† Round and Round †






†このお話は名探偵コナンを元にしたパラレルです†

 D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。
 頭を空っぽにして読んでくださいねv




 ――――・・・月のない夜だった。
 地上の明かりに白く照らされた空からは、星さえも影を潜めている。
 ビルの最上階、天地の境界があいまいな狭間に立った彼は、街から立ち昇るざわめきに向かって声を張り上げた。
 「Ladies&Gentlemen!
 I am Clown.
 Clown of the Phantom thief!」
 大勢の観客がその目の前にいるかのように、彼は夜景に向けて優雅に一礼する。
 その姿―――― 白いタキシードに白いマント。
 闇の中にありながら、晧、と煌めく月に似て。
 「It’s show time!」
 銀の仮面で顔を覆い、彼はためらいもなく空中に一歩を踏み出した。
 引力にひかれ、地上へ向けて落ちていくその半ば、彼の身体は風を捉え、闇と光が混沌とする街の中へと吸い込まれていった・・・。


 「お誕生日おめでとうございまーす!」
 玄関のドアを開けた途端、陽気な声と共に差し出された大きな花束に埋もれ、小柄な老人は声を失った。
 「お久しぶりです、所長〜♪
 今年、卒寿だって聞いたもんですから、不肖の元部下がお祝いに駆けつけましたよーん♪」
 「・・・・・・まずは、花をどけてくれんか」
 何年も前に返上したはずの役職で呼ばれた老人は、やっとの思いでそう言うと、はるか高い場所にある闖入者の顔を見上げる。
 「・・・久しぶりだな、コムイ『所長』殿」
 自身に向けられた役職を言い返すと、かつての部下はにっこりと、大きな笑みを浮かべた。
 「お元気そうで何よりです、所長・・・じゃない、ブックマン」
 「うむ、まぁ、なんとかな」
 コムイにはしかつめらしく頷いた彼の表情が、不意に和む。
 「お誕生日おめでとう、おじいちゃんv
 「あぁ・・・来てくれたのか、リナ嬢」
 コムイの背後から顔をのぞかせた少女に笑みを向け、老人は半歩退いた。
 「所長殿だけならば玄関先で帰すが、リナ嬢が来てくれたのなら、茶でも進ぜねばなるまいな」
 「なんっですか、ブックマンのいけずぅ〜!」
 差別だ、と、口を尖らせて拗ねるコムイに笑い、ブックマンは大きくドアを開ける。
 途端、
 「おめでとうございまーす!」
 「お久しぶりです、所長!」
 「ホント、お元気そうでなによりですぅー!」
 「あ、これ、お土産っす!」
 コムイの背後から、かつての部下達がわらわらと雪崩れ込んできて、ブックマンは目を丸くした。
 「これはどうしたことだ・・・」
 「お誕生日パーティよぉんv
 呆然と呟くブックマンに、最後に現れたジェリーが楽しげに言う。
 「どぉもお久しぶりぃv
 お元気そうでなりよりですわん、ブックマンv
 「料理長まで・・・パーティとは?」
 訝しげに眉をひそめた彼に、研究所の社員食堂を預かる彼女は楽しげな笑声をあげた。
 「お宅のお孫ちゃんが、おじいちゃんの卒寿にサプライズパーティしたいって言うから、みんなで集まったのよぉんv
 「あやつめ・・・」
 道理で数日前からそわそわしていたはずだと、ブックマンは殊更に不機嫌な顔をする。
 「おじいちゃん想いのイイ子じゃないのぉーv
 あら?でも、仕掛け人はどこ行っちゃったのかしらぁ?」
 「あやつなら・・・」
 外を示そうとしたブックマンの指の先で、鮮やかな紅い髪が揺れた。
 「やっほー、ジェリ姐!来てくれてありがとさーv
 陽気な声をあげるラビの傍から、白い影が飛び出してくる。
 「ジェリーさぁぁぁん!!」
 勢いよく飛びついてきた少年を軽々と抱きとめ、ジェリーは彼の白い頭を撫でてやった。
 「あはんv
 アレンちゃん、お久しぶりねぇv 元気だったぁん?」
 「はいっ!
 今日はジェリーさんも来るって聞いたんで、無理矢理お呼ばれしましたv
 ごろごろと喉を鳴らさんばかりにジェリーに懐いたアレンは、ぱっと顔をあげて、今日の主役に笑いかける。
 「ブックマンのおじいちゃん、お誕生日おめでとうございますv
 「おもいっきりついでだの・・・」
 苦笑しつつ、皮肉を言う彼に、アレンはちらりと舌を出した。
 「しかし、仲良きことは美しきかな。
 はよう入るがいい」
 「はぁい!!」
 ジェリーと一緒にアレンが家に入ってしまうと、最後に玄関に立ったラビが、にこりと笑う。
 「ジジィ、びっくりしたさ?」
 「・・・ったく、いたずら小僧めが」
 苦笑する彼に、ラビは楽しげな笑声をあげた。
 「老い先短いジジィには、下手なプレゼントより冥土の土産の方がいいと思ったんさーv
 「なにが冥土の土産だ!!」
 高齢者とは思えない、強烈な飛び蹴りを食らわせてラビを床に沈めたブックマンは、鼻を鳴らして更にその背を踏みしめる。
 「縁起でもないこと言うでないわ!
