです!」 割れた額を押さえ、ヨロヨロと立ち上がったリンクを、リナリーはにこにこと見送った。 「きっとみんなの記憶に残りますよ。 新しい怪談として、ね やや意地の悪い、しかし、楽しげな笑声は、石の回廊内に密やかに響いた。 ――――・・・リンクが病棟へ駆け込んでから、しばらくの後。 その日の訓練を終えて、浴場に向かっていた神田は、中から出てきた二人に、思わず笑みをもらした。 「赤毛二人」 「出会い頭にうるっさいんですよアンタ!!」 あからさまな嘲笑にアレンが激昂し、その傍らでラビが苦笑する。 「インクが落ちなかったんさ。 きれいに染まっちまって、可愛いだろ?」 「誰のせいですか!可愛いって言うな!!」 アレンのヒステリックな声に笑みを深め、神田はアレンの、ピンク色に染まった髪をかき回した。 「いいじゃねぇか。 白髪だってこと、気にしてたんだろうがよ」 「だからって!なんでピンク!ピンク!!」 忌々しげに神田の手を払いのけたアレンの頭に、ラビが笑って手を載せる。 「だいじょぶだいじょぶ 「ぴぃぴぃやかましい所なんざ、そっくりだな」 せっかくのフォローを台無しにされて、ラビの笑みが引き攣った。 「ユウちゃんたらホント空気読んでくんねぇんだから・・・」 「はっ! てめェらの漫才に合わせる気なんざ、さらさらねぇよ」 冷たく言い放って、二人の傍らをすり抜けた神田は、ふと思い至って、足を止める。 「インク・・・っつったか? じゃあもしかして、ここに来る間に落ちてた紅いインクの跡は、てめェらか?」 途端にぎく、と、強張った顔が、口よりも多くを語った。 「・・・清掃班の連中が、激怒ってたぜ」 「ひっ?!」 「マジでっ?!」 引き攣った声をあげる二人に、神田は楽しげに目を細めて頷く。 「班長に仕置きされたくなけりゃ、とっとと謝ってくんだな」 言われるまでもなく、二人は慌てて駆け出した。 「やばいさ! 俺こないだ、班長に『廊下汚したら連絡しろ!』って怒られたばっかさ!」 「僕も・・・! 廊下に食べかすこぼすなって、ものすごく叱られました・・・!」 二人の脳裏で、『次やったら城中の廊下拭かせてやる!』と、同じ怒声が響く。 「そもそもこれ、リナのせいなんさっ! 人のアタマぶち抜いといて、どこ行ったんさ、あいつ!」 「知りません・・・まだ相当怒ってましたから、どこかで鬱憤晴らしでもしてるんじゃ・・・」 「リナが八つ当たりするって、誰さ?」 「八つ当たりだなんて言ってませんよ! 第一、リナリーは他の人に八つ当たりなんか・・・」 しない、と否定しかけて、アレンは口をつぐんだ。 「いるな、一人・・・」 「いますね・・・可哀想に」 思わず同情的なことを呟いたアレンに、ラビも頷く。 「・・・でも、ま。 今は奴の不幸より、俺らの将来さ! 清掃班の連中が班長に報告する前に、謝り倒して許してもらうさ!」 「はいっ!!」 ラビの言葉にアレンも大きく頷き、二人は更に足を早めた。 その頃、二人の予想通り、リンク相手に溜飲を下げたリナリーは、軽やかな足取りで科学班に入った。 「ジョニー見っけ 「もう来たんだ・・・・・・」 いつの間に聞きつけたんだ、と、笑みを引き攣らせる彼に、リナリーは小首を傾げる。 「聞くって、何を?」 「え?ミランダに作ったのと同じような物が欲しいって、ねだりに来たんじゃないのか?」 「うん 聞いたんじゃなくて、見たんだけど。 ステキだったよ、ミランダの手袋 両手を組み合わせて『お願い』するリナリーに、ジョニーは肩をすくめた。 「やっぱり・・・今夜は俺、夜なべして手袋編みだなぁ・・・」 「え?あれ、ジョニーの手編みなの?」 