〜 花は咲きにける 〜

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 その日、本丸で最も大きな広間である松の間に集められた一同は、床の間を背に立つ長谷部を、ややうんざりとした目で見上げた。
 しかし、当の本人は妙に張りきった様子で一同を見渡したのち、得意げに自身を指す。
 「主命である!
 僭越ながらこの!長谷部が!
 主に!留守居役を任されたこの!長谷部が!読み上げる!」
 頬を紅潮させて巻紙を掲げると、各所からため息が漏れた。
 早朝ということもあり、幾人かはあるまじき事に、舟まで漕いでいる。
 「お!き!ろ!!」
 広間中に響き渡る声で怒鳴ればようやく、寝ぼけ眼も彼を見やった。
 「まったく!
 いいか、一同!よく聞け!
 先般行われた、江戸城内の調査結果が集計されたため、主は本陣にて今後の対策を協議される。
 ために三日間、この本丸にお戻りになられない」
 「えぇっ?!
 あるじさまにあえないんですか?!」
 「そんな・・・!」
 一気に目が覚めた今剣が身を乗りだし、五虎退が涙を浮かべる。
 「ついてっちゃダメなの?
 俺、大将の懐でじっとしてるからさぁ」
 不満げな信濃を、長谷部がじろりと睨んだ。
 「馬鹿を言うな!
 本陣への、刀剣の持込みは禁じられている。
 それが叶うなら、この俺が随行しているとも!」
 「そんなまさか」
 どこか嘲笑うように、清光が口を挟んだ。
 「随行なら、小狐丸さんか歌仙さん、もしくは護衛任務が得意な平野だよね」
 苦笑した安定は、長谷部の凄まじい目で睨まれて、恐々と顔を背ける。
 「・・・腹立たしいが、主が今回、強く随行を希望されたのは、鶴丸だ」
 「俺?」
 光忠の肩に頭を乗せて、うとうとしていた鶴丸が目を覚ました。
 「やぶさかではないがなぁー」
 うんっと伸びをする彼を、長谷部は忌々しげに睨みつける。
 「ご自身の身の安全をはかってのことではない。
 お前が留守の間に悪さしないか、案じての事だ!」
 その言葉に、鶴丸以外の全員が納得した。
 「確かに・・・それは不安だろうな」
 うんうん、と頷く三日月に、光忠もため息をつく。
 「なにしろ主くん、留守の間に高価な着物を斬られたっていう、トラウマがあるからねぇ」
 「だから俺は拝借しただけで、斬ったのは三日月だ!!」
 途端に素知らぬ顔をする三日月を鶴丸が睨んでいると、長谷部が舌打ちした。
 「他の本丸の主方ともご相談されて、鶴丸だけでも連れて行けないかと本陣に交渉されたそうだが、逆に主たる資質を問われたとの事だ」
 故に、と、厳しい目で一同を見渡す。
 「皆で鶴丸を徹底監視するようにとの仰せだ!」
 「なんだそれ!!」
 頬を膨らませた鶴丸の隣で、太鼓鐘が挙手した。
 「そういう事ならこの貞ちゃんにおまかせだ!
 主が留守って事は、皆本丸に居るって事だろ?!」
 刀剣に戦闘や遠征の命を下せるのは、この本丸の主のみ。
 その主がいない間、彼らは全員、城内に待機することになる。
 「だったらさ、やっちゃおうぜ!全員参加のゲーム大会!!
 天守地下で楽し賑やかに鶴を衆人環視!」
 その言葉に、鶴丸だけでなく、ゲーム好きな面々も目を輝かせた。
 「何?!なんのゲーム?!」
 鯰尾が身を乗り出し、御手杵が膝立ちになって太鼓鐘を見やる。
 「今、ネトゲじゃ大したイベントやってないからな!いつでも行けるぜ!」
 なあ?!と声をかけた大倶利伽羅も、こくりと頷いた。
 と、太鼓鐘は得意顔で立ち上がる。
 「実は!
 去年の栗の祭の時に、温泉宿のお客から新作のゾンビ撃ちゲームと太鼓打ちゲームをもらったんだ!」
 「太鼓打ち!」
 その名に愛染が目を輝かせた。
 「大得意だぜ、そのゲーム!
 新作もらったのかよ!いいなぁ!!」
 羨ましげな愛染に、太鼓鐘は親指を立てる。
 「うっかり積みゲーにしてたんだけど、いい機会だ!
 天守地下のシアターで、勝ち抜き戦やろうぜ!」
 「おぉ!いいな、それ!!
 なんか賞品用意しようぜ!!」
 こぶしを握って、獅子王も立ち上がった。
 が、
 「馬鹿者!!」
 長谷部の怒号に、慌てて姿勢を正す。
 「主不在の間は皆、清く正しく規則正しくあるべきだ!
 ゲーム大会など!浮かれている場合ではない!」
 生真面目な彼へ、乱が口を尖らせた。
 「ええー!いいじゃない」
 「やろうぜ、勝ち抜き戦!!」
 こぶしを握る厚の隣で、薬研も頷く。
 「退屈した鶴丸に、悪ささせないようにするには、いい手だろ」
 「悪さって、お前な!」
 「悪さでしょ」
 苦笑した光忠に頭を撫でられ、鶴丸は頬を膨らませた。
 と、
 「いいんじゃないか」
 珍しく、大典太が口を挟む。
 「とは言え、俺のようにゲーム・・・とやらに馴染みのない者もいるからな。
 自由参加を提案するが、それでも鶴丸を監視できるくらいの人数は集まるだろう?」
 「えぇ、僕らだけでも十分なくらいです!」
 意気揚々と前田が頷き、平野が嬉しげに手をたたいた。
 「見た目の年齢制限がどうって、鯰尾兄さん達がやっているゲームはやらせてもらえないから、楽しみです!
 ・・・僕達、和泉守さんより年上なのに」
 突然、恨みがましい目で見られた和泉守が、困り顔で身じろぐ。
 と、
 「よっしゃ!!」
 和泉守の窮地を救うように、気合い十分に獅子王がこぶしを突き出した。
 「優勝賞品、何にする?!やっぱ、金一封?!」
 「いいね!
 俺、やりたいガチャが・・・あいてっ!」
 髪を乱暴に引かれて、鯰尾が悲鳴をあげる。
 「骨喰っ!!痛い痛いっ!!」
 「鯰尾・・・。
 いい加減、懲りろ」
 ため息混じりに言って、骨喰は獅子王を見やった。
 「現物で」
 「・・・だな。
 じゃあ、菓子とか新作ゲームとか?」
 「なんだか燃えないな」
 つまらなそうに言った鶴丸に、次郎太刀が笑い出す。
 「いい酒を賞品にしてくれるなら、あたし頑張っちゃうけど?」
 「遊びの話は後にしろ!
 周知事項を続けるぞ!」
 清く正しく留守番させる事を渋々諦め、長谷部は続けた。
 「もう知っている者もいるだろうが、去年、外堀に植えた蓮の葉が出てきたので、雑草と害虫駆除のため、鴨を放っている」
 「うん!見た見た!!」
 「可愛かったよねぇ!
