† The Taming of the Shrew †
それはコムイの元にもたらされた、一通の招待状から始まった。 「パーティ?こんな時に?」 常におどけた表情で真情を隠すコムイが、珍しくも不快感をあらわに呟く。 「暢気に談笑する気分じゃないんだけどね、今」 憮然と呟いて、差出人の名前を見たコムイは、既知の枢機卿の名にわずか、目を見開いた。 「・・・何か、別に通信が入ってなかったかい?」 潜められた声に、リーバーは黙って通信文を差し出す。 薄い紙に走り書きされたメモに素早く目を通すと、コムイは火の点いたランプの中にそれをくべてしまった。 「味方がいると言うことは、ありがたいことだね」 コムイがにやりと口の端を曲げれば、リーバーも薄い笑みを浮かべて頷く。 「じゃ、出席と言うことでいいっすかね?」 「うん・・・・・・」 言ったものの頷きはせず、コムイはしばし、あらぬ方向を見遣った。 「関心は高いんだけど・・・残念ながらボクは動けそうにないなぁ。 リーバー君、キミ、ボクの代理で行かない?」 「室長以上に身体の空かない俺に言いますか?」 「だよねー」 舌打ち交じりの返事に頷き、コムイはデスクの受話器を取り上げる。 「リナリー 蕩けそうな声で愛しい妹を呼び寄せると、彼は手にした招待状を差し出した。 「パーティの招待状? 猊下から・・・なんで?」 引越しで忙しいのに、と、先程の彼と同じく眉根を寄せたリナリーを、コムイが手招く。 リナリーが広いデスクを回り込んで兄の側に行くと、彼は妹を抱き寄せて耳打ちした。 「ノアの影がある」 「!」 目を見開いたリナリーに、コムイは無言で頷く。 「キミなら、十分にボクの代理になり得るよね? 誰かパートナーを見繕って、調査に行ってくれないか」 「う・・・うん!」 やや緊張気味に頷いて、リナリーは顎に指を当てた。 「・・・じゃあ、アレン君と行って来る!」 「ダメ!!」 すかさず却下され、リナリーは目を丸くする。 「な・・・なんで?!」 「それはこっちが聞きたいよッ! なんでよりによってアレン君なのさッ!!」 「なんでって・・・・・・」 困惑げに眉根を寄せ、リナリーは小首を傾げた。 「イノセンスが無事なの、アレン君だけ・・・」 「マリだってブックマンだって、元帥達だって無事でしょぉぉぉ?! なのにどーしてアレン君!よりによってアレン君ッ!!」 ヒステリックな声で迫る兄を押しのけつつ、リナリーはため息を漏らす。 「それじゃあパートナーって言うより、保護者同伴だよ・・・」 「保護者同伴でいいじゃないッ!!」 「班長ぉ〜〜〜〜・・・」 困り果てた目で見られたリーバーは、苦笑してリナリーとコムイを引き離した。 「いいじゃないっすか、アレンで。 あいつなら、なんかあった時もリナリーと一緒に逃げられるだろうし」 「言っとくけど! 今回の任務は主に情報収集で、任地はパーティ会場だよ?! ご馳走に目の眩んだアレン君が、まともな仕事できると思う?!」 あからさまに後付けの理由ながらも、尤もな指摘に、リーバーが気まずげに黙りこむ。 「じゃあ・・・そうだな、神田なんかどうです? イノセンスは持ってねェけど、任務はきっちりこなすだろうし、何より、奴ならアンタの気に障らないでしょ」 「・・・・・・・・・そうだね」 その提案に、コムイは憑き物が落ちたように唐突に落ち着いた。 「でも・・・いいの? ノアがいるかもしれないのに、イノセンスがないんだよ?!」 「イノセンスがなくても・・・彼なら信用できるよ!」 不安げなリナリーににこりと微笑み、コムイは何度も頷く。 「そうだよ、神田君なら誰よりも適任じゃあないか。 任務は確実にこなすし、教団代表でパーティに出しても恥ずかしくない美人だし、普段は傲岸不遜だけど、あぁいった場での礼儀作法は別の生き物かと思うくらいきちんと心得てるし、何より、リナリーに対して危なくない」 「・・・私になんの危険が迫ってたって言うんだよ」 ぶつぶつと暗い声を漏らす兄に、リナリーが呆れて呟いた途端、コムイの目が吊り上った。 「あんなとんでもない危機が身近に迫っているのに自覚しないなんて!! やっぱあの子、殺しておこう!そうしよう!!」 絶叫するや、マシンガンを構えて立ち上がったコムイを、リナリーとリーバーが慌てて羽交い絞めにする。 「やめてください!希少なエクソシストなんっすから!!」 「だめぇぇぇっ!!アレン君殺しちゃだめぇぇぇっ!!」 「えぇいお放しなさいキミタチ!!世界平和のためだよ!!」 「ある意味そうだがっ・・・せめてこの戦争が終わるまでは生かしといてくださいよッ!」 「班長までなんてこと言うんだよッ! 兄さんも・・・いい加減にして!!」 言うやリナリーはコムイの腕を捻り上げ、すかさず取り上げたマシンガンをリーバーに押し付けた。 「・・・っわかったよ! パーティには、神田と行って来る。 それで異存はないよね?」 「・・・うん」 折れかけた腕をさすりながら頷いたコムイに、リナリーは深々とため息を漏らした。 「私がいない間、兄さんがアレン君を殺さないように見張っておいてね、班長」 「了解・・・まぁ、俺が目を放しても、あいつにゃ番犬がいるから、安心して行って来い」 「あっちはあっちで不安なんだよ・・・」 ふう、と、ため息を漏らして、リナリーは踵を返す。 「じゃあ、神田に伝えてくるね! あ、なに着ていくかも決めなきゃ! ミランダに見てもらおぅっと♪」 危険な任務だというのに、うきうきと声を弾ませるリナリーを見送り、コムイとリーバーは、やや不安げな視線を交わした。 「・・・大丈夫っすかね?」 「大丈夫でしょ・・・神田君は、リナリーの暴走ですら止めるよ」 苦笑したコムイに、リーバーも頷く。 「そっすね・・・あいつに任しときゃ、間違いはねぇか」 呟いて、リーバーは安堵の笑みを浮かべた。 一方、コムイとリーバーに深い信頼を寄せられた神田は、リナリーから任務の報せを受けると、眉間に皺を寄せた。 「めんどくせぇな・・・」 「なに言ってんですか!!」 「羨ましいことこの上ないさッ!!」 呟いた途端、両脇から喚声が沸く。 「パーティって、ご馳走いっぱい出るんでしょ・・・! その上リナリーをエスコートできるなんて、僕が代わりたい・・・っ!!」 「あの枢機卿が主催すんなら、きっと色んな国の重鎮が来るんさ・・・! 世界情勢一気に調査するチャンスだぜ?!俺が行きてぇぇぇぇぇぇっ!!」 アレンとラビの二人が二人とも、悔しげにこぶしを握り、呻き声を上げた。 「神田、お願いッ!」 「ユウちゃん、一生の頼みさっ!」 「僕と・・・」 「俺と・・・」 「代わってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」 暑苦しく縋ってくる二人に、神田のこめかみが引きつる。 「うぜぇよてめェら! 任務だっつってんだろ!そう簡単に代われるかッ!」 怒鳴りつけて振り払うと、二人はすかさず身を寄せ合って、神田へ恨みがましい目を向けた。 「ユウちゃんてば、ついさっきめんどくさいって言ったくせに・・・!」 「神田ってば、ご馳走とリナリーを独り占めする気ですよ!やらしい!神田やらしい!」 「ユウちゃんなんか、世界情勢全く興味ないクセにぃぃ・・・っ! 新聞も読まねェで各国の重鎮に会ったって、恥かくだけさ!」 「いっそ、ジャポニスム大好きな大陸人に攫われればいいんですよ!下にも置かないもてなしされるでしょーよ!」 「シェーンブルンにでも潜入すればいいんさ、この美人! 漆の間にでも飾られるがいいさ!」 『ねー?!』 と、気色悪く声を揃え、鏡あわせに首を傾げたアレンとラビの間に、白刃がぴたりと納まる。 「そうか、死にてぇか・・・」 『すみませんでした、神田さんっ』 凄まじい殺気を向けられ、二人は震え上がって声を揃えた。 「じゃあ、任務了解でいいんだね、神田?」 状況を笑って見ていたリナリーが改めて問いかけると、神田は憮然と頷く。 「ふふっ じゃあ、衣装決めにいこっ! 神田をドレスアップさせるのって、すごくやり甲斐あるから、みんな喜ぶよっ!!」 「・・・・・・マジめんどくせ」 リナリーに腕を引かれ、不承不承ついて行った彼を、アレンとラビは、恨みがましげな目で見送った。 「なんか・・・ムカつきます」 「邪魔してやりてーって思ったのは、俺の心が狭いからじゃないよな?」 十分心の狭いことをほざきつつ、二人は手を握り合わせる。 「この世には・・・」 「招かれざる客もいるさね!」 にんまりと笑い交わして、二人は企みを巡らせることにした。 「へぇ・・・パーティ・・・」 つまらなそうに呟いて、クラウドはミルクを注いだティーカップを、愛猿に渡してやった。 「それ、私も参加しなきゃいけないのか?」 淡々とした声に、うんざりとした心情を滲ませつつ、ミルクを飲む猿を撫でていると、ティエドールはにこやかな顔を横に振る。 「違うよ。 リナリーとユーくんが潜入捜査するんだけど、衣装を選ぶのが楽しいって話を・・・」 「なんだと?!」 突然、大音声と共に椅子を蹴って立ち上がった彼女に、ティエドールは目を丸くした。 「それは本当か?!」 テーブル越しに詰め寄られ、ティエドールは声も出せないまま頷く。 途端、クラウドの目がキラキラと輝き出した。 「それを早く言わんか、フロワ! 娘が社交界デビューする時、ドレスを選んでやるのは母親の役目だよな?!」 「そ・・・そうだね・・・たぶん・・・・・・」 ティエドールが頷くや、クラウドは頬を紅潮させてこぶしを握る。 「あの子がとうとう社交界デビュー・・・! 一般的な年齢として、ちょっと遅かった気もするが、そんなことは構わん! 私が完璧にセッティングして見せる!!」 「は・・・はぁ・・・そうかい・・・。 キミがサポートしてくれたら、あの子もさぞかし心強いだろう・・・・・・」 ずれたメガネを直しつつ、しどろもどろに言う彼に、クラウドは満面に笑みをたたえて頷いた。 「任せておけ、フロワ! ユウのドレスは、私が完璧に揃えてやろう!」 「うん・・・って!! リナリーのことじゃなかったのかい?!」 思わず大声を上げると、クラウドは訝しげな顔でティエドールを見る。 「リナリーにはもう、何人もサポーターがいるだろう? しかしユウは意地っ張りだから、なんでも一人でやろうとするに違いない。 ここはママが、きっちりサポートしてやらなきゃな! ラウ!!」 呼ばれて、ティーカップをなめていた猿がクラウドの肩に乗った。 「早速、ユウの所へ行くぞ!!」 「クラウド!!」 凄まじい勢いで駆け去ったクラウドの背に、ティエドールが虚しく呼びかける。 「ユーくんは・・・男の子だよ・・・・・・」 激しく勘違いしている彼女に、しかし、その声は届かなかった。 その頃、衣裳部屋では。 「神田、また背ェ伸びたろ? サイズ測るからちょっとじっとしてろ」 と、メジャーを伸ばすジョニーにおとなしく従う神田を、リナリーがにこにこと見つめていた。 「・・・なんだよ」 「えへ 神田、おっきくなったなぁって思って 「はぁ? お前は俺の母親か」 憮然と言い放つが、リナリーは気にせず笑みを深める。 「昔、よく背比べしたよね。 私、いつまでも追いつけないのが悔しくて、一所懸命背伸びしてたの」 「2つも違うんだ。追いつけなくて当たり前だろ」 「そうだけどさ・・・」 むぅ、と頬を膨らませたリナリーは、いきなり吹き出した。 「今度はなんだ」 うんざりと言った神田に、リナリーがクスクスと笑う。 「こんなに大きくなっちゃ、もうドレスはムリだね 途端、神田の目が吊り上った。 「当たり前・・・っ!」 「それは聞き捨てならんな!」 蹴破られたかと思う勢いで開いたドアが神田の言葉を遮り、目を丸くする一同の中を、クラウドがつかつかと彼に歩み寄る。 