† I’m in pain †






 ■ これは第188夜までの情報をもとに書いた捏造話です。
 ■ かなり妄想が入っています。

 ■ 先に去年のバクお誕生日SS『SHINE』をご覧になるとわかりやすいです。
 ■ 人死にが出ますので、苦手な方はご注意ください。


 ―――― 彼と初めて会ったのはまだ、互いに幼い頃だった。
 その小さな身体には、偉大な錬金術師の血が流れていると言う。
 だが一見したところ、彼はひ弱そうな少年でしかなかった。
 「アジア支部のチャン家の子だって言うから、東洋人だと思ってたわ」
 そう言って、色の薄い金髪をつまんでやると、一つ年下の彼はむっと眉根を寄せる。
 「放さんか、無礼者め!」
 「ぶれいものって・・・」
 おとぎ話なんかで読んだ事はあっても、発音したこともなければされたこともない言葉を向けられて、目が丸くなった。
 「あんた、いっつもそんなこと言ってんの?」
 「無礼者を無礼者と呼んで何が悪い!」
 小さな身体から発せられる大きな怒声は、かび臭い『臣下』ならば畏怖するのかもしれない。
 だが、北米支部の荒くれ男達に『俺らのワガママ姫』と呼ばれる私には、生憎、なんの感銘も与えなかった。
 ぴんっと、きかん気な鼻先を弾いてやると、『ぷぎゃっ!』と鳴いてうずくまる。
 「なによ、弱っちいわね。
 あんたホントに、ひいじいさんの血を継いでるの?」
 「・・・っ当たり前だ、無礼者っ!
 お前なんか、封神の力で簡単に潰せるんだからなッ!!」
 「だったらやってごらんよ」
 また吠え出した鼻っ面を弾いてやると、今度は泣き出してしまった。
 途端、
 「バク様――――――――!!!!」
 と、お守り役が飛んできて、『若様』を抱き上げる。
 「ウォン!この無礼者が僕をいぢめたのだ!」
 今まで見下ろしていた子に見下ろされ、指まで指されて、かなりムッとした。
 「なによ!
 あんたなんて、じいやがいないと何もできないチビのくせに!」
 「チビって言うな!!」
 「チビじゃない!!抱っこされてないで、降りて勝負しなさいよ!!」
 バクを抱っこするお守り役の足を蹴ってやると、彼は目に見えてうろたえる。
 「バ・・・バク様、レニー様も、どうか落ち着いて・・・!」
 「うるさい!さっさと下ろせ!!」
 奇しくも揃った声に、困り果てたお守り役はバクを下ろした。
 「なによ!変な帽子!!」
 「うるさいブス!!」
 「誰がブスよ、チビ!!!!」
 ぎゃあぎゃあと喚きながらケンカする私達に、お守り役は手を出せず、繰り出す蹴りやこぶしが小さな主人に当たらないよう、身をもって防ぐ。
 ・・・結局、騒ぎを聞きつけてやって来た親達に引き離されるまで、お守り役への理不尽な暴力は続いた。
 「ふんっ!チビ!」
 「べーっ!ブス!」
 「やめなさい!」
 それぞれの親に叱られて、互いに膨れっ面で睨み合う。
 と、
 「バ・・バク様、あちらでお茶でもいただきましょうか!」
 「お嬢、おやつの時間だぜーv
 それぞれのお守り役に手を引かれて、ずるずると離された。
 「やれやれ・・・」
 親達が苦笑を交し合い、連れ立って研究室へ戻って行く。
 その視界から外れた途端、完璧にシンクロした動きで、バクと私は互いに向けて舌を出した。


 「・・・お嬢、生意気なクソガキが気に入んないのはわかるけどさ、年下なんだから、いじめちゃいかんでしょ」
 「だって!ムカついたんだもんッ!!」
 ふてくされ、尖らせた唇をカップに当てた途端、ココアの熱さに弾かれた。
 「あっつ・・・!
 なにこれ!熱いじゃない!!」
 「熱いさ、ココアなんだから」
 当たり前のように言われて、ますます頬を膨らませる。
 「あのチビのお守り役は、ご主人をもっと大切にしてたわよ?!」
 「俺の雇い主はあんたの親で、あんたは俺に給料払ってるわけじゃないだろうが」
 あっさりと言われて、更にムカついた。
 と、今にも湯気をあげそうな頭に、大きくて硬い掌が乗る。
 「そもそも、俺は北米支部の研究員で、あんたのお守りが仕事じゃねーの。OK?」
 ごつい顔なのに、ウィンクすると妙に愛嬌のある彼は、私が頷くまで待ってから手を放した。
 「ま、チビのワガママくらい、許してやれよ。
 お嬢はお姉さんなんだから、さ?」
 「うん・・・」
 「イイ子だ。
 ホラ、ココア冷めたんじゃねぇか?」
 「うん・・・・・・あちっ!!」
 涙目で睨んでやると、彼はいかにも楽しげに笑い出す。
 「油断大敵、だな♪」
 「・・・っふーふーして!」
 カップを突き出すと、お守り役は呆れたように肩をすくめた。
 「いくつだよ、お嬢。自分でやんな」
 「・・・バクのじいやはやってくれるわよ、きっと!」
 「甘やかされてるっぽいもんなぁ。でも」
 大きな手が、また私の上に乗る。
 「お嬢は偉い子だから、自分で出来るよな?」
 「・・・・・・・・・ふんっ」
 赤らんだ顔をそむけて、まだ熱いココアをすすった。
 「イイ子だ」
 笑って頭を撫でてくれる優しい手が・・・一方で、冷酷なことをやっていたなどと、思いもしない。
 激しい戦争のさなかにありながら、私は自分が恵まれた子供であったことすら知らなかった。
 未来は幸せな子供時代の延長線上にあって、輝かしいものだと信じていた―――― あの日までは。


