豪華なシャンデリアがきらめく大広間で、人々は緊張に顔をこわばらせ、互いに身を寄せ合っていた。 その目の前を、少年は悠然と歩き、その人物、邸の主人であるその老人の目の前で足を止めた。 「犯人はあなたですね?」 にやりと口の端を曲げた笑み。それは、その年頃の少年には相応しくない、堂々とした老獪さを含んでいた。 「・・・なにを馬鹿な」 鼻で笑う彼に、少年はますます笑みを深くした。 「あなたですよ、元始さん。あなたはこの邸の、真の主人であった義母、ジョカさんを疎んじていた。 あなたが、ジョカさんの部屋の水差しに毒を入れ、彼女を殺したのです」 「・・・しかし!」 邸の住人の一人、燃燈が、若々しい頬を紅潮させて抗議の声を上げた。 「彼は今日の朝、ここに帰って来たのだぞ!彼女が亡くなったのは昨夜だ!どうやって彼女を殺す?!」 「燃燈さん、落ち着いて頂きましょう。あの水差しに毒を入れたのは・・・いや、入れてしまったのは彼女自身です!」 燃燈の背後で、彼の姉の竜吉は息を飲み、その白い顔をさらに青ざめさせた。 「燃燈さん、彼女はいつも、どこから水を汲んでましたか?」 「それは・・・自分の部屋の、ラウンジだろう」 この広い邸の、一番良い部屋に住んでいた彼女。 そこには、客人をもてなすための、また、自身が楽しむためのカクテルラウンジが設けてあった。 「水は、まさかそのまま水道水を飲むなんてことはありませんよね?」 にやりと笑った少年の言葉に、燃燈は息を飲んだ。 「この邸のほとんどの水道には、浄水装置がついているんでしょう?」 蛇口に取り付ける型の、その内部には、水道水に混じる異物を取り去り、水を浄化する為の様々な物が入っている。 「彼はその中に、水溶性の毒物を入れておいたんですよ。 元始さん、あなたは昨日の朝、ジョカさんが出かけたのを見計らって彼女の部屋に忍び込み、浄水気に細工をしてから家を出た。 そしてその日の夜、帰宅した彼女は、まさか自分の部屋の水道に、そんな細工がしてあるなどとは思わず、毎晩飲んでいる薬とともにその水を飲んでしまったのです。 今朝になって帰宅したあなたは、ここにいる皆さんと死体を発見。 執事の白鶴さんに警察に連絡するよう指示し、燃燈さんには竜吉さんを別室で休ませるように言って、この部屋に一人残ったあなたは、毒物を入れた浄水器を処分した。 そうですね、元始さん?」 「馬鹿げておる。一体なにを証拠に・・・」 「しらをきるでないわ、クソジジィ」 がらりと口調を変えて、少年は彼につめよった。 「証拠を見せろというのなら、よかろう。この水を飲んでみよ」 言って少年は、水の入ったグラスを彼に差し出す。 「それは・・・?」 怪訝そうに言う燃燈の声を背後に聞きながら、少年は元始に対して、不敵な笑みを浮かべた。 「おぬしの部屋から汲んできた水だよ、ジジィ」 「・・・・・・!!」 元始の顔がみるみる青ざめていく。 「浄水器は、小さなものとはいえ、捨てれば目立つものよのう?しかも、警察が大勢いる前で処分するわけにも行かん。 自分の部屋のものとジョカさんの部屋のそれを交換し、毒物は水差しに混入されたものと皆に思わせたのだな?」 身体を奮わせ、骨と皮ばかりになった手で顔を覆って、元始はがっくりとうなだれた。 崑崙財閥総帥という、輝かしい地位にあって、常に堂々としていた彼は、今やただの痩せた老人でしかなかった。 「・・・・・・あの女が悪いのじゃ。全てを破壊しようとしていたあの女から、皆を守るためにわしは・・・!!」 「殺られる前に殺る、か?哀しい事件だのう・・・」 少年は、その手のグラスの中でゆたゆらと揺れる水を見つめながら、ぽつりと呟いた。 夜中の高層ビル。 人気のないその屋上で、彼は夜風を身に受け、輝く夜景に微笑みを送った。 「―――― Ladies & Gentlemen ! I am KID. KID the Phantom thief !!」 大勢の観客がその目の前にいるかのように、彼は夜景に向けて優雅に一礼した。 その姿。 白いタキシードに白いマント。 闇の中にありながら、晧、と煌めく月に似て。 「―――― It's show time !!」 軽くシルクハットを持ちあげるや、彼はてらいもなく空中に一歩を踏み出した。 引力にひかれ、地上に向けて落ちていくその途中で、彼の身体は風を捕らえ、夜の闇と光の洪水が混沌とする街の中へと吸い込まれていった。 |
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