「・・・編み機があんのに、なんで俺が手編みしなきゃいけないんだよ」 俺はおかーさんか、と、リナリーの髪を掻き回し、ジョニーは自身のデザインブックを取り出す。 「ホレ、手袋各種。 どれがいい?」 「エレガントでキュートで使いやすいお洒落な手袋 「・・・自分で作るか?」 「ジョニーならできるよ!」 がんばって!と、両のこぶしを握り締めたリナリーの頭に、ずしっと、大量のファイルが載せられた。 「またワガママ言ってんのか、お前は」 「重い・・・!班長、重いよ・・・・・・!」 「報復ごっこに夢中になってるかと思ったら、本当に行動が早いな、お前は」 ハチドリか、と、ぐいぐいとファイルを押し付けられ、リナリーが悲鳴をあげる。 「リッ・・・リーバーさん!リナリーちゃんが潰れちゃいますよ!」 「リナリーならこのくらい、平気だよな?俺よりは丈夫だろ?」 にんまりと笑って、リーバーが更に重ねたファイルの下で、リナリーが泣き声をあげた。 「け・・・蹴っちゃったことはごめんなさい・・・っ!! だからこれどけてぇ・・・っ!!」 一向にどかないどころか、リーバーが体重をかけてくるために重みを増していくファイルの下で、リナリーが必死に許しを請う。 「じゃ、これ分類してファイリングよろしく。 そしたらご褒美に、ジョニーが手袋作ってくれるだろうさ」 「・・・どっちにしろ、作るのは俺なんすね」 乾いた声をあげる部下に笑い、改めてリナリーにファイルを押し付けたリーバーは、その上にミランダが運んできたファイルも乗せた。 「なんで増えるのっ!」 「お前ならできるよ」 先程のリナリーの台詞をそのまま返し、リーバーは手伝おうと歩み寄るミランダを押し止める。 「今日は治療日だ。 明日からまたよろしく」 「はい・・・・・・」 困惑げながらも、頷いたミランダに反し、リナリーが頬を膨らませた。 「なんだよ! 班長ったら、誰が邪魔者を消してあげたと思ってんだよ!」 リナリーが傍らのデスクに、大量のファイルをどさりと置くと、その横でジョニーが笑声をあげる。 「自己主張しないのがいいガーディアンなんだぜ? ・・・ってか、消したって・・・・・・。 邪魔者消したのかよ・・・」 うそ寒げに頬を引き攣らせるジョニーに、リナリーは楽しげな笑みを向けた。 「血みどろお化けの怪談って、まだ聞いてないっ?!」 わくわくと煌く瞳で見つめられたジョニーは、しかし、首を傾げる。 「血みどろのお化けなんて、神田見慣れてりゃ、そう珍しくもないからなぁ・・・今更怪談も何もないだろ」 「えぇー! せっかくおでこぱっくり割れてたのにっ!」 不満げなリナリーに、ジョニーが喉を引きつらせた。 「・・・何をやらかしたんだ、何を」 しかし、 「つまんないなぁ・・・自分でウワサ広めちゃおうかなぁ」 ジョニーの問いを無視して、リナリーはぶつぶつと呟く。 「お前・・・・・・もうラビやアレンと付き合うの、やめろよ・・・」 悪い仲間に悪い影響を及ぼされているらしい彼女に、ジョニーは深々と吐息した。 一方、額を割られたリンクは、病棟で治療の最中だった。 「あなたも段々、ここへの出現率が増えてきたわねぇ・・・」 彼の額に包帯を巻いてやりながら婦長が苦笑すると、リンクは火を吹かんばかりに怒り狂う。 「あの小娘ッ! 邪魔するだけならともかく、暴力まで!! この恨み、はらさでおくべきかぁっ!!」 こぶしを握って絶叫した瞬間、額に激痛が走り、リンクは頭を抱えて呻いた。 「まぁま、しばらくは眉間に皺を寄せないことよ」 呆れ口調で言うと、婦長は肩をすくめる。 「包帯が取れる頃には、年に似合わない縦じわも消えてるでしょ」 「余計なお世話だっ!!」 思わず怒鳴り返した彼は、婦長に睨み返され、びくりとすくみあがった。 