† The Rain Leaves A Scar †
2. Nemesis.
「食中毒?!」 「それで、一年のコが死んだんだって・・・」 「あぁ・・・理事長の娘だろ?中等部の頃から、すっげ生意気だった奴」 月曜日の校内は、朝から理事長宅で起こった食中毒事件の話で持ちきりだった。 「中にティッキーもいたらしいよ。まだ入院してるから、今日の体育、休みだって職員室で聞いた」 「ティッキーと理事長は無事なんだ?じゃあ死んだの、娘だけ?」 無遠慮に、段々声高になっていく話を、しかし、教師達の誰もたしなめようとはしない。 積極的にたしなめようとする理事長の『一族』はもう、この学校から消えていた。 結局、この『事件』は、臨時の全校朝礼で校長が簡単な事情説明と弔辞を述べただけにとどまり、教師たちはおしゃべりな生徒達に『困ったものだ』という顔をしながらも、淡々と通常の授業を行った。 「・・・ロードまデ・・・・・・・・・」 病院で愛娘の死を知らされた理事長は、そう呟くと、自失した。 「原因究明のために、遺体を調べたいと言っていますが・・・」 今の彼には酷だとは思ったが、この判断を下せるのは理事長だけだ。 重苦しい沈黙の中、待ち続けたティキの眼前で、理事長は弱々しく首を振った。 「死ンでマデ・・・痛い思いヲさせたクありマせン」 「・・・わかりました。そう伝えます」 ぺこりと一礼し、豪華な個室を出ようとしたティキは、理事長に呼び止められて振り返る。 「ロードの・・・アノ子の葬儀の・・・手配を・・・・・・」 「はい・・・」 途切れがちな涙声を聞いていられずに、ティキは個室を出た。 「威風堂々とした人だったのにな・・・」 点滴スタンドと共に歩きながら、ティキは物憂げに呟く。 「しかし・・・手配と言っても・・・」 不幸中の幸い、症状が最も軽かったとは言え、自身も未だ入院の身だ。 「誰かに頼むか・・・いや・・・」 院内に満ちる消毒液の臭いに眉をしかめて、ティキは首を振る。 「とっとと出た方がいいな」 ここにいるだけでトラウマが募りそうだ、と思い直し、ティキはなるだけ早く、退院することにした。 「可愛い看護婦もいないし」 軽口と言うには重い口調で呟く。 「早く出よ・・・」 すれ違った見舞い客が持つ、大きな花束さえも忌々しく見えて、ティキは自分の病室に戻った。 「ロード・・・ロード・・・・・・」 既に亡い愛娘の名を何度も呼び、彼は、眼前に自らの両手を広げた。 この手の中で、あの小さな娘は震え、苦しみ、意識を失ったのだ・・・。 「ナゼ・・・」 直後、彼自身も意識を失い、後のことは覚えていない。 どうやらティキが、救急車を呼んでくれたらしい、とは、今朝、意識が戻ってから知った。 「あァ・・・・・・」 最期を看取ってやることすらできなかった悲しみに、彼が広げた両手で顔を覆った時、個室のドアが開く気配がした。 「誰デすか・・・?」 彼の横たわるベッドからは、直接ドアは見えない。 しばらく返事を待っていると、大きな花束が現れた。 いや、正しくは、大きな花束を持った人物が。 「アナタ・・・ハ・・・?」 「覚えてませんか、理事長?」 彼を見下ろす顔に、はっと、目を見開く。 「アナタは・・・!」 「復讐のご報告に上がりました、理事長」 彼の枕元に大きな花束を置いた人物は、そう言って鮮やかに笑った。 「今まではUraniaと名乗っていましたが・・・あなたの前では、Nemesisと名乗った方がよろしいですか?」 「ネメシス・・・復讐ノ神・・・?!」 「はい。 あなたとあなたの一族に、たった一人の身内を殺された人間ですよ・・・」 笑みを消すことなく、Urania・・・いや、Nemesisは冷酷な目で理事長を見下ろす。 「いかがですか?大切な身内を、次々と殺された気分は?」 「殺さ・・・レ・・・タ・・・・・・?!」 「はい。 あなたの、お身内は、このNemesisが、殺しました」 一言一言、区切るように言って、自身の胸に手を当てたNemesisは、笑みを深めた。 「ソ・・・ンナ・・・馬鹿ナ・・・・・・!」 苦しげに搾り出された声に、Nemesisは実に愉快そうな笑声をあげる。 「本当ですよ。 双子はあの体育館棟におびき寄せて、自ら柵を越えさせました。 スキン教諭は、彼が下調べに行く日を調べて罠に・・・しかし、どうして彼の死亡日を変えてくれたのですか?」 おかげで、これも『不幸な事故』で終わってくれた、と、Nemesisは笑う。 「もしかして、あの雷の日の事故ですか? スキン教諭の自宅近くで、民家の塀が壊され、住人が怪我をした事故がありましたよね? 犯人は逃げたそうですが・・・彼がまた、飲酒運転でもしたのではありませんか?」 その問いに、理事長は答えなかった。 「一度は死亡事故も起こしていながら、懲りることを知らない人ですね」 ため息交じりに言うNemesisから視線を逸らせないまま、理事長は引き攣った声をあげる。 「ロード・・・ハ・・・?!」 「殺害方法ですか? そうですねぇ・・・あまりポピュラーな方法ではないので、お話したところで、面白みがないかもしれませんが・・・」 「ロードが何ヲしたト言うノカ!!」 必死に声を振り絞った彼を見下ろし、Nemesisは凄絶な笑みを浮かべた。 悪魔が微笑むとすれば、こんな笑みを浮かべるに違いない―――― そう、確信する理事長の耳に、Nemesisは口元を寄せた。 「何も。 何もしていませんよ、彼女は」 そっと、囁いた声には、毒々しい悦びに満ちていた。 「我が身内が、なんの罪もなく殺されたように」 「ア・・・・・・!!」 愕然と目を見開く理事長に冷酷な笑みを向け、Nemesisは身を起こした。 「あなた達に対して、司直はなんの罪も問わなかった。 だから私が復讐するのです。 私が・・・・・・」 Nemesis―――― それは、単なる『復讐』の意味ではない。 「神罰の執行者・・・そう、お考え置きください」 冷たい言葉と共に踵を返し、Nemesisは彼の病室を後にした。 後にはただ、棘のある花束を残して・・・・・・。 その頃、ラビは診療所の受付で、事務用デスクに着いたまま、難しい顔をしていた。 「心ここにあらず、じゃな」 院長から受け取ったカルテを機械的に処理しながら、頭は別のことを考えている。 「なぁ・・・ジジィ。 2ヶ月の間に一家から4人も死者が出るって、どう思うさ?」 孫の問いかけに、院長は冷静なまま頷いた。 「場合による。 