† Eggshell †
| †このお話は中世騎士パラレルです† (前作:Like Pigs In Cloverを先に読んでおくことをお勧めします) D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。 頭を空っぽにして読んで下さいね |
「あら・・・!いい月 領地へ戻る旅の途中、弟が用意した宿の一室でカーテンを開けたミランダは、明るく差し込んできた月光に顔をほころばせた。 「明日はいよいよ領地入り・・・旦那様のお誕生日に間に合いました 久しぶりに会う夫は、ミランダのいたずらにどんな顔をするだろうかと、わくわくしながらベッドに寝転がる。 「きっとびっくりして・・・喜んで下さるわ・・・ 何ヶ月ぶりか、うつ伏せになれるのが嬉しくて、ミランダは子供のようにベッドの上をころころと転がった。 「ふふ・・・ 3人目も男の子なんて、これで帝国も領地も安泰だし・・・」 満ちた月を寝転んだまま見上げて、クスクスと笑い出す。 「次の女の子は・・・ 月が空を渡る様を眺めながら、娘との生活に思いを馳せているうちに、彼女はいつしか眠りに落ちて行った。 翌朝、夜も明けないうちに身支度を整えたミランダは、既に宿の外に待機していた馬車に乗った。 「どうですか?」 先に乗っていた乳母に問うと、ふくふくと太った赤子を抱いた彼女は大きく頷く。 「とてもご機嫌でいらっしゃいます」 「そう 眠る息子の柔らかい頬を指先でつついて、ミランダも頷いた。 「後ろも、もう出られるのかしら?」 神聖ローマ皇帝みずから、愛しい姉のために整えた行列は長々と街道を塞いでいる。 「準備が整いました」 窓越し、馬を寄せてきた護衛の騎士に言われて、ミランダは嬉しげに頷いた。 「では早く帰りましょう 旦那様が城門まで迎えに来て下さるの 少女のように嬉しげな声をあげる女領主に、しかつめらしい顔の騎士までもが頬を緩める。 「では、出立!」 掛け声と共に先導の馬車が動き出し、しばらくしてミランダの乗る馬車もゆっくりと走り出した。 産後の夫人と生まれて3ヶ月になったばかりの赤子を乗せているのだから、御者も慎重にならざるを得ない。 少しでも体調が悪いと見ればすぐにでも止められるほどの速度では、行列もなかなか先へは進めなかった。 それでも、いよいよ領主が戻ってくるとあって、彼女を迎える人々は既に沿道に出始めていると言う。 「さすがのご人徳ですわね」 感心する乳母にしかし、ミランダは首を振った。 「私は何も。 ただ、実際に領地を治める旦那様が手腕を発揮してくださるから、穏やかでいられるだけです」 彼のことを話した途端、そわそわと窓の外を眺めだしたミランダを、乳母が不思議そうに見る。 「政略結婚だと伺ってましたが・・・仲がおよろしいんですのね」 「同い年ですから その問いに慣れたミランダは、クスクスと笑って頷いた。 「私は覚えてないのですけど・・・私が生まれた直後は、別の婚約者がいたそうですよ。 でも、随分年上だったその方は戦争で亡くなってしまわれて、代わりに分家の五男坊がお婿に来ることになったんです。 私の4ヶ月前に生まれたばかりだったのに・・・ねぇ?」 またクスクスと笑いながら、ミランダは息子の頬をつつく。 「あなた、来月にはどこかのお姫様と婚約するかもしれませんよ?」 明らかに冗談口調ではあったが、そうなっても不思議ではない時勢だった。 「初めて会ったのは多分、物心つく前ですね。 私はよく覚えてないのですけど、彼は昔からとても頭が良くて、その時の事を覚えてるんですって!」 すごいでしょう?と、両手を合わせたミランダの輝く目が次の瞬間、奇妙にさまよう。 「なんでも・・・対面の場でドレスの裾を踏んで躓いた私が、とっさにお父様のマントを掴んだせいで留めていたピンが弾け飛んで・・・針が彼の頬を掠めたんですって・・・」 「あら、まぁ・・・それは・・・・・・」 そこまで頭が良くなくても、強烈な思い出として残るのではないかとは、さすがの乳母にも言えなかった。 「私・・・全然覚えてなくて、次に会った時に責められました・・・」 やった方は忘れても、やられた方は覚えているものだとも・・・言えずにただ、乳母は頷く。 「でっ・・・でも! 優しい人ですから、私が一所懸命謝ったら許してくれて、それ以降はとっても仲良くしてくれたんですよ。 10歳で結婚してからは一緒に暮らせるようになって、すごく嬉しかったんです とは言え、この当時は当然ながらまだ本当の夫婦ではなかった。 弟のお産で亡くなった母の領地を正式に継いだのも、成人した後のことだ。 その話になった途端、乳母が身を竦めた。 「その・・・ご夫君は領地に入った途端、摂政を廃してしまわれたんでしょう・・・? お仕事には厳しい方だって伺いましたし・・・私、うまくやっていけるでしょうか・・・」 不安げな乳母の肩を優しく撫でて、ミランダは大きく頷く。 「大丈夫ですよ。 旦那様は自分のお仕事を一所懸命やっている方に、意地悪なんか言いませんから!」 と、自身の役目をしっかりと果たしている夫人に言われて、乳母はほっと吐息した。 「本当に・・・奥方様が領民に慕われると言うのも納得ですわ」 「あら・・・そんな・・・・・・」 大真面目な顔で誉められて、ミランダは恥ずかしげに頬を染める。 今ではこのように、親族達に誉められることも多くなったが、昔はあからさまに冷遇されることもあった。 いや、冷遇だけならまだしも、神聖ローマ皇帝を輩出する家に生まれたミランダは政略の駒にされただけでなく、命を狙われることも多かったために、幼児期はいつも怯えていたものだ。 だが、結婚してからは常に夫が傍にいて、領地に入るや危険な人間を全て排除してくれて、ようやく身の安全が確保できた。 