† DRINK IT DOWN †
〜THE BLACK ROSE / Episode0〜
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19世紀ロンドン―――― 女王陛下のしろしめす大英帝国の首都として、世界有数の大都市となった地には、繁栄と退廃が同居している。 華やかな街の裏側では不可思議な事件も多く・・・ゆえに、『諮問探偵』を趣味とする彼を楽しませる依頼の、絶えることはなかった。 そう、その日の朝も――――・・・。 「なんでアレン君が、うちで朝ごはん食べてるんだよ!」 3階の自室から2階の居間へと降りてきたリナリーは、ちゃっかりとテーブルについているアレンを見て、柳眉を逆立てた。 「おはよーございます、リナリー。 今日の卵はなんにするか、ジェリーさんに聞いといてくれって言われました」 質問には答えず、暢気に笑うアレンに、リナリーはムッと唇を尖らせる。 「スクランブル・・・」 「はい。 ジェリーさーん!! リナリーの卵、スクランブルエッグでー!」 「違うよ! ワケわかんないって言ったの!」 1階に向かって呼びかけたアレンにリナリーが怒鳴ると、 「なに?!どーしたの?!」 と、彼女の大声に驚いたらしいコムイが、パジャマのまま居間に入って来た。 「・・・・・・なんでアレン君が、うちで朝ごはん食べてんの?」 リナリーと全く同じことを、呆れた口調で問うコムイに、アレンはにこりと笑う。 「おいしいから!」 「じゃなくて!」 兄妹二人から突っ込まれ、アレンは小首を傾げた。 「なんか問題でしたか?」 「だからさ・・・」 「ナイナイ問題なんて!」 何か言いかけたコムイの口を塞ぐように、朝食のトレイを持ってきたジェリーが明るい声をあげる。 「いつでも来てくれていいのよん、アレンちゃん どーせコムたん、お仕事サボって趣味のロボット作りばっかしてるんだから!」 「いや・・・それはそうだけど・・・・・・」 「アレンちゃん、もっと持ってくるから、ゆっくりしておいきなさいねぇ!」 「はい!」 戸惑うコムイの前で、大家のお気に入りらしい少年は、朝食の支度に追われてバタバタと部屋を出て行ったジェリーに、にこにこと微笑んだ。 「あ、そうそう!今日の用件なんですけど!」 「用件・・・あったんだ・・・・・・」 また声を揃えた兄妹に、アレンは目を丸くする。 「そりゃありますよ。 何しに来たと思ったんですか?」 「朝ごはん食べに」 みたび声を揃えられ、何杯目かのお茶をおかわりしたアレンは頬を膨らませた。 「コムイさんに用があったし、せっかくだからジェリーさんのおいしいご飯も食べたいなぁって、早目にお邪魔しただけですよ」 「へぇ・・・ガッコーがお休みの日に、早起きしてまで来た用件って、なーにぃ?」 皮肉げに言ったコムイは、ジェリーに勧められ、リナリーと共にテーブルに着く。 するとナプキンの上に、一通の封筒が置かれていた。 「お届けものです」 アレンがお茶を飲みつつ指差すと、コムイはそれを取り上げる。 「ふぅん、誰から・・・あぁ、クロウリー男爵」 封蝋に捺された紋章を見ただけで、あっさりと差出人を当ててしまったコムイに、アレンが感心したように笑った。 「さすがですね! もしかして、ヨーロッパ中の紋章を覚えてるんですか?」 「まっさかぁ! 以前、依頼を受けた時に見たのを覚えてたダケだよん」 紋章と言えば、と、コムイは既に開いている封筒から手紙を出しつつ呟く。 「アレン君ちの紋章って、変わってるね」 「えぇ。 プレートはありきたりですけど、中がつる草っぽいハートなんて、僕んちでしか見たことないです」 「私はあれ、可愛いと思うわ。 ヨーロッパの紋章って、やたらごちゃごちゃしてるんだもの」 兄の前にコーヒーカップを置いたリナリーに、コムイはにこりと微笑んだ。 「あれは、誰の血筋で領地はどこで、爵位はこれで信条はなんだとか、一目でわかるようにしているんだよ。本人の簡易プロフィールみたいなもんだね。 だからアレン君ちの紋章は珍しいの」 「ぜーんぶ同じ模様ですからね。 家の紋章って言うより、お店の看板みたいでしょ」 けらけらと笑って、アレンはふと瞬く。 「あぁ、そっか。看板ですよね、情報屋の」 「情報屋って・・・まぁ、否定はしないけどさ」 手紙に目を走らせていたコムイは、苦笑して再びそれを封筒に入れた。 「ところでこれ、なんでアレン君が持って来たの?」 「そう言えば封、開いてたよね? 先に見ちゃったの?」 リナリーに非難がましい目で睨まれ、アレンは慌てて首を振る。 「ちっ・・・違いますよ! そのお手紙は、元々ミランダさん宛てに来たもので、僕がミランダさんから預かってお届けしたんです!」 「ミランダから?どうして?」 やや口調を和らげたリナリーを、アレンは上目遣いで見あげた。 「昨日、ラビが僕んちで急性盲腸炎になっちゃって、リーバーさんちに担ぎ込んだんですよ。 ・・・こんな時に限って、おじいちゃんてば『南の島にバカンスに行って来る』なんて言っていないし、ラビは死にそうに悶絶するし、大変だったんですよ?」 ふぅ、と、ため息を零して、アレンはずっと手にしていたティーカップをソーサーに戻す。 「なのにラビってば、手術が終わった途端にけろっとして、暇だから新聞持って来いだの本借りて来いだのって僕をこき使うから、逃げる口実探してたら、ミランダさんが『コムイさんに相談したいけど、出かけてる暇がない』って言ってるのが聞こえて。 お使い申し出ました 「・・・つまり、病気の従兄を放り出してきたと」 呆れ口調のコムイに、アレンは口を尖らせた。 「人聞きの悪い」 「その通りじゃない!」 「・・・・・・」 リナリーには反論できず、黙り込んだアレンは、コムイが手にした手紙に視線を寄せる。 「それで・・・行くんですか、ルーマニア?」 「んー・・・男爵のご招待ともなれば、行くのが当然なんだろうけどー・・・・・・」 「なに? ルーマニアに招待されたの、兄さん?」 一人手紙の内容を知らないリナリーが問うと、コムイは暖かいコーヒーカップを手で包み込んだ。 「うん。 アレイスター卿のお誕生日パーティと夫妻の結婚記念日とクリスマスパーティもやるんだってぇ。 だから12月中はお城に滞在しないかってことなんだけど」 「お城?! すごい!行ってみたい!!」 目をきらきらと輝かせた妹に、コムイは苦笑する。 「お城なんてキミ、見慣れてるでしょ。 インドでは王宮に仕えてたんだからさ」 「西洋のお城は行ったことないもん! ねーぇ!行きたいー!!連れてってぇー!」 ねだるリナリーにしかし、コムイは乗り気ではない様子で眉根を寄せた。 「・・・12月のルーマニアなんて、恐ろしく寒いよ? インドで育ったキミに、あの寒さは酷だって。 ボクがあの時、さっさと事件解決したのだって、早くロンドンに帰りたかったからだもん」 「あの時って・・・ルーマニアの吸血鬼事件ですか?!」 きらきらと目を輝かせたアレンに、コーヒーをすすったコムイが頷く。 「ボクとリーバー君が、まだ探偵をやってた頃の事件だねぇ」 「その事件を解決したから、ミランダはクロウリー男爵の紹介で兄さんの所に来たんでしょう? 私達が会うきっかけにもなった、根元の事件だね!」 リナリーもまた、きらきらと目を輝かせてコムイの腕にすがった。 「お願い、兄さん 「コムイさん 二人して期待に満ちた目を向けられ、コムイは得意げに笑う。 「いいとも。 ・・・そう、あれはもう・・・4年も前になるのかな?」 コムイが自宅で、リナリーとアレンを相手に過去の事件を語り出した頃、リーバーが開業する医院では、ワガママな入院患者が医者を捕まえて、駄々をこねていた。 「死んじゃう!!死んじゃう!!死んじゃうさっ!! お願いさ、リーバー!! なんか面白い話してくれぇぇっ!! じゃないと俺、暇で死んぢゃうっ!!」 「だったら今すぐ永眠しろ、馬鹿ウサギ」 冷酷に言った医者に、ラビはぶんぶんと首を振る。 「メシ食えねーのは我慢するし、イタイのだって平気さ、オトコノコだもんっ! だけど・・・アレンの奴、俺を見捨ててどっか行きやがるし、入院患者は俺一人だし、超絶暇なんさっ!! こんな朝っぱらから患者こねーだろ?!話相手してくれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 「・・・・・・じゃあ、インド・ヨーロッパ祖語がいかに伝播して、インド・ヨーロッパ語族になって行ったかを軽く・・・」 「それも面白そうなんけど、今は事件の話が聞きたいさ!」 「・・・あ?」 訝しげな顔をしたリーバーの袖を引いて、ベッドに座らせると、ラビはにこりと笑った。 「ミランダが言ってたさ! アレンがお使いしてる手紙って、ルーマニアのクロウリー男爵からだったんだろ?」 「あぁ・・・。 結婚祝いの品を贈ってくれてな。 その中に入ってたんだが・・・」 「ってあんたらが結婚したの、もう9ヶ月も前じゃん」 「社交シーズンに領地にいる貴族なんて、ほとんどいないぜ? しかも奥方は大の社交好きで、雪解けを待たずに領地を出るのがあちらの習いだ」 「あ、そっか。 それで連絡つかなかったんさ? リーバーだけじゃなく、ミランダとも親しげなんに、なんで結婚式に来てねぇんだろって思ってたんさ」 「それを見越して、招待状はパリの別宅に送ってたんだが、今年は奥方の希望で、ベルギーに滞在してたそうだ。 ・・・さすがにそれは予測つかなかったな」 「神ならざる者の悲哀さね。 そんで? あんたらがクロウリー家と関わりを持つようになった、『ルーマニアの吸血鬼事件』ってどんなんさ?!」 きらきらと目を輝かせるラビに、リーバーは苦笑する。 「人んちの事情を聞きたがるんじゃねぇよ」 「絶対誰にも話さないさっ!! お前だって俺の・・・イヤ、俺んちの口の堅さは知ってんだろ?!」 お願い、と、手を合わせられて、リーバーは軽く吐息した。 「まぁ・・・もう4年も経ってるし、俺が覚えているうちに、お前に記録させておくのもいいかな」 「やった!!」 両手にこぶしを握り、ラビが快哉をあげる。 「あれはちょうど今頃・・・クリスマスの準備に忙しくなる直前だったな・・・・・・」 ―――― 東欧の、深く暗い森を見下ろす頂きに、その城はあった。 雪を纏った幾棟もの鋭い尖塔が、剣のように高く掲げられ、昇りゆく月を、今にも刺し貫くのではないかと見える。 そこはこの地を治める領主の居城、クロウリー城・・・その威容を影絵のように写す湖畔に佇んだ探偵達は、思わず息を呑んだ。 「なんか・・・思ってた以上におっきいんだねぇ・・・・・・」 未だ中世の空気が色濃く残る国の、重厚な雰囲気に圧倒されて、いつも飄々とした探偵の軽口も、さすがに勢いを失っている。 「見事なゴシック様式っすね。 12世紀にはもう、建ってたんじゃないっすか?」 感心した口調の探偵助手の隣で、しかし、肝心の探偵は震え上がった。 「だったら中身は吹き抜けじゃない・・・とんでもなく熱効率悪いよ! ねぇ、泊まるんだったら絶対、狭くてもあったかな宿屋の方がいいよ! 絶対寒いって、あの城!」 「そっちすか・・・・・・」 この探偵に、情緒や未知への恐怖心を期待したことはなかったが、これほど古く荘厳な城に対し、熱効率がどうのとほざいたのはおそらく、この城が経た長い歴史の中でも彼が初めてだろう。 がっくりと肩を落とした探偵助手は、深々と白い息を吐いた。 「少なくとも、応接室くらいは火が入ってるでしょうよ。 ホラ、ここで凍えたくなきゃ、さっさと行きましょう」 「うん! さっさと行って、さっさと帰ろう!」 途端に張り切った探偵は、地元の者ですら怖気て足がすくむと言う城への道をずかずかと踏破し、門前に到る。 「こんばんはー! こんばんは!開門願いまーす!」 遠慮会釈なく声を張り上げた探偵の前で、門が重々しい音を上げて開いた。 「ありがとう! ボク、城主様に招待され・・・あれっ?!」 「? どしたんすか?」 さっさと門をくぐったかと思えば、頓狂な声をあげて、きょろきょろと辺りを見回す探偵を、助手が訝しげに見遣る。 と、 「だってリーバー君!門番がいないよ!!」 ばたばたと両腕を振り回して騒ぐ探偵に続いて入城したリーバーは、門の周りを見回して、大きく頷いた。 「こんなデカイ門を自動開閉するなんて、電力はどっから来てんですかね?」 「ね?!ね?! もしかしたら、ゴシックなのは外側だけで、中はハイテクなんじゃないかな! これなら中も、寒くないかもしれないよー! 早く行こう! 早くあったかいとこ行こう!!」 きらきらと目を輝かせて先に立った探偵に、苦笑して続くリーバーの背後で、門が再び重々しい音を立てて閉まる。 「雪の下か、土の下か・・・」 どちらにしろ、結構な工事だったろうと感心し、情緒や未知への恐怖心の持ち合わせがないリーバーは、はしゃぐ探偵の後を追った。 「ようこそおいでくださった、コムイ・リー殿。 そしてそちらが、ドクター・ウェンハムであるか」 二人がエントランスに入った途端、痩せた青白い顔に笑みを浮かべた城主が出迎えてくれた。 「私がこの城の主、アレイスター・クロウリーである」 よろしく、と、差し出された手をそれぞれに握り、コムイがにこりと笑う。 「ボクのことはコムイと呼んで下さい、城主殿」 「俺も、リーバーでいいっすよ」 「では貴殿らも、私のことは城主ではなく、好きに呼ぶといい」 友好的に挨拶を交わすと、コムイは嬉しそうにエントランスホールを見回した。 「いやぁ、外から拝見した時は、どんなに寒いだろうと思ってましたけど、意外とあったかいですねぇ! セントラルヒーティングでも入れてらっしゃるんですか?」 「いや、もっと古いものであるよ。 この城を建てた城主がたいそうな寒がりだったそうで、設計士にともかく暖かい城を、と、念を押したそうである。 ためにこの城内には、壁の内側に配管が巡らせてあって、冬の間は常に蒸気を流しているのだそうな」 「へぇ・・・その熱源はどこから?」 リーバーも興味を引かれて問うと、クロウリーは白くけぶった窓の向こうを示す。 「温泉であるよ。 少々遠くではあるが、源泉を引いて、その蒸気を取り入れているそうである。 そのため、何年かに一度は配管を取り替えねばいかんのであるが」 「え?!この広いお城全部?! ・・・っそりゃまた、大変な作業ですねぇ」 「まぁ・・・作業自体は、代々業者が引き継いでおるので、私もよくは知らないのである。 それよりもコムイ殿、貴殿にわざわざお越しいただいた件であるが・・・・・・」 困惑げに肩をすくめ、クロウリーは奥へと手を差し伸べる。 先に立って歩き出した彼に続き、コムイとリーバーが導かれた部屋には、広い壁一面を覆うほど大きな肖像画が掛けてあった。 「先日亡くなった、祖父である。 そしてこれが・・・」 絵の前に置かれた、小さなティーテーブルの上から、クロウリーは数通の手紙を取り上げる。 「祖父の死後、送られて来た手紙であるよ」 「失礼」 クロウリーから手紙を渡されたコムイが、まじまじと封筒を見つめた。 「全て同一の封筒に同じ消印。 差出人はオーストリア在住ですか。 宛名の字が細いのは、女性の手になるものか・・・それも、随分長い爪を持ったご婦人。 労働を必要としない手を有しておられる。 幾人もの手を経て、よれたりはしているけど・・・さすがに高級紙というべきかな? 外国から来たはずなのに、意外なほどきれいな封筒ですね。 封蝋に印章はなし。しかし・・・うん、この蝋は封筒と同じく、決して安いものじゃありませんね。 中を見ても?」 