感染症や食中毒の場合、一時に家族全員が亡くなる事もあろう。 私が若い頃なぞ、空襲で一家全滅などは・・・」 「イヤ、100年前のことはいいんさ」 「100年じゃないわい!まだ60年程度じゃ!」 むきになって否定する祖父に苦笑して、ラビは考え深げに自身の顎をつまむ。 「三人は事故、続いて三人が食中毒になって、うち一人が死亡・・・不幸って、こんなに続くもんかな?」 「ラビ・・・」 「ん?」 祖父の呼びかけに、ラビは振り向いた。 「お前がそこまで言うからには、既に事故ではないと、確信を抱いておるのだろう」 「はは・・・バレバレさね」 また苦笑して、ラビはデスクに置いていたマグカップを取り上げ、すっかり冷えたコーヒーをすする。 「で? お前が本当に聞きたい事は、そんな基本的なことではなかろう?」 「ん・・・・・・」 頷いて、ラビは祖父を見遣った。 「ジジィさ、理事長達がなんの中毒になったか、知ってっさ?」 「彼らが今、入院しておる病院の院長とは茶飲み友達だからの」 「っジジィ!!なんの中毒か、教えてくんね?!」 勢い込んで迫る孫をうるさげに押しのけて、彼は軽く吐息する。 「今回の食中毒の症状は、嘔吐・下痢・意識障害だったそうだ。 院長は最初、腸炎ビブリオを疑ったが、後に意識を取り戻したティキ教諭から聞いたところによると、その日の主な夕食は、理事長が娘やティキ教諭と共に採取した山菜だったという」 「つまり、自然毒の可能性ありってか」 「山菜と間違えて、毒草を食してしまうことは、素人にはたまにあることだな。 ただ・・・」 と、彼は考え深げに首を傾げた。 「理事長のことは、私もよく知っているが、彼の知識量は膨大で、このような失敗をするとは思えぬ」 「ふぅん・・・。 他に原因になりそうなもんは食ってねェの?」 「山菜の天ぷらの他は、ラム肉のワイン煮と海藻サラダ、ジャガイモの冷製スープ・・・どうやら、院長がうるさく言うただけあって、ようやくコレステロールに気を使い始めたようじゃの」 「イヤ、コレステロールに気ィ使って食中毒なんて、シャレになんねぇから!」 「全くじゃな」 孫の鋭い突っ込みに頷いて、彼は顎に手を当てる。 「しかし、このメニューを見るに、やはり原因は山菜かの・・・?」 「肉は火が通ってなかった可能性だってあるだろうし、海藻サラダと冷製スープは賞味期限とか、大丈夫だったんさ?」 「ラム肉のワイン煮と海藻サラダ、冷製スープは、ケータリングサービスの店から取り寄せたものらしいが、同じものを注文した家では、何の症状も報告されていない」 「んー・・・じゃあ、やっぱり一番怪しいのは、山菜に毒草が混じってたとか・・・」 「もしくは、それ以前に摂取したものじゃな。 ただし、ティキ教諭はその日一日は彼らと共に山菜採りをしたそうじゃが、前日から1週間ほどは理事長宅に行っておらんそうだし、今日の昼食も、山の麓の食事処でそれぞれ別のものを食したそうな。 ・・・なんにせよ、不幸な事故じゃ。 一番小柄で、一番体力のない少女が犠牲になってしまったのだな」 祖父の感想に、しかし、ラビは口をへの字に曲げた。 「なんじゃ、不満そうじゃな」 「いや・・・事故なら別に、いいんけどさ・・・・・・」 「故意の事件だというか」 その言葉には沈黙を返し、ラビは、また冷めたコーヒーをすする。 「・・・犯人の目星が、ついてしまったのだな?」 祖父の指摘に、ラビはきつく眉を寄せた。 「苦い、コレ」 「ふん・・・それは言いたいくないか」 口の端を曲げ、彼は踵を返す。 「では、確信が持てたらまた尋ねるがいい」 「ん・・・」 頷いて、ラビは閉ざされた診療室のドアを見遣った。 ややして、 「FloraとHebe・・・落とすならまず、こっちさね」 生前のロードと同じ呟きが、ラビの口からも零れる。 「Urania・・・・・・」 まさかそんなはずはない、と、その正体をラビの『感情』は否定したがっていた。 だが、彼はロードの集めた情報を入手し、更には彼女の知らない事情をも知っている。 「触らなきゃ・・・良かった・・・」 以前と同じ呟きを漏らし、彼は、苦いコーヒーを飲み込んだ。 翌日、一年生の教室が並ぶ階を訪れたラビは、アレンを呼び出した。 「あれ?どうしたんですか?」 用があるなら放課後に呼べばいいのに、と、首を傾げるアレンに、ラビは隣のクラスを示す。 「こっち、ロード嬢のクラスだろ?どんな様子さ?」 「は? いや・・・知りませんけど?」 壁を挟んで向こう側とは言え、中等部出身でないアレンには他のクラスに親しい友人がいるわけもなく、困惑げに眉をひそめた。 「ナニ?隣って、寮の友達もいねェの?」 「あぁ、それならチャオジーが・・・」 「なんだ、あいつこのクラスかよ! おーぃ!チャーオジー!!」 大声で呼ばれて、チャオジーが慌てて出てくる。 「どっ・・・どしたんすか、ラビ先輩・・・っ?!」 突然の呼び出しに驚く後輩に、ラビは改めて教室を示した。 「昨日、ロード嬢の訃報を聞いてからどーよ、クラスの雰囲気は?」 「え・・・いや、その・・・・・」 言いにくそうに口ごもるチャオジーに、ラビは眉をひそめる。 無言で先を促され、チャオジーは声をひそめて囁いた。 「あの・・・穏やかっす・・・・・・」 「穏やか?クラスメイトが死んだのにさ?」 ラビの指摘に、チャオジーはまた気まずげに口ごもる。 「あぁ、ワリ。 えーと、つまり、誰も・・・ってか、ほとんどの奴は、ロード嬢の死を悲しんでいないってことさ?」 「はぁ・・・まぁ・・・ぶっちゃけ、そんなカンジで・・・・・・」 「そんな、冷たい!」 不快げに言い放ったアレンの口を、ラビがすかさず塞いだ。 「あぁ、ワリワリ。コイツの事は置物だと思ってくれさ。 それよりチャオジー、クラス全体がそんなカンジってことは、ロード嬢、入学からたった2ヶ月の間に、相当無茶やらかしてたってコトさ?」 「はぁ・・・まぁ・・・・・・」 背後の教室をチラチラと伺いながら頷いた彼に、ラビはにこりと笑う。 「オッケ。 詳しい事は放課後、俺んちで聞かせてくれねーさ?」 「あ・・・はい」 反射的に頷いたチャオジーに、ラビも頷いた。 「ほんじゃ、後でなー 言うや、ラビはひらりと手を振って自分の教室へと戻って行った。 そして、放課後。 診療所に現れた後輩達を、ラビは受付のガラス越しに迎えた。 「・・・なんでお前達まで来るんさ」 「だって!あそこまで聞いて、じっとしていられませんよ!」 「私も! あのまま放置していられるのなんて、神田先輩くらいのものよ!」 