† The Rain Leaves A Scar †
5. The second case.
アレンが新しい学校で、新しいクラスメイト達と共に、新しい教科書をめくり・・・陸上部の顧問に命を狙われているうち、いつの間にか、四月もゴールデンウィークも終わっていた。 小さな診療所の、薄暗くなった事務室内でラビは、処理済の膨大なデータを前に深々と吐息する。 「ひどい・・・ひどいさ・・・・・・! 俺のゴールデンウィーク、仕事で終わっちまったさ・・・・・・!」 「僕も手伝ってあげたじゃないですか! 早く終わったら食べ放題おごってくれるって言ったのにぃぃぃぃぃ!!!!」 結局、祝日休診中の院内で、医療データとの格闘に明け暮れたラビとアレンは、気がつけば終わっていた黄金週間にさめざめと涙した。 「あぁ・・・落雷で停電さえしなけりゃ・・・・・・!」 「・・・・・・ほとんど1日、復旧しませんでしたよね」 日没を迎えた夕日のように、どんどん暗くなっていく二人にその時、声がかかる。 「しかし、何とか終わって助かったわい。 ラビ、アレン。 今からでも良いなら、希望の食べ放題に連れて行ってやるぞ」 「ジジィ、マジで?!」 「院長先生、ありがとう〜!!!!」 たちまち目を輝かせた二人に、老人は苦笑した。 「ゴールデンウィークも今日で最後だからな。 せっかくの休みを費やしてがんばったお前達を慰労してやろう」 「やったー!!」 二人は歓声をあげて、カモの子のように老人の後について行く。 歩きながら、ラビは傍らを歩くアレンを見た。 「アレンさぁ、あんまパソコン触ったことないんか?」 「なんで?触ってたよ。 僕が外国にいた時、メールしてたでしょ?」 そう言うと、ラビは苦笑して首を振る。 「タイピング、全然なってねぇさ。 あれじゃあパソコンの授業ついていけねぇよ。 CPU代えて、メモリ増設してやっから、新しいOS入れて練習しろよ。HDDは外付けでもいいだろ?」 「・・・・・・ラビ、僕にもわかる言語で話してくれませんか?」 「わかるだろうさ、これっくらい」 「わかんないから聞いてんですよっ!」 きゃんきゃんと喚きあう二人に、お守りの老人は肩をすくめた。 「しかし、アレンにまで泊り込みさせて悪かったのぅ・・・」 ブックマンの言葉に、てんこ盛りにした料理を前にしたアレンはにこにこと首を振った。 「ゴールデンウィークは、ほとんどの寮生が帰省してるんです。 寮長に、ラビのお仕事手伝うから外泊するって言ったら、特に何も言わずに許可してくれましたよ」 「ユウちゃん、大感謝さー・・・! もう俺、今回マジ死ぬと思ったもん。なんだって落雷なんかするんさ・・・・・・」 ラビはうんざりと呟きながら、春巻きをかじる。 「きっとお前のせいさ。 お前が嵐を呼んだんさ」 「なっ・・・なんでそうなるんですか!!」 顔を真っ赤にして反駁するアレンに、ラビは呆れた風に首を振った。 「俺は、お前ほど天気を悪化させる奴を見たことがねぇよ。 さ来週の遠足もきっと、暴風雨さね」 「えぇー!! せっかくリナリー先輩と一緒に行けるのにー!!」 「俺らと一緒に模擬テスト受けっか?」 ケラケラと笑うラビに、アレンは頬を膨らませる。 「た・・・確かに僕は雨男だけど、大丈夫だもん! リナリー先輩は超晴れ女ですから!」 言うや、アレンはうっとりとした表情になった。 「一緒に出かけると、必ず晴れるんです 僕、デートで晴れることなんてなかったから、嬉しくて 「なにがデートさ。 お前、学校見学会ん時に迷子になったのを助けてもらっただけだろ」 「入学説明会の日に、コムイ先生の研究室に引きずり込まれた時も助けてくれました!」 得意げに笑って、アレンはキラキラと目を輝かせる。 「去年の文化祭・・・とか・・・ 学校見学会で知り合ったのを機に、友達として付き合ってくれるようになった彼女は、去年の文化祭にアレンを誘ってくれた。 