「もちろんである・・・」 封筒だけで、そこまで詳細に観察するコムイに目を丸くし、クロウリーは気圧されたように頷く。 そんな彼ににこりと笑い、コムイは手紙を取り出した。 「便箋も高級品ですね。それに・・・うん、いい匂い。 でも香水じゃないな。何か別の、甘い香り。 字はやはり、細い女文字で・・・へぇ!よほど『美しい』ことに気を使う方ですね! インク染み一つないや!」 見て、と、コムイは取り出した手紙の全てをティーテーブルの上に並べたが、彼の言う通り、白い便箋の上には、文字以外のインクは一しずくも乗っていない。 「・・・言われてみれば!」 「すっげ・・・! いくら短い手紙ったって、ここまでキレイなのは初めて見たっすね!」 感嘆の声をあげたリーバーに頷き、コムイはクロウリーを見遣った。 「きっと、身なりにも十分気を使う、美しいご婦人ですよ。 お心当たりはありませんか、アレイスター卿?」 「いや・・・私はこの城から、滅多に出たことがないであるから・・・・・・」 コムイの『美しい婦人』という言葉に頬を紅潮させたクロウリーは、慌てて首を振る。 「じゃあ、ご親戚とか」 「あぁ、なるほど・・・。 確かに親戚の中には、該当する婦人がいるやも知れぬであるが・・・オーストリアには誰がいたかな?」 「ふぅん・・・親戚は多い方なんすか?」 何気なく聞いたリーバーに答えたのは、意外そうな顔をしたクロウリーでなく、苦笑したコムイだった。 「そりゃそうでしょ、リーバー君。 君はオーストラリア生まれだから実感はないかもしんないけど、こっちの貴族って、それこそ欧州中に親戚がいるもんだよ。 ねぇ、アレイスター卿? 卿くらい古い家柄の方なら、トルコにだってご親戚がいらっしゃるんじゃありませんか?」 「さぁ・・・。 トルコにはどうだか知らぬであるが、確かに親戚は、欧州中に散らばっているであるな」 「二重帝国領っすもんね。 じゃあこの手紙は、アレイスター卿の身を案じた親戚の誰かが送ってきたもんなんでしょうか」 リーバーが再び視線を落とした手紙には、些細な表現の違いはあるものの、『御祖父の遺産を狙う者あり。御身に命の危険をも迫れり。くれぐれも御身の周りに気をつけられたし』と繰り返されている。 そして差出人の名は・・・ 「御身を案じる者より・・・」 その発音を確かめるように、リーバーは呟いた。 「探偵、この字は明らかに女性のものなんすよね? でもこの文は、男性名詞ばかりでやたらいかつい男文になっている」 「うむ・・・。 それゆえ私も、今指摘されるまで、女性だとは思わなかったのであるが・・・」 恥ずかしげに言ったクロウリーに、コムイはにこりと笑う。 「無理もありませんよ。 ボクは物事に対して、穿った見方をする職業だから、気づいただけなんですから」 そつなく依頼人のフォローをしたコムイは、手紙を丁寧にしまい直した。 「さて・・・アレイスター卿の身を案じている婦人が誰か、と言うことは、今はまず置いておいて。 最近身の回りで起こった奇妙なことを、お話しくださいますか? 手紙では書ききれなかったこともあるでしょうから、できれば最初から」 「あぁ、もちろんである!」 大きく頷いて、クロウリーは再び、祖父の肖像画を見上げる。 「思えば・・・始まりは、祖父の死の直後だった。 私の祖父、アレイスター・クロウリー1世は、非常に変わった人で・・・世界中から様々な『変わった物』を取り寄せては収集、研究することを趣味としていたのである。 ・・・そんな人であるから、当然領民からの評判も芳しいものではなく、葬儀は欧州中から集まった親戚の他には、領地の者は代表者すら参加しない状況だったのだが・・・それが悪かったのであるかな。 妙な噂が囁かれるようになったのである」 ふぅ、と、困惑げに吐息を漏らし、クロウリーは続けた。 「祖父が墓場から蘇り、夜な夜な村をうろついているという・・・・・・」 「それって、はっきり先代だと確認した者がいるんですか?」 苦笑気味に問うコムイに、クロウリーも苦笑を返す。 「まさか。 祖父は抜きん出て背の高い人であったのだが、彼らが見たという『影』が、同じくらいの身長だったというのである。 それだけのことで、祖父が蘇ったなどと言っているのであるよ。 ただ・・・」 クロウリーは眉をひそめ、窓の外を見遣った。 「城下の村に、祖父ほど身長のある人はいないのだ。私を除いて・・・」 「でも卿は、身に覚えはないんですよね?」 「もちろんであるよ。 まぁ・・・私は祖父が亡くなって以来、この城に一人で住んでいるので、証明してくれる者は召使一人しかおらぬのであるが・・・」 コムイの問いにすかさず答えたものの、クロウリーは気まずげに言い添える。 「しかし、それなら普通、アレイスター卿が出歩いてると思うもんでしょ。 なのになんでみんな、卿でなく先代が蘇ったなんて言ってんすか?」 それは手紙に書いてなかった、と言うリーバーに、クロウリーは視線を向けた。 「一つは香りであるな・・・。 先程、祖父は奇妙なものを収集する癖があったと言ったが、その中でも最も貴重なものだと、大事にしていた花があった。 まぁ・・・それは後でお目にかけるとするが、これは凶暴な肉食の性質を持っていて、獲物を甘い香りで誘い、眠らせてから食うのであるよ。 それを祖父は・・・よせばいいのに、領民らに得意げに見せびらかしては恐れられていたのである。 ゆえに領民らは、あの香りと祖父の嫌な思い出とが直結しているのだろう」 「なるほどぉ・・・。 他には?」 「これは本当かどうか怪しいのだが、声が・・・いかにも楽しげな笑い声が、祖父のものだったそうな」 コムイの問いに答えると、クロウリーは逡巡するかのように口をつぐんだ。 かなりの間を置いて、 「先程・・・夜な夜なうろついていると言ったが・・・・・・」 再び口ごもったクロウリーに、コムイは大きく頷く。 「お手紙で拝見してますよ。 だいぶ・・・被害が出ているとか」 「うむ・・・・・・」 言い難そうにクロウリーが口を閉ざすと、リーバーがあえて軽い口調で言った。 「領内で、血を吸い尽くされた死体が続出してるってことでしたよね。 先代が吸血鬼と化して、領民を襲うなんて噂が立ってるから調べて欲しいって、探偵を呼んでくれたんでしょ? この人、そう言う奇怪な事件が大好きなもんですから、喜び勇んで来たんですよ」 「そーんな、人の不幸を喜んでるみたいな言い方やめておくれよぉ、リーバーくぅん! ボクはただ、卿が困ってらっしゃるのを見かねて、はるばる来たんだからさぁ!」 「ありがたい・・・ことである・・・・・・」 ため息と共に礼を述べ、クロウリーは意を決したように顔をあげる。 「その通り、信じられないことではあるが、領民達は怯えている。 我が祖父が墓場から蘇り、吸血鬼と化して夜な夜な領民を襲っていると」 幾分しっかりした口調で言うと、クロウリーは再び窓の外へ目をやった。 「この国には、随分昔から吸血鬼伝説と言うものがあって、迷信深い領民達は本気でそれを信じている。 以前など、吸血鬼と噂が立った者の墓をあばいて、死体に杭を打ったそうだ」 「ふぅん・・・死後何日くらいですか?」 厭わしげに言ったクロウリーとは対照的に、暢気な口調でコムイが問う。 「さ・・・さぁ・・・? しかし、埋葬されてそう日は経っていなかったはずである」 意外な質問に、クロウリーは戸惑いつつも記憶を探った。 と、リーバーが苦笑を浮かべて頷く。 「それじゃー・・・やっぱ吸血鬼だったって、大騒ぎになったでしょ?」 苦笑を深めた彼に、クロウリーは今度こそ目を丸くした。 「なぜそれを・・・誰かに聞いたのであるか?」 「イヤイヤ、俺は医者っすから、想像がついただけっす」 そう言ってリーバーは、パタパタと手を振る。 「ここ、土葬でしょ? しかも寒い土地で、死体は表面的には腐っていないように見える。 だけど体内では腐敗が進んでて、ガスがたまってるんです。 ・・・まぁ例えるなら、細長い風船に水と空気を軽く入れたカンジっすかね。 そんな死体に杭を打てば、死体なのに血は溢れるわ、腐敗ガスが気道を伝って呻き声はあがるわ、杭を打つ場所によっては上体が起き上がるわ、『バケモノ』要素満載のショーが開催されるわけですよ」 「ま・・・まさにその通りだったそうである・・・! では、あの噂は・・・・・・」 「科学でぜーんぶ証明できますネ★」 にこりと笑って、コムイが親指を立てた。 「タイミングさえ間違えなければ再現もできますけど、さすがに墓をあばくのはねぇ・・・。 まぁ、証明はいつか機会があれば、ってことにして!」 楽しげに言って、コムイは肩をすくめる。 「アレイスター卿、今リーバー君が言ったように、『吸血鬼』の噂は眉唾物ですヨ。 だからボク達はそんな噂には惑わされず、実際の被害を調査しましょう。 今回の事件から『吸血鬼』を引いた要素・・・つまり、『血を抜かれた死体が続出している』事件です」 「・・・あぁ!」 感嘆と共に、クロウリーは頷いた。 「そう、その通りである・・・! やはり、貴殿らをお呼びしてよかった!」 祈るように両手を組み合わせたクロウリーに、コムイとリーバーは揃って手を振る。 「イヤイヤ、そんな大げさな・・・」 「ボクらが優秀なのはデフォですから 謙遜したリーバーとは正反対に、コムイが得意げにほざくと、リーバーは笑みを引き攣らせた。 「・・・あんた、儒教の国の人じゃありませんでしたっけ」 「ローマではローマ人のするようにしなさいって言うじゃなーぃ そしてここはルーマニア♪由来は『ローマ人の国』ですよねん、アレイスター卿 不気味な笑声をあげるコムイをリーバーが、忌々しげに睨みつける。 「ったく・・・屁理屈の天才なんだから。 アレイスター卿、とりあえずこれはほっといて、詳しい事件の情報をください」 「コレってなにさー! リーバー君、最近とみに性格悪くなってないかい?!」 「根性曲がりな鬼畜探偵の助手っすから、このくらいで丁度いいんです」 そっけなく言い放って、更に促したリーバーに、おろおろしていたクロウリーはこくこくと頷いた。 「で・・・では、私なりに被害をまとめておいたので・・・読んでもらえるか」 そう言ってクロウリーは、手紙と共においてあった、数枚の紙を差し出す。 「わーあ!助かりますーぅ 受け取ったリーバーの手から書類をひったくったコムイが、紙面に落とした目を徐々に険しくした。 「死体はわかっているだけで7人・・・城下の人口を考えれば、決して少ない数ではありませんね」 「うむ・・・。 しかも、行方不明者は現在で10人以上。 多くは若者であるな」 「7人の死者のうち・・・5人は行方不明になった後、血を抜かれた死体で発見か。 そして7人の死体発見現場は、いずれも・・・墓地」 不自然に声を低めたリーバーに、クロウリーは苦笑する。 「はっきり言ってくれていいである。 死体はいずれも、祖父の墓付近で見つかった。 祖父が・・・さ迷い歩いていると噂のたった夜に」 「それは逆かもしれませんね」 哀しげに目を伏せたクロウリーに、コムイがすかさず言った。 「先代の墓の近くで死体が見つかった。 付近を、背の高い人物が歩いているのを見た。 この領内で、そこまで背が高いのは先代かアレイスター卿のみ。 アレイスター卿は城から出てないからきっと、墓場から蘇った先代が、領民を襲って殺したのだ。 まずはこの可能性が一つ」 立てた指を振りつつ言ったコムイは、もう一本、指を立てる。 「もう一つは、実は誰もさまよう人影なんか見ていない可能性。 以前、背の高い人物がさまよっていたことがあった。 この領内で、そこまで背が高いのは先代かアレイスター卿のみ。 その後、先代の墓の側で死体が見つかった。 きっと、襲ったのは墓場から蘇った先代で、ならば当然、その夜もさまよっていたはずだ」 二本の指を屈伸させながら、コムイはにんまりと笑った。 「この場合、『背の高い人物』でなくとも、夜歩きする人影を見ただけで、『先代に間違いない』って思い込んじゃうことがありますよ。 恐怖は実物以上に、対象を大きく見せるものですからね」 「そ・・・そうなのであるか・・・・・・」 ほっとしたように吐息したクロウリーに笑みを深め、コムイは窓辺に寄って、暗い森を見下ろす。 「大丈夫。 先代はお墓の下で、安らかに眠っておられますよ。 でも、この森には先代の霊よりも、もっと厄介なモノが住んでいる・・・・・・」 眉をひそめ、コムイは風にざわめく木々の、不安げな声に聞き入った。 結局その夜、城に泊まった二人は、翌朝早くにけたたましい声で起こされて、それぞれの部屋から顔を出した。 「・・・なになに? 誰の悲鳴?」 寝ぼけ眼をこすりつつ問うたコムイに、リーバーは首を捻る。 「アレイスター卿の声には聞こえなかったすね。 見に行きましょう」 一旦部屋に戻り、素早く着替えて廊下に戻ったリーバーは、そこにコムイの姿がないと見るや、舌打ちして隣室のドアを殴りつけた。 「アンタ寝直してないで、とっとと出てきてくださいよ!」 「やーだー・・・! リーバー君、状況見てきてよぉー・・・んで、なんかあったら起こしにきてぇ・・・・・・」 ドア越しにくぐもった声を投げた後は、いくら怒鳴っても返事はなく、リーバーは忌々しげに顔を歪めて階段へ向かう。 と、大階段から見下ろせるエントランスホールで、口元をマスクで覆った青年が、クロウリーに縋って必死に何事か訴えていた。 「どうしました?」 階段を下りつつ問うと、振り返ったクロウリーが困惑げに眉をひそめる。 「それが・・・」 「りょっ・・・りょっ・・・領主様!! こっ・・・この人は?!」 悲鳴じみた声をあげた彼をなだめるように、クロウリーが向き直った。 「安心するであるよ、トマ。 彼は、私がこの事件の解決を依頼した探偵である」 「たんっ・・・たんっ・・・・・・?!」 「イヤ、探偵はもう一人の方で、俺は助手っすけど・・・それより、どうしたんすか?」 リーバーが再び問うと、クロウリーはトマと呼ばれた青年の肩に手を置き、不安げな声をあげる。 「それが・・・また・・・・・・」 「・・・死体っすか」 眉根を寄せて問うたリーバーに、トマは首が千切れるのではないかと思うほど、激しく頷いた。 「ままままままた先代様のお墓にっ・・・!! む・・・村の者達はもう、恐ろしさのあまり心臓が潰れそうでございます・・・!!」 「お・・・落ち着くであるよ! だ・・・大丈夫、この事件は、必ず探偵が解決してくれるであるから・・・! わ・・・我が領地で、もうこのような不埒な真似は、許さないのである!」 必死に言葉を紡ぐクロウリーこそ、今にも倒れそうに真っ青な顔をしている。 リーバーは二人に歩み寄ると、それぞれの肩に手を置いた。 途端、びくっと震えたトマに、にこりと懐こい笑みを向ける。 「大丈夫。 被害はこれで最後だ。 絶対に・・・俺らが解決してみせる」 とは言うものの・・・よそ者の言うことなど信用できないと言わんばかりに、疑わしげな顔をするトマに、クロウリーが気弱げな笑みを向けた。 「だ・・・大丈夫である、大丈夫であるよ・・・! 決して、我が祖父は吸血鬼などではないである!」 クロウリーが大きく頷いて見せると、トマは不安と言うよりもむしろ、困惑げに俯いてしまう。 と、大階段の上から、暢気な笑声が降り注いできた。 「まーかせてぇー ボクがちゃちゃっと解決するからさぁー♪」 「あ・・・やっと起きた」 リーバーが忌々しげに呟くと、コムイは軽やかな足取りで階段を下りてくる。 「だーって、すんごい大声で話してんだもんー。寝直せなかったんだよーん」 それに、と、コムイは厚い雪雲に覆われ、白い幕を下ろしたかのようにけぶる窓の外を見遣った。 「ボク、寒いのあんま得意じゃないからぁ。 