† Hurry Xmas T †








 「・・・英国って、不便だわ」
 外出から戻ったミランダが突然、そんなことを言い出したのは、12月のある日のことだった。
 その言い様があまりにも憮然としていたため、談話室にいた全員が彼女に注目した。
 不運だが常に前向きな彼女が、不満をあらわにすることは珍しい。
 「えと・・・どういうところが?」
 暖炉の前でコートを脱ぎ始めたミランダに、代表してリナリーが問うと、彼女は重苦しいため息をついた。
 「なぜ・・・買い物するのに、何ヶ所も街を巡らなきゃいけないのかしら。
 一ヶ所に集まっていれば、楽だし時間もかからないでしょう?」
 そう言って眉をひそめた彼女に、ラビが感心したように頷く。
 「さすが、合理主義の国出身さ」
 「あら。デカルトはフランス人じゃない」
 「ライプニッツはドイツ人さ。
 ところで、なんの買い物に行ったんさ?」
 「クリスマスよ」
 途端、談話室のソファや絨毯の上から、ぴょこぴょこと頭が上がった。
 「えぇー!!」
 「いいなー!!」
 「外出許可もらうの忘れてたっ!!」
 「私も行きたかったぁ!!」
 「もう色々出てた?!」
 「それが・・・」
 次々と寄せられる声に、ミランダは眉根を寄せる。
 「外出許可は今日の午前中だけだったのに、欲しいものは見つからないし、時間は迫るし、無駄に走り回って疲れてしまったわ・・・」
 それであの不満か、と、皆、納得した。
 「ドイツに帰りたい・・・クリスマス市が懐かしいわ・・・・・・」
 よほど疲れたのか、しみじみと呟く彼女にアレンが歩み寄る。
 「まぁまぁ、外出許可はまたもらえばいいんですよ」
 慰めつつ、さりげない動作でミランダのコートを受け取って、彼女を火の傍に座らせた。
 「僕は監視付の身なんで動けませんが・・・」
 ちらりと、皮肉げな目でリンクを見やると、彼は気まずげに目を逸らす。
 その姿はまるで、ご主人にいたずらがバレることを恐れる仔犬のようだった。
 「外出許可をもらえた人が、代わりに買ってきてくれますよ」
 にこりとラビに微笑むと、彼は諦めたように肩をすくめる。
 「へいへい、なんなりとご用命ください」
 どうせ暇だから、と、手にした書類をパタパタと振るラビから、リンクが慌ててそれを奪い取った。
 「質問状は極秘事項だから見るなと言ってるでしょう!全く油断も隙もない!!」
 「んなこと言ったって、後でアレンが質問内容と答えを話すなら同じことさ。
 手順省略してるだけだろ」
 「ウォーカーも!!みだりにしゃべらない!!」
 「マユゲ。みだりに吠えない」
 ぴしりと、暖炉の前のミランダに言われ、リンクはたちまちしょんぼりと肩を落とす。
 「ごめんなさい、ラビ君・・・お願いできる?」
 「んv
 まぁ、許可がもらえたら、だけどさ」
 ちらりと、ご主人様に叱られたリンクを見遣ると、ミランダは気づいて、彼を傍に呼んだ。
 「いい子ね、マユゲv
 お仕事熱心なのはえらいわv
 「はっ・・・はい!!」
 途端、尻尾を振らんばかりに喜色を浮かべたリンクに微笑み、ミランダはその頭をなでてやる。
 「でもね、あんまりお仕事にばかり熱心だと、反感を買って、かえってやりにくくなるものよ?
 マユゲはお利口だから、わかるわよね?」
 「は・・・はぁ・・・・・・」
 とは言いつつ、納得しがたい様子の彼に、ミランダは微笑んで両手を合わせた。
 「ママのお願いv
 ラビ君に、外出許可をあげてv
 「・・・・・・・・・わかりました」
 振り絞るような声で応じたリンクの傍ら、ラビが快哉をあげる。
 「ありがとう、マユゲ!
 やっぱりお前はいい子だわv
 わしゃわしゃと、思いっきり頭を撫でられて、リンクは少し恥ずかしげな、しかし、嬉しそうな顔をした。


