† Wars of the Roses †
その朝、珍しく自室のベッドで目を覚ましたコムイは、濃密なバラの匂いにむせこんだ。 ―――― 誰かがボクの命を狙っている!! 目を開けて、最初に思い浮かんだのは、その言葉だった。 密閉された部屋に大量の植物を置けば、それらが夜の内に酸素を吸収し、二酸化炭素を放出するために、中の人間は酸欠死しかねない。 ―――― でも、こんなマニアックな殺し方を選ぶなんて、誰だろう・・・? と、心当たりを思い巡らせるが、誰も彼も、こんな不確実な方法を選ぶとは思えない。 ―――― また、誰かに恨みを買ったかな・・・? やれやれ、と、寝返りを打った彼は、寝ぼけた半眼を見開いた。 いつからいたものか、愛しい妹が、彼の枕元に突っ伏して寝息を立てている。 「リナリー」 彼の部屋をバラで埋めた犯人に、笑み崩れつつ呼びかけると、彼女は大きな目をぱちりと目を開けた。 「哥哥早♪(おはよう、にいさん)」 楽しげに笑う妹の頭を撫でてやりながら、ベッドに身を起こしたコムイは、バラで盛大に飾られた自室を見回し、吹き出した。 「これだけの量を、よく運んだね!」 「うふふ 得意げに笑って、リナリーはコムイに抱きつく。 「ハッピーバレンタイン♪兄さん、大好きよ 「ボクもだよー 窒息しそうな程、濃密なバラの香りに包まれながら、コムイはしまりのない笑みを浮かべて、愛しい妹を抱きしめた。 「今日も寒いなぁ・・・。 ・・・・・・・・・?」 自室を出たアレンは、彼とすれ違う人々の多くが、花を持っている様を見て、不思議そうに首を傾げる。 と、 「クロちゃんが、面白い商売始めたんさ」 突然、間近から声を掛けられたことには驚きもせず、アレンは振り返った。 と、思った通り、神出鬼没がチャーム・ポイントのラビが、笑みを浮かべて立っている。 「商売?」 朝っぱらから、なぜかボロボロになっている彼の様子も気になったが、とりあえずアレンは、ラビの言葉の方に問いを発した。 「ま、金は取ってないから、商売とはいわねぇかもしんねぇけどぉ」 アレンが驚かなかった事に、やや落胆しながらも、ラビはアレンを手招いて、共に中庭に出る。 そこでは、たくさんのバラの切花に囲まれたクロウリーが、忙しく立ち回っていた。 「クロウリーさん、何してるの?」 ワケがわからず、傍らのラビに尋ねると、彼はにんまりと笑う。 「今日はSt.バレンタインデーですヨ、アレン君♪」 「あぁ、それで贈り物のバラか・・・って!えぇ?!ここって、女の人少ないのに?!」 一人にどれだけ集中すんの、と、驚愕するアレンに、ラビも深く頷いた。 「競争率、メチャ高だからなぁ・・・。 朝一番で、大半ゲットして持って行ったっつーのに、既にドアの前はバラだらけで・・・」 「ちょ・・・ちょっとちょっと・・・! ラビ、誰に持って行ったの?!」 かなりのところ動揺しつつ、アレンが問うと、彼は、ふにゃ、と、ふやけた笑みを浮かべる。 「もっちろーん 夜明け前にバラ園に行って、咲いてるやつはほとんど刈り取って、元帥のとこに行ったんさ。 部屋の前でお目覚めを待とうと思ったら・・・多分、昨日の夜から置いてたんだろうな。 ドアの前はもう、バラで埋め尽くされてたんで、とりあえずそれの大掃除して、直接渡して来たんさ 「か・・・かわいそうに・・・・・・!」 恋敵達に対し、容赦のないラビの行動に、アレンは眉をひそめた。 「で?クロウリーさんはなんで、即席花屋なんかしてるの?」 再び問えば、ラビが、乾いた笑声を上げる。 「いやぁ・・・それが、俺や他の連中が切り取った花ってのが、クロちゃんが丹精してたヤツらしくってさ・・・。 クロちゃん、吸血鬼モード発動で激怒っちゃって・・・・・・・・・」 「あぁ・・・それでそんなにボロボロなんだ・・・?」 激怒状態のクロウリーの姿を思い浮かべたアレンが、青ざめた顔に、引きつった笑みを浮かべると、ラビは『半分は元帥だけどな 「んで、『勝手に切り取られるくらいなら自分で剪定する!』っつって、切ってもいい花を選んで出店したんさ。その代わり、バラ園には一切、手を出すな、って」 「クロウリーさん・・・気の毒に・・・・・・」 あんなに丹精していたのに、と、同情の目を向けるアレンに、ラビはにやりと口の端を曲げる。 「同情してないで、お前も早くもらって来いよ。 