お城の中はともかく、さっむいお外で調査なんて、長時間ムリなんだよねぇー」 勝手なことをほざくよそ者にあっけに取られ、言葉もないトマに、コムイはにこりと笑う。 「だから、近日中に解決しちゃうよ。 うん、クリスマスの準備しなきゃだから、12月にはロンドンに帰り着かないとね!」 「じゃあ、3日以内には解決するってことっすね」 コムイの言葉にリーバーは苦笑し、クロウリーは目を輝かせ、トマは、怪しそうに陽気な探偵を見遣った。 近日解決を約束した探偵は、苦手と言う割には軽やかな足取りで外に出ると、クロウリーとトマに案内させて、件の墓地へと赴いた。 代々の領主の墓だけあって、荘厳ではあったが、周りに樹木もないために、たった一つ取り残されたかのように見えるそこには既に、多くの村人たちが集まって、不安げな囁きを交わしている。 「み・・・みなさん、領主様が・・・・・・」 トマが、寒さだけが原因ではない、震える声をあげると、村人達が一斉に振り返った。 その目には、不安と恐怖の色が浮かんでいる。 「こ・・・今度は誰が亡くなったのであるか・・・?」 領民達の目に、やや怯んだ様子のクロウリーにはしかし、誰も答えなかった。 クロウリー以上に怯えた様子で、不自然に目を逸らし、そそくさと彼から離れていく村人達の間を、コムイとリーバーが遠慮なく歩いていく。 「ハイ、ゴメンよー。 ちょーっと調査させておくれね!」 「すんませんが皆、もっと下がってもらえます? あぁ、足跡消さないように気をつけて!」 言うまでもなく、村人達は彼らから遠く距離を置いてはいたが、厚く積もった雪の上には既に、複数の足跡が刻まれていた。 「うーん・・・これじゃあ、足跡を見つけるのは無理だねぇ。 仕方ない、死体の方を調べようか。 リーバー君、検死よろしく」 「ハイ」 死体の傍らに跪いたリーバーは、先だって亡くなった被害者達に捧げられたものか、いくつもの献花にうずもれた彼の頭を持ち上げる。 「・・・首筋、頚動脈の上に二つの傷。 噛み傷に酷似・・・あれ?でもこれ・・・・・・」 検死を始めて間もなく、リーバーが訝しげに眉を寄せると、コムイも興味を引かれて屈み込んだ。 「どーしたの?」 「見てください、この傷・・・俺は、吸血鬼なんて者に遭ったことはありませんから、彼らがどんな風にして血を飲むのかは知りませんけどね」 彼らを遠巻きにする村人達にも聞こえるよう、声を大きくしたリーバーに、クロウリーもおどおどと歩み寄る。 「ど・・・どうしたのであるか・・・?」 「この噛み傷、死んだ後につけられてますよ」 「え?!」 リーバーの言葉に、その場の全員が息を呑んだ。 「そっ・・・それは一体、どういうことでございますかっ?!」 泡を食って問うトマに、リーバーは死体の首筋が見えるよう、身体をずらす。 「いいかい? あんたも今までに、打ち身くらいは作ったことがあると思うが、皮下出血ってのは、生きている人間にのみ起こる生活反応なんだ。 死ぬと血液の循環が止まるから、皮下出血は起きない。 だがこの死体の傷を見てくれ」 リーバーが指し示した傷から、目を逸らす者もいたが、多くはまるで、講談でも聞くかのように興味津々と身を乗り出した。 「ホラ、こんなに深い傷なのに、傷の周りには内出血・・・つまり、青痣みたいなもんが、まったくないだろう?」 うんうん、と、興味深げに頷く村人達に、リーバーは更に傷が良く見えるよう、重い死体を抱き起こす。 「んっ・・・で! 傷口なんだけど、よほど上手に飲んだのか、この犬歯らしき二つの傷を除けば、他に歯形らしきものはない。 そこで聞くが、この中に、動物に噛まれた事のある人はいるか?」 「そ・・・そりゃ・・・・・・」 「農家じゃ、動物に噛まれることなんか、しょっちゅうさ・・・」 なぁ、と、顔を見合わせる村人達に、リーバーは頷いた。 「じゃあさ、わかるだろ? 吸血鬼が2本の牙の他に、上あごと下あごを持ってんなら、この二つの傷の下には扇状の歯形がつくはずだ」 うんうん、と、また村人達が頷く。 「しかし、この首には二つの深い傷以外、歯形らしきものはない。 つまり・・・」 リーバーがコムイを見遣ると、彼は大きく頷いた。 「この人は、何らかの理由で血を絞り取られて死んだ。 その後、吸血鬼の仕業と見せかけたい誰かの手によって、首に傷をつけられ、先代のお墓に遺棄されたってことか」 「その通り」 リーバーは頷くと、再び死体を横たえる。 「どこから抜かれたかは、調べてみないとわかりませんが・・・全身の血を抜くからには、動脈のどこかでしょうね。 もしかしたら・・・・・・」 とん、と、リーバーは噛み傷に似せた傷を指した。 「そうか・・・本当の傷を隠すために、更に大きな傷をつけたか・・・」 「だとすると、内出血はこの傷の下、ってことになります」 でも、と、リーバーは声を低める。 「全身の血を絞り取るなんて、残酷なことをする奴です。 傷は一箇所ではなく、動脈上に複数ある可能性が・・・」 「それも、調べなきゃわかんない、か・・・・・・」 はたして調べさせてくれるだろうか、と、コムイは苦笑を浮かべた。 コムイの予想通り、死体の調査は遺族の反対に遭って、遂行することは出来なかった。 「すまない・・・。 私がもっと、領民に慕われる領主であれば・・・・・・」 城に戻った途端、悄然とうな垂れたクロウリーに、探偵達は首を振った。 「イヤイヤ、アレイスター卿のせいじゃありませんヨ」 「ロンドンでだって、死体の調査なんかは中々やらせてもらえませんしね。 やっぱり遺族からしてみれば、身内の死体を切り刻むなんてとんでもないって思うんでしょう」 二人に慰められたクロウリーは、恐縮した様子で肩をすぼめる。 「いや・・・やはり私のせいなのである・・・・・・。 おじい様の時は・・・それは確かに恐れられてもいたのだが、長年この地を治めた領主として、敬われてもいたのである。 だが私は・・・・・・」 深々と、クロウリーは重く息をついた。 「昔から気弱で・・・よく叱られていた。 このままでは領主として、領民をまとめることなど出来ないと。 そして今、その通りのことになっている・・・・・・」 「そんなことないっすよ。 アレイスター卿は、優しいだけだと思いますけどね」 落ちた肩を叩くリーバーを気弱げな上目遣いで見上げたクロウリーは、再び吐息する。 「ありがとうである・・・。 そう言ってくれたのは、貴殿で2人目だ」 「オヤ、一人目はどなたです? 今までに得た情報から察するに、おじい様ではないようですが」 何気なく・・・本当に、話題転換のきっかけにでもなればと何気なく問うただけだったのに、異常なほど真っ赤になったクロウリーに、コムイは目を丸くした。 「ど・・・どうしました?」 「いっ・・・いや、なんでも!!!!」 そう言ってクロウリーは、ぶんぶんとちぎれんばかりに首を振る。 と、コムイはやや意地悪く目を細め、にんまりと笑った。 「さてはアレイスター卿、好きなお嬢さんにでも言われたんでしょ 「んなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」 城中に響き渡るほどの大絶叫に、リーバーが飛び上がる。 「ア・・・アレイスター卿、ちょっと落ち着い・・・」 「だっ・・・だって!! なんっ・・・なんっ・・・なんでそんなことまでわかるのであるか!! きっ・・・貴殿は魔法使いか、コムイ殿?!」 「イヤイヤ・・・。 今の態度でわかんないヒトがいたら、そりゃ相当勘の鈍いヒトですヨ・・・」 呆気に取られながら、ひらひらと手を振るコムイに、クロウリーは真っ赤な顔を向けた。 「で・・・ではまさか、領民達もこのことは・・・?!」 「イヤ、そこまでは知りませんけどネ」 「アレイスター卿が、みんなのいる前でそのお嬢さんに会ったことがあるんなら、バレてる可能性は大っすね」 ね、と、顔を見合わせた二人の前で、クロウリーがまた、悲鳴をあげて真っ赤な顔を覆う。 「そんっ・・・そんなっ・・・・・・!!」 「まぁまぁ、いいじゃないですか そのお嬢さんを未来の男爵夫人にするんなら・・・」 「そっ・・・そそそそそそっ・・・そんな私なんか!! エエエエエエリアーデが振り向いてくれるはず・・・!!」 「へぇ。エリアーデさんっつーんすか、卿の意中のヒトは」 「イヤッ・・・あのっ・・・イヤッ・・・!!!!」 どんどん墓穴を深くしていくクロウリーに、二人はとうとう吹きだした。 「そんなに恥ずかしがらなくったっていいじゃないですか どんなお嬢さんなんですか、そのエリアーデ嬢は?」 軽い調子でコムイが問うと、クロウリーは真っ赤な顔を俯け、ぼそぼそと呟く。 「町の・・・この村の外にある、町の医者の妹である・・・・・・。 兄の医者が言うには、昔から身体が弱いために、ハンガリーから空気のよいこの地に越してきたのだとか・・・」 「へーぇ、ハンガリアン! じゃあきっと、キレイな人なんでしょうね!」 「それはもう!!」 リーバーの軽口に、クロウリーは真剣な顔で頷いた。 「美しい・・・心根からして美しい人なのである・・・! ただ、兄の言うように身体が弱いらしく、いつも酷く辛そうにしているのが、見ていて可哀想なのであるよ・・・」 「ふぅーん。 でも、そんなら今がチャンスじゃないですかぁ。 よくなったら彼女、ハンガリーに帰っちゃうかもしれないんでしょ? だったら今のうちに十分気遣ってあげたら、よくなっても『アタシ、アレイスター様の元に残ります 「そんなまさか!!!!」 絶叫して、クロウリーは再び激しく首を振る。 「ちょっ・・・アレイスター卿、首がちぎれますよ?」 「だってあんな美しい人が私なんか相手にしてくれるはず・・・グゥァッ!!!!」 「あ、ちぎれた? アレイスター卿、首ちぎれちゃいました?」 「なんか今、すげー音したっすよ・・・?」 面白がっている様子のコムイを睨みつけ、リーバーがクロウリーの首に手を伸ばした。 「ちょっと押さえますんで、痛かったら言ってくださいよ?」 「う・・・うむ・・・面目ないである・・・・・・」 「いえ、俺らも言い過ぎました」 首まで真っ赤にしたクロウリーに苦笑しつつ、診察するリーバーを眺めていたコムイは、ふと首を傾げる。 「アレイスター卿、さっき・・・お墓にはお医者さんらしき人はいませんでしたよね? この村の人達は、病気になった時、誰に診てもらってるんです?」 と、『異常なし』との診断をもらい、顔を上げたクロウリーが、沈うつな表情で頷いた。 「もちろん、この村にも医者はいた。 いや、医者の家ならば今もある・・・。 彼の妻と、幼い子供が暮らしているが・・・・・・彼はこの事件の・・・第一の被害者なのであるよ・・・・・・」 「じゃあ・・・事件が起こってから、今までの検死などは誰が?」 表情を厳しくしたコムイの問いに、クロウリーは訝しげに眉根を寄せる。 「検死・・・というほど正確なものは、やっていないであるな。 少なくとも先程のリーバー殿のように、詳しく死体を検分するなどと言うことは、今までやっていないである。 ロンドンとは違い、城下の村には警察らしい警察もいないであるしな・・・」 そう言って、クロウリーは恐縮したように身を縮めた。 だが、村人全員が先祖代々の付き合いともなれば、それも当然だろう。 「行方不明者の捜索は、町の警官が幾人か手をさいてくれているが、死体が出た時は・・・もう医者がおらぬので、町の医者に・・・エリアーデの兄に来てもらったこともあった」 「そうですか・・・・・・」 呟いて、しばし考え込んだコムイは、顔を上げると、クロウリーに向き直った。 「その医者、紹介していただけませんか?」 「それは・・・構わないであるが」 「お願いします」 有無を言わせない強い口調に気を呑まれ、クロウリーは無言で頷いた。 「ねぇリーバー君、朝に君が見た死体なんだけど・・・・・・」 「はい」 町へ向かう馬車の中で、コムイは顎に手を当て、考え深げに俯いたまま、隣のリーバーに問うた。 「町の医者ってさぁ、生活反応とか知らないもんかな?」 「知らないでしょ」 あっさりと答えたリーバーの向かいで、クロウリーもうんうんと頷く。 「私も、おじい様の影響でずいぶん色々なことを学ばされたが、そのような言葉は初めて聞いたである」 「そうなんだぁー・・・」 納得しがたい様子のコムイに、リーバーが肩をすくめた。 「まぁ、経歴にもよりますけどね。 俺みたいに軍医経験のある医者なら、色んな傷を見てる経験上、わかることもあるんですが、ずっと町にいて、子供の風邪や年寄りの神経痛しか診たことない医者なら、わかんないのも当然だと思います」 「そっかぁ・・・。 アレイスター卿、そのお医者さんに軍医経験は?」 「さ・・・さぁ・・・?」 クロウリーは困惑げに首を傾げる。 「でも・・・両親は早くに亡くなったと聞いたし、身体の弱い妹を置いて、戦地に赴くことはありえないのではないかな・・・?」 「それもそうかぁ・・・」 「なにが気になってんです?」 リーバーの問いに、コムイは顔をあげないまま頷いた。 「ん・・・。 今朝の死体さ、ずいぶんキレイだったよね。 あの首の傷のほかには、目に見える外傷はなかったし」 「えぇ。 しかもあの傷は、正確に頚動脈の上でした。 ・・・・・・医者が怪しいと思ってんすか?」 「んなっ・・・?! そうなのであるか?!」 驚愕するクロウリーに、コムイだけでなく、リーバーもあっさりと頷く。 「全身の血を抜くなんてね、そう簡単にできるもんじゃないですよ。 動脈を切り裂いて、とかならともかく、外傷はあんなに小さな・・・しかも、死後につけられた2つの傷のみなんてね。 素人なんかじゃない・・・専門知識を持った人間の仕業です」 「アレイスター卿、城下の村の近くに、医者はもう、彼一人なんですよね?」 「そう・・・であるな・・・。 田舎の村ゆえ、出産を手伝う者や、民間療法を行う者は他にもいるであるが、医者と呼べるのは最初に亡くなった者と、今から尋ねる彼・・・シェリル氏だけである・・・」 しかし、と、クロウリーは不安げな目をコムイに向けた。 「彼が・・・そんなことをして、なんになるというのであるか? 彼はよそ者で、我が領民に対し、そんな残酷なことを行う理由などないである」 しおしおと肩をすぼめたクロウリーに驚いた様子で、コムイは顔をあげる。 「では・・・アレイスター卿は、領民の誰かが行ったとお考えですか?」 「まさかっ!!」 慌てて否定し、クロウリーはばたばたと手を振った。 「我が領民は、先祖代々あの地に住まい、これまで平和に過ごしてきたのだ! 些細な揉めごとはあったにしても、幼い頃から共に生きてきた隣人を、あのような惨い方法で殺すことなどありえないである!」 「それでは、卿はこの犯人像を、どう見てますか? どんな人物が、このような犯罪を犯すのだとお考えですか?」 コムイに畳み掛けられ、クロウリーはかなりの間、声を失う。 熟考の末、ようやく口を開いた彼は、困惑げな上目遣いでコムイを見上げた。 「やはり・・・吸血鬼のような、闇の者の仕業だと思う・・・。 実は数年前にも、城下で多くの領民が亡くなることがあった・・・。 まるで犬の吼えるように激しい咳に苦しみ、それが止んだかと思うともう、冷たくなっていたそうな・・・・・・。 祖父はそれ以後、私に城を出ることを禁じたので、詳しいことは知らぬのであるが、病が癒えても失明したり、農作業中に突然死んだ者もいたとか・・・・・・」 黙ってクロウリーの話を聞くコムイの隣で、リーバーがピクリと眉を上げる。 が、彼の様子に気づきもせず、クロウリーは怯えた声で続けた。 