 「子供作るって・・・誰が産むの?ママ?」
 ハイティーンを過ぎた頃から、研究室に入れてもらえるようになった私は、北米支部長である母の言葉に目を丸くした。
 「そんなわけないでしょ。人工授精よ」
 呆れ口調で答えた母は、デスクに積み上げられた資料の中から、一冊のファイルを取り出す。
 「受精卵は、日本人のものを使おうと思っているの」
 「なんで?」
 「うん・・・あの国を監視しているアジア支部の調査によると、日本はもう、ほとんどアクマの国になってしまって、人間がいないのですって。
 なんとか大陸に逃げてきた人達はいるらしいのだけど・・・・・・」
 「なに?」
 途切れた言葉の先を急かすと、母はファイルをめくってグラフを示した。
 「ね?
 いくら鎖国された国だからって、アクマの増え方が尋常じゃないわ。
 英国だって島国だけど、国中がアクマになるだなんて、考えられない。
 これってなにか、あの国かあの国の人間に、アクマになりやすい・・・もしくは、魅入られやすい要因があるんじゃないかしら」
 考え考え言った母に、私は眉根を寄せてしまう。
 「だったらなんなの?」
 「えぇ、だからね・・・これはまだ、誰にも言ってないんだけど・・・」
 声を潜めた母に、私は耳を寄せた。
 「アクマを製造する『卵』という物があるらしいんだけど・・・それを形成する主要な遺伝子を、彼らが持っているんじゃないかしら」
 「まさか・・・」
 目を見開いた私に、しかし、母は眉根を寄せたまま首を振った。
 「地図を広げてご覧なさい、レニー。
 私達人類の祖先は、アフリカから発生して世界中に広まった。
 その移動の道で、人類は東征する種族と西征する種族に分かれたのだけど・・・日本から東には、行けないのよ」
 日本の東は、渺茫たる太平洋・・・それを渡ることは、確かに古代の人類には不可能だろう。
 「日本は遺伝子の集結地・・・それは以前から言われてきたことよ。
 日本人は、世界中のあらゆる人種の遺伝子を持っている。
 伯爵は、それに目をつけたんじゃないかしら・・・」
 「遺伝子・・・に・・・?」
 「えぇ。
 神はアダムを自分の似姿に作られた。
 伯爵はその神話をあざけって、神の御業を醜く再現しているのかもしれない。
 だからアクマを発生させる『卵核』に、全ての人類の遺伝子を持つ、日本人の身体を使ったのかも・・・」
 だったら、と、母の口調は熱を帯びた。
 「こちらも、その遺伝子を使って対抗できないかしら。
 伯爵の『アクマ』に対抗できる『人間』を作るの。
 免疫力、細胞再生力を限界にまで高めて・・・そうね、殺しても死なない『人間』を」
 「でもママ・・・それは・・・・・・」
 神と死を冒涜するのが伯爵なら、母は人と生を冒涜することになりはしないか・・・。
 だが、それを口にすることはできなかった。
 世界を取り巻く戦況はあまりにも厳しい・・・。
 強大な勢力である伯爵及びノアと対等に戦うには、それくらいの奇策を用いなければ無理だと言う事を、今の私は知ってしまった。
 「武器やエクソシストの能力開発にばかり関わってちゃダメなのよ。
 男はとかく、そっちに目が行ってしまうみたいだけど、ね」
 口の端を曲げて笑う母は、娘の私から見ても恐ろしく冷酷に見える。
 「エクソシストの血縁者が、必ずしもエクソシストになれるわけではないなんてこと、もうとっくにわかっているのに、いつまでもその可能性にしがみつく輩は愚かだわ。
 これ以上、無駄に子供達を死なせないためにも、根本から考え直しましょ」
 「それで・・・子供を『造る』の?」
 思わずおぞましげな口調になった私を、母はムッと睨んだ。
 「お前も私の娘なら、この程度のことで怖気ないで。
 誰でもない、私がアイディアを得た今、やるしかないのよ。
 ・・・こんな残酷なこと、女がやらないで誰がやるの」
 男にやらせれば、更に悲惨なことになるだろうことは、今までの教団のやり方を見ればわかる。
 「私達がやることが・・・結果的には、子供達のためなのよ」
 どこか言い訳じみた口調が、母も納得していない感情を滲ませていた。


 ―――― そんな会話があった後。
 久しぶりに会ったバクは相変わらずひ弱そうで、年の割にはチビだった。
 「・・・」
 「なんだその、もの言いたげな目は!」
 相変わらず癇の強い声に、思わず肩をすくめる。
 「別に。
 変わってないな、って思っただけ」
 身長が、と、頭を押さえつけてやると、またきぃきぃと喚きだした。
 「この僕が遠路はるばる来てやったというのに、なんだその態度は!!
 お前は礼儀と言うものを知らんのか!!」
 ばたばたと腕まで振って喚く彼が面白くて、吹き出してしまう。
 「なにがおかしい!!!!」
 と、真っ赤になって怒った顔に、ぷつぷつと発疹が浮いてきた。
 「あれ?
 あんた、なんかぷつぷつ出て来たわよ?」
 「ジンマシンだ!お前が僕を怒らせるからだ!!」
 だんだんと、地団太を踏んで怒る彼に、悪いとは思うが笑いが止まらない。
 「笑うな!!」
 「ゴメン・・・!
 でもジンマシン持ちのあんたが、なんでわざわざここまで来たの?」
 一応謝りはしたものの、まだ笑いの治まらない私を、バクがじっとりと睨んだ。
 「お前の母上が『日本人の受精卵を運んで来い』と言うから、この僕が中国からわざわざわざわざ来てやったのだ!!」
 甲高い声で『わざわざ』を強調するバクは、相変わらずいじめてやりたくなる『若様』だ。
 私はにやりと笑って、金色の髪をつまんでやった。
 「別に、あんたが来なくてもよかったんだけど。
 それよりあんた、あの地下聖堂から出たら死んじゃうんじゃない?
 ここの陽射し強いけど、大丈夫?」
 「俺様はモグラかああああああああああああああああああああ!!!!」
 「心配してやってんじゃない」
 本気で怒るのが面白くてからかっていると、相変わらず彼のお守りをしているらしいじいやが、慌てて駆け寄ってくる。
 「バ・・・バク様っ!どうぞお静まりください!!」
 「黙れウォンっ!!
 悪いのはレニーではないか!!」
 「なによ、ちょっとした挨拶じゃない。
 相変わらず、ちっちゃい男ねー」
 「誰がチビだコノヤロ――――!!!!」
 バクが吠えた時、
 「静かになさい!」
 厳しい声が飛んで、私とバクは、互いの胸倉を掴んだまま固まった。
 「マ・・・ママ・・・!」
 「支部長・・・!」
 慌てて手を放し、離れた私達をじろりと睨んで、母はバクに向き直る。
 「久しぶりね、バク。
 『遺伝子』は無事、届けてくれたかしら?」
 「は・・・はい、既に研究室の方へ・・・」
 な?と、バクが同意を求めて見遣ったじいやは、がくがくと頷いた。
 「だったらあなたも早くいらっしゃい。
 今回は北米支部とアジア支部の・・・いえ、我が家とチャン家の共同研究なのだから。
 私達の科学技術に加えて、チャン家に伝わる錬金術の技が必要なのよ」
 「お・・・親父殿はもう?」
 踵を返した母を、バクが慌てて追いかける。
 「首を長くしてお待ちですとも」
 母が、やや意地の悪い口調で言うと、バクは目に見えて蒼褪めた。
 「ほーら!
 早く行かないと、お父様に怒られるわよv
 「くっ・・・!」
 「レニー!
 おしゃべりしてないで早くいらっしゃい!」
 「はいっ!!」
 びくっと飛び上がった私に、バクが肩越し、意地悪く舌を出す。
 「・・・ふんっ!」
 歩を早めて並び、腕をつねってやると、彼は相変わらず面白い悲鳴をあげた。


 その頃、北米支部の極秘研究室では、既に『アルマ』と呼ばれる少年が生まれていた。
 伯爵が目をつけた『日本人』の遺伝子とは別に、西征した人類の末裔もまた、遺伝子の集結地ではないかと考えた母が、ここ、北米支部の置かれたグランドキャニオンに住む原住民の受精卵から造った子供だ。
 地理的・個体数の違いから、容易に入手できた『彼』は順調に育ち、研究者達を喜ばせていた。
 が、
 「なんだか・・・納得できんな、僕は」
 遅参を父親に叱られたバクが、憮然として呟く。
 「お前の母上が間違っているとは言わんが・・・人間を『造る』など、それこそ神への・・・」
 「うるさい」
 冒涜、と言う言葉を聞きたくなくて、私は無理矢理遮った。
 「もう始まったものは、やりきるしかないでしょ。
 アルマは順調に育っているんだから、今度だって・・・」
 「しかし、普通の人間を造るだけでもどうかと思うのに、神の使徒を造るんだぞ?
 さすがに・・・」
 「うるさいってば!」
 イライラと言って、デスクに積みあがった書類を叩く。
 「あんたがあんまりぶつぶつ言うもんだから、あたしまで研究室から追い出されたのよ!
 お客様じゃないんだから、さっさとデータ解析しなさいよっ!!」
 ヒステリックに怒鳴ってやると、バクは憎たらしく口の端を曲げた。
 「ふん。
 なんだ、まだ終わってなかったのか?
 僕は優秀だからな!解析なんか、とっくに終わったぞ!」
 得意げな言い様に、私の目が吊りあがる。
 「・・・ケンカ売ってんなら買うわよ、あんた!
 新しいデータが次々来てんだから、それが終わったんなら次やんなさいよ!」
 「ん?どこにだ?
 僕の元には届いていないが・・・」
 本気なのかわざとなのか、きょろきょろと手元を見下ろす彼に、苛立ちは最高潮に達した。
 「あんたはどこのお貴族様だ!
 書類くらい、自分で取りに行きなさいよ!」
 「生憎僕は、工具より重い物を持ったことがな・・・」
 「うるさい!自分で取って来い!!」
 椅子を蹴って怒鳴ると、一瞬、呆気に取られた風のバクは詰めていた息を吐いて、のろのろと立ち上がる。
 「まったく、人使いの荒い・・・」
 「あんたがお坊ちゃんすぎるのよっ!!
 とっとと働けっ!!」
 母からはバクと一緒に仕事しろと命じられていたが、これじゃあ身がもたないと、私は今日中にコンビ解消させてもらえるよう、親達が研究室から出てくるのを待った。
 ―――― しかし。
 なんの試練か、その後何ヶ月も何ヶ月も何ヶ月も、私は使えないお坊ちゃんと一緒に、研究室のデータ処理係を命じられることになった。