紅いバラはもう、俺がほとんど持って行っちまったから、残り少ないぜ?」 「は・・・はぁぁ?! あ・・・あああ・・・紅バラって、誰に?!」 「オヤ?アレン君、ご所望でない?じゃあ、俺が持って行っちまおうかなぁ?リ・・・」 「ラビはもう、クラウド元帥に贈ったんでしょ?!二股は絶対、許しませんよ!!」 思わず絶叫したアレンに、ラビは笑みを深めた。 「じゃあ、お前が贈るさ がんばー♪と、陽気な声と共に背中を叩かれ、たたらを踏みつつ数歩を進んだアレンは、ラビにまんまと乗せられたことを悔しく思いながらも、クロウリーの元に残った全ての紅いバラを包んでもらった。 「・・・問題は、これをどうやって渡すか、ですよ・・・・・・・・・」 一人では抱えきれないほどのバラの花束は、一旦自室に置いて、アレンは眉間に深い皺を刻んだ。 他の女性ならともかく、リナリーには、悪魔よりも恐ろしい兄がいる。 多少の障害ならものともしないアレンも、さすがにコムイに正面切って挑むほど、豪胆ではなかった。 「そんなの簡単さ。 コムイが科学班にカンヅメになってる間に、呼び出すなり、一人になったところを狙うなりすればいいさ」 アレンと並んで、石の廊下を歩むラビが、なんでもないことのように言う。 が、 「・・・・・・この、監視ゴーレムがひしめく中でですか?」 アレンは、彼らの頭上をパタパタと飛び回る、黒いゴーレムを指し示した。 「これって、映像も音声も、科学班に転送してるんでしょ?」 バレバレだよ、と、深く吐息するアレンをはげますように、ラビは彼の背を叩く。 「だーぃじょうぶ!そこは、俺も協力してやっからさ♪」 「ほんとかなぁ・・・・・・」 かえって悪化しそうな気がする、と、暗い予感を口にしつつ食堂に入ったアレンは、真正面に差し出された花束に顔を埋めてしまった。 「むほっ!」 なに?!と、驚いて目を見開くと、巨大な花束の影から、ひょい、と、料理長はじめ、シェフ達の笑顔が現れる。 「アーレーンーちゃーん シェフ一同から、プレゼントよぉん 「えぇっ?!」 なんで?!と、驚く彼の腕に、花束が押し付けられた。 「いっつも『おいしいおいしい』って、たくさん食べてくれるアレンちゃんに、みんなからのお礼 「だって!僕こそいつも、おいしいご飯を食べさせてもらってるのに!!」 逆ですよ、と、声を高めたアレンに、嬉しげな歓声が沸く。 「いいのよぉ ね 「フトコロ広いなぁ、シェフ達・・・俺には、仕事を増やしてるようにしかみえねぇけど・・・・・・」 傍らにいたラビが、思わず感嘆の声を上げると、 「なに言ってるの!料理人にとって、おいしいって、たくさん食べてもらえることが、どれだけ嬉しいか!」 ジェリーは、逞しい二の腕に力瘤を持ち上げて力説する。 「今日もたくさん食べてってねーん 「はい!ありがとうございますっ!」 大歓迎で食堂に迎え入れられ、アレンも嬉しげな歓声を上げた。 「そっかー・・・バレンタインに、こんな贈り方もあったんですね!」 色とりどりの、豪華なバラの花束に、嬉しげに顔を埋めたアレンに、しかし、ラビは首をかしげる。 「んー・・・まぁ、世間一般のやり方じゃねぇだろうけど、ここ、女すくねぇしな。 お祭りに参加してぇけど相手はナシ、って奴らの、苦肉の策じゃねぇ?」 甚だ失礼な発言に、アレンが、なにか言い返してやろうと口を開いた時、 「アレンー!」 甲高い声で呼びかけられ、振り向けば、エクソシスト候補生の少女が二人、彼に駆け寄ってきた。 「アンジェリカ、エリザベス、どうしたの?」 アレンが笑いかけると、二人は恥ずかしげに顔を見合わせ、それぞれの背後に隠していた小さな紅いバラの花束を、同時に差し出す。 「これ!受け取って!!」 「ありがとう!どっちのお花もかわいいね すかさず、その上そつなく、二人に魅惑の笑顔を振りまくアレンのナンパ振りに、ラビは思わず吹き出した。 「アンジー、ベス、俺にはないんさ?」 「あるよ!」 「ラビはこっちね!」 と、差し出されたのは黄色いバラの花束。 「・・・・・・いつも遊んでやってんのに、俺には『薄れ行く愛』かよ・・・」 おにーちゃんは悲しい・・・呟く彼に、少女たちは一所懸命首を振った。 「ちがうよー!」 「クロちゃんが言ってたもん!黄色いバラは『可憐』って意味だって!」 