その上、生まれてくる子は三人目までもが男子。 帝国と領地の跡取り問題が解決したために面倒な親族達の陰口も聞こえなくなり、精神的にも落ち着けるようになった。 それらは全て、夫の手腕だと微笑んだミランダは、いたずらっぽい目で乳母を見る。 「だから・・・」 唇に指を当てた彼女に、乳母は笑って頷いた。 「わかっておりますとも」 同じく唇に指を当てた乳母に、ミランダはクスクスと笑う。 「どんな顔をなさるか・・・とっても楽しみだわ 再び見遣った窓の外では、ゆっくりと景色が流れていた。 その頃、城から街道へ続く城門を見下ろしていた夫君は、まだ夜も明けないうちから沿道に集まって来る領民に苦笑した。 「仕事はいいのか、仕事は」 冗談交じりに呟くと、朝食を運んで来た侍女が笑い出す。 「旦那様、そんなことを言ってらしたら家臣の皆さんに『その言葉、そのまま返す』って言われてしまいますよ! ここ最近、全然お仕事に身が入ってらっしゃらないもの!」 ねぇ?と、同意を求めた侍女に、まだ小さな長男が頷いた。 「おとうさま。 おかあさまがいなくてさびしいからって、ぼくが泣いてるとかいわないでください。 ぼくはつよい騎士になるんですから、おかあさまがいないくらいで泣いたりしません」 誰に似たのか、生意気な口を利く長男に声を失った彼に、次男が追い討ちをかける。 「ぼくだって泣きませんし、まだ馬にのれないのに、落馬するはずありません。 おかあさまがしんぱいしますから、ウソいっちゃだめです」 「んまぁ!若様たち、本当に賢くてイイコですねぇ 両手で二人の頭を撫でてやった侍女が、にんまりと笑った。 「さ、旦那様もそこで固まってないで、さっさと召し上がってくださいな! 奥方様はゆっくり帰っていらっしゃるんですから、昼すぎにならないと街道の向こうにも見えやしませんよ」 そこで見てたって無駄!と言い切った侍女にむくれて、ようやく席に着く。 「俺は奥方の心配もしちゃいかんのか」 ぶつぶつとぼやくと、どこで覚えたのか、長男がいやに年寄りじみた仕草で肩をすくめた。 「おかあさまも赤ちゃんも、げんきだから心配ないって、お手紙が来たじゃありませんか」 ため息までついた長男の真似をして、次男までもがため息をつく。 「ぼくも、おとうとがくるのをたのしみにしてますけど、おとうさまみたいにずぅっとおそとを見てようとはおもいません」 「・・・お前は本当に3歳なのか?」 どこかの年寄りと中身が入れ替わったのではないかと呆れる彼を、息子達の小さな目が見つめた。 「おとうさま、はやくごはん食べて」 ぺちぺちと、小さな手でテーブルを叩く兄を、弟も真似る。 「おしごと、がんばってください」 「はい・・・」 二人がかりで攻めてくる小さな騎士達の前に、かつて老獪な家臣らを退けた夫君はあえなく膝を屈した。 「えーっと・・・リーバー・・・?だよな・・・? どうかしたのか?」 椅子の上で両足を抱え、うな垂れている男が、いつもタフで有能な上司だとは思えずに、ジジは自信なげに声をかけた。 と、げっそりとやつれた顔をあげた彼は、魂の抜けたような声をあげる。 「息子達が・・・いじめるんだ・・・・・・」 「・・・6歳と3歳に負けるって、どんだけか弱いんだお前」 呆れたジジは、大げさに肩をすくめてため息をついて見せた。 その仕草に、リーバーの目が尖る。 「それだ! 息子達は、おまえのその仕草を真似てんだ!」 道理で年寄り臭いと思った!と、大声をあげるリーバーに、ジジはムッと口を尖らせた。 「ガキどもと遊んでやっている俺に、酷い言い草だな!」 「その呼び方もやめろ! シツレイだろ!」 言ってやるが、リーバーの部下ではあっても家臣ではないジジは、生意気に鼻を鳴らす。 「ガキじゃなけりゃなんだ、お子様か」 「子供達、って言えよせめて!」 「あーワリ。 俺、語学苦手なんだわー」 いけしゃあしゃあと言った彼はリーバーに招聘された学者だが、それゆえにこの土地の誰よりも領主の夫君に対して遠慮がなかった。 「それより、奥方が帰ってくるんだろ? どこまで迎えに行くんだ?」 「どこまでって・・・城門までに決まってるじゃないか」 近隣諸国の情勢が不安定な昨今、城主が気軽に城を空けるわけには行かない。 そんなことはわかっているだろうにとぼやくと、ジジは肩をすくめた。 「留守居役の家臣はいるんだから、行列に行き当たるまで迎えに行けばいいじゃないか」 何日もかかるわけでなし、と、彼は小首を傾げる。 「もし、夫君は城から出もせずに、横柄に領主を迎えたってあの、ヒステリックな義弟に報告されたら、そりゃもう面倒なことになるぞ」 今でさえ面倒なのにとは、言われなくてもわかっていた。 「そう・・・だな・・・」 その言葉にリーバーは、むしろ免罪符を得たような気分で頷く。 「後は頼むぞ!」 「任されてやってもいいよーん♪」 椅子を蹴って部屋を出たリーバーの背に、ジジは楽しげに手を振った。 ―――― 徐々に夜が明けて行く中、のろのろと進む行列の前方で何か起こったようで、ミランダの乗る馬車もまた動きを止めた。 「あら・・・どうかしたのかしら?」 これまでも、子供の目が覚めそうだとか機嫌が悪くなりそうだとか・・・そんな些細な理由で馬車を止めてきたが、今回は自分の意思ではない。 家臣が勝手に止めるはずもなく、窓の外を見ていると、護衛の騎士が馬を寄せてきた。 「この先の道で、他国の行列と鉢合わせました。 こちらが姉君の行列だと言うと、君主殿がご挨拶したいとお申し出に。 どうされますか?」 問われて、ミランダは怯えたように首をすくめる。 「ど・・・どちらの君主殿でいらっしゃいますか? わ・・・私、ちゃんとご挨拶できるかしら・・・!」 昔から人見知りの激しいミランダは、堂々たる王や貴族の前ではいつも萎縮してしまい、うまく話すことができなかった。 