 わしゃあと、20年はくたばりゃせん!」
 「・・・くたばれ、ジジィ〜〜〜〜!!」
 ラビは自ら作りだした血の池に溺れながら、恨みがましい声をあげた。


 「あ!アレン君も来たんだ!」
 アレンがジェリーと共に、勝手知ったる家に入り込むと、既にパーティの準備を始めていたリナリーが、にこりと笑って彼らを迎えた。
 「ジェリぽんー!ロウソクがうまく立たないよぉー」
 リナリーの隣で、巨大なケーキに90本ものロウソクを立てるべく奮闘していたコムイが情けない声をあげると、ジェリーがいそいそと救援に向かう。
 「すごい!おっきいケーキ!
 これ、ジェリーさんが作ったんですか?!」
 わくわくと目を輝かせるアレンに、リナリーが得意げに胸を張った。
 「私も手伝ったんだよ!」
 誉めて!と、言わんばかりの彼女に、アレンが大きく頷く。
 「すごいです、リナリー!
 ロウソクに火がついたら、もっとすごいですよね!」
 「クリームが溶けないように配置しないとねェv
 楽しげに笑いつつ、軽やかな手さばきでロウソクを立てていくジェリーを、コムイが感心して見つめた。
 「さっすがジェリぽん〜!
 科学的かつ論理的配置だよ!」
 「あらん?そうなのぉ?
 単に、場数を踏んでるだけなんだけどねェv
 誉められて、嬉しそうに頬を染める彼女に、コムイはふるふると首を振る。
 「いくら場数踏んでるったって、滅多にできることじゃないよ!
 ジェリぽん天才〜!!」
 「やだもぉ〜v
 仲良くはしゃぐ二人を横目に通り過ぎ、ブックマンは血みどろの孫をリビングに放り込んだ。
 「ひっ?!」
 「ラビ、どうしたんだ?!」
 失血性ショックで痙攣するラビをかつての部下達に任せ、ブックマンは、屋内にまた鳴り響いたチャイムに応じて出て行く。
 と、やたら元気のいい配達員が、大きな荷物を押し付けてきた。
 「誰からかの・・・?」
 送り主の名を見れば、旧知の名が書き込んである。
 「これはまた珍しい・・・ありがとうの」
 伝票にサインをして配達員に渡すと、ブックマンは小柄な身体には意外な膂力でひょいひょいと荷物を運んだ。
 「わっ・・・!
 なんですか、その箱?」
 箱に押しのけられるようにどいたアレンが問うと、ブックマンは小首を傾げる。
 「昔の知人からなのだが・・・絵か何かかの?」
 言われてみれば、その箱は額縁を収めるにちょうどいい形をしていた。
 「わv
 見せてもらってもいい?」
 リナリーが両手を合わせ、目を輝かせると、ブックマンは軽く頷いて、それをリビングの床に置く。
 「血がつくから、お前は寄るでない」
 「誰が大量出血強いたんさ、このクソジジィ!!」
 「ちょっ・・・ラビ!!」
 「まだ起きあがんなよ!」
 慌てて手を差し伸べるタップとジョニーの前で、ラビは貧血を起こして再びソファに倒れこんだ。
 「・・・ほらもー。しょーがねぇなぁ」
 「いわんこっちゃない。もうちょっと休んでろよ」
 「クソジジィ〜〜〜〜」
 倒れながらも、憎まれ口はしっかり叩くラビに軽く肩をすくめ、ブックマンは荷物の梱包を解く。
 と、
 「わぁv 可愛いv
 「んまぁ!ステキな絵だわねぇv
 彼の手元を覗き込んだリナリーとジェリーが、同時に歓声をあげた。
 「どんなのです・・・がっ?!」
 「ボクにも見せておくれーv
 リナリーの隣から絵を覗き込もうとしたアレンを蹴飛ばし、踏みつけたコムイが、ちゃっかりとリナリーの隣を確保する。
 「ホント!いい絵だねェ!
 中央のご婦人の表情もいいし、彼女の膝にまとわりつく男の子達も生き生きしてる!」
 兄の言葉に大きく頷き、リナリーはうっとりと絵を見つめた。
 「筆のタッチがやわらかくて、色使いもとっても華やかだわ・・・。
 まるでルノワールみたい・・・なっ?!」
 キャンバスの右下に記された署名を見遣った途端、リナリーが声を失う。
 「お・・・おじいちゃん、こ・・・これ・・・まさか・・・・・・!」
 「ふむ・・・・・・」
 既に署名を見つめていたブックマンは、絵をテーブルに置くと、ポケットから虫眼鏡を取り出した。
 皆が息を詰めて見守る中、じっくりと検分した彼は、深々とため息を漏らす。
 「・・・・・・本物だのう」
 「マジですか――――――――――――――――!!!!」
 鑑定士としても名を馳せる彼の言葉に、全員が一斉に声をあげた。
 「ルルル・・・ルノワールって、そんなに簡単に贈れる物なの?!」
 「美術館級じゃね?!
 美術館にあって当たり前のもんじゃね?!」
 「誕生日プレゼントにするか、普通?!」
 「どっ・・・どこのお金持ち?!」
 19世紀の大芸術家の作品に、もはや近づくこともできず、遠巻きに見つめる客人達の中心でしかし、ブックマンは淡々と配送伝票を見つめ、止血を終えたラビはひょっこりと起き上がって、祖父の横から絵を覗き込む。
 「これと似た絵を見たことあるさ。
 ルノワールの妻と子供の絵じゃね?」
 「うむ。
 確かにかつて、個人所蔵のものではあったが・・・」
 伝票を絵の傍らに置いて、ブックマンは軽く吐息した。
 「どこのイタズラ者であろうかの・・・どうやら、送り主の名を騙っておる。
 我が知人とは筆跡が違うし、住所もでたらめじゃ」
 そう断言した彼に、感嘆の視線が注がれる。
 「さ・・・さっすが、所長〜・・・!