「きっとあの村は、悪魔や魔女・・・そういった類の、闇の住人に魅入られたのだ・・・だから・・・・・・」 不安げに、震える手を組み合わせ、口元に寄せる。 「我らは祈るのみである・・・・・・神におすがりするしか・・・・・・」 「それではボクは、お役に立てそうもありませんね。 ボクはあくまで、科学捜査の人間ですから」 冷たく言い放ったコムイに、クロウリーが恐縮したようにうなだれた。 「アレイスター卿、これだけははっきり言わせてもらいます。 この事件は非常に残忍で、悪魔的ではありますが、犯人は悪魔ではなく、悪魔のような人間です。 神に縋っても犯人を捕らえる事はできませんが、ボクなら犯人を捕らえることができる。 だから・・・」 珍しく真剣な声音で、コムイが続ける。 「卿も、現実をご覧ください。 悪意は悪魔の専売特許じゃないってことを」 「着きましたよ」 厳しいことを言うコムイの前で、気まずげに縮こまってしまったクロウリーを目の端に映しつつ、リーバーが殊更になんでもない口調で言った。 「その話はひとまず置いておいて、会いに行きましょうか、例の医者に」 彼の言葉に、クロウリーだけでなく、コムイまでもがほっとした様子で頷く。 クロウリーに続いて馬車を降りたコムイは、リーバーに並ぶと、こっそりと囁いた。 「・・・・・・ありがと」 「別に、なんてことないっすよ」 そっけない口調で言って、リーバーは口の端を曲げる。 「言い過ぎた探偵のフォローも、助手の仕事のうちでしょ」 「・・・君がいてくれて、ホント助かるよ」 苦笑して、コムイは医院の札がかかった門を、足早に通り過ぎた。 医院の中は、診療所程度の広さの割には、驚くほど設備が整っていた。 「実験器具が多いな・・・・・・」 「そちらは僕の、実益を兼ねた趣味でして」 思わず呟いたリーバーに、院長が気さくに笑う。 「卿から聞いてらっしゃるでしょうが、妹は身体が弱くて・・・既存の薬ではどうにも効かないものですから、各地で薬草などを採取しては、新薬の研究をしているのですよ。 おかげで薬業としては、多くの患者や医者、製薬店にまで感謝されたのですが、肝心の妹にはねぇ・・・・・・」 「シェリル殿、そう気を落とされず・・・。 あなたの努力はきっと、報われる日が来るはずである」 重く息をついた彼を、クロウリーが衷心(ちゅうしん)より気遣う様に、リーバーは思わず感心した。 ―――― さっき、彼への疑惑を聞いたばっかなのに・・・あそこまで善良にできてる人間もいるんだな・・・。 途端、ロンドンでさまざまな事件を見るうちに荒んでしまった自分を思い、軽く落ち込む。 「? どうしたの、リーバー君?」 「いや・・・。 俺、嫁さんもらうなら、絶対善良な人にしようって決めただけっす・・・・・・」 つい、乾いた声をあげると、コムイが笑って彼の肩を叩いた。 「じゃあキミ、一生結婚できないね! 今時いないって、そんな人!」 「夢くらい見たっていいじゃないすか・・・!」 リーバーが忌々しげに睨みつけた先では、とっくに踵を返したコムイが、興味深げに薬品棚を覗いている。 「ふぅん・・・専門は血清の研究ですか、先生?」 薬品棚に並んだビンのラベルを見ながら問う彼に、シェリルは頷いた。 「正しくは『専門の一つ』ですね。 むしろ僕は、免疫機能の研究家なんですよ」 「免疫・・・では妹さんは、免疫不全か何かで?」 「・・・とも言い切れないかな。 多機能不全とも言うべきもの・・・いつも原因不明の頭痛に悩まされているんですよ。 今日も臥せっていて、ご挨拶できずに申し訳ない」 「な・・・なんと・・・! そんなに悪いのであるか?!」 「まぁ・・・いつもの症状ですが」 あたふたと慌て始めたクロウリーに、シェリルは苦笑した。 「アレイスター卿には、いつもお心にかけて頂いて、感謝しますよ。 妹がこの地に来て以来、わずかですが、出歩けるまでになったのは、卿のおかげだと思っています」 「いやっ・・・そんなっ・・・私は何も・・・!!」 顔を真っ赤に染めて首を振るクロウリーに、三人が三人とも苦笑を浮かべる。 「ところで皆さん、今日は僕になにか、お尋ねになりたいことがあるとか?」 苦笑を穏やかな笑みに変え、心持ち首を傾げたシェリルに、コムイが頷いた。 「城下の村で起きた事件はご存知ですね?」 「えぇ、もちろん。 私も死体をいくつか検分しましたが、あれは惨い・・・・・・。 人間のなせる業とは思えませんな」 「検分・・・というと、今までにも検死をしたことが?」 「とんでもない!」 リーバーの問いに、シェリルは激しく手を振る。 「僕は生きている人間限定ですよ! そりゃあ、治療虚しく亡くなった患者を看取ることはありましたけどね、初対面が死体なんてこと、これが初めてです!」 「そうですよねー! 普通のお医者さんは、検死なんかしませんよねー」 あっさりと頷いて、コムイは懐こい笑みを浮かべた。 「でも、何か気づいた点などありましたら、ぜひともお教え願いたいんですよ。 村の人達、すっごい怯えちゃってますからねぇ」 「でしょうね。 では僕が調べた時に、書き付けておいたことがありますので、お持ちしましょう。 ・・・とは言え、詳しい調査は遺族に嫌がられましたので、見える範囲でしか出来なかったんですがね」 「あ、それはわかります! ボクらも今朝、調査を拒否されちゃいましたから」 大仰なほど大きく頷いたコムイに、シェリルはやや意地の悪い笑みを向ける。 「死してなお、身内をいたぶられるのが嫌だと言う気持ちは、よくわかりますよ」 やや皮肉を効かせた口調の彼に笑みを深め、コムイはまた、大きく頷いた。 「ご協力ありがとうございました」 医院を辞す探偵一行を、シェリルは人当たりのよい笑みを浮かべて見送った。 「たいしたお役に立てず、申し訳ない。 もし、名誉挽回の機会がありましたら、協力させていただきますよ」 「ありがとうございます」 こちらも愛想のいい笑みを浮かべ、探偵達は会釈する。 「それでは」 名残惜しげなクロウリーの腕を引き、去っていく一行の視界からシェリルの姿が消えた時・・・ 「・・・・・・アレイスター様」 微かな声が、医院と隣家の隙間から、彼らを呼び止めた。 「エ・・・エリアーデ!!」 探偵達の腕を振り解いたクロウリーが駆け寄った先には、線の細い、金髪の美しい女が、青白い顔に不安げな表情を浮かべ、佇んでいる。 「どっ・・・どうしたのであるか、こんなところに・・・! 臥せっていると聞いたが、もう大丈夫なのであるか?!」 続けざまのクロウリーの問いに、エリアーデは蒼ざめた唇に笑みを浮かべた。 「えぇ、今まで臥せっていたのですけど、アレイスター様の声が聞えて・・・。 勝手に部屋を出ると、兄に叱られてしまいますので、こっそりと出てきたんですの」 「それはっ・・・その、私もあなたに会えて嬉しいのだが・・・。 具合が悪いのなら、寝てなければいけないのである! しかもこの寒いのに、こんな薄着で・・・」 言うや、自身のマントを脱いで着せ掛けたクロウリーに、エリアーデは嬉しそうに笑う。 「あったかい・・・。 本当に、お優しいのですね、アレイスター様」 「あ・・・いやその・・・・・・!!」 マントなど必要ないほどに茹で上がったクロウリーに、完全に存在を忘れられた探偵達は声をかけた。 「アレイスター卿、ボク達は先に、馬車に乗ってますんで。 お話が終わったら来てくださいね ごゆっくり、と、にこやかに手を振り、馬車に乗り込んだコムイは、続いて乗り込んだリーバーが馬車のドアを閉めるや、途端に表情を険しくする。 「絶対おかしい、あの医者!」 声を潜めた彼に、リーバーもまた、笑みを消して頷いた。 「血清の研究してんなら、毒や感染症で亡くなった死体を検証しないなんて、ありえないっすよね!」 「でっしょ? しかもあそこに並んでた血清の中には・・・」 「ジフテリアでしょ? 薬品棚の中でも、一番手に取りやすい場所に置いてたってことは、今手がけている患者の中にジフテリア感染者がいるか、ジフテリアの研究をしてるかでしょうよ」 強い口調で言ったリーバーに、コムイは満足げに笑う。 「わぁ リーバー君も、ボクのやり方わかってきたじゃなーぃ 目の付け所がいいネ!」 「どーも。 ところで探偵、ジフテリアで思い出したことがあるんすけど」 コムイの賞賛に心動かされた様子もなく、リーバーは眉根を寄せた。 「行きの馬車の中で、アレイスター卿が『過去に多くの死者が出た』って言ってたでしょ? 犬の吼えるような激しい咳、その後の突然死・・・病後に失明したり、農作業中に突然死んだ者もいたって言うのは、もしかしたら、ジフテリア感染のことじゃないっすかね? あの村で、ジフテリアが猛威を振るったことがあって、それで多くの村人が死んだんじゃ・・・」 リーバーが考え深げに顎に手を寄せると、コムイも笑みを消して腕を組む。 「・・・それで先代は、アレイスター卿が城外に出ることを禁じた?」 「えぇ、ジフテリアは患者の咳で感染しますから。 クロウリー家にとって、たった一人の後継ぎが病死なんてしたら大変だ。 それにジフテリアは、感染しても発症しないことの方が多い病気なんです。 先代からして見れば、誰が感染してるのかわからない村に彼を出したくはないでしょうし、彼が保菌者になることだって避けたいでしょう。 あのトマって召使がいつもマスクしてるのだって、彼だけは村と行き来しないわけには行かないからじゃないっすかね。 先代にきつく命じられて、今も忠実に守ってるってことじゃないかな」 「・・・リーバー君、貴族の親戚の多さは実感してなかったくせに、そう言う恣意的なとこはわかってんじゃない」 コムイが感心したように言うと、リーバーは軽く肩をすくめた。 「軍医ってのはね、色んな経験ができるもんすよ。 貴族出身の将校様のワガママには、うんざりさせられたもんです」 「なるほどね」 クスクスと笑いながら、コムイはドアの向こうを見遣る仕草をする。 「それを考えると、彼は特異な部類だねぇ」 「いい意味で育ちがいいんでしょうね。 ・・・しかしこの寒い中、いつまでも病人を引き止めちゃいかんでしょ」 呼んでくるか、と、腰を浮かしたリーバーを、コムイが笑って制した。 「野暮はやめときなよー。馬に蹴られるよ 「・・・それもそうっすね」 リーバーは再び腰をおろし、ドアの向こうを見遣る。 「なに話してんでしょうねぇ・・・」 「ラブラブなことじゃない〜?」 と言う探偵の推理は、残念なことに外れていた。 「アレイスター様・・・!」 エリアーデが抱きついた途端、全身真っ赤になって硬直した彼の耳が捉えたのは、彼女の怯えた声だったのだ。 「どうか、このようなことにお関わりになるのはおやめください・・・!」 「そっ・・・それはどういう・・・・・・?」 エリアーデの予想外の言葉に驚いて問い返せば、彼女は蒼ざめた顔でクロウリーを見上げた。 「このような恐ろしいことに関わっては、アレイスター様もただではすみませんわ・・・! どうぞお城の中にいらして、出ていらっしゃらないで・・・!」 震える声を聞いていたクロウリーは、悲しそうに眉根を寄せて、エリアーデを見下ろす。 「それは・・・もう、あなたに会いに来てはいけないということであるか・・・?」 「・・・・・・っ!」 はっとして、クロウリーを見上げた顔は、今にも泣きそうに歪んでいた。 だが、彼女はすぐに俯くと、うな垂れるように頷く。 「そうです・・・もう、会いにいらっしゃらないで・・・・・・」 クロウリーから放した震える手を、自身の胸に抱き寄せたエリアーデは、消え入るような声で呟いた。 「エリアーデ・・・」 クロウリーが伸ばした手には、背を向ける。 「・・・小さな町ですもの。 あなたがいらっしゃると、皆が噂しますわ・・・。 あなたは貴族で、私は平民ですから、妙な噂が立てば、古いお家柄にとって、不名誉なことになりかねません。 家名に傷をつけるようなことはなさらないで」 「傷などと! 身分がどうあれ、あなたが美しい心根の方だと言うことは私が知っている! 我が家の不名誉だなどとは、決して・・・」 「迷惑なのです」 クロウリーに向けた背筋を伸ばし、エリアーデはきっぱりと言い放った。 「あなたと妙な噂が立てば、いい縁談も来なくなりますわ。 ただでさえ、私は病弱だからと敬遠されているのですもの・・・これ以上、不利にさせないでくださいませ」 「エリアーデ・・・」 「・・・・・・・・・さよなら」 言うや、ばさりとマントを脱ぎ、背後も見ずにクロウリーに押し返す。 そのまま、振り向きもせずに歩み去ったエリアーデの背中を、クロウリーは悲しげな目で見送った。 家に戻ったエリアーデは、そのままこっそりと自室に戻ろうとして、ぎくりと身を強張らせた。 「困った子だね、エリアーデ。 勝手に部屋を出ただけでなく、アレイスター殿と会うなんて」 彼女の部屋のドアにもたれるようにして立っていたシェリルが、口の端を曲げて笑う。 「・・・・・・もう、二度と会いませんのでご安心を、シェリル様」 エリアーデが震え声を上げると、彼はにこりと笑って彼女に歩み寄った。 「シェリル様じゃないだろう、エリアーデ? 今は・・・ここにいる間は、お兄様とお呼び?」 「申し訳ありません・・・お兄様」 素直に言い換えた彼女の肩を、シェリルが軽く叩く。 「うん、いい子だ。 ついでにあの単純な若君を、誘惑してくれたらもっと良かったのに。 そうすれば彼を殺してしまうことなんて、もっと簡単だったよねぇ?」 「そんなこと・・・・・・」 「できるだろう、君なら? 由緒正しい、魔女の家系の君だもの」 途端、エリアーデの表情が凍りついた。 と、シェリルはまるで、彼女の表情の変化を楽しむかのように、微笑みを浮かべる。 「エリアーデ、よく考えてごらん? 魔女の家の者として、ずっと虐げられてきた君を、助けてあげたのは誰だい? あの辺鄙な村から、パリやウィーンの社交界へ連れ出してあげたのは誰だろうね?」 「シェリル・・・お兄様です・・・・・・」 かすれた声をあげるエリアーデに、シェリルは優しい笑みを浮かべたまま、頷いた。 「そう。 もう二度と、あの村に戻りたくはないよねぇ? だって君は、村に病魔を撒き散らした魔女として、帰った途端に火あぶりにされてしまうんだもの」 「あ・・・・・・!!」 真っ青になってうずくまったエリアーデの上に屈みこんだシェリルは、楽しげな笑みを零す。 「火あぶりになりたくなければ、僕の言うことを聞くんだよ、エリアーデ? そうすれば君は今まで通り、きれいな服を着て、社交界の華になれるんだ」 「はい・・・・・・はい、シェリル様・・・・・・!」 「ふふ・・・違うだろう、エリアーデ? お兄様、だよ?」 「はい・・・お兄様・・・・・・!」 「いい子だ。 可愛い・・・妹」 再び肩に手を乗せられた途端、エリアーデの身体がびくりと震え・・・その怯える様に、シェリルはさも楽しげに笑みを深めた。 「ちょっとぉ〜・・・いい加減、泣き止んでくださいよ、アレイスター卿〜・・・」 クロウリーが乗り込むや、途端に湿っぽくなってしまった馬車の中で、コムイがうんざりと声をあげた。 「んもー・・・。 振られてショックなのはわかりますけどぉ・・・・・・」 はぁ、と、ため息をついた彼の前で、しかし、クロウリーは子供のようにしゃくりあげる。 その様に、リーバーも呆れたように吐息した。 「いっときますけど、この場合、悪いのは卿ですよ」 きっぱりと言った彼に、クロウリーが驚いて顔をあげる。 「俺は身分制度なんかない国の、生まれながらの平民なんで、彼女の言い分の方がわかりますね」 「い・・・言い分・・・とは・・・?」 困惑げな上目遣いで見つめてくるクロウリーに、リーバーは肩をすくめた。 