「眉間に人生刻むには、まだ早いっつってんのよ、ガキンチョ! 怒ってばっかりいないで、たまには笑いなさい。 さもないと、早死にするわよ!」 抗いがたい迫力に、さすがのリンクが何も言い返せないでいると、途端に婦長の目が和む。 「今日はお仕事休むって決めたんでしょ? だったらちょっと、私に付き合いなさい」 「は・・・何を・・・?」 「そろそろ私、休憩時間なのよ。 もう遅いけど、お茶でもしましょう。 あなた相当ストレスたまってるみたいだし、仕事の愚痴くらい聞いてあげるわよ?」 カウンセリングも仕事のうち、と、いたずらっぽい口調で言う彼女に、リンクは目を丸くした。 「おや。おばあさんの相手は嫌かしら?」 くすりと笑みを漏らした彼女に、いつもの癖で眉間に皺を寄せてしまったリンクは、額を押さえて呻く。 ややして、 「・・・ウォーカーを捕まえ損ねて、無駄になりそうだったケーキがあるのです。 よろしければ・・・」 低い声での申し出に、婦長が笑みを深めた。 「あら嬉しい。 あなたの作るケーキはおいしいって、評判よ」 「恐縮です」 額の傷が痛むために、不機嫌な表情を作ることができなくなったリンクが、無表情のまま憮然と言う。 「じゃあ、私も取って置きの茶葉を出しましょ。 今年のファーストフラッシュよ」 「それは・・・楽しみです」 そうは言いつつも、決して笑みを浮かべようとしない頑固な彼に代わって、婦長は楽しげな笑声をあげた。 同じ頃、知らないうちにリンクから逃げ切っていたアレンは、ラビと共に、激怒した清掃班の団員達にこき使われていた。 「あのぅ・・・オナカすきましたぁ・・・」 「はぁぁぁ?!」 おどおどとしたアレンの申し出はしかし、凄まじい怒りの形相の前に儚く消え去る。 「すみませんなんでもないです・・・・・・」 廊下に両膝をつき、うな垂れるようにしてごしごしと床を磨くアレンの傍らで、ラビが盛大なため息をついた。 「なんっなんさ、このインク! 全っ然落ちねぇぇぇ!」 鮮烈な赤一色で二人の影を描いたまま、かすれもしないインクは、彼らだけでなく、清掃のプロである清掃班員達をも苛立たせる。 「文句言ってないでさっさとこすんなさいよッ! ここだけじゃなく、あんたらの足跡だってずっと続いてんだからねッ!!」 回廊中に響き渡る声で怒鳴られ、二人は亀のように首をすくめた。 「も・・・信じらんないッ! インク飛び散らせながら城内歩くなんてッ!」 「これ、キレイに消すまではごはん抜きだからねッ!」 ヒステリックな怒声に慌て、二人は一所懸命に床をこする。 やがて、 「いつも使ってる洗剤じゃダメね。 科学班に言って、このインクを分解できる薬剤がないか、聞いてくる!」 一人が廊下を駆けて行くと、皆がなんとなく手を止めた。 「ところでさ、アレン?」 「ん?」 床の上に座り込んだラビに髪を引かれ、アレンが振り向く。 「これだけこすっても落ちないんさ。 お前の髪、いつまでピンクなんだろうな?」 「はぅ――――っ?!」 すっかり忘れていたことを指摘され、アレンは絶叫した。 「今まで紅白コンビだったけど、これで赤毛連盟組めるな 「誰が染めたんですかッ!」 楽しげに笑うラビの胸倉を掴んで、アレンはがくがくと揺さぶってやったが、ラビの笑いは止まらない。 「一人で紅白よかいいじゃんさー 諦めて、赤毛連盟組も 「やだ――――!!」 ピンクに染まった髪を、わしゃわしゃとかき混ぜるラビの手を振り払い、アレンはいつまでも暮れない空へ向かって泣き声をあげた。 ―――― 翌日、完璧に修復してもらったティムキャンピーは、そよそよと吹き寄せる爽やかな風に乗って、新緑の間に羽根を休めた。 きょろきょろと、丸い身体を四方に向けては、目当ての『頭』を探すが、どうしても見当たらない。 