 「今日もすごかったですねー、ミランダさん!
 さすが、ハウンド・マイスター!」
 リンクを談話室に置き去りにしたアレンが興奮気味に言うと、彼の隣を歩くリナリーも、頬を紅潮させてコクコクと頷いた。
 「ほかの人達には相変わらず気弱なのに、よりによってあの人達だけに強いなんて、不思議だねぇ・・・!」
 鉄血の監査官達が、彼女にかかかれば仔犬同然だ。
 しかも、嫌々従っているのではなく、むしろ、彼女に従うことに喜びを感じているらしい。
 「なんだか・・・怪しい世界に見えなくもないけど・・・」
 「そうですねー・・・これで、『ご主人様』がミランダさんじゃなければ、なにか怪しい術でも使ったんじゃないかと思いますけど・・・」
 「ミランダだかんなー・・・悪気とか悪意とか、なんもないもんなー」
 『善良』以外の何者でもない、と言うラビに、アレンもリナリーも深く同意した。
 「おかげでようやく外に出られるしv
 アレンも、なんか欲しいもんとかある?」
 「お菓子」
 即答した彼に、ラビが苦笑する。
 「そりゃ、ジェリ姐からもらえよ。
 そうじゃなくて、クリスマスのプレ・・・ぐえっっ!!」
 マフラーの先を引かれ、首を絞められたラビが、涙目でリナリーを睨んだ。
 「なにすんさ、リナ!!」
 「あ、ごめん。踏んじゃったv
 「殺す気さ?!」
 「そっ・・・そんなつもりないよ・・・ただ・・・」
 詰め寄るラビから、不自然に目を逸らす彼女の見遣った先に、アレンの不思議そうな顔を見止め、ラビはようやく事情を察した。
 「・・・まぁいいさ。
 リナはなんかあるんさ?」
 「うんv
 後でリスト渡すねv
 「リストかよ・・・」
 どれだけ大量の注文が来るのかと、ラビが思わず苦笑した時、
 「ウォーカー!!なにを勝手に出歩いてるんですか!!」
 ようやくリンクが追いついて来た。
 「だーって。リンク、ご主人様と一緒でうれしそーだなーって思ったから。
 お邪魔しちゃ悪いでしょ」
 「なにをいけしゃあしゃあと・・・!
 君の監視は私の義務であることを忘れてもらっては困る!」
 「監視するのは君の義務でも、監視されるのは僕の義務じゃないと思うけど・・・」
 「義務ですっ!!」
 ヒステリックな声と共にぐぃっと腕を引かれ、アレンがたたらを踏む。
 「全く、早く質問状に記入しろと言っているのに、腹減っただの疲れただのぬかして・・・!
 一体、いつになったら終わるんだ!!」
 ぐいぐいと引きずられ、連行されながらアレンは、幼児のようにごね始めた。
 「やだー・・・!クリスマスが終わるまで、働きたくないー・・・!!」
 「わがまま言うな!!
 君のせいで私は、クリスマス休暇返上で仕事なんだぞ!!」
 忌々しげに舌打ちするや、リンクは抵抗するアレンに足払いをかけて小脇に抱える。
 「嫌ならやんなきゃいいのにー・・・」
 リンクにおとなしく抱えられたまま、アレンが頬を膨らませた。
 「そう言う問題ではない!!」
 また、リンクが怒鳴りつけるが、ペースは完全にアレンのものだ。
 「夕食まで、きっちり仕事してもらうからな!!」
 「やーだー・・・!!
 三時のお茶をしないと死んじゃうー!」
 「甘えるな!!」
 じたばたと、暴れるアレンをなんとか押さえつけ、リンクはつかつかと回廊を歩き出した。
 「リンクがケーキ作ってくれたらやるけどv
 「作ってやるから働けー!!!!」
 「やったぁv
 途端に抵抗をやめたアレンは、リンクに抱えられて連行されつつ、背後に手を振る。
 「じゃあまた後でーv
 「あぃーv
 アレンに手を振り返したラビは、傍らでやはり手を振るリナリーを見下ろした。
 「リナリー」
 「ハイ」
 「止めるのはいいが、首を絞めるのはやめれ」
 「・・・ごめんなさい」
 死ぬかと思った、と、呟くラビを、リナリーは気まずげな上目遣いで見あげる。
 「んで?
 今年はなにを企むんさ?」
 問えば、期待に満ちた視線が返って来た。
 「・・・俺に考えろってか」
 「えへv
 「ったく・・・お前らはいつもいつも・・・・・・」
 ため息混じりに呟きながら、ラビはリナリーの頭をくしゃくしゃと撫でる。
 「・・・あれ?
 じゃあ、リストってのは?」
 「あぁ、それは飾り付け用のお買い物だよv
 ジンジャークッキーとかキャンディーケーンはジェリーが作ってくれるから、それにつけるリボンとか鈴とか」
 「クッキーとキャンディーか・・・・・・」
 ポツリと呟き、ラビがにんまりと笑った。
 「あ!なにか、思いついたんだ?」
 彼の表情に、リナリーが目を輝かせる。
 「んv
 ちょっと、姐さんに大変なお願いすることになるかもしんねーけど、材料作ってもらって、仕上げは俺らでやれば、何とかなるはずさv
 「なに?!」
 きらきらと、期待に満ちた目で見つめられたラビは、笑みを深めてリナリーの耳元に口を寄せた。
 「食欲魔人に、お菓子の家とお菓子のクリスマスツリープレゼントv
 「きゃあvv
 その提案に、リナリーは頬を紅潮させ、小さく歓声をあげる。
 「楽しそう!!
 アレン君、喜ぶよね?!」
 「きっとな♪
 使ってない部屋を一つもらって、大掃除と飾りつけやろうぜv
 アレンはずっとリンクに監視されてっから、当日まで見つかることはねーだろ」
 「うんっ!!
 がんばろうね!!」
 はしゃいでぴょこぴょこと飛び跳ねるリナリーの頭を、ラビは笑いながら撫でてやった。


 「外出?
 そんなもの、許可する必要はない」
 冷酷に言い放ったルベリエ長官に、しかし、リンクは淡々と一礼する。
 「私も、これが彼自身の要求でしたら退けましたが、あいにく、フロイラインのご要望ですので・・・」
 と、ルベリエは目を瞬かせ、たちまち困惑げな表情になった。
 「マンマ・・・いや、フロイライン・ミランダが、クリスマスのお買い物をご所望なのか?」
 鉄血の監査役長官をして、これほどに丁重な物言いをさせる人間は少ない。
 が、リンクはさも当然のごとく聞き入れ、頷いた。
 「はい。
 なんでも、本日午前中の外出許可だけでは、全く揃わなかったそうで・・・ドイツのクリスマス市に行きたいと、嘆いておられました」
 「マンマが?!
 それは不覚だった・・・!」
 いかにも悔しげに表情を歪めたルベリエは、ややして、両手を組む。
 「マンマ・・・いや、フロイラインがクリスマス市に行きたいとおっしゃるのなら、行って楽しんでもらえばいいじゃないか。
 クリスマス休暇を差し上げよう」
 ルベリエの提案に、リンクははっと顔を上げた。
 「・・・っそれは良いお考えですが」
 「不満でも?」
 「・・・マンマがいらっしゃらない間は、寂しいですね」
 「・・・・・・・・・仕方ないじゃないか」
 悄然と肩を落とす部下を、ルベリエ自身も寂しげな目で見つめる。
 「喜ぶマンマの姿を見られるのだから、いいだろう・・・?」
 「はい・・・・・・」
 きゅーん・・・と、二人の忠実な犬達は、寂しげな鳴き声をあげたが、その後、彼らの提案を受けたミランダは期待通り、喜びに目を輝かせてくれた。
 「まぁ・・・!
 なんて嬉しいこと・・・!!」
 「喜んでいただけましたかな?」
 「もちろんよ、ヒゲ!まぁ、あなたったら、なんてお利口でいい子なんでしょ!!」
 わしゃわしゃと派手に撫でられ、ルベリエは尻尾を振らんばかりに喜色を浮かべる。
 「しかし・・・私達は仕事がありますので、ここを出られません・・・。
 あなたと離れてしまうのはとても寂しいので・・・・・・マンマ・・・」
 「えぇ、わかってますよv
 すぐに戻ってきますからねvv
 「はいっ!!」
 ミランダの答えに嬉々として、監査官達は鉄血の名にあるまじき歓声をあげた。