 凄まじい記憶力ですね!」
 「所長はおぬしだろう、コムイ。
 それはともあれ、これはどうしたもんかの」
 「え?どうしようって?」
 ようやくコムイの足の下から抜け出したアレンが問うと、ブックマンはまた、ため息を漏らした。
 「この絵は、本来の持ち主から盗まれたものじゃよ」
 「えぇ――――――――――――?!」
 再び絶叫した客人達の声に耳を塞ぎつつ、ブックマンは指先で軽くあごをつまむ。
 「そうさな・・・あれはまだ、私が研究所の所長をしておった時のことだ」
 そう言うと、ブックマンはラビに命じ、絵をサイドボードの上に置かせた。
 「コムイが研究所に入るよりも、随分前のことだの」
 恐々と絵を遠巻きにする客人達を振り返り、ブックマンは小首を傾げる。
 「訳あって、持ち主はこの絵を手元に置けなくなったのだが・・・。
 手放すにしても正確な価値が知りたいからと依頼され、私が真贋を鑑定したのだ」
 それがこの送り主、と、ブックマンはテーブルに置いたままの配送伝票を示した。
 「アレイスター・クロウリー。
 変わり者だが、収集家としてすばらしい目を持っておった。
 この絵は、印象派がまだ二束三文の値で取引されておった頃に購入したものだそうな・・・・・・」


 ・・・―――― 彼と知り合ったのは、当時ブックマンが所長を務めていた研究所内でのこと。
 バイオ科学の研究資料として、既に絶滅したはずの植物の種子を提供してもらったことがきっかけだった。
 「交配に交配を重ね、究極の変り種として珍重された花々である」
 そう言った彼が得意げに差し出したケースは細かく区切られ、そのセルの一つ一つに、種子の名と、細かな分類が記されていた。
 「これは見事なコレクションだ・・・!
 さぞかしご苦労なさったことだろう」
 感嘆したブックマンに、彼は白い髭を揺らして、満足げに頷いた。
 「この価値をわかってくれる者がいたとは、感激である!
 せいぜい好事家の楽しみとしてしか認められず、滅びても誰も顧みなかった種であるからな!」
 「まったく・・・このように貴重なものをご提供くださり、心より感謝する」
 深々とこうべを垂れたブックマンに対し、鷹揚に首を振ったクロウリーは、彼にケースを渡した。
 「私のコレクションが研究の役に立つのなら、いくらでも提供しよう。
 それでこそ、収集した甲斐があると言うものである」
 「実にありがたい。
 アレイスター卿のコレクションは、個人の範囲とは思えぬほどに充実していると伺っております。
 ぜひともご協力願いたい」
 有名なシンクタンクの所長の、丁寧な物腰に好感を得たクロウリーは、再び満足げに頷いた。
 ・・・以降、仕事面だけでなく、個人としても意気投合した二人は、機会あるごとに互いの家を訪ねるほどになっていた。
 そんなある日のこと。
 クロウリー家を訪ねたブックマンの前に、件の絵が差し出された。
 「見てもらえるかな?」
 自慢げに・・・と言うには、随分と屈託を含んで差し出した彼を訝しく思いつつも、ブックマンは、その絵をまじまじと見つめた。
 「・・・すばらしいコレクションだ。
 ルノワールの作品だな」
 しばらくして、大きく頷いたブックマンに、クロウリーは小さく吐息を漏らした。
 「若い頃、南欧の旅行中に見つけたものである。
 その頃、印象派はまだまだ価値が低く、この絵も画廊の片隅で埃をかぶっていたのであるよ。
 しかし、私はなぜかこの絵が気に入ってな、旅の土産に買ってきたのだ」
 「確かに・・・おぬしの趣味とは少々、趣を異にするの」
 ブックマンが苦笑混じりに言った通り、彼の奇怪な収集品の中で、明るく柔らかいこの絵は、ひとつだけ浮き上がっている。
 「私も、旅先で浮かれていたのであろうな。
 暖かい空気にいくらか影響されて、つい買ってしまったのであるが、我が屋敷には、あまりふさわしいものではなかった」
 肩をすくめた彼に、ブックマンは苦笑で応えた。
 あまりに奇怪趣味に走りすぎたため、この屋敷は付近の住民から『吸血鬼館』などと呼ばれている。
 「しかし幸い、息子夫婦が住まう屋敷は普通の屋敷であったからな。
 結婚祝いにと、彼らに贈ったのだが・・・・・・」
 深いため息をついた彼に、ブックマンは気遣わしげに手を差し伸べた。
 「心中、お察しする」
 「うむ・・・・・・」
 つい先日のこと・・・。
 クロウリーの息子夫婦は、幼い子を一人残し、事故で他界してしまった。
 「孫を引き取ったはよいものの・・・この絵は、どうやら両親の思い出と直結しているようでな。
 三世はこの絵を見る度に、どうにも情緒不安定になってしまうのである」
 「無理もなかろう。
 両親を一度に亡くして、まだ日も浅いのだから・・・しばらく様子を見てはどうかな?」
 とりなす口調のブックマンに頷きつつも、クロウリーはきつく眉根を寄せる。
 「・・・だが息子達亡き今、我が家を継ぐのはあの子しかいないのである。
 女々しいとは言わぬが、この絵が元で情緒不安定になるのであれば、いっそ遠ざけようかと思うのであるよ」
 だが、よそへ預けるにしても、正確な価値がわからなければ先方も困ると言うことで、鑑定士としても優秀な彼に見てもらったのだ。
 クロウリーがそう言うと、ブックマンは大きく頷いた。
 「なるほどの。
 では改めて言わせてもらうが、この作品は美術館に収めてもよい価値があると思う。
 だが、おぬしに寄贈する気は・・・」
 言葉を切ったブックマンに、クロウリーはふるりと首を振る。
 「価値ある作品を世に出すことにやぶさかではない。
 しかしこれは、美術的価値以上に、私にとっても息子達の思い出なのである。
 私の死後はともかく、今は寄贈することは考えられぬし、かといって屋敷の隅に放置しては、せっかくの名作を傷めることになりかねぬ・・・・・・」
 故に困り果てている、と言う彼に、ブックマンはもう一度、大きく頷いて見せた。
 「ならば一つ、提案をさせていただこう。
 私の知人に、美術関連の仕事をしている者がいる。
 展覧会の企画などもやっておるのだが、特に人気がある印象派の絵は、いつも借り受ける先を探すのに苦労しておるそうだ。
 よければこの絵を、彼に貸し出してやってはくれまいか?