会う時はいつも、夫や弟の影に隠れてやり過ごすのに、今日はそのどちらもいない。 困り果てていると、騎士が少し、表情を緩めた。 「言葉足らずで申し訳ありません。 君主殿とは、オーストリア公のことです」 「あぁ!アレイスターさんだったんですか・・・!」 親しい友人の名を口にして、ミランダはホッと吐息する。 「でしたら、こちらからご挨拶しないと・・・奥方もご一緒ですか?」 今にも馬車を降りようとする彼女を押し留めて、彼は首を振った。 「いえ、お急ぎの旅だそうで、お一人です。 騎馬のままご挨拶をとおっしゃっていますので」 「では、どうぞと」 にこりと笑ったミランダに頷き、前方へ駆けた騎士は、すぐにアレイスターを連れて戻ってくる。 「ミランダ!久しぶりである!」 「本当に! お元気そうで何よりです」 数ヶ月ぶりに会う幼馴染と手を取り合い、ミランダははしゃいだ声をあげた。 「聞きましたよ、リチャード陛下に酷い目に遭わされたそうで・・・」 さすがに声を潜めると、彼は眉根を寄せて頷く。 「あの色情狂、我が妃にしつこく言い寄って、迷惑千万だったのである! このままではエリアーデの身が危ないと思い、皇帝に預けたのだが・・・ミランダが帰ってきているとは知らなかったのである。 迷惑をかけてしまったそうで、本当にすまなかったのである・・・」 そのことも謝りたくて、偶然行き会ったのを幸い、挨拶に来たというアレイスターに、ミランダは苦笑した。 「牢から逃げ出した陛下は、ハワードさんがすぐに拘束してくれましたから何事もなかったのですけど・・・今思えば私、あの方と対峙するなんて恐ろしい状況をよく切り抜けたものだって、今更震えてしまうんですよ・・・! あの時はこの子がお腹にいましたから、なんとかしなきゃって夢中で・・・」 言いながら、蒼褪めて震えるミランダの肩越し、馬車の中を覗きこんだアレイスターが相好を崩す。 「元気そうな子であるな! 若君と姫君、どちらであるか?」 問われた途端、蒼褪めていたミランダの頬に色が戻り、嬉しげに囁いた。 「ほう!それは素晴らしいである! 帝国も領地も安泰であるな!」 そう言って誉めてくれた事が嬉しくて、ミランダは何度も頷く。 と、アレイスターは軽く手を打ち、笑って小首を傾げた。 「もし、まだ婚約者が決まっていないのであれば、我が子との縁組はどうであろうか? 末娘はまだ1歳にもならぬが、妃に似てすごい美人なのである! きっと、この子も気に入るのである!」 「まぁ 歓声を上げて、ミランダは眠る息子の頬を撫でる。 「ついさっき、この子にも来月には婚約者が現れるかしら、なんて話していたんですよ オーストリアとの縁組だなんてとても嬉しい事ですから、帰ったらすぐに旦那様と相談しますね それに、と、ミランダはうっとりと手を組み合わせる。 「奥方にそっくりなら、きっと素晴らしい美人になりますもの! 他家に取られちゃう前に、我が家に来てもらえるよう、エリアーデさんにお願いしてくださいね 「多産系のミランダと、同じく多産系のエリアーデの血が混ざれば、欧州の王家を制覇できるかもしれないであるな!」 夢のようなことを・・・しかし、後の世にそれが現実になるとも思わず言ったアレイスターの冗談に、ミランダが笑い出した。 「では、そろそろ行くであるよ! 私があの色情狂を牢から出したというので、クラウドが火を噴いて怒っているのだ。 ・・・恐ろしいが、なんとか宥めてみるである」 ぶるりと震え上がって馬首を返したアレイスターの無事を祈り、ミランダ達の行列も再び進みだす。 「いいお話をいただいたわ オーストリアの公妃は本当に美しい方なんですよ 早くお嫁に来てくれないかしら 「ちょっと・・・先の長い話ですわね・・・」 はしゃぐミランダに、乳母は苦笑した。 「それにしても、奥方様と公妃様の血で欧州の王家を制覇するとか、面白いことをおっしゃるんですねぇ、オーストリア公は。 戦争はなさらないのかしら」 国とは戦争で勝ち取るもの、と言う常識を覆すようなことを言った彼に、乳母はむしろ呆れてしまう。 が、ミランダは楽しげに笑って頷いた。 「そうなったら、とても素敵ですよね 実現するとは思えない。 しかし、素敵な発想だと誉める彼女には、乳母も素直に頷いた。 「はいー?わざわざ奥方を迎えに行くんですかぁー?」 「旦那様って、意外と女々しかったのね」 一応オブラートに包んで言ったタップと違い、キャッシュはずばりと言い難いことを言う。 「・・・いつもながら、なんでそんなに反応が違うんだ、兄妹なのに」 キャッシュの言葉に傷ついたハートを庇うように、やや俯いたリーバーの背を、タップが慰めるように撫でた。 「すいません、こいつ、思ったことを隠せなくって」 「慰める振りして追い討ちをかけんな!」 よろよろと厩舎へ向かおうとする彼の背に、キャッシュが首を傾げる。 「まぁ・・・城に篭ったまま、横柄に奥方を迎えたなんて報告されたらあの義弟がうるさいってのもわかるけど、大変だね、婿養子って」 「そういうことを言うもんじゃないよ、キャッシュ! 確かにこんな立場、俺はごめんだけどさ!」 「お前ら二人して俺を殺そうとしてるだろ!精神的に!!」 怒鳴りつけると二人は、大げさに首を振った。 「まさかそんな、俺は大事な乳兄弟に気を遣ってるんですよー!」 「そうそう、辛い立場をわかってやってるんだよ」 「もうお前らの言うことなんか信用できるか!!」 憤然と足を速めた彼を、太った二人は追いかけようともしない。 「いってらっしゃーい!」 「あたしらはここで待ってまーす!」 「横柄な!!」 動こうともしない二人に吐き捨て、リーバーは厩番が出してくれた愛馬に跨った。 