「・・・・・・なんかそれもビミョーな気がすっけど・・・まぁ、いいか。ありがとな♪」 「じゃあ、これ。もらい物で悪いけど、僕から二人にだよ」 そう言うと、アレンはジェリー達にもらった花束の中から、ピンクのバラを引き抜き、小さな花束を作ってそれぞれに渡す。 「どうぞ、レディ達」 差し出された花束を、顔を赤らめて受け取った少女達は、歓声を上げつつ去っていった。 「さすが天然ナンパ少年。お見事デス」 「からかわないで下さいよ」 拍手するラビに苦笑を返したアレンは、食堂を出て行く少女達と、入れ替わりに入ってきた神田に、目を丸くする。 「か・・・かかかかか・・・!!神田!!ソレ!!」 いくつものバラの花束を、無造作に小脇に抱えた神田に、驚愕の声を上げると、不機嫌な顔がアレン達の方を向いた。 「やっほー、ユウ♪随分大漁さ♪」 「ラビ、これは一体、何の祭だ?」 二人の元へ、大股に歩み寄ってきた神田は、ワケがわからん、と、眉間に皺を寄せる。 「ユウちゃんのこと、好きー 面白がっている風の、ラビの説明に、案の定、神田は眉間の皺を深くした。 「くだんねぇな。花をもらったって、どうしろってぇんだ。 飾ろうにも、花瓶なんかねぇぞ」 憮然と言い放つと、神田はテーブルに花束を放り出し、踵を返して注文カウンターに戻る。 「冷たいんだから・・・」 「んー?でも、アイツ、一緒に任務に行ったファインダーからは、結構慕われてんだよなぁ」 「え?!なんで?!」 「アイツと行くと、生存率高ぇから」 否定的な声を上げるアレンに、ラビの言葉がぐさりと刺さった。 「あー・・・そーですねー・・・。 自分のレベルもわきまえず、アクマに突っ込んじゃって、全員を危険にしちゃう僕と一緒にいるよか、いーでしょーねー・・・」 地を這うような暗い声に、ラビが乾いた笑声をあげる。 「まぁ、ファインダーだけじゃなくてさ、主にアイツは男子に人気あんだよな」 と、ラビが指し示す先を見遣れば、カウンターに佇んでいた神田に、エクソシスト候補生の少年がバラを差し出しているところだった。 「カンダ!オレ、絶対エクソシストになるから!そんで、あんたみたいにクールなサムライになるんだ!」 アレン達の席まで聞こえる、少年の興奮した声に、二人は苦笑する。 「ユウちん、クールかなぁ?」 「西洋人って、サムライになれるんですか?」 かわいいなぁ・・・と、和んだ視線の先で、少年は続けた。 「だから!オレが大人になったら、結婚してくれ、カンダ!」 「――――・・・あ、殴られた」 「神田、子供にも容赦しませんね・・・」 引きつった笑みを浮かべつつ、見守る二人の元へ、朝食を手にした神田が、足音も荒く戻ってくる。 「なんっだ、あのガキ!!目ェ悪ぃんじゃねぇのか?!」 「目つきが悪ぃのはユウの方じゃん」 肩を震わせて爆笑するラビに、神田の、一際鋭い視線が刺さった。 「てめぇにやる!処分しとけ!!」 けったくそ悪ぃ、と罵りつつ、神田はテーブルに放置していた全ての花束を、ラビに押し付ける。 「んな、嫌がるほどのもんでもないさ。ガキのちょっとした勘違いじゃん?」 「じゃあ、お前が嫁に行け!」 「あ、それはヤダ。どうしてもって言われたら、お婿の方がいい 二人のやり取りに、クスクスと笑声を上げるアレンにも、神田の鋭い視線が刺さった。 「大体!なんで俺が嫁だ!どうせならモヤシを嫁にしろってぇんだ!」 「なっ?!僕だって嫌ですよ!ってか、そもそも僕は、求婚されてませんし!」 「そうそう、ユウちゃんにプロポーズしたんさ、ヤツは。 それをけんもほろろに・・・!ユウちゃんの鬼!」 「うるせぇよ!嫁になるくれぇなら、鬼で結構だってぇんだ! ・・・そうだ、鬼と言えば、コムイんとこが、すげぇことになってたぜ」 話題を変えて、ようやく朝食に手を伸ばした神田に、ラビとアレンが興味深げな視線を寄せる。 「リナリーの仕業だな、きっと。 たまたまコムイの部屋の前を通りかかったら、ものすごい匂いがしたんで、何事かと思って覗いたら、一面、白バラで埋め尽くされてたぜ」 「マジで?!」 なぜか、絶叫するラビに、神田はあっさりと頷いた。 「あれだけのバラを運び込むなんざ、よくやったもんだ、って、感心したぜ、俺は」 他の人間ならともかく、神田が感心した、と言うくらいなのだから、それはとてつもない有様だったのだろう。 