「あーあれ。 俺の誘いを断って、リナリーにくっついていったんだよな、お前」 「だってラビのクラス、男だらけのメイド喫茶だったじゃないですか。 怖くて行けやしませんよ、そんなとこ」 「そっかー?結構、客入ったぜ? 男子はメイド、女子は執事をやって接待したんさ。 女子の執事がそりゃー人気で、整理券もらうんにも並んでたさ」 「・・・世の中は、変な人多いね」 「そか? お前も執事のリナに、『旦那様、本日はお茶になさいますか、珈琲になさいますか』なんて言われたら、大喜びだろ?」 「・・・・・・なんで男女逆にするのかがワケわかんないんですよ。 どうせなら、メイド姿の先輩に言われたいです」 「そらまーそーだけ・・・ど?」 言いながら、ラビはポケットから携帯電話を取り出す。 「コラ!! 食事中は電源を切っておかんか!!」 派手に鳴り喚く着信音に、ブックマンが舌打ちするが、ラビは平然として携帯を開いた。 「ジジィが持たねぇから俺が持ってんさ!急患かもしんねぇだろ」 祖父に負けず劣らず舌打ちして電話に出たラビは、話をするうちに真剣な顔になって行く。 「どうした?」 急患か、と、箸を置いたブックマンに、ラビは電話を耳に当てたまま、首を振った。 「・・・わかったさ。 じゃあ、連絡回しとく」 一旦電話を切ったラビは、暗い表情のまま黙り込む。 ややして、アレンに向かって口を開いた。 「アレン、今さ・・・」 言いかけた時、アレンのポケットからも着信音が鳴り響く。 「あ、ごめんなさい!」 言いつつ、電話を取ったアレンは、相手の話を聞いた途端、目を丸くした。 「スキン先生が?!そんなっ・・・!」 真っ青になって、悲鳴じみた声をあげたアレンは、相手の話に何度も頷く。 「わかった・・・じゃあ僕、誰に連絡すればいいの・・・? あ、そうか・・・副委員長だね。 うん、僕、今、外なんだ。連絡先教えて?」 アレンがきょろきょろと視線を巡らせたのを見て、ブックマンが手帳とペンを差し出した。 「ありがとうございます。 ・・・番号、どうぞ」 ブックマンに軽く頭を下げて、アレンは手帳に電話番号を書き込んだ。 「ありがと・・・うん、じゃあね」 呆然とした様子で電話を切ったアレンは、すぐさま書きとめた番号へ電話をかける。 それとほぼ同じタイミングで、連絡網への通話を終えたラビは、祖父に向き直った。 「ジジィ、再来週の遠足の下見に、山に行ったスキン先生が、落雷に遭って亡くなったってさ・・・・・・」 「・・・災難なことだ。 確か、ボリック教諭は・・・?」 「僕の・・・担任です・・・・・・」 通話を終えたアレンが、呆然とした様子でテーブルを見下ろす。 「落雷って、2日前のあれだろうな・・・すげー雷だったし」 ラビの呟きに、ブックマンは考え深げに頷いた。 「ということは、2日間行方不明だったのか。 気の毒なことだの・・・・・・」 そう言ってブックマンは、口の中で念仏を唱える。 「一人で行ったんかなァ? なんの騒ぎにもなんなかったって事は、そうなんだろうなぁ・・・・・・」 独り言のように呟き、ラビは両手を合わせた。 「なんにせよ、冥福を祈るさ・・・。 アレン、今日はもう、寮に帰った方が良くないさ? 明日は多分、お前のクラスが中心になって学校葬だろ?」 「うん・・・・・・」 まだ呆然とした様子で頷くアレンに、ラビが眉をひそめる。 「おい、しっかりするさ。 びっくりしたんはわかるけど・・・」 そう言うと、アレンは大きく吐息して、もう一度頷いた。 「ごめん・・・毎日顔を合わせていた人が、もういないんだって思うと・・・・・・」 「あ・・・そっか。悪ぃ・・・・・・」 ラビはアレンが、親を事故で亡くしている事に思い至って、頭を下げる。 「無神経なこと言っちまって、悪かったさ・・・」 ラビの言葉に、アレンは一点を凝視したまま、また頷いた。 「うん・・・そうだね。帰った方が、いいみたい・・・・・・」 ぼんやりと呟くと、ふらりと立ち上がる。 「あ、待て待て!送ってくから! ジジィ、先行ってるさ!」 「うむ、気をつけてな」 ブックマンは、ふらふらと歩きだしたアレンを気遣わしげに見送った。