 「これってなんの苦行?!
 あたしなんか悪いことした?!」
 今日だけでもう、何十回と聞かされたわがままにとうとう堪忍袋の緒が切れる。
 が、私を苛立たせている本人は更に頭に来ることに、不思議そうに首を傾げた。
 「僕と仕事することの、なにが不満なのだ。
 こんなに優秀な研究者、他にいないだろうが」
 いけしゃあしゃあと言う所がまた、憎たらしい!
 「いちいち文句ばっかり垂れるあんたより、多少仕事遅くたって、おとなしくあたしの言うこと聞く研究者と組みたいのよっ!!」
 椅子を蹴って立ち上がると、バクはこれまた意外そうに目を丸くした。
 「なにが文句ばっかりだ。
 お前のヒステリー声の方がやかましいぞ」
 「誰が言わせてんのよっ!!」
 怒りと共にこぶしを叩きつけたデスクがひび割れる。
 「あたしのデスクが!!」
 「・・・自分でやったんじゃないか」
 「あんたのせいでしょ!!」
 「なんでだ!!」
 子供の頃のように激しく怒鳴りあいながら互いの胸倉に手を伸ばすが、それは途中でウォンに阻まれた。
 「どきなさいよ、ウォン!!」
 「レ・・・レニー様!どうぞご勘弁を!」
 「なぜ謝るのだ、ウォン!
 僕は悪くないだろうが!」
 「そんなこと言うのはこの口か――――!!!!」
 「引っひゃるにゃー!!!!」
 ぐいーっと頬をつねってやると、お坊ちゃんらしく柔らかい彼の頬は、面白いように伸びる。
 「レニー様――――!!!!」
 ウォンがまるで我がことのように、バク以上の悲鳴を上げた。
 「うるさいわよ、じいや!
 元はと言えば、あんたがこいつを甘やかしてんのがいけないんだからね!
 あたしがこの甘ったれた根性、叩きなおしてくれる!!」
 「ひゃめんきゃ――――!!!!」
 バクがきぃきぃと泣き声をあげた時、ぶっ飛ばして床に転げたウォンではない、誰かの手が私の白衣の裾を引く。
 「なにやってんだ?」
 子供の声―――― ぎくりと見下ろした先には、赤い肌の手・・・!
 「・・・・・・ッアルマ!
 あんたなんで・・・・・・!」
 厳重に封印された研究室から、決して出ることはできないはずだった。
 なのに子供は、無邪気な笑みを浮かべて私を見上げている。
 「・・・っ」
 息を呑み、凍りついた私がいつまでも答えないことに、不思議そうに首を傾げた彼は・・・彼の服の裾を握ってついて来る子供を振り返った。
 「YU・・・お前まで・・・・・・」
 上ずった声に目だけを向けると、バクもまた、呆然と二人の子供を見つめている。
 「うん。こいつ、さっき起きたんだ」
 と、アルマは私達の真似なのか、ユウの頬をつまんで引いた。
 「きゃはは!!変な顔!」
 と、ユウも小さな手を伸ばし、アルマの頬をつまむ。
 だが、まだ『引く』と言う行動を理解できないのか、彼はアルマの頬をつまんだまま、じっとしていた。
 「ご・・・ご当主様と支部長にお知らせを・・・!」
 しかし、この場にバクを置いて行ってもいいものか、決めかねているウォンにバクは頷き、アルマとユウの前にしゃがみこむ。
 「アルマ、ユウはまだ起きたばっかりなんだ。
 外に連れ出したら危険だぞ」
 「・・・そうなのか?」
 途端に不安げになった子供に、バクは大きく頷いた。
 「ユウはずっと培養・・・いや、水の中にいただろう?
 あの中で守られていたのに、急にこんなばい菌だらけの所に来たら、病気になってしまうじゃないか」
 免疫力と細胞再生力を限界まで高めた『子供』達が、その程度のことで病気になるわけがないが、私もここはバクに合わせることにする。
 「そ・・・そうよ。
 あんた達は、できるだけばい菌を殺したクリーンルームにいないと危険なの。
 それはマザーにも言われたでしょう?」
 「うん・・・・・・」
 困った顔をしてアルマは頷き、ユウの手を取った。
 「行こう・・・」
 手を引かれ、たたらを踏んだユウを、しゃがんだままのバクがとっさに支える。
 「あ・・・!」
 しまった、と言う顔をしたのも一瞬、バクは私を振り返った。
 「レニー、ユウに触ってしまった。
 アルコール消毒を」
 「え・・・えぇ・・・・・・」
 すぐに容器とコットンを渡すと、バクはアルマが不安げに見守る中、ユウに触れた場所を消毒する。
 触れればひやりとするアルコールに、ユウがやや、むずがる様子を見せたが、暴れるようなことはなかった。
 「これで大丈夫だ」
 バクが頷くと、じっと様子を見守っていたアルマが、ほっとしたように顔をほころばせる。
 それがまるで普通の子供のようで、私は胸の奥が焦付くような感触を得た。
 動けない私を肩越しに見遣ったバクは、ゆっくりと立ち上がる。
 「レニーがびっくりしすぎて動けなくなってしまったから、僕が部屋まで送って行こう」
 「でも・・・」
 バクが差し出した手を、アルマは不安げに見つめた。
 と、バクはにこりと笑って更に手を差し伸べる。
 「ユウを消毒する時、僕も消毒したから触っても大丈夫だ。
 ・・・しかしアルマ、もう一人じゃないんだから、勝手をしちゃいけないぞ。
 ユウを守ってやれるな?」
 バクの問いに、アルマは嬉しげに、そして得意げに頷いた。
 アルコールの臭いがするバクの手を握り、ユウの手を引いて、おとなしくついていく。
 じっと三人の背中を見送った私は、彼らの姿が視界から消えた途端、その場にへたり込んでしまった。