チャオジーの後ろで、拳を握って力説するアレンとリナリーに、ラビは受付から出てきて、自分の部屋に上がるよう指示する。 「部活はいいんさ?」 「はい!!」 「二人とも、おなか痛いから病院に来たの!」 「・・・子供デスカお前らは」 呆れつつ、ラビは3人の後から自室に入った。 「そんで・・・チャオジー。 クラスの奴らの前じゃ言いにくかったこと、教えてくれるさ?」 「あ・・・はい!」 とは言え、故人の悪口を言うことは、さすがにはばかられる。 チャオジーが、ぽつぽつと語ることをじっと聞いて、ラビは最後にまとめた。 「つまり、ロード嬢は中等部の頃から、理事長の娘であることをいいことにワガママ放題で、中等部でのイジメを高等部に来ても続けてた、と」 「はぁ・・・うちのクラスには中等部からあがって来た子の他にも『奴隷』になってる子がいて、辛そうっしたね」 「奴隷って・・・」 思わず眉をひそめたリナリーが、ふと、顎に指を当てる。 「あら・・・? 待って、ロードって子、『キャメロット』って姓だったっけ?」 「ん?あぁ、そうだけど?」 何か、とラビに問われ、リナリーは頷いた。 「ちょっと前のことなんだけど、兄さんの所にリーバー先生とミランダ先生が来て、彼女のことを相談していったの」 「へぇ・・・!どんなさ?!」 興味を引かれて身を乗り出したラビに、リナリーはもう一度頷く。 「リーバー先生、言ってたわ。 一年のキャメロットがいじめをしているらしい。去年みたいなことを防ぐためにも、目を光らせていた方が良さそうだ、って。 それで兄さんが、誰をいじめているか知ってるか、って聞いたの。 そしたらミランダ先生が、中等部の頃から、彼女は蝋花って子をいじめてるみたいだって」 「蝋花さん?!」 思わず大声をあげたアレンに、三人の視線が集まった。 「知ってるんか?」 「同名の子じゃないなら、うちのクラスの副委員長ですよ!」 そう言えば、と、アレンは続ける。 「彼女、中等部からあがってきたんでした!」 「じゃあ・・・先生たちが言ってた『いじめられてる子』って、その子かもしれないわね」 リナリーの言葉に、しかし、チャオジーは複雑な表情で口の端を曲げた。 「いじめられてる子、って言うよりは、いじめられてる子の一人、って言った方が、正しいと思うっす・・・」 「つまり、ロード嬢の『奴隷』はそれだけたくさんいたってことさ?」 「はい・・・。 なんつーか、彼女一人が『女王様』で、他は全員奴隷って言った方が早いっすね・・・」 「ふぅん・・・それで、彼女が亡くなっても誰も悲しまない。むしろ清々した、ってことさ?」 「せっ・・・清々しただなんてそんな!!」 慌てて首を振るチャオジーに苦笑して、ラビは頬杖をつく。 「うん・・・まぁ、タテマエ上、そんなことは言えねぇさね。 けど・・・リナ」 「ん?」 呼びかけられて、リナリーが目を向けた。 「悪ぃが、正直に答えてくれ。 この件で、兄さんは『ほっとした』なんて思ってんじゃね?」 途端、リナリーの頬が紅潮する。 「ラビ・・・!!あなた、言っていいことと悪いことが・・・!!」 怒りに声を詰まらせるリナリーに、ラビは静かに手を振った。 「だから、先に悪いって言ったさ。 で?正直なとこ、どうなんさ?」 再度問われて、リナリーは唇を噛む。 「に・・・兄さんはそんなこと・・・思ったりしないよ・・・っ!!」 でも、と、震える声で続けた。 「悲しんでも・・・いないみたいだった・・・・・・」 だがそれは、コムイだけでなく、『校長派』の教師達全員がそうだと言える。 「ん・・・わかった。サンキュ」 俯いてしまったリナリーの頭をくしゃりと撫でて、ラビはしばらく考え込んだ。 「ラビ?」 黙りこんだラビとリナリーを、気遣わしげに見比べていたアレンが、とうとう口を開く。 「ん?」 「あの・・・なにを調べようとしているんですか?」 「んー・・・」 「もしかして・・・FloraとHebe?」 「ん」 アレンの問いに頷き、ラビは組んでいた腕を解いた。 「俺・・・思うんだけど、これって『外』から見たらどうなってんだろ?」 「外・・・すか?」 不思議そうに首を傾げるチャオジーに、ラビは向き直る。 「お前にはまだ、事情を説明してねーから聞くんだけど。 チャオジー、この2ヶ月の間に理事長の一族が4人も死んだ件について、どう思う?」 「へ?! そ・・・それは・・・・・・」 目を丸くしたチャオジーは、困惑げに首をひねった。 「ふ・・・不幸は続くんだな、って・・・」 自信なげに答えた後、慌てて言い募る。 「で・・・でも、二人は自業自得だって言うし、先生は天災で、今回はえーと・・・事故なんでしょ? なんか・・・問題あるんすか?」 間違っているだろうか、と、不安げに周りを見回すチャオジーに、アレンとリナリーは顔を見合わせて頷いた。 「そうですよね・・・普通は、そう考えます」 「そうね。 そもそも、疑う方が変なんじゃない?」 しかし、ラビの疑いも納得できるものだ。 「じゃ・・・さ。 チャオジー、コレが全部殺人事件だ、って言ったら、どう思う?」 ため息交じりの問いに、チャオジーはこれ以上無理なほど、目を見開いた。 「そ・・・んな馬鹿なっ!!」 思ってもみなかった、と、うめくように言った彼に、しかし、ラビは首を振る。 「まだ確証はないさ。 けど、妄想なんかじゃないと・・・確信はしている。 そこで、まだ『外』にいるお前に聞きたいんさ。 これが殺人事件だった場合、誰が彼らを殺すと思う?」 「え・・・そ・・・そりゃ・・・・・・」 珍しく真面目な顔で問われて、チャオジーはどもりつつ言った。 「恨みを持つ人・・・じゃないんすか? もしくは、あの人たちが死んだら、利益を得る人?」 「あぁ・・・まぁ、そんなとこだろうな。 双子やスキン君は、明らかに人の恨み買ってたし、ロード嬢も同じく、なんだろ?」 「はぁ・・・まぁ・・・誰も悲しんでないのは確かっすね・・・」 ラビの問いに、チャオジーは言い難そうに頷く。 「それに、言っちゃあなんだけど、理事長ンちは金持ちだからなぁ・・・。子供が死んだら、財産って近い親族が相続すんだよな」 「え?!まさかラビ、ティキ先生疑ってるの?!」 非難めいた声をあげるリナリーに、ラビはパタパタと手を振った。 「事件だって思いついてからは、その可能性も考えたさ、もちろん」 「サイテー!」 投げつけられたクッションを受け止めて、ラビは顔をうずめる。 