 仔ガモが親ガモにちょこちょこついてってさ!
 ひなたぼっこしてるのとか、すっごい和む!」
 きゃあきゃあとはしゃぐ清光と安定を、幾人かが不思議そうに見やる。
 その一人である長谷部が、言い募った。
 「秋には食材にするので、今は狩ることをを禁じる」
 「へっ?!」
 「・・・今、さらっとすごいこと言われた気がする」
 唖然とする二人へ、光忠が首を傾げる。
 「なんのために肥え太らせていると思ってるんだい?」
 「蓮も、色々理由はつけてるけど、結局は蓮根作るのに植えてんだぞ?」
 なあ?と、太鼓鐘も皆に同意を求める。
 「あ・・・あんなに可愛いのに・・・狩るの・・・?」
 頷く面々に顔を引き攣らせる清光の隣で、安定が身を乗りだした。
 「主は?!主は反対するんじゃない?!」
 「まさか」
 呆れ声の鶴丸に、光忠が頷く。
 「主くんからも、鴨の脂には美肌効果があるから、できるだけ太らせるようにって言われたし、効率よく脂を摂取できる料理を作ってくれ、って言われたよ」
 「鬼なの?!」
 「無礼な事を言うな!」
 長谷部の怒号に、清光と安定は首をすくめた。
 「武家である以上、狩りは軍事訓練のひとつだ。
 鷹狩ができればそうしたいが、あいにく、都合のいい狩り場はない。
 だからせめて、弓兵と銃兵の鍛練くらいはさせてやろうというお心遣いだろうが!」
 「そうですよ」
 がっかりとした口調で、物吉も口を挟む。
 「蓮の葉が出て、隠れ場所ができる前に仕留めちゃおうって、わくわく弓を持って行ったのに、太るまではダメだって、主様に止められちゃいましたー」
 「物吉殿。
 無駄な殺生はいけませんよ」
 江雪が戒めるが、物吉はにこりと笑って首を振った。
 「無駄じゃありませんよ、江雪さん。
 苦しめないように正確に仕留めて、命に感謝しつつ、ありがたく頂きます」
 「・・・笑顔で言うことか?」
 声を潜めた和泉守に、堀川は苦笑する。
 「さすがは、鷹狩りが大好きだった家康公のお気に入りだよね。
 あんなに幸せオーラ振り撒いても、戦場育ちだよ」
 「・・・そこで、なんで俺を見るんだよ」
 薬研に睨まれた堀川は、クスクスと笑い出した。
 「同じ戦場育ちでも、違うんだなぁって!」
 「まあ・・・前の主の性格もあるかもな」
 「けどよ」
 信長の名が出ることを阻むように、和泉守が口を挟む。
 「狩りはともかく、侍が鳥獣を捌くってのはどうなんだ。
 忌み事じゃないのかよ」
 言うや、古い刀達は失笑し、または呆れ顔で彼を見やった。
 「俺、藤四郎だけど、中に仕込まれた金串ごと、鶴をかっさばいてやったよ?」
 にんまりと笑って、舌を出した包丁を鶴丸が睨む。
 「こらこら、おやめ。
 鶴丸殿、弟が失礼を」
 会釈した一期一振に、鶴丸は鼻を鳴らした。
 「これだから新々刀は。
 誇りなんてものに凝り固まって、不自由なやつらだ」
 八つ当たり気味に言ってやるが、いつもはむきになってかばいだてする堀川もこくりと頷く。
 「僕も、まだ戦国の雰囲気が残ってた頃の生まれだしなぁ・・・。
 兄さん達は、大切にされたろうけどさ」
 「いいや?動乱の真っ只中であったが故に、存分に使われたぞ!」
 「俺も・・・」
 山伏に山姥切も同意し、その隣で鶯丸が吐息した。
 「鳥獣はまだしも、蟹はやめろ、って思ったことがあったなあ・・・」
 「あ!俺、平気!イケる!!」
 「俺もー」
 得意顔で挙手する厚とけだるげな同田貫を見やった蛍丸が、太郎太刀と次郎太刀に向き直る。
 「俺達、なんか斬れる?」
 「あまり小さいものは・・・無理でしょうね」
 「でかいからねぇ・・・馬はいけるかな?」
 「試そうとするなよ!」
 腰を浮かしかけた次郎太刀に、長谷部が釘を刺した。
 「そうだ、馬といえば、厩舎が手狭になったために、近々増築するぞ。
 また、主不在の間は出陣がないため、運動不足にならないように、ニの曲輪(くるわ)と三の曲輪に放牧する。
 馬が食べては危険な植物は本丸に移して置くように。
 手がある今日のうちに、皆で畑もやってしまおう。
 夏野菜の植付けと、雑草や害虫の対策・・・そろそろ毒蛾も出始める頃だ。
 作業する際は、手袋を忘れるなよ」
 以上、と、書簡を巻き戻す長谷部へ、数珠丸がそっと挙手する。
 「なんだ、数珠丸?」
 「蓮のお世話は、私が致したいのです。
 繁りすぎると、水中の気が濁って、根が死んでしまいますので、適度に間引かねば。
 舟をご用意くださいませんか?」
 「あぁ・・・。
 それなら、堀の管理用の物があるから、それを使うといい」
 蓮を植える前は空堀だったために、滅多に使われず、三の曲輪に立てかけてあることを告げると、数珠丸は嬉しげに手を合わせた。
 「ありがとうございます、長谷部殿」
 礼を言って、数珠丸は傍らの三日月と大典太に微笑みかける。
 「今はまだ、小さな葉が浮かんでいるだけですが、そのうち大きくなり、堀を覆いますよ。
 蓮は、花咲く時にぽん、と音を立てるのです。
 まだ日も明けるかどうかの頃ではございますが、よろしければ共にご覧になりませんか、お二方?」
 「それはいい考えですな、数珠丸殿。
 有明の月を見送りながら眺めれば、さぞや趣があることでしょうな」
 頷く三日月を、歌仙が羨ましげに見やった。
 「あぁ・・・美しい方々が佇んでおられる様は、一幅の絵のごとき様でしょうね。
 良い歌が詠めそうだ・・・ぜひとも、ご一緒させて頂きたい」
 「ではその前に、蓮の世話か。
 数珠丸殿、やり方を教えてくだされば、俺も手伝わせていただくが」
 大典太が申し出るや、三日月が目を輝かせる。
 「おぉ!では俺も!」
 と、
 「やめたほうがいいのじゃないかなぁ、三日月は」
 「えぇ、きっと堀に落ちてしまわれますよ」
 石切丸と小狐丸から、穏やかな声で諌められてしまった。
 「お・・・俺はそこまで鈍くはないはずだが・・・!」
 「そういう問題ではなく」
 三日月の反駁を、長谷部が遮る。
 「舟は一人用だ」
 こくりと、微笑んで頷く二人に三日月が口を尖らせ、その様に数珠丸が笑い出した。
 「三日月殿、私にお任せください」
 「・・・あいわかった」
 苦笑する三日月に鼻を鳴らし、長谷部が改めて一同を見渡す。
 「他に何かあるか?