 「・・・っなんなのよ、ママ!!
 AlmaがYUを連れて部屋を出るなんて、監視体制はちゃんとしていたの?!」
 内線に向かって怒鳴ると、さすがに気まずげな母の声が、『ごめんなさい』と呟く。
 『以後は、こんなことのないようにするわ・・・』
 「当然よ!あたし・・・殺されるかと思ったんだから・・・!」
 受話器を持つ手が震えた・・・。
 遺伝子操作をして、人を超える力を与えられた『子供』達は、常人では考えられないような能力を持つ。
 それは異常なほどの細胞再生力であり、また、尋常ではない膂力だった。
 自身の力を未だコントロールできない子供を、専用の部屋から出すことは危険すぎる。
 ゆえに生まれた時からずっと、彼らを研究室の中に閉じ込めていた。
 それは彼らが、自身の力をコントロールできるようになるまで続けられる。
 『レニー・・・ごめんなさい、怖かったわね・・・』
 慰める優しい声に、私は涙を拭った。
 「バクは・・・無事だった?」
 『えぇ。
 アルマ・・・あの子、バクの手を握り潰さないくらいには、力のコントロールを覚えたみたい』
 「ホント・・・馬鹿よ、あいつ・・・!」
 あんな化け物に手を差し出すなんて、私にはできない・・・。
 そう思った時、
 「誰が馬鹿だ!」
 憤然と声をあげ、バクが戻ってきた。
 「本当にお前は無礼者だな!」
 アジア支部の風潮なのか、まだティーンズのくせに王者の風格を身につけたバクは、どさりとソファに腰を下ろす。
 「茶をくれ」
 「ただいま!!」
 その一言を発しただけで、たちまち茶器を持って現れたウォンにも驚いた。
 呆然と受話器を下ろした私に、バクはひらりと手を振って着座を勧める。
 「レニーにも茶を淹れてやれ。
 どうも、気が動転しているようだからな」
 「あ・・・んたは・・・なんで落ち着いてられるのよ・・・!」
 上ずった声で問うと、バクは憎らしいほどに落ち着いて茶をすすった。
 「落ち着いてなどおらん。
 アルマに手を取られた時は、いつ骨を折られるかと冷や冷やし通しだった。
 だが、いざと言う時は虚勢でも張って落ち着いて見せんことには、なめられる」
 「・・・・・・・・・なにそれ」
 問い返した私が、まるで理解の遅い生徒であるかのように、バクは生意気に鼻を鳴らす。
 「親父殿はいつも言っておられる。
 城主たる者、普段は片目で見ていればいい。
 全てに目を光らせると、臣下が萎縮する。
 だが本当に困った時―――― 我や我が一族、臣下に累が及ぶ時は状況を刮目し、最善の策を採れと」
 幼い顔に、にやりと意地の悪い笑みを浮かべたバクは、とても憎たらしく見えた。
 「お前だって、いずれエプスタイン家を継いで、この支部の長になるのだろう?
 だったら、このくらいのことはできるようになるのだな」
 「・・・・・・っ」
 ひとつとは言え、年下の子にそんなことを言われ、悔しく唇を噛む私に、バクはこれでもかと畳み掛ける。
 「今回の件で、僕は親父殿にお褒めいただいたぞ!
 さすがはチャン家の跡取だと!
 支部長殿も、お前がヒステリックな電話で泣き喚くのを迷惑そうに聞きながら、誉めてくれたのだからな!
 存分に見習うといいぞ!」
 「いい加減にしろクソガキ――――!!!!」
 鼻高々とまくし立てる態度が頭に来て、私はクッションを投げつけてやった。
 「なんっなの鼻持ちならないわね!!
 ちょっといいカッコできたからって、威張るんじゃないわよ!!」
 「なっ・・・なにをするのだ、乱暴者!!
 僕は親切で跡取の心得を説いてやったのだぞ!」
 「説いてやった、とか、上から目線なのがまたムカつくのよ!
 あんた何様――――っ!!!!」
 クッションでばふばふ叩いてやると、またウォンが間に入ってくる。
 「どうか!どうかご容赦を!!」
 「うっさい!!
 バクをかばうんなら、まずはあんたからよっ!!」
 「ひぃぃぃっ!!お許しを!!」
 私はクッションを振り回しながら、逃げ惑うウォンを追いかけた。


 ・・・―――― あの事件が起きたのは、それから数年後、私が21歳の頃だった。
 相変わらず、度々北米支部にやってくるバクと共に『Alma=Karma計画』の雑用に走り回っていた時。
 支部中に響き渡る轟音と振動に驚いて、研究室に駆けて行った私達は、分厚い扉に行く手を阻まれた。
 「なにがあったの・・・!」
 呆然とする私の手を、バクが掴む。
 「おい!ここにも中央管理室はあるだろう?!
 中の様子はカメラで見られるのじゃないか?!」
 「あ・・・えぇ・・・・・・」
 私はバクに掴まれた手を引いて、踵を返した。
 「こっちよ!」
 「待て、その前に・・・!」
 再び腕を引かれ、足を止めた私の耳に、バクが囁く。
 「中で何が起こっているのかわからん。
 この扉は、まだ外から開けないよう、指示するんだ。
 そして中から誰かが出てきても、極力ここに留めるよう、指示と応急処置の手配を命令しろ」
 「あたし・・・が?」
 早く中の状況が知りたくて、気が急く私の腕を、バクがきつく握り締めた。
 「北米支部長は中だ!
 お前がこの場をまとめなくて、誰がまとめる?!
 今のお前はレニーお嬢様じゃなくて、エプスタイン家当主代理であり、北米支部長代理だ!」
 「・・・・・・っわかった」
 焦る気持ちをなんとか押さえ込み、私はインカムで指示を出す。
 支部の警備班や医療班が次々に駆けつけて、万全の体制を整えた後、バクと共に中央管理室へ飛び込んだ。
 「アルマ=カルマ・ラボの映像来てる?!」
 「お・・・お嬢様・・・・・・」
 真っ青な顔で振り返った通信員達の肩越し、あまりに凄惨な光景を見た私の膝が崩れる。
 白い床は一面、赤い液体に覆われ、見慣れた顔が死相を浮かべて身を浸していた。
 「ママ・・・ママ・・・・・・!」
 震える膝を擦って画面にいざり寄り、母の姿を探す。
 まだ生きているのか、既に事切れたのか・・・瞬きもせず、いくつも並ぶ画面に母を捜した。
 と、画面の端に、何か動くものがある。
 白衣は真っ赤に汚れていたが、じりじりと床を這って進むのは、間違いなく母だった。
 「ママ!!ママ!!!!」
 生きてた!!
 ほとんど歓声をあげて画面に張り付いた私の目の前で、しかし、母は奇妙な行動をとる。
 「支部長はなにを・・・?」
 既に事切れた父の姿を画面の中に見つけたバクは、血の滲んだ唇で呟いた。
 「さぁ・・・」
 少し進んでは止まり、また少し進んでは止まる。
 だがその度に、母の片腕は重たげに下がっていった。
 「おい、カメラ寄れるか?
 それと、扉の外で待機している警備班に連絡を。
 生存者あり、解錠を優先せよ」
 越権ではあったが、母の姿を見つめたまま動けない私に代わって、バクがやむなく命令を下すと、通信員達も素直に従う。
 その間にも、母は身を血に浸しながら、床を這っていた。
 「何かを・・・集めている・・・・・・?」
 私の呟きに、視線を戻したバクも頷く。
 「一体なにを・・・・・・っ?!」
 息を呑んだバクの隣で、私もまた、絶句した。
 母の身体の陰に、人体が現れていく。
 「もしかしてあれ・・・アルマ・・・!」
 呆然と呟いた私の傍らで、食い入るように画面を見つめていたバクが頷いた。
 「再生している・・・!
 だがなぜ・・・アルマがあんな姿に・・・・・・」
 バクが訝しげに呟くや、誰かが操作卓を強く殴りつける。
 「あいつが支部長やみんなをあんな目に!!」
 絶叫に驚いて見遣ると、通信員達は皆、激しく身体を震わせていた。
 「恐ろしい・・・あいつは化け物です・・・!」
 「近くにいたアジア支部長や研究員達は・・・みんな一瞬で・・・!」
 愕然としたバクが再び視線を戻した画面上では、アルマの身体がほとんど再生している。
 「ア・・・アルマは・・・なぜ・・・・・・」
 老女のように引きつった声の問いに、通信員達はきつくこぶしを握り、痛ましげに顔をうつむけた。
 「暴走です・・・そう、見えました・・・」
 「暴走?アルマが・・・・・・?」
 バクの呆然とした声に、別の通信員が頷く。
 「突然、暴れ出して・・・」
 「それをもう一人の子供が・・・・・・・・・」
 ばらばらに、と、声にならない唇が語った。
 「ばら・・・ばらに・・・された・・・アルマの・・・身体を・・・ママはかき集めてる・・・の・・・・・・?」
 乾いて貼りついた喉から、なんとか声を出すと、通信員たちはうなだれるように頷く。
 その時だった。
 『アルマ・・・アルマ・・・・・・』
 ほとんど再生し、床に横たわる子供に、母が呼びかける。
 『ごめんなさい・・・ごめんなさいね・・・・・・』
 自身に重傷を負わせ、多勢を殺した彼の頬を母は愛しげに撫でて、抱きしめた―――― 次の瞬間、その背から紅い異形の翼が伸びる。
 否、翼と見えたのは、母の血を纏ったアルマの手だった。
 『アルマ・・・カルマ・・・・・・愛することの・・・業・・・・・・!』
 血泡と共に最期の言葉を吐いた母が、肩越し、カメラを見つめる。
 ―――― 恨マナイ・・・デ・・・・・・。
 言葉にならない、唇の動きが、涙で滲んだ。
 ゆっくりと母の身体が血の海に沈むと、画面の端で、代わりに起き上がる者がいる。
 「ユウ・・・・・・」
 黒髪から紅い雫を滴らせ、よろよろと母とアルマに歩み寄った彼は、母の肩越し、横たわったままのアルマの胸に刀身を突き立てた。
 「っ・・・・・・!!!!」
 あまりに残酷な光景に、思わず目を逸らす。
 が、
 「これは・・・お前が持っていなさい・・・・・・」
 ずっと食い入るように画面を見つめていたバクが、不意に呟いた。
 「え・・・?」
 「アルマの・・・形見・・・だよ」
 母の唇の動きを読んでいるらしいバクにつられ、見遣った画面の中で母は、優しい笑みを浮かべて、屈んだユウの頬を撫でている。
 「ごめん・・・ね・・・・・・」
 その言葉はカメラ越し、私にも向けられた。
 「ママ・・・・・・!」
 母の身体が力を失い、アルマを抱きしめるような姿で動かなくなる。
 泣き崩れた私の肩にはずっと、バクの震える手が置かれていた。