「自信を持つんだ、ユウ! お前ほどの美人なら、社交界の華にだってなれるぞ!」 「あんたいきなり来てナニすっとぼけたこと言ってんだ!!」 神田の怒声を完璧に無視して、クラウドは彼の両肩に手を乗せた。 「剣術なんかやっていれば、肩幅が広くなるのも仕方がない・・・。 だが、衣装のデザインによって、いくらでもごまかしはきくんだ!ジョニー!!」 「はっ・・はいぃぃっ!!」 鋭く呼ばれ、ジョニーが直立不動の姿勢を取る。 「我が最愛の娘の、社交界デビューを必ず成功させるぞ! 今持っているドレスのデザインを全て見せろ!」 「いや・・・あの・・・でも・・・・・・」 神田は男だと、反論しようとした口は、彼女のひと睨みで閉ざされた。 「ぐずぐずするな!!」 「はいっ!!」 脱兎の勢いで駆け出したジョニーの襟首を、神田がすかさず捕まえる。 「ちょっと待て!!俺はドレスなんか絶対着ねぇぞ!!」 「大丈夫だ!私に任せろ!」 「任せるか!・・・ってか!あんたもいい加減現実を見ろよ!俺は男・・・!」 「ママが完璧にセッティングしてやるからな!」 キラキラと目を輝かせ、頭を撫でるクラウドの手を、神田が邪険に払った。 「こっそり髪に花飾ってんじゃねぇっ!!」 「あのー・・・」 凄まじい勢いで繰り広げられる舌戦に、リナリーが遠慮がちに割って入る。 「とりあえず、ジョニーは放してあげない?」 ふと見れば、神田に締め上げられたジョニーが、口から泡を吹いて目を回していた。 同じ頃、 「パーティ? あぁ、あの枢機卿のか・・・」 ラビに詰め寄られたブックマンは、手にした新聞を畳んで、ポケットに手を入れた。 「私も招待を受けておる。 ・・・もっとも、教団の団員としてではなく、私個人に宛てたものゆえ、ご辞退しようと思っていたのだが・・・」 「俺が行くさ!!」 すかさず手を上げて、ラビはブックマンがポケットから取り出した招待状を掠め取る。 「ジジィは持病の通風で寝込んでるっつっといてやっからね 「誰がやると言った!」 踵を返したラビの背にきつい蹴りを食らわせて床に這わせると、ブックマンはラビが手にした招待状を取り戻した。 「なんでダメなんさッ!」 「立場をわきまえんか、このアホがっ! 仮とはいえ、今はこの教団に所属しておる身だ。 室長殿や元帥方を差し置いて招待を受けるわけにも行くまいよ」 「それなら大丈夫さっ! コムイの代理はリナが行くってゆーし、元帥に遠慮しなくていいように、俺がクラウド元帥 「・・・元帥の了承は取ったのか?」 「今から! でも、断んねーと思うさ、今回は!」 嫌に自信満々の弟子を訝しげに見遣ると、ラビは盛大に吹き出す。 「だってっ! リナのパートナー、ユウちゃんなんだもんさ 「それは・・・確かに」 思わず納得したブックマンににこりと笑い、ラビは再び招待状を取り上げた。 「じゃ もらうさね 「うむ・・・ならばついでだ。 お前自身は『ブックマンJr.』として行って来るがいい」 「了解さ ようやく手に入れた招待状を持って、慌しく駆け去っていった弟子の背に、ブックマンは深々と吐息する。 「本当に・・・あの小童は、いつになったら落ち着くものやら・・・」 一旦は畳んだ新聞を再び広げ、ブックマンは取り出した葉巻に火をつけた。 ラビがブックマンから招待状を手に入れた頃、アレンはリンクにまとわりついていた。 「・・・なんですか突然、気持ち悪い」 そう言って、リンクが眉根を寄せるのも無理はない。 いつもは彼から逃げるばかりのアレンが、自ら近づいてきた上に、ずっと付きまとっているのだから。 しかし、アレンはリンクの不機嫌な表情をものともせず、彼の腕を引いた。 「リンクリンク 君、中央庁の人だから、枢機卿にお知り合いいますよね?」 「・・・君は教団本部のエクソシストですが、大元帥のお知り合いがいるんですか?」 うんざりとした声の問いに、アレンはふるふると首を振る。 「いや、それはないですよ。 大元帥なんて僕、入団当日の一度しか会ってません」 アレンがきっぱりと言うと、リンクはこれ見よがしにため息をついて見せた。 「君は今、私にそれと同じことを言ったんですよ。 中央庁所属の全員が枢機卿とお知り合いになれると思っているなんて、無知もいいところですね」 そのあまりに嫌味な言い様に、アレンがこめかみを引きつらせる。 「ふぅん・・・長官直属の監査役なんて言うから、あちこちに伝手があると思ってたのに、大した事ないんですねリンクは」 「なにをぬかすかこのクソガキが!!」 激昂したリンクに、アレンは鼻を鳴らした。 「だーって、偉い人とは口も利けないんでしょ? だったら僕の方が、元帥の弟子なだけましだもん」 「ほう。あんな破戒僧の弟子でも嬉しいですか」 「う・・・嬉しいとは言ってません・・・よ・・・・・・」 こみ上げる吐き気をこらえつつ目を逸らしたアレンに、リンクは仕返しのように鼻を鳴らす。 「まずは理由を言いなさい、ウォーカー。 それによっては、打つ手があるかもしれません」 「・・・・・・言っても怒らない?」 「もう十分怒っています」 上目遣いのアレンを見下ろし、言い放ったリンクは、理由を聞いて眉間の皺を深くした。 「却下」 「なんでー!!!!」 「ご馳走食べたいからって理由で、なんで私が枢機卿との橋渡しをしてやらなければならないのですっ?! パーティ料理なら、いつでも料理長が作ってくれるではありませんか!」 「そうだけどっ!」 不満げに頬を膨らませ、アレンは両手でリンクのジャケットに縋る。 「リナリーは神田と行っちゃうし、ラビはきっとどこかから入手するもんっ! 僕だけ置いてけぼりなんてヤダッ!!」 「甘えてんじゃないですよクソガキが!!」 「パーティに行けるんならクソガキでいいもん!! ねぇぇぇぇぇぇ!!お願いぃぃぃぃぃ!! パーティに行かせてくれたら、『魔法使いのおばあさん』って呼んであげるからぁぁぁぁ!!」 「誰が呼んで欲しいかッ!!」 暑苦しく縋ってくるアレンをぐいぐいと押しのけ、リンクは荒く息をついた。 「ともかく! そんなくだらない理由での外出は却下です! ここでおとなしく科学班のお手伝いでもしてなさい!!」 思いっきり突き放してやると、アレンは頬袋でも持っているのかと思うほど、大きく頬を膨らませる。 「ケチ!!」 「ケチで結構!!」 アレンの絶叫に、リンクは冷厳に応じた。 「ほぇー。 んじゃ、お前だけ行けないんさ」 招待状を入手し、得意げなラビに改めて指摘されると、アレンはテーブルの上に突っ伏して泣き出した。 「なんで僕だけ・・・! みんな行くのに、なんで僕だけ置いてけぼりなんだよぉぅ・・・・・・」 しゃくりあげるアレンの頭を撫でてやりながら、ラビは彼の耳元に囁く。 「それがさ、さっきリナに聞いたんけど・・・あいつ最初は、お前と行く気だったらしいさ」 「なんっ・・・?!」 勢い良く頭を上げたアレンに、ラビは苦笑を向けた。 「パーティっつっても、実際は『ノアの調査』だろ? だから、イノセンスが使えるお前をパートナーに、って事だったらしいんけど、コムイが猛反対したって」 「コッ・・・ムイさんっ・・・がっ・・・・・・?!」 喉を引きつらせるアレンに、ラビが頷く。 「思い当たる節があんだろ? お前、相当警戒されてんさ」 楽しげに笑うラビに頷くこともできず、アレンは凍りついた。 「そゆわけだから、招待状を入手できんかったんはむしろラッキーだと思って。 今回はおとなしく留守番することを推奨するさね」 「でも・・・僕だけ仲間はずれなんてぇー・・・・・・」 またさめざめと泣き出したアレンに肩をすくめ、ラビは苦笑する。 「ほんじゃ、さ。 お前、ここでのパーティ主催しろよ」 「は?パーティ?ここの?」 首を傾げたアレンは、ややして手を打った。 「あぁ! 引越し前に『いままでありがとう・教団本部』パーティ?」 「それもいいんけど・・・」 にんまりと、ラビは少々意地の悪い笑みを浮かべる。 「枢機卿のパーティって、5日の夜だろ? 俺らが帰ってくるんは、日付が替わるか替わんないかって時間だろうからさ、ドレスアップついでにユウちゃんのお誕生日パーティ 「・・・なんで僕があのいけすかないぱっつんの誕生日パーティなんか主催しなきゃいけないんですか」 暗い声音で一息に言い切ったアレンに、ラビが吹き出した。 「ホント仲悪ィよなぁ、お前ら! でもだからこそ、楽しいパーティが企画できっだろ?」 「楽しいパーティ・・・?」 呟いて、『あぁ!』と頷く。 「パーティ嫌いの神田に嫌がらせですね!」 「・・・そうはっきり言われると、なんだかな」 「そう言うことなら任せてください! 大道芸で培った経験を生かして、これでもかと見世物にしてやりますよ!!」 目をキラキラと輝かせ、アレンは両のこぶしを握った。 「ふははははははははは!! 楽しみにするがいいですよ忌々しいぱっつんが!! 盛大なパーティを催してくれる!!」 「・・・・・・なんだかすげー矛盾したこと言ってるさ」 余計な提案しちまった、と、ラビは早速後悔してしまう。 が、アレンはそんな彼をきれいに無視して、今までの消沈振りが嘘のように生き生きとパーティの計画を立て始めた。 数日後、ジョニーから試着に呼ばれた神田は、部屋に入った途端、美しいドレスの傍らでキラキラと目を輝かせるクラウドの姿を見て、がっくりと肩を落とした。 「元帥・・・あんたってひとは・・・・・・!」 「お前にはヴァイオレットが似合うと思って!」 「似合う似合わないの問題じゃねぇだろう!!」 そもそも形態が違う、と、声を荒げる神田に、クラウドが不満げに唇を尖らせる。 「全くワガママな・・・。 まぁ、そう言うだろうとは思っていたがな」 「予想してたんなら無駄なことすんじゃねぇよ!」 神田がイライラと目を吊り上げると、クラウドはぷいっと踵を返した。 「ヴァイオレットが気に入らんと言うなら、赤でも青でも好きなのを選べ。 だが私のお勧めは、やはりラベンダーとか・・・」 「色の問題じゃねェ!!」 クラウドが次々と差し出してくるドレスを押し返し、神田は部屋の隅で小さくなっているジョニーを睨みつける。 「まさか! ドレスしか用意してねぇなんて言わねぇよな?!」 「ひっ!!」 ものすごい形相で睨まれ、ジョニーが震え上がった。 「う・・・うん・・・! いちお・・・用意はしてんだけど・・・・・・」 おどおどとクラウドの顔色を伺いつつ彼が示した先には、スーツがかけてある。 が、 「あんっな地味なもの、いつでも着れるじゃないか! きれいなドレスは若いうちにしか着れないんだぞ?!」 両手を腰に当て、不満げに言い放ったクラウドに、元々低い位置にある神田の我慢の限界はあっさり超えた。 「いい加減にしろ!! 俺は男だって、何度言ったら理解すんだあんたはッ!!!!」 「こんな美人が男だなんて、納得できるか馬鹿者!!」 「しろよ!」 「嫌だ!!」 激しく言い争う二人の間で、ジョニーがひたすら震える。 そんな彼に、ドア付近から呼びかける声があった。 ふと見れば、アレンがこっそりと彼を手招いている。 「な・・・なに・・・?」 ジョニーが床を這うようにして近づくと、アレンは彼に、にっこりと笑いかけた。 「お困りのようですね、ジョニー? 助けてあげましょうか?」 「ホッ・・・ホント?!」 助けて!と、涙を浮かべて懇願する彼に、アレンが莞爾と頷く。 「じゃあね、その代わりなんだけど・・・」 ひそひそと囁きかけると、ジョニーは首振り人形のように激しく頷いた。 「交渉成立ですね じゃあ・・・クラウド元帥ー!」 にんまりと笑ってジョニーと握手を交わしたアレンは、大声でクラウドに呼びかける。 「神田にドレス着せるって聞いて、見物に来ましたー 大声で笑いながらアレンが部屋に入った途端、神田のこめかみが引きつった。 