 なければ、解散だ!
 各々準備して、畑に来るように!」
 たんっ、と長谷部が手を叩くと、皆、やれやれと腰を上げた。


 「馬が食べては危険な植物か・・・。
 まあ、茶室用に丹精した花を食べられてしまうのは腹が立つからね、曲輪に置いている鉢は全て、動かそうと思うけれど・・・」
 と、歌仙は光忠を呼び止めた。
 「水仙の他に、畑の傍に置いてはいけないものって、なんだろう?」
 問うと、光忠は眉根を寄せて考え込む。
 「水仙の他に抜いたのは・・・ほおずき、朝顔、彼岸花に鈴蘭。
 あとは・・・あぁ、しゃくなげもだよね。
 万年青(おもと)は・・・鉢植えを室内に置いてるだけだから大丈夫。
 間違える事はないだろうけど、畑に持って行かないでね」
 うん、と頷いた光忠の傍で、石切丸が足を止めた。
 「馬を連れて行く時は、櫁(しきみ)とイチイ・・・それに、弓兵達が育てている檀(まゆみ)の傍を通さないでくれよ。
 檀にはまだ実はついていないが、万が一ということもある。
 ああそれに、今は色んな躑躅(つつじ)が咲いていい香りがしているけど、蓮華躑躅は馬にとって毒だから」
 「・・・思っていた以上に、毒のあるものが根付いていたんだね」
 唖然とする歌仙に、光忠が真顔で頷く。
 「青梅の種や夾竹桃の枝は有名だから、うちの子達が口にすることはないけど、馬はね。
 梅の樹の下も避けないと、なったばかりの実が落ちてるかも」
 「怖いな!」
 青ざめた歌仙は、懐から帳面を取り出した。
 「今、言われた植物を書き留めておくよ。
 馬番への注意喚起のために、厩舎にもこれらの樹の近くを通らないようにと張り紙しておこう」
 「それがいい」
 にこりと笑って、石切丸が頷く。
 「主不在の間に、馬を損ねてしまっては大変だ。
 他にも、けして問題を起こさないように気をつけて置かないと、主の信用をなくすことになるね」
 「うん・・・。
 主くん、とりあえずは鶴さんの心配をしたみたいだけど、他にも、火の用心、水の用心を心掛けて、誰も怪我なんかしないように気を配れって、長谷部くんに言ったみたい。
 僕も、この時期から食中毒が出やすくなるから油断しないように、って、しつこく言われたよ。
 そんなに、本丸を空けることが不安なのかなぁ」
 信用ないな、とため息をつく光忠に、石切丸は首を振った。
 「私が生まれた頃は、家の主は女性でねぇ。
 いい主というものは本来、家を空けたがらないものなんだ」
 「へぇ・・・女の人が家主なんだ」
 意外そうな顔の光忠の傍らで、歌仙が微笑む。
 「いにしえの書物には、よく書いてある事だよ。
 光源氏の君も、女人の家に忍んで行ったそうじゃないか」
 「あぁ、あれって女の人が家主って事だったのか。
 よその男に好き勝手させて、父親は何考えてるんだ、と思ってたなぁ」
 呑気な口調の光忠に、石切丸がくすくすと笑い出した。
 「男は良くも悪くも一点集中で、全体に目配りすることは苦手だからね。
 長谷部さんには、皆が事故に遭わないよう監督させて、君には皆が病気にならないよう注意喚起した。
 私も薬研と共に、皆の健康管理に気を配るように命じられたし、一期さんは弟達がはしゃぎ過ぎないよう、念を押されたらしいね。
 あと、今は徳川方と揉めるなって、物吉くん共々注意されたそうだよ」
 「徳川方?
 何か、揉めているのかい?」
 聞いていないが、と、首を傾げる歌仙に、石切丸が首を振る。
 「そんなことはないよ。
 ただ、主の目が届かない場所で、元の主同士が敵対していた面々が喧嘩してしまうと、後で厄介な事になる、って思ったんだろうね」
 「なるほど、周到だね」
 主らしい、と感心する歌仙の傍らで、光忠がそっと吐息した。
 「留守居役なんて大事なお役目は本来、天下五剣がやるべきなんだろうけど、三日月はのんびりだし、数珠丸殿は浮き世離れしておられる上、大典太殿は世間知らずであられる。
 おかげで君達に皺寄せが行って、すまないね」
 詫びる石切丸に、歌仙が微笑む。
 「おや・・・僕にも役目があったこと、ご存知だったか」
 「我が本丸の第一刀に、お役目が振られないわけがないよね」
 光忠も言えば、歌仙は笑って頷いた。
 「とは言っても、僕に具体的な指示なんかなかったよ。
 後は頼む、って、それだけ」
 「信頼されているじゃないか」
 「まぁ・・・似た者同士だしね」
 微笑む石切丸に、歌仙は気恥ずかしげに口を濁す。
 「あまり認めたくはないが・・・考えることは大体一緒、なんだよね」
 「乱暴者同士とか、脳筋仲間とか」
 「なに?
 何か言ったかい、光忠?」
 「別に?」
 白々しく笑う光忠を睨む歌仙の肩を、石切丸が宥めるように叩いた。
 「そろそろ畑に行く準備をしようか。
 さっきから長谷部さんが睨んでいるよ」
 見やれば、短刀達を畑へ追いたてていた長谷部が、物凄い目でこちらを睨んでいる。
 「やれやれ・・・面倒だね。
 石切丸、鉢植えを運ぶのを手伝って欲しいのだけど」
 ため息をつきつつ頼んだ石切丸は、快く了承してくれた。
 「じゃあ僕は、置き場所を確保しておくよ。
 藤棚の下なら邪魔にはならないだろうけど、日当たりがね。
 あの周囲を片付けておくから、持って来て」
 「ありがとう。よろしく頼むよ」
 光忠の申し出をありがたく受けて、歌仙はようやくきびすを返す。
 「じゃあ、ニの曲輪で」
 「うん、わかった」
 軽く手を挙げて、石切丸もまた、部屋へ戻って行った。


 まずは最も危険なものをと、鈴蘭の小さな鉢を木箱に敷き詰め、本丸に持ち込んだ歌仙は、新緑を背にして艶やかに揺れる花房を見るや、思わず吐息した。
 「みどりなる 松にかかれる藤なれど おのが頃とぞ 花は咲きにける」
 「紀貫之だったかな?」
 後について来た石切丸に問われ、歌仙は頷く。
 「藤を見ると、筑前の得意顔を思い出して苛ついたものだけど、今は見事だな」
 「誰が筑前のどや顔だ!」
 刀の代わりに箒を持って怒鳴る長谷部に、彼は鼻を鳴らした。
 「自覚があるようで何よりだ。
 光忠、どこに置けばいいかな?」
 声をかけると、即席の棚を設えてくれた光忠が手招きする。
 「日陰でいい鉢は藤棚の下に置いて、日が要るのは棚に置いてね。
 朝顔は、粟田口が自分達の庭に置きたいから、自分達で運ぶって」
 「それは助かる。
 でも・・・」
 木箱ごと鉢を置いた歌仙は、ふと、小首を傾げた。
 「結構重いものだけど、短刀だけで大丈夫かな?」
 「小さくても刀だよ。
 ね?貞ちゃん」
 「あぁ!平気平気!」
 追加の棚を運んで来る太鼓鐘に、石切丸が不思議そうな顔をする。
 「こんなにたくさんの棚、この本丸にあったかな?」
 「伐採した竹を組んでいるだけの即席だよ。
 手際のいい奴がいるんだ♪」
 と、太鼓鐘が指した先では、亀甲が鼻歌交じりにシュロ縄を操り、次々に棚を組み上げていた。
 「へぇ・・・。器用なものだねぇ。
 亀甲にそんな特技があったなんて、知らなかったよ」
 素直に感心する石切丸を、顔をあげた亀甲が輝く目で見あげる。
 「縛るのは得意なんだ!