 どのくらいの時間が経ったのか、気づけば私は、アルマに殺された研究員達の棺が並ぶ大聖堂にいた。
 呆然とする私の代わりに、バクが次々に指示を飛ばす声が聞こえる。
 なんてことだろう・・・散々、わがままだ、お坊ちゃんだと馬鹿にしてきたバクの方が、こんな時には頼りになった。
 ―――― 我や我が一族、臣下に累が及ぶ時は状況を刮目し、最善の策を採れ。
 かつて、バクが父の言葉だと得意げに言った言葉が頭をよぎる。
 しっかりしなければ、と、自分に言い聞かせて、私は母の骸が納まった棺に手をかけた。
 この中に収めてからは、誰もが目に出来なかった無残な遺体・・・。
 しかし私は棺を開け、母の死に顔を見つめた。
 死後硬直は解けつつあるはずなのに、母の目は決して閉じようとせず、白濁した瞳でじっと私を見返してくる。
 血は洗い流されていたが、その身に染みついた血臭はとれなかった。
 ―――― これが、未来のあたしの姿。
 輝かしいと信じていた未来の、これが現実。
 そして・・・私は、隣の棺に目を向けた。
 大きかった・・・優しかった・・・大好きだった・・・私のお守り役・・・・・・。
 研究室で母と共に、冷たく無残な骸となっていた彼も今、棺に納められている。
 私には限りなく優しかった彼が、一方では多くの子供達を死に至らしめていた。
 私の頭を優しく撫でた手で、他の子供達に惨い実験をしていた・・・。
 知らないことは罪・・・心からそう思う。
 ぎゅっと目を閉じ、黙祷をした私は立ち上がって、バクの側に歩み寄った。
 「後は私が」
 低く呟くと、彼は頷いて歩を引く。
 「バク・・・」
 「なんだ?」
 肩越し、見遣った彼はいつもの『お坊ちゃん』ではなく、『当主』の顔をしていた。
 「代わりをさせて・・・ごめん」
 親を殺されたのは、彼も同じなのに・・・。
 目を伏せ、口を濁した私の背を、バクが軽く叩く。
 「・・・親父殿が亡くなったとわかった瞬間、僕はチャン家の『跡取り』ではなく、『当主』になったのだ。
 この状況を収めんでどうする」
 「うん、ありがとう・・・」
 「しっかりしろ。
 お前も今は、エプスタイン家の当主だ」
 「うん・・・!」
 虚勢でもいい、しっかりしろと己に言い聞かせた私はこの瞬間、ようやくエプスタイン家と北米支部長の座を継いだ。


 「・・・ママは、なんであの子に『アルマ』なんて名前をつけたんだと思う?」
 燃え盛る炎を収めた炉に、次々と棺が呑まれて行く様を見つめながら、私は傍らのバクに問うた。
 支部内の騒動を何とか収めた後は、すぐに屍を火葬にする・・・。
 それが教団の規則とは言え、目を開いたままの母を炎にくべる事には抵抗があった。
 が、母はきっと天寿を全うしたとしても、目を開いて死んだのだろう。
 科学者として、全ての結果を見逃すまいとばかりに、自らを焼く炎さえも見つめずにはいられないのだ。
 なんて深い業だろう・・・。
 「まさに業火・・・だな」
 低く呟いたバクを見ることができず、私はずっと、炎を見つめ続けた。
 「死んでまでも火に焼かれなきゃいけないなんて・・・ママはそんなに重い罪を犯したって言うの?
 自分の子供に・・・殺されなきゃなんないほどの・・・・・・!」
 骸を焼く炎は激しく、炉から離れていても、熱気は私の肌をじりじりと炙る。
 だが頬に伝う涙は乾くことを知らず、次々と溢れてはまた新たに頬を濡らした。
 「子供だったのよ・・・。
 遺伝子は違っても、あの子はママの子供だったの・・・。
 世界を愛する子になって欲しいって・・・伯爵から、この世界を守る盾になって欲しいって・・・なのに・・・!」
 私の震えるこぶしをバクが取る。
 火の近くにいるにもかかわらず、その手は血の気を失って、とても冷たかった。
 「・・・お前の気持ちはわかる」
 震える声はしかし、手と同じく熱を持たない。
 「だが、道を違えたのは僕達研究者の方だ」
 あまりにも冷静な・・・低い声の呟きに、私は目を見開いた。
 「僕・・・達・・・・・・?」
 なぜ、と、声を引き攣らせた私の隣で、バクもまた、父を焼く炎を見つめる。
 「お前は、自分に責任がないと思っているのか?
 あの計画に携わった人間、全てが責任を負う。
 これはそういう類のものだ。
 たとえ僕達が、雑用としてしか関わっていなかったとしても、親達の愚行を止めなかった、それだけで責任は重い」
 「愚行・・・ですって・・・!」
 血が逆流するような思いで問い返せば、バクは意外なほど落ち着いた目で私を見返した。
 「愚行だ。
 レニー、愚行だと認めろ。
 事実から目を逸らしていては、また同じ過ちを繰り返すぞ」
 苦渋を滲ませた声が、震えている。
 同意を求めて見つめるバクに・・・私は、随分と長い時間をかけて頷いた。
 そして――――。
 この悲惨な結果をもたらした『アルマ=カルマ』計画は、教団の負の遺産として、封印されることとなった。