「軍にいた時もそうでしたけど、貴族出身の将校は、平民出身の兵士を召使のように扱っていました。 まぁ、それが生まれた時から身についた習慣なんでしょうから、その点に関しては今は、置いておきますよ」 何か言おうとしたクロウリーを制して、リーバーは続ける。 「そんな明確な身分制度がある欧州において、平民が貴族に惚れたなんて、口が裂けても言えるはずないでしょーが。 召使は主人に仕えて当たり前。 それが分を超えて、女主人に納まろうなんて野望を抱いた場合、下手すりゃ貴族の身内一同から殺されかねませんよ」 「あ・・・・・・」 思い当たる節があるのか、蒼褪めたクロウリーに、リーバーがまた吐息した。 「それに貴族から言い寄られるのも、彼女の言う通り、迷惑なことでしょうよ。 愛だのなんだのほざいているうちはいいが、熱が冷めたが最後、簡単に捨てられて、しかも悪い噂まで立っちまって、嫁にも行けやしない。 ちょっと頭のいい人なら、そんな危ない橋を渡りゃしませんよ」 「リーバー君・・・きっつ・・・・・・」 滂沱と涙を流しつつ、言葉を失ってしまったクロウリーがさすがに気の毒になり、コムイがとりなそうとするが、リーバーは座席に深々と座り直し、足を組み替える。 「本当のことでしょうよ」 厳しく言って、リーバーはクロウリーを睨みつけた。 「アレイスター卿、あなたが本当に彼女を愛しているなら・・・それが一時の熱じゃないと断言できるのなら、しっかりしなきゃいけないのはあなたの方なんですよ。 彼女の方からは、決して言えないことなんです」 「リ・・・リーバー殿・・・・・・!」 「あなたが、大勢いるって言う、あなたの親戚一同と戦って、説得して、一生涯彼女を守りきると断言できないうちは、決して彼女に近づくべきじゃない。 さもないと、彼女を不幸にしますよ」 「・・・リーバー君・・・おっとこまえ〜」 断言したリーバーの隣で、コムイが思わず呟く。 「アレイスター卿、すっごく厳しいですけど、リーバー君の言う通りですよ? この国は一夫多妻制じゃありませんから、彼女をお嫁さんにしたいんなら、相当な覚悟がいりますね」 「う・・・うむ・・・・・・」 しおしおとうな垂れたクロウリーの肩を、コムイは軽く叩いてやった。 「ま、はたから見る限り、彼女もまんざらじゃないみたいですし、希望はあるんだから、後は卿の覚悟次第ですよ あー・・・だったら今、振られたのはいい機会だったんじゃありませんか? 覚悟決まんないなら振られっぱなしにしときゃいいし、覚悟決まったらプロポーズすればいいし 殊更に軽い調子で言って、コムイはにこりと笑う。 「ゆっくり時間をかけて、考えればいいですよ ね?と、言い募った彼に、クロウリーは困惑げに頷いた。 その後、城に戻った探偵達は、心ここにあらずと言った様子のクロウリーを先に行かせ、馬車を厩舎に戻そうとしていたトマを呼び止めた。 「聞きたいことがあるんだ」 懐こい笑みを向けたコムイを、しかし、トマは困惑げな上目遣いで見あげる。 「トマは・・・クロウリー家の召使でございます・・・。 ご主人様の不名誉になるようなことは、申せません・・・・・・」 「へぇ! それは立派な心がけだねぇ!」 思わず感嘆の声をあげたコムイに、トマはきつく眉根を寄せた。 「あぁ! 気を悪くしたらごめんねぇ! キミの忠誠心に感心したんだよ!」 ロンドンでは滅多に見られないから、と、コムイが陽気に笑うと、トマは恥ずかしげに顔を伏せる。 「安心しておくれ。 アレイスター卿の不名誉になることは、聞いたって誰にも言わないし、答えたくないことは言わなくていいんだからね?」 ぽんぽん、と、軽く肩を叩かれて、トマはようやく頷いた。 「じゃあ、厩舎に馬を戻したら、ちょっとだけ時間をくれるかい? あったかい所で聞かせておくれ ここは寒い、と、震え上がったコムイに、トマがちらりと笑う。 「すぐに・・・戻ってまいります」 ぺこりと一礼するや、トマは再び御者台に乗って、馬車を進めた。 その後二人が暖かいエントランスホールで待っていると、間もなく、トマが走ってくる。 「あの・・・何をお聞きになりたいのでしょうか」 ホール内は声がよく響くため、か細い声で囁いたトマを、コムイはにこりと笑って間近の部屋に入れた。 エントランスホール脇のその部屋は、客人の待合室とも言うべき部屋で、この城の中では比較的明るく作られている。 トマの気を和ませようと、コムイが椅子を勧めたが、それは固辞されてしまった。 「トマは、立っていた方が落ち着きますので・・・」 「うん、じゃあ聞きたいんだけど、トマはもう、この家に仕えて長いのかい?先代の時からいるの?」 コムイが問うと、トマは慎ましやかに頷く。 「はい・・・。 子供の頃からご奉公しておりますので、先代様にもお仕えしました」 「ボク、ここに来てから、卿とトマ以外のヒトを見たことないんだけど、他に誰かいる?」 「ずっと・・・お城にいる召使はトマだけでございます。 他の召使は、近隣の村や町からの通いでございますので、今日のように雪深い日などは、朝はおりません。 昨夜もお客様方がいらっしゃる前に、領主様のご命令を受けましてトマが召使達を家まで送り届けたのですが、夜になって吹雪いたものですから、戻ったのは朝になってしまいました・・・」 「そっか、それで昨夜は会わなかったんだね!」 軽く手を叩いて、コムイは大きく頷いた。 「でもなんでまた、近隣から・・・」 続けて問うと、トマはやや逡巡した後、口を開く。 「何年か前・・・村に病が流行って以降、先代様が、村人が城に入ることを禁じたからでございます。 村人達も先代様のご恩に報いるため、お葬式にも参りませんでした」 「・・・え? ご恩に報いるって・・・なんだ?」 意外な言葉に目を剥いたリーバーにも、トマは慎ましやかな態度を崩さず、会釈するかのように頷いた。 「はい、何年か前、この村に酷い病が流行りまして・・・多くの村人が亡くなりました。 その時、先代様が国中からだけでなく、外国からも、ありったけのお薬を取り寄せてくださいまして、先日亡くなったドクターと一緒に、皆の病を治してくださったのでございます」 「え?! ちょっと待ってくれ・・・つまり、村の人達はそれが、病気だって知ってたってことかい?」 「? はい、えぇと・・・名前は忘れてしまいましたが、たちの悪い伝染病だとかで・・・」 勢い込んで問うリーバーに、トマは不思議そうに首を傾げる。 「最初は町で流行っていたのでございますが、商用などで町に赴いた者の中で、その病を持ち帰った者達がおりまして・・・お薬も、あるにはあったのですが、高価な上に先に町で流行ったものですから数も少なく、皆困り果てておりましたら、先代様が各地からお取り寄せくださり、無償で配ってくださったのです。 おかげさまで皆、回復しまして、先代様には感謝してもしきれるものではございませんでした」 両手を祈るように組みあわせたトマの目は、純粋な尊敬の色に満ちていた。 「しかし先代様は、ちょっと変わった・・・あ、いえ、特別な方でいらっしゃいましたので、皆が感謝を述べに集まった時も、決してお顔を見せようとはなさらず、ただ、『孫にうつされては困るから施したまでのこと。感謝するなら我が孫に近づかぬこと』と仰せで・・・。 それ以降、村人達はご当主様を遠くに拝見するようになりました」 「あぁそれで墓地の、あの態度だったんだねぇ・・・。 村の人達がアレイスター卿を避けてるのは、恐怖じゃなくて遠慮だったんだ・・・」 コムイの呟きに、トマは律儀に頷く。 「皆、先代様のご命令を忠実に守って、ご当主様にお会いしないよう気遣いながら、先代様のお墓にお花を差し上げたりしていたのですが・・・このようなことになり・・・・・・」 「あの花は死んだ村人じゃなくて、先代に手向けられてたのか・・・。 でもようやくわかったよ! あんな寂しい場所にひとつだけある墓なのに、なんで次々死体が発見されるんだろうと思ってたんだ!」 「普通、春まで放置ですよね」 リーバーも同意すると、コムイは軽く肩をすくめた。 「わざわざ行かない限り、あんな所に放置された死体になんか、春になったって気づきゃしないよ」 それが毎回、遺棄されて間もなく見つかったということは、それだけ頻繁に墓に参る者達がいたということだ―――― その手に花を持って。 「それは・・・アレイスター卿には・・・?」 「言ってはならぬと、厳しいお申し付けでございました・・・・・・」 不安げな上目遣いでコムイを見上げるトマを、彼は安心させるように笑った。 「了解。 アレイスター卿には頃合いを見て、君が話すといい。 ボクからは何も言わないよ」 「ありがとうございます」 先代を褒め称えていた熱はそのまま、トマは深々と頭を下げる。 「じゃあ、奇妙な花を見せびらかしていた、って言うのは?」 「その・・・特別な方でいらしたので・・・」 顔を上げたトマは、目を泳がせながら、変わり者の先代を遠まわしに評した。 「肉食の花で、薬を作ることはできないかと、ドクターの元に通ってらしたのでございます」 「花・・・まさか、アナフィラキシーショック対策か? 馬由来だけでなく、羊由来の血清も使えなくなった患者のために、新たな血清を作ろうとしていたとか?」 リーバーが問うと、トマは困り果てた様子で首を振る。 「く・・・詳しいことは、トマには・・・・・・。 しかし、2度同じ病に罹った者は、3度目に罹った場合、今の薬は使えなくなるからと仰せになって・・・・・・」 途端、コムイが大きく手を打ち、トマは飛び上がった。 「なん・・・っ?!」 「・・・すっごいヒトだったんだねぇ、先代は! そんなに領民を大事にした人なんだ!」 素直じゃないみたいだけど、と、笑ったコムイに、トマは詰めていた息を吐いて、ちらりと笑う。 「偉い方でいらっしゃいました・・・。 ご親戚の方々は、先代様のご趣味に眉をひそめておいででしたが、ドクターに聞いたところ、先代様は世界各地から変わった薬草を集めては、薬や病気の研究をなさっていたそうでございます。 そのおかげで、ドクターも非常に助かったし、命を救われた村人も多いのだと・・・。 ただ・・・やはり特別な方でしたので、善なる行いを褒め称えられることを非常に嫌がられまして・・・・・・。 むしろ、奇特な領主様と呼ばれることを好んでおいででした」 「ふぅん・・・・・・。 ハンガリーやオーストリアの『親戚』に、領地や財産を奪われないよう、奇特なふりをしていたのかもねぇ・・・」 にんまりと口の端を曲げたコムイを、トマがきょとん、と見上げた。 「うん、つまりね? せっかくの財産を、奇妙奇天烈なものの収集に使うような変わった奴だって見くびられているうちは、誰も本気でこの不気味な城を手に入れようなんて思わないでしょ?」 首を傾げたトマの隣で、リーバーは感心したように頷く。 「頭のいい人っすね・・・。 あえて善政の評判を立てないことで、領民を守ってたんだ」 「?! あの・・・それはどういう・・・・・・?!」 驚くトマに、コムイは笑みを浮かべた。 「ん。 領民に人気のある領主様ってのは、皇帝や王室に危険視されやすいんだよ。 領民をまとめて、反乱を起こすんじゃないかってね。 特にこのご時勢、いつ革命が起こるかわからないじゃない? だから、領民に人気のある領主様は、不当な税を課せられたりして、領民ごと苦しめられたりするんだ」 「そんな・・・・・・!」 愕然と目を丸くしたトマに笑みを深め、コムイは肩越しにドアの向こうを見遣る。 「そして今の領主様は、いい意味で育ちのいいお坊ちゃんだからね。 このままだときっと、輝くばかりの善政を敷いて、領民に慕われちゃうでしょ。 だから・・・先代は自分の『悪行』によって領民が領主を恐れてるって、近隣の村や町にわざわざ噂を流して、アレイスター卿からも村人を遠ざけたんじゃないかな。 おかげでキミ達は重税を課せられることもなく、のーんびり羊を飼ってる」 「・・・・・・先代様!」 感動に声を詰まらせるトマの肩を叩き、リーバーが微笑んだ。 「死してなお領地を守るなんて、見あげた方ですね」 「領主なんてものは、本当に困った時だけ事態の解決と責任を取りに現れるもんだって、行動で示したんだね」 コムイも感心して頷くと、トマが、今までのおとなしさが嘘のような激しさで二人に詰め寄る。 「だから・・・! 先代様が吸血鬼になって村人を襲うなど、ありえないのでございます・・・!」 トマはまるで、胸につかえたものを吐き出すような強さで言った。 「確かに・・・確かに先代様はお背が高く、堂々と歩まれる様や大きな笑い声は独特のものでございましたが、そのようなもの、いかようにも真似することはできます! ゆえに初めは皆、先代様が吸血鬼だなどという与太話は信じなかったのでございますが・・・・・・」 「くりかえし、先代に似た姿が目撃された、かな?」 「はい・・・・・・」 コムイに指摘されて、トマがうな垂れる。 「それで今では、ご当主様を案じられた先代様が、思いを残してさまよっておられるのではないかと・・・」 「それにしては、かつて守った村人の血を吸ってしまうって言うのは、変な話だね」 整合性がない、と、コムイは目元を厳しくする。 「・・・あれ? ちょっと待って・・・・・・血?」 呟いたコムイは、はっと目を見開いた。 「血・・・全部の死体から血が抜かれていた・・・なんで?なんのために? だって吸血鬼なんてありえない・・・。 大量の血が必要・・・血を糧とする動物はいるけど、こんなに多くの人間の血を全部吸ってしまうものなんて、飼おうにも・・・・・・」 動物、と、呟いたコムイは、ぎこちない動きでリーバーを見遣る。 「リーバー君・・・アナフィラキシーショックは、馬や羊の抗体が、人間にとって異物だから起こるアレルギー症状・・・だよね?」 「はい。 だから一度、馬の血清を使った患者は、二度と馬の血清を使っちゃいけないんです」 ショック症状を起こす可能性が高い、と言ったリーバーの声は届いているのか、心ここにあらずといった様子で、コムイは顎に手を当てた。 「異物・・・だから・・・・・・・じゃあ・・・その血清が、異物じゃなくなるようにするためには・・・・・・?」 途端、リーバーも愕然と目を見開く。 「ねぇ・・・ボクは今、とっても酷い推理をしているよ、リーバー君・・・。 すごく否定したい・・・だけど、あの医院・・・・・・。 規模の割には、器材がとても充実していたよね・・・」 「そんな・・・バカな・・・・・・!」 「でも・・・死体・・・が・・・・・・!」 突然、一斉にドアへ駆け出した探偵達に、トマが目を丸くした。 「あのっ・・・どうなさったので・・・・・・?!」 「トマ!! キミはアレイスター卿についててあげて!絶対離れないで!!」 コムイの絶叫に、彼を追おうとしていたトマの足が止まる。 「馬車借りるぞ!」 背後に叫んで城外に出たリーバーは、雪を蹴立てて厩舎に向かい、一番軽い馬車に馬を繋いだ。 「乗って下さい!!」 御者台に乗り込んだリーバーの隣に、コムイも飛び乗る。 「リーバー君、行方不明の人達がもう血を抜かれちゃっている場合、助けられるかい?!」 「・・・っ! 抜かれた血が本人のものだと確定できれば、元に戻すことは可能です! だけど・・・」 正面を見据えたまま、リーバーは忌々しげに舌打ちした。 「あいつの研究内容からして、今までの死体と、今、血を抜いている被害者たち・・・どの血が誰のものか、わからない可能性はあります!」 「違う人間の血液だった場合・・・副作用が起きる可能性は高いか」 重大な懸念に、コムイの声も低くなる。 「えぇ・・・! 