「別に、サイテーでもいいんけどさ・・・」 あらぬところを見つめて、ラビは独り言のように続けた。 「もし、これ以上罪を犯すつもりなら、止めねぇと・・・」 「これ以上って・・・理事長?」 アレンの問いには、『さぁ?』とはぐらかす。 「けど、一口に恨みっつっても、動機のある奴だけで何人いるんだろうなぁ・・・」 「双子なら・・・私も、殺してやりたいって思ったことあるわ」 リナリーの、思いがけず真面目な声に、アレンとチャオジーが、ぎょっとした目で彼女を見た。 「グエンの・・・お葬式の時よ。 クラウド先生、彼女の棺に縋って泣いてた・・・。 だから私、言ったの。 彼女は自殺なんかじゃない。 双子が彼女を追い詰めて、あの柵を乗り越えさせたんだって・・・・・・」 暗い声音で、ぽつぽつと語るリナリーに、ラビの目も真剣になる。 「それで?」 「そこには、ティナとソルもいて、色々聞かれたから、詳しく話したよ・・・そして、4人で泣いたの・・・。 グエンの棺の前で・・・損傷が激しくて、とても開けられないって閉められたままの棺の前で・・・・・・」 「そっか・・・。知ってたんだな」 誰が、とは言わず、ラビは一人で頷いた。 「問い詰めてやろうって、ソルが言い出して、私とティナも賛成した。 あいつら、お葬式に出なかったどころか、しばらく学校休んでて・・・ようやく出てきた時に、三人で問い詰めたんだよ。 グエンを死なせたのはあなた達でしょうって・・・そしたら・・・・・・!!」 「その時、自分達は学校にいなかった、ってさ?」 「ウソよ!!」 激しい声で否定し、リナリーは膝の上で組んだ両手を握り締める。 「なんて汚い嘘・・・! あの時私、生まれて初めて人を殺したいって思った・・・! なんでこんな奴らのために、グエンが死ななきゃならなかったのって・・・!」 ぽろぽろと零れる涙が、彼女の震える両手を濡らした。 「ラビ・・・正直に言うわ。 私・・・双子が死んだ時、天罰だって思った・・・! 自業自得だって・・・・・・笑ったよ」 「リナリー先輩・・・」 アレンが気遣わしげに、リナリーの震える肩を抱くと、彼女は乱暴に涙を拭う。 「そうだね・・・私達は、双子を恨んでる・・・。 殺したいと思ったし、死んで良かったとまで思ったよ・・・。 だけど・・・・・・」 キッと、涙に濡れた目で、リナリーはラビを睨んだ。 「私も・・・ティナもソルも、あいつらを殺してない。 もちろん、クラウド先生もだよ!」 「アリバイでもあるんさ?」 驚くほど冷淡な声の問いに、リナリーは激しく首を振った。 「そんなの知らない! だけど、私は嘘をついてないし、彼女達を信じてるよ! それに・・・双子はともかく、私達にはスキン先生や、ロードって子を殺す理由はない!」 激昂するリナリーをじっと見据えて、ラビはぽつりと呟く。 「そう・・・問題は、4人に共通する理由なんさ・・・」 と、 「え・・・理由っすか?」 チャオジーが、困惑げに問うた。 「うん。 例えばチャオジー、お前が、ロード嬢の『奴隷』にされて、彼女を酷く恨んだとするだろ? けど、その兄貴や従兄弟まで殺すさ?」 「こ・・・殺さないっすよ! 百歩譲って兄弟は恨んだとしても、従兄弟なんて恨む理由ないっしょ?!」 「だよな」 ふぅ、と、ラビが吐息を漏らすと、リナリーを気遣っていたアレンが顔を上げる。 「じゃあ、財産目当てとか?」 「え?!だったら犯人はティキ先生なんすか?」 後輩たちの問いに、ラビは悩ましげに首をひねった。 「んー・・・とは言え、ティッキーはまだ若いしぃー? 別に、こんなに急いで皆殺しにせんでも、徐々に殺っていきゃあいいこっちゃね?」 「そ・・・そう言う問題なのかな・・・」 唖然と目を見開くアレンをちらりと見遣り、ラビはまた、クッションに顔をうずめる。 「何か急ぐ理由があったとしても、こんなにちまちまやらねーで、今回の食中毒で一気に殺りゃあ良かったんさ。 ティッキーは理事長の家族と仲良くて、よく一緒にメシ食ってんだから」 「でも・・・それじゃあ疑われると思ったとか?」 「結局疑われんだったら、同じこったろ。 いや、それ以前にさ・・・」 アレンの問いに答えかけて、ラビはまた、ふっとあらぬ方を見つめた。 「確かに、ティッキーは理事長の甥で、子供達と従兄弟のスキン君が死ねば、財産はいくらか多めに入るだろうけど、親族はまだ他にもいるだろ?」 「あ・・・そう・・・だよね・・・。 お葬式の時も、結構たくさん参列してたし・・・」 「ティッキーにゃ美人の妹がいるし、スキン君にも兄弟がいるって、授業中に話してたしな」 リナリーの情報を捕捉するように言い募って、ラビは顔を上げる。 「学校経営に関わってないってだけで、理事長の親族は他にもいるだろうしな・・・。 財産目当てでティッキーが犯人、ってのは、ちと苦しいさね」 ハイ、却下、と、あっさり言われて、アレンが少し、悔しそうな顔をした。 「けど・・・怨恨?って言うんすか? だとしたら、キャメロットさんだけでも結構多いと思うっすよ、俺」 「双子はもっと多いわ! 恐喝や暴力や嫌がらせ・・・卒業した先輩達だって、かなり迷惑してたでしょ」 「あぁ。 その辺、奴らは分け隔てなかったさ」 「はぁ・・・兄弟なんですねぇ・・・」 アレンが妙なところに感心する。 「そうさな。 俺はロード嬢のことは詳しくしんねーから、めったなことは言えねーけど、チャオジーの話を聞く限りは似てんな」 思わず苦笑したラビは、しかし、すぐにまじめな顔に戻った。 「結局、動機は本人らに聞くしかねーけど、Uraniaは用意周到で、絶対に正体を現そうとしない。 でも、FloraとHebeは、Uraniaよりは調べやすそうさ。 特にFlora」 名前を挙げて、ラビは自分のパソコンを操作する。 「ロード嬢はFloraが誰か、特定していた。 それは、FloraのIPアドレスと、ロードが以前荒らしていたと考えられるホームページの管理人のIPアドレスが一致していることからも推測できるんさ」 「え?!そんなことまでわかったの・・・?!」 驚きのあまり、リナリーが怒りも忘れて声をあげた。 「残念ながら、それが誰かってことは、ロード嬢の胸のうちだけどな」 軽く吐息した後、ラビは続ける。 「だから、彼女がいじめてた子達・・・『奴隷』にされてた子達に、この件で心当たりはないか、聞いてみるつもりさ。 ・・・とはいえ、まさかそんなに大勢いるとは思わんかったけどさー・・・!」 既に疲労を見せるラビに、アレンは思わず苦笑した。 「じゃあ、僕も手伝いますよ。 