すぐに出発しようとして、 「・・・そうだ、あいつらも連れて行かないと、拗ねるかな」 子供達のことを思い出した彼は、従者に呼びに行かせる。 すると当然、彼や子供達を護衛する騎士達も従うことになり、身軽に出発するはずだったものが結構な行列になってしまった。 「まぁ・・・いいか」 これならヒステリックな義弟も文句のつけようがないだろうと、リーバーは苦笑する。 「では、行こうか」 まだ馬に乗れない次男は自分の鞍に同乗させて、リーバーは馬を進めた。 すると次男は、わくわくと身体を揺する。 「いつおかあさまに会えますか?」 「そうだな・・・あちらはゆっくり来ると言っているが、こちらが急げば朝のうちに会えるぞ」 「じゃあ、いそいでください!」 早く早くと、鞍の上で跳ねる息子が落ちないように支えてやりながら城門を抜け、沿道に集まった領民達に見送られながら街の門を抜けた。 「あのひとたちは、おかあさまをまっているんですか?」 「あぁ。 お母様は人気者だからな」 悪逆非道の王や領主が多い中、優しく穏やかと言うだけでも人気が出るものだが、ミランダが皇帝の姉と言う権威を持つ上に多産系だと証明された今、領民は自身らの身の安泰を保障されたような気になっているのだろう。 多分に自己保身から来るものであったが、人気であることには違いなかった。 「お前も、あのお母様の子供なのにって呆れられないように、勉強がんばれよ」 「はいっ」 張り切って足を振り回した彼は勢い余って馬から落ちそうになる。 「乗馬もがんばれ」 「はい・・・」 慌ててたてがみにしがみついた次男の弱々しい声に、リーバーは思わず吹き出した。 笑われて恥ずかしかったのか、すっかりおとなしくなった次男を支えてやりながら街道を進んでいると、旗を掲げて進む外国の一行がいる。 「あれは・・・オーストリア公か。 フランスに行くのに領地を通るという連絡はあったが、こんなに早く移動してるってことは・・・」 リーバーは苦笑して、馬を走らせた。 「公! アレイスター公!」 先を急ぐ一行に声をかけると、呼ばれた彼が足を止める。 「あぁ・・・リーバーであるか。 領地を通らせてもらっているである。 さっき、ミランダとも会って挨拶したであるよ」 急ぎの旅だろうに、嫌な顔一つせず答えてくれたアレイスターに悪いと思いつつも、リーバーは馬を寄せた。 「そうですか、公はフランスに行かれるそうで・・・王はまだお怒りですか?」 「烈火のごとく怒り狂っているそうであるよ」 本当は会いたくないと、アレイスターはため息をつく。 「しかし、放っておくわけには行かないのである。 一所懸命に宥めて、できるだけ早く帰るであるよ」 そう言って苦笑した彼は、リーバーの鞍に同乗する次男に優しく手を差し伸べた。 「元気そうであるな。 次期領主として、領地の視察であるか?」 冗談混じりに言うと、彼は子供らしくもなく、大真面目な顔で首を振る。 「おにいさまが皇帝になるのならぼくはここの領主になりますけど、そううまくはいかないかもしれないって、ジジがいってました! 皇帝におよめさんがくるかもしれないし、こどもがうまれたらおにいさまは皇帝になれないからって」 「・・・何歳であったか」 「3歳です・・・」 生意気ですみません、と、苦笑するリーバーにアレイスターは笑って首を振った。 「いや、正論である。 ・・・そうか、ならばあの縁組はこちらとすべきであったかな」 「縁組?」 何のことかと問うと、アレイスターは笑って背後を指す。 「言ったであろう、先にミランダに会ったと。 夫君よりも先に、三男殿に会わせていただいたであるよ」 「んなっ・・・!」 さすがにショックを受けたリーバーに、アレイスターはクスクスと笑った。 「あまりにふくふくとして、可愛らしい子であったのでな、我が家の末娘と婚約しないかと言ったら、ミランダはとても喜んでくれたである」 「そりゃあ・・・そうでしょうねぇ。 公妃の血を引いているならすごい美人でしょうから、ミランダは喜ぶはずです」 きれいなものやかわいいものが大好きだからと言うと、アレイスターは嬉しげに頷く。 「それはもう、まだ1歳にもならぬのに、既に美貌の姫なのであるよ あまり遠くにやりたくはないゆえ、できれば婿養子を取りたいのである」 そうすれば国内に領地を与えて住まわせることができると、大真面目に言うアレイスターの前で、次男が難しい顔をして腕を組んだ。 「それではざんねんですが、ぼくはおことわりしないといけません。 おにいさまが皇帝になれなくても、おにいさまになにかあったときのために、ぼくはここにいなきゃいけませんから!」 「うん、そうだな・・・残念だな・・・」 帰ったらジジを殴ろうと心に決めて、肩をすくめるリーバーにアレイスターが笑い出す。 「それではミランダと二人で相談し、検討して欲しいである。 前向きな返事を期待しているであるよ!」 「えぇ、お引止めして失礼しました」 「なんの」 気さくに笑って、街道を駆け去っていくアレイスター一行を見送り、リーバーは自身の行列に戻った。 一方、領地へ入ったミランダの一行は、夜が明けたこともあり、見晴らしのいい草原で朝食をかねた休憩に入っていた。 すぐ近くには麦畑が広がり、吹き寄せる風は涼しく、心地よい。 しかし、まだ太陽の昇りきっていない初秋の風を子供に当てるのは早いと判断したミランダは、息子を乳母と共に残して一人だけ馬車を降りた。 「こちらはお願いしますね」 言い残して、すぐ後ろに付いていた馬車に乗り込む。 「さぁ、こちらのご機嫌はいかがかしら?」 ミルクの匂いに満ちた車内で、ふくふくとした頬をつつくと、小さな手がミランダの指を握ってきた。 「随分とご機嫌で、ミルクもたっぷりとお召し上がりです」 乳母の言葉に満足げに頷き、ミランダは小さな身体を抱える。 