「着ねェっつってんだろ!!」 大音声と共に、神田を中心に風が巻き起こり・・・次の瞬間。 彼の周りに並べられた華やかなドレスが、全て端切れと化した。 「ユウ――――!! なんってことをするのだ、せっかく私がお前のために選んだドレスを!!」 「やかましい!!絶対ェ着ねェっつったろ!!」 色とりどりの端切れがはらはらと舞い落ちる中、神田の怒声を受けて、クラウドの表情が変わる。 「全く、強情な・・・!」 一瞬の動きで鞭を閃かせ、神田の手から刀を奪い去った。 「フロワが甘やかすから、とんだじゃじゃ馬になってしまって! こうなっては仕方ない・・・一時とはいえ、母親だった私が徹底的にレディ教育を施してやろう!!」 「マジやめろ!!」 「まずは言葉遣いから再教育だな!」 言うや、クラウドが手を翻し、鞭が神田を絡め取る。 「放せコノヤロー!!」 「お放しください、だ。 ・・・いや、待てよ? ここは大和撫子らしく、『お放しになって』の方がそそるな」 「なにがそそるんだこの変人元帥!! とっととこの鞭はずせよ!!」 「お前が立派なレディになるまでは放してやるもんか。 だが安心しろ。 お前の社交界デビューは、ママがしっかりサポートしてやるからな! ジョニー!!」 「はひっ?!」 今度はどんな無理難題が、と、緊張する彼に、クラウドはにっこりと微笑みかけた。 「私はこの子のレディ教育に専念するから、ドレスの用意を頼むぞ!」 「は・・・はぁ・・・・・・」 頷いたジョニーは、喚声をあげつつクラウドに引きずられて行く神田を、呆然と見送る。 「・・・あ!試着!!」 本来の目的を思い出した時には既に影も形もなく、ただ傍らで、アレンが腹を抱えて笑っていた。 「・・・普通これって、逆じゃないの?」 自室で色とりどりのドレスに囲まれていながら、不満げな声を漏らすリナリーに、ミランダが苦笑した。 「クラウド元帥のこと?」 「仕事だけど・・・社交界デビューは私も一緒だよ?! なのに、なんで私は放置で、神田ばっかり・・・」 「それについてなのだけど・・・・・・」 ぶつぶつと不満を漏らすリナリーに、ミランダが困惑げに首を傾げる。 「あの・・・クラウド元帥は、どうして神田君を女の子だと勘違いしてらっしゃるの?」 「う・・・。 勘違い・・・とは、ちょっと違うかな・・・・・・」 「え?」 「そう・・・思いたがってるって言うか・・・・・・」 気まずげに言ってベッドに腰掛けたリナリーは、身に当てていたドレスを膝の上に置いた。 「クラウド元帥は・・・教団で唯一の女性元帥でしょ? だから、エクソシスト候補生として教団に連れて来られた女の子は全員・・・と言っても適合者だけだけど、クラウド元帥に預けられたの」 「そうね、当然でしょうね」 大きく頷いたミランダにしかし、リナリーは苦笑する。 「その中に、神田も・・・」 「・・・・・・えぇっ?!」 目を丸くして大声を上げるミランダに、リナリーは苦笑を深めた。 「小さい頃は、ホントに美少女だったんだよ、神田って・・・」 「う・・・それは・・・今でもなんとなくわかる気がするわね・・・・・・」 今は身体つきもしっかりとして、見間違えることなどないものの、幼い頃は勘違いする者も多かったことだろう。 「そ・・・それで、クラウド元帥が神田君の『ママ』なのね・・・・・・」 ようやく事情を飲み込んだものの、ミランダは未だ動揺の収まらないまま、早鐘を打つ胸を押さえた。 「で・・・でも、誤解は解けたはずでしょ・・・? 今は神田君、ティエドール元帥のお弟子さんなんだし・・・」 なのになぜ、と、戸惑うミランダに、リナリーが肩をすくめる。 「クラウド元帥・・・ついこないだ、弟子を三人とも一度に亡くしちゃったでしょ? それで、寂しいんじゃないかなぁとは思うんだけど・・・・・・」 「神田君には・・・いい迷惑でしょうね・・・・・・」 ミランダが怯えた声で言うと、リナリーは乾いた笑声をあげた。 「まぁ・・・親孝行の一環ではあるかもね・・・・・・」 ひとつため息をついて笑声を収めると、リナリーは再び立ち上がる。 「ママがあっちにかかりきりじゃ、仕方ないよね・・・自分のことは自分でやるよ」 「私がお手伝いするわよ」 苦笑して、ミランダは多くのドレスの中から、リナリーの肌に似合う色のドレスを差し出した。 「も・・・あの時の神田の顔っ!! すっごい面白かったんですよっ!!」 大声で笑いながら、アレンは『見て見て!!』と、ティムキャンピーのメモリーを呼び出した。 「お放しになって、って!!マジそそる!!」 ティムキャンピーが映し出した映像に、ラビも涙を流しながら爆笑する。 「言うかな?!言うのかな、神田?!」 「サムイ!!想像するだけでサムイ――――!!」 テーブルを叩いて爆笑する二人を、リンクが冷たく見下ろした。 「ネズミのようにちょろちょろと動き回っていたかと思えば・・・全く、くだらないことに労力を注ぐものですね、ウォーカー。 クラウド元帥も、変わり者揃いの元帥の中では唯一まともな方だと思っていましたが・・・」 「意外とお茶目でしょ?」 「そこがまたいーんさね くすくすと楽しげに笑いながら、アレンはパタパタと手を振る。 「それでね、例のパーティのことなんですけど! ジョニーに協力してもらえることになりましたから、盛大にできますよ 「そりゃ楽しみさ ユウちゃん、どんな顔するかね 「そりゃあ・・・」 引き付けをおこさんばかりに笑いつつ、アレンは未だ映像を写すティムキャンピーを撫でた。 「大喜びですよ・・・僕が!」 アレンの陰険な言い様に、ラビとリンクが顔を引き攣らせたが、その顔すら面白いといわんばかりにアレンは笑い続ける。 「楽しみですねー 弦月の形に歪めた口から怪鳥のような笑声を発しつつ、アレンはティムキャンピーの尾をくるくると振り回した。 「ホントに・・・美人になって 「・・・あんた絶対目が悪いだろう」 満足げに吐息したクラウドを凶悪な目で睨み、神田は地獄の底から湧きあがってきたような暗い声音で言い放つ。 だがクラウドは気にせず、椅子ごと鞭で縛り上げた神田をにこにこと飾り立てた。 「髪にはバラをと思っていたんだが、この時期、藤がきれいに咲いているだろう? ラベンダー色のドレスには、とても似合うと思うんだ!」 楽しげに笑いながら、クラウドが結い上げた髪に挿そうとした藤の花房を、神田は激しく頭を振って振り落とす。 「いい加減にこの鞭、解けよっ!!」 「お放しになって、と言ってくれたら、解いてやらんこともない」 「アホかぁぁぁぁぁ!!!!」 真っ赤になって絶叫する神田に、クラウドは肩をすくめた。 「全く、強情な娘だ」 「娘じゃねぇぇぇぇぇ!!!!」 血を吐かんばかりに絶叫する神田の頬を両手で挟みこみ、黙らせると、クラウドは真剣な目で彼の目を覗き込む。 「初めてのパーティが不安なのはわかるが、ママに任せておけば大丈夫だ。 完璧にサポートしてやるからな?」 「きっ・・・!!」 何度怒鳴っても軽やかに無視されて、さすがの神田も息が上がった。 「も・・・放せって・・・・・・」 「お放しになって」 がっくりとうな垂れた神田の前にしゃがみこみ、じっと見上げてくるクラウドに、神田がこめかみを引きつらせる。 「・・・放してください」 「お放しになって」 「いい加減お放しくださいませんかっ!」 「お放しになって」 神田をじぃっと見つめながら、辛抱強く同じ言葉を繰り返すクラウドに、神田は深々と吐息した。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お放しになって」 「きゃあ 歓声をあげて立ち上がり、鞭を解いたクラウドは、神田を抱きしめて盛大に頭を撫でてやる。 「オウムに言葉を覚えさせた時以来の感動だよ 「俺はオウムか!!」 「猛禽の方がしっくり来るけどね 憮然とした神田の手を取り、クラウドはにっこりと微笑んだ。 「ところでお前、ダンスはできるんだろうね?」 「あ?!必要ねぇだろ!」 こめかみに青筋を浮かび上がらせながら吐き捨てると、クラウドの表情がまた厳しくなる。 「馬鹿者!! 18にもなって、ダンスもできないようではモテないぞ!!」 「仕事にゃ関係ねぇだろうが!!」 「せっかくの美人なのに・・・モテなかったら悔しいじゃないか!私が!」 「あんたがかよ!」 声を嗄らして絶叫した神田は、クラウドの手を振りほどいて踵を返した。 「つきあってられっか! パーティが終わるまで、俺に近づくんじゃねェ!!」 冷たい言葉に、クラウドがむっと眉根を寄せる。 「そうは言うが、今回は情報収集が主なのだろう? ダンスくらいできないと、上流ぶった鼻持ちならない奴らからは相手にしてもらえないぞ?」 「そう言うのはリナリーにやらせりゃいいだろ! あからさまにとってつけた理由ほざいてんじゃねェ!」 肩越しに吐き捨てた途端、神田は閃いた鞭に再び全身を拘束され、床に倒れこんだ。 「全く、言葉遣いの改まらない子だな。 フロワが甘やかすから、すっかり乱暴な子になってしまって・・・じゃじゃ馬ならしも楽じゃない」 「ナニがじゃじゃ馬ならしだ!!放せよ!!」 「お放しになって」 「2度も言うかッ!!」 途端、クラウドの目が、すぅ・・・と細まる。 思わず、ぎくり、と身を震わせた神田を、彼女は厳格な目で見下ろした。 「では、永遠にこのままでいるか? 選ぶんだ、ユウ。 このまま人生を終えるか、私に従うか」 猛獣使いの気迫に、さすがの神田が鼻白む。 「ユウ」 低い声で再び名を呼ばれ、神田は脱力して床に懐いた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・勝手にしろ、ちくしょう・・・」 「いい子だ!」 すかさず鞭が解かれ、クラウドはまた、盛大に神田を撫でてやる。 「その代わり・・・妥協点だけは徹底的にすり合わせるぞ!」 うんざりとした口調ながら、しっかりと意思は通そうとする彼に、クラウドは満面に笑みを浮かべて頷いた。 翌朝、 「神田が姫特訓してるって、ホント?!」 破壊されたかと思う勢いでドアを開け、飛び込んできたアレンに思いっきり揺さぶられたラビは、ぼんやりと半眼を開けた。 「クラウド元帥が特訓してるさ・・・秘密だから、誰にも見せねぇって・・・・・・」 「それはぜひ見に行かなくちゃ!!」 キラキラと目を輝かせ、アレンは再びラビを揺さぶる。 「ホラ!早く起きてよ! 神田の姫っぷり見にいこー!!」 しかし、 「んー・・・・・・期待するほど面白いもんじゃ・・・・・・」 ラビは面倒そうに呟いて、再び眠りに落ちようとした。 「なにそれ?!もう見たの?!自分だけずるいーっ!」 甲高い抗議の声をあげるアレンに、なおもがくがくと揺さぶられて、ラビは仕方なしに目を開ける。 「んもー・・・・・・任務のない時くらい、ゆっくり寝かせろって・・・・・・のっ?!」 眼前に掲げられた鋭い爪に、ラビの目が一気に醒めた。 「アアアアレンさんっ?!そそそその爪をどけてくれませんかっ?!」 真っ青になって震えるラビに、アレンは爪の陰からにっこりと微笑みかける。 「いい目覚ましでしょ?」 「心臓に悪いさ・・・!」 ドキドキと早鐘を打つ胸を押さえ、ラビは引き攣った声をあげた。 「それで?!どこにいるんですか、姫は?!」 ラビを急かして部屋から引きずり出したアレンは、期待に満ち溢れた声をあげて辺りを見渡した。 「ちょっ・・・待っ・・・! 俺には朝メシ食う権利もねぇのかよ!」 「ぐだぐだ言ってないで、早く!」 ラビをぐいぐいと引っ張り、道案内させようとするアレンに、ラビが憮然とする。 「お前・・・自分は腹減ったら、だれかれ構わず蹴散らして食堂行くくせに・・・」 「ブランチがランチになるだけのことでしょ! いつまでも寝てるラビが悪いんですよ」 忌々しげに言ったラビにあっさりと返して、アレンは更に急かした。 