間違って他人の血を入れると、却って危険なことになりかねない・・・!」 苦渋に満ちた声を絞り出したリーバーに、コムイは大きく頷いた。 「じゃあやっぱり、急がないとね!」 「まだ死んでないことを祈ってください!!」 リーバーが叫んだ途端、コムイは困惑げに眉根を寄せる。 「残念だけどボク、不信心で・・・」 「いいから祈れェェェッ!!!!」 苛立たしげに絶叫したリーバーの気迫に呑まれ、コムイは思い出せる限りの聖句を並べた。 「・・・・・・勝手に押しかけまして、申し訳ありません、アレイスター様」 探偵達が出て行ってしばらくの後、突然城に現れたエリアーデの姿に、クロウリーは目を丸くした。 「ど・・・どうしたのであるか、エリアーデ・・・! こんな雪の中を・・・兄上は?」 案内のトマを下がらせるや、クロウリーは彼女の冷たい手を取り、暖炉の側に導く。 「さぁ、まずは温まって。 病弱であるのに、なんと無茶なことをするのだ」 心から彼女を気遣うクロウリーから、しかし、エリアーデはぎこちなく目を逸らした。 「先程のご無礼をお許しいただきたく・・・」 礼儀作法の教本にもなりそうな、美しい所作で膝を折ったエリアーデに、クロウリーが更に慌てふためく。 「そんな・・・! あれは私が悪かったのである・・・あなたの立場も考えず、迷惑をかけてしまった・・・」 うな垂れたクロウリーを見あげ、エリアーデは泣きそうな顔で微笑んだ。 「・・・お優しいのですね。 本当にあなたは・・・お優しい」 雪に冷えた手で、クロウリーを抱きしめたエリアーデからは、とても甘い香りがする。 「エリアーデ・・・」 そろそろと彼女の背に手を回し、壊れ物にでも触るかのようにそっと、彼女を抱きしめたクロウリーは、今にも湯気を上げんばかりに紅くなった。 緊張のためか、本当に目が回ってきて、クロウリーは知らず、エリアーデにもたれかかる。 「アレイスター様・・・お加減がお悪いの?」 そう言う彼女こそ、苦しげな顔をして、クロウリーの顔を覗き込んだ。 「いや・・・そう・・・であるな・・・・・・」 甘い・・・甘い彼女の香りに酔ってしまったように、クロウリーが膝を折る。 「どうぞ、横になられて。 大丈夫、すぐによくなりますわ」 エリアーデに支えられながら、ソファに横になったクロウリーの上に、彼女が屈みこんだ。 「どうぞ・・・深く息をお吸いになって・・・」 言われるがままに大きく呼吸をすると、エリアーデの甘い香りが胸に満ちる。 「お休みください、アレイスター様・・・。 私が側におりますわ・・・・・・」 優しい声を子守唄のように聞きながら、クロウリーは重いまぶたを閉じた。 「うん、上出来だよ、エリアーデ」 いつからそこにいたものか、ドアにもたれかかり、笑い含みの声をかけたシェリルを、エリアーデは青い顔で振り返った。 「おや、またガスを吸ってしまったかい? 自分で歩けるだろうね?」 ゆったりと二人に歩み寄りつつ、問うたシェリルに、エリアーデは口元を押さえて頷く。 「いつもの・・・ことですから・・・・・・」 ふらつきながらも立ち上がった彼女に微笑み、シェリルはソファに横たわったクロウリーを満足げに見下ろした。 「では、仕上げと行こうか。 医院の地下室に閉じ込めたままの子達は惜しかったが・・・材料はもう十分揃ったことだし、欲はかかないことにしよう。 さぁ、エリアーデ。 馬車に積んである『殻』の側に、この若君を寝かせるよ。 祖父君の思惑通り、領民の血を吸い尽くした吸血鬼として、名を残せるようにね」 「では・・・アレイスター様は、殺さなくてよいのですね?」 思わず喜色を浮かべたエリアーデに、シェリルは笑みを深める。 「あぁ、なんて顔をしているんだい、エリアーデ。 魔女の末裔ともあろう者がそんな、人間の女のような顔をして。 まさか、本当に彼を愛したんじゃないだろうね?」 途端に表情を強張らせ、顔を背けたエリアーデの髪を、シェリルはひと房、手に取った。 「安心おし。 僕達が手を下さないと言うだけで、彼は領民達によって心臓に杭を打たれ、吸血鬼として死ぬだろう」 「そんな・・・!!」 悲鳴じみた声をあげたエリアーデに、シェリルはさも嘆かわしげに首を振る。 「たかが実験動物の一人や二人が死んだくらいで、心乱さないでおくれ、エリアーデ。 今までも君は、その美貌で獲物を誘い出しては、僕の実験動物として捧げてきたじゃないか。 彼らとこの若君と、何が違うと言うんだい?」 今にも倒れそうに顔色を失い、声を詰まらせたエリアーデに、シェリルは優しく笑った。 「まぁ確かに、吸血鬼と魔女ならお似合いの組合せだと思うが、それは闇の世界に生まれ変わった後のことにしておくれよ」 楽しげに言いつつ、気を失ったクロウリーを重たげに抱えたシェリルは、さぁ、と、エリアーデを促す。 「そろそろ失礼しよう。 探偵達が帰ってくる前にね」 クロウリーを抱えたシェリルが颯爽と通り過ぎ、続いてエリアーデがよろめきつつ出たドアの外には、意識を失ったトマが転がっていた。 一方、医院に着いた探偵達は、シェリルとエリアーデが不在なのを訝しく思いながらも屋内を駆け回った。 ややして、 「リーバー君!ここ!! 地下の階段だよ!!」 コムイが大声を上げて、診察室の絨毯の下に隠れていた戸を引き開ける。 黒々とした闇がわだかまるそこは、ロンドンに多い半地下の部屋などではなく、貯蔵庫として作られたもののようだった。 と、密閉度の高いそこから湧き上がってきた甘い香りに、リーバーが警告を発する。 「クロロホルムの臭いです! 吸い込まないように気をつけて!」 「えぇー?! そんなコト言ったって、タオルくらいじゃどうしようもない濃度じゃない・・・そうだ!」 コムイは踵を返すと、部屋中の棚を探り始めた。 「ガスマスク見っけ!リーバー君、コレつけてコレ!!」 見つけたガスマスクをリーバーに向かって放り投げ、早速マスクをつけたコムイは、得意げに胸を張る。 「絶対あると思ったんだぁ! 血を絞り取るのに、自分が倒れちゃどうしようもないからね!」 「自慢は後で聞きますから、今は救出が先!!」 マスク越しにくぐもった声で怒鳴り、ランプを揺らしながら地下へと降りていったリーバーの後に、口を尖らせたコムイも続いた。 短い階段を下りたリーバーが、天井から伸びるフックにランプを提げると、随分と広い地下室が照らし出される。 「いました!!」 冷たい石の床の上に無造作に放り出された、10人近い若者の姿に、探偵達の顔も強張った。 「リーバー君! ボク、近所の人達に応援頼んでくる!」 「お願いします!」 ぐったりとした彼らを地下室から運び出しながら、リーバーが頷く。 「生き延びてくれよ・・・!」 祈りを呟きながら、リーバーは幾度も地下へと入って行った。 その後、近隣住民の応援を得て、なんとか全員を地下室から引きずり出すと、リーバーは彼らの治療に当たった。 が、コムイは何度もクロウリー城へ連絡を取ろうとしては、苛立たしげに受話器を置くことを繰り返している。 「リーバー君、どうも何かあったみたいだ! ボクは先に城に戻るよ!」 「一人で大丈夫っすか?!」 「うん・・・」 とは言いつつ、やや不安げなコムイにリーバーが腰を浮かしかけると、彼はすかさず制した。 「イヤ、リーバー君はここで治療を頼む。 なんとか・・・するよ!」 室内の棚を物色したコムイは踵を返し、医院を出るや、乗ってきた馬車に飛び乗る。 「無事でいておくれよね!」 不信心な彼が今日何度目かの祈りを上げつつ馬車を走らせていた頃、件の城では、乗ってきた馬車にクロウリーを乗せたシェリルが、馬に鞭を入れようとしていた。 が、ふとその手を止めて、御者台から降りる。 「シェリル様・・・?」 馬車の中のエリアーデが、訝しげに声をかけると、彼は馬をポーチに繋ぎなおした。 「彼が亡くなった後、相続手続きが終了するまで待とうかと思っていたけど・・・せっかく来たんだ。 あの肉食花だけでも持って帰ろう」 待っていなさい、と、シェリルはエリアーデに命じて城内へと戻っていく。 その姿が見えなくなった途端、 「アレイスター様・・・アレイスター様!」 エリアーデが声を低めて囁き、クロウリーはうっすらとまぶたをあけた。 「思ったより早くチャンスが来ましたわ! あの人の思惑、全てお聞きになったでしょう? 今のうちにお逃げになって、あの探偵さんにお報せください!」 頭痛を堪えつつ、むくりと起き上がったクロウリーは、しかし、気遣わしげにエリアーデを見つめる。 「だが、私が逃げればあなたは・・・」 「大丈夫です。 私はあなたにこれを奪われ、気絶してしまったことにしますから」 さぁ、と、手渡されたアトマイザーに、クロウリーは困惑げな視線を落とした。 本来、婦人が香水をふりかけるために使うそれには、クロロホルムが満たされている。 「私に吹きかけてください。 そして、私が眠っている間に行ってしまって・・・」 哀しげに微笑んだ彼女に、しかし、クロウリーは首を振った。 「アレイスター様・・・」 きかん気な子供をなだめるような口調になった彼女の手を、クロウリーが取る。 「あなたを一人にするわけには行かないである! わ・・・私が守るである・・・一生涯守って見せるであるから・・・だから・・・・・・!!」 エリアーデの手を取ったまま、共に馬車から降りつつ、クロウリーは詰まりそうになる言葉を懸命に放った。 「わ・・・私の妻になって欲しいである!」 「ア・・・」 腕を引かれるまま、彼の後に従っていたエリアーデは、目を見開く。 「アレイスター様!!」 唐突に、ぐいっと腕を引かれ、雪の上に倒れこんだクロウリーの頭上を、銃弾が掠め去った。 「んっ・・・なんであるかー!!!!」 「なんであるか、ってねぇ、キミ・・・・・・」 クロウリーの絶叫に、背後から呆れ声がかかる。 「普通、可愛い妹を拉致しようなんて不逞の輩がいたら、親代わりの兄としては、銃弾の一発もお見舞いするのが当然じゃないかな? まったく、貴族と言う連中は手が早くて困るよ」 不自然なほどに悠然と言ったシェリルは、改めて銃を構えた。 「やれやれ・・・。 こんな乱暴な殺し方は趣味じゃないのだけど、仕方ないねぇ。 逃げようなんて思った君が悪いんだよ、甥御殿」 「え・・・?!」 雪の上に這ったまま、目を見開くクロウリーの眉間に、銃口が向けられる。 引き金が引かれようとした瞬間、 「アレイスター様!!」 エリアーデがクロウリーに覆いかぶさり、シェリルはすんでのところで銃口を空へと向けた。 「どきたまえ、エリアーデ。 君にはまだ、僕のアシスタントをしてもらわなければ困るんだよ」 「お・・・お願いです、シェリル様・・・!!」 懇願する目で、エリアーデはポーチに立つシェリルを見上げる。 「エリアーデ・・・」 眼前で呆れ気味に、またその傍らで気遣わしげに名を呼ばれた女は、冷たい両手を組み合わせた。 「どうか、お助けください・・・!」 「まったく・・・。 どうしてこんなつまらない邪魔をするんだい、エリアーデ? 今まで君は、とてもいい子だったじゃないか。 なのに今回は、彼を逃がそうとするなんて・・・」 深いため息をついて、シェリルは眉根を寄せる。 「我が甥御殿は、純情に見えて実は、とんでもない策士であられたのかな?」 「あ・・・あの・・・? その、なぜあなたは、私を甥と・・・・・・?」 「ん?時間稼ぎかい、策士殿? 一刻も早く退散しないと、あの探偵達が戻ってきてしまうんだがねぇ・・・」 どうしてもクロウリーの側から離れようとしないエリアーデを見下ろし、シェリルは肩をすくめた。 「まぁ、もう少しくらいはいいかな。 甥御殿、と言っても、僕は君なんかと血の繋がりはありはしないよ。 ただ君の死後、『書類上』の相続権が認められ、僕がクロウリー家の遺産を継ぐことになる」 「え・・・?」 状況も忘れ、クロウリーは呆気に取られる。 「書類上・・・とは・・・?」 「ふふ・・・。 城の中に閉じこもって、外の世界と隔絶していた君は知らないだろう? 君のおじい様が亡くなる前後、君と血の繋がった・・・はっきり言えば、君が死んでクロウリー家が断絶した時、この家の財産を継ぐべき親戚が何人か、亡くなっているんだがね」 楽しげに笑いながら、シェリルはゆっくりと階段を下りてくる。 「あるお方の手配で、僕はある令嬢と婚姻し、彼女亡き後、断絶してしまった彼女の家名を継いでいるんだよ。 覚えてないかなぁ・・・君の叔母に当たる・・・」 いたぶるように声を低めたシェリルを、クロウリーは愕然と見つめた。 「まさか・・・殺したのであるか・・・・・・?!」 「慎ましく、優しい妻だったよ・・・ただいかんせん、病弱でねぇ。 僕の治療も虚しく、天に召されてしまった!」 芝居がかった仕草で嘆いてみせるシェリルに、クロウリーが唇を噛む。 「よくも・・・・・・!!」 「いけません、アレイスター様!!」 止めに入ったエリアーデを押しのけ、掴みかかって来たクロウリーに、しかし、シェリルは余裕の表情で銃口を突きつけた。 「ホントに単純だねぇ、君は」 シェリルの唇から、クスクスと楽しげな笑声が漏れる。 「なんでこんな男のために、一所懸命になっているんだろうねぇ、エリアーデは」 嘆かわしいと言わんばかりに、大仰なため息をついたシェリルは、小首を傾げて口の端を歪めた。 「だが安心したまえ。 ここで彼を殺してしまえば、一時の気の迷いだったとわかるよ。 後は・・・そうだな、僕が殺した証拠を消さなければ。 今、馬車に乗せている死体があるから、彼と一緒に例の墓地で下ろして・・・彼に銃を握らせてみるかなぁ? 死後硬直しているから、かなり難しいとは思うけど、なんとか『吸血鬼に襲われた青年が、血を吸われながらも吸血鬼を仕留めた』ってシーンに仕立ててみるよ。 ・・・あまりにも苦しい筋立てに、脚本家としては内心、忸怩(じくじ)たる思いだがね」 それは本心か、憮然と言ったシェリルに銃口を押し付けられ、クロウリーはぎゅっと目を閉じる。 「では、名残は尽きないが、そろそろお別れしよう。 さっさと君を殺して運んでしまわなきゃ、探偵が来て・・・」 シェリルの言葉をさえぎるかのように、彼らの目の前に、何かが飛び込んできた。 それはポーチに繋いでいた馬の足元で割れ、大きな炎を吹き上げる。 不穏な雰囲気に、ただでさえ怯えていた馬はパニックを起こし、いなないて暴れだした。 「卿!!城内に逃げて!!」 大きな声が響いたかと思うと、恐怖に固まっていたクロウリーの腕を、素早く駆け寄ったエリアーデが引く。 「アレイスター様、早く!」 シェリルを突き飛ばし、二人してエントランスホールに入ると、窓から入ったのだろう、トマを背負ったコムイが待合室から駆け出てきた。 「こっちです! 奥の部屋へ!!」 「待ちたまえ!」 すかさず後を追ったシェリルは、懸命に逃げる彼らへ弾丸を放つ。 が、素早く大階段の影に逃げ込んだ彼らの足を止めることはできなかった。 シェリルは舌打ちすると、まだ銃声の反響が残る中、逃げる足音を追って行く。 と、間もなく長い廊下の半ばにある部屋へと、駆け込むクロウリー達の姿を見つけた。 「観念したまえ!」 ドアが閉まる前に押し入ったシェリルは、怯えたように窓際に集まる彼らへ銃を向け、憮然と眉根を寄せる。 「僕は、こういった暴力的なことは好まないのだよ! 手をかけさせないでくれ!」 久しぶりに走ってしまった、と、不快げに言った彼は、銃口をコムイに向けた。 「やぁ、またお会いしましたね、コムイ殿。 戻っていらっしゃるのがもう少し遅ければ、こんな危険な目に遭わずに済んだのに」 「ふふ ピンチに駆けつけるのが、探偵の見せ場ですからねぇ。 