 色んな縛り方があってねぇ・・・v
 聞きたい・・・かな?!」
 「いや、遠慮しておくよ」
 迫り来る亀甲を笑顔で突き放すと、彼は嬉しそうに身悶えした。
 「あぁんv ご主人様と同じことを言うなんてv
 間接おあずけ、たまらないいいいいいいいいv
 「鉢、どんどん置いていこうぜ。
 運ぶ人数、足りてないんじゃないか?手伝い呼ぼうか」
 騒がしい亀甲の存在を空気にして、太鼓鐘はにこりと笑う。
 「そうだね、助かるよ。
 ああ、丁寧に扱ってくれる者を頼むよ」
 と、歌仙も彼の策に乗った。
 「わかった!
 じゃあ、物吉と伽羅、鶴もな。
 ほかは・・・あ、和泉呼んだら堀川もついて来るからお得だよな。
 おまけは新撰組?国広兄弟?」
 端末を弄りながら言うと、歌仙が頷く。
 「国広達には前にも手伝ってもらったんだ。
 今回もお願いしようかな」
 「オーケイオーケイ!
 じゃ、この面子に連絡っと」
 「その人数で足りるかい?
 伊達は昼前に昼餉の用意で抜けるよ?」
 新撰組も呼んだ方が、という光忠に、歌仙は首を振った。
 「長々とやるつもりはないよ。
 手なら、そこに筑前のどや顔とやらもいるしね」
 「なぜ俺が!
 ここの掃除と藤の世話が終わったら、畑にいる連中が怠けていないか見回りを・・・」
 「見回るなら、ついでに鉢を運びたまえよ、君。
 働き手を手持ちぶさたにさせるほど、僕は優しくないよ」
 歌仙の厳しい口調に、長谷部だけでなくその場の全員が黙り込む。
 ややして、
 「・・・本当に君達はそっくりだな」
 石切丸が、詰めていた息をそっと吐いた。
 「主に言われたのかと思った。
 君が似てしまうなんて事はないだろうから、きっと主が、君に似てしまったんだな」
 「まさか。
 僕に似たのだったら、もっと雅な口調になるはずだよ」
 「嫌味の間違いだろ」
 気を呑まれて気まずげな長谷部をちらりと睨んで、歌仙は手を打つ。
 「さぁ、早く始めよう。
 こんな面倒な事はさっさと終わらせて、茶室でくつろぎたいんでね」
 彼らしい言いようがまた、主に似ていると、苦笑しつつ一同はニの曲輪へ向かった。
 ・・・亀甲の存在を、完全に無視して。


 「やあやあ我こそは雑草切りなり!いざ!尋常に勝負〜♪」
 陽気な声をあげて、次々と雑草を引き抜く髭切の周りで短刀達が笑い声をあげた。
 「ぼくもやります!
 やあやあ、われこそは、よしつねこうのまもりがたな!今剣!
 ざっそうのもの、いざまいる!」
 強く根を張った雑草を引き抜いた今剣が、得意げに敵将を掲げる。
 「うちとったりぃ!」
 「よっ!今剣!
 じゃあ俺もー!そうだなぁ・・・」
 うーん・・・と考えた厚が、雑草に手をかけた。
 「戦で死に切れぬは辛かろう!
 慈悲をもってとどめを刺す!」
 とりゃ!と引き抜いた彼を、兄弟達が手を叩いて囃す。
 「厚兄、似合わないー!」
 「慈悲って!
 江雪さんや数珠丸様が言うなら納得だけど!」
 秋田と信濃がきゃっきゃと笑い、雑草に手をかけた。
 「じゃ俺は・・・うん、懐、入っちゃうよーv
 土を掘り返してから、手軽に雑草を引き抜いた信濃に、乱が感心する。
 「しなのんらしいv
 じゃあ僕はねー♪」
 楽しげに、乱は雑草をわしづかみにした。
 「僕に刈られたい・・・んでしょv
 亀甲が見ればきっと喜んだだろう、嗜虐的な笑みを浮かべる乱には、髭切も拍手する。
 「つまらない除草が楽しくなったよねぇ」
 「髭切様のおかげです」
 「す・・・すごく・・・楽しい・・・です」
 最初から真面目に励んでいた平野と五虎退に言われ、髭切は嬉しげに笑った。
 「ふふv
 ここが終わったら、次の戦へいこう!
 いざ!侵略の途へ!」
 「・・・なに?」
 その言葉に、通りかかった小烏丸が足を止める。
 「侵略・・・とな?
 いずこへだ?この父も、共に蹂躙してやろうぞv
 嬉しげに寄ってきた彼を、黙々と雑草を抜いていた膝丸が見やった。
 「敵は雑草だ。
 手伝ってくれるなら歓迎するぞ」
 なにしろ、と、立ち上がった彼は広大な畑を見渡す。
 「一斉に伸びたからな。
 全員でやっても大仕事だ」
 「・・・なんだ、戦ではないのか」
 つまらなそうに呟いた小烏丸は、雑草の詰まった籠を背負い直した。
 「雑草との戦ならば、既に参戦している。
 反撃せぬ相手はつまらぬな」
 「そうでもありませんよ?」
 「すごく・・・手ごわいやつもいるっ!」
 声をあげた前田と共に雑草を掴む包丁が、顔を真っ赤にして、ようやくしぶとい根ごと引き抜いた。
 勢いあまって尻餅をついたものの、得意げに手柄を掲げる。
 「うちとったりぃ!」
 「ほうちょう!じょうずですよ!」
 拍手した今剣が、小烏丸に駆け寄った。
 「おもうさまも、いっしょにやりましょv
 「・・・そうよな」
 少し考えたのち、小烏丸は頷く。
 「どこでやっても同じなら、子らの遊びに付き合うも一興」
 にこりと笑い、彼は畑の外を指した。
 「荷を降ろしたら、こちらへ戻って来よう」
 「はいっ!」
 「お待ちしています」
 嬉しげな今剣と前田に頷いた小烏丸へ、膝丸が声をかける。
 「雑草を捨てに行くんだろう?