「それ、僕も見たいなぁ・・・」 と、呟いたアレンに反し、ラビは、辺りの皿が跳ね回る勢いでテーブルを叩いた。 「あ・・・ンの・・・おてんば小娘――――!!!!白バラの犯人はアイツかよ!!」 「なに?!どうしたの?!」 ラビの剣幕に、アレンが瞠目する。 と、 「どうしたもこうしたもあるか! さっき、バラ園のバラを大量に刈り取って、クロちゃんが激怒った、っつったろ?! 紅バラは確かに俺がやったんだけど、白バラをごっそり刈り取ってった犯人はわかんなかったんさ! それで、俺がソイツの分までクロちゃんに怒られたんさ!!」 激昂するラビに、しかし、神田は冷静だった。 「お前も犯人の一人なんだから、同じことだろうに」 「そうそう。自業自得でしょ?」 珍しく意見の合った二人に、ラビは更に激昂する。 「全っ然!同じことじゃないさ!!」 言いつけてやる!と、席を立ったラビの袖を、素早くアレンが掴んだ。 「やめときなさいよ、みっともない。 レディの罪は、見て見ぬ振りをするのが男の甲斐性ってもんです」 「うっわぁぁ!!年下に説教されるなんて!超ムカツクさ!!!」 「だから、自業自得だっつってんでしょ」 ラビの袖を掴んだままの手からは、決して力を抜こうとせず、アレンは、食後のお茶に息を吹きかける。 「それに、クロウリーのことだ。お前が告げ口したところで、リナリーにお前以上の仕置きをするとは思えねェな」 神田の言葉に、 「これだから西洋はっ!!」 と、まるで西洋人ではないようなことを言いつつ、ラビは悔しげに腰を下ろした。 その様に、ようやくラビから手を離したアレンは、ふと、視線を神田に戻す。 「ねぇ、神田。コムイさんの部屋って、そんなに強い匂いがしていたんですか?」 「あぁ。何しろ、部屋中をバラが覆ってんだからな。あんな場所で平気で寝るなんて、あいつ、鼻が悪ぃんじゃねぇのか?」 「寝てたんだ・・・・・・」 「俺があの部屋に入った時は、さすがにもう、起きてたけどな。ものすごい香気の中で、嬉しそうにリナリーとじゃれてたぜ。 だとすると・・・リナリーも、かなり鼻が悪いな。どうした?」 にんまりと、口元に笑みを浮かべたアレンに、神田は訝しげに眉をよせた。 「ううん。そんなに珍しい現場なら、僕も見たいなぁと思っただけです」 あからさまにうそ臭いその言葉に、神田とラビは顔を見合わせ、『なにか企んでるな』といわんばかりに頷きあう。 「じゃあ、僕、ちょっと用があるんで、お先です」 意味深な二人の目配せには気づかなかった振りをして、アレンはにこやかに立ち上がった。 「あ、ラビ、協力をお願いしたい時は声掛けますんで!ヨロシクー♪」 陽気に手を振りつつ、去っていったアレンを見送った神田は、ラビに視線を戻す。 「お前、ヤツにいいように利用されてるって、いい加減、気づけよ」 「・・・・・・やっぱ、そうなんかな?」 「明らかにそうだろ」 冷たく断言して、神田は箸を置いた。 「あれ?ユウ、もう終わり?」 「これ以上花にまみれる前に、退散する」 言うや、神田は椅子を蹴って立ち上がり、素早く食堂を出て行く。 「退散って・・・?」 ふと見回せば、花束を手に、残念そうに神田の去っていった方向を見つめている者が、何人もいた。 「・・・・・・どーっせ!俺はモテないさっ!」 ラビは憮然と言い放つと、神田の残していった花束に、ふてくされた顔を埋めた。 食堂を出て、普段は寄り付きもしない科学班へ、まっすぐに走っていったアレンは、件の部屋に至る前から既に香るバラの香りに、にっこりと頬を緩めた。 そのまま、壁伝いにそろそろと近寄り、こっそりと中を覗き込むと、思った通り、室内に生花はない。 室外まで香る濃厚な香りは、バラに満たされた部屋で寝ていたという、コムイに移ったものに違いなかった。 「大体・・・10mくらい・・・かな?」 アレンは現在のコムイとの距離を目測で確認すると、雑多な室内にリナリーを探す。 が、彼女の姿は、慌しく行き来する人々の間に、見出すことはできなかった。 「あ、ミランダさん!」 なぜか、科学班に入り浸っているミランダが、近くを通りかかったため、アレンは密やかに声を掛ける。 「あら・・・おはよう、アレン君」 「おはよーございます!あの・・・リナリーはどこですか?」 「自分のお部屋よ。