 一方、『ミランダのお使い』を口実に外出許可を取り付けようとしていたラビは、あっさりと申請を取り消され、談話室に怒声を撒き散らしていた。
 「あのちょびヒゲ!ちょびの野郎!俺の外出申請を却下しやがった!」
 じゅうたんに何度もクッションを叩きつけながら、悔しげに唸るラビの傍らで、リナリーも苦い顔をする。
 「仕方ないよ。お買い物は、ミランダにお願いしよ?」
 なだめにかかったリナリーにしかし、ラビは激しく首を振った。
 「甘いぜリナ!
 あいつ、俺らから徹底的に楽しみを奪うつもりなんさ!」
 「そ・・・そうかな・・・・・・?」
 そこまでするだろうか、と言いかけたリナリーは、あの冷酷な長官の顔を思い浮かべて、びくりと震える。
 「そう・・・かも・・・・・・」
 呟くと、ラビがまた、クッションを叩きだした。
 「チクショウ・・・!俺は負けねぇ・・・!ぜってぇ負けねぇさ!
 見てろよちょびが!
 なんとしても俺は、嬉し楽しクリスマスを迎えてやるさ!」
 「なんだかもう、目的が代わってる気がするけど・・・」
 ルベリエに見立てているのか、クッションに対して猛然と攻撃を加えるラビに、リナリーが思わず苦笑する。
 と、
 「いんや・・・!
 むしろ楽しみが増えたさ!
 あのちょび、ぜってぇ泣かす!」
 断言して、ラビは暗い笑声をあげた。
 「子供のケンカじゃあるまいし・・・」
 リナリーは思わず呆れ声をあげたが、ラビが自分の楽しみを邪魔されることをなにより嫌がるのは、よく知っている。
 例えるなら、ごちそうを前にした野性動物からそれを取り上げるようなものだ。
 普段は飄々として、どちらかといえば虐げられ気味の彼も、そうなると途端に凶暴化する。
 さわらぬ神に祟りなしと、リナリーはこの件に関して、早々に傍観を決め込んだが、状況は容易に悪化した。
 「ラビ、お前、ヒゲとマユゲに嫌われるようなことしたのか?」
 つかつかと歩み寄ってきた神田の問いに、二人は訝しげに首を傾げる。
 「ミランダがドイツに行くから同行しろと命じられた」
 「なんでお前なんさ!」
 「それは俺が聞きてぇよ」
 ラビの悲鳴じみた声に、神田は顔をしかめた。
 「どうせお前が行きたがってるだろうから、お前に行かせるように言ったんだけどよ、ダメだってあの野郎・・・なんか企んでんじゃねーのか?」
 「なにかって、なにさ?」
 「だから俺が知るかッつってんだろ!!」
 苛立たしげに怒鳴る神田の傍らで、リナリーが小首を傾げる。
 「うん・・・まぁ、わからなくはないけど・・・」
 「あ?」
 「なんでさ?」
 二人して訝しげな目で見られ、リナリーは苦笑した。
 「ミランダって・・・長官達にとっては、大事なマーマじゃない?
 だから、彼女を確実に守ってくれる上に、彼女に対して危なくない人間をチョイスしたんじゃないかなぁ?」
 「ミランダに対して危なくない・・・?」
 リナリーの言葉を反芻しながら、互いに顔を見合わせた二人は、同時に憮然とした表情になる。
 「そんなくだらねぇ理由かよ!!」
 「俺!リーバーを敵に回すつもりねぇし!!」
 「でも、そう思われてるんだから仕方ないでしょ」
 「あのちょび!!やっぱ泣かす!!」
 猛然と吼えたラビに、神田とリナリーは、深々と吐息した。


 その後、ラビと神田は二人して監査官達の考え違いを指摘し、改めて要請をしたものの、彼らが既に決定したことを覆すはずもなく、ラビは本部に居残り、神田はミランダとドイツに向かうことになった。
 「あの・・・ごめんなさいね、神田君。迷惑でしょ・・・?」
 ドイツに向かう列車の中で、ミランダが遠慮がちに問えば、愛想のない彼は、
 「別に」
 と、憮然と呟く。
 「ごごご・・・ごめんなさい!
 もう・・・ヒゲもマユゲも、一人で大丈夫だって言ったのに、聞いてくれなくて・・・」
 ロンドンを出て、もう何度目かの言い訳をするミランダに、神田は彼にしては我慢強く応じた。
 「お前に何かあったら困るってことだろ」
 「え・・・ええ・・・・・・」
 「気にするな。
 どうせ六幻の修復が終わるまで、エクソシストとしては動けねぇんだ」
 「そうね・・・」
 頷いて、ミランダはコンパートメントの対面に座る神田の私服姿を、まじまじと見つめる。
 激戦地となった日本で初めて会った彼は、黒い団服と共に近寄りがたい雰囲気を身にまとっていたが、今の彼は、飛びぬけて眉目秀麗な東洋人という以外は、普通の少年だった。
 「ジャポニスム・・・」
 「あ?」
 ミランダが呟いた言葉に、神田は眉をひそめる。
 「あ!ごめんなさい、つい・・・」
 両手で口を覆い、真っ赤になった顔を俯けるミランダを、神田は眉根を寄せて見下ろした。
 「それ、ティエドール元帥にも言われる」
 なんなんだ、と、呟いた彼を、ミランダは恥ずかしげな上目遣いで見上げる。
 「ヨーロッパって、ずっと昔から、東洋の文化に憧れてるの・・・。
 フランスやオーストリアだけじゃないわ・・・。
 ドイツもかなり・・・その・・・東洋に憧れてて、マイセンの陶磁器が発展したのも、東洋の陶器に憧れた結果なのよ。
 そんな、日本に影響されているものをジャポニスム、中国に影響されたのをシノワズリって言うの」
 「あぁ・・・前にオーストリアに行った時、そんなことをラビが言ってたな・・・。
 そこの王宮はジャポニスムとシノワズリが同居してる。お前とリナリーみたいだ、って言われた」
 「そうなの・・・神田君、ラビ君とは仲がいいのね」
 ミランダがようやく和んだ笑みを浮かべると、神田は無表情のまま、ふるりと首を振った。
 「いいや」
 「・・・あら?」
 あっさりと否定されて、ミランダは戸惑う。
 「お友達・・・じゃないの?」
 「ちげーだろ」
 「ええ?!」
 英語の意味を間違えただろうかと、ミランダは必死に頭の中の辞書を繰った。
 と、その様子に気づいたのか、神田が鼻を鳴らす。
 「仕事上、一緒になることもあるってだけだ。それ以上でも以下でもない」
 「は・・・はぁ・・・・・・」
 クールなのね、と、ミランダは乾いた声をあげた。
 「でも・・・」
 にこり、と、気弱げな笑みを浮かべる。
 「仲良く見えるわよ?」
 「どこが・・・」
 「アレン君とも」
 「あいつは嫌いだっ!!」
 すかさず怒鳴り返した彼に、しかし、ミランダは珍しくおびえることなく、くすくすと笑声をあげた。
 「本気でケンカできるのは、仲間だからでしょう?
 神田君が自分で言っているように、単なる仕事相手なら、今後のお仕事をスムーズにするためにもケンカなんかしないわ。
 アレン君も・・・彼、私やリナリーちゃんにはとても礼儀正しいけど、あなた達には遠慮がないじゃない?」
 「はっ!
 腹黒の似非ジェントルマンが!!」
 「そうじゃなくて・・・」
 苦笑を浮かべて、ミランダは続ける。
 「たぶん彼、ずっと大人達の中にいたんじゃないかしら?『いい子』でいなきゃ、いけなかったのね。
 でも、あの教団に入って、初めて同年代の子達と一緒にいられるようになって、ようやく固さが取れたんじゃないかしら?
 あなたやラビ君なら、少々意地悪なことをしても許してくれるって、信頼しているのよ」
 「・・・っクソガキ!」
 「そうね、甘えてるわね」
 くすくすと、ミランダはまた、楽しげな笑声をあげた。
 「でも、アレン君は強がっていても、あなたたちより3つも年下なのよ?
 お兄ちゃん達と対等でありたいと思うあまり、生意気になっても仕方ないでしょ?」
 反駁しようとした神田の口を、ミランダは笑みを深めて封じる。
 「あなただって、アレン君と同じことをしているはずよ?」
 神田は憮然と黙り込んだ。
 言われてみれば、彼自身は3つどころではなく、10歳以上も年上の人間に対し、ずいぶんと肩肘を張っている。
 「・・・説教がうまいな。言い方が、リーバーに似てきたぜ」
 口の端を曲げ、たっぷりと皮肉のこもった言い方をすれば、ミランダは一見、気にしない風に頷いた。
 「そう?ありがとう。
 リーバーさんはともかく、私もね・・・伊達に、100件以上も仕事をクビになってないのよ・・・・・・」
 笑い飛ばそうとして失敗した台詞は、異常なほど乾き、生気を欠いている。
 ――――・・・トラウマに触っちまったか?
 神田は彼らしくもなく、緊張した面持ちでミランダの顔色を伺った。
 と、彼女はひとつ吐息して、どんよりとした空気を振り払う。
 「でもね、失敗続きの経験でも、人生に無駄なことってないと思うの」
 「俺は、無駄に過ごす時間が惜しいがな」
 「生き急ぐと、たくさんのものを取りこぼすわよ。それをまた、いちいち拾いに行くことこそ、時間の無駄でしょ」
 お説教くさくてごめんなさいね、と、悪気も皮肉もなく言われ、神田はまた、憮然と黙り込んだ。
 「私はあなたの事情を知らないし、詮索するつもりはないの。
 だけどあなたが今いる場所が、たとえ一時的なものでも、居心地よくちゃいけないのかしら?」
 「・・・あ?」
 「私はあなた達よりちょっと年上だから、ちょっとだけ、経験も多いわよ」
 にこりと、ミランダが微笑む。
 「人はいつか別れるものよ。
 死別か生別か、方法が違うだけ。
 なのにあなた達って、『どうせいつか別れるんだから』って、最初から仲間になることを拒否してるみたい。
 意外だけど、ラビ君もそうね。
 だから、アレン君が扱いにくいんじゃない?
 彼は、最初からあなた達を『仲間』だと見ていたでしょう?」
 ミランダは小首を傾げて答えを待ったが、彼は答えなかった。
 「リナリーちゃんには素直なのに・・・」
 「あいつとモヤシはちげーだろ!」
 ため息交じりの呟きに、神田がむっとして言い返すと、ミランダは明るい笑声をあげる。
 「違わないはずなんだけど・・・男の子同士って、難しいのねぇ」
 まだくすくすと笑いながら、ミランダは細い両手を組み合わせた。
 「じゃあね、せめて、聖夜は休戦して、アレン君をお祝いしてくれないかしら?」
 「なんで俺が・・・っ!」
 「お兄さんでしょう?」
 穏やかな声で囁かれた神田は、反駁を封じられ、眉間に皺を寄せる。
 「お願いv
 重ねての願いに、神田は不承不承、頷いた。