 ついでに、この袋に入れてるのも持って行ってくれ」
 「やれやれ・・・。
 立っている者は親でも使え、とな」
 呆れ声をあげた小烏丸は、重たげに袋を持ち上げた。
 「父に重荷を負わせて手伝いもせぬとは、不孝な子らよ」
 ぶつぶつとぼやきながら歩を進める小烏丸の姿を、やや遠くから見やった長谷部が満足げに頷く。
 「皆、よく働いているようだな。
 主・・・!
 ご不在の間は、この長谷部が!
 なんとしてもこの本丸をお守り致します!」
 「止まってないで、早く行け」
 大きな鉢植えを抱えたまま、空を仰ぐ長谷部の足を、大倶利伽羅が背後から蹴った。
 と、彼の後ろから、鶴丸も顔を出す。
 「後がつかえてるぞー!」
 重い、と口を尖らせる彼に舌打ちし、長谷部も歩を進める。
 「お前らはついて来る必要ないだろう!
 文句ばかり言いおって!」
 長谷部の後をついて来る二人を肩越しに睨めば、大倶利伽羅が彼以上に忌々しげな顔で舌打ちした。
 「好きでついて来ているわけじゃない」
 「お前があちこちでケンカ売るから、光坊についててやれって言われたんだ」
 「ケンカではない!
 怠ける者がいないか、監督しているだけだ!」
 怒鳴る長谷部に、鶴丸が肩をすくめる。
 「言い方言い方。
 お前、一々言い方がきついんだ。
 多少の事は目をつぶって聞き流せよ。
 それが最近の、主のやり方だろ」
 言って、鶴丸は意地悪く笑った。
 「しばらく、歌仙と一緒にいたらどうだ?
 あいつら、考えることややることが本当にそっくりだもんな。
 主の意にかないたきゃ、歌仙の考えを把握するのが近道だろ」
 「無礼なことを言うな!
 あんな嫌味のエセ風流人と主が似ているものか!」
 「どうでもいいから早く行け」
 苛立った大倶利伽羅にまた足を蹴られ、長谷部が舌打ちする。
 「後で覚えていろ!」
 「一々覚えていたくない。
 早く行ってくれ、重いんだ」
 鶴丸に急かされて、長谷部はぼやきつつ藤棚を巡らせた庭に入った。
 「鶴丸、しゃくなげは藤棚の下に置け。
 大倶利伽羅のほおずきは、植木棚の上だ」
 日当たりの要否によって鉢の置場を指示する長谷部に頷き、鶴丸はこの場に置かれた花を感心した様子で見渡す。
 「これが全部毒なのか。
 咲きも咲いたり毒の花、だな」
 「ただし、刺はないよ」
 鉢を見栄えよく置き換えていた歌仙が、にこりと笑った。
 「主は薔薇だの茨だの植えたがったけど、茶花には使えないからね」
 「・・・これのどこが主にそっくりなんだ。
 意向に背いているではないか」
 歌仙を指して眉をひそめる長谷部に、鶴丸が笑い出す。
 「持っている知識の種類が違うってだけだろ。
 この本丸に薔薇がないってことは、主も納得したってことだ」
 なぁ?と、同意を求められた大倶利伽羅が鼻を鳴らした。
 「我が強い所もよく似ているからな」
 「・・・君達、なんだか悪意を感じるよ」
 なんの話だ、とむっとする歌仙に鶴丸が笑い出す。
 「長谷部があまりにも堅物なんでな、主とそっくりな歌仙についていれば、主の意向が正確に推し量れるんじゃないか、って話してたんだ」
 「本当にそっくりなら、僕が主に説教する必要なんてないはずだけどね?」
 呆れ顔で、歌仙は肩をすくめた。
 「しばらく不在だからって、僕に代わりを期待しないで欲しいな。
 お小夜以外の刀にべったりされるなんて、考えただけで暑苦しい」
 「冷たいこと言わず、構ってあげなよ」
 大きな鉢植えを抱えて戻って来た光忠が苦笑する。
 「せめて、小夜ちゃんの半分くらいは、他の短刀くん達も可愛がってあげたら?」
 「必要を感じない」
 「そんなこと言わずにさv
 まずは俺で試して見る?」
 光忠の背後から、騒々しく台車を押して来た太鼓鐘が顔を出した。
 「そーれv あるじーv
 飛びつこうとした瞬間に身を翻され、太鼓鐘がたたらを踏む。
 「なんだよー。ちょっとくらいいいじゃんv
 「必要ないと言っているのに。
 そもそも君、主に飛びつくなんてことしないだろう」
 冷たく言われて、太鼓鐘は肩をすくめた。
 「だから、お試しだって。
 鶴じゃないけど、練習しておけば、いざという時にビビらずに済むだろう?」
 彼の言葉に、我が意を得たりと拍手する鶴丸にまで、歌仙は鼻を鳴らす。
 「こんな事で、僕は驚いたりしないよ。
 なにしろ、この本丸ができたばかりの頃は、僕の他は短刀しかいなかったんだから」
 「その割に、慣れてない感じ?
 あ!もしかして歌仙、人見知り?」
 笑って指差した太鼓鐘を、歌仙は真顔で見下ろした。
 「・・・君ね、いつも騒々し過ぎるよ。
 少しは静かに行動できないものかな?
 廊下をどたばたと行き来するかと思えばあちこちで大声を出して、本丸のどこにいるか、探さなくても知られるのはどうかと思うよ。
 今だって、必要以上に騒々しく台車を鳴らすし、いくら道が悪くても、ここまで音がするものかな?
 だから君、短刀なのに隠蔽が苦手なんじゃないか?」
 「ご・・・・・・ごめんなさい・・・」
 早口で説教をされ、涙目になった太鼓鐘が声を詰まらせる。
 「これが、主がいつもされている説教か」
 「確かに長い」
 なぜか感心する鶴丸と大倶利伽羅の傍らで、光忠が苦笑した。
 「まあまあ、歌仙くん。
 貞ちゃんは悪気があって騒いでるわけじゃないし、むしろ賑やかさが持ち味だし。
 あんまり叱らないであげて」
 「み・・・みっちゃああああん!」
 泣きながら光忠にしがみつく太鼓鐘に、歌仙はまた鼻を鳴らす。
 「じゃあそこは大目に見てあげるけど」
 じろりと、彼はこの場の全員を見回した。
 「僕は断じて、人見知りなんかじゃない!」
 「え、怒るとこ、そこ?!」
 思わず言った太鼓鐘が、睨まれて首をすくめる。
 「常におもてなしを心掛けている僕に対して、失礼にも程がある!」
 憤然とした彼に頷いたものの・・・その場の全員が、心中では彼の無自覚に呆れていた。


 ―――― その後、昼を挟んで夕刻近くまで畑仕事に取り組んだ一同は、さすがに疲れ果てて、あちこちでぐったりと倒れ込んでいた。
 「夕飯までに、交代でお風呂入っておいでよ。
 溺れないようにね!」
 昼前から厨房で働いていた光忠が声をかけて回ると、ようやくよろよろと立ち上がる。
 「はは!