 当然、貸出期間中は、美術のプロ達が万全の管理をするだろう」
 途端、クロウリーが愁眉を開く。
 「願ってもないことである!
 大切に扱ってもらえるならば、貸出料などは要らぬであるよ!」
 「それは先方も喜ぶであろう」
 喜色に満ちたクロウリーに、ブックマンもまた、満足げに頷いた。
 ―――― 数日後。
 ブックマンの紹介で、クロウリーの絵を預かることになったティエドールは、穏やかな顔に大きな笑みを浮かべて感謝した。
 「ルノワールをお貸しいただくとは、願ってもないことです。
 大切に扱わせていただきますよ」
 彼の温和な物腰に、クロウリーも満足げに頷く。
 「よろしく頼むである」
 「はい。
 展覧会には、ご確認もかねてぜひおいでください」
 しかし、その申し出にクロウリーは首を振った。
 ティエドールが意外そうな顔をすると、クロウリーは苦笑気味に続ける。
 「それでは、お預けする意味がない。
 孫の受けた傷が癒える頃にまた、訪ねることとしよう」
 鷹揚に言った彼に、ティエドールは頷いた。
 「では、この絵を懐かしいと思われるようになりましたら、いつでもご連絡ください」
 丁重に見送られ、満足して美術館を後にした彼だったが・・・。
 その後、最期の日まで、絵を目にすることは叶わなかった。


 「・・・それって、俺が生まれる前の事件だろ?
 たまに、未解決事件を特集した番組で見るさ」
 興味津々と祖父の話を聞いていたラビの言葉に、絵を遠巻きにしていた客達も、徐々にその距離を縮める。
 「そうそう!
 その頃、なんとかって言う怪盗がいて、美術品を主に盗んでいたんだってさ!」
 タップがはしゃいだ声をあげると、ジェリーとコムイがうんうんと頷いた。
 「すっごい人気だったわよぉv
 現代に現れた、アルセーヌ・ルパンだとかなんとか!」
 「子供達の憧れだったよねぇ・・・v
 と、懐かしげに目を輝かせる二人に、ブックマンも頷く。
 「Clownだな。
 怪盗クラウン。
 まるで遊んででもいるかのように警察を手玉に取り、次々と美術品や宝石を盗んで行きおった」
 淡々と言った彼の表情を読むのは難しかったが、その口調にはどこか、懐かしさが滲んでいた。
 「そう・・・あれこそ真の怪盗と言うべきだな。
 貴重な美術品や宝石を次々に盗んで見せたが、実際に彼の手元に残ったものは、そう多くはないだろう。
 彼が楽しんだのはむしろ、警察を相手にした頭脳戦であり、まんまと取り上げた盗品のほとんどは、本来の持ち主の元に戻っておる」
 「本来の・・・?」
 首を傾げたリナリーに、ブックマンは目を和ませて頷く。
 「彼が狙ったものの多くは、元々不正に取引されたものだったんじゃよ。
 それは盗品であったり、不当な借金のかたに取られたものであったり・・・。
 生意気にも奴は、正義の鉄槌を気取っておった」
 「そうそう!
 いっちばん狙われたのは、悪徳高利貸だったわねェv
 予告状を叩きつけて、世間の耳目を集めてから鮮やかに盗んじゃうの!
 ホンット、カッコよかったんだからぁv
 うっとりと頬を染めたジェリーに、しかし、ブックマンは深く吐息して首を振った。
 「・・・しかし、こればかりは悪ふざけが過ぎたとしか言えんな。
 クロウリーは結局、この絵を再び目にせぬまま、身まかってしまった」
 「そんな・・・・・・!」
 かわいそう、と呟いて眉を曇らせたリナリーを抱き寄せ、コムイが不思議そうに首を傾げる。
 「じゃあナニ?
 送り主は、死者の名を騙ったんですか?」
 罰当たりな、と、コムイが呟くと、ブックマンは少し考えて、首を振った。
 「彼の孫・・・三世も、同じ名であるからな。
 送り主が、三世の名を使ったつもりであれば、死者への冒涜には当たらぬであろうよ」
 「それにしても、不謹慎には違いないわよぉ・・・どういうつもりなのかしらねェ」
 そう言って頬に手を当てたジェリーが、柳眉をひそめる。
 と、子犬のように彼女にまとわりついていたアレンが小首を傾げた。
 「元の持ち主に返してください、ってことじゃないですか?」
 「だったらなんでウチに送って来るんさ。直接持ち主に返せばいいこったろ」
 「そうだけど・・・」
 すかさずラビに指摘されて、アレンが困惑げに眉をひそめる。
 「それ、美術館だか展覧会だか知りませんけど、クロウリーさんち以外の場所で盗まれたんでしょ?
 持ち主のおうちがわかんなかったんじゃないですか?」
 「イヤイヤ!
 これって何度も特別番組に出てくるような、有名な事件だよぉ?