興奮しきっているFloraの書き込みを不快げに見つめながら、Uraniaは冷静にキーボードを叩いた。 ―――― 今の自分はUrania・・・天を行く星星を、冷徹に観測する女神。地上の感情などに、動かされはしない・・・。 自身に言い聞かせるものの、Floraは身の程知らずにも、Uraniaをせっついてくる。 ―――― 私はUrania・・・天文の女神。 口の中で呟くと、バックライトに照らされた目を細め、そっと吐息して、苛立った呼吸を鎮めた。 その間にも、興奮したFloraは、ためらいがちなHebeをあおっていたが、Uraniaは殊更に平静を装ったパソコン画面の文字を追うことで、冷静さを取り戻す。 ―――― 計画は、狂わせない。 心中の言葉に意志を固め、大きく頷くと、Uraniaは改めてタイピングした。 翌日、サンタンジェロ学園の理事長宅では、朝から騒動が起こっていた。 「ロード、ロード、出ていらっしゃイ。スキン君を、送ってアげまショウ」 礼装用の手袋をはめた手で、理事長自ら、閉ざされたドアを何度も叩くが、中から返事はない。 「ロード、早クいらっしゃイ。 ・・・ロード」 ため息混じりの呼びかけに、ようやく、ドアが細く開いた。 「あァ、ロード! かわイそうニ、そんナに泣いテ・・・」 泣き腫らした目から、まだぽろぽろと涙を流す少女を抱きしめ、小さな背中を撫でてやる。 と、軽やかに階段を登ってくる足音が響いた。 「理事長、そろそろ行かないと間に合わないっすよ!」 ヴィクトリア朝風の白い手すりの向こうから、青年がやや焦った声を掛ける。 「ロード、お前も急げ。 俺らが遅刻するわけには行かないだろ」 「・・・・・・行きたくない」 理事長に抱きついたまま、ぽつりと言う少女に、青年は眉をひそめた。 「じゃあ、お前はここにいろ。 理事長、早く」 「エ・・・ハ・・・ハィ・・・・・・」 急かされた理事長は、困惑げに青年と少女を見比べる。 「・・・・・・ティキぽん、先ニ行っテくだサイ。 我輩ハ、ロードに付き添っテまショウ」 「ちょっ・・・?! あんたが主催でしょうが!」 「えェ・・・そうデスが、ロードを放っテもおケまセン」 「パパぁ〜〜〜〜!!」 甲高い泣声に、うるさげに目を眇めて、ティキ・ミックは肩をすくめた。 「了解。 5分あげますから、落ち着いたら降りてきてくださいよ」 そう言うとティキは、踵を返した肩越しに手を振り、再び階段を下りていく。 その背に頷いて、理事長はロードの背を軽く叩いた。 「サぁさ、イイ子でスね、ロード。 抱っこしテあゲまショウ」 よいショ、と、軽く声を掛けて、理事長は小柄な少女を軽々と抱き上げる。 「スキン君ハ、運の悪イことデしタが、事故デハ誰を恨ムわけニも行きマせン。 我輩ハ、泣くナとハ言いマせんヨ、ロード。 デスが、見送りハしテあゲないト」 ネ?と、諭す目で見つめられ、ロードは涙に濡れた顔で頷いた。 「良イ子でス、ロード サぁ、我輩トいキまショウ」 抱きあげられたまま、共に階下に降りると、玄関前に止まった車の傍らで、ティキがタバコをくゆらせている。 「さすが理事長。 ロードを扱わせたら世界一っすね」 「ぷぅ・・・ティキぽん、無駄口をきイてなイで、車を出しテくだサイ」 「ヘイヘイ。 そんなら早く乗ってくだサイ」 理事長の口真似をして、ティキは後部座席のドアを開けた。 時折、小雨のぱらつく曇天の下。 臨時の葬儀場となった、サンタンジェロ学園校内にある礼拝堂は、ざわついた雰囲気に満ちていた。 