「あらあら やっぱり、あの子よりこの子の方が重いんですね。 食いしん坊さんだから 私にそっくり、と笑うミランダを、乳母が意外そうに見た。 「そのようには見えませんが・・・」 産後とは思えないほどほっそりとしたミランダを上から下まで眺めると、恥ずかしそうに身を縮める。 「こ・・・この子は普通に大きくなると思いますよ・・・?」 上の二人は、繊弱なミランダの面影など見えないくらい健康に育っているし、この子もそうに違いないと言う彼女に、乳母は頷く。 「ご夫君は強くて賢い方だと伺っておりますもの。 きっと、元気に成長あそばしますわ」 「えぇ!」 大きく頷いた時、不意に馬車のドアが大きく開いた。 「っ?!」 何事かと目をやったミランダのすぐ傍に、大きな体躯の男が立って、笑みを浮かべている。 「あ・・・あの・・・?!」 呆然としつつも、ミランダはなんとか声をあげた。 「ど・・・どちらさまでしょう・・・?」 護衛の騎士が大勢いる中を、なんの騒ぎも起こさずにこの馬車に近づいたのだ。 ならば彼は皇帝の騎士達でさえ遠慮するような・・・ミランダの身分に匹敵するか、それ以上の身分の者なのだろうと察し、丁寧に会釈した。 「何かご用でしょうか・・・?」 「えぇ アナタのお子様に、チョット・・・ネ 笑みを浮かべたまま小首を傾げた彼の耳は、子供達に読んで聞かせた童話のエルフのように長く尖っている。 大きな口は笑みを絶やさないが、言葉も話せない赤子に用があるなどと言う彼をミランダは警戒した。 「わ・・・私の子に、なんのご用でしょうか・・・」 抱いていた子を乳母に渡し、背に庇うようにして問うと、彼はクスクスと笑い出す。 「ソノ子、我輩ニくれまセンか?」 丸い指で彼女の背後を指す彼に、ミランダは眉根を寄せた。 「それは・・・どういうことでしょう?!」 アレイスターが言ったようなことかと・・・それにしても、どこの誰とも名乗りもせずに無礼すぎると、さすがに憤るミランダの前で、彼は小首を傾げる。 「我輩の子と、交換しまセンか?」 「は・・・?」 あまりのことに呆気に取られたミランダに、彼はクスクスと笑った。 「我輩の子をアナタに預けまショウ その代わり、アナタの子を我輩が頂ク・・・ 「そんなことできません!」 ミランダが絶叫するが、相変わらず護衛達が駆けつける様子もない。 困惑して外を見ようとするミランダの視界を、彼は意地悪く遮った。 「我輩の子供は可愛いデスよ? アナタの子と交換してくれたナラ、大きな富モ広大な領地モ差し上げマスのに 「それでも嫌です!」 大きく首を振り、ミランダは必死に考えを巡らせる。 ややして、 「だ・・・第一、この子は乳母の子ですもの・・・! 私が・・・勝手に人の子供をやり取りするなんて・・・!!」 できません!と、大きく首を振るミランダに、彼はまた、小首を傾げた。 「オヤ、それは本当でしょうかねぇ?」 ならばなぜ、皇姉がその子を抱いていたのかと、彼は意地悪く笑う。 全てを見通した上で、更に手を伸ばして来た彼にミランダは悲鳴をあげた。 が、やはり護衛は誰一人駆けつけて来ない。 ために女二人で懸命に抵抗したが、彼は難なく押しのけて、乳母の手から赤子をさらった。 「やめて・・・やめて!!」 馬車を飛び出し、既に背を向けた彼に伸ばした手は、あっけなく宙を掻く。 「どうして・・・!」 愕然と呟いたミランダを、彼は分厚い肩越しに見遣った。 「我輩を捕まえルことナンテ、できマセンよ クスクスと笑う声が、不気味に響く。 なのにどうして誰も駆けつけて来ないのかと辺りを見渡せば、護衛の騎士で埋め尽くされていたはずの草原には誰の姿もなく、ただ、朝食用にと用意された食材が放置され、火にかけられた大鍋に湯が煮えているだけだった。 「ま・・・待って下さい・・・!」 どうして誰もいないのかと、困惑しつつもミランダは彼の背に震え声をかける。 「どうしてもその子を連れて行くというのでしたら・・・どこの誰でいらっしゃるのか、ちゃんと名乗ってください・・・!」 両手をぎゅっと握り、懸命に睨みつけると、彼は大きな体躯には意外な軽やかさで振り返った。 「皆は我輩を、伯爵と呼びますヨ アルイハ・・・千年公ト 「伯爵・・・?!」 そのような身分の者が皇姉の子をさらおうと言うのかと、ミランダは震える足を踏み出す。 「あ・・・あなたにその子を渡したくありません・・・! その子は・・・」 皇姉の子だとは、しかし、乳母の子供だと言った手前、堂々と言うことはためらわれた。 なんとか取り戻したいが良い案が浮かばず、唇を噛んだミランダの耳に、ぐつぐつと湯の煮える音が響く。 それはまるで、自身の血が怒りで煮えている音のようだった。 今すぐにでも彼に掴みかかって子供を取り返したいが、下手なことをして彼の手の中にある子に危害を加えられてはと、懸命に感情を抑える。 子供からは目を離さないまま、怒りと葛藤に震えるミランダを、千年公は楽しげに眺めた。 「ウフフ お優しイ皇姉殿下がそのようニ震えル様は、見ていて楽しイものですネェ 「っ!!」 カッとなって千年公を睨むが、彼は実に楽しげに笑うばかりだ。 「ウフフ ココにワインのひとつモなイのは惜しイですネェ いつもお優しク穏やカなアナタの怒りハ、さぞかし良イ肴になったでショウに 「で・・・でしたら・・・!」 引き攣った声で、ミランダは震える手を伸ばした。 「珍しいお酒を作って差し上げますわ・・・!」 珍しくも怒りに震えながら、ミランダは食材の横に転がる卵の殻を、煮えたぎる湯の中に放り込む。 火かき棒で鍋をあぶる薪をかき回し、炎を強くする彼女の傍に、千年公が不思議そうな顔で寄って来た。 「珍しイお酒トハ・・・? 卵ノ殻を煮テ、ナニをしてイるのですカ?」 