 それからと言うもの、バクとはすっかり疎遠になって、時折、教団本部の支部長会議で顔を合わせる程度になった。
 最も深い傷を共有して以後、以前のように気軽には振舞えなくなった、と言うこともある。
 だが一番の理由は、私の側の屈託にあった。
 あの時・・・非常事態にあって、チャン家当主代理及び当主として采配を振るったバクとは逆に、何も出来なかったことに対して私は、強いコンプレックスを持つようになってしまったのだ。
 ためにあれからは、男のように強く、男よりも強くなろうと志した。
 なのに・・・。
 「なぜあたしが本部室長に名乗りをあげちゃいけないの?!」
 次期教団本部室長の座を巡り、各支部長や名家の当主達が名乗りをあげる中、私は真っ先に選考から外された。
 「このコムイ・リーって誰よ?!どこの家の者?!」
 だが部下達は誰もその問いには答えず、眉根を寄せて私に向き直る。
 「この際、はっきり言わせてもらいますが・・・レニー様が教団本部や中央庁の幹部になることは難しいと思います」
 「えぇ。
 北米支部においてはともかく、たとえ室長になったところで、本部ではあなたの命令を聞く人間は少ないでしょうな」
 「それはあたしが女だから?」
 「それも・・・ないとは言えません」
 口を濁したものの、私より年下のバクが最終候補にまで残っている以上、年の問題でないことは明らかだった。
 だが、私が選考から外された理由を中央庁へ直接問えば、当たり障りのない答えが返ってくるに決まっている。
 「だったらなにか・・・中央庁の連中が、そんなくだらない理由で私を排除できなくなるような実績があれば・・・・・・!」
 本部室長の座は、なんとしても欲しかった。
 その地位があれば、母が嫌っていた、子供達への残酷な実験が止められる。
 今なお行われている、『エクソシストを作る実験』なんてものが・・・・・・。
 掌に紅い爪を食い込ませ、私は脳裏を支配する子供達の顔を思い浮かべた。
 エクソシストなら・・・とっくに『造った』。
 アルマは使えなくなってしまったが、神田ユウはまだ生きている。
 その実績を本部に認めさせ、室長の座を得ることは出来ないだろうか・・・。
 だがそうすれば、あの計画を公にすることになる。
 あまりにも悲惨な結果をもたらした、あの計画を。
 それに、『Alma』と『YU』を作り出したのは、チャン家も同じ。
 ならば一層のこと、室長の座はバクに近くなる。
 「だったら・・・彼にやらせればいいことよ・・・・・・!」
 立ち上がった私を、部下達が不安げに見た。
 「お嬢・・・」
 「あ、いや、支部長、なにを・・・?」
 「決まっているでしょ」
 にやりと笑うと、彼らの顔がますます曇る。
 「バクを室長にして、あたしの傀儡にするのよ!」
 「さ・・・さすがお嬢・・・!」
 「考えることがえげつない・・・・・・!」
 顔を引き攣らせる部下達を、私は思いっきり笑い飛ばしてやった。


 だが、本部室長レースの行方は、誰もが思いもしない結果となった。
 『名家』出身の候補がことごとく破れ、コムイ・リーという、どこの馬の骨とも知れない男の手に渡ってしまったのだ。
 しかし、
 「よりによって、あの狂った実験を続けている科学班の班長ですって?!」
 ここで初めて彼の旧所属を知った私は、激怒せずにはいられなかった。
 エクソシスト元帥達が推したと言うから、少しは現場に近いものの考え方をするのだろうとは思うが、未だ本部科学班への不信は拭いがたい。
 「中央庁は何を考えているの!
 無駄な実験に時間を割いている暇なんてないのよ?!」
 私の怒りはしかし、彼が次々に行い、形にしていく改革の前に霧散した。
 囚われた子供達は解放され、残酷な実験はことごとく廃止されて、城内からたちまち血の臭いが消えていく。
 その上、『名家』出身の自分やバクには出来ない、思い切った人事刷新をやってのけた時には、快哉をあげたほどだった。
 「バクを傀儡に出来なかったのは残念だけど、結果が同じなら別にいいわ」
 こういうところは、我ながら科学者らしいと思う。
 そう言うと、室長の地位を寸前で逃したバクは、忌々しげに舌打ちした。
 「いや、母上に似たんだな。
 人を平気で利用しようとしたり、結果重視のところなんか、そっくりだ」
 相変わらず嫌味な彼に、私もだいぶ板についてきた嫌味な笑みで応じる。
 「ふん。
 誉め言葉として受け取っておくわ」
 「誉めてない!」
 バクが大声をあげると、他の支部長達から『しーっ!』と、叱られた。
 もうすぐ大元帥達に伴われ、新しい室長がお目見えする。
 名家出身でもないのに、本部室長の座を手に入れたコムイ・リーとはどんな男なのか、一目顔を見てやろうと、今日の会議を名目に乗り込んできた教団幹部は多く、会議室は近年稀に見る盛況ぶりだった。
 特に6人の支部長全員が顔を揃えるなど、緊急事態か教皇の勅命でもない限り、あり得ないことだ。
 その上、今回は世界中を飛び回っているはずのエクソシスト元帥までもが顔を揃えていた。
 「・・・元帥達が全員一致で彼を推した、って言うのは本当みたいね」
 そっと囁くと、バクも気になっていたのだろう、視線を元帥達の座に据えて頷く。
 「イェーガー元帥とクラウド元帥・・・まぁ、ソカロ元帥もいいとして、ティエドール元帥の出席はかなり珍しいし、クロス元帥なんてもう、珍獣の域じゃないか?」
 「珍獣って・・・」
 バクの囁きに思わず笑みを漏らすと、私に気づいたクロス元帥が、気障な仕草でウィンクした。
 それが神職にあるまじき伊達男にはよく似合っていて、思わず見惚れてしまう。
 と、
 「彼は女に見境がないそうだから、せいぜい気をつけるのだな。
 お前も一応、性別は女なんだろう?」
 バクが、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。
 「正真正銘、女よ!」
 テーブルの下に投げ出されたバクの足をピンヒールで踏んでやると、彼は今日もまた面白い泣き声を上げる。
 「・・・っっっお前のような筋肉ムキムキの乱暴者、女なわけあるか!!」
 「うっさいわね、骨折られたい?」
 見せつけるようにボキボキと指を鳴らしてやると、相変わらず貧弱な彼は、涙目になって首を振った。
 「ふん!
 相変わらず、弱っちいんだから!」
 そう言ってやったものの、非常時のバクがかなり役に立つ人間であることは知っている。
 いや、思い知らされたことを思い出して、私はテーブルの向こうにのんびりと座るティエドール元帥を見遣った。
 「ねぇ・・・。
 ティエドール元帥がいらしてるってことは・・・」
 「・・・YU・・・いや、神田ユウも来ているんだろうな」
 血なまぐさい記憶を思い起こし、二人して表情を暗くしていると、暢気な声がかけられる。
 「やぁ。今日はなに企んでるんだい、二人とも?」
 「企んでませんよ!」
 声を揃えて反駁すると、中東支部のフェルミ支部長は、眠たげな顔を傾げた。
 「だって君ら、二人して怖い顔突き合わせちゃってさ。
 新しい室長の暗殺でも企んでるのかなぁって」
 「その手が!」
 思わず同時にこぶしを握ると、フェルミ支部長は申し訳なさげに肩をすくめる。
 「・・・ごめんね、余計なことを言っちゃったね」
 「まぁ、暗殺までは考えなくても、無能ならすぐに引きずりおろして・・・って、なにやってんの、バク?」
 ふと見ると、バクはポケットから次々と緑色の薬瓶を取り出しては、テーブルの上に並べていた。
 「毒薬ばっかり、たくさん持ってるもんだねぇ」
 そう、緑の瓶は毒薬の目印・・・って!
 「なに出してんのよ、こんなところで!!」
 「いや、どれが効果的かと思ってな」
 「早速殺す気?!」
 「いかんか?」
 むしろ不思議そうに問われて、私は思わず首を傾げてしまった。
 「まずい・・・わよねぇ?」
 「まずいともさ」
 自信をなくしてしまった私に代わって、フェルミ支部長があっさりと頷く。
 「幼馴染だからか、仲良しさんだね、君達は。
 考えることが一緒だ」
 「誰がこんなムキムキ女と!」
 「あたしだって、こんな甘っちょろいお坊ちゃんと一緒にしないでいただきたいわ!」
 「しぃ。声が大きいよ」
 口元に指を当てたフェルミ支部長の前で、私は憮然と黙り込んだ。
 腕を組んで椅子に沈み込んだ目の端に、長い黒髪がひらりと舞う。
 ぎくりとして見遣ると、黒い団服を纏った小さな少女が、蝶のようにひらひらと大人達の間を縫ってやって来た。
 クラウド元帥に用事か、彼女の前にしばらく立ち止まった少女は、一礼して再び駆け去って行く。
 「び・・・びっくりした・・・」
 一瞬、ユウかと思ったが、同じ東洋人と言うだけで、よく見れば顔立ちも全く違う少女だった。
 「やっぱり、ティエドール元帥がいらっしゃるからかしら。私てっきり・・・」
 ふと見れば、バクも目を丸くして彼女の去った方向を見つめている。
 「バク・・・」
 彼も同じ感想を持ったのかと思えば、
 「ス・・・ストライクッ!!」
 顔を真っ赤にしてこぶしを握った彼に、私は椅子からずり落ちそうになった。
 「な・・・なに・・・?!」
 「なッ・・・なんと愛らしいお嬢さんだろうか!!」
 ユウと見間違えたんだと思ったのに・・・って、そうか、彼はアジア支部長だ。
 いつも東洋人に囲まれているのだから、見間違えるわけがなかった。
 しかし、
 「ロ・・・ロリコンだったの、あんた・・・・・・」
 ・・・さすがにこれは、素で引いたわ。
 私だけでなく、彼の声を聞いた全員が思わず身を引く中、一人、キューピッドの矢に射られたバクが、キラキラと目を輝かせていた。
 「あの団服はエクソシストだな!
 あぁ、確かさっきもらった資料の中に、現在教団に所属するエクソシストの写真付資料が!」
 ものすごい勢いでページをめくり、目当ての少女を探し出したバクの顔が、うっとりと蕩ける。
 「き・・・キモッ・・・!!」
 私を始め、彼の近くに着座していた者達が、ずりずりと椅子ごと離れてしまった頃、大元帥に伴われて、ようやく私達の新しい上司が現れた。