 お前ら、ゾンビ撃ちゲームの的みたいだな!」
 鶴丸が撃つ真似をすると、付き合いのいい陸奥守や村正が、大袈裟な悲鳴をあげて倒れてくれた。
 「でも、頑張ってくれた甲斐あって、すごくきれいになってるよ。
 これで夏が来ても安心だね」
 感心する光忠に、長谷部も満足げに頷く。
 「主もお喜びになるだろう」
 「ゲーム大会は明日だな。
 これじゃあ勝負になりそうにない」
 笑いながら鶴丸は、力尽きて廊下に伸びた秋田と平野を小脇に抱えた。
 「お前ら、風呂と夕餉と布団と、どれがいい?」
 「お昼寝・・・したいです・・・」
 「ぼくも・・・」
 「もうとっくに昼は過ぎているだろう?」
 信濃と包丁、五虎退を両脇と背に担いだ一期一振が、やや厳しい口調で声をかけて来る。
 「今寝たら、明日まで起きないだろうに。
 みんな、お風呂に入ってから夕餉。寝るのはそれからだ」
 兄の命令に仕方なく、短刀達は目を開けた。
 しかし、
 「すまん・・・。
 こっちはもう、寝てしまったんだが・・・」
 困り果てた様子で、両手に前田と乱を抱えた大典太が歩み寄って来る。
 「申し訳ありません、大典太殿。
 前田!乱!!起きなさい!!」
 兄の大声に驚いた二人が跳ね起きて、大典太の腕から落ちそうになった。
 慌てた大典太が床にひざまずき、転落を防ぐ。
 「・・・っこれは失礼を!」
 人目のある場で天下五剣に膝をつかせてしまった一期一振も、慌ててひざまずいた。
 「天下五剣と兄をひざまずかせるなんて、短刀は最強だな!」
 気まずい状況を軽口で流した鶴丸が、平野と秋田を抱え直す。
 「よーし!
 今から短刀洗い大会だ!
 母屋と温泉宿の風呂、両方使って一気に済ませて、夕餉食わせてとっとと寝かせる。
 誰が一番早くクリアするか、競争だ!
 溺れさせたら罰ゲームな!
 貞坊、みんなに連絡しておけ!」
 「あ!抜け駆け!」
 短刀を抱えて温泉宿へ走っていく鶴丸に呆れつつ、端末を取り出した太鼓鐘は全員にメールを送った。
 「俺も短刀だけど・・・まぁ、いつもの仕事しかしてないから、あそこまで疲れちゃいないな」
 あんなにへばるものかと、笑う彼の頭を光忠が撫でる。
 「貞ちゃんは畑仕事も上手だから、あんなに疲れる事もないよ、きっと」
 「そうだな!
 じゃ、配膳の準備しよっか。
 軽めとがっつり系、両方作っててよかったな!
 さすがみっちゃん!気配り万全だぜ!」
 互いに褒め合う二人に吹き出し、一期一振は弟達の背を押した。
 「ほら、短刀洗い大会に行くよ。
 鶴丸殿に負けるわけには行かないからね」
 「俺も参加するかな・・・」
 気恥ずかしそうに言った大典太も、そっと短刀達の背を押す。
 「なんも賞品ないけど・・・」
 と、言いかけた太鼓鐘の前を、愛染と蛍丸を抱えた明石が駆け抜けて行った。
 「面白そうではあるよな」
 来派の速さに感心する彼の傍らで、光忠も頷く。
 「短刀洗い大会で、大太刀はポイントになるのかなぁ」
 ま、いいか、ともう一度頷き、厨房へと戻って行った。


 「そんで、昨日の短刀洗い大会は誰が勝ったんだ?」
 翌日、天守地下のシアターで、ゲーム大会の準備をしながら聞いた獅子王に、鶴丸は苦笑して首を振った。
 「審判を置いてなかった上に、夕餉の最中に俺が寝てしまって、見届けてないんだ。
 まぁ・・・一期が勝ったんじゃないかな?」
 「違うよ。明石だよ」
 電源ケーブルを持って駆け寄って来た蛍丸が、にこりと笑う。
 「他の事ならともかく、これは保護者として負けられへん、って、がしがし洗われて、夕飯あーんしてくれて、ねんころされた」
 「大太刀はポイントになるのかよ」
 「審判がいないんなら、問題ないでしょ!」
 笑う獅子王に言った蛍丸が、鶴丸を見上げた。
 「でしょ?」
 「そうだな、来派の勝ちだ」
 「やったー」
 蛍丸がもろ手を上げた瞬間、端末が震えて、くすぐったさにうずくまる。
 「もー!なんでこのタイミングなのさ」
 頬を紅くして、ポケットから端末を取り出す蛍丸の周りで、シアターにいた全員が呼び出しのメールに首を傾げた。
 「松の間に集合、ですって」
 「なんだ、また近侍殿の説教か?」
 秋田と一緒に延長ケーブルを運んでいた薬研が、うんざりと肩をすくめる。
 「待たせると説教が長引くよな。行くか」
 早くゲーム大会を始めたい御手杵に手招かれ、全員が不承不承シアターを出た。
 「・・・なんなんだよ、一体。
 まだ寝ていたいんだがな」
 真正面で大あくびをする日本号を、長谷部が物凄い目で睨む。
 「重大案件だ!