お兄さんからのプレゼントが、大変なことになってるから」 くすくすと、明るい笑声を上げるミランダに、アレンの目が光った。 「ラッキー!ありがとうございます!」 「いいえ」 くるりと踵を返したアレンを見送ると、ミランダも、軽やかに踵を返す。 ふわりと髪が舞い、一瞬露わになった細い首に、繊細な銀のチェーンが、きらりと光った。 一旦自室に戻り、大きな花束を抱えたアレンは、未だ食堂でとぐろをまいていたラビに声を掛けた。 「ゴーレムをなんとかしてほしいんです!」 「お?とうとう決行さ?」 楽しげに笑うラビに、アレンは頷く。 「今なら、リナリーは部屋にいるんです!」 「コムイは?」 「科学班で仕事してました!」 「じゃあ、ヤツの見張りもしろってか?」 思わず眉をひそめたラビに、アレンは笑って首を振った。 「今日だけは大丈夫。コムイさんが来たら、10m先からわかりますよ」 「なんで・・・って!そうか!移り香か!!」 「バラ園にあった白いバラって言ったら、ダマスク系の、あの香りの強い花ですよね?」 薬効があるとかで、バラ水の材料にもなる花だ。 「コムイさん、すっかり香りが移っちゃって、科学班は花園みたいでしたよ」 「そりゃー、後で見物に行かなきゃさ♪」 陽気に言って、立ち上がったラビと一緒に、アレンはリナリーの部屋に向かった。 その途中、 「んじゃ、俺はこの辺で」 と、ラビが立ち止まる。 「ねぇ?どうやってゴーレムを止めるんですか?」 「それは聞かない方が身のため♪」 パタパタと手を振るラビに、いぶかしみながらも頷いて、アレンは一人、先へ進んでいった。 その彼の姿が、回廊の角に消えてしまうと、ラビは、辺りに人がいないことを確かめ、槌を発動する。 「天判!」 槌に、『天』の文字が刻まれ、 「雷霆回天!」 彼の声と共に、石の回廊内を稲妻が走った。 途端、強い電荷の放出にあてられたゴーレムは、羽虫のように落ちていく。 「停電完了ー♪」 とはいえ、城内全ての機器を使用不能にしては、科学班が激怒状態で飛んでくるため、落としたのはこの階にいるゴーレムのみだ。 「俺ってお利巧さんだなぁ・・・」 誰も誉めてくれないため、自分で自分を誉めつつ、ラビは、アレンの決定的瞬間を見物に向かった。 ゴトゴトッと、重たげな音を発して、次々と石の床に転がるゴーレムに、アレンは目を丸くして感心する。 「さすがラビ・・・有言実行だなぁ・・・・・・」 機能停止したゴーレムを見下ろしつつ、アレンはリナリーの部屋をノックした。 「はい?」 バラの芳香を伴って、すぐさま開いたドアに、アレンは、今の今まで忘れていた緊張と羞恥心が一気にせりあがる。 「あら、おはよう!・・・アレン君?」 首まで真っ赤になって硬直しているアレンに、リナリーは不思議そうに小首を傾げた。 「あ・・・あの・・・っ! リナリー・・・これ・・・・・・っ!!」 いかにコムイを出し抜くか、という考えに頭を支配されていた時には、すっかり失念していたが、通例、バレンタインデーに女性に花を贈る行為は、愛情表現以外の何物でもない。 しかも、アレンが手にしているのは、大量の紅いバラ―――― 花言葉は、『真実の愛』 案の定、差し出された大きなバラの花束に、リナリーは大きな目を丸くしている。 ―――― どどどど・・・どうしようっ!!! しばしの沈黙に、全身に嫌な汗をかくアレンの、硬直した手から、すっと、花束の重みが消えた。 「ありがとう・・・・・・っ!」 リナリーの、感極まった声音に、アレンは瞠目する。 「この日に、兄さん以外の人からプレゼントされたの、初めて・・・!」 「え・・・えぇっ?!」 笑みほころんだリナリーの目が潤んでいく様に、アレンは驚愕の声を上げた。 「そっ・・・そんな、リナリー!!泣かなくても!!」 「だって、嬉しくて・・・」 毎年、この城にいる数少ない女性たちが、大きな花束をもらって、嬉しげに笑っているのを、うらやましく見ていたリナリーにとって、感激せずにはいられない。 「本当にありがとう・・・・・・!」 紅いバラの花びらの上に、リナリーの涙が落ちて、露を帯びたようにきらりと光った。 と、 「あ!そうだ!」 リナリーは俯けていた顔をぱっと上げると、『ちょっと待ってて!』と言い置いて、ドアを開け放ったまま自室に入っていく。 「わぁ・・・」 入口から初めて覗いた彼女の部屋は、アレンの知るどの部屋とも違う、明るく可愛らしい装飾に満ちていた。 