副委員長に聞いてみれば、なにか詳しいことがわかるかもしれない」 「そうっすね! 俺も、クラスの子達に聞いてみるッス!」 「助かるさー 嬉しげに両手を広げ、ラビは出来た後輩達を抱きしめる。 「で、リナは・・・」 「・・・なによ。なにして欲しいの?」 まだ頬を膨らませたまま、リナリーはラビを睨みつけた。 「学年主任の兄さんと、世間話してくれればいいさ 主に、今ガッコで起こってる裏事情なんかを 「そんな世間話しないもん!!」 「じゃあ、噂話でもいいさ リナが、『誰にも言わないから教えてぇ 「うん・・・まぁね・・・・・・」 釈然としない風ながらも、彼女は頷き、協力を承諾する。 「んじゃ! 張り切って調べるさ!」 無理に陽気な声をあげるラビに、後輩達は釣られて頷いた。 翌朝、アレンが教室で見た蝋花は、とても楽しそうにクラスメイト達とおしゃべりをしていた。 ―――― あんなに楽しそうな顔、初めて見るかも・・・。 女子達の中に割って入るのはさすがにはばかられて、アレンは自分の席に着くと、それとなく、蝋花がグループから離れるのを待つ。 と、彼女の方からアレンへと近寄ってきた。 「おはよーござます、ウォーカー君! 今日は委員会ですねー 「え?楽しみなんですか?」 委員会なんて、面倒なだけで別に楽しいことなんてないだろう、と思っていると、蝋花は両手を合わせて笑う。 「楽しみですよぉ だって、なんの気兼ねもなしに、中等部の頃の友達と会えるんだもの 「気兼ねって?」 重ねて問えば、彼女はアレンの隣の席に勝手に座って、内緒話をするように声を潜めた。 「昨日、隣のクラスのキャメロットさんが死んじゃったおかげです」 「え・・・」 思わず目を見開くアレンに、蝋花は苦笑する。 「やっぱりびっくりしますよね、こんなこと言うと。 だけど、正直な気持ちです」 そう言うと彼女は、ちらりと背後を振り返った。 「彼女達も、中等部から一緒だったんですけどね、私が・・・あの子に一番酷くいじめられてたから・・・とばっちりが来るのを嫌がって、今まで話しかけてもらえなかったんです」 「それは・・・大変でしたね・・・・・・」 アレンは適切な言葉を見つけられず、なんだか間抜けな答えを返してしまう。 「はい。 だから・・・正直言って、嬉しいんですよ」 さすがに声を潜めた蝋花に、アレンは困惑げに微笑んだ。 「あの・・・なんでそんなこと、僕に・・・?」 問うと、蝋花は急に真剣な顔になる。 「ウォーカー君、彼女に・・・いやなコトされてませんでした?」 「彼女って・・・キャメロットさん?なんで僕に?」 面識もないのに、と、アレンが不思議そうに首を傾げると、蝋花はほっと表情を和ませた。 「いえ! だったらいいんです。 ちょっと、心配だったから・・・」 「はぁ・・・」 頷きつつも、アレンは彼女が何を言いたいのか、わけがわからない。 と、始業ベルが鳴り、教師が入ってきた。 「あ・・・」 「また後で!」 にこりと笑うと、蝋花は物言いたげなアレンに手を振って自分の席に戻る。 ―――― ちょっと・・・言い過ぎたかな? 複雑な顔をするアレンをそっと見遣り、蝋花はやや、不安になった。 蝋花は、アレンが既に、彼女とロードの事情を知っているとは思いもしない。 授業も上の空で、ちらちらと見遣ったアレンは、やはり心ここにあらずといった様子で眉をひそめていた。 ―――― 引かれちゃったかなぁ・・・。そりゃあ、『死んで良かった』なんて、いきなり言われたらびっくりするよね・・・。 だが・・・もう、彼女がいないと思うと、思わず笑いがこみ上げてくる。 ―――― 友達もまた、話し掛けてくれるようになったし・・・ウラーニアさんのおかげだわ 蝋花は件のUraniaが、ネットの向こう側でいつも眉をひそめる気楽さを発揮して、機嫌良く日を過ごした。 放課後、委員会を終え、アレンと並んで教室へ戻る蝋花は、陽気で饒舌だった。 「今日はずいぶん元気なんですね」 アレンが笑いかけると、蝋花は楽しげな笑みを返す。 「ええ! 重石が取れたみたい、っていうのかな? 中等部の友達ともたくさん話せたし、こんなに楽しいのって、本当に久しぶりなんです!」 清々しく笑う蝋花に反し、アレンの表情は翳りを帯びた。 「僕、寮の同室が隣のクラスなんですけど、誰も彼女の死を惜しんでないそうですね・・・」 アレンの口調に非難の色を感じて、蝋花が俯く。 「そんなに・・・彼女にいじめられていた子は多いんですか?」 「ええ・・・。 残酷な子だったもの・・・」 暗い口調で呟いた途端、蝋花の口から堰を切ったように毒が溢れ出した。 中等部の頃からずっと続いて来た、数々の仕打ちを並べ立てる彼女を、アレンが気遣わしげに見つめるが、その様子にも気づかず、蝋花はひたすら恨み言を吐く。 「こんなに恨んでいたのは、私だけじゃない・・・」 最後に付け加えられた一言がやけに言い訳じみていて、アレンは慰めるように頷いた。 「辛かったんですね・・・」 「はい・・・」 悄然とうな垂れた額を、蝋花はアレンに寄せる。 「ろっ・・・蝋花さん?!」 アレンは慌てて離れようとするが、蝋花は更に彼の腕に縋った。 「気遣ってくれて、ありがとうございます、ウォーカー君・・・。 私・・・ウォーカー君のことが好きです・・・・・・」 「え・・・」 蝋花の言葉に目を丸くしたアレンは、次の瞬間、慌てて周りを見回す。 放課後も遅い廊下には、幸い、人影はなかった。 思わずほっと吐息したアレンを見上げ、蝋花は苦笑する。 「あの子が生きてる時は、言えなかった・・・だって、絶対邪魔されるもの」 ロードが蝋花の気持ちを知っていながら邪魔しなかったのは、兄弟達に起こった事件を調べるのに忙しく、アレンにまで気が回らなかっただけだ。 蝋花がFloraだとばれて以降は、ロードが彼になにを言うか、気が気ではなかったが、彼女はもう、その機会を永遠に奪われた。 今朝、改めてその事を知り、告白を決意した蝋花は今、不安と緊張と期待に胸を膨らませて、アレンを見つめる。 が、アレンは彼女から、気まずげに視線を逸らした。 「ごめんなさい・・・好きな人が、います・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・そう」 大きな目を見開いた蝋花は、長い沈黙の後、かすれた声をあげた。 「もしかして・・・陸上部の先輩・・・・・・?」 時々、一緒にいるところを見たことがある。 その時のアレンは、いつも楽しそうだったのに・・・あえて、気づかない振りをしていた。 