「ねぇねぇ、どこどこー?!」 「・・・・・・幹部用談話室」 とうとう諦めたラビが呟くと、アレンはきょとん、と、首を傾げる。 「どこ、それ?」 「最上階のフロアにあんだよ。 班長以上の幹部しか使えない談話室が」 「えぇー!差別ぅー!!」 憮然と頬を膨らませるアレンを、しかし、ラビは呆れたように見下ろした。 「お前、この城がいつから建ってると思ってんさ。 今の軍隊にだって、高級士官専用ルームくらいあんだろ」 「そうだけど・・・僕入ったことないもん!」 「お前は城の、ほとんどの部屋に入ったことないじゃんか」 迷子になるから、と、意地悪く笑ったラビに、アレンが頬を膨らませる。 「じゃあ姫は、その幹部用談話室で特訓してんのっ?!」 「ん。 クラウド元帥が教師だかんな。 他の幹部追い出して、専用練習室にしてる」 「練習?なんの?」 「ダンス」 途端、アレンが派手に吹き出した。 「あのサムライが、どんな顔してダンスしてんの?!」 回廊中に響き渡るような大声で笑うアレンに、ラビが肩をすくめる。 「そりゃ、自分の目で見てみ」 ラビの、あまりにもあっさりとした言い様にアレンは笑みを収め、訝しげに首を傾げた。 そのままおとなしくラビの後について行った彼は、期待に胸膨らませて開けたドアの向こう側を覗き込んだ途端、憮然と黙り込む。 「どーさ? 面白くねーだろ」 ドアにもたれかかったラビに問われ、アレンは荒んだ目で彼を見上げた。 「・・・・・・・・・・・・ムカつく」 「仕方ねぇさ、パートナーなんだから」 ぽつりと呟いたアレンの頭を慰めるように撫でてやりつつ、ラビもドアの向こうを覗き込む。 そこではクラウドの指導の下、神田とリナリーがダンスの練習中だった。 「たった1日であれだけ踊れるなんて、さすがユウちゃんさね」 「・・・リナリーのサポートがいいからでしょ」 憮然と呟いたアレンの頭に顎を乗せ、ラビが愉快そうに笑う。 「誰に聞いたか知んねェけど、『姫』特訓の『姫』は、ユウじゃなくてリナリーだったみてぇさな 「・・・・・・・・・・・・ちっくしょおおおおおおおお!」 ずるずるとしゃがみこんで呻いたアレンの上に乗ったまま、ラビは更に楽しげな笑声をあげた。 「んじゃ俺、朝メシ行くけどー。 お前もヤケ食いランチ行く?」 「行きますともっ!」 ラビのからかうような口調にアレンは、ぐいっと悔し涙を拭って立ち上がる。 「こうなったら絶っっっ対! 神田の誕生日パーティ、盛り上げてやりますよ!!」 「ハイハイ、がんばっテ 暗い笑声をあげるアレンの襟首を持って、ラビは苦笑と共にアレンを階下へと連行した。 数日後、任務当日。 賑やかなパーティ会場へ、少し遅れて到着したラビは、視線の先にリナリーと神田の姿を捉えるや、傍らのクラウドに尊敬のまなざしを送った。 「さすがは元帥・・・見事な調教さ!」 「今はマダムとお呼び、ラビ」 澄まして言ったクラウドは、広げた扇で半面を隠し、そっと『愛娘達』の様子を伺う。 「ドレスを着せられなかったのは残念だが・・・まぁ、それは後の楽しみとしよう」 深々とため息をついた彼女に、ラビが苦笑した。 「・・・本気でユウちゃんにドレス着せるつもりだったんさ、マダム?」 「当たり前だろう。 私は冗談など言わん」 至極真面目な顔で言われ、ラビは苦笑を深めてクラウドの手を取る。 「でも、ユウちゃんに『レディ教育』してるんかと思ったのに、ちゃんとエスコートの仕方教えてんじゃん」 「あれは私が教えたのではない。あの子が既に知っていたことだ」 ラビにエスコートさせて階段を下りつつ、クラウドはやや不満げに呟いた。 「せっかく・・・大和撫子に仕上げたのに・・・!」 「マジ?!仕上げたんさ?!」 瞠目するラビを横目で見遣り、クラウドは赤い唇に笑みを浮かべる。 「ふ・・・お前にも見せてやりたかったぞ、ラビ・・・! あの気の強い子を屈服させて『お放しになって』と言わしめた時の興奮と来たら・・・!」 そう言って、うっとりと頬を染めた彼女を見れば、多くの者は声を失って退いたことだろうが、ラビは退くどころか、無念そうに眉をしかめた。 「いいなぁ、ユウちゃん。 俺が代わってやりたかったさ・・・!」 「最初から屈服しているお前なんぞ調教しても、面白くもなんともない」 きっぱりと言われ、ラビは嬉しげにクラウドの腕に縋る。 「そーゆーサディスティックな所も大好きさ、マダム 「・・・お前はホントにドMだね」 「マダムの側にいられるんなら、ドMでもいいさー 「そんなにくっつくな!」 しつこく擦り寄ってくる赤い頭を、クラウドが閉じた扇ではたいた時・・・横合いから声がかけられた。 「これはこれは・・・扇で顔を隠していらっしゃるから、どこぞの皇后陛下でもお見えかと思いましたよ、マダム・クラウド」 「・・・これは伯爵。 本日は下々と変わらぬ姿をしておいでか」 クラウドが思わず声を低めると、彼女の肩に乗るサルが、毛を逆立てて威嚇する。 「伯爵って・・・まさか!」 緊迫した声を発したラビを、彼はゆったりとした仕草で見遣った。 「オヤ アナタはいつぞや、我輩に炎の蛇をプレゼントしてくださった少年ですね 「・・・っ!」 「おやめ、ラビ」 すかさず身構えたラビを、クラウドが扇を突き出して制す。 「本日は、枢機卿のお招きにあずかり参ったのだ。いらぬ騒動を起こすつもりはない」 静かな声音で言われ、ラビは警戒しながらも姿勢を正した。 「さすがはマダム。 ペットの躾は完璧ですね」 「お褒めにあずかり光栄だ、伯爵」 再び開いた扇で半面を覆い、目を細めて仮面の笑みを作る。 「では、失礼」 「・・・少々お待ちを、マダム」 ラビの腕を引き、通り過ぎようとしたクラウドの背に、伯爵が声をかけた。 「先程からどうも、会場内を仔ネズミ達がうろついているようなのですが・・・あれもマダムのペットでしょうか?」 伯爵の問いに緊張したラビとは逆に、クラウドは悠然とした笑みを肩越しに送る。 「その通り。 気が向いたら、伯爵手製の菓子でもやってくれ」 クラウドの答えに、笑みを浮かべて会釈した伯爵に会釈を返し、彼女は歩を進めた。 「げ・・・元帥!ユウとリナリーが・・・!」 「静かに」 慌てふためくラビに囁き、クラウドは行き交う貴人達の姿を透かして、神田とリナリーの姿を確認する。 「本当に危険が迫れば、私がサポートする。 ・・・だからお前はもう少し、悠然としているんだな」 「う・・・」 閉じた扇で額をはたかれ、ラビは渋々頷いた。 一方、クラウド達の視線の先では、社交界デビューの二人が憮然と、あるいはにこやかに貴人達の間を漂っていた。 「ふふ・・・ 賑やかだねぇ 楽しげなリナリーを憮然とエスコートしていた神田は、華やかな人波の中にようやく求める姿を見つけ、彼女を腕に絡ませたまま踵を返す。 「ちょっ・・・もっとゆっくり!」 慌てた声で囁かれ、神田は訝しげにリナリーを見遣った。 「なにたたら踏んでんだ、みっともねェ」 途端、リナリーが思いっきり頬を膨らませる。 「仕方ないでしょ!履き慣れないんだもん、この靴!」 ダーク・ブーツが形態を変え、アンクレットのようになってしまった今、リナリーが履くのは普通の靴だ。 ドレスの色に合わせたピンクの靴は、真珠色の光沢を持って、とても可愛らしい。 ・・・が、華奢なデザインのそれは、動きやすさに比例するわけではなかった。 「ちゃんとエスコートして!」 「・・・ちっ。めんどくせぇな」 「舌打ちしないでよ、もう!」 神田の腕に縋って抗議の声をあげるリナリーを、彼はふと見下ろす。 「・・・お前、胸になに入れてんだ?」 「・・・っ?! い・・・入れてないよ、なんにもっ!!」 真っ赤になった額に汗を浮かべるリナリーに、神田はため息を漏らした。 「・・・ったく、ろくに歩けない上に水増しするなんざ情けねェ。自前で勝負しろ」 「じっ・・・じっ・・・自前だよっ・・・!!」 「バレバレだってぇんだ」 「うるさいよ! いいじゃない、ちょっとくらい! パーティドレスは胸がないと似合わないんだもんっ!!」 小声でケンカしつつ歩を進めた二人が目的の場所に至ると、招待主である枢機卿は両手を広げて彼らを歓迎する。 「東洋の至宝が二人も! よく来てくれたね、リナリー 大仰なほどに声を張り上げ、真っ赤になったリナリーの頬にキスをした枢機卿に、神田は端然と一礼した。 「お元気そうでなによりでございます、猊下。 この度は、教団本部室長コムイ・リーがお招きにあずかりましたものの、出席できずに大変申し訳なく存じます」 いつもの悪口雑言を振りまく神田からは想像もつかない丁重ぶりに、内心舌を巻きつつ、リナリーも急いで表情を改めて、枢機卿ににこりと微笑む。 「僭越ながら、兄の代理として参りました。 お久しぶりにお会いできて、嬉しく存じます、猊下」 「あぁ、そんな堅苦しい挨拶はなしにしておくれ! いつも忙しい君たちが、せっかく来てくれたんだ。 今日はぜひ、他の招待客たちとも親交を深めてくれたまえ」 老齢の聖職者らしくもなく、茶目っ気たっぷりにウィンクした彼に、二人は丁寧に礼を言う。 「では早速、幾人か紹介しよう」 にこりと、人当たりの良い笑みを浮かべた枢機卿の周りでは、既に数人の賓客が談笑していた。 教団の協力者として、ノアの影があることを知らせてくれた彼が誰を紹介するのか・・・。 油断なく視線を巡らせていた神田の眼下を、何かが素早くすり抜けた。 「リ!」 甲高い声に、周りの視線が集まる。 「ナ!」 いきなり背後から飛びつかれて、リナリーは声も出ないほど驚いた。 「リィィィィィィィィィィィッ!!!!」 「なんだこのガキ・・・」 「ロード?!」 思わず呟いた神田の声を遮って、リナリーが叫ぶ。 「な・・・なんであなた・・・」 「きゃはははは リナリーも来てたなんて、ラッキー 嬉しそうに笑いながら、抱きついたリナリーにスリスリと頬をすり寄せていたロードの目が、不意に丸くなった。 「リナ・・・?なんか落ちてきたよ?」 「きゃああああああああ!!」 真っ赤になったリナリーが悲鳴をあげ、素早く振り向いてロードを抱き上げる。 「ちょちょちょちょちょちょっっっと別室に行きましょうか、ロード! 久しぶりだから、積もる話もあるよねっ?!」 「話・・・?」 「あるよねっ?!」 ロードの反駁を無理矢理封じ、リナリーは踵を返した。 「ちょっと席外します!ごめんなさい!」 「おい!!」 ロードを抱えたまま、神田の制止も振り切って会場を出て行ったリナリーの背を、皆が呆然と見送る。 その中でいち早く気を取り直した神田が、小さく舌打ちした。 「・・・あの馬鹿!」 枢機卿に素早く一礼し、神田はリナリーの後を追う。 「ロードって・・・ノアじゃねぇか!」 実見するのは初めてだが、その名はノアの長子として、アレンやラビから聞いていた。 そんな危険人物と不用意に接触したリナリーが、既に会場前の廊下からも姿を消している事に神田は舌打ちする。 「なんのつもりだ!」 吐き捨てるように言って、彼は館内にリナリーを探した。 「ねーぇ?そんなに落ち込まなくてもいいじゃん〜?」 「・・・・・・ちょっと黙っててくれる?」 控え室のソファにぐったりと腰をおろしたリナリーは、彼女の膝に絡むロードに、暗い声音で呟いた。 「リナリーが胸パット使ってたなんて、誰にも言わないからぁ〜」 「・・・っ胸パットじゃないッ!! あっ・・・あれは・・・・・・!!」 「胸パットじゃん。 リナリーのドレスの裾から滑り落ちたのを拾ったの、僕だよ?」 「ひっ・・・膝サポーターだも・・・・・・っ!」 「・・・・・・その言い訳、苦しくない?」 酷く呆れ返った声で言われ、リナリーがますます落ち込む。 「ほらぁ。 ここには僕らしかいないから、早く胸パット入れなおして、会場にもどろぉ?」 