† The Rain Leaves A Scar †
3. Curiosity kills a cat.
初夏とは言え、夜になればひんやりと冷たい空気に満たされる石造りの礼拝堂を、クラウドは一人歩んだ。 明かりは、彼女が持つ燭台に灯る炎だけ。 影を揺らしながら、奥の祭壇に歩み寄ると、クラウドは祭壇の蝋燭に火を移し、跪いた――――・・・死者に祈りを捧げる時は、冷たい電飾よりも暖かい蝋燭の方がふさわしく思う。 「グエン・・・」 若くして亡くなった妹の名を呟いて、クラウドは組み合わせた両手に、額を寄せた。 「お前は安らかに、眠っているのだろうか・・・・・・」 彼女の冥福を祈る度、その疑問は暗雲のように胸中を覆う。 「お前を死に至らしめた者達は、神の裁きを受けたのだろうか・・・・・・」 暗い呟きを発した時、コン・・・と、礼拝堂の入り口で物音がした。 顔をあげ、振り返ると、赤毛の少年が佇んでいる。 「邪魔してスミマセン、先生」 「ラビ・・・」 歩み寄ろうとする彼を、しかし、クラウドは手を突き出して止めた。 「用があるなら、外で聞こう」 「あい」 素直に踵を返して礼拝堂を出た彼に眉をひそめ、クラウドは祭壇の火を消す。 「何の用だ?」 燭台の炎で足元を照らしながら出てきた彼女に、ラビは懐こく笑った。 「ん・・・ちょっと、先生に聞きたいことがあってさ」 「・・・タタリのことなら、ティナとソルに聞いたぞ」 非難めいた口調に、ラビは苦笑する。 「それ、みんなに言ってっけど、俺のせいじゃないって!」 「どうかな」 冷たく言って、歩を進めるクラウドに、ラビは慌てて付いて行った。 「そんなことより、俺が先生に聞きたいのは、トレ・トレのことさ!」 「・・・・・・」 礼拝堂に隣接する、自宅のドアに手をかけたまま、クラウドはラビを振り返る。 「あれは閉鎖した」 「けど、ミラーサーバーは残ってんだろ?その管理パスワードを、誰かに盗まれたんじゃね?」 途端、クラウドは顔をこわばらせた。 「ミラーサーバー・・・? そんなものはない」 「でも・・・」 「あれは跡形もなく消した! グエンへの中傷なんて・・・見たくなかった・・・・・・」 ラビの言葉を遮り、クラウドはドアを細く開けて、自宅に滑り込む。 「もう帰れ・・・あのサイトのことは、話したくない・・・・・・」 目の前で閉ざされたドアの向こうから聞こえる暗い声に、ラビは黙って踵を返した。 夜中になって、『Hebe』はそっとノートパソコンを開いた。 ベッドの周りは厚いカーテンで覆われ、バックライトの光が外に漏れることはなかったが、キーボードを叩く音が響かないようには神経を使う。 Uaniaが主催するチャットには、運動部に所属する同室の友人が寝入った頃を見計らって、こっそりと参加していたが、この頃、Uraniaからの連絡はなかった。 「・・・終わり・・・?」 Uraniaは毎回違うメールアドレスを使うので、アドレス登録はしていない。 彼らがやったことを思えば当然の用心だが、それでも、Uraniaと連絡を取れない今の状況は不安だった。 ふと、窓の外を救急車がサイレンを鳴らして過ぎ、Hebeはびくりと身を震わせる。 「死ぬ・・・なんて・・・・・・」 こんな『ゲーム』、積極的に関わるつもりなんてなかった。 なのに、気づいたら追い詰められていて・・・。 海藻を使おう、と言い出したのは、Uraniaだった。 それは、チャットではなく、メールで指示されたこと・・・。 FloraがあまりにもHebeを急かすようになって、それがうるさくて・・・つい、うんざりとした心情を返信した。 いつもなら、『あて先不明』で戻ってくるメールが、なぜかその時は届いて、Uraniaの指示を運んできたのだ。 ――――『未必の故意』を装えばいいでしょう。 