 表立って関係したわけじゃないブックマンの住所調べるより、クロウリー家の住所調べる方が絶対簡単だってぇー」
 コムイにまで言われて、アレンはますます困惑げに眉を寄せた。
 「思いついたこと言っただけじゃないですかぁ・・・。
 なんでこっちに送って来たのかなんて、僕、知りませんよぉ・・・」
 ジェリーの背に隠れてしまったアレンの声が、段々小さくなっていく。
 「まぁ・・・相手の思惑はともかく、これ、警察に届けた方がいいんじゃなくて?
 そのあと、持ち主さんに返してあげなきゃねェ」
 「警察か・・・」
 苦笑しつつ言ったジェリーの言葉を、ブックマンが彼らしくもなく反芻した。
 「どうかしたんすか?」
 「ケーサツ、まずいんです?」
 並んで不思議そうに首を傾げるタップとジョニーに、ブックマンは微かに頷く。
 「警察に届けること自体は良いのだ。
 だが・・・・・・」
 「あー!!」
 突然、ラビが大きな声をあげ、皆が飛び上がった。
 「なっ・・・」
 「なにっ・・・?!」
 びくびくと身を寄せ合う客達を無視して、ラビは祖父に詰め寄る。
 「有名な未解決事件の絵が、イキナリ出てきたんさ!
 ぜってぇ大騒ぎになるさね!!」
 「その通り」
 やかましい孫に吐息しつつ、ブックマンは頷いた。
 「これが直接、クロウリー家に届いたのであれば、せいぜいかの家の周りが騒がしくなるくらいであろう。
 だが・・・・・・」
 「一見、クロウリー家とは関係のないブックマンに届いたんですからね!
 マスコミはきっと、ブックマンとはどういう人物なのか、あの事件と関わりはあったのか、根掘り葉掘り嗅ぎまわりますよ!」
 「迷惑なことだ・・・」
 深々と吐息した祖父の傍らで、しかし、ラビはキラキラと目を輝かせる。
 「取材かぁ・・・v
 キレーなレポーターのお姉さんが、たくさん来てくれっかなぁ・・・v
 「うざったいレポーターのおじさんが、たくさん来てくれますよv
 美人に囲まれる様を夢想していたラビに、アレンが意地の悪い笑みを向けた。
 「なんにせよ・・・まずは、三世に連絡を取るか」
 ラビに首を絞められて悲鳴をあげるアレンに軽く吐息すると、ブックマンは電話を取り、すんなりと番号を入れる。
 「連絡先、わかるんっすか?」
 「住所が変わっておらなんだったらな」
 「さっすが・・・!脅威の記憶力っすね!」
 驚いて目を見開くジョニーと、感嘆の声をあげるタップに、当然とばかり肩をすくめ、ブックマンはコール音に耳をすました。
 と、長く待つまでもなく、先方から女の甘い声が届く。
 「私はブックマンと申すが、そちら、クロウリー家で間違いはないだろうか?」
 ブックマンの周りで、ラビや客達が固唾をのんで見守っていると、その声は先方が、クロウリー家であることを告げた。
 「ご当主はご在宅か?」
 思わず歓声をあげた周囲に眉をひそめ、重ねて問いかけると、甘い声に代わってオルゴールの音(ね)が響く。
 ややして、訝しげな男の声が届くと、ブックマンは今までの事情を簡潔に話して聞かせた。
 おかげで先方は瞬く間に納得し、話は既に、今後の事へと移っている。
 「さすが・・・ちゃんと聞いたかい、みんな?
 情報の伝達は正しく確実に!
 彼の話し方をよく学ぶんだよ?」
 コムイが所長らしく、部下達に言って聞かせる間に、ブックマンは通話を終えていた。
 「まずは私が、警察に届けることで話がついた。
 この絵の事件を担当した者とは旧知だからの。
 こちらもすんなり行くだろう」
 あっさりと言ってのけたブックマンに、アレンが感嘆の声をあげる。
 「すごいですねぇ、ブックマン!
 警察にまでお友達がいるなんて、知りませんでした!」
 と、ブックマンはなんでもないことのように肩をすくめた。
 「私は今でも時折、警察の窃盗犯係に協力して、盗品の鑑定を行っておるのでな。
 その際に否応なく知り合った者達じゃよ」
 友人ではない、と、暗に匂わせる彼をきょとん、と見つめていたアレンは、しかし、すぐに視線を傍らのジェリーへと移す。
 「じゃあもう、絵のことはいいですよね?!
 ジェリーさぁんv ケーキケーキvv
 ごろごろと、喉を鳴らさんばかりにじゃれ付いてくるアレンに微笑み、ジェリーはコムイを見遣った。
 「そうね・・・もう、パーティ始めちゃっていいかしら?」
 「だね。
 なんだか、サプライズパーティを企んだボクらの方が驚かされちゃったけど」
 クスクスと楽しげに笑いつつ、合図したコムイに従って、それぞれがグラスを手にする。
 早速ジュースを注ぎ合う子供達に笑いながら、コムイはシャンパンのボトルを手にしてブックマンへ向き直った。
 「改めて!
 お誕生日おめでとうございます、しょちょ・・・ブックマン!」
 「おめでとうございまーす!」
 かつての部下達が、一斉に声を揃えた瞬間、コルクが抜かれ、同時に爆発音が響き渡る。
 「んなっ・・・?!」
 「なんっじゃこりゃー!!!!」
 突然の爆発音に、思わず目をつぶった者達は、そろそろと細く開けた視界全てが色鮮やかなリボンと紙ふぶきに支配されている様に、目を丸くした。
 「えっへーv
 シャンパンだと思ったぁ?」
 イタズラが大成功して、ご満悦のコムイが嬉しそうに胸をそらす。
 「びっくりアイテム!