「は・・・」 「いいの!言わないで!!」 頷こうとした彼から顔ごと目を逸らし、蝋花はアレンの腕から手を離す。 「あの・・・」 「ごめんなさい!私、先に行ってます!!」 何事か言おうとしたアレンを遮り、蝋花は歩を踏み出した。 そのまま早足に数歩進んで、一旦足を止める。 「い・・・今言ったこと、忘れてください・・・・・・!」 早口に言うや、振り向きもせず立ち去る蝋花の背を見送ったアレンは、かなりの時間、その場に佇んでいた。 「そんで、ふっちまったの・・・」 こくん、とアレンが頷くと、ラビは深々と吐息した。 「お馬鹿!このお馬鹿!! せっかく詳しい話が聞けるかもしんねー子だったのに、なんでそんなことするかなぁ・・・。 これでお前、しばらく避けられるさ!」 「う・・・だって・・・・・・」 「だっても何もありませーん! 結果フルつもりでも、保留にして先延ばししてる間に話聴きゃよかったじゃないさ!」 「そ・・・そんなひどいこと・・・僕・・・・・・」 そう言って、事務机に沈んでしまったアレンに、ラビはまたため息を零す。 「まぁ、それが出来るお前じゃないってことは、知ってるけどな」 それにしても惜しい、と、ラビは呟いた。 「実は・・・あれからIP照合してみたんけど、Floraがその蝋花って子みたいなんさ」 「えぇっ?!IPって、そんなこともわかるの?!」 驚いて顔を上げると、ラビはなんでもないことのように頷く。 「ん。 方法さえ知ってりゃ、プロバイダだけじゃなく、接続してるエリアくらいまではわかる。 学校や会社からアクセスしてんなら、その学校名や会社名もわかることもあるさ」 「こ・・・こわっ・・・!」 アレンは手近にあったクッションを抱きしめ、怯えた声をあげた。 「まぁ、個人情報はプロバイダや所属の組織が明かさない限りはわかんねーから、その点は安心しな。 でもー・・・これを利用して、個人情報を騙し取る手口はよくあるんさ」 「は・・・?」 「いわゆる、ワンクリック詐欺な」 「はぁ・・・」 嫌な予感がして、アレンはじりじりと身を引く。 「そこで! 俺がやったことといえば・・・」 「ちょっと!! ちょっと待ってラビ!! まさか君、そのワンクリック詐欺をやったとか言いませんよね?!」 「えー・・・アレン、お前、勘が・・・」 「あはははは!そんな馬鹿なことしてないでしょうとも!」 ラビの言葉をヒステリックな笑声で必死に阻んで、アレンはじりじりと出口に向かった。 「ごめんなさい、ラビ!僕、部活抜けてきちゃったんで戻らないと!」 「さっき、委員会の出席を優先したから部活は休みだって言ったじゃん、お前」 「部活サボるとコムイ先生がすっっっごく怖いんです! なんだか僕、目の敵にされてるし!!」 「そりゃー、お前がリナに近寄るからさ。それより、俺がなんであの子をFloraとほぼ断定したかって言うと・・・」 「いやだー!!聞きたくないー!!今度こそ犯罪のにおいがするー!!!!」 必死に抗うアレンを羽交い絞めにし、ラビは彼の耳に囁く。 「まぁまぁ聞いてくさアレン君。 昨日、お前たちから情報を得た俺は、ロード嬢のアドレス帳と俺の人脈を駆使して、中等部からあがって来た女子のアドレスを調べ、お嬢さん達に一斉メールしたんさ」 「お願いラビ・・・!耳ふさがせて・・・・・・ッ!!」 「じゃあ、内容は伏せてやるけど、俺が作ったページに個人情報を書き込むよう誘導しただけで、ワンクリック詐欺とは違うんさ ちゃんとセキュリティページにしたから、相手も安心して書き込んでくれるし、けっこ、簡単だったさ そんで、入手した個人情報とIPアドレスを照合した結果・・・・・・」 「やめてやめてやめてやめて・・・」 「蝋花嬢とFloraのIPアドレスが一致したんさ!」 「うわぁぁぁぁぁんっ!!おまわりさぁんっ!!犯罪者がいますぅ!!」 「聞いたからには共犯になれ★」 「うっうっうっ・・・! なんで僕ばっかりこんな目に・・・・・・!」 脱力したアレンを引きずって椅子に戻し、ラビはにんまりと笑った。 「まぁ、正しくは、蝋花嬢の使っているパソコンがFloraのIPと一致したってだけで、彼女イコールFloraって確定したわけじゃないんさ」 「・・・・・・そうなんですか?」 「あぁ。 Floraのパソコンを、蝋花嬢以外の誰かが使ってる可能性は皆無じゃないからな」 「あ・・・そうか」 「んで次は、Hebeなんだけど・・・」 「えぅっ・・・? ヘーベのIPもそれでわかったんですか・・・?」 「んにゃ。 HebeのIPは、これじゃ引っかからんかったさ。 まぁ、全員から返信来たわけじゃねーから、単に無視されたってのもありなんけど」 ただ、と、ラビは笑みを収めて首を傾げる。 「Hebeの場合は、IPじゃないところから辿れる・・・かも?」 「え?なんで?」 「んー・・・お前は今回の食中毒事件、三人のうちの誰が仕掛けたと思う?」 逆に問われて、アレンはラビと鏡合わせに首を傾げた。 「えー・・・誰って言われても・・・・・・」 「じゃあ、蝋花嬢がFloraだと仮定して、彼女には可能か?」 「さぁ・・・でも、キャメロットさんが亡くなった日、彼女は家族と温泉旅行に行ってたって・・・」 今朝から、彼女が友人やアレンに、盛んに話していたのは、主に週末の旅行の話だ。 「美人の湯に猿が入ってたから、効能は疑わしいとか話してました」 「・・・美人の猿かもしんねーじゃん」 それはともかく、と、ラビは話を戻した。 「・・・俺、ずっと、彼らが殺された『理由』を考えてたんさ」 「はぁ・・・ミステリーで言う、『動機』ってやつですか?」 アレンが言うと、ラビはこくこくと頷く。 「はじめは、三人に『共通する動機』を考えてたんさ。 Urania、Flora、Hebeの三人が、殺された四人に対して、共通する恨みを持ってたんじゃないかって」 「はぁ・・・」 ラビの説に、アレンはあいまいに頷く。 「それで、ティキ先生が犯人じゃないか、なんて話にもなったんですよね? でも・・・フローラが蝋花さんなら、彼女には財産目当ての動機なんかないでしょ。 それとも、一族の誰かがフローラのIPだかパソコンだかを使って、ティキ先生と一緒に殺人計画を立てて、四人を殺したんですか?」 言ってから、アレンは目を見開いて手を叩いた。 「あぁ! それで、ヘーベはIPじゃないところからたどれるんだ! ウラーニアがティキ先生で、フローラは一族の誰かが、何らかの方法で蝋花さんのパソコンを入手して使ってるとしたら、残るヘーベも、一族の誰かってことですもんね!」 