「卵の殻で、お酒を醸造するのですわ」 ミランダが震える声で答えると、千年公は大仰な仕草で驚く。 「我輩、もう千年ハ生きてマスが、そンなお酒は一度モ見たコトがアリマセン!」 裏返った声をあげて驚く彼が、鍋の中をよくよく見ようと近づいた時―――― ミランダはすかさず火かき棒を突き出した。 「がっ・・・!!」 決して触れられなかった彼は、真っ赤に焼けた火かき棒に胸を貫かれ、くぐもった悲鳴をあげる。 「ヨクモ・・・これデ終わるト思わナイことですヨ・・・!」 恨みがましい声を最後に彼は煙となって消え、放り出された子をミランダは慌てて受け止めた。 「い・・・いなくなったの・・・?!」 激しく泣き出した子供を抱きしめ、おろおろと辺りを見回すと、確かにいなかったはずの護衛達が唖然とした顔で、草の上にへたり込んだミランダを見ている。 「あの・・・どうされました?」 ミランダが一人で取り乱しているように見えたのだろう、騎士の一人が遠慮がちに声をかけてくるが、ミランダは首を振るばかりで声も出なかった。 と、馬車からまろび出てきた乳母がミランダに駆け寄り、彼女ごと赤子を抱きしめると、金切り声で不審者だ人攫いだすぐにひっ捕らえろと騒ぎ出す。 「不審者・・・と言われましても・・・・・・」 「我ら、ずっと馬車を取り囲んでおりますが、不審な者など誰も・・・」 困惑げに顔を見合わせる騎士達を呆然と見上げて、ミランダはがくがくと頷いた。 「あれはきっと・・・人間ではありません・・・! 取替え子をしに来た・・・トロールかなにかです・・・・・・!」 「まぁ・・・!」 真っ青になった乳母が、ミランダの背を慰めるように何度も撫でる。 「恐ろしい・・! なんて恐ろしい・・・!!」 震え声で呟いた乳母は、ややしてはっと顔をあげた。 「奥方様!若様は!!」 「っ!!」 子供を抱えたまま、馬車に駆け寄ったミランダは、もう一人の乳母が抱く息子がなんの変わりもなく、元気に乳を含んでいる様にホッとする。 「あの・・・どうかされたのですか?」 血相を変えて馬車に飛び込んできたミランダに乳母が唖然として問うと、ミランダと乳母は代わる代わる、たった今体験した恐ろしい出来事を話して聞かせた。 「まぁ・・・!なんてこと・・・!」 ミランダの言うことを疑いもせず、信じた乳母も蒼褪めて震え出す。 「でも・・・こちらが無事でよかった。 なにか護符でも持たせていたかしら・・・?」 不思議がるミランダの前で、乳母がドレスのポケットから鋼のハサミを出した。 「きっとこれですわ。 悪い妖精は、鋼の刃物が嫌いだって言いますから」 城に着いたらゆりかごに入れようと思っていた、と言う彼女にミランダは頼もしげに頷く。 するともう一人の乳母が、申し訳なさそうにうな垂れた。 「私は・・・お子様を傷つけてはと思って、何も・・・」 ボタンすらドレスからはずしてしまったと言う彼女に、ミランダは首を振る。 「無事だったのですから、気に病まないでくださいね。 城に着いたら、ゆりかごに鋼のハサミを入れておくことにしましょう」 それまでは騎士にナイフでも借りていようと、ミランダは馬車を降りた。 と、 「ミランダ!」 大声で名を呼ばれ、街道の向こうを見ると、リーバーが馬で駆けて来る。 「あなた!」 懐かしい顔にホッとして、ミランダは夫君を迎えた。 「ようやく会えたな」 「おかあさまー!」 下馬した夫と息子にキスをしたミランダの腕の中では、赤子がまだ大きな泣き声をあげている。 「元気だな! さすがは男の子だ!」 「おとうとですね! ぼく、おにいさまになったんですね!」 大喜びで赤子を受け取ったリーバーに、ミランダが複雑な顔をして首を振った。 「え?うちの子じゃないのか? もしかして乳母の子か?」 それにしては小さすぎるがと、不思議そうな顔をするリーバーを、ミランダが上目遣いで見つめる。 「それが・・・ですね・・・」 振り返り、背後に控えた乳母を手招いた。 「三男はこちらで・・・」 「こっちがおとうとでしたか! おにいさまですよ!」 嬉しげに頬を染め、乳母が抱く赤子を覗き込む次男に微笑んで、ミランダはリーバーに苦笑する。 「そちらは長女です」 「誰の」 乳母か、と再び尋ねた彼に、ミランダは首をすくめた。 「私達の・・・」 「は?!」 目を丸くしたリーバーの前で、ミランダは身を縮める。 「その・・・双子でした」 「なんで黙ってたんだよ!一人だって聞いてたぞ?!」 驚きのあまり、頓狂な声をあげるリーバーの前で、ミランダがうな垂れた。 「驚かせようと思って・・・。 あなた、ずっと姫が欲しいっておっしゃってたから・・・」 今回の出産で初めに息子が生まれた時は、周りのはしゃぎぶりとは逆に、ほんの少し残念に思ったものだが、続いて生まれたのが娘とわかるや、ミランダはすぐに今回のいたずらを企んだのだ。 「・・・3回目ともなると、出産も余裕だな」 「はぁ、まぁ・・・うっかり4回目も同時体験したものですから」 しかし、数ヶ月もの間周りに口止めし、念入りに準備したにもかかわらず、サプライズは失敗してしまった。 「あなたのお誕生日に姫をプレゼント、って趣向で、お披露目するつもりだったんですよ・・・。 そのために、できるだけ急いで帰ってきたのに・・・」 「あー・・・そりゃ、迎えに来て悪かった・・・」 タイミングが悪すぎたと謝りながら、リーバーは腕の中で派手に泣いている娘に頬を緩める。 「姫かぁ・・・ きっと、お前に似て可愛くなるんだろうな 息子達は自分に似てしまい、ミランダの面影が少しもないからと言う彼に、ミランダは呆れた。 「それで・・・娘が欲しかったんですか?」 「娘なら、さすがにお前に似るだろうと思って」 当然のように頷いたリーバーに、ミランダが笑い出す。 と、リーバーは娘をあやしながら、街道の向こうを指した。 