 しゃんとしろ、しゃんと!」
 続々と集まって来る刀剣達を急かして座に着かせた長谷部は、一同を睨み回した。
 「皆、集まったな」
 言うと、物吉が困惑げに身を乗り出す。
 「すみません。まだ、亀甲が・・・」
 すると、蒼い顔をした数珠丸が膝を進めた。
 「皆様に集まって頂いたのは、彼の事です」
 「・・・っあいつ、なにやった?」
 数珠丸の深刻な様子に、太鼓鐘が声を詰まらせる。
 「亀甲への評価がわかる発言だが、亀甲は今、手入れ部屋だ」
 やった方ではなく、やられた方だと、三日月がため息をこぼした。
 「今朝早く・・・蓮の様子を見ようと、三の曲輪に降りた時のことですよ・・・」
 平静を保つためか、ゆっくりとした口調の数珠丸に皆の目が集まる。
 「三日月殿もいらしてくださいまして、共に三の曲輪に置いてあるという舟を探しました。
 舟はすぐに見つかりましたが、船底を上に、伏せて置いてありましたので、二人で両端を持って持ち上げましたら・・・」
 震え声を詰まらせた数珠丸の隣で、扇を広げた三日月が半面を覆う。
 「その・・・なんと言うか・・・奇妙な姿で亀甲が伏しておって・・・」
 「それどんなっ?!」
 思わず声を揃えた清光と安定から、三日月はあからさまに顔を背けた。
 「若い方には少々、言いにくい事でございますよ。
 あまり掘り下げられますな」
 微笑む小狐丸に、皆が黙り込む。
 「古刀も戸惑う姿だった事は確かだ。
 怪我の具合は、擦り傷程度で大した事はないが、意識不明のため、手入れ部屋に入れている。
 問題は、明らかに何者かの手によってなされたということだ」
 苦い顔をする長谷部に、村正が笑い出した。
 「どんな格好でも、亀甲なら一人でできそうな気がしますけどネェv
 それで、どこまで脱いでマシタ?」
 「脱いでいるだけならばここまで・・・いや、朝から嫌なものを見た」
 村正に水を向けられた三日月がうっかり口走り、再び顔を背ける様を、皆が目をむいて見詰める。
 「ともかく!」
 手を打って視線を集めた長谷部が、一同を見回した。
 「主不在の間に起こった問題を放置するわけにはいかん。
 犯人は名乗り出ろ!」
 直球の問いに、鶴丸が肩をすくめる。
 「それで素直に名乗り出るものかよ」
 「お前が犯人か!!」
 「そうなの、鶴さん?!」
 長谷部と光忠に詰め寄られ、鶴丸は頬を膨らませた。
 「決めつけるな!
 堀で鴨撃ちする気満々だったのは物吉だろ。
 亀甲にはいつも困っているし・・・」
 「・・・とうとうやっちまったのか、物吉」
 「僕?!
 太鼓鐘まで、なんで?!」
 兄弟にまで疑われた物吉が、泣きそうな顔になる。
 「そうだな、物吉がそんな事をするわけがない」
 きっぱりとした声で、ソハヤが口を挟んだ。
 「ソハヤ・・・!」
 涙目を向けた彼は、力強く頷く。
 「物吉なら、大勢の目のある場で、堂々と成敗するとも!」
 「それもそうだな。
 ごめん、物吉」
 「ソハヤ・・・太鼓鐘も、ちょっと納得行かないけど、信じてくれて嬉しいよ」
 笑顔の消えてしまった物吉から、長谷部は視線を鯰尾へ移した。
 「じゃあお前か」
 「なにがあったかよくわかんないけど、事件が起きたら俺か鶴丸さんが犯人だって決めつけるのは良くないと思うなぁ。
 冤罪だって、主に言いつけるからね」
 頬を膨らませた鯰尾の隣で、骨喰が首を傾げる。
 「事件が起こった時刻はわかっているのか?
 それによっては、俺達兄弟は互いに不在証明ができると思う」
 身内だが仲間に嘘はつかないと断言した骨喰に、粟田口全員が頷いた。
 と、長谷部が腕を組んで首を振る。
 「亀甲の意識が戻ればわかるだろうが、今のところ不明だ。
 そこで皆から、目撃証言を募りたい。
 最後にあいつを見たのはどこか、ということだ」
 ちなみに、と、長谷部は光忠を見やった。
 「俺があいつを最後に見たのは、伊達の連中が昼の準備に行ってから、そう時間は経っていない頃だ。
 藤棚の辺りにはもう、鉢植え棚を置く場所がないから、畑で柵の設置でもして来ると言って、行ってしまった。
 あいつ、柵を組む事は異常に上手いからな、ありがたく頼んだぞ」
 「その場には僕もいたよ」
 腕を組んで座る歌仙が、難しい顔で補足する。
 「彼は僕の希望通りの高さで棚を作ってくれたから、鉢を並べるのが楽しくてね。
 行ってしまうのは残念だったけど、確かにもう、そこでの用は済んでしまったから、引き止めなかったよ」
 「誰か、畑で彼を見たかな?」
 歌仙と共に藤棚にいた自分には心当たりがないと、石切丸が大太刀や槍を見回す。
 「大きい者なら、多少背の高い作物の上からでも見えたんじゃないか?」
 傍らの岩融にも目を向ければ、彼は記憶を探るように目を閉じたまま、首を振った。
 「記憶にないな・・・。
 俺は、また繁茂しだした竹の伐採に行っていたからな」
 「私と次郎もですよ。
 放置すると根を伸ばしますからね」
 太郎の言葉に次郎も頷く。
 「薙刀と大太刀で一気に伐採した後、槍達と一緒に根を掘り起こしてたんで、付近は立入禁止にしてたよ。
 短刀ちゃん達が怪我したら可哀相だしね。
 あ、光忠くーん!タケノコいっぱい採ったから、厨房の勝手口の所に置いたよ」
 「あー!あれ、次郎さん達だったんだ!
 どこの傘地蔵かとおもったよ!」
 今日はタケノコご飯だと、喜ぶ光忠に長谷部が咳ばらいをした。
 「亀甲を見た者はいないのか?」
 「畑じゃないが・・・」
 そう言って、薬研が挙手する。
 「薬草園には来たぞ。
 柵が欲しくないか、って聞かれたんだが、あそこは薬房を新設した時に整備してるからな。
 設えてた柵はまだ傷んでないし、ここにはいらない、っつったら、じゃあ畑に行ってくる、ってすぐに行っちまった。
 どうやら、一番遠い場所から回り始めたみたいだな」
 「あちこちうろついていたのか・・・。
 あいつ、昼餉の時はいただろうか。夕餉は?」
 長谷部の問いに、長曽祢が眉根を寄せた。
 「昼は、伊達が弁当箱に入れてくれたから、皆、思い思いの場所で食べたじゃないか」
 言うと、隣で浦島が端末を取り出した。
 「メールが来たんだよな!
 弁当を用意しているから、広間に取りに来いって。
 人数分あったんだろ?
 余ってなきゃ、持ってったって事じゃないか?」
 「卓を片付けに行った時は、もう残ってなかった」
 大倶利伽羅の証言に皆が頷く。
 「夕餉の際はどちらに?
 亀甲はいつも、どこにいるのですか?」
 「僕と一緒ですけど・・・」
 江雪の問いに、物吉が挙手した。
 やっぱりお前か、という視線に泣きそうな顔で、声を震わせる。
 「でも昨日は僕・・・お風呂で寝ちゃって、溺れかけて・・・。
 気がついたら部屋で寝てて・・・」
 「ああ、助けたのは私だよ」
 あっさりと言った一期一振に、物吉が目をむいた。
 「そ・・・そうなんですか・・・?」
 声を引き攣らせる彼に、一期一振はにこりと笑う。
 「短刀洗い大会をやっている最中に、目の前で溺れたのでね。
 湯から引き上げたら、ソハヤ殿が引き受けて下さったので、後はお任せしたけれど」
 「そ・・・それはお手数をかけてしまいまして・・・。
 ありがとうございます・・・っ!」
 よりによって一期一振に借りを作ってしまった事にショックを受け、俯く物吉の背を、太鼓鐘が気遣わしげに撫でた。
 「亀甲は物吉の隣にいることが多いけど、二人だけってわけじゃないぞ!