困惑げに羽根をはためかせていると、餌を求めてやってきた鳥達に邪険にされ、仕方なしに枝を飛び立った。 そのまましばらく、うろうろと宙を羽ばたいていたが、やがて諦めたように尾を振って旋回し、黒い頭に舞い降りる。 「! ティム、どうして私の上に乗るの?」 びっくりした、と、大きな目を丸くするリナリーの肩に尾を垂らし、ティムキャンピーはそわそわと辺りを見回した。 と、 「僕はこっちだよ!」 不機嫌な声と共に伸びた手にいきなり身体をつかまれ、ピンク色の頭の上に乗せられる。 『っ!!』 いつもと違うアレンの髪色に驚き、確かめるようにパタパタと彼の周りを飛び回るティムキャンピーに、アレンは思いっきり不機嫌な顔を見せつけた。 「言っとくけど! こんな髪になったの、元はと言えばお前のせいなんだからな!」 「聞いたアレン君達が悪いんでしょ」 リナリーに冷たく言われ、アレンは気まずげに黙りこむ。 「まぁまぁ、可愛くなって、良かったじゃないさ♪ お前しばらくこのまんまみてーだし、おとなしく俺と赤毛連盟組め 昨日、廊下に飛び散ったインクは、科学班から譲り受けた薬品で消すことが出来たものの、『髪に使えば間違いなくハゲる』と言われた劇薬だけに、アレンはなんの対処も出来ないでいた。 「やだ・・・! こんな、カラーひよこみたいな色、やだ・・・・・・!」 白髪の方がマシ、と、泣き出したアレンに、リナリーもさすがに罪悪感を覚えたか、よしよしと頭を撫でてやる。 「大丈夫だよ。 そのうち色も落ちてくるだろうし、髪が生え変われば元通りになるんだから」 「毛先がピンクかー・・・。 それはそれで可愛くなりそうさ プードルみたいに、と、ラビが余計なことを言い、アレンは更に深い嘆きに落とされた・・・。 Fin. |
| ・・・リナリーがどす黒くてごめんなさい(^▽^;) このお話は元々、去年の節分SSだったものをリサイクルしました。 出だしの『オンナノコの話題を聞いてしまうアレン&ラビ』は結構気に入っていたので、ようやく使えて嬉しいです(笑) そして俺やりました! リバミラSSで初めて!班長がミランダさん呼び捨て&タメ口になりましたよ!!(笑) 原作でようやく班長がミランダさんと接点持ってくれましたのでねぇ!(笑) ミランダさん呼び捨ての班長はきっと、こんな口のきき方するんじゃないかな、と、予想です。 えぇ、マリさんとの方がいい雰囲気だったなんて、気にしないことにしましたから。 第156夜は既に封印しましたから!>めっさ気にしとるやんけっ!! ふふ・・・姫抱っこくらいなんですかアレン君なんて膝枕してもらったし抱きしめてもらったけどリバミラ不動だったじゃないですか俺! ラビなんて海から救助してんだから当然姫抱っこくらいしたでしょうけど全然余裕でリバミラ不動じゃないですか俺!! 大丈夫・・・俺はいける・・・俺はがんばれる・・・俺はいける・・・俺はがんばれる・・・・・・!(自己暗示)>必死やな(笑) 孤立無援でも戦い続けますので、応援よろしくですよ・・・っ!! ちなみに私は、今見れば首吊りたくなるような過去の作品も、とりあえずさらしっぱなしにしています・・・(逝け) *後日追記* 去年の節分SS『get out from the shell』をリサイクルしたことは既に言ってましたが、冒頭、ほとんど同じだったことは、ご指摘いただいて気づきました(^^;) 申し訳ありませんでした;; 『雪の描写』を春に書き直してますが、こちらが元の文章です(笑) リナリーがミランダと手を組んで、何も知らない神田の祭(節分)に便乗し、悪い子たちにお仕置きをするお話でしたよ(笑) |