 結局、アルマ事件の後、バクと長く話したのはそれきりで、以後、クリスマスや互いの誕生日にカード贈る程度のことはあっても、彼とはまた疎遠になっていた。
 「名家の当主同士で、しかも年が近い幼馴染なんですから、もっと仲良くすりゃいいでしょうに」
 と、事件を知らない部下達は呆れるが、事情を知る古い部下達は何も言わない。
 いや、彼らの中でも更に、この北米支部にあの悪魔の身体が保管されていることを知るのは一握りで、支部内の層は密やかに分かれていった。
 ―――― 誰もが沈黙を守るうちに、風化するかと思われたアルマはしかし、戦況の変化によって、再び揺り起こされることとなる。
 層が・・・攪拌される・・・。
 同時に私の、封じ込めていた記憶も蘇る。
 血に濡れた研究室・・・母の背に生えた異形の翼・・・そして最期に、アルマとユウを愛しげに撫でた母の手。
 自身の手を見下ろして・・・私は受話器を握り締めた。
 ルベリエ長官から打診のあった、サードエクソシスト開発の件。
 その計画を成功に導ける知識と能力、材料および施設をも持った者は今、教団に私しかいなかった。
 「おはようございます、長官。
 卵の欠片・・・無事に届きました」
 彼を利用する。
 また彼を呼び起こす。
 開いたままの目で、ずっと宙を見つめる彼に、母の最期の姿を重ねた。
 「必ず・・・長官のご期待に添うてみせますわ」
 静かに受話器を置いた私は、ここにはいないアルマを見つめた。
 「利用してやる・・・」
 呟きは、我ながら酷く冷たく響く。
 「ママを殺した・・・いえ、奪ったあいつを・・・・・・」
 母の最期のぬくもりを与えられるのは、私のはずだった。
 それを、あの悪魔が奪った。
 母の最後の時を独り占めにし、最期のぬくもりまでも奪ったあいつの身体を、とことん利用してやる・・・!
 そう決意した瞬間、
 ―――― 恨マナイデ・・・。
 母の、声にならなかった遺言が、脳裏に蘇る。
 だが、
 「もうだめよ、ママ・・・」
 低く呟き、首を振った。
 「もう・・・だめなの・・・・・・!」
 母の言葉を、ずっと守ってきたつもりだった。
 彼の身体を地下深くに隠し、あの光景を心の奥深くに沈めて・・・。
 しかしアルマへの恨みはこの9年間、地層のように厚く積もっていた。
 「・・・勝つためよ」
 どこか言い訳じみた口調は、驚くほど母に似ていて―――― 思考の螺旋を降りていく私をその時、ずっと沈黙していた電話が現実へ引き戻した。
 「は・・・はい・・・」
 どきどきと鼓動を跳ねさせて応じると、受話器の向こうから、バクの暢気な声が聞こえる。
 「・・・なによ」
 教団本部がノアの襲撃に遭った際、また彼の当主振りを見せつけられてしまった私は、既に克服したはずのコンプレックスを呼び覚まされていた。
 思わず不機嫌になった声を訝しく思ったのか、『忙しかったか?』と、気遣わしげなことを言う彼に、一つ吐息する。
 「ちょっとね。
 手短にお願いできるかしら」
 無愛想に言うと、彼はあっさりと言った。
 『レニー、僕と結婚しないか?』
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
 なんだか、変な言葉が聞こえた気がする。
 ずっと思考の海に沈んでいたし、嫌な思い出に浸っていたから、幻聴が聞こえたのだろうか。
 しかしまた、妙な幻聴を聞いたものね。
 それとも何か、別の単語と聞き間違えたかしら。
 あぁ、marryとmerryって似ているし、宴会のお誘いを聞き間違えたのか。
 でもクリスマスにはまだ早いし・・・そういえば1が4つ並ぶ日は、こいつの誕生日だった。
 「そうか、誕生日おめでとう。
 ごめんなさいね、すっかり忘れていたわ。
 ちょっと遅れるけど、バースデーカード送るから。じゃ」
 『バースデーカードに、プロポーズの返事を書いてくれるか?』
 「ぷ・・・・・・・・・・・・?」
 え、何言ってんのこいつ、この忙しいのに。
 「・・・からかってんなら切るわよ、この忙しい時に」
 『からかってなどおらんぞ!』
 「だったら余計に・・・!」
 受話器に向かって怒鳴ろうとした瞬間、ふと気づいて苦笑した。
 「あんた、フォーでしょ」
 『いや!違うぞ、僕は・・・!』
 「ロリコンのバクが、年上のあたしにプロポーズするはずがないのよ」
 『だから違うって!
 大体あいつには、年下の娘よりお前みたいなしっかりした年上がいいんだって!あたしはそう思うぞ!』
 「やっぱりフォーじゃない」
 こんなカマに簡単に引っかかるなんて、本当に神なんだろうか、この子。
 しばらく黙り込んだ後、受話器の向こうから、少女の声が応えた。
 『ゴメン、レニー。
 でもあたし、そろそろバクに嫁もらって欲しくてさー・・・。
 お前なら、しっかりしてるし丈夫だし、子供をポロポロ生んでくれそうだなって』
 「犬か、あたしはっ!!」
 『そう言うなよぉー・・・!
 チャン家の子孫繁栄は、あたしらにとって死活問題なんだ・・・!』
 本気なのか嘘泣きなのか、しくしくとすすり泣く声が聞こえる。
 「・・・言ったでしょ。
 今は忙しいから無理」
 『レニィィィィィィィ!!!!』
 必死の悲鳴を浴びせられて、私は肩をすくめた。
 「泣かないでよ、フォー。
 そうね・・・あたしもチャン家のコネは欲しいから、一応考えとくわ」
 『ホントかっ?!可能性ありかっ?!』
 「はいはい」
 『約束だからな!神をたばかったら後が怖いぞ!』
 祟るぞ、と、最後に不吉なことを言って、電話は一方的に切られる。
 「・・・考えるって言っただけで、受けるとは言ってないんだけど」
 本当に神だろうか、と、また首を傾げて苦笑した。
 今の会話で、どろどろと凝っていた怨念が、少し晴れた気がする。
 「確かに・・・神かもね」
 だが、私達の信仰する神は、彼女ほど優しくはない。
 「・・・戦うわ、勝利を収めるまで」
 決意と共に立ち上がり、私はアルマの元へと向かった。