亡くなった教師と親しい間柄にあった者達以外は、今は悲しみよりも驚きの方が大きい。 「すごかったもんなァ、あの雷!」 「天気予報、大ハズレだったもんね・・・午前中は、すごくいい天気だった」 「他にも山に行った人とかいたんでしょ?一緒に避難しなかったんだろうか」 「あれで結構、仕事熱心だったもんなァ・・・」 密やかな囁きは、重なり合うごとに音量を増しては、教師達に睨まれて再び縮小し、波のように礼拝堂の内外を覆った。 と、校門の方から、黒い傘を差した一団がやって来る。 理事長とその一族・・・だった。 スキン・ボリックは、教師としてより、理事長の一族として、丁重に葬られることになったのだと言う。 そんな事情は知らない者でも、緊迫した場の雰囲気は感じ取ったか、妙に静まり返った中を、喪服の一団は粛々と進んだ。 一族の中心を威風堂々と歩む理事長の傍らに、身長も体積も、彼の3分の1ほどしかない少女が寄り添う。 彼女は黒い傘を目深に差しかけ、自身の爪先を見つめながら、葬送の列を歩んで行った。 そして彼女の足が、礼拝堂の階段を踏んだ時、 「ふっ・・・・・・」 あからさまな嘲笑を耳に捕らえ、吊りあがった目で辺りを睨みまわす。 彼女の目に、驚く者、いぶかしむ者、反応は様々だったが、中に一人、澄ました顔に微笑を浮かべた少女がいた。 「お前・・・・・・!」 ―――― 僕を・・・嘲笑った?! 踵を返そうとした身体は、しかし、傍らの理事長に阻まれる。 「静かニなサイ、ロード。 スキン君の前でスよ」 ―――― いい気味・・・。 悄然としたロードの姿を見た蝋花は、笑みをこぼさずにはいられなかった。 ずっと彼女を支配してきたロードが、兄弟を、一族を喪って、泣いている・・・。 ―――― あなたの兄弟が誰に殺されたか・・・知ってるわ。 思わず、くすくすと軽やかな笑声が漏れた。 ―――― 知ってるの・・・。 「蝋花さん?」 この場にふさわしくない、楽しげな彼女の様子に、アレンがいぶかしげに声を掛ける。 彼女とは逆に、彼は、担任の死に心穏やかではいられないようだった。 「そろそろ始まりますよ。行きましょう?」 「はぁい!」 軽やかに踵を返し、アレンに従った彼女の背を、ロードがにらみ付ける。 が、いつもなら怯え、彼女の前にひざまずく蝋花は、あっさりとロードを無視した。 「あいつ・・・!」 「静かニなサイ」 穏やかな声で言われて、ロードは不満げながらも頷く。 柔らかく背を押されるままに、礼拝堂の中に入れば、既に多くの生徒達が席に着いていた。 祭壇の傍らで彼らを迎えた司祭は、理事長に恭しくこうべを垂れる。 「この度は、大変残念なことでした。心よりお悔やみ申し上げます」 凛とした声は、このような場には珍しい、女性のものだった。 神学の、クラウド・ナイン教諭だ。 理事長が、葬儀を司る彼女に深々と一礼したのを合図に、儀式は始まった。 礼拝堂の最前列に、理事長と並んで座ったロードは、目の前の棺から目を背けるように俯いて、握り締めた自分の手を見つめていた。 儀礼的に並べられる弔辞には、ひとかけらの哀惜も感じられず、それらの声が耳を覆う度に、ロードの手は硬く握り合わされていく。 と、生徒の代表として、スキンが担任をしていたクラスの、学級委員だという少年が進み出た。 打ち沈んだその声に、ロードはここへ来て初めて、顔を上げた。 「――――・・・先生に、3年後の僕たちを見ていただけないかと思うと、胸の張り裂けるような思いがします。 ここに集まっている生徒達は、みんな同じ気持ちでしょう。 とても残念ですが、お別れを言わねばなりません。 先生、安らかにお眠りください。短い間でしたが、本当にありがとうございました」 途切れがちな声で、切々と言い終えた彼に、会場中が惜しみない拍手を送る。 ロードもまた、ぎゅっと握っていた手を解いて、拍手を送っていた。 ―――― アレン・・・ウォーカー? どこかで見た顔だ、と思い、それが蝋花のクラスメイトであることを思い出した。 「あぁ、あいつか・・・」 ロードの呟きに、理事長が顔を向けるが、それには『なんでもない』と首を振る。 やがて式は終わり、大きな棺が、重たげに外に出された。 「涙雨でスねェ・・・・・・」 本格的に降り始めた空を見上げて、理事長が呟く。 その後ろに、うんざりとした顔でティキが続いた。 「もー・・・甘党の奴、なんで死ぬわけ? 奴の半分くらいしか体重のない俺に、棺持たせんじゃねーよ」 一族の男性達と共に棺を抱えたティキは、雨の中、差しかけられた傘を断って、ブツブツとぼやく。 「りじちょー、俺がぎっくり腰になったら、労災下りるんでしょうね?」 「くだラなイことを言っテなイで、早く出しテあゲなさイ」 「へぇ〜ぃ」 雨に濡れ、額に落ちた髪をかき上げもせず、ティキは俯き加減で淡々と答えた。 いつもと変わらないティキの声音に、整然と道の脇に並んだ生徒達が、興味深げに彼を見る。 が、そのうちの何人かは、慌てて目を逸らした。 「ティッキーが・・・泣いてるよ・・・・・・」 いつも陽気で、飄々としている体育教師の、初めて見る表情には、驚きよりも戸惑いの方が大きい。 ひそひそと囁き声が満ちる中、棺は車に載せられ、故人の慣れ親しんだ校舎を出て行った。 葬儀が終わり、三々五々散っていく生徒達の中でも、とりわけ目立つ赤毛を見つけて、神田はラビに声を掛けた。 だがラビは、礼服姿の神学教諭に見蕩れたまま、犬のようにその後をついていて、神田の声も聞こえない様子だ。 神田は眉根を寄せると、ラビの背後からその首根っこを掴んで引き寄せた。 「わぁぁぁんっ!! なにすんさ、ユウ〜〜!!クラウド先生が行っちゃうさ!!」 「るっせぇよ! てめぇ、俺がせっかく同行させてやろうってのに、神学の方がいいのか?!」 「へ?なにさ? どこ連れてってくれんの?」 「双子の事故現場だ。 警察の調査が終わったと思ったら、来週から立ち入り禁止になることが決まってな。 屋上の倉庫に置いている竹刀や防具を、全部下ろさなきゃなんねぇんだ。 お前、手伝え」 「行く」 即答したラビに、神田は鼻を鳴らす。 「そう言うと思ったぜ。 その代わり、きっちり手伝えよ」 「おう♪」 既に人影もまばらになった校内を、二人は体育館棟へ向かった。 が、屋上は、神田と同じ連絡を受けた運動部員達が大挙して押し寄せ、ごった返している。 仕方なく、先に来ていた部員達の作業が終わるまで待つことにしたが、手持ち無沙汰な面々の中で一人、ラビだけは、興味津々と屋上をうろうろし始めた。 まだ『立ち入り禁止』のテープが掛けられた一帯をうろうろするラビに、なんとはなしに視線が集まる。 「なんか面白いもんでもあんの?」 友人達に掛けられた声には、「わかんね」と生返事して、ラビは継ぎ目に視線を集中させた。 ―――― あん時と同じだな・・・。 あの時・・・ラビが、屋上から落ちかけた時と同じ焼け跡が、フェンスと支柱を繋ぐ継ぎ目にある。 「自業自得・・・ねぇ・・・?」 やや不審げに、ラビは呟いた。 「何か気になるのか?」 あまりにもしつこくうろつくラビに興味を引かれて、神田も寄って来る。 「んー・・・あいつら、確かに無茶だったけど、自分でやったことも忘れるくらい、アホだったか?」 「アホも何も・・・実際、落ちちまったじゃねぇか。自業自得には違いねぇよ」 神田の無情な一言に、しかし、ラビは頷かなかった。 「俺ん時で味をしめて、またやらかしたってのは、確かにありそうなこった。 けど、だからこそ、仕掛けには慎重になるんじゃね?」 少なくとも、自分達の仕業だとわからないよう、工夫をするだろうと思う。 そう言うと、神田は眉をひそめた。 「てめぇの言うことを聞いてっと、奴らが誰かにはめられたって言ってるみたいだぜ?」 「んー?そう聞こえたさ?」 