「もう、うるさいっ!ほっといて!!」 ヒステリックに喚いて顔を覆ったリナリーに、ロードは肩をすくめた。 「そんなに落ち込むんなら、最初から自前で勝負すればいいのにぃ」 「勝負できないから水増ししたんじゃな・・・! あ・・・!」 思わず反駁してしまい、墓穴を掘ってしまったリナリーに、ロードは軽く吐息して彼女の手を取る。 「膝サポーターでもなんでもいいからさぁ、早く入れなおして、会場に戻ろぉよぉ」 再度言われて、リナリーは憮然と立ち上がった。 「・・・こっち見ないでよね!」 「いいじゃんー。 僕もおっきくなった時に使うかもしんないから、どこに入れるか見せてぇ?」 「見ないでってば!」 しつこく絡んでくるロードを振り払った時、リナリーのドレスの裾が、ふわりと舞いあがる。 「・・・リナリー、それ・・・?」 ずっと上向いていた視線を下に向けて、ロードがリナリーの足首を指した。 「靴のストラップにしては色が合ってないって思ったら、アンクレットだったの?」 ロードが下を向いている隙に服装を整えたリナリーは、壁にかかった鏡で胸元を確かめながら頷く。 「嫌な感じがする・・・。 もしかしてそれ、イノセンス・・・?」 低い声での問いには答えなかった。 と、ロードはふっくらとした唇を大きく歪める。 「ふ・・・ふふふっ・・・・・・! 酷いことするね、君達の神様は! 自分の使徒を、足枷で拘束するんだ!」 「そんなんじゃないわ!」 「じゃあ、なんだって言うのさ?」 リナリーの反駁に、子供らしくない嘲笑を浮かべたロードは、わざとらしく眉根を寄せた。 「可哀想なリナリー・・・。 僕、君が戦う姿が大好きだったよ?まるで、鳥のように宙を舞ってさ。 なのに、こんな目に遭っちゃって・・・」 笑みを浮かべたまま、ロードは床に膝をつき、リナリーの『足枷』に触れる。 「可哀想なリナリー・・・。 足を繋がれたんじゃもう、自由に飛べやしないね。 君達の神は、本当に酷い・・・。 使徒が自分の庭から逃げ出さないように、こうやって縛り付けるんだね」 猫のように細まった目で見上げられ、リナリーがびくりと震えた。 ―――― 助ケテアゲヨウカ? 声を発しないまま、ロードが唇を蠢かす。 ―――― 足枷ヲ砕イテアゲルヨ。 声にならない言葉を紡ぎつつ、ロードの指が、リナリーのイノセンスをなぞった。 「や・・・やめ・・・・・・!」 「やめろ」 引き攣った声をあげ、リナリーが足を引く直前、ロードの肩を、閉じた扇が軽く打つ。 「・・・僕の背後取っちゃうなんて、さすがは元帥だねぇ」 肩越しに振り返れば、クラウドが冷酷な目で、ロードを見下ろしていた。 「おいたはそこまでだ。 お前がイノセンスに手を出すなら、私達は反撃せざるを得ないからな」 私達、と、複数形で言った彼女に、ロードは子供らしくない表情でにやりと笑い、勢いよく立ち上がる。 「ちぇーっ!わかったよ、マダム! こんな所で騒いだら、僕、もうパーティに連れて来てもらえなくなるしぃ!」 肩に乗ったままの扇を邪険に払い、振り向いたロードは、子供らしくにこりと笑った。 「リナリーの胸も元通りになったみたいだしぃ? 会場に戻ろうよぉ。僕の家族を紹介するよぉ?」 からかうように言うと、ロードはまだ青い顔のリナリーの手を取る。 「マダムも!一緒にいこぉ?」 もう片方の手でクラウドの手を引いて、三人は傍から見ればそれは仲睦まじげにパーティ会場へと戻って行った。 「・・・っようやく戻ったか!」 神田の舌打ち交じりの声に、リナリーは首をすくめた。 「勝手に消えやがって!」 厳しく言いつつも、怪我はないか、素早く確認した神田は、その視線を傍らのクラウドに移す。 「・・・ありがとうございました」 「礼と言うものは、そんなに憮然とした顔で言うものじゃないぞ?」 扇越しに、ため息交じりの声で言われて、神田は更に眉根を寄せた。 「生憎、愛想の持ち合わせはありません」 憮然と言い放つや、 「せっかくの美人なのにぃ〜!」 と、下から声をかけられ、神田は冷たい視線を落とす。 「ふふ 僕とは初めましてだよねぇ、エクソシスト?」 にっこりと微笑みかけられたが、神田は冷淡に無視した。 「ちょっとぉー! その態度はないんじゃない?スキンを殺しておいてさぁ!」 再び、冷酷さを増した視線を受け、ロードは頬を膨らませる。 「ねぇ、お前だろぉ?あの時、僕の兄弟を殺した唯一のエクソシスト。 こんな美人だとは思わなかったけどさぁ 「・・・うるせぇよ。お前こそ、ラビに殺されたんじゃねぇのか」 途端、ロードが弾けるように笑い出した。 「バッカじゃない? ただの遊びに、命賭けるわけないじゃん!」 「・・・だとよ、ラビ。 お前、いいようにからかわれたらしいな」 ため息混じりに呟くと、神田の背後で、ラビが力尽きたようにしゃがみこむ。 「お前の遊びのせいで、俺がどんだけ酷い目に遭ったと・・・・・・!」 「苦情ならアレンに言いなよぉ。 アレンがティッキーをいぢめるから・・・あれ?そう言えばアレンは?来てないの?」 きょろきょろと辺りを見回すロードに、リナリーがムッとした顔で応じた。 「アレン君はお留守番だよ!」 「なんだぁー!つまんなぁい!」 盛大に頬を膨らませ、ロードはリナリーにしがみつく。 「じゃあ代わりにリナリーが遊んでよ! パーティって賑やかで楽しいけど、大人ばっかで難しい話してんだもん」 「嫌よ! どうせあなた、またろくでもないこと・・・」 「そうだ! リナリー、僕のおうちに来ないー? 歓迎するよぉ リナリーの言葉を遮り、ロードは彼女の腰に、スリスリと頬をすり寄せる。 「僕のお父様、キレイなものが大好きだから、きっと喜んで・・・あ!お父様ぁー!!」 手を上げ、大声で呼びかけたロードに気づくや、にこやかに歩みよって来た人物の姿に、リナリーとラビ、クラウドまでが目を見開いた。 「キャメロット・・・外務大臣・・・・・・っ?!」 「こ・・・この人が・・・あなたのお父様・・・?!」 絶句したラビと呆然とするリナリーから離れ、歩み寄って来た男の腕に縋ったロードは、甘えるように頬をすり寄せる。 「そ 僕のお父様 「やぁはじめまして、黒の教団の方々。 外務大臣を拝命します、シェリル・キャメロットと申します。 お噂はかねがね伺っておりますよ」 ロードを抱き上げ、にこやかに言った国の重臣に、神田が忌々しげに眉根を寄せた。 「どんな噂だかな・・・」 「・・・っこれはなんと!」 憮然とした声にふと遣った目を、シェリルは大きく見開く。 「枢機卿のおっしゃる東洋の至宝とはあなたのことでしたか! いや、実に美しい!」 キラキラと目を輝かせて迫りくるシェリルにぞっとして、神田は思わず数歩を退いた。 と、彼の引き攣った顔がさも面白いと言わんばかりに、ロードが明るい笑声をあげる。 「お父様ぁ 彼はねぇ、キレイなだけじゃないんだよぉ? スキンを殺しちゃったの、彼なんだぁ」 ひそひそと囁いたロードに、シェリルは今までとは違う意味で目を見開いた。 「それはそれは・・・。 あの子が死んだ時、僕は閣議の最中でねぇ・・・実に、気まずい思いをしたものだよ」 言うと、シェリルは抱いていたロードを降ろし、神田が退いた距離を一足に詰める。 「だが・・・」 長い黒髪の感触を楽しむように、そっと触れてきたシェリルに、神田の肌が粟立った。 「君に泣かされたのなら光栄だっ!!」 「気色悪ィことぬかしてんじゃねぇぇぇぇぇ!!」 場所もわきまえず、絶叫してしまった神田の背後で、クラウドが思わずため息を漏らす。 「立派なレディに仕上げるには、まだまだ躾が足りなかったか」 「っアンタもナニ目ェ開けたまま寝ボケてんだ!」 振り向きざま怒鳴りつけるや、神田の下でロードが目を輝かせた。 「レディ?! レディだったんだ?!」 「確かに君なら、ドレスも似合うだろう!」 愛娘と並んで目を輝かせ、更に迫りくるシェリルを、神田は切り裂かんばかりの眼光で睨みつける。 「テメェら目ェ腐ってんのか! 役にたたねェ目ン玉なら抉っぞゴラ!!」 神田の凄まじい咆哮に、驚いた客達の視線が集まり、リナリーが慌てふためいた。 「神田、落ち着いて!目立ってるよ!!」 「そうだよ。 一応僕は、この国の外務大臣なんだから。もっと優しくしておくれ 懲りずに神田へと伸ばすシェリルの手を、しかし、途中でクラウドの扇が阻む。 「無理強いはよくないな、大臣。 畏くも女王陛下の臣民として、レディへの作法は心得てもらわねば」 「レディじゃね・・・ッ!!」 怒声を発する神田の口を、リナリーが慌てて塞いだ。 が、その反応が却ってシェリルの興味をあおったのか、彼は芝居がかった大仰な仕草でクラウドに一礼する。 「これはこれは、私としたことが大変な失礼をば・・・! マダム、お嬢様と一曲お許し願えますか?」 と、クラウドはにこりと微笑んで、鷹揚に頷いた。 「よろしい」 「よろしくねぇぇぇ!!」 「かんっ・・・神田・・・っ!!」 絶叫と共に振り払われ、慣れない靴によろめいたリナリーの背を、シェリルがすかさず支える。 「マダムからのお許しは頂きました。 どうぞ一曲、おつきあいください、レディ」 「・・・・・・・・・・・・は?」 途端に目を丸くしたリナリーと、その傍らで呆然とした神田に、シェリルとクラウドが一斉に吹き出した。 「僕は確かに美しいものが大好きだけど、男と踊る趣味はないのでね」 「愛娘の社交界デビューに、外務大臣がお相手くださるとは光栄だ。 粗相のないようにな、リナリー」 「きゃはははは 「えっ?えっ?えぇっ?!」 シェリルに手を取られ、ダンスホールに導かれながら、リナリーは不安そうに視線をさまよわせるが、そんな彼女へロードとクラウドがにこやかに手を振る。 「・・・っからかいやがったな!」 盛大な舌打ちと忌々しげな声に、クラウドは扇から覗く目をいたずらっぽく細めた。 「だってお前、からかうと面白いのだもの」 真面目だから、と、クラウドが楽しげな笑声をあげれば、神田の目つきが剣呑さを増す。 「からかうならペットのウサギでもからかってりゃいいだろ! ・・・って、あいつはどこ行ったんだ?」 「しらなぁい。 僕に会ってがっかりしてると思ったら、いつの間にかいなくなってたよぉ?」 「ちょろちょろしやがって・・・!」 忌々しげに吐き捨てた神田は、袖を引かれて再び視線を下へ向けた。 「ねーぇ 暇なんだったら、僕と踊らなぁい?」 「・・・・・・あ?」 凶悪な眼光を、しかし、ロードは怯むことなく受け止めて、にこりと笑う。 「踊れるんでしょお? こんな機会、めったにないもんー。 踊ろぉ、エクソシスト くいくいと、しつこく腕を引いてくるロードを、神田は冷酷に無視していたが、 「ふむ・・・小さいとはいえ、レディのお誘いをむげにするものではないぞ。 ユウ、お相手しなさい」 クラウドに背を押されて、数歩踏み出した。 「あんた・・・!」 「――――・・・お前、仕事に来たんだろう?」 苦情を言おうと振り向いた途端、クラウドが機先を制す。 「彼女はノアの長子だ。探れるだけ探れ」 早口に囁くや、クラウドはにこりと笑って声を張り上げた。 「せっかくダンスの練習をしたんだ!成果をお見せ!」 「やったぁ!行こぉ、エクソシストぉ 歓声をあげて腕を引くロードに、神田が渋々ついていく。 「・・・一曲だけだからな」 身長差があるために、身をかがめた神田の手を取り、ロードは嬉しそうに頷いた。 「んわ・・・! ユウちゃんが踊ってるさ・・・!」 ノアにも同行者達にも気づかれないうちに場を離れ、会場をうろついていたラビは、この世ならざるものを見たといわんばかりに目を見開いた。 「アレンが見たら、さぞかし喜ぶだろうに・・・いや」 神田のパートナーがロードであることに気づいて、ラビは首を振る。 