脚本家を気取るあなたになら、このシーンの重要さがお分かりでしょ?」 本心なのか演技なのか、飄々と言ってのけたコムイに、シェリルは思わず笑みを漏らす。 「確かに。 先ほど僕が想定した脚本より、ずいぶんとましな筋書きですよ。 ですが残念なことに・・・そう、大層残念なことに、探偵はここで死んでしまうのです!」 胸に手を当て、芝居がかった仕草で嘆きを表すと、コムイは不満げに口を尖らせた。 「勝手なこと言って。 あなた、ボクに仲間がいることを忘れてやしませんか」 「あぁ、あの若いドクターですか? 見たところ、優秀で誠実そうな医者でしたねぇ。 彼ならきっと、地下室に閉じ込められ、長い間クロロホルムにさらされた若者達を、死の淵から蘇らせることでしょうな」 「・・・・・・・・・ちぇっ」 バレてたか、と、舌打ちしたコムイに、シェリルは笑みを深める。 「コムイ殿、あなたが現れたおかげで、僕は時間を気にする必要もなくなりました。 英雄の死を、劇的に演出してあげますよ」 一歩、シェリルが彼らに歩み寄ると、エリアーデが怯えた声をあげた。 「さぁエリアーデ、こちらへおいで。 さもないと君は、自分の腕の中で、愛しい彼の命が尽き行く様を味わうことになるよ?」 「シェリル様・・・! どうかお願いです、アレイスター様を・・・」 クロウリーを背に庇うように立ち、両手を組み合わせたエリアーデに、シェリルは呆れたように肩をすくめる。 「まったく・・・。 どうしてそう、聞き分けがなくなってしまったんだろうねぇ。 本当に・・・ご婦人のご機嫌を取るのは難しい」 ため息と共にシェリルが引き金を引き、エリアーデの足元が弾けた。 「・・・残念だ。 非常に残念だが・・・エリアーデ。 お前はもう、イラナイ」 冷酷な声と共に、シェリルの銃口はエリアーデの心臓に向かい、あっさりと引き金が引かれる。 「ひっ・・・!!」 自身の死を見まいとするかのように、きつく目をつぶったエリアーデは、次の瞬間、頬に柔らかな絨毯の感触を得て、目を見開いた。 視線を上げれば、すぐ側にクロウリーの顔がある。 彼女を庇い、覆いかぶさったその顔はしかし、苦痛に歪んでいた。 「アレイスター様!!」 どこか撃たれたのか、床に突いた腕を赤い血が伝い、絨毯を染めていく。 「アレイスター様!! お願い、どいてください!! あなたが殺されてしまう!!」 必死に彼を押しのけようとするエリアーデを、クロウリーは抱きしめた。 「い・・・言ったであろう、守ると・・・! なにがあっても、私はあなたを、一生涯守ってみせる・・・・・・!」 震える手を、クロウリーの背に伸ばしたエリアーデのこめかみに、涙が伝う。 「・・・・・・・・・・・・・・・神様」 助けて、と、儚い声で呟いた彼女に、歩み寄ったシェリルは失笑した。 「魔女の分際でなにを願うと言うんだい、君は。 君の祈りなど、聞き届ける神はいやしないよ」 「そーぉ?」 驚くほど暢気な声は、シェリルのすぐ傍らであがった。 「じゃあ不信心なボクが、神が聞かない願いを聞き届けるヨ★」 思いっきり横に突き飛ばされたシェリルが、たまらず壁に手を突いた瞬間、壁が爆発する。 「なっ・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 破れた配管から蒸気が噴出し、シェリルは白い熱霧に包まれた。 「卿、壁壊しちゃってごめんねぇ。 もしもの時のために、昨晩、小型爆弾埋め込んどいたの 「くそっ・・・! なんてことを・・・・・・!!」 一瞬にして広範囲に火傷を負ったシェリルが、暢気な口調のコムイへ怨念にまみれた声をあげる。 「敵が複数だった場合を想定してさぁ、一気に殲滅できるように罠仕掛けといたんだけど、大げさになっちゃったね」 「おのれよくも・・・許さんぞ・・・っ!!」 「それはこっちのセリフ」 重傷を負い、床に這った連続殺人鬼を、コムイは打って変わって冷酷な目で見下ろした。 「何人もの人間の血を絞り取って殺すなんて・・・やりすぎだよ、ドクター?」 「君になにがわかる!! 僕は有益な・・・とても有益な研究をしていただけだ!」 「なにが有益だよ、この殺人鬼」 いつもの飄々とした彼からは想像もできない冷酷な声で言いながら、コムイは手近の花瓶を取った。 「あなたは免疫の研究をしてるって言ってたよね。 どうせ、動物由来の血清はアレルギー反応が出やすいから、ヒト由来の血清を作ろうなんて、単純なこと考えたんでしょ」 花瓶から抜いた花を放り捨て、コムイはシェリルの火傷に水を浴びせる。 「・・・っ!!」 火傷の痛みに顔を歪めながら、シェリルはコムイを睨みつけた。 「あぁ、そうだとも! ヒト由来の血清なら、アレルギーの問題は確実にクリアできるからね! だが、善意の供出に頼るには、あまりにも認知が低すぎる・・・これではいかに効果があっても、実験すらできないじゃないか!」 開き直ったように声を張り上げる彼に、コムイは別の花瓶の水を浴びせる。 「だからって、まともな医者は、抗体持ってる人の血を抜いたりしないんだよ。 君は、吸血鬼よりも魔女よりもたちの悪い、悪魔だ」 「・・・・・・はっ」 歪んだ笑みを浮かべて、シェリルは濡れた髪をかき上げた。 「・・・君だって悪魔になれるさ。 命より大切な者を神に奪われれば・・・簡単にね」 コムイが不快げに顔を歪めると、シェリルはいかにも楽しそうに笑い出す。 「・・・あぁ、応急処置をありがとう、探偵。 後は自分でやるよ」 それよりも、と、シェリルは火傷を負った手で、床に伸びるクロウリーを示した。 「彼の治療をした方が良くないかい?」 小ばかにしたような彼の態度に舌打ちし、コムイはクロウリーに歩み寄る。 「アレイスター様!! アレイスター様、しっかりしてください!!」 重傷のクロウリーを押しのけることもできず、ただ泣き声をあげるエリアーデの上に屈み込むと、コムイは彼女を安心させるように優しく微笑んだ。 「大丈夫、かすり傷だよ」 ただ、城の中で安穏と暮らしてきた彼には刺激が強かったのだろう。 すっかり目を回したクロウリーを抱き起こすと、コムイは大声を上げた。 「トマ!!」 「はっ・・・はひっ・・・・・・!」 シェリルにクロロホルムを浴びせられたせいで、今まで気絶していたトマが、コムイの大声に目を覚ます。 「はっ・・・はれっ・・・?! りょっ・・・りょ・・・うしゅ・・・さまっ・・・?!」 半身を血に染めて気を失っているクロウリーの姿に、トマはまた気を失いそうになった。 「ホラ、君もしっかりして! 治療するから薬持っておいで、薬! 先代がたくさん持ってんでしょ、そういうの!」 「はっ・・・はひ、れも・・・・・・」 ぐらぐらと揺れながら、トマは呂律の回らない舌を必死に動かす。 「たくさんありすぎて・・・どれをもってくればいいのやら・・・・・・」 「・・・・・・過ぎたるは及ばざるが如し」 ちょっと違うか、などと思いながら、コムイは慣れた手つきでクロウリーの止血をした。 リーバーの手配で、町から駆けつけた警官にシェリルの身柄を渡した後、コムイは不安げにクロウリーに付き添うエリアーデへ笑みを向けた。 「そんなに心配しなくったって、もうすぐ起きますよ」 「えぇ・・・・・・」 頷いたものの、エリアーデは握り締めたクロウリーの手を離そうとしないまま、コムイを見あげる。 「私は・・・どうなるんですの?」 「どう、って?」 にこりと笑って聞き返したコムイに、エリアーデは眉根を寄せた。 「私はシェリルの恐ろしい企みに加担して、多くの人を死なせてしまいました。 当然、彼と共に裁かれるべきですわ」 「おや、そうなんですか?」 笑みを深めたコムイを、エリアーデが睨みつける。 「・・・馬鹿にしてらっしゃるの?」 「とんでもない!」 すかさず言って、コムイは大仰に首を振った。 「ただボクは、元々中国の生まれで、今はロンドンに暮らしていますのでね。 ルーマニアの法律を知らないってダケですよ 「・・・・・・え?」 コムイの言わんとするところを量りかねて、エリアーデは訝しげに眉をひそめる。 「ここが英国ならボクは、残念ながらあなたを、シェリル氏と共に警察に引き渡したでしょうねぇ。 だけどルーマニアでは、殺人鬼本人はともかく、その共犯にどういった刑罰が下されるのか知らないんですよねぇ〜」 ご存知ですか、と、逆に問われて、エリアーデは口ごもった。 「でっしょ? 法律なんて国によって違いますから、せっかく引き渡しても、『この人は実行犯じゃないからいらない』なんて言われたら恥ずかしいもん〜。 イヤむしろ、『領主の想い人は逮捕できない』なんて、カッコイイこと言われて突っ返されたらボク、『野暮天』なんてあだ名ついちゃいますよ! 恥ずかしくって道歩けないじゃないですか!でしょ?!」 コムイの勢いに圧されて、エリアーデは呆気にとられたまま頷く。 「だからボクはとりあえず、危険な殺人鬼だけを引き渡したんですよ 納得しがたいままにエリアーデが頷くと、コムイは笑みを深めた。 「それにねぇ、あなたも社交場に行かれた事があるなら、知ってるでしょ? ご婦人の噂って、すっごく怖いんですよ! あなたを引き渡して、『コムイ・リーともあろう者が、女を警察に突き出した』なんて噂されたら、仕事の依頼が減るじゃないですか これが本音、と、イタズラっぽく指を唇に当てたコムイに、エリアーデも思わず微笑む。 と、枕元で騒がしくしたせいか、クロウリーがかすかな呻き声をあげて、目を開けた。 「っアレイスター様!!」 ほっと吐息して、エリアーデが顔を寄せると、しばしぼんやりしていたクロウリーの顔が、みるみる紅くなっていく。 「どっ・・・どうされたんですの?!お加減が悪いの?!」 彼に反し、みるみる蒼褪めていくエリアーデの肩を、コムイが苦笑して叩いた。 「目を覚ました途端、あなたのように美しい人が間近にいたら、そりゃ紅くなりますって 「あ・・・あら・・・・・・」 「こんな美人に心配してもらって、男冥利に尽きるってもんですネ、アレイスター卿 コムイが声をかけると、クロウリーは顔を赤らめたまま、微かに頷く。 だがエリアーデは、両手で握り締めた彼の手に額を当てると、暗い声音で囁いた。 「申し訳ありません・・・。 あなたをこんな目に遭わせて・・・申し訳ありません・・・」 「エリアーデ・・・・・・」 「私はあなたの領民を惑わし、シェリルの贄に供してきました・・・。 彼がやっていることを知りながら、多くの人を死なせてしまいました・・・。 コムイ殿は、私を警察には突き出さないとおっしゃいましたが、領主であるあなたには、私を裁く権利が・・・いえ、義務があるはず。 どうぞご存分に裁いてくださいませ・・・」 懺悔をするかのように、クロウリーの手に額を押し付けたまま囁いたエリアーデを、クロウリーは困惑げに見上げる。 「エリアーデ・・・。 どうしてあなたは・・・彼の手先などになったのであるか?」 こんなにも罪に苦しみながら、どうして彼女は、悪魔のようなあの男に手を貸さざるを得なかったのか・・・。 その事情を聞いてからだと言うクロウリーに、エリアーデは顔をあげないまま、頷いた。 「私は魔女の家の者です・・・。 昔、家の者が魔術を行ったとして裁判にかけられ、火あぶりにされて以来、我が家は魔女の家だと忌み嫌われてきました・・・」 「魔女・・・・・・」 シェリルが彼女のことを『魔女』と呼んでいたのはそう言うわけか、と、クロウリーが頷く。 「シェリルと会ったのは数年前のことです。 私達家族の住む村で病が流行りまして、彼は治療のために遠くの町から呼ばれた医者でした。 彼は手を尽くしてくれましたが、病の勢いは衰えず・・・ですが不思議と我が家には罹患する者がおりませんでしたので、村の人たちは私達が原因だと・・・。 私達が魔術を行って、病魔を呼び込んだのだと言って、家を焼きました」 「そんな・・・!」 絶句した彼に、エリアーデは淡々と続ける。 「家族は火にまかれて死んでしまいましたが、私は命からがら逃げた所を、シェリルにかくまわれました。 ・・・村の人間に見つかれば、私はきっと、殺されてしまう。 それで彼は村を出る時、私を荷物の中に隠して、逃がしてくれたのです・・・」 苦しい思い出に苛まれているのか、エリアーデは辛そうに息をついた。 「彼は元々よそから来た医者でしたから、彼が故郷に帰るというのを村の人達は止めようとしませんでしたし、意外なほどあっさりと、私は逃げることができたのです・・・でも・・・・・・」 「助けた代わりに、自分のやることに協力しろ、と?」 コムイの問いに、エリアーデは頷く。 「私はこの国に来る前にも、シェリルに命じられるまま、彼が目をつけた男を誘い出し、彼から渡された薬を使って眠らせては、シェリルに供していました。 最初は彼が・・・あんなに恐ろしいことをやっているなんて、知らなかったのです・・・!」 声を震わせ、白い頬に涙が伝った。 「あ・・あの・・・彼から渡された薬とは、さっきのアトマイザーに入っていたあれであるか?!」 エリアーデの涙に動揺し、なんとか彼女の気を紛らわせようとして、クロウリーは早口に言い募る。 「あ・・・あなたが先に教えてくれたおかげで、私は完全に眠り込まずに済んだが、それでも今、酷い頭痛がする・・・。 あんなものを常に側に置かれて・・・あなたがいつも、酷い頭痛に苦しんでいたというのは、もしかしたらそのせいではないのか?」 気遣わしげに問うと、エリアーデはこくりと頷いた。 「相手を眠らせる時、できるだけ風上にいるようにはしているのですが、どうしても吸い込んでしまうことがあって・・・。 クロロホルムは、多少吸い込んだところですぐに眠ってしまうことはないのですが、代わりに酷い頭痛が・・・。 昨夜も・・・シェリルを手伝って死体を運び出す時に、うっかりクロロホルムの噴霧に巻かれてしまって、朝まで臥せっていたんですの」 頭痛を堪えるように眉根をひそめた彼女を、クロウリーが気遣わしげに見上げる。 と、黙って話を聞いていたコムイが、彼女の傍らで首を傾げた。 「あなたが誘い出していた、って・・・じゃあ、先代の目撃情報って言うのは?」 「あれはシェリルです。 私が男を誘い出した後、先代様の姿を真似て、人目につくような場所をわざとさ迷い歩いて・・・。 私自身は、黒い服と黒いヴェールを着けて、誘い出す本人にしか見えない位置にいました。 それだけで、灯りのない森の中では簡単に闇に隠れてしまうんです・・・」 「なるほど・・・確かに『村人の中に』背の高い男はいなかったわけだ。 そして誘い出された方も、危険なのは『背の高い男』だから、あなたには油断するってワケだね」 それだけじゃないだろうけど、と、コムイは名工の手になる女神像のようなエリアーデを眺める。 「・・・・・・これでおわかりになったでしょう、アレイスター様。 私は、神に縋る資格のない女です・・・。 これ以上関わっては、あなたやクロウリー家の不名誉になりますわ・・・どうぞ、容赦なく裁いてくださいませ」 ようやく顔をあげたエリアーデは、とても澄んだ表情をしていた。 「エリアーデ・・・・・・」 その美しさに惹かれるように、上体を起こしたクロウリーは、彼の手を握るエリアーデの手に手を重ねる。 「それでもあなたは、私を助けてくれた。 あの時・・・あなたが『必ず助けるから』と、気絶した振りをするよう言ってくれなければ、今頃私は更なる不名誉を負い、殺されていたであろう。 恩に報いるに、罰則をもってするのは我が家の致すところではない」 「でも・・・!」 反駁しようとした彼女を、クロウリーは抱き寄せて黙らせた。 「それに、シェリルも言ってたではないか。 吸血鬼と魔女ならお似合いの組合せだと。 