 培養液の中で昏睡する彼を見下ろす時は、いつもどす黒い感情が胸に滾ったものだが、今はフォーと話した直後だからか、不思議と穏やかな気持ちで対峙できた。
 「アルマ・・・」
 古い言葉で、『愛する』を意味する名前・・・。
 母達の焦りが失敗に失敗を重ね、深く彼を傷つけて、殺意を呼び起こしてしまった。
 そう、それを知っていたのに・・・。
 「バクの言うとおりだ・・・。
 あたしは未だに、自分の罪を認めていなかった・・・」
 だが彼は、まだ二十歳の若さで当主としての自覚を持ち、自身に責任を負い、できることを果たしていた。
 「ほんと・・・悔しい・・・」
 いつもは単なるワガママお坊ちゃんのくせに、いざとなると誰よりも頼りになる。
 それが、バクという人間だった。
 普段は散々意地の悪い事や、くだらない企みをするくせに、真性では人道にもとることが嫌いで、『仲間』を守るために何をすべきかちゃんとわかっていて、しかも人の手を汚させることを潔しとしない。
 「カッコつけてんじゃないわよ、バカ」
 彼のことを思うと、不意に笑みが漏れた。
 きっと彼は、今から私がやることに対して、正面から反対してくるだろう。
 本部室長ですら言えない事を、名家の御曹司らしい、甘っちょろい正義感にかられて口にするのは、彼にのみ許されることだ。
 「私にはできないけれど・・・」
 同じ名家に生まれながら、どうしてこうも違うのか・・・。
 「だけど、あんたがやらない、そして、室長にはできないことを、あたしはやれる。
 いえ、これはあたしがやらなきゃいけない」
 それが、私の責任の取り方だ。
 バクが、『もう決して過たない』と誓ったのなら、私は後の人々が口を極めて罵るだろう、深い罪を犯す。
 どんな罰を受けようとも、勝利を得られるのならば・・・関係ない。
 「アルマ・・・」
 眠る彼を覆う強化ガラスの上に膝をつき、手を届きはしない彼の頬へと伸ばした。
 「今のあたしはママに・・・いえ、あんたのマザーに似てる?」
 年はまだ、母の享年には至らないものの、日々似てきている自覚はある。
 「アルマ・・・ごめんね。
 あたし、あんたを恨んでた・・・」
 身を屈め、肘をつき・・・最期に母がしたように、彼の身体を我が身で覆った。
 「あたしは、愛して欲しいなんて言わない。
 あんたの身体をまた、利用するあたしを憎んでくれていい・・・だから」
 ひやりとしたガラスを、自身の掌で暖めながら、私はアルマの左胸に描かれた呪を覆う。
 「力を・・・貸して・・・・・・!」
 その瞬間、9年間動かないアルマの視線が、揺らいだような気がした。
 手を滑らせ、私の体温に曇ったガラスを拭ってみるが、当然ながら彼に変化はない。
 ほっとした私は・・・決意と共にアルマと視線を合わせ、虚ろな目に自身の姿を映した。
 「バク、あんたも力を貸して・・・!
 あたしたちは、車の両輪なんだから・・・!」
 一方が暴走すればもう一方が止め、一方が停滞すればもう一方が牽引する。
 そうやって両家は長い年月、互いに支えあってきた。
 「バク・・・あんたが止めてね、あたしを・・・」
 母が血に身を沈めたように、私も罪に身を染める。
 「あたしはやれるところまでやる・・・絶対に到達してみせる・・・だから」
 後の始末をお願い、なんて言ったら、あいつは怒るだろうな。
 だけどやってもらわなきゃいけない、両輪のひとつとして。
 「ハッピーバースデー、バク。
 あんたが生まれてきてくれたこと・・・あんたみたいな人間があたしの側にいることを、心から寿ぐわ」
 この祝辞は、遠い地にいる彼の耳には届かない。
 だが想いが届くことを願って・・・私は母が残した業(カルマ)の封印を解いた。



Fin.

 










2009年バクちゃんお誕生日SSでした。
バクちゃんお誕生日と言いながら、レニーの独白という罠(笑)
と言うのも、ジェリー姐さんとの間が狭いものですから、2回連続で『ハッピーバースデー!デューワー♪』なノリは、書いてる私も読んでる方も飽きるだろうと思ってテンション真逆にして見ました。
しかし注意書きには書いていましたが、うっかり本文読んじゃって、気分悪くなったらごめんなさいませね;
そしてこれを書いているのは、D.グレ復活直後の11月、188夜時点ですので、このお話に出てくる設定・状況等々は全て私の捏造です!←無駄に胸を張って!
来月、高確率で撃沈すると思うのですが、既に色々恥をさらしてますのでスルーしてください(笑)
ちなみに、日本人が全人類の遺伝子を持っている、と言う話は、なんかの対談記事で読みました。
『東征し、日本に至った人類は、それ以上東に行けないために、ここに留まる事になった』とか。
じゃあもう一方の、西回りに行った人達は多くアメリカの原住民であったはずで(アメリカ大陸の西側は島がいっぱいあるよね、と言うのは置いとけ)、神田さんが東側の遺伝子集結地なら、アルマは西側の遺伝子集結地かな、と思って書いています。
そして最後のフォーのくだりは、去年のバクちゃんの誕生日SS『SHINE』を読んでいただくとわかりやすいです。
かなり重く暗いお話になってしまいましたが、気に入ってもらえると嬉しいです。












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