「喜ぶどころじゃねぇか」 苦笑して、『失礼』と、話し相手に懐こい笑みを向けた。 「友人なんですが、あまりに見事に踊るものですから、驚いてしまいました」 「あら。ではあの方も、教団の方でいらっしゃるの? なんて美しい・・・どちらのお国の方?」 「日本ですよ。ウルシの国です、マダム」 普段の彼とは違う口調で気さくに話しつつ、ラビは笑みを深める。 「ところで先程のお話ですが・・・伯爵をお招きされた際には、大陸の重臣方が何人もいらしたそうですね?」 さすがは名家のパーティ、と誉めそやされ、夫人は機嫌良く笑った。 「主人が国のお仕事を拝命しておりますものですから、そういった方々とのお付き合いも多いんですの。 中には王族の方も・・・」 自慢げな声を潜めた夫人に、ラビは大仰なほど感心して見せる。 「さすがはマダム! やはり、上流の中でも格が上でいらっしゃる」 「あらいやですわ、お恥ずかしい・・・。 我が家など、伯爵のご人脈に比べれば、まだまだですのよ」 謙遜しつつも、誇らしげに微笑む夫人に大仰に首を振り、ラビはもう一度ダンスホールへ目をやった。 彼の視線の先では、リナリーがこの国の外務大臣と踊っている。 「ご人脈といえば・・・先ほどご本人から伺いましたが、外務大臣のキャメロット卿も、伯爵ゆかりの方だそうですね。 恥ずかしながら、我が国の外務大臣までもが伯爵のご一族だとは存じませんでした」 途端、夫人は更に自慢げに声を張り上げた。 「えぇ、そうなんですのよ! 伯爵のご一族は我が国だけでなく、それは多くの国の高位顕職とご縁がありまして、主人も他国と人脈を通じたい時には、伯爵にお願いしているくらいですのよ」 「なるほど・・・ハプスブルク家のようなご一族なのですね」 感心したようにラビが頷くと、夫人は更に大きく頷く。 「そうですわね。日の沈まないご一族でいらっしゃいますわ」 「全く、すばらしいご一族です。 ですが、マダムほどご身分のある方ですと、その高位顕職の方々とも親しい間柄でいらっしゃるのでしょう? ご一同が、揃ってご主催のパーティにいらっしゃることもあるのでしょうね?」 「あらまぁ、我が家など、そう身分の高い方ではないと存じますが・・・」 あからさまな謙遜に、ラビはすかさず首を振った。 「ご謙遜を。 我が国でも指折りの名家でいらっしゃる」 「ほほ・・・古いだけですのよ? でも・・・そうですわね。 伯爵のご一族は、それはたくさんいらっしゃるそうですから、皆さん揃っていらっしゃることはございませんが、幾人かは、我が家にもご招待いたしましたわ」 優越感を思う様くすぐられ、口の滑らかになった夫人に、ラビは心からの拍手を送る。 「それは素晴らしい! やはり、家名やご主人のお仕事もさることながら、マダムのお人柄に惹かれてのことでしょうね。 ちなみに、どういった方々が一族に名を連ねていらっしゃるのですか?」 「えぇえぇ、まず、我が国においては・・・・・・」 夫人が自慢げに並べる『一族』の名前に、時折本気で驚きつつも、ラビは彼らの名と身分を、正確に記録していった。 「ご苦労だったね」 一曲終え、疲労しきった顔で帰って来た二人を、大勢の紳士達に囲まれていたクラウドがにこやかに迎えた。 「おいしい『お菓子』はもらえたかい?」 「う・・・」 「くだんねェことばかりだ!」 気まずげなリナリーと、忌々しげな神田の様子に、彼らがノアの曲者二人によって、いいように手玉に取られたことを察したクラウドは笑みを深める。 「そうだろうとも。 まぁ、サポートはしておいたから、安心おし」 こっそりと囁くと、クラウドは彼女を囲んでいた紳士達に、丁寧に会釈した。 「おかげさまで、楽しゅうございましたわ」 言うや、あっさりと踵を返そうとしたクラウドに、次々と声がかかる。 「お待ちください、マダム!」 「次の曲はぜひ私と!」 「私が先ですよ、マダム!」 次々に押し寄せてくる紳士達へ、肩越しに笑みを向けて魅了したクラウドは、リナリーの背に手を添えて振り返った。 「わたくし一人ではお相手しかねますわ。 どうぞ、わたくしの娘にも構ってやってくださいませ」 「喜んで!」 まだ物慣れぬ様子のリナリーに、紳士の一人が嬉々として手を差し伸べ、彼女を再びダンスホールへ導く。 「・・・オーストリア大使だ。 皇帝の身辺を聞き出せ」 すれ違いざま、素早くリナリーに囁くと、クラウドは紳士達へ向けていた笑みを巡らせた。 ややして、彼女達を遠巻きに、そわそわしている夫人達に視線を据えると、神田の背を押す。 「どなたか、息子のお相手をしてくださいませんか?」 と、待ってましたとばかり、華やかなドレスの群れが寄って来た。 「・・・ピンクはスウェーデンの侯爵夫人。水色がロシアの皇族、黄色はフランスの上院議員夫人。 お勧めは黄色だな。王党派の動向を探るにはいい人物だ」 上手くやれよ、と、やや意地悪げに囁いて、自身は紳士達の輪の中へ戻っていく。 「・・・やり手ババァか!」 憮然と呟いた神田は、華やかなドレスの群れに囲まれ、うんざりとした顔を隠しもしなかった。 パーティに赴いたエクソシスト達が、一人を除いて心身ともに酷使しつつ任務を果たしていた頃、教団本部では真夜中のパーティの準備が、着々と進められていた。 「アレンくぅーん!これ使う?これ使う?!」 コムイがワクワクと差し出してきた大量の花火はしかし、リーバーによって取り上げられ、厳重に封印されて、警備班の爆弾処理係が没収する。 「なにすんのさ、リーバー君!! このお城で最後のパーティだよ?!派手にやろうよぉー!!」 警備班に拘束されながらも、激しく抗議するコムイを、リーバーが疲労に落ち窪んだ目で睨みつけた。 「立つ鳥跡を濁さず。 東洋のことわざっすよね、室長?」 「・・・っうぬれ言語学者! 知らなくていいことばっかり知ってるよね、リーバー君は!」 ぎりぎりと噛み締めた歯の隙間から、恨みがましい声を漏らすコムイに、アレンもため息を漏らす。 「そんなことしなくても、楽しい演出考えてますから」 「ホールに花火を打ち上げたら、もっと楽しいよぉぅ!!」 地団太を踏んで暴れるコムイを持て余した警備班員達が、手錠を取り出し、問答無用でお縄にした。 「ちょっ・・・?!なにすんのっ!放しなさいよキミタチ!!」 無理矢理連行されようとするコムイにふと、アレンが瞬く。 「すみません!ちょっと待って!! ジョニー!!ジョニー、ちょっと来て!!」 アレンに大声で呼ばれたジョニーが、作業場から慌てて降りてきた。 「あれっ?! なんで室長、手錠なんかされて・・・」 「これ! コムイさんでちょっと確認してみよ!」 驚くジョニーにアレンがまくし立てると、彼は『あぁ!』と手を打つ。 「ちょっとすんません! この手錠、片方外して、その雛壇の格子に引っ掛けてくれる?!」 わけのわからない要請だったが、警備班員はジョニーの迫力に気おされて、コムイにかけた手錠の片方を、会場の奥に設えられた雛壇の格子にかけた。 「・・・・・・なにすんのさ」 怒りも忘れて唖然と立つコムイにはなんの事情も話さず、アレンとジョニーは二人して、コムイの腕をあげたり下ろしたり、頭を押さえつけてしゃがませたりと、様々に体勢を変えさせる。 「やっぱり、左手拘束が一番うまく行くかなぁ?」 「んー・・・どうせなら利き腕を拘束した方が、効果的な気がするけど?」 「あ、そっか。 僕、左が利き腕だから、つい。 袖は右でも左でも大丈夫ですか?」 「うん。 アレンが教えてくれた舞台衣装を参考にしたからね。 上から被せて、袖や胸元をリボンで止めるタイプだから、どっちが繋がれても十分着せられるよ。 その代わり、簡単に脱げもしちゃうんだけどね」 「まぁ・・・それは仕方ないですよね」 「ねーぇ・・・ちょっとー・・・? ボクの質問に答えておくれー」 拘束されたまま彼らの人形にされて、哀しげな声をあげるコムイを完全に無視し、二人は満足げに頷きあった。 「じゃあ、予定通り決行で!」 「任せて!」 にやりと笑ってこぶしを合わせた二人は、それぞれの持ち場へ戻っていく。 「ちょっとぉぉぉぉぉ?!」 存在すら無視されたコムイは、彼を拘束した警備班員達にも放置され、部下の科学班員達からも見捨てられて、パーティの準備中、ずっとその場に繋がれることになった。 それから数時間後。 「ふふふ・・・楽しかった こういうパーティなら悪くないな」 夜も更け、お開きになったパーティ会場を出たクラウドは、楽しげに笑った。 「さぁさ、最後までしゃんとおし!」 ぐったりとしたリナリーと神田を率い、急かすように馬車に押し込む。 「あはは 特にユウちゃん、今日は随分と辛抱強かったさ!」 「別に・・・キツイ香水の匂いに酔っただけだ・・・・・・」 珍しく青い顔をした神田の肩をねぎらうように叩いて、ラビも彼の隣に座った。 馬車が動き出してしばらくすると、クラウドが笑みを収めてラビを見遣る。 「それでラビ、お前の収穫は?」 彼女の問いに、ラビは一瞬、沈黙した。 「元帥・・・今回、俺が得た情報のことなんだけど・・・・・・」 珍しく真剣な顔で、まっすぐに彼女を見るラビの目に、クラウドは心得て頷く。 「今回は『ブックマンとして』得た情報だったか」 「ん・・・ゴメン」 苦笑して、ラビは神田とリナリーにも視線をめぐらせた。 「悪ィ。 別件の任務だったんさ、俺も。 この情報はまずジジィに渡して、『ブックマンとして』処理する。 その後、『契約』によって教団幹部にもたらされるだろうから・・・お前らには話せねぇんさ」 ごめんな、と、もう一度言った彼に、二人はやや憮然と頷いた。 「まぁ・・・いいよ。 私も色んな『おじ様』とお話できたし、兄さんには有益な情報を提供できると思う。 神田は?」 リナリーが、まだ青い顔をしている神田を見遣ると、彼も力なく頷く。 「おしゃべりなババァ共がまくし立てる話はちゃんと聞いたぜ・・・・・・耳痛ぇ・・・」 ため息交じりの声に、ラビが苦笑した。 「まぁ・・・二人が得た情報は、そのままコムイに伝えた方がいいさ。 お前らは会ってないかも知れんけど・・・あの会場、伯爵もいたんさね」 ラビが思わず声を潜めると、神田とリナリーが息を呑む。 「ミスリードされている可能性は高い。 老婆心ながら、余計な解釈は加えないことをお勧めするさ」 「老婆心とはよく言ったね、ラビ!」 彼の言い様に思わず笑ってしまったクラウドは、憮然とする神田へと手を伸ばした。 「だが、収穫は十分あった。 今回はいい子だったね、ユウ。もちろん、リナリーもだよ。 あれならばまず、社交界デビューは成功と言っていいだろう」 「仕事だろ!」 すかさず否定した神田に、クラウドが肩をすくめる。 「仕事でも、デビューはデビューだ。 ・・・お前を見る貴婦人達の、うっとりとした目ときたら! 私はもう、誇らしくて誇らしくて 「・・・けっ。くだらねェ」 忌々しげに吐き捨てた途端、閉じた扇ですぱんっとはたかれた。 「いってぇな!!」 「その口の悪さがなければ、もっといいのだがな・・・」 だが、と、クラウドはにんまりと笑う。 「今日は生憎、年かさの夫人ばかりだったが、次は任せておけ! 妙齢のレディをゲット・・・!」 「アンタはもう、余計なことすんな!!」 「いいじゃないか・・・自慢の息子がモテモテな所を見たいんだよ・・・」 「わざとらしくしょげないでください!」 イライラと言いながらネクタイを緩めた神田の対面で、リナリーも思いっきり頬を膨らませた。 「クラウド元帥ってば、神田のことばっかり・・・! 私だって今日、デビューだったのに!全然構ってくれなかった!」 「だってお前は、私のサポートがなくても、上手にこなせただろう?」 信じていたんだよ、と、ふくれっつらを撫でられて、リナリーが軽く吐息する。 「そうだね。