「ちょうど俺もオーストリア公と行きあって、婚約の件、聞いたぜ。 公の娘なら、俺も異論はないから正式に受けることにしよう」 言うと、ミランダが目を輝かせる。 「エリアーデさんの血が入るんですね! 今から孫が楽しみです まだ生まれて3ヶ月の息子を抱きしめ、あまりにも気の早いことを言うミランダに、リーバーは笑い出した。 すると泣いていた娘の機嫌もようやく直り、機嫌よく父のマントを掴む。 「この子もきっと美人になるぞ」 アレイスターとの話を思い出しながら、彼は大きく頷いた。 「よし、姫は婿取りして、ここの領主にしよう。 そうすればずっと傍に置いていられる!」 ここは元々女領主領だし、問題はないはずだと言う彼には、ミランダより先に次男が同意する。 「じゃあぼく! がんばっておおきな国を取ってきます!」 そしてそこの領主になる!と、頼もしく言った息子を、リーバーは大きな手で撫でてやった。 その後間もなく合流した一行は、赤子の乗る馬車のペースに合わせてゆっくりと帰還の途についた。 長女の乗る馬車へ移動したミランダは、娘を抱いたまま、馬車に乗り込んだ夫についさっき起こったことを話して聞かせた。 「取替え子されそうになっただなんて・・・!」 きつく眉根を寄せたリーバーに、ミランダと乳母は揃って頷く。 「奥方様が機転をきかせて、見事に退けられましたけど・・・私が鋼を身につけていなかったばっかりに・・・」 申し訳ないと恐縮する乳母に、リーバーは首を振った。 「まさかこんな事が起こるとは思えないからな、仕方なかったと思う。 しかし・・・ミランダはよくがんばったもんだ」 幼い頃から共にいるミランダの、気弱な性格をよく知るリーバーが驚くと、彼女はぎゅっと娘を抱きしめる。 「この子を渡すわけには行かないと思って、夢中で・・・。 それに、取替え子をしようとするトロールを退ける話は、つい先日、イングランドの子達から聞いたんです」 「へぇ・・・もしかして、獅子心王の家臣か?」 イングランド王を牢から助け出したイングランド人の少年が、ミランダもいた皇帝の城に忍び込み、彼女をさらおうとしたとは聞いていた。 「その場で切り刻んでやればよかったんだ」 「あら、だって・・・まだほんの子供でしたよ、アレン君もラビ君も! 悪いのは、勝手に牢を出てしまったイングランド王で、助けようとするのは家臣として当然ですもの」 よくがんばったと思う、と、ミランダは男の子の母親らしいことを言う。 「イングランド王を再び捕らえたハワードさんが、とても怒って身代金と引き換えにイングランドに帰すとおっしゃるから、アレン君とラビ君はすぐに牢を出されて、イングランドに追い返されてしまったの。 でもその前に、アレン君が身代金の値引き交渉がうまく行かないから口添えしてくれって言いに来て、その時に色々お話をしたんですよ。 あの子達がイングランドやウェールズの不思議なお話を聞かせてくれたおかげで、卵の殻のことを思いだしたんです」 「卵の殻?」 不思議そうに問い返すリーバーに、ミランダは頷いた。 「あのトロールを追いかけて、捕まえようとしたんですけど手がすり抜けてしまって、どうしても触れなかったんです。 どうすればいいのかとても困っている時に、あの子達が『取替え子を見分ける方法』を話してくれたことを思い出したんですよ」 「卵の殻で?」 どんな方法だと、興味を惹かれると言うよりは呆れ顔のリーバーを、ミランダは上目遣いで見上げる。 「そんな・・・呆れなくったって・・・」 結果としてうまく行ったんだからと、拗ねそうなミランダを宥めて、リーバーは先を促した。 「・・・あの子達が教えてくれたんです・・・」 少し拗ねた様子ながらも、ミランダは話し出す。 「取替え子が家にいると思ったら、暖炉にかけた鍋に卵の殻を入れて、取替え子に『卵の殻で酒を作ってるんだ』って見せると、『何百年も生きてきたが、そんな話は聞いたことがない』って驚くから、そのまま暖炉の火にくべてやれば煙突から飛び出して本当の子供が帰ってくるって」 「・・・随分思い切ったことをするんだな」 本当の子供だったらどうするんだと、呆れるリーバーにミランダは、首をすくめた。 「・・・でも、あのトロールは最初から人間じゃないってわかっていましたから。 朝食用に沸かしていたお湯に卵の殻を入れて『お酒を作ります』って言ったら近寄ってきたので・・・」 真っ赤に焼けた火かき棒で突いてやると、煙のように消えたのだと、ミランダは震える手で娘を抱きしめる。 「そうか・・・がんばったな」 ミランダの震える手を撫でて、リーバーは無事だった娘の顔を覗き込んだ。 「えぇ・・・」 彼の手の暖かさにホッとして、ミランダは改めて娘を渡す。 「がんばって守りましたわ。 あなたへの、プレゼントですもの」 「ありがとう」 娘を受け取ったリーバーは、とても嬉しげに微笑んだ。 「・・・しかし、このままでは終わらないと、そのトロールが言ったんだろう?」 ふと不安げな顔をして、リーバーは腕の中の娘を見下ろす。 「だったら姫を守るためにも、城の奥深くに閉じ込めて、誰にも会わせないようにして・・・」 「監禁なんて、可哀想ですからやめてください」 ため息をついたミランダにしかし、リーバーは難しげに眉根を寄せた。 「じゃあ、どうやって守れば・・・そうだ、この件はイングランド人が詳しいんだよな? だったらジジに、対応策を検討させるか! あいつはイングランド人じゃないが、十字軍に従軍していた時にイングランド人の通訳をしていたから、色々聞いているはずだ」 「それでしたら若君のお世話をしている乳母も、かなり詳しいようでしたわ。 悪い妖精は鋼が嫌いだからって、ポケットに鋼のハサミを持っていたんです。 おかげで、若君は安全でいらしたんですよ!」 