 シャンパン型クラッカーだよーんv
 これぞサプライズ!と、得意げに親指を立てたコムイに、部下達が詰め寄った。
 「びっ・・・びっ・・・びっくりするじゃないすか!!」
 「屋内での火薬使用は厳禁だって、いつも言ってるでしょ!!」
 が、部下達の苦情をどこ吹く風と受け流し、コムイは楽しげに笑う。
 「しーんぱいないってぇーv
 音が大きいだけで、実際の火薬は・・・・・・gしか使ってないよ?」
 あからさまに火薬量を偽り、えへv と、笑ってごまかそうとしたコムイだったが、そう簡単に騙される家主ではなかった。
 「人んちで火遊びするでないわっ!」
 鋭い飛び蹴りを食らわせて、コムイを血の泥濘に沈めた祖父の背後で、驚きのあまり、目に涙を滲ませたラビがぶるぶると震える。
 「びっっっっくりすんじゃん!!明らかに危険物だろ、コレ!!」
 ヒステリックな声をあげた途端、ふぅ、と、呆れたようなため息が聞こえた。
 「ほんっと、ウサギの心臓ですよねェ、ラビは」
 「姐さんの背中に隠れてるお前が言うんじゃないさ!!」
 容赦なく指摘されて、アレンは気まずげにあらぬ方向を見遣る。
 「まぁまぁ、ケンカしないのよ、アンタ達」
 リナリーにコムイの手当てを指示したジェリーが、苦笑しつつ二人の間に入った。
 「コムたんは部屋の隅にでも転がして、パーティしましょv
 そう言う彼女は全く驚いた様子もなく、巨大なケーキに立てた90本ものろうそくに、次々と火を灯していく。
 その様に、部屋の隅に転がされたコムイが不満げな声をあげた。
 「なんだよなんだよ、ジェリぽん〜!
 せっかくサプライズ企画したのに、ちっとも驚いてくれないー!」
 「アラだって、コムたんならきっと、なにかやらかすと思ってたものぉv
 さっきシャンパンの瓶を持った時に、重さが違うからおかしいな、とは思ってたしねェv
 全てのろうそくに火を灯し、キラキラと煌くケーキを手にしたジェリーがころころと笑うと、コムイの部下達がパチパチと激しく手を叩く。
 「さすが料理長・・・!」
 「所長のやることなんか、お見通しなんすね・・・!」
 「まぁねーv
 得意げに胸をそらし、テーブルの中心にケーキを置いたジェリーは、大きな手をブックマンへと差し伸べた。
 「どぉぞぉ、ブックマンv
 がんばって吹き消してくださいねぇv
 「これはまた・・・」
 尋常ならざるろうそくの数に、熱風すら起こるケーキを唖然と見つめ、さすがのブックマンが絶句する。
 「すさまじいもんだの・・・・・・」
 「それだけ、長生きしたってことですよv
 楽しげに言ったアレンの隣で、ラビもうんうん、と頷いた。
 「まさに妖怪!」
 「わしゃまだピッチピチじゃ!」
 鋭い回し蹴りを食らったラビが、きれいな放物線を描いてコムイの上に落ちる。
 「げふぅっ!!」
 更なるダメージを受け、血反吐を吐いたコムイの傍らで、リナリーが悲鳴をあげた。
 「ったく、なんでわしの周りはこんな奴らばかりかの!」
 「類と・・・イエッ!なんでも!!」
 ブックマンに鋭く睨まれて、アレンは慌てて首を振る。
 ぷるぷると震えながらすがり付いてくるアレンの頭を撫で、ジェリーはブックマンへ苦笑を向けた。
 「お元気なのはわかったから、早く火を消してくださいなv
 クリームが溶けちゃうわん」
 「あぁ・・・うむ・・・・・・」
 ケーキの前に立ったブックマンに、全員の目が集まり、照れた彼は年甲斐もなく顔を赤らめる。
 と、誰からともなくバースデーソングを歌い出し、間もなく大合唱となった歌にあわせてブックマンが火を吹き消すと、大きな拍手が沸いた。
 「さすがに一息じゃ無理でしたか!」
 楽しげに笑うコムイを、ブックマンが睨みつける。
 「・・・・・・老人を殺す気か」
 憮然と呟いた声は、やや息切れしていた。
 「90まで生きりゃ、十分大往生さ!」
 「僕・・・90まで生きてるかなぁ?」
 にぱっと笑ったラビと共に、ケーキからろうそくを抜いていたアレンが、小首を傾げる。
 「なんだか自信ないから、後で90本ろうそく立てて、吹き消してみていい?!」
 アレンがわくわくと目を輝かせると、その隣でリナリーが眉根を寄せた。
 「そんな自信のないこと言ってたら、平均寿命も危ういよ?
 ギネスブックに載るくらいの覚悟して生きなきゃ!」
 「とりあえず俺は、ただ長く生きるより、できるだけ長く元気でいてぇなぁ」
 そう言って笑ったラビに、コムイの目が怪しく光る。
 「ふっふっふっふっふ!!
 その言葉を待っていたよ、ラビ!!」
 「ふぇっ?!
 お・・・俺、なんかマズイこと言っちまったさ?!」
 コムイの笑声に、不吉以外の何も感じることができず怯えたラビを、誰も笑うことはできなかった。
 それほどに、コムイへの信頼度は低い。
 が、コムイ自身は、皆の警戒心などどこ吹く風と、ポケットからきれいにラッピングされた箱を取り出した。
 「皆さんのご期待に応えて!!