神田の方が、手がかかるもんね」 「ワガママだからな」 「ユウちゃん、年上なのに弟扱いさ!」 「うるせぇよ!!」 襟から抜き取ったネクタイをラビに投げ付け、神田は忌々しげに舌打ちした。 馬車が教団本部付近にまで寄せ、一行が本城地下へ通じる水路に浮かぶゴンドラに乗り込んだのは、もう日付も変わろうかという時刻だった。 「あー・・・随分かかっちまったさね」 懐中時計を見て笑うラビを、神田が小馬鹿にしたように見遣る。 「あの会場に伯爵がいたって言ったのは、てめぇだろうが。 もうじき棄てるとは言え、奴らに後でもつけられちゃめんどくせェだろ」 「わかってるさ、そんなこと〜。言ってみただけじゃん〜」 へらへらと笑いながら、ラビは時計をポケットにしまった。 「ただでさえパーティでくたくたなのに、すごく遠回りしたし、何度も馬車乗り換えて、疲れちゃったよ・・・」 「よしよし、よくがんばったね」 重く吐息するリナリーの肩を抱き寄せ、クラウドがくすくすと笑う。 「でも、あと少しだ。 もうちょっとがんばれるね?」 「うん ゴンドラを降りると、仲の良い母子のように寄り添って歩き出した二人の後に、ラビも続いた。 「30! ユウちゃん、今日はもう、風呂入って寝ちゃう?」 ゴンドラを最後に降りた神田を振り返れば、彼は眉根を寄せて首を振る。 「その前に報告があんだろ?」 「20! さっすが、ユウちゃん真面目ー♪」 ラビの明るい声に、ますます神田の眉根が寄った。 「・・・・・・なにカウントしてんだ、お前?」 「10! 元帥、リナ!ちょっとマッテ! ユウちゃん、先行ってくんね?」 「はぁ?!なに言ってんだ、てめぇ・・・」 「いいから!先に城入るさ!」 早口に言われた上、背を押されて、神田は訝しげな顔で先に行く。 と、背後でラビが、時計も驚く正確さで時を刻み始めた。 「5・・・4・・・3・・・2・・・」 「お前・・・」 振り返ろうとした途端、強く背中を押されて、ホールに足を踏み入れる。 「なにすん・・・っ!!」 「1・・・!」 パァン!と、ホール内でいくつものクラッカーが弾け、吹き抜けの階上から撒かれた紙吹雪が神田の上に降り注いだ。 「ユーウ!」 「ハッピーバースデー!!」 クラウドとリナリーに背後から抱きつかれ、更にはホールに隠れていた団員達からも拍手が沸いて、神田が目を丸くする。 「・・・・・・・・・は?!」 「は?じゃないでしょ、神田!」 「今日はお前の誕生日だよ 二人に両脇を固められた神田は、まだ呆然としつつもようやく思い至って頷いた。 「・・・そう言えばそうだったな」 「んもー! しらけてんだから、ユウちゃんてば!」 これだけの騒ぎの中にいながら、あまりにもあっさりとした神田のコメントに、ラビが苦笑する。 「でも、みんな忘れてなかったかんね? ユウのお誕生会が、この城でやる最後のパーティさ 陽気なラビの声にカウントの意味を察して、神田は女性達に身動きを封じられたまま、肩越しに彼を睨みつけた。 「テメェ・・・謀りやがったな!」 「あはははは ちょうどこの時間に戻ってこれるように調整したんさ あそこに伯爵がいたんは予想外だったけど、ユウちゃんをごまかすにはかえって都合よかったさね 「ちっ・・・!くだらねぇことしやがって!」 忌々しげに吐き捨てた神田は、両手に縋りついた花達に腕を引かれ、更に城内へと連行される。 「神田ってば、毎年嫌がって、パーティさせてくれないんだもん! 謀るしかなかったんだよ 「今日は一日中、お前の誕生会でもいいな 「やめろよっ!!」 振りほどこうとするが、女とはいえエクソシストの腕を振り解けるはずもなく、神田はパーティ会場となった食堂へと引きずり込まれた。 途端、 「んなっ・・・・?!」 拍手と共にむせかえるような薔薇の香りに包まれ、ただでさえ貴婦人達の香水にダメージを受けていた神田が蒼褪める。 「なんだ、この匂い・・・・・・!」 両腕を拘束されているため、鼻を覆うことも出来ずに俯いた彼の足元には、これでもかと花びらが敷き詰められていた。 「・・・・・・なんの嫌がらせだ、これ」 「シツレイな! 豪華な演出と言って下さい!」 間近で不満げな声があがり、剣呑な目で見遣ると、アレンが意地の悪い笑みを浮かべて、拘束された神田を楽しげに見ている。 「お誕生日おめでとうございます、神田 心を込めて・・・そりゃあ心を込めて、豪華な演出をさせていただきましたヨありがたく思えコノヤロウ 心は心でも、邪悪な心をこれでもかと込めたことを隠しもせず、アレンは得意げに胸を張った。 「お疲れ様でした、レディ達 さぁさ、どうぞ奥へ アレンがにこやかに手を差し伸べると、リナリーとクラウドは頷いて、会場に集まった団員達が拍手する中、神田を会場の奥へと引きずっていく。 「放せ・・・ッ! てめぇモヤシ!!なに企んでやがる!!」 神田の怒声を心地よく聞きながら、アレンはうっとりと微笑んだ。 「もちろん、これでもかとお祝いしてあげるんですよ そう言ってアレンが指を鳴らした途端、床に敷き詰められた花弁の下からスモークが吹き上がる。 「なん・・・っ?!」 濃度を増した香気に神田が咳き込むと、アレンが楽しげな笑声をあげた。 「スモークです! より感動的にしてやったんですよ、嬉しいでしょう?!」 「すごいよ、アレン君!」 「うむ、よくやったな!」 何も知らない女性達に褒められ、アレンは嬉しげに笑う。 「ふふふふふ・・・!思いっきり見世物になるがいいわ、このアジアンビューティが 小声の呟きは、鳴り響くファンファーレにあっさりと消された。 「いやぁ・・・お前がやると言うからには、どんだけすさまじいことになるかと思ったけど・・・・・・」 部屋の奥へと引きずられていく神田の背を見送りつつ、アレンの傍らに立ったラビは、その白い頭をクシャクシャと撫でる。 「グッジョブ!」 「まだまだこれからですよ・・・ 暗い目をして黒い喜びに浸るアレンは、この日のために再び着けたイヤリング型通信機に話しかけた。 「ジョニー。 目標、会場に到着。準備願います」 『ラジャー!』 通信機から聞こえてきた明瞭な声に満足げに頷き、アレンは会場の最奥に設えた雛壇を見つめる。 「なぁなぁ? 次は一体、どんなこと企んでんさ?」 「静かに、ラビ!」 話しかけてくるラビを制し、アレンはクラウドとリナリーが、神田を雛壇へのぼらせる様を見つめた。 激しく抵抗する彼をクラウドが押さえつけ、リナリーが派手な飾りで隠された雛壇の格子と神田の腕を、手錠で繋ぐ。 「なにしてんだテメェェェェ!!!!」 耳をつんざく神田の絶叫を合図に、アレンがGOサインを出した。 と、大音量のバースデーソングと共に雛壇がせり上がり、床から離れて、天井へとのぼっていく。 「すっげぇ・・・・・・」 更に大きくなった拍手に自身も参加しながら、ラビがやや呆然と呟いた。 「さすがさね、アレン!」 「ははははは! どーですか!これでもかと派手な演出でしょう?!」 神田の嫌がることなら大歓迎!とばかり、アレンが邪悪な笑声をあげる。 「でも!まだまだこれからですよ!」 「まだあんのか・・・!」 どんな仕打ちが・・・というラビの問いは、あっさりと無視された。 「レディ達!お願いします!」 ゴンドラと化した雛壇を見上げたアレンが、楽しげなはしゃぎ声を通信機に向けると、彼に負けず劣らずはしゃいだ声が『了解』と告げる。 「ふふふふふふ 感動のあまり泣き叫ぶがいいわ、忌々しいぱっつんめ!!」 「アレン!!それ祝ってねェから!!全っ然祝ってねェから!!」 邪悪な笑声をあげ続けるアレンに、ラビが真っ青になって取り縋った。 「ちょっ・・・?!なにさあのゴンドラ?!どこまで上がるん?!」 ラビが見上げたゴンドラは、既に天井付近にまで上がってしまい、もはや神田の怒声しか聞こえない。 さすがに不安になったラビに、しかし、アレンはくすくすと楽しそうに笑った。 「ゴンドラがあがるのは天井付近までですよ。 そこにジョニーが待機して、ゴンドラの操作をしてるんです。 でも、メインはゴンドラがあがることじゃないんですよね くすくすと笑い続けるアレンに、ラビの直感が危険を告げる。 「お・・・俺、着替えてこよっかなー・・・・・・」 息苦しさを感じて、ラビがネクタイを緩めた時・・・大音量のバースデーソングを切り裂いて、神田の絶叫が響いた。 「なにしやがるテメェら!!ブッた斬るぞ!!」 あまりの大音声に、会場に集まった団員達の拍手と歓声がぴたりと止み、表情も凍りつく。 「・・・なぁ、あれ、リナリーとクラウド元帥に言ってんだよな?」 「神田が・・・? いくら神田でも、あの二人に暴言は・・・・・・」 「いや・・・でも、今ゴンドラに乗ってんのって、神田の他にはリナリーと元帥だけじゃん・・・?」 一体なにが、と、ざわめきだした会場で、コムイが不安げな視線をアレンへ送ってきた。 「ちょっと、アレン君・・・! ボク、お城は多少壊れても構わないって言ったけど、リナリーに危険が及ぶことは許可してないよ?!」 「大丈夫ですよ、コムイさん。 あのぱっつん、リナリーに対しては、所詮口だけですから! 実際に危害を加えようとしたって、イノセンスなしでリナリーに・・・ましてや、クラウド元帥に敵うわけがありません!」 笑顔で断言され、コムイが複雑な表情ながらも頷く。 「で・・・でも・・・すごい声よ・・・?」 「なにが起こってんだ・・・?」 不安げな表情で上を見上げるミランダとリーバーに、アレンはにこりと微笑んだ。 「じゃあ、そろそろ降りてもらいましょうか! ジョニー?準備はいいですか?」 通信機に向かって呼びかけると、軽快な声が『OK!』と答える。 「では! 主役の再入場です!!」 溌剌とした声を張り上げたアレンに、皆、期待以上に不安が増した。 自然、全員の視線はゴンドラに吸い寄せられ、天井から降る花吹雪に彩られながら、徐々に降りてくる様を真剣な眼差しで追う。 やがて、 「ぅわ・・・」 「これは・・・・・・」 「すげぇ・・・・・・」 「っていうか、ひでぇ・・・・・・」 思わず同情の声すら引き出した『主役』は、ラベンダー色のドレスを着せられ、黒髪に藤の花房を飾られた上、未だ手錠で繋がれたゴンドラの格子に、ぐったりともたれていた。 「ほほほほほ!! どうだ!美しいだろう!!」 勝ち誇ったクラウドの笑声が、更に団員達の哀れを誘う。 「まったく・・・お茶目だねぇ、クラウドは」 「お前・・・師匠として、言うことはそれだけか?」 のんびりと呟いたティエドールに、ソカロが思わず声を詰まらせ、元帥達の傍らで、マリが目尻に浮いた涙を拭った。 「か・・・可哀想に・・・・・・!」 「でも・・・ホント美人っす、神田先輩! 俺、アニタ様の妓楼でも働いてたんで、キレイな姐さん達はたくさん見てるっすけど、負けてないっすよ!!」 無邪気に褒めるチャオジーの口を、周りの団員達が慌てて塞ぐ。 「アホかお前!」 「命が惜しくないのかよ!!」 必死の形相で声を潜める団員達に、チャオジーが目を白黒させていると、マリが深く頷いた。 「不用意な発言は命を縮めるぞ」 深く沈んだ声音が、言葉以上のものを語る。 途端に蒼褪めたチャオジーは、団員達に押さえつけられながらも、必死にこくこくと頷いた。 が、あまりのサプライズに楽しむどころではない団員達の中で一人、アレンだけは楽しげに拍手する。 「さすがはレディ達! 見事に飾り立ててくれましたね 「てめぇの策略か・・・! この、腹黒腐れモヤシが!!」 ぎろりと、凄まじい眼光で睨まれたにもかかわらず、アレンは笑みを消さないどころか、更に楽しげな笑声をあげた。 「あはは 今日は君の罵声が心地よいですよ 改めて、お誕生日おめでとうございます、神田 キレイに飾ってもらってよかったですね 「この・・・っ!!」 途端に溢れ出した凄まじい罵声に皆が怯え、震えあがる。 