 一方、列車内で話題の中心となっていた少年は、監査官が目を離した隙に、大量の紙飛行機を作って遊んでいた。
 「ウォーカァァァァ!!!!
 君はまた、すぐにサボって!!
 しかもまた、極秘書類で紙飛行機折って!!」
 ヒステリックな監査官の声を無視して、アレンは紙飛行機が散らばったデスクの上に突っ伏す。
 「だってぇー・・・。
 わかんないことばーっか書いてんだもん、これー・・・飽きたぁ・・・・・・」
 「くっ・・・!
 あの師匠をしてこの弟子ありか!」
 リンクにしてみれば嫌味のつもりだったが、アレンは全く堪えなかった。
 「師匠ほどまでに堕落するには、僕なんかまだまだですよぉー。
 それよりリンク、オナカすいた。
 ケーキ焼いてくださいv
 きらきらと、期待に満ちた目で見上げられ、リンクのこめかみが引きつる。
 「そういうことは、義務を果たしてから言えっ!!」
 「ケーキを食べたら、何か思い出すかもv
 「ええぃっ!!なにが『思い出すかも』だ、白々しいっ・・・!
 君が今まで私に提供したものと言えば、無回答の質問状と大量の紙飛行機じゃないか!!」
 「だーって。リンクってば、僕の知らないことばかり聞くんだもん。
 僕だってね、一所懸命がんばってるんだよ?
 だからほら、すぐにオナカがすく・・・」
 ぐぅ、と、応じるようにアレンのお腹が鳴った。
 「だからってなぜ私が君にケーキを焼いてやらなければならんのだっ!
 最初の挨拶の時にパイをやったろう!それで仕舞いだっ!!」
 「ケーキ焼いてくれるって言うから協力してるのに、リンクってば嘘つきぃー・・・!
 そういうの、『釣った魚に餌やらない』って言って、女の人に嫌われるんですよ!」
 「こっ・・・・・・!」
 4つも年下の子供に言われ、リンクが真っ赤になった。
 「子供にそんなこと言われる筋合いはないっ!!」
 「僕、年下だけど、あの師匠の弟子ですもん。
 すっかり耳年増になっちゃってv
 多分、ヴァチカンでストマックな生活していたリンクより、色んなこと知ってますv
 「なにがストマックだ!
 それを言うならストイックだろう!!英国人のクセに英語間違えるな!!」
 「あぁ、オナカすいちゃったから、つい」
 「今日の昼食ならさっき食っただろうがっ!私からザッハトルテを取り上げもした!!」
 「もう消化しちゃいましたー」
 「だったら夕食まで我慢しろ!この高燃費!」
 「三時のお茶はしないと死んじゃうー」
 「ではもう二度と腹が減らないように、今すぐ殺してやろうか?!」
 「うおー・・・なんか、激しいさねー」
 「あ、ラビ」
 ひょこ、と、二人の間に現れた赤毛に、リンクは飛び上がって驚く。
 「んなっ?!どこから・・・」
 「ドアから。
 アレン、紙飛行機だからって、テキトーに折ってんじゃないさ。
 この形じゃ、あんま飛ばねぇだろ?」
 「うん。すぐ戻ってきたよ」
 「羽根んとこはちゃんと角度つけて・・・」
 「折るなぁぁぁぁっ!!!!」
 リンクは絶叫して、二人が手にした書類を奪い取り、荒く息をついた。
 「ふざけるのもいい加減にしろ!!」
 「ふざけてません!」
 「俺ら、真剣に紙飛行機折ってんさ!!」
 「ふざけてるじゃないか!!」
 怒りのあまり、危うく脳溢血を起こしそうになったリンクは、痛む頭を押さえてまた、荒く息をつく。
 その様子に、顔を見合わせたアレンとラビは、こっそりと笑いあった。
 「ごめんなさい、リンク。もう、書類で紙飛行機折ったりしないよ」
 「書類で紙飛行機折るなんて、いけねーよな、やっぱ!」
 「君達・・・・・・!」
 ようやく従う気になったか、と、思った瞬間、彼の目の前で二人が立ち上がる。
 「長距離を飛ぶ紙飛行機を作るには!」
 「それにふさわしい紙が必要さ!」
 ぱんっ!と、仲良く手を打ち合わせ、くるりと踵を返した。
 「探しに行って来まーす!」
 「できたらお前にも見せてやるさーv
 「んなっ?!」
 捕まえようと、手を伸ばした時にはもう遅い。
 俊敏なエクソシスト達は、あっという間に彼の視界から消えてしまった。
 「待たんか、コラァァァァ!!!!」
 猟犬の速さで追いかけたものの、彼の能力をしてさえ、戦い慣れたエクソシスト達を広い城内に見つけ出すのは難しい。
 「クソガキ共・・・ッ!!」
 忌々しげな唸り声を上げたリンクは、すぐさま捕獲作戦の準備に当たった。