前方の馬車を指す乳母に頷き、リーバーは機嫌よく手足をばたつかせる娘に微笑む。 「じゃあ、お前を守るために・・・」 にこりと、笑った顔が酷く邪悪だ。 「街ごと鋼で武装するか」 「っ?!」 さらりと言った彼に驚いた乳母が、とっさに目をやったミランダもまた、冷たい笑みを浮かべる。 「旦那様にケンカを売ったのですもの、それ相応のお仕置きは当然です 「・・・・・・・・・っ」 穏やかな顔をして恐ろしいことを言う夫婦に、乳母はこの先やっていけるだろうかと不安に苛まれた。 長い時間をかけて街道を渡り、街へ入ると、沿道は詰め寄せた領民の歓声で溢れかえった。 「あらまぁ・・・! 皆さん、どうされたんですか?!」 まさか自分の出迎えにこんなにも人が集まるとは思わず、ミランダは目を丸くする。 と、 「お優しい領主様がまた若君を産んでくれたって報せたら、それはめでたいからみんなで出迎えなきゃってことになったらしいぞ。 先に行かせた早馬で、姫も生まれたって知らせたから、更にテンション上がったんだろ」 「まぁ・・・」 熱狂的な歓声のすべてが自身に注がれていることが信じられなくて、ミランダは呆然と窓の外を眺めた。 「皆さん・・・いつ頃からいらしたんでしょう・・・」 労働の後にしては妙にさっぱりした格好をしていると、不思議そうなミランダにリーバーが笑い出した。 「夜が明ける前から集まっていたな。 今か今かと待ち構えてたんだろう」 「ま・・・! じゃあ私、随分と皆さんをお待たせしたんですね・・・!」 申し訳ないと、ここまで領民を気遣う領主も珍しいだろう。 だがリーバーが厳しい分、それで釣り合いが取れているとも言えた。 「そうやってミランダが気遣いをするから、領民は俺を許してくれるんだよな」 ミランダまで厳しければ、この領内では何度も反乱が起きたことだろう。 それにも礼を言うと、ミランダは静かに首を振った。 「私は・・・お飾りですから。 皆さんを宥めるのがお仕事だと思っています」 執務は全てリーバーと家臣に任せきりで、子育てすら乳母に任せていると苦笑する。 突然話を振られた乳母は恐縮し、慌てて首を振った。 「それが私のお役目ですから! お仕事、がんばらせていただきます・・・!」 実は敵には容赦ない顔を垣間見た後では、自然と気が引き締まる。 「よろしくお願いしますね」 穏やかで優しいミランダの笑みからは、先程の恐ろしい気迫は感じられず、乳母はホッとして何度も頷いた。 「その・・・姫様は私がお預かりしますので、領主様方は領民の方達にお顔をお見せになってはどうでしょう? 今回は、奥方様の凱旋でいらっしゃるんでしょう?」 このまま二人と同じ空間にいると緊張するから、と言う本音はうまく隠して言って見ると、二人は途端に目を輝かせる。 「凱旋・・・私が・・・?」 「それはそうだ!」 いいことを言ってくれたと、喜んだリーバーが馬車を降り、騎馬で戻って来た。 「さぁ」 ミランダに手を差し伸べ、鞍に同乗させると、沿道の領民達から雷鳴のような歓声と拍手が沸く。 「おかあさまー!」 兄の馬に同乗した息子が手を振って落ちそうになり、生真面目な兄から叱られてうな垂れていた。 その様にクスクスと笑いながら、ミランダが領民へ向けて手を振ると、更に歓声が大きくなる。 「なんだか・・・主役を奪ったみたいでごめんなさい。 本当は、旦那様のお誕生日を祝わなきゃいけないのに」 そのために弟へ無理を言って帰って来たのにと、ミランダは苦笑した。 この状況では領民の誰も、夫君の祝い事を思い出しもしないだろう。 「城に帰ったら、明後日までは双子のお国入り祝いだろうから・・・そうだな、俺の誕生日はスルーだな」 明日だし、と、リーバーはさほど残念そうにも見えず、頷いた。 彼の誕生日パーティの準備はそのまま双子のお国入り祝いに流用され、無駄になるどころか、補充が必要になるだろう。 「でも、まぁ・・・」 併走する馬車の中で機嫌よく手を振る娘を見遣り、リーバーは微笑んだ。 「ずっと欲しかったものが手に入ったからな。満足だ」 満面の笑みで手を振る夫君を、領民達は珍しいものでも見るかのように、口をあけて興味津々と見つめる。 「一人と言わずまた、いくらでも手に入るかもしれませんよ?」 クスクスと笑うミランダの額に口付けて、リーバーは嬉しげに笑った。 Fin. |
| 2013年班長お誕生日SSでした! 本当にネタに困っていて、危うく没の危機でしたよ! ミランダさんも、めでたくママになりました(笑)>いや、前回からですけどね。 中世には、双子ってあんまりよく思われてなかったんじゃないかとは思いますが、3人目と4人目で、一人は女の子だからまぁいいかなって、進めてしまいました(笑) 街道を通って帰ったとは言え、今みたいに平らに舗装されてない道を3ヶ月の赤子が馬車に長時間乗ってたら揺さぶられっこ症候群になりかねないので、そりゃもう休み休みゆっくりゆっくり行ったのですよ、ということで。 そんで文中で奥方二人を『多産系』と言ってますが、まだ4〜5人生んだ程度では多産系とは言わないのかも(笑) オーストリア女帝のマリア・テレジアは16人産んだそうですから。 ハプスブルク家が欧州の王族と結婚しまくって世界をほとんど手に入れたのは、この家の女性が健康な多産系だったからだそうで、『元気な子供をころころ産んでくれる娘』が欲しかった王家に需要があったためなんて言われてます。 ちなみにオリジナルキャラの誰にも名前がないのはわざとです。 出すのは仕方ないにしても、あまり異物混入はしたくなかったので、なるだけ名前を出さなくていいように書いています。 不便だったらラインハルトとかジークフリードとか適当に名前をつけて呼んでやってください(笑)>銀英かよw |