当り?!と、目を輝かせるアレンに、しかし、ラビは苦笑して首を振る。 「俺が思いついたのとは、ちょっと違うさね。 IPってのは、ネットに繋げる時に取得するもんだから、パソコン自体を入手しても、環境によっちゃ、IPを変えなきゃなんない。 ・・・お前、海外でパソコン使ってたんなら、IPくらいいじったろ?」 問われて、アレンは首を傾げた。 「さぁ?父さんが生きてた頃は、ネット接続は父さんがやってくれたし、亡くなってからも設定は残ってたから、僕、触ってません」 「・・・だから、ちったぁ勉強しろっつったんに・・・。 まぁいいさ。 つまり、蝋花嬢以外の人間が、彼女のパソコンを使ってるとしても、それは同じネットワーク上でのことさ。 簡単に言えば、彼女の家に引かれた回線を使ってる同士、ってことさね」 「はぁ・・・」 「つまり、さっきお前も言ったように、蝋花嬢や彼女の家族に、理事長の財産分与のメリットがない以上、少なくともFloraがあの四人を殺す動機は、財産じゃない」 「・・・ですね」 「じゃあ、フローラ個人の動機は何か。 やはり、ロード嬢への恨みだと思われるんさ」 「・・・はぁ」 「だが、お前の情報によると、蝋花嬢はロード嬢の死には関わっていない」 「遠くの温泉にいましたからね」 「だったら、いくつかの可能性のうち、一つの方法が浮上する・・・」 「なに・・・?」 「交換殺人」 アレンは、目を見開く。 「えっと・・・それって、お互いに殺したい相手を交換する、って方法でしたっけ・・・・・・?」 そんなミステリー小説みたいな、と、笑おうとしたアレンの頬が、引き攣った。 が、ラビは真面目な顔で頷く。 「三人が三人とも、誰か別の人間を恨んでいる・・・普通それは、接点のない人間である場合が多いだろうさ。 だが、Uraniaは故意にか無作為にか、同じ一族に対して恨みを持つ人間を選んだんさ」 「財産目当てだって、思わせるように・・・?」 その問いには、ラビはふるりと首を振る。 「それはわかんね。 別の目的があるのかもしんねーし。 ただ、Uraniaがトレ・トレの管理人を騙って理事長の一族を狙った以上、実行役にうちのガッコの人間が選ばれたのもわかるさね」 「それは・・・殺された人たちに恨みを持つ人が多いから?」 今度の問いには、ラビは満足げに頷いた。 「そう。 FloraやHebeが引っかからなかったとしても、他に実行役として、目星をつけていたやつもいたかもしんねーな」 「じゃあ・・・フローラとヘーベは、運が悪かった、とでも言うのかな・・・?」 実行役に選ばれるなんて、と、悄然とうな垂れたアレンの頭を、ラビは慰めるように撫でてやる。 「そうかもしんないな」 「蝋花さんがホントにフローラだったら・・・彼女も、誰かを殺したんですよね・・・?」 「あぁ、ロード嬢以外の人間・・・多分、スキン君じゃないかな」 「スキン先生?!」 思わず甲高い声をあげたアレンに、ラビは落ち着き払って頷いた。 「でも・・・スキン先生は担任ですよ?! そんな近い人間を殺して、万が一疑われたら・・・」 「そのためにも、事故に見せかけたんじゃねーかな。 ・・・なんで、死亡日があの雷の日になっちまったのかは、まだ謎だけどさ」 それはまた調べるとして、と、ラビは人差し指を立てた。 「具体的な方法はまだわかんないにしても、消去法で、Floraがスキン君を殺したのは間違いないと思う」 「・・・消去法?」 「そう。 これが交換殺人なら、三人はそれぞれ、自分の憎む相手と殺す相手を変えるよう、ローテーションを組んでる。 Uraniaは双子を殺して、Floraがスキン君を殺した。そして、今回の食中毒はHebeだな」 「なんでそう言いきれるの?」 「確実に死にいたる毒物を食わせたんなら、Uraniaを疑ったさ。 けど、死ぬかもしれない、死なないかもしれないなんて中途半端なこと、Uraniaはやらないさ」 「・・・まるで、ウラーニアを知ってるみたいだ」 アレンが苦笑すると、ラビも笑みを返す。 「そうさな・・・。 ある程度の性格と、状況は想像できたと思う。 例えばアレン。お前が、ちょっとキライな奴がいたとする。 そうさな、コムイ先生には、できれば消えて欲しい、と思ったとする」 「・・・ちょっとやめてくださいよ。そんなの、考えただけで僕、抹殺されそうです・・・」 真っ青になったアレンに、ラビはにこりと笑った。 「そう、その程度でいいんさ。 ただ、今のお前みたく、萎縮しちまってんなら本音も出さねェだろうけど、匿名性の高いチャットで、盛大にコムイ先生の愚痴をぶちまけたとするさ。 そしたら、優しい管理人が言うんさ。『そんなに憎いなら、殺してやろうか?』って」 ぎくりと顔をこわばらせたアレンに、ラビは笑みを深める。 「そう、『まさかそんな』って、思うんさ。 だけど、今まで散々、愚痴を書き込んでいたことによって、感情のタガは少し緩んでる。 おまけに、ここは『誰も知らない』場所さ。 つい、お前は調子に乗って言っちまう。『そうしてくれたらどんなに嬉しいか』ってさ」 「・・・でもそんな・・・冗談でしょ・・・?」 「そう。誰も本気になんてしない。 冗談さ。 まさか本気で殺すなんて思わないから、管理人に『私が彼を殺す代わりに、私の敵を殺してください』なんて言われたお前は、つい、了承しちまう」 「そんなこと・・・!」 「したとするさ。 ただ、この時点ではただの冗談。 口約束ですらないと、自分勝手に思っていたお前は、実際にコムイ先生が死んでしまって驚くことになる」 「・・・・・・っそりゃ、驚きますよ」 「しかも、管理人は自分が殺したと明言する」 「・・・・・・・・・」 「だから、お前も約束を守れと迫る」 「・・・・・・・・・」 「こんなことがあったんじゃないかって、俺は想像してる」 「・・・・・・信じられない」 「ん。 まぁ、常識じゃ、そうだろな」 あっさりと頷いて、ラビは席を立った。 2つのマグカップにコーヒーを淹れて、1つをアレンに渡す。 「で、話は戻るさ。 こんな状況で事件を起こしたんだとすると、双子はまず、確実にUraniaの犯行。 そして食中毒事件で、蝋花嬢にアリバイがあったことを考えると、スキン君はFloraが、食中毒はHebeがやったことじゃないかと思われるんさ」 「・・・・・・・・・」 「食中毒を故意に起こすには、対象が摂取するものに、食中毒の原因となるものを混入するよな。 