 城内にある訓練場は、いつも通り鍛錬に励む団員達で騒がしく、その片隅に隠れるように座り込んだエクソシスト達の姿など、誰も気にとめない。
 監査官達の目を眩ませるにはいい場所だと逃げ込んだ二人は、たまたま通りかかったリナリーをも引きずり込んで、事の顛末を得意げに話して聞かせた。
 「・・・それで、逃げてきちゃったの」
 苦笑するリナリーに、アレンとラビはコクコクと頷く。
 「散々怒鳴って疲れた隙を突いて、一目散さv
 ラビが得意げに胸を反らすと、リナリーは苦笑を深めた。
 「可哀想に・・・」
 「でしょー?
 監禁とか尋問とか、酷いんですよー。
 これが拷問だったら、僕も遠慮なく反撃するんですけど、そこは上手に避けられちゃってー・・・」
 「ううん。可哀想なのは、リンク監査官の方」
 きっぱりと言われ、アレンが頬を膨らませる。
 「長官はともかく・・・クロス元帥に付いた人達も、なんだかすごく気の毒なことになってるらしいよ」
 「師匠?
 あぁ、あの人は傍若無人が服着て歩いているようなものですからね!」
 「可哀想になぁ・・・よりによって、実在する悪魔と悪魔の弟子を相手にするなんざ、奴らの今後の人生、台無しさ」
 ラビがしみじみと漏らすと、
 「人聞きの悪い。悪魔は師匠一人ですってば」
 むう、と、アレンが更に頬を膨らませた。
 「あぁ、もう・・・なんか、彼から本格的に逃げる方法ないですか?このままじゃ僕、鬱になってしまいます・・・」
 「・・・お前が鬱になる前に、リンクが脳溢血起こして死にそうだけどな!」
 「あんまりいじめないであげてね・・・」
 悪魔に関わってしまった監査官達の行く末を思うと、さすがに気の毒になった。
 だが、彼らに多大なストレスを与えている本人は、
 「僕って可哀想・・・。
 これ、お城に囚われたプリンセスって状況ですよね・・・助けて、リナリー王子!!」
 などと、堂々とほざいている。
 「そうだね・・・。
 王子としては、アレン姫を助けてあげたいけど・・・・・・」
 「お前も乗るなっつーの」
 暇をもてあますあまり、奇妙な遊びを始めた二人に、ラビが苦笑した。
 「なんか、任務でもあればなー。
 今、動けるエクソシストって、元帥達の他には、お前とジジィ、マリのおっさんだけだから、おっさんさえ取り込んでおけば、なんとかお前に回ってくると思うんけど・・・」
 「なんだか、その二者択一も嫌ですねー・・・」
 げんなりと吐息するアレンの背を、リナリーが気遣わしげに撫でてやる。
 その様にふと、ラビが目を見開いた。
 「・・・いーコト考えたさ!
 お前が外に出られて、あのチョビとマユゲを泣かせる方法!」
 「え?」
 アレンが、期待に満ちた目を見開くと、ラビは意地の悪い笑みを浮かべる。
 「その代わり・・・ちょーっと覚悟が必要だぜ、アレン?」
 にんまりと笑うラビに、アレンはわずか、怖じたものの・・・
 「この状況から抜け出せるなら!」
 と、決然と応じた。


 「ウォーカーを見なかったか?!」
 勢い込んで食堂に飛び込んできたリンクに、厨房内にいたジェリーは柳眉をひそめた。
 「アンタが連れてったきり、こっちには来てないわよ!」
 声を荒げて、手にした中華鍋をコンロに戻すと、彼女はかかとを鳴らして彼に迫る。
 「・・・ねぇ、アンタまさか、アレンちゃんを飢えさせてないわよね?!」
 冗談ではない口調に、リンクの目が吊りあがった。
 「あれだけ食って飢える方がおかしいだろう!!」
 「おかしかないわよ!
 あの子は寄生型なんですからね!」
 ヒステリックな声にヒステリックな声で応じると、ジェリーは顔を覆ってさめざめと泣き出す。
 「アタシはもう、あの子がアンタにイジメられて、オナカすかせて泣いてるんじゃないかって、気が気じゃなくて・・・っ!!」
 「泣きたいのはこっちだ!!」
 アレンは、今までエリートコースをまっしぐらに駆けてきたリンクの前に、石のように転がっている。
 小石と見て、軽く蹴飛ばそうとしたそれはしかし、大岩の一角であったようで、リンクはしたたか痛い目に遭ってしまった。
 「もう、容赦はしない・・・!」
 エリート官吏にとって、被支配層の人間にプライドを傷つけられるほど、怒りを覚えることはない。
 「ここに罠を張っておけば、確実に捕まるからな!
 あのクソガキ、もう二度と逃げられんように、地下牢にぶち込んでやるっ!」
 「んまっ?!
 アンタ、なんてこと言うのよぉう!!」
 悲鳴をあげるジェリーに、リンクはこれ以上無理なほど、目を吊り上げた。
 「うるさい!!
 なんぴとたりとも、私の仕事の邪魔はさせない!!」
 怒りのあまり、完全に我を失っているリンクにはもう、何を言っても無駄だ。
 クロスに付いていた監査官達の中からも幾人か呼び寄せて、厨房を中心に食堂に網を張った。
 「さぁ来い、ウォーカー!!
 年貢の納め時だ!!」
 今にも炎を吐きそうなほど、リンクが荒々しい息をあげる。
 その傍らで、
 「アレンちゃん・・・どうか無事で!」
 ジェリーは楚々と両手を組み、聖母へと祈りをささげた。