 コムリン印の新薬!登場〜〜〜〜っ!!」
 「期待してねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 派手なポージングに絶叫で応えた部下達へ、コムイは拗ねたように唇を尖らせる。
 「ナンダヨナンダヨ。
 せっかく今日この日のために、例の酵母を元にした薬完成させたのに、その態度はナンダヨ」
 「例のって・・・アレっスかっ?!」
 「ソレまだ、全っっ然研究段階じゃないっすか!!」
 「ってか、どっから持ち出してきたんすか!!」
 「班長が厳重封印してたはずでしょ?!」
 わらわらと詰め寄り、箱を奪い取ろうとする部下達の手から、コムイはその長身を生かして箱を頭上高く引き離した。
 「リーバー君が隠しちゃったものとは違うもんっ!
 これはボクが、独自に開発したものですぅー!」
 「余計悪いわ――――!!!!」
 絶叫と共に部下達全員からタックルをかまされ、さすがに耐えかねて倒れた彼の手から、箱が取り上げられる。
 「あぁ――――!!捨てるのはぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 哀しげな悲鳴をあげるコムイの鼻先で、箱を手にした老人は小首を傾げた。
 「酵母、と言うたかの?
 もしや、長寿細胞を活性化させるというあれか?」
 ブックマンの問いに、部下達に押しつぶされていたコムイは、悲嘆を喜色に変えて頷く。
 「そう!
 その酵母から作った薬です!
 今、世界各国の研究所と開発競争してるんですけど、プロトタイプをぜひ所ちょ・・・ブックマンに試してもらおうと思ってv
 「そうか・・・。
 実は、おぬしらが始めたという研究には、かねがね興味を持っておった。
 ありがたく頂こう」
 「危険ですってぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 老人の身を案じる元部下達に、しかし、ブックマンは莞爾と笑う。
 「私とて元研究者じゃ。
 へまはせんよ」
 「だからって、神農じゃあるまいし!」
 「進んで毒物摂取しなくても!!」
 「老い先短いんすから!」
 「無理しないでください!!」
 必死の叫びに、ブックマンはこめかみを引きつらせて振り向いた。
 「今、老い先短いと言うたのは誰じゃ?」
 「なんでそんなことばっか反応するんさ・・・」
 祖父の言い様に呆れ、肩をすくめたラビは、ふと気づいて客達を見回す。
 「あれ?!
 そういや、なんでリーバーいないんさ?!」
 呼んだのに、と、眉をひそめるラビに、ジョニーとタップが気まずげに顔を見合わせた。
 「班長は・・・・・・」
 「昨日、コムイ所長がやらかした爆発事故の後処理で、消防の現場検証に立ち会ってる・・・・・・」
 「おぬしは・・・・・・」
 ブックマンに睨まれたコムイが、あらぬ方へと目をやる。
 「ったく・・・相変わらずじゃの・・・」
 やれやれと吐息した老人は、喧騒をよそに、じっとケーキを見つめているアレンを見て、思わず笑みを漏らした。
 「ではそろそろ、料理長とリナ嬢の力作をいただこうかの」
 途端、アレンが顔を輝かせる。
 「難しいことの処理は後にして、今はありがたく、祝ってもらうこととしよう」
 その言葉を合図に、改めて抜かれたシャンパンが各自のグラスを満たし、ようやく、乾杯の声が上がった。


 同じ頃、クロウリー家では。
 「さっきの電話、なんでしたの、あなた?」
 なまめかしく柳眉をひそめた金髪の美女が、知らない老人との通話を終えたアレイスターに尋ねていた。
 「おじい様の、旧知の方だったそうである。
 なんでも・・・あのルノワールが出てきたとかで・・・」
 「ルノワール・・・・・・?
 んまぁ!あの、盗まれたって言うルノワールですの?!」
 思わず声を張り上げた妻に、アレイスターは困惑げな表情のまま頷く。
 「おじい様が、最期まで気にしていらした絵なのであるが・・・正直、私はよく覚えておらぬのであるよ。
 両親との思い出深い絵であったことは確かなのだろうが、その両親のことすら今や、おぼろげであるからなぁ・・・」
 有名な事件であったことは知っているが、あまりに幼い時のことだったため、どうにも他人事のように感じられた。
 「まぁ・・・先方が警察に届けてくれるそうであるから、いずれ我が家に戻ってくるのであろう。
 楽しみにしているといい、エリアーデ。
 たいそう美しい絵であったそうだから、きっとあなたも気に入るであろう。
 好きな場所に飾るといいである」
 優しく笑う夫に微笑んで頷いたエリアーデは、ふと、きれいにマニキュアを施した指を、艶やかな唇にあてる。
 「あなた・・・それ、8日までに戻ってこないかしら?」
 「は?」
 訝しげに眉根を寄せたアレイスターは、しかし、すぐに彼女の言わんとするところを察して、首をひねった。
 「そうか・・・8日に戻ってきたら、展覧会の開催に間に合うかもしれないであるな」
 「いい宣伝になると思いますの!
 ねぇ・・・お願いしてみてはどうかしら?」
 「しかし・・・展示に耐えうる状態かもわからぬのである」
 「だからこそ、一刻も早く手元に取り戻さなければなりませんわ!」
 アレイスターになまめかしくしなだれかかりながら、エリアーデは熱心な口調で言い募る。
 「アレイスター様が乗り気でいらっしゃらないのであれば・・・私がお願いしに参りますから。
 お許しくださいますわね?」
 にっこりと、間近に迫った笑顔の『おねだり』には敵わなかった。
 「け・・・警察も忙しいのである・・・。
 あまり無茶なことを言わないのであるよ」
 「わかってますわ!」
 歓声を上げて、エリアーデはアレイスターに抱きつく。
 「全て私にお任せになって、あなたv
 必ず、成功させて見せますわv
 「う・・・うむ・・・・・・」
 妻の喜ぶ顔は、いつ見ても美しく・・・アレイスターは首まで真っ赤になりながら頷いた。


 ブックマン宅に、謎の人物から貴重な絵画が届けられた翌日。
 有名すぎる事件の中心にあった絵が戻ってきたと言うニュースは既に、各放送局の話題をさらっていた。
 が、
 「美人レポ〜タ〜はどこさぁぁぁぁ・・・?!」
 いつも通り、しんと静まり返ったままの自宅玄関を、居間の窓から見遣ったラビは、深いため息を漏らした。
 「うう・・・!