その答えに、Hebeは目を見開いた。 未必の故意とは、犯罪事実の発生を積極的には意図しないが、自分の行為から不具合が発生するかもしれないと知りながら、あえて実行すること・・・。 その言葉には、『オゴノリを検索』とも書き添えてあって、Hebeはすぐに検索した。 毒性は未だ不明ながら、特に女性に対し、死亡事故が報告される海藻・・・。 Hebeが、理事長も利用するケータリングサービスの店でバイトをしていることを知っている、Uraniaならではの指示だった。 件の海藻はどこででも手に入る上、実際に食品としても使われているので、食べる人間が疑うことはないし、たとえこの毒性を知っていたとしても、細かく刻んで混ぜれば、気づかずに口にするだろう。 その上、 『確実に死にいたる保証はない』 『オゴノリ』を検索したHebeは、行間にUraniaの思いを汲んで、目を輝かせた。 これならば、 『誰も死なないかもしれない』 せいぜい、家人に食中毒の症状が出ればいいだけなのだ。 救急車が騒々しくやってくれば、あの単純なFloraは大喜びするだろう。 その結果、誰も死ななくても、その時はHebeもUraniaも連絡が取れないようになっている・・・。 そう、まさに、今の状況だ。 「なんで・・・・・・こんなことに・・・・・・・・・!」 バックライトに照らされて、Hebeは何度もメールを確認するが、Uraniaからの連絡は、いつまで待っても来はしなかった。 同じ頃、蝋花は部屋でぼんやりとマウスを操っていた。 アレンにふられたショックが大きくて、パソコン画面を眺めていても、内容は全く頭に入らない。 だが、ロードが亡くなった『事故』のニュースページを探して読んでいるうちに、ふと、思い至った。 「ヘーベ・・・ケータリングのお店でバイトしてるんだよね・・・」 チャットをしている間に、Hebeとは色んなことを話した。 自分のこともだし、Hebeのこともたくさん聞いた・・・なのに、不思議なことに、Uraniaのことは何一つ知らない。 「トレ・トレの管理人・・・だよね・・・?」 あれだけ長い時間チャットをしていて、どういう人間か全くわからないなんて・・・いや、わかったつもりにもなれないなんて、不思議なことだった。 それはもちろん、Urania自身が個人情報に関する話題を禁じていたためでもある。 個人情報を漏らすな、という相手に、さすがにどこに住んでいるのか、とか、何をしている人なのか、などと、聞くことははばかられた。 だが、 「ヘーベは・・・同じガッコの寮生で、あの子が死んだ時に食べた物を運んだはずだわ・・・。 女の子でも、配達のバイトなんかするんだ・・・私は、バイクなんて怖くてやだけどなぁ・・・」 呟いて、蝋花は眉をひそめる。 「・・・そっか。 一人称が『私』ってだけじゃ、女の子だとは限らないよね」 ネット上では、性別や年を偽ることなんてよくあることだ。 ましてや、Uraniaは個人情報を漏らすなと、しつこいほどに言っていた。 性別を偽ることで、Hebeは個人情報を隠していたのかもしれない。 キーボードの横に置いていたマグカップを取り上げ、蝋花は紅茶をすすった。 「どんな子なのかな? 双子をキライだったってことは、2年生か3年生だよね?」 なぜか、ロード達とは別に暮らしていた双子は、高等部からこの学校に入ったため、一年生は中等部出身者でも、彼らのことを知らない生徒の方が多い。 「会ってみたいな・・・探してみようかな」 Hebeとは、ネット上で長い間、チャットをしてきた仲だ。 直接会って、話をしてみたくなった。 「よし・・・!」 沈んでいた気分を無理やり別の方向に向けることによって、少し浮上した蝋花は、つまらない記事を載せるニュースページを閉じた。 To be continued. |