 その頃、リンクに気炎を吐かせている張本人はリナリーと二人、仲良く城内を散策していた。
 「ねぇねぇ、腕組んだ方が良くない?!」
 アレン以上に乗り気なリナリーが、はしゃいだ声をあげてアレンの腕にすがる。
 「なんなら、お姫様抱っこでもいいですけど?」
 嬉しそうに頬を染めつつアレンが言うと、リナリーはふるふると首を振った。
 「それだと、『仲良し』って言うより、救急搬送になっちゃう」
 「確かに・・・」
 そんな様を見られたら、別の意味でナース達の耳目を集めるだろう。
 アレンは頷くと、改めてリナリーと腕を組み、仲良さげに歩調を揃えた。
 「ねぇ、たくさんの人達に見てもらうには・・・どうする?
 食堂にでも行く?」
 リナリーが、わざわざアレンの耳元に口を寄せて囁くと、今度はアレンが赤らんだ首を振る。
 「食堂はきっと、リンクが待ち構えていますよ。
 いずれ行くにしても、今は避けた方が賢明です」
 「じゃあ・・・」
 考え込んだリナリーの上に屈み込み、アレンは囁いた。
 「・・・病棟経由、科学班行きってどうですか?」
 「そうだね!たくさん見てもらえるね!」
 「僕は・・・命がけですけどね・・・・・・!」
 近い将来、起こるだろうことを考えるだけで、意識が遠のく気がしたが、ここで勇気を出さなければずっと、アレンはリンクの支配下に置かれることとなる。
 「それだけは・・・ヤダ!!」
 こぶしを握り、アレンが決然と言い放つと、彼の腕に絡んだリナリーもにっこりと笑った。
 「がんばろうね!」
 リナリーの笑顔にも勇気をもらい、アレンはできるだけ多くの目に触れるよう、人の多い場所を選んで巡っては、仲の良い様をこれ見よがしに見せ付ける。
 すれ違う団員達が、微笑ましい、あるいは気遣わしげな視線を投げかけてくる中を、二人はゆっくりと歩んで、病棟のクロウリーを見舞った。
 「おや、仲がいいこと」
 くすりと笑みを漏らした婦長に満面の笑みを返し、二人はクロウリーの横たわるベッドに歩み寄る。
 「まだ・・・全然目を覚まさないんですね・・・」
 さすがに笑みを収め、不安げな声を出すアレンの傍らで、リナリーも不安げな顔をしてドクターを見上げた。
 「大丈夫なの・・・?
 このまま・・・なんてこと、ないよね・・・・・・?」
 と、彼はリナリーを安心させるように、穏やかに微笑む。
 「衰弱は酷いが、内臓は問題なく機能している。
 休むだけ休んで体力を回復したら、目が覚めるだろう」
 「そう・・・」
 ほっと吐息したリナリーが、アレンの腕にしな垂れかかった。
 「よかったね」
 演技ではないリナリーの仕草を嬉しく思いつつ、アレンは頷く。
 「はい。
 あとは、早く目を覚ましてくれればいいんですけど・・・」
 「君みたいに、『オナカすいて眠れない』とでも言って、起きてくれればいいんだけどね」
 「全く・・・!
 病室のベッドにあんなに食べ物引きずり込んで、この子は!」
 ドクターの冗談口に婦長が眉を吊り上げ、アレンはびくっとリナリーに縋った。
 「ごごごごごご・・・ごめんなさいっ・・・!!」
 「ふ・・・婦長、許してあげて・・・?アレン君、寄生型なんだし・・・」
 震える声でアレンをかばうリナリーに、ナース達から笑声が沸く。
 「仲良しねぇv
 「婦長からかばうなんて、すごい勇気よ、リナリーv
 「何か言ったかしら、マリア・アンナ?」
 「いえっ!すみませんっ!!」
 失言したナースが、慌てて自分の口を両手で覆う。
 「あは・・・じゃ・・・じゃあ、これ以上お邪魔しないうちに、失礼しますね」
 ナースだけでなく、アレンまで怯えて、引きつった声をあげると、リナリーもひらりと手を振った。
 「またお見舞いに来るね、クロウリー」
 そう言って腕を組んだまま、仲良く出て行った二人を見送り、ドクターが首を傾げる。
 「今度はなにを企んでいるんだろうね?」
 「わかりかねますが、アレンにとっては、命をかけるだけの価値があることみたいですわね」
 婦長の淡々とした答えに、ドクターはため息とともに頷いた。
 「こっちの仕事が、増える事態にならなきゃいいけどね」