「聞こえた」 きっぱりと言われ、ラビは苦笑する。 「実は・・・さ・・・」 と、ラビが声をひそめると、神田も耳を寄せた。 その眼下に、ラビが手を広げる。 「おかしくね? 奴ら、フェンスに指紋残してんだぜ?」 「あぁ・・・それは俺も、変だと思った。 奴ら、そういうとこには抜かりなかったからな」 ラビの疑問に神田も声をひそめ、頷いた。 「俺のことがあって、センセー達みんな、かなり神経質になってたかんな。 また同じことがあったら、ケーサツ呼ぶかもしんねーっつーのに、証拠残すようなことはしねぇさ」 「そうだ・・・」 呟いて、神田は目を見開く。 「そう言えばあいつら、寮で上級生をつかまえて、この学校の伝説だかなんだかを聞きまわってたぜ」 「伝説? なんさ、それ?そんなもんがあったんさ?」 意外そうに目を見開くラビに、神田はかぶりを振った。 「誰も知らなかったんだよ、そんなもん。 だが奴ら、ずいぶんとしつこく調べまわっていたみたいだ」 「ふぅん・・・奴らがつかまえてた上級生って、もう卒業した奴らだよな?」 「あぁ」 「連絡先わかるヒト、いるさ?」 「寮に戻ればな。 何かあった時の連絡先を引き継いでるぜ」 「オッケー♪ 後で教えてさ」 そう言ってラビは、にこりと愛想よく笑う。 彼の知りたがりな性格をよく知る神田は、特に何も言わず、ただ頷いた。 「サンキュ んじゃ俺、張り切って手伝うさー♪」 時を置いて、随分と人の減った倉庫を示し、ラビは制服の袖をまくった。 長時間にわたる運搬作業の後、ラビを伴って寮の自室に帰った神田は、机の引き出しから目的のファイルがなくなっている様に眉をひそめた。 「おい、デイシャ。 寮生の連絡先ファイル知らねェか?」 彼らの後から部屋へ戻って来た同室の寮生に尋ねると、彼は乾いた笑みを上げる。 「こないだ、借りるって言ったじゃん? お前が連絡めんどくせぇって言うから、俺が連絡役やってんじゃんか」 「あ?そうだったか?」 「じゃあ、お前がやるんかよ、親睦会の連絡?」 デイシャの指摘に、神田は憮然と黙り込んだ。 この男子寮では毎年5月頃に、寮内で卒業生と在校生の親睦会が行われる。 今年も予定通り行けば、来週には開かれるはずだった。 が、 「寮生2人に教師まで亡くなって、今年は開催できんのかねェ?」 と、ラビの言うように、延期に次ぐ延期で、未だ開催日すら決まっていない。 「ひでーと思わねェ、ラビ? 俺、コイツがこういう作業苦手だって知ってっから、バイトも忙しいっつーのに進んで手伝ってんじゃん? それをすっかり忘れてくれちゃって・・・超恩知らずじゃん!」 「うるせーな、悪かったよ!」 神田が憮然と声を荒げると、二人はわざとらしく寄り合った。 「んまー!聞いたさ、今の言い方?!」 「悪いって思ってないじゃん?全然心がこもってないじゃん?!」 「うぜーよお前ら!寄るんじゃねェ!!」 迫り来る二人を押しのけると、神田は更に憮然として、デイシャに手を差し出した。 「一旦返してくれ。 ラビが、知りたい事があんだとよ」 「あぁ、ちょっと待ってな」 気軽に応じて、デイシャは自分の机の引き出しを開ける。 「けど、なんでラビがウチの先輩達の連絡先とか知りたいわけ? このファイル、女子寮生の連絡先は書いてねーんだけど?」 「いやいや!別に、先輩ナンパしたいわけじゃないさ!!」 「なんだ、メアドゲットしたい人がいるのかと思ったじゃん」 「・・・・・・なぁ、俺ってそんなん思われてんさ?」 「神学に惚れ込んでんの見りゃ、誰だってそう思うじゃん?」 神学とは、もちろん純粋に学問のことを言っているのではなく、神学のクラウド教諭のことだ。 「年上好きだよな、お前」 「なんか前、未亡人って良くない?とか言ってたじゃん、コイツ!」 「あぁ・・・全員引いたよな」 二人して寒々しい目で見られ、ラビが慌てて手を振る。 