 ウチももてはやされると思ったんに、なんさこの静かさは・・・!
 騒がしいのは蝉だけさ・・・・・・!」
 ソファの背にもたれ、とうとうしくしくと泣き出したラビに、並んでテレビを見ていたアレンが肩をすくめる。
 「仕方ないですよ。
 あっちの方が、断然目立ってるもん」
 アレンが指差した先では、シンプルだが質のいいスーツを品よく着こなしたクロウリー夫人が、嫣然と微笑んでいた。
 『今、この時期に祖父の遺品が戻って来た事を、主人ともども嬉しく思っておりますわ。
 警察の調査が済み次第、こちらでもできる限り早く手配しまして、9日からの展覧会に出展しようと思っております。
 どうぞ皆様、ルノワールを見にいらしてくださいませね』
 今日だけでもう、何度も放送された夫人のコメントだが、宣伝までしてしまう彼女のそつのなさに、アレンは感心する。
 「すごいですよねぇ、この人。
 自分が美人だって知ってる笑顔ですよ、これ。
 有名な事件の絵が展示されるってだけでも、ちょっと見に行こうかなって気になるのに、これなら開催日にルノワールが戻ってなくったって、この人見たさに行く人がたくさんいるんじゃないですか?」
 僕の好みじゃないけど、と、ストローでグラスの氷をかき混ぜながら呟いたアレンに、ラビが大げさに肩をすくめた。
 「この人のミリョクがわかんないなんて、お前もまだまだガキさね!」
 「趣味の問題でしょ。
 同じお色気系でも、この人よりアニタさんの方が好きだもん、僕」
 ややムッとしつつ言ったアレンに、ラビは悩ましげに首をひねる。
 「んー・・・確かに、アニタもキレーだよなぁ。
 どっちがいいか、なんて言われても、決めらんねぇさ、俺」
 「どうせどっちにも相手にされないんだから、問題ないでしょ」
 あっさりと言ったアレンの首に腕を回して締め上げながら、ラビはまたもや深い吐息を漏らした。
 「自分でリークしようとも思ったんけどさぁ・・・んなことしたら、絶対ジジィ怒るじゃん?
 ジジィ怒らせたらマジ怖いしー・・・」
 美人レポーター・・・と、また哀しげに呟くラビの腕の中からなんとか逃げ出したアレンが、息を切らしつつラビを睨む。
 「どうせ来たって、しつこくてうるさいおじさん達ですよ!
 そんなのに囲まれて嬉しいですか?」
 変人、と、忌々しく毒づいてやると、ラビは、ぽん、と手を打った。
 「そうさ!
 美人が来るって保証がないんなら、美人に会いに行けばいいんじゃん!」
 にぱっと笑い、テレビを指し示すラビに、アレンが呆れ顔を向ける。
 「相手にしてくれるわけないじゃん!」
 「いや、わっかんねぇぞ?
 なんたって、絵が届けられたんはウチだし、クロウリー家と警察に連絡したんはウチのジジィだかんな!
 孫です、って会いに行けば、美人の人妻に優しくおもてなしされっかもv
 「美人の人妻って・・・・・・」
 ラビからずりずりと身を離しつつ、アレンが顔を引きつらせた。
 「とうとうそこまで落ちぶれましたか、この年上好きが!」
 不倫反対、と、アレンが盾にしたクッションにこぶしを叩き込み、ラビがにんまりと笑う。
 「せっかくの縁さv
 繋げば、おもしれーことになりそうじゃん♪」
 それに、と、ラビはテレビを見遣り、あでやかな笑みを浮かべるエリアーデに笑いかけた。
 「日参すれば、退屈な夏休みも楽しくなりそうさv
 「あれ・・・?
 夏休みの宿題、手伝ってくれるんだよね?」
 不安げに首を傾げたアレンには、やや意地悪く目を細める。
 「今日は泊まってけよ、アレン。
 明日までに全部終わらせるぜ?」
 「全部――――――――?!」
 アレンの絶叫に、ラビは楽しげな笑みを深め、大きく頷いた。




 To be continued.

 











2008年ジジィお誕生日SSでした!
後半はラビお誕生日SSに続きます。>せっかくだから前後編・再び。
この冒頭、前サイトの頃から来てくれていた方達の中には、『あれ?!』と思った方もいるかもしれない(笑)
以前書いた封神SS、『Hide&Seek』で、同じコナン&怪盗キッドパロをやっています(笑)
しかも、冒頭文はほとんど同じです(笑)>楽しすぎ。
舞台は世界にあるどこかの国の、知らない街だとでも思っててください。
ちなみにこのネタは、6/25の朝にNHKでやってたニュースを見てて思いつきました。←色んな所からネタ拾ってくる奴。
長寿細胞の研究は本当にやっていて、アメリカでは既に開発競争しているそうですよ。
コンセプトは、ただ長生きするのではなく、元気に長生きだそうな。
ジジィ、いつまでも元気で★












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