 ドクター達に見送られ、病棟を出た企む二人は、相変わらず仲良さげに腕を組んで城内を巡っては団員達の目を集め、あえて回り道をして科学班に到った途端、蒼褪めた科学者達に迎えられた。
 「リ・・・リリリ・・・リナリ・・・・・・!!」
 「アレン、お前なにやってんの?!命が惜しくないのか?!」
 通信ゴーレムを通して、既に二人の様子を見ていたのだろう、彼らの問いに、リナリーは晴れやかな、アレンは引きつった笑みを浮かべる。
 「コ・・・コココ・・・コムイさんは御在室デすカ?」
 緊張のあまりか、声も引きつるアレンを見つめる彼らは、しかし、ぎこちなく首を振った。
 「ここには・・・いない・・・」
 「執務室だよ、多分」
 「長官と一緒だし、今ならまだ、見られていない可能性もあるから・・・!」
 その手を離せ、と、無言で訴えかけてくる視線に、しかし、アレンは真っ青になって震えつつも、首を振る。
 「見られなきゃ・・・困るんです・・・・・・」
 「んなっ・・・?!」
 「死ぬ気か・・・?!」
 蒼褪めた顔に詰め寄られ、アレンはぶるぶると首を振った。
 「こ・・・このくらいならまだ・・・大丈夫ですよ・・・ね・・・?!」
 しかし、アレンの必死の問いには、誰も答えてくれない。
 「えぅっ?!」
 目に涙を浮かべて、喉を引きつらせたアレンの腕を、リナリーが引いた。
 「兄さんがいないなら、もうちょっとうろついてからまた来ようかv
 「まだやるのかっ?!」
 「そ・・・それは危険だ!!」
 「もうやめてくれ・・・っ!」
 アレンの死体なんか見たくない、と、泣いて縋る彼らに朗らかな笑みを浮かべ、リナリーは更にアレンの腕を引く。
 「いこv
 「はい・・・!」
 科学者達の蒼褪めた顔に、一旦萎えた勇気を奮い起こし、アレンはリナリーと共に出口へ向かった。
 と、ちょうど科学班に戻って来たリーバーと鉢合わせる。
 「あ、わり・・・」
 二人に気づかず、ぶつかりそうになったリーバーは、そう呟いた途端、抱えていた大量の書類を床にぶちまけた。
 「・・・・・・命が惜しけりゃ今すぐ離れろ」
 表情を凍りつかせ、的確な助言をしてくれる彼にしかし、アレンは勇気最大限で首を振る。
 「アレン・・・!」
 「ごめんなさい、リーバーさん・・・!
 でも、僕にはもう・・・この方法しか・・・・・・!!」
 「俺は・・・蜂の巣になったお前の死体なんか、見たくない・・・っ!!」
 振り絞るような声をあげ、アレンの両肩に載せた手に力を込めるリーバーに、同意する科学者達も大きく頷いた。
 その中でただ一人、
 「みんな、大げさだよ」
 と、暢気なことを言うリナリーに、一斉に視線が集まる。
 「きゃっ?!」
 その、あまりの凄惨さに驚いたリナリーがつい、アレンの腕に縋ると、視線は途端に、哀願の色に変わった。
 「リナリー・・・!本気でアレンのためを思うなら・・・!」
 「すぐに離れてやってくれ!お願いだから!!」
 「リナリーは優しい子だから、アレンを死なせたくないだろう?!」
 「それはもちろんだけど・・・・・・」
 必死の形相で次々に迫られたものの、こと兄に関しては、認識の甘い彼女である。
 アレンに死の危険が迫るとは思いもしない。
 にこりと笑って、
 「この程度のことじゃ、兄さんはアレン君を殺したりしないよ」
 と、自信ありげに言った途端、
 「ボクの妹から離れろ害虫――――っ!!!!」
 リナリーの楽観的な意見を全否定して、ヒステリックな声が響き渡った。
 「出た――――っ!!」
 恐怖の大魔王の出現に、哀願は阿鼻叫喚と化し、我が身の安泰を願う者達が、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
 共に逃げ出しそうになりながら、アレンは必死に踏みとどまり、コムイに引きつった笑みを向けた。
 「ご・・・ごきげんよう、コムイさん・・・!」
 「ご機嫌わろしゅう、アレン君!
 そして、サヨナラ!」
 じゃきっ!と、恐ろしい金属音と共に、大量の銃弾を装填した機関銃がアレンに向けられる。
 「ちょっ・・・兄さん?!」
 「コムイ室長!!アレン・ウォーカーを殺す気か?!」
 コムイの傍らにいたルベリエが、慌てて止めに入るが、リナリーの危機に面したコムイに聞く耳などあろうはずがない。
 「邪魔しないで下さい、長官。アレン君と一緒に死にたいですか?」
 ぎろりと、メガネの奥で光る目に、『ヴァチカンの蛇』が怯んだ。
 「リナリー!!早くその害虫から離れて!!」
 銃口を向けられ、凍りつくアレンの前に、しかし、リナリーが毅然と立ちはだかる。
 「銃を下ろして、兄さん!!」
 「キミのためにも、できない相談だね!」
 「もう!!腕組んで歩いたくらいで、大げさだよ!!」
 「そんなことまでしたのっ?!」
 「あれ・・・?」
 兄の悲鳴に目を丸くしたリナリーは、次いで気まずげな笑みを浮かべた。
 「それは・・・見てなかったの?」
 「コロス――――――――ッッ!!!!」
 「きゃあああああああああああ!!!!」
 迫り来るコムイの形相に怯えたアレンが、乙女のような悲鳴をあげる。
 反射的に逃げ出そうとした彼の腕をしかし、リナリーがすかさず掴んだ。
 「アレン君!私から離れちゃダメだよ!!」
 リナリーが盾になっている間は、コムイが発砲することはない。
 そう思っての行動だったが、それは当然のごとく逆効果で、リナリーがアレンを庇えば庇うほど、かえってコムイの怒りは増幅した。
 「いいいい今すぐ離れなさい、リナリィィィ!!穢れる!!穢れるぅぅぅぅ!!!!」
 泣き声交じりの悲鳴を受けて、リナリーは唇を尖らせる。
 「アレン君なら大丈夫だよ!」
 「オトコノコなんて信じちゃダメェェェェェェ!!!!」
 話を聞かないなら実力行使と、コムイは二人の間に割り込み、引き剥がしにかかった。
 「あ・・・アレン君!!」
 「わぁぁんっ!!リナリー助け・・・っ!!」
 アレンは抵抗したものの、恐怖に固まった身体はいつもの俊敏さを発揮することができず、リナリーを抱き寄せたコムイに踏みつけられ、蹴飛ばされてしまう。
 「酷っ・・・!!」
 見事な放物線を描いて飛んできたアレンを受け止めたリーバーが、彼を背に庇ってコムイに向き直った。
 「室長!
 害虫でも貴重なエクソシストっすから!殺すのはやめましょ?!」
 「そんな暢気なコト言ってるとね!すぐにクロス2号になっちゃうからこの子!!」
 「なりませんよっ!ってか、なれません!!」
 リーバーの背後から、アレンが必死に反駁の声をあげるが、コムイは、
 「えぇい、やかましい!!」
 の一言で、アレンの喉を塞ぐ。
 「ボクが、ほんのちょっと忙しくしてるからって、すぐにリナリーに寄って来て!!
 全く、油断も隙もありゃしない!!」
 ヒステリックに喚き散らしながら、コムイはリーバーに鋭い目を向けた。
 「リーバー君!!どかないと、一緒に死ぬことになるよ?!」
 本気で銃口を向けられたリーバーは、冷や汗を流しながらもアレンを庇い続ける。
 「し・・・室長・・・・・・俺が死んだら、科学班班長の職務もアンタが代行してくれるんすね?」
 「え・・・・・・?」
 震える声での問いに、コムイは一瞬、呆けた。
 「アンタが今まで滞らせてきた決裁、全部引き取って完了させた上、研究の主導と部下の指導、やるんすよね?」
 徐々に強くなって行くリーバーの語調に、コムイの眼光が揺らぐ。
 「・・・アンタが趣味のロボット作りにかまけてサボった仕事の、ほとんど全てを処理してきた俺をようやく解放してやると、そう思っていいのか、コノヤロー!!」
 「えぅ・・・っ?!」
 いまや完全に立場逆転して、縮こまったコムイにリーバーが迫った。
 「さぁ!!殺れるもんなら殺ってみろぃっ!!」
 「わぁぁぁぁんっ!!リーバー君がイヂワルだぁぁぁぁぁ!!!!」
 お前が言うな、と、目が口ほどにものを言う。
 部下達に一斉に睨まれたコムイが縮こまった隙に、リナリーが兄の手から機関銃を取り上げ、慣れた手つきで弾を抜いた。
 「もう・・・!兄さん、やりすぎよ!」
 リナリーにまで怒られて、コムイがしゃくりあげる。
 「どーしてもこの子、殺しちゃダメ?!」
 「もちろんっすよ!!」
 まっすぐにアレンを指し示すコムイに、全員が声を揃えた。
 「だったらせめて、遠くにやっちゃって!!
 真冬のシベリアでもアラスカでもいいから!!今すぐ!!」
 「凍死しますよっ!!」
 ヒステリックな声にアレンが反駁するや、縮こまっていたコムイがゆらりと立ち上がる。
 「だったら今すぐ殺そうか・・・?」
 冗談ではない、暗い声音で囁かれ、アレンは気温によらず凍りついた。
 しかし、
 「コムイ室長、勝手な行動は慎んでもらおう」
 ルベリエがすかさず口をはさみ、厳しい目でアレンを睨みつける。
 「アレン・ウォーカーにはまだ、調べなければいけないことが・・・」
 「だったらついて行けばいいでしょう。
 シベリアとアラスカ、どっちがいいですか?」
 「んな・・・っ?!」
 あっさりと言われ、ルベリエが一瞬、声を失った。
 「こっ・・・この真冬に、アラスカだと?!」
 引きつった声の問いに、氷の刃のような暗い眼光が突き刺さる。
 「この時期なら、オーロラが見られますよ。出張費は本部が持ちますんで、どうぞいってらっしゃい」
 今度こそ、ルベリエも絶句した。
 冷酷は彼の専売特許だと思っていたが、上には上がいる。
 驚愕に喉を塞がれた彼が沈黙を守っている目の前で、恐怖の黒いファイルはアレンへと押し付けられた。