が、これがミランダの言っていた、『たいへんなこと』なのだろう。 未だ包装の解かれていない、大量のプレゼントの箱が、テーブルや椅子に乗り切れず、床の上にまで溢れていた。 「ごめんね。今、散らかってて、座ってもらう場所がないの」 苦笑しつつ振り返ったリナリーに、アレンは笑みを返す。 「これ、みんなコムイさんからですか?」 「そう。兄さんたら、一年は不自由ないくらい、色んなものをくれるのよ」 似合う?と、包装を解いたばかりらしい、箱の中から出したドレスを、リナリーが自身にあてて見せた。 「さすがコムイさん。リナリーに似合うものを熟知しているんですね」 彼女の肌の色によく映える、淡い色のドレスに、アレンは思わず感嘆の声を漏らす。 「ふふ 嬉しげに笑って、アレンの元に戻ってきたリナリーの手には、ピンクのダマスクローズの花束・・・。 「あのね・・・っ!これ・・・っ!」 赤くなった顔を俯けて、差し出された花束に、アレンは目を丸くした。 「後で・・・渡しに行こうと思ってたんだけど、せっかく来てくれたから・・・・・・!」 「ぼ・・・僕に?!」 こくり、と頷いた彼女から花束を受け取ると、嬉しさにアレンの緊張も解け、ふわりと笑みほころぶ。 「ありがとう! とってもいい香・・・り・・・・・・・・・!」 はっと、息を呑んで硬直したアレンに、リナリーが訝しげに眉を寄せた。 「どうしたの?」 「リナリー・・・! 君も・・・コムイさんの部屋にいたんですよ・・・ね・・・・・・?」 「? うん。 兄さんがお部屋で寝ている間に、一所懸命兄さんの部屋をバラで飾ったんだけど・・・そのまま疲れて寝ちゃったの」 「ぬかった・・・・・・っ!!」 一気に青ざめたアレンの顔を、リナリーが不思議そうに見上げる。 「どうしたの?」 「いや・・・それが・・・・・・」 リナリーの問いに、アレンはコムイの接近をバラの香りで測ろうとしたことと、ラビに協力してもらって通信ゴーレムを無効化したことを、素早く語った。 「でも・・・君からも同じ香りがするだろうって事を、忘れていたんです・・・・・・!」 もっと早く気づくべきだったのに、緊張で嗅覚が麻痺していたのだ。 「コムイさんに見つからないうちに、退散します!」 「あ!待って!!」 素早く踵を返したアレンに、リナリーが慌てて声を掛け、近くにあった箱をいくつか、彼に渡す。 「これ、おすそ分け!ラビと食べて」 「ありがとう!」 通信ゴーレムが復旧しないうちに、と、慌てて駆け去ったアレンを見送って・・・リナリーは、切なく吐息した。 「もうっ・・・・・・!兄さんの、イヂワル・・・・・・!」 ゆっくり話もできない、と、憮然と呟いたリナリーは、しかし、初めてもらった紅いバラの花束を見遣り、尖らせていた唇をほころばせる。 「ふふ・・・ リナリーは、大きな花束を抱きしめると、ベッドの上に転がり、嬉しそうに飛び跳ねた。 「お前、なに逃げてきてんさ?」 回廊の角から様子を伺っていたラビは、ものすごい勢いで駆け戻ってきたアレンに、訝しげに眉をひそめた。 「考えが甘かったですよ・・・!リナリーからも、コムイさんと同じ香りがするだろうって事に、もっと早く気づくべきでした!」 「うっ・・・わぁ・・・!お前、超綱渡りだったんじゃん!」 言いつつ、ラビは自動復旧して再び飛び始めた、黒いゴーレムを指し示す。 「何とか間に合ってよかった・・・」 胸の奥から、ほっと吐息すると、アレンは手にした箱をラビに差し出した。 「これ、リナリーが一緒に食べてって」 「ん? あ!チョコレート アレンに持たせたまま、その場で全ての包装を説こうとするラビに、アレンが慌てて制止をかける。 「待って待って、ラビ!バランスが崩れるっ!!」 左手に花束を抱えているせいで、積み重なった菓子箱は、右の掌だけで支えているのだ。 アレンが、ぐらぐらと揺れだした菓子箱のバランスを懸命に取っていると、ラビが、ひょい、と、それらを引き受ける。 「じゃ、とりあえず、移動しよーぜぇ♪俺の部屋にする?お前の部屋にする?」 「花を置きたいから、僕の部屋で」 「オッケー♪」 なぜだか妙に楽しげなラビの後について、アレンは、ゴーレムの監視の目を避けるように、その階を後にした。 「で?!どうだったんさ?!」 