「ちょっ・・・?!確かに言ったさ! 言ったけど、年上オンリーってわけじゃないさ!!」 「年下もいいのかよ」 「ただの節操なしじゃん、それ」 「いつか犯罪沙汰になんじゃねぇか?」 更に冷たい目をされて、ラビも更に慌てた。 緊急に話題転換する必要性に駆られ、ラビはデイシャが差し出したファイルを性急に開きながら話しかける。 「そっ・・・そう言えばデイシャ、まだあの店でバイトしてんさ?」 「あぁ。 親睦会じゃ、寮監が俺のバイト先からケータリングしてもいいって言ってくれたのに・・・日取りも決まんねーんじゃ、今月の給料アップは見込めねーじゃん・・・」 がっくりと肩を落としたデイシャの背を、ラビは慰めるように叩いた。 「じゃあ次のメシ当番の時、注文すっからちょっと安くしてくんね?」 「いいぜ。 お前んトコのじーさん、なに食うの?」 少し気分の浮上したデイシャに、ラビはメニューを並べる。 「・・・すげ。 お前、ウチの店のメニュー、全部覚えてんじゃねーの?」 いつも注文してるわけじゃないのに、と、呟く彼に、ラビはにんまりと笑った。 「写真つきで載ってるメニューくらい、誰だって覚えんだろ まんまと話題を変える事に成功したと思ったラビだが、神田の忌々しげな舌打ちに慌ててページをめくる。 「あ・・・あれー? これ、在校生の連絡先も載ってんさー 「当たり前だろ。分けるのめんどくせぇ」 「ファイルがいっぱいになったら、古い分から別のファイルに保管してるみたいじゃん。 けどま、神田が寮長の間は、必要ないじゃん?」 デイシャの言う通り、ラビが手にしたファイルには、まだ4〜5年分の名簿が保管できるほどの余裕があった。 「親睦会ってさ、何年前の卒業生まで呼ぶんさ?」 「こちらから案内するのは、今年の卒業生だけだ。 それ以外の卒業生は、来たければ自分からこちらに連絡するようになっている」 「それって、中々人数確定しなさそうさー」 「マジで・・・! 気軽く引き受けたのはいいけど、マジ大変だったじゃん・・・! おまけに日付確定しねーし・・・何度俺が予定変更の連絡回したか・・・!」 なのに忘れられていた、と、またもやデイシャから恨みがましい目で見られ、神田がまた舌打ちする。 「・・・で? 調べたい事があるなら、とっとと調べろよ」 機嫌悪く促されて、ラビは今年卒業したばかりの寮生達の名前をめくった。 「なぁ、デイシャ? 双子がさ、誰に伝説のこと聞いてたかしんね?」 「双子って・・・お前、奴らのこと調べてんのか?」 途端、眉根を寄せた彼に、ラビはあっさりと頷く。 「物好きな・・・あんなん、ほっときゃいいじゃん」 「んー・・・そう言われると思ったさ。 けど、なーんかモヤモヤすんの、気になるんさ」 そう言って、ページをめくる手を止めないラビに、デイシャは呆れ顔で吐息した。 「モヤモヤだかなんだか知んねぇけど、調べてもなーんも出てこないと思うぜ? 先輩達だって、卒業した後まで奴らに振り回されたくないじゃん?」 「やっぱそうかなー・・・」 「当ったり前じゃん。 ティッキーはさ、まぁ、センセー達の間じゃ割と中立だったけど、他の奴らはあからさまにひいきしてたじゃん? そんだけでもかなりヤな思いした奴いんだぜ? 清々した、って思ってるとこにそんな話しても、嫌がられて避けられんのがオチじゃん!」 いやに真情のこもったデイシャの言葉に、 「そうだろうな」 と、神田も同意する。 が、ラビからファイルを取り上げることはしなかった。 いまさら取り上げたところで、既に連絡先は、ラビの頭に記憶されている。 「でも、ま・・・!やってみるさ!」 ぱん、と、軽快な音を立ててファイルを閉じ、ラビはにんまりと笑った。 To be continued. |
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