 「怖かったよぉぉぉぉぉぉ!!」
 ラビの部屋に飛び込んで来るや、身も世もなく泣き出したアレンの背を、ラビは慰めるように撫でてやった。
 「でも、成功したんだろ?」
 「うん・・・。
 コムイさんが、ルベリエ長官の反対を押し切って、僕を追い出してくれることになりました・・・・・・」
 「ふっふっふ・・・!思った通りさ!
 コムイの逆鱗に触れれば、あんなチョビ、簡単に押し切れると思ってたさ!」
 得意げに胸を張るラビに反し、アレンはますますうなだれる。
 「でも・・・コムイさんは僕を殺す気です・・・!
 この真冬に、シベリアかアラスカに行けって・・・・・・!」
 「シベ・・・っ?!」
 予想以上の凶事に、ラビが息を呑んだ。
 「それ・・・ナチュラルに凍死するさ・・・!」
 「冬将軍につかまって、春まで雪の中に埋まっちゃったらどうしよう・・・!」
 不安のあまり、さめざめと泣くアレンをラビは、気遣わしげに見つめる。
 「で・・・どっちだったんさ?」
 意を決して問うと、アレンはふるふると首を振った。
 「・・・・・・まだ見てません」
 押し付けられた不幸のファイルは、開かないまま床に放置してある。
 「・・・・・・見てやろうか?」
 「・・・・・・・・・・・・うん」
 長い間の後、アレンはぎゅっと目をつぶって頷いた。
 その彼を傍らに、ラビはファイルへ手を伸ばし、表紙を開く。
 「・・・・・・ハレルヤ」
 「え?!」
 ラビが発した言葉に、アレンは目を見開いた。
 「フィンランドさ!」
 「ホントに?!」
 永久凍土で凍死する運命だと思っていたアレンは、信じがたい幸運に頬を紅潮させ、ラビの持つファイルを覗き込む。
 「リーバーさん・・・大好き!!」
 ファイルを摩り替えてくれたのだろう、科学班班長の機転に、アレンは両手を組んで感謝した。
 「よかったなー!サンタにでも会ってこいよ!」
 感涙するアレンに、ラビも大喜びで彼の背中をばしばしと叩く。
 「それに、フィンランドはもうクリスマスやってっから、賑やかだぜ、きっと!」
 言ってから、ラビはふと瞬いた。
 「お前、クリスマスには帰って来るよな?!」
 勢い込んで尋ねるが、それにはアレンも、はっきりとは答えられない。
 「任務の内容によるでしょ・・・。
 リーバーさんが摩り替えてくれたとはいえ、イノセンスかアクマが絡んでるのは間違いないでしょうし・・・」
 「任務を早く終わらせたいんならむしろ、絡んでてくれねぇと困るさね。
 調査が長引くようじゃ、年が明けちまう」
 そう言って、深々と吐息したラビは、アレンの頭をくしゃりと撫でた。
 「できるだけ早く帰って来いよ!
 せっかくおもしれーこと考えてんだからさv
 「え?!なになに?!」
 目を輝かせて迫るアレンを、ラビはにんまりと笑って押し退ける。
 「お前に言っちゃつまんねーだろ。
 楽しみに待ってるさv
 「うんっ!!絶対戻って来る!
 ・・・その頃には、ほとぼりも冷めてるかなぁ」
 あまりにも不安げな声を訝しく思い、ラビは改めて今回の首尾を問うた。
 「・・・ヤバイ、それ。マジ激怒ってんさ」
 「う・・・腕組んだのはやっぱり、やり過ぎでしたか?」
 「それもヤバイけど、それよりもリナが庇ったってことがヤバイさ。
 お前もう、『リナに近づく悪い虫』から、『リナについた悪い虫』に認識変更されてっかも」
 言葉の違いは微妙だが、その意味は激しく違う。
 「殺される・・・・・・・・・!」
 つい先程の恐怖をまざまざと思い出し、アレンは真っ青になって震えた。
 「とりあえず、今は逃げるさ!
 お前がいない間に、俺とリナとでなんとか、ほとぼりを冷ましとくから」
 「う・・・うん・・・!」
 すぐさま立ち上がったアレンに、ラビがすかさず注意する。
 「リンクがいるから、食堂には顔出すなよ!」
 「う・・・わかった・・・・・・!
 ジェリーさんに、よろしく言っておいてね!」
 「あぁ!」
 残念そうな顔をしながらも、部屋を駆け出ていったアレンを見送り、ラビは苦笑した。
 「やれやれ・・・今年も、騒がしくなりそうさね」
 窓の外を見遣れば、ちらちらと綿雪が舞っている。
 「早くクリスマスになんねェかなぁ・・・v
 自分が考えたプレゼントをアレンは喜んでくれるだろうかと、ラビは楽しげに目を細めた。



 To be continued.

 










2007年アレン君お誕生日SSですv
今年のテーマはズバリ、L’Arc〜en〜Cielの『HurryXmas』ですよ!(笑)
『あの子喜んでくれるかな』と言う歌詞が、まさにアレン君を囲む人々の心情に思えたので(笑)
長官やリンク君が加わってしまったので、中々書き辛くあった上、このお話を書いている時はまさに第140夜現在なんですよねー・・・・・・・・・。(乾いた笑い)
いやもう、『大丈夫なの?!これ書いて、大丈夫なのぉぉ?!』と、びくびくしながら作成しました(苦笑)
リアルタイムでお祭をご覧になる方たちは、私と同じ思いを味わってくださるといいですよ(笑)
ところで、作中では監査官達がミランダさんを『マンマ』と呼んでますが、これがなぜかを知りたい方は、『AS ONE』をご覧くださいませ。
はっきりきっぱり捏造です。>コラ;
ちなみに、『ママ』はドイツ語で、『マンマ』はイタリア語、『マーマ』は中国語です。『ママン』はフランス語さ(笑)












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