が、 「これ!」 いつまでも罵声を止めない神田を、クラウドが閉じた扇ではたいた。 「レディともあろうものが、聞くに堪えない言葉を並べるものじゃない!」 「アンタもいい加減、現実見ろぉぉぉぉぉぉ!!!!」 神田の絶叫に、クラウドがむっと眉根を寄せる。 「見ているとも! ・・・・・・本当に美しい ほぅ・・・と、ため息を漏らす彼女に、再び神田の罵声があふれた。 あまりの大音声に耳を塞いだリナリーが、雛壇に戻ったゴンドラから降りてくる。 「よ・・・予想はしてたけど、これじゃあお祝いどころじゃないよ・・・?」 びくびくと震えながらアレンに言うと、彼は笑みを浮かべたまま、小首を傾げた。 「え? これ、神田を見世物にして面白がるイベントじゃなかったんですか?」 「・・・・・・・・・っ」 唖然と目を丸くしたリナリーに、アレンは笑みを深める。 「楽しんでもらえてよかったです、クラウド元帥に きらめくような笑みを浮かべ、清々しく言ってのけたアレンの傍らで、リンクが重い吐息を漏らした。 「・・・常々、性悪だ性悪だと思っていましたが、君のように腹黒いクソガキ、見たことがない・・・・・・」 尤もな意見に、リナリーは思わず頷きそうになったが、なんとか思い止まる。 「・・・お前もいい加減、強情さね」 リンクに対しては意固地なリナリーに、ラビが苦笑を漏らした。 「・・・ふんっ! 監査官なんかと同調したら、意地悪になるもん!」 「もう十分、意固地ですっテ」 リンクに負けず劣らず重い吐息を漏らしたラビは、進むのを嫌がる足をなんとか踏み出し、怒り狂った猫のような神田に歩み寄る。 「ま・・・まぁまぁユウちゃん、落ち着いて」 「こんなカッコで落ち着けるか!!」 心臓の弱い者なら、聞いただけであの世に旅立ちそうな恐ろしい咆哮をあげ、神田はクラウドを睨み上げた。 「いい加減、この手錠はずせよ!!」 人並み外れた神田の膂力をしてさえ、びくともしない頑丈な手錠をガチャガチャと鳴らす彼に、クラウドが眉をひそめる。 「これ、やめないか。そんなことしても、腕を傷つけるだけだぞ?」 「自分でやらせといて、わざとらしい気遣いしてんじゃねぇ!!」 「本気で心配してやっているのに・・・」 ふぅ、と、軽く吐息すると、クラウドは神田の腕を戒める手錠の隙間に、閉じた扇を差し込んだ。 「さ、これで、無闇に腕を傷つける心配はなくなったな 「根本的に間違ってると思わねぇのか、このドS元帥がッ!!」 「ドSだなんて失礼な。 私は人間を含め、全ての動物に対して深い愛情を注いでいるのだ。 せめて、猛獣使いと呼んでおくれ 得意げに胸を張ったクラウドに、神田の目が更につりあがる。 「ドSじゃねぇか!!放せコンチクショー!!」 「お放しになって」 怒声をあげる神田の前にしゃがみ込み、きっぱりと言い放ったクラウドに、神田が絶句した。 「ちゃんと教えてやったろう? 大和撫子らしく、言ってご覧?」 「ア・・・アンタ・・・・・・!」 「さ 「誰が言うか!!」 顔ごとを目を逸らして吐き捨てると、クラウドが神田の頬に両手を当て、無理やり自分と視線を合わせる。 「大丈夫。お前は出来る子だから!」 「ふざけるのも大概に・・・!!」 「言ってご覧?」 いっそ無邪気な笑顔を浮かべたクラウドは、しかし、神田の両頬に当てた手に力を込めた。 「ちゃんと言えたら、解放してやろう」 にこりと笑みを深め、じっと目を覗き込んで来るクラウドに、神田の眼光が揺らぐ。 「ユーウ?」 思わず目を閉じると、吐息とともにかけられた優しい声が、黒髪に飾られた藤の花房を揺らした。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お放しになって」 「きゃあ とうとうその言葉を口にした神田に歓声をあげ、クラウドは手錠に差し込んだ扇を引く。 途端、手錠は飴細工かと思うほどあっさり砕けて、神田の腕を解放した。 「いい子だ、ユウ さすが私の娘 ぎゅっと抱きしめられ、神田はうんざりとした顔で重く吐息する。 「もういいだろ・・・このドレスも脱がせてください」 出来るだけ皆の目に触れないためにか、手錠をはずされても雛壇の上にうずくまったままの神田を、クラウドが引き起こした。 「いいじゃないか もう少し、可愛い娘の艶姿を見せておくれ 「娘じゃねぇよっ・・・!」 怒鳴りすぎて掠れた声で、それでも抗議する彼に、クラウドは笑みを深める。 「そうだね・・・お前ももう、19歳だもの。 ドレス姿はこれで最後だな」 「とっくの昔に終わってたはずだろうが!」 「この城で、最後にいい思い出が出来たな 神田の反駁を軽やかに無視して、クラウドは彼を抱きしめた。 「お誕生日おめでとう。 小さかったお前がこんなに大きくなって・・・生きていてくれて、ママは嬉しいよ 「・・・本当にそう思うなら、せめて現実を見てくれ」 かつての『母』の暴走に深々と吐息しつつ、神田は彼女の肩に顔をうずめる。 ―――― いつの間にか、彼女の身長を追い越していた事に気づいて、思わず苦笑を漏らした。 「・・・・・・あの頃は、守ってくれてありがとう、母上」 誰にも聞こえないよう、そっと囁かれた言葉に微笑み、クラウドは神田を抱きしめる腕に力を込める。 「また来年も・・・こうして、お前の誕生日を祝おうな?」 「それは嫌だ」 クラウドの囁きにきっぱりと言い返し、神田は顔をあげた。 「見世物にされるなんざ、真っ平ゴメンだ」 言うや、自身の髪に飾られた藤の花房を取り、クラウドの髪に挿す。 「パーティもな!」 引きとめようとするクラウドを乱暴に押しのけ、ドレスを引きちぎるようにして脱ぎ捨てるや、欄干を飛び越え、まっすぐに会場を駆け抜けた。 「借りっぞ!!」 自身の腰からサーベルが抜かれたことに気づいただろうか。 風を感じて、警備班員が振り向いた時にはもう、神田の姿は彼の視界から消えていた。 一瞬後、 「覚悟!!」 「ぅわっ!!」 怒声と悲鳴が交錯し、甲高い刃鳴りが会場に響く。 「ちっ・・・! 今のはバッサリ殺れると思ったんだがな・・・!」 「は・・・! 六幻ならともかく、普通のサーベルじゃ、僕の爪には傷一つつけられませんよ・・・!」 ギリギリと激しいつばぜり合いをしつつ、神田とアレンが剣呑な視線を交わした。 「ご無体はおやめくださいな、ラベンダー色のレディ?」 ふっと、嫌味な笑みを漏らしたアレンの首筋を、サーベルの刃がかすめる。 「・・・ちっ! これが日本刀なら、テメェの頚動脈ブッた斬ってやれたのによ!」 なまくらが、と、忌々しげな呟きに、アレンの顔色が髪よりも白くなった。 「本気でやりますか、普通?!」 「馬鹿野郎!俺は冗談なんて言わねェよ!おとなしく逝け!!」 「誰が!!」 更に迫る白刃を爪で捕らえ、砕いた途端、アレンは足払いをかけられて床に押し倒される。 「はっ!かかりゃーがったな! だからテメェは無駄な動きが多いっつってんだよ、馬鹿モヤシ!」 凄絶な笑みを浮かべた顔で見下ろされ、アレンは鷲掴みにされた喉を引きつらせた。 「逝け・・・!」 「ちょっ・・・待て待て待て――――!!!!」 「神田、ダメェェェ!!」 誰もが息を呑んで見守る中、ラビとリナリーが慌てて飛び出してくる。 「ユウちゃん落ち着いて!!」 「ここでアレン君殺したら、喜ぶのはノアだよ?!」 「ユウちゃんだって、あのすけべオヤジやクソ生意気なガキを喜ばせたくないだろ?!」 「仲間同士で殺し合いしちゃダメっ!!」 次々とまくし立てる二人を、しかし、神田は剣呑な目で睨んで、アレンの首を絞める手に力を込めた。 「関係ねぇよ! 今、ここでこいつの首をキュッとやらぁ、俺の溜飲が下がるぜ!」 「だからヤメ――――!!!!」 悲鳴をあげて、ラビは神田を羽交い絞めにし、リナリーは神田の下からアレンを引きずり出す。 「アレン君、大丈夫?!息して、息!!」 目を回したアレンを、リナリーが懸命に揺さぶりながら呼びかけるが、それでも神田の怒りは収まらず、自身を拘束するラビに激しく抵抗した。 「放せこの野郎!!てめぇからブッた斬られてェか?!」 「それは嫌さ!! でも、溜飲下げんならもっといい方法教えっから!な?!」 落ち着け、と、ラビが早口に提案を囁くと、途端に神田が鎮まり、その唇が禍々しく歪む。 「テメェが責任持って決行しろよ」 ぞっとするような笑みを浮かべ、命じた神田に、ラビは必死に頷いた。 ・・・その、数十分後。 「アレン君・・・っ!!」 パーティ会場に戻ってきたラビに抱っこされ、じたじたと暴れる幼子の姿に、リナリーが目を輝かせた。 「可愛い・・・ッ!!」 科学班が所有する、怪しい薬によって幼い頃の姿に変えられたアレンはしかし、淡いブラウンの髪を振り乱して泣き喚く。 「にゃー!!にゃああ!!にゃあああああ!!!!」 「猫語まで・・・・・・!」 人語を話せなくなったアレンに皆が呆気にとられる中、神田が楽しげに笑いながら歩み寄って来た。 「人を呪わば穴二つだ。 覚えとけ、モヤシ」 言うや、アレンの首根っこを掴んでラビの腕から引き抜くと、そのままクラウドへと差し出す。 「好きに飾って下さい。俺の代わりに」 「んにゃ――――っ?!」 アレンが狂ったように暴れ出すが、神田は構わず押さえつけ、幼い首に腕を回して締め上げた。 「にゃぐっ・・・!!」 気絶寸前で力を緩められ、激しく咳き込むアレンを冷笑と共に見下ろし、神田は改めて気性の荒い猫をクラウドに渡す。 「小さいですが、猛獣ですから。 俺よりも調教のし甲斐があるでしょう」 「まぁ・・・アレンは、元々私には礼儀正しいからな」 最初から屈服している者を調教してもつまらないと、ぼやく彼女の隣に、リナリーが素早く寄って来た。 「じゃあ私にください アレン君には、何色のドレスが似合うかなぁ 私の小さい頃の服、貸してあげるね リナリーがまだ傷のない、滑らかな頬を撫でてやると、アレンは途端におとなしくなる。 「ホラ、つまらない。 簡単に懐く動物なんて、私は願い下げだ」 リナリーにやる、と、アレンを渡すと、クラウドは神田に微笑んだ。 「やはり、じゃじゃ馬慣らしは悍馬(かんば)が相手でないと 「・・・ったく、強情な」 神田は舌打ちしたものの・・・その口調からは、不思議と毒気が抜けている。 「さすが教団一の猛獣使いさ・・・それに」 思わず感嘆の声を漏らしたラビは、視線を横に流して苦笑した。 その先ではリナリーが、神田が脱ぎ捨てた衣装をアレンに着せかけて、楽しげに笑っている。 「後継者育成も、超一流・・・」 それがいいことか悪いことかは計りかねたが、とりあえず、この戦況の中で笑っていられる彼らに、ラビは心から賞賛の拍手を送った。 Fin. |
| 2008年神田さんお誕生日SSでした! 『The Taming of the Shrew』(じゃじゃ馬慣らし)という題名からして、神田さんにとっては全然めでたくないですね(笑) なんでこんなことになったかと言えば、5月の満月絵でラビの眼帯を描き忘れるという失態を犯したため、『ラビ不幸エンドにはしない』と宣言してしまったからです。 おかげさまで、アレン君不幸エンドに(笑) 『チビ化&猫語』は、第159夜の薬が元ネタですが、あれが単に縮むのではなく、『幼い頃の身体に戻る』のでしたら、アレン君は傷もなく、髪もブラウンなんだろうなぁと想像(笑) リナリーに、思うさま飾られるがいいと思います(笑)>不幸エンド・・・? そして、これはJC15巻の発売前に完成しましたので、クラウド元帥が元サーカスの猛獣使いとは知らずに書いてます(笑) 微妙に設定がずれてるのはご容赦を。 ちなみに、クラウド元帥が神田さんとリナリーのママだという捏造設定のお話第1話目は、2008年リナリーお誕生日SS『WhiteFeathers』です。 |