アレンの部屋に入るや、目をキラキラさせて問うラビに、アレンは、『どうって、何が?』と、首を傾げる。 「何がって・・・花は渡したんだろ?」 「ハイ」 「リナ、初めてだって、喜んでなかったさ?」 「ハイ・・・って、見てたんですか?!」 「見てねぇから聞いてんさ」 甲高い声で絶叫するアレンに、ラビは苦笑してパタパタと手を振った。 「で?その次は?」 「次って・・・リナリーが花をくれて、その香りに危機を悟って・・・・・・」 「まさか・・・・・・」 「逃げてきましたけど?」 途端、がっくりと肩を落としたラビに、アレンは目を丸くする。 「え?!なに?!」 「なに、じゃねぇさ、このヘタレ!! なんでそこで、リナのファーストキスの一つも奪わねぇんさ!!」 拳を握って怒鳴るラビに、アレンは真っ赤になって声を失った。 「せっかく協力してやったのに・・・おにーちゃんは情けないさ!!」 憮然と言いつつ、ラビは積み上げられた菓子箱を開け、チョコレートを口に放り込む。 「えぇ?!だってそんな・・・えぇぇぇぇぇっ?!」 できませんよっ!と、悲鳴を上げるアレンを、ラビは、いかにも情けないと言わんばかりに睨んだ。 「ホンットにもう、協力する気も失せるさ! リナがお前に花束を用意してたって事は、そういうことだろうが! あぁ、情けない・・・・・・!おにーちゃんはもう、情けなくて、涙もでねぇさ・・・・・・!」 「・・・・・・・・・っ!!」 ぽかん、と口を開けたまま、硬直したアレンの口の中に、次々とチョコレートを放り込みつつ、ラビは盛大なため息をつく。 「こんなチャンス、滅多にないっつーのに、このハナタレー! せめて、花にカードくらいは添えてきたんだろうな?」 「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 途端、不自然に目を泳がせたアレンに、ラビは更にきつく、目を尖らせた。。 「ドアホ!! お前、基本からしてなってないさ!!」 激昂と共に、だんっ!と、乱暴に叩かれたティーテーブルの上で、菓子箱が跳ねる。 「マジやってらんねぇ! 一人で菓子でも食ってろ、ブァーカ!!」 「ご・・・ごめ・・・・・・!」 ラビのあまりの剣幕に、怯えた声を上げるしかないアレンを無視して、ラビは憤然と立ち上がると、彼の部屋を出て行ってしまった。 「あぁ!もう!せっかくコムイを出し抜けると思ったのに!あのヘタレ!!」 ブツブツと文句を垂れながら、足音も荒く回廊を行くラビだったが、中庭に面した回廊に差し掛かった時、クスリ、と漏れた笑みの気配に、ふと足を止めた。 「何をそんなに怒っているんだい?いつも陽気なお前が、珍しいね」 「クラウド元帥!」 朝の、柔らかい陽光の中に佇む女に、ラビは目を輝かせて駆け寄る。 「さっきは、花をありがとう」 彼女が微笑むと、淡い色の髪が、さらりと揺れた。 「カードも、嬉しかったよ」 「元帥〜〜〜!!」 「・・・け・ど!」 飛びついてきたラビに手を突き出し、ラビの首を折らんばかりに押しのける。 「お前、自分が来る前に置いてあった花束を、全部捨ててしまっただろう? 私が一体、何人に泣きすがられたと思う?!」 「数を確認する前に、花もカードも燃やしたから、わかんないさ いけしゃしゃあと言い放ったラビに、クラウドは深く吐息した。 「嘘をお言い。お前のことだから、数も差出人も、カードの内容だって覚えているだろう?」 「ホントに確認してねーもん」 言い募る口を罰すように、クラウドはラビの頬を両手でつまんで引き伸ばす。 「そんなことで、次代のブックマンになれるのかい?」 むにっ、と、容赦なくつねられて、赤くなった頬を撫でつつ、ラビが涙目を向けた。 「ブックマンが得た情報は、ブックマンしか教えちゃいけないんさ!」 「ほほぅ・・・教団の元帥である私に、よくも言えたこと。 そんな事を言う子には・・・・・・」 と、彼女は、中庭に設えてあるベンチに置いてある花束を、肩越しに指し示す。 「プレゼントなんて、あげないよ?」 「全部で47束あったさ、元帥! ・・・名前とカードの内容は、後でリスト作って渡すさ」 後半は不承不承、言い添えたラビに、クラウドは頷いて踵を返した。 「よろしい。 あと、彼らにちゃんと謝っておくこと」 「えー?!」 「謝らないなら、これも捨てるぞ?」 