我らはきっと、シェリルに殺されて、今、闇の世界に生まれ変わったのであるよ」 「アレイスター様・・・・・・」 目を潤ませたエリアーデの背後で、一人取り残されたコムイが憮然と頬を膨らませる。 「ちょっとぉ・・・酷いこと言わないでくださいよ、卿。 それってボクが失敗したってことになるじゃないですか」 「あ・・・あぁ、そうなるであるかな・・・・・・」 「ま、お二人が幸せならそれでもいいですけど、ね」 やや意地の悪い笑みを浮かべたコムイは、ふと瞬いて、改めてエリアーデを見下ろした。 「ところで念のために聞きますけど、エリアーデ嬢、あなた、魔術は使えるんですか?」 「まさか・・・・・・」 目を見開いて首を振る彼女に、コムイは頷く。 「じゃあ、薬を作るすべを継承しているとか?」 「田舎の村ですから、どこの家も秘伝薬くらいは持っていましたけど、特別なものは・・・」 訝しげに言う彼女に、コムイはまた頷いた。 「じゃあ、最後の質問。 その、火あぶりにされたご先祖が生きてらした以前は、裕福な家だったのじゃありませんか?」 「え・・・はい・・・。 母が恨み言を口にする時に、いつも『先祖が火あぶりにされる前は、我が家がこの地を支配していたのに』って・・・・・・」 「あぁ、やっぱり!」 ぽん、と、手を打った彼に、クロウリーまでもが不思議そうな顔をする。 「うん、つまりですね、『魔女』って言うのは、人々の妬みが生むことがあるんですよ。 魔術を行わない、薬師でもない・・・なのに魔女の扱いを受けた女性というのは、多くが美しかったり、裕福だったりしたそうです。 人の妬みを集めた女性が、魔女として貶められ、勝てる見込みのない裁判にかけられて、火あぶりにされたんですよ」 「美しい・・・そうか。 確かにエリアーデの先祖であれば、さぞかし美しい女性であったことだろうな」 「・・・うん、そう言うことをさらっと言っちゃうのが卿ですよね」 呆れ気味に言ったコムイに、クロウリーはきょとんと首を傾げ、その様にエリアーデは、思わず微笑んだ。 しぼんでいた花が、再び咲き誇ったかのような様に、クロウリーは見惚れる。 「・・・魅了が魔術なら、確かにあなたは魔女であるな」 「あら・・・では、その魔女の心さえ奪い、憂いを吸い尽くしてしまったあなたは、確かに吸血鬼ですわね」 今までにない軽口で答えたエリアーデが笑みを深め、ますますクロウリーを魅了する。 またもや置いてけぼりにされたコムイは、乾いた笑みを浮かべて拍手した。 「ハイハイ、闇のカップル誕生おめでとうございます・・・―――― ではボクはそろそろ、退散させてもらいますよ」 寒いのはどうも苦手で・・・とぼやいて、コムイは壁を見遣る。 「シェリルを捕まえるためとはいえ、配管壊したらあっという間に冷えちゃいましたもんねぇ、この城。 ホント、熱効率悪いったらありゃしない」 ぶつぶつと文句を垂れる彼を、クロウリーが呆れたように見つめた。 「・・・壊したのは貴殿ではないか」 おかげでトマは、麻酔から覚めたばかりだというのに、早速修繕に走り回っている。 なのに元凶は、いけしゃあしゃあと言い募った。 「仕方ないでしょー。 ボク、リーバー君と違って、戦闘向きじゃないんですヨ。 ・・・・・・あ!もしかして、修理代請求されちゃいます?」 不安げな上目遣いで問う彼に、クロウリーはふるふると首を振る。 「いや、むしろ報酬を上乗せして・・・」 「デスヨネー! さっすがアレイスター卿、イイ人っ はしゃいだ声をあげて、恥ずかしげもなく身をくねらせるコムイから、エリアーデが退いた。 「またなんかあったら呼んで下さい 「あ・・・あぁ」 大きく頷いたクロウリーに向けた笑みを、コムイはエリアーデにも向ける。 「ところで・・・エリアーデ嬢?」 「はい?」 彼女がやや引き気味に答えると、コムイは小首を傾げた。 「あなたの話を聞いている限り、彼は・・・シェリルは真の悪魔というわけでもなさそうだ。 なのになぜあんな罪を犯したのか、聞いてはいませんか?」 その問いに、エリアーデはしばらくためらった後、頷く。 「シェリルは・・・病気で妻と娘を亡くしたと言っていました。 元々病弱だったのに、流行り病にかかったそうです。 どんな薬も全く効かなかったどころか、娘の方はその薬が原因で、命を縮めてしまったって言ってましたわ・・・・・・」 「それで・・・」 新たな薬を作るために、手段を選ばなくなってしまったのかと察したコムイの脳裏に、彼の言葉が渦巻いた。 ――――・・・君だって悪魔になれるさ。命より大切な者を神に奪われれば・・・簡単にね。 「・・・そんなこと、言われなくたってわかってるんだよ」 痛みを堪えるように歪めた顔をクロウリー達に見られないよう、コムイは踵を返す。 「ではごきげんよう。 末永くお幸せに」 見送りに立とうとするクロウリーを肩越しに向けた笑みで制し、コムイは颯爽と部屋を、城を、そして、城下の村を出て行った。 「・・・・・・それっきり、卿とは会ってないなぁ。 シェリルとは・・・例の『伯爵』に手を打たれちゃって、自由の身になった彼と嬉しくない再会をしたんだけどね」 忌々しげに顔を歪めたのも一瞬、コムイは表情を和らげる。 「でもミランダさんが言うには、仲良くやってるらしいね―――― 変な邪魔が入ることもなく」 長い話を終えて、コムイはすっかり冷めたコーヒーを飲んだ。 「それで、医院に捕まってた人達は無事だったんですか?!」 冒険譚に頬を紅潮させたアレンが勢い込んで問うと、コムイはにこりと笑って頷く。 「あったり前でしょー? リーバー君の現場指導力、ナメちゃいけないよ? 彼、ピンチになればなるほど本領発揮するタイプだからね。 よそ者のくせにご近所の皆さんに次々指示飛ばして、全員を快復させました★」 「さすがだね! でも、リーバー先生が軍医経験者だってのは知らなかったなぁ」 ね、と、小首を傾げたリナリーに、アレンも頷いた。 「なんで退役しちゃったんですか、リーバーさん?」 問うた途端、コムイが爆笑する。 「仕事できすぎるから、上司に嫌われて軍を追ん出されたんだってぇ! まぁ確かに、彼を助手にするなんて、ボクみたいな天才じゃなきゃ不可能だよねぇ!」 「自分で言うんだ・・・」 呆れるアレンの隣で苦笑していたリナリーが、ふと、顎に指を当てた。 「あれ? でもわかんないことがあるよ。 クロウリー家に届いた警告の手紙って、結局誰が出したの?」 「あれはエリアーデ嬢・・・今のクロウリー夫人が出してたんだよ」 「でも、オーストリアの消印だったんですよね?」 どうやって、と問うアレンの前に、コムイは手元の封書を差し出す。 「エリアーデ嬢はね、ウィーンにいる間に、自分で自分宛に手紙を出して、ウィーンの消印入り封書をいくつも作ってたんだ。 彼女達はその後、一旦ハンガリーに滞在してからルーマニア入りしたんで、卿は『ハンガリーから越して来た』彼女からの手紙だって気づかなかったんだよね」 「そっか、国内便・・・しかも、近距離しか移動してない手紙だから、『きれいな封筒』だったんですね。 ・・・でも、それなら住所は、ウィーンの彼女の家になるんじゃないですか?」 重ねて問うたアレンに、コムイはにこりと笑った。 「そこは、頭のいい人だよね。 筆跡もつかない程度に薄く鉛筆で自分の住所を書いて、手元に届いたらそれを消して、改めてペンで書いたんだよ」 そこまでしてシェリルの目をごまかしたのだと、コムイは感嘆交じりに言う。 「そうか・・・ルーマニアの吸血鬼事件は、エリアーデ嬢がウィーンにいた頃にはもう、計画されてたんだね?」 「その通り」 察しのいい妹の頭を、コムイは誉めるように撫でてやった。 「その頃の彼女は、まだアレイスター卿のことを知らなかったそうだけど、パリやウィーン、ハンガリーで次々に犯してしまった罪を、終わらせたかったんだろうね。 シェリルの目を盗んで、次のターゲットにされた卿に警告を発していたんだ」 「届けるのは? クロウリー家にまで届けるのは、どうやったんですか?」 「そうだよ! もう消印はついちゃってるから、郵便は受け付けてくれないし、自分で届けに行ったらシェリルにばれちゃうよ!」 興味津々に問う二人に、コムイは『簡単だよ』と笑う。 「郵便馬車が医院の近くを通る時間を調べて、止まっている間にこっそりと郵便物の中に紛れ込ませたんだよ。 これならわざわざ城下の村に行かなくても、配達員が届けてくれるからね」 「そっかぁ・・・・・・!」 興奮した声を揃えた二人に、コムイは笑みを深めた。 「さて・・・。 懐かしい話をして、久しぶりにお会いしたい気はするけど・・・・・・」 暖炉に燃える炎を見遣って、コムイは深く吐息する。 「道中が寒いんだよなぁ・・・・・・」 クロウリー家からの招待状を手にもてあそびながら、コムイはもう一度、吐息した。 同じ頃、入院患者を相手に長い話を終えたリーバーは、階下から響いた、患者の来院を知らせるベルの音に引かれて部屋を出て行った。 「どうでしたか、お話は?」 リーバーと入れ替わりに入って来たミランダが、クスクスと笑声をあげると、ラビは目を輝かせて何度も頷く。 「すっげ面白かったさ! やっぱ俺、将来は探偵になろうかな!」 「あらあら・・・がんばってね」 元気な入院患者に繋がった点滴用の薬液を交換し、出て行こうとしたミランダを、ラビが引きとめた。 「話相手して 「もう・・・少しだけよ?」 胸に提げた時計を見て、苦笑したミランダに、ラビが嬉しそうに頷く。 「ミランダは、クロウリー家のその後を知ってんさ? あの事件から二人、どうなったんさ?!」 きらきらと目を輝かせるラビに、ミランダはなぜか、楽しそうに笑った。 「あの事件・・・私、解決直後に、アレイスター卿ご本人から伺ったんですよ」 「直後?」 「えぇ」 大きく頷いて、ミランダは細い顎に指を当てる。 「あれは・・・なんのご用だったのかしら? 父は仕事の内容を教えてくれなかったので、なぜかは知らないけど、私は父に連れられて、クロウリー城に行ったんです。 まだエリアーデ嬢だった夫人は、本当にきれいな方で、私、見惚れたものですわ 「へぇ・・・。 俺も見てみてぇさぁ・・・ ラビがうっとりと呟くと、ミランダはいたずらっぽい笑みを浮かべた。 「やめた方がいいかもしれませんよ? とっても美しい人だけに、どんな殿方も見惚れずにはいられないのですけど、あの方はアレイスター卿一途で、他の殿方には見向きもされませんもの」 「・・・・・・別の意味で、アレイスター卿とやらに会ってみたいもんさ」 途端に口を尖らせたラビに、ミランダは笑声をあげる。 「とっても恐ろしく・・・でも興味深いお話にすっかり引き込まれた私に、卿はエリアーデ嬢を娶る意志が固いことも話してくださいましたわ。 そして、困ったことがあれば、コムイさんを頼るように、とも」 そう言って、クスクスと笑い出したミランダを、ラビが訝しげに見つめる。 と、ひとしきり笑った彼女は、いたずらっぽい上目遣いで彼を見た。 「その時ね、おっしゃったの。 彼と彼の助手が、まだ町で領民の治療に当たっているはずだから、良ければ会って行くといい、って」 「じゃあもしかしたら、そん時リーバーと会ってたかもしんねーんさ?!」 驚いて声を高めたラビの前で、ミランダは両手を合わせて頷く。 「そうね その時はすれ違ってしまったけど、と、珍しくはしゃぐミランダに、ラビはげっそりと肩を落とした。 「・・・ごちそうさま」 そう言って、ベッドの中にもぐりこんでしまったラビに微笑み、ミランダが立ち上がる。 「じゃあ、また何か聞きたくなったら、ベルを鳴らしてね 「惚気なんか聞きたくねーさ」 楽しげな声を毛布越しに聞いたラビは、ベッドの中からくぐもった声で応えた。 ―――― 数日後。 ルーマニアのクロウリー城では、吸血鬼と魔女の夫妻が二人きりで、グラスを重ねていた。 「だから申しましたでしょ? こんなに雪深い城になんて、悪魔でもない限りわざわざ訪れはしませんわ」 領地への招待をことごとく辞退され、やや悄然とする夫に、エリアーデが嫣然と微笑む。 「ほら、そんなにがっかりなさらないで。 あなたのお誕生日くらい、二人で静かにお祝いしましょう」 「それで・・・良いのであるか?」 パーティ好きな妻の、意外な言葉にクロウリーが首を傾げると、エリアーデは偽りない笑顔で頷いた。 「その代わり、私の誕生日パーティは、盛大にやっていただかなければイヤですよ?」 「も・・・もちろんである!」 冗談めかした言葉に真面目に答えるクロウリーを、エリアーデは愛情深く見つめる。 「だったら、あなたのお誕生日はこれからもずっと、二人で過ごしましょうね。 二人きりで・・・約束ですよ?」 「あぁ」 もう4年も連れ添っているのに、出会った頃と変わらず純粋な彼に、エリアーデは心を込めてくちづけた。 Fin. |
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2008年クロちゃんお誕生日SSでした! 実は、ラルクの『DrinkItDown』が出た時、これを題名にクロちゃんSS書きたいなぁと思っていたんですよ。 で、書くなら『TheBlackRose』を書いた時に『クロウリー男爵夫妻』に会ったきっかけとしてちらりと出てきた『ルーマニアの吸血鬼事件』だろうなぁと思っていたら、タイムリーに『探偵物語』のリク頂きましたので使わせてもらいました(笑) それにしても探偵物書く時って、凄まじく調べ物が多いのは純粋に私のせいですか; 調べ物の一つ、ジフテリアは、現代日本ではほとんど見られなくなった病気です。 ジフテリアで亡くなることはほとんどないそうですが、ジフテリアが原因の呼吸困難で亡くなることはあるそうです。 昔は治療に馬由来の血清が用いられていたそうなんですが、アレルギー反応が出やすいので使われなくなったそうな。 そしてリーバー君はワトソン先生がモデルなので、『軍医経験あり』と言ってます(笑) ちなみにワトソン先生は、オーストラリア出身だそうな。 星野様、もしかしたらコムイさんと班長って、ホームズ&ワトソンコンビを念頭におかれていたのかもしれませんね(笑) ※血清について 作中でコムイさんとシェリル氏が語っているように、 『馬由来の血清がアナフィラキシーショックを起こすんなら、人の血で作ればいんじゃね?』 と思って書き進めていたのですが、別の目的で改めて血清を調べた時、 『ヒトの抗体を作れば、アナフィラキシーショックがなくなるのは間違いないのですが、どのような理由や必要性があったとしても、人間を実験動物と同じように扱うこともできませんし、更に人の免疫血清を他人の治療に使う、または売ることはできません』 と、きっぱり書いてありました。 うむ俺、人でなし。>反省しろ。 『フィクションとして』という想定はこの時点でノンフィクションでも通じることになりましたが、人倫に問題があるので研究者の皆さんは、抗体持った人の血を抜かないようお願いします(笑) ※輸血について 血液型が発見されるのは1900年。 発見当事はA・B・C型で、今のように呼ばれるのはもうちょっと後です。 ために19世紀、輸血は行われてはいましたけど、血液型がわかんなかったために違う型の血を入れちゃったりして、副作用等かなり危険だったそうです。 リーバー君が『本人の血じゃないと危険』だと言っているのはこのため。 ※消印について 切手が発行された当初、消印は発送場所の地名のみ記入されていました。 日付が刻印されるようになったのは19世紀だとわかっているのですが・・・時期が微妙なので、『地名のみ記載』の方向でお願いします(笑) |