今回の事件、たまたま理事長達が入院した病院の院長がジジィの友達でさ、食中毒の原因が何か、わかったら教えてくれって頼んでたんけど・・・・・・」 「わかったんですか?」 「あぁ、なんか、はじめはロード嬢の検死解剖を嫌がった理事長が、急に考えを変えたらしくてさ。 それによると、ロード嬢の死因は急激な低血圧だったらしくて・・・ジジィが、院長に言ったんさ。 食中毒症状に加え、急激な低血圧があったのなら、原因はオゴノリじゃないかって」 「オゴ・・・なにそれ?」 「刺身のツマなんかにある海藻さ。 市販の奴は、石灰処理してあるから食べても無害なんけど、素人が海から採ってきたもんを生で食ったりするとヤバイんだよな。 ゆでたって毒性は消えねぇし、そもそも、どんな毒があるのか、未だによくわかんねぇんさ」 「そうなんだ・・・」 「そう。 それで、ジジィが院長を通じて保健所に言ったんさ。 海藻サラダを十分に調べた方がいいって」 「そ・・・それで、もう調べたの・・・?」 「いんや。 海藻サラダは皿にもパッケージにも残ってなかったから、物証は出てこなかったけど、ロード嬢の胃の中からは、未消化のオゴノリが出てきたらしいぜ」 「・・・・・・っ!!」 「でも、不思議なんさ。 海藻サラダを作ったケータリングの店は、オゴノリなんて入れないって言うし、実際、店の厨房にオゴノリは、石灰処理した物だって置いてなかった。 ティッキー達は、山菜採りは行ったけど、海藻なんて採ってないって言うし、どうやって入れたんだと思う?」 「そ・・・そんなの・・・・・・」 わからない、と、首を振るアレンに、ラビは頷いてコーヒーをすすった。 「・・・あの店、友達がバイトしてることもあって、俺もメシ作るのがめんどくさい時に何度か使ったことがあんだけど、今回理事長が注文したのは、コレステロールが気になる客用に店が考えたメニューのひとつで、割と高めのセットだったんさ。 ・・・ちなみに、海藻サラダは全てのセットメニューについてるってわけじゃない」 「だから・・・?」 「つまり、いつ注文されるかわかんねー海藻サラダにオゴノリを混ぜられる奴なんて、限られてくんだろ」 「やっぱり・・・家族なのかな・・・?」 「違う。 Hebeはあの家族の中にはいないし、いる理由がない」 「じゃあ・・・・・・お店の人が嘘を・・・? 食中毒事件を起こしたってことを隠すために、証拠を消したのかな・・・」 アレンの問いに、ラビはわずか、笑みを浮かべて首を傾げる。 「食中毒事件じゃない。これは殺人さ。 双子とスキン君に比べて、ずさんではあるけど、これは故意に行われたもんさ。 そして、実行者は店にいて、しかも、保健所に調べられるような立場にはない」 「え?」 「こういう場合、検査を受けるのは厨房自体と、食品衛生責任者さ。 バイトやパートはこの場合、調理に携わってない限りはそこまで厳しい検査を受けるとは思えない。 たとえば・・・店舗スタッフや、配達員、とか」 ラビの笑みが、やや苦味を帯びた。 「蝋花嬢がFloraだと考えると、Hebeは、双子に恨みを持っていた奴。 この店でバイトして、調理には携わっていない奴を・・・俺は、知ってる」 「ラビ・・・・・・」 「ん?」 「僕・・・それ以上は聞きたくない・・・・・・」 「・・・・・・ん」 にこりと笑って、ラビはアレンへ手を差し伸べる。 びくっと、身を引いた彼の頭を撫でた。 「気をつけて帰んな」 優しい声に、アレンはこわばった顔で頷く。 部屋を出て行ったアレンの背を見送り、ラビは、手付かずで残されたマグカップを見つめた。 ラビの家から寮に戻ったアレンは、寮監に呼び止められた。 「アレンちゃん、丁度良かったわ アナタにお電話よ」 「はい」 彼女から受話器を受け取ると、聞き慣れた声が外国の言葉を紡ぐ。 『師匠・・・・・・!』 聞きたくはなかった声に、げんなりとしながら、アレンは応じた。 『はい・・・はい、わかってます。 行けばいいんでしょ、行けば・・・』 『なんだ、その嫌そうな声は。 来たくなけりゃ、別に来なくていいんだぜ?俺は俺で、勝手にや・・・』 『行きたくないなんて言ってませんっ!喜んで、行かせて頂きます!!』 慌てて相手の言葉を遮ると、アレンは電話機の横に置かれたメモに、ペンを走らせる。 『じゃあ・・・先生に相談しますけど、これ、誰がいいんでしょ?僕の担任、亡くなったんですよね・・・』 『はっ!知るかよ』 『・・・でしょうね。 じゃあ、至急、手続きします』 『おう、待ってるぜ』 『・・・・・・待ってないでしょ、どうせ』 『いや、今度ばかりは、お前が『要る』からな』 『さっき、別に来なくていいって・・・』 『お前が来なきゃ、偽造・・・』 『行きます!ぜひ行かせてください!!』 思いっきり利用されてるなぁ・・・と、虚しいため息をつきつつ、アレンは電話を切った。 ふと周りを見ると、なぜか視線を集めている。 「・・・あれ?」 どうかしました、と、首を傾げると、興奮気味な声が集まってきた。 「すっげ!さすが帰国子女!」 「バイリンガルなんだ、お前!!」 「語学の宿題ん時、手伝ってくれ!!」 「えっえっえっ・・・?!」 「こぉら!たからないの、アンタ達!宿題は自分でやんなさい!」 ジェリーに追い払われ、文句を言いつつ離れて行った寮生達を苦笑して見送ると、アレンは彼女に向き直る。 「すみません、ジェリーさん。 さっきの電話の件で、相談なんですけど・・・」 「ん? どぉしたの?」 「ハイ、実は・・・・・・」 アレンから事情を聞いたジェリーは、悲しげに眉根を寄せた。 「・・・そう。 うん、そう言うことなら仕方ないわよね。 じゃあね、担任の先生に相談しようにも、まだスキン先生の後が決まってないから、コムイ先生に相談したらどうかしら? コムイ先生はアレンちゃんの部活の顧問だし、学年主任だしね」 「はい。 他には?」 「ん・・・神田寮長には言った方がいいかもね。 まぁ、彼は必要なこと以外は話さない子だから、他の子達に噂が広まることもないわ」 「ハイ。 じゃあ、まずコムイ先生に言って・・・決定したらジェリーさんと寮長ですね?」 「そうね」 頷いた彼女は、悲しげに笑って、アレンを抱きしめる。 「なるだけ・・・帰っていらっしゃいね?」 「はい・・・・・・」 ジェリーから香る、甘い匂いに泣きそうになりながら、アレンは彼女の腕の中で頷いた。 To be continued. |