ベンチから取り上げた花束を持って、微笑む彼女に、ラビは不満げながらも頷く。 「・・・・・・・・・わかったさ」 「いい子だ」 そう言うと、クラウドはラビに花束を押し付けると共に、彼の頬に軽く口付けた。 「元・・・・・・っ!」 ラビが声を上げた時には、彼女は既に行き過ぎて、肩越しに軽く手を振る。 「これからまた、任務だ。 来年も、生きて会えるといいな」 明るい笑みを含んだ声に、ラビは締まりなく頬を緩め、すらりとした背中を見送った。 「―――― でな? 陽光の中で見た元帥は、やっぱすごい美人でー イイ声で、俺に『花をありがとう』『カードも嬉しかったよ』って!!」 犬だったら間違いなく、ちぎれんばかりに尻尾を振っているだろうと思われる上機嫌ぶりで、ラビは、医務室に居座るアレンの傍らではしゃぎまわる。 「おい!アレン、聞いてるさ?!」 「聞いてますよ・・・・・・」 頭に濡れタオルを載せ、俯き加減のまま、流れ出る血を抑えるアレンが、うんざりと呟いた。 「そんで!元帥が、俺に花をくれたんだけど、そん時すれ違いざまにキスしてくれたんさー 「ハイハイ・・・もうそれ、何十回も聞きましたから・・・・・・」 「私も同じ回数聞いたよ」 うんざりとした声と共に、医務室に常駐するドクターが歩み寄り、アレンに新しいタオルが差し出す。 「まだ止まらないのか、ウォーカー?」 「はぁ・・・すみません・・・・・・」 「チョコレートの食べすぎで鼻血が止まらないなんて・・・幼児じゃないんだから!」 「おいしかったものですから、つい、過剰摂取を・・・・・・」 呆れ声のドクターの言葉に、ラビが、弾けるように笑い出した。 「ダッセー!今日はもう、部屋に帰れねぇんじゃないさ?」 「Jr.!医務室では静かに!」 「ゴメン、ドクター!」 さして悪びれた様子もなく言うラビに、ドクターは不機嫌に鼻を鳴らす。 「でも、マジな話、このまま血が止まんなかったらお前、失血死すんじゃね?」 「えぇっ?!」 ラビの不吉な言葉に、アレンは絶叫し、ドクターに縋るような目を向けた。 「鼻血で失血死することなんてないから!安心しなさい!」 苛立たしげにラビを睨みつつ、断言したドクターに、アレンはほっと吐息したが、 「でもさ、たまたま治療に来たやつらに、この血みどろのカッコ見られたら、『療養所には血みどろの幽霊が出る!!』なんて噂になったりするかもなー♪」 ラビに言い募られ、焦ったために、更にアレンの出血が増す。 「Jr.!!アンタもう、出て行け!!」 ドクターに首根っこを掴まれ、吊り上げられたラビは、その状態ですら陽気に笑っていた。 「えへ じゃあ、アレン♪血が止まったらあそぼーぜぇ♪」 怒り狂ったドクターに、出口へと強制連行されながら、ラビは、機嫌よく手を振る。 「ウォーカー!私が口を出すことではないけどね」 ラビを追い出したドクターは、憤然と戻って来ると、俯いたままのアレンを見下ろした。 「来年はもっと、うまくやりたまえ!」 期待しているぞ!と、片目をつぶった彼に、アレンは苦笑しつつ頷いた―――― できればその前に、チャンスが訪れることを願いつつ・・・。 Fin. |
| 快挙です!! 39作目にして初めて!不幸な子がいませんよ!!(当社比) ブラーバ!俺!!(ってか、前38作全部に不幸な子ってアンタ・・・;) 更に言えば、毎年、バレンタインデーという行事を失念する私ですが、今年はどうにか、忘れずに書き上げました(笑) エクソシスト候補生達の事は、『Fairy Tale』参照です。 私のオリジナル設定ですが、多分、こんな子達もいるんじゃないかなぁ・・・と。 表題は『ばら戦争』の英語訳。(いや、英語訳って言葉は変だろ;;) 15世紀英国で起こった、王位継承戦争の事です・・・って、なんでバレンタインネタで戦争よ; 更に、夜中の温室は危険であることと、バラの濃密な香気で窒息死させる刑罰があったことは本当です。>後者は、そういう伝説、ってくらいですが。 なんだか表題にも内容にも、ささやかな抵抗が見える気がします(笑) ちなみに私、『チョコを贈る』行為は、日本の製菓会社に陰謀だと思っていたのですが、発祥はイギリスだそうです(笑) 19世紀に、イギリスの製菓会社が贈答用の箱を作ったのがきっかけだそうな(笑) 詳しいことはコチラ参照です♪ |