 そもそも、刀派で固まってるのは粟田口と左文字で、後は離れに住んでる奴らと母屋に住んでる奴ら、って別れ方じゃん!
 飯は一人で食うな、って伊達の家訓を、みっちゃんがここでも徹底してんだろ?!」
 「そうだな。
 では誰か、夕餉の際に亀甲を見た者は?」
 太鼓鐘の言葉を受けて、長谷部が再び聞くと、皆が互いに顔を見合せ、ややして、全員が首を振る。
 「ということは夕餉前か。
 風呂にはいたか?」
 長谷部の問いに皆が再び首を振ろうとした時、太鼓鐘が口を出した。
 「あいつ、人と風呂に入るのは嫌がるんだ。
 いつも、出立の間の隣にある更衣室で、一人でシャワー使ってるって言ってた」
 戦塵に汚れたまま母屋をうろつくなという主の意向で、出立の間の隣には、六人分のシャワールームと洗面台を備えた控えの間がある。
 緊急に手入れが必要な場合を除けば、帰城した際に必ず使う部屋だ。
 ただし昨日は、出陣がなかったために通常の使われ方はしていない。
 「ではそこを調べれば、亀甲が夕餉前まで無事だったか、わかるかも知れませんねぇ」
 どうでもいいと言わんばかりの口調だが、宗三の指摘に長谷部がきびすを返した。
 「調べに行くのか?!」
 「俺も!」
 「ぼ・・・僕も!」
 すかさずついていく鶴丸の後を、太鼓鐘と物吉が追いかける。
 すると鯰尾までが目を輝かせた。
 「探偵ごっこ?!面白そう!」
 「俺も行くぜ!
 じっちゃんの名にかけて!」
 「お前のじっちゃん、探偵なのか?」
 駆け出した獅子王に笑って、御手杵も腰をあげる。
 「推理ゲーは得意じゃないが、たまにはいいかもな」
 「ゲームではないぞ!」
 先頭を行く長谷部に怒鳴られ、御手杵は首を竦めた。
 「地獄耳かよ」
 「この距離で聞こえない方がおかしいわ!」
 憤然としながらも、ついて来るなとは言わない長谷部の後に従う彼らへ、愛染が不満声をあげる。
 「ゲーム大会は?!中止かよ!」
 せっかく準備してたのに、と、興味の移ってしまった事へ文句をいえば、鶴丸が笑って振り返った。
 「近い内に、主も巻き込んで大々的でやるぞ!
 豪華賞品があった方が、盛り上がるだろう?」
 「そうだけど・・・」
 ぷくっと、頬を膨らませた蛍丸の頭を、骨喰が撫でる。
 「全員参加に向けて、ゲームに不慣れな連中に色々教えてやってくれないか?
 それで、だいぶ時間は潰れると思う」
 言うやきびすを返し、鯰尾の後を追う彼の背に、蛍丸は目を輝かせて頷いた。
 「たろじろ!勝負しよう!早く!!」
 「えー。あたしぃー?」
 「同じ大太刀だからと、一々張り合って来るのはどうかと思いますよ」
 乗り気でない二人の腕を、蛍丸は懸命に引く。
 「いいから!早くいこ!!
 石切丸も来るでしょ?!ううん、来て!!」
 「私もかい?
 ああいう、やたら画面が移る物は見ていて疲れるのだけど」
 やんわりと断ろうとする彼の腕を、愛染が引いた。
 「だったら太鼓打ちゲームやろうぜ!
 楽器なら行けるんだろ?!」
 ぐいぐいと腕を引かれて、石切丸が立ち上がる。
 「仕方ないね。
 太郎さん、次郎さん、行こうか」
 「んー・・・石切丸が言うなら、つきあってあげよっかなー。
 日本号と蜻蛉ちゃんもおいでよ」
 次郎に呼ばれて、日本号があからさまに嫌な顔をした。
 「めんどくせえよ。
 俺は藤でも眺めながら酒飲んで・・・」
 「あぁ!それはいい!」
 歌仙の声に、日本号が意外そうな顔をする。
 「おいおい・・・どうかしたのか?
 いつもなら、飲んだくれてだらしないって、説教するところだろ」
 「なんだい、説教されたいのかい?」
 意地悪く笑う歌仙に慌てて首を振ると、彼は座を見渡した。
 「昨日、三の曲輪から運んだ鉢を、藤棚の周りに置いているんだ。
 かなり趣向を凝らして並べたからね、藤見の宴をするのもいいんじゃないかな」
 「宴って・・・歌仙くん、亀甲くんの事はいいのかい?」
 眉根を寄せる光忠には、あっさりと頷く。
 「今の近侍は長谷部だ。
 彼に任せて置いて、協力を求められたら行けばいい。
 大勢で行って、片付く事でもないだろう」
 それに、と、歌仙は顔色の悪い三日月と数珠丸、そして、彼らを労る大典太へ苦笑した。
 「この件で気が塞いでもいけない。
 我が本丸の主は、刀剣の精神状態を何よりも気にかける御仁だからね。
 こんな時だからこそ、それぞれの気晴らしをするべきさ」
 「確かに、天下五剣がこんな有様じゃ、帰ってきた主が悲鳴を上げるな」
 歌仙の言葉に、兼定が何度も頷く。
 「主さん、犯人に激怒するんだろうなぁ・・・怖い怖い」
 傍らで震え上がる堀川の頭を、山伏が笑って撫でた。
 「ならば、本日は各々気晴らしをするということで良いかな!」
 「・・・だからといって、山にこもるなよ、兄弟」
 山姥切がぽつりと呟くと、途端に肩を落とす。
 「拙僧にはそれが何よりの気晴らしなのだが・・・!」
 「主のいない時に、電波が届かないとこ行かないでよ」
 「俺、山の中を歩いて探すの、やだからねー」
 安定と清光の二人から不満げな口調で言われ、さすがの山伏も反駁を封じられた。
 「気晴らしか・・・。
 浦島はどちらに行きたい?
 俺は、お前の行く方に付き合うぞ」
 蜂須賀の和んだ目で見つめられた浦島が、悩ましげに眉根を寄せる。
 「宴会、絶対楽しそうだけど・・・ゲーム・・・!
 ゲームかな!
 蛍丸、俺でもゾンビ撃ちって出来るかな?!」
 「出来るよ!」
 「太鼓打ちも楽しいぜ!」
 行こう!と、愛染にも誘われ、浦島は大きく頷いた。
 「じゃあ、ゲーム!」
 「そうかそうか。
 じゃあ俺もそちらに参加だ。
 ・・・お前は宴会で飲んだくれていろ」
 蜂須賀が冷たい目で見やった長曽祢は、ムッと睨んで来る。
 「思惑通りというわけか!」
 「なんだ、何か文句でも?」
 「あぁ、やめやめ!」
 一触即発の二人の間に、次郎が大きな身体を割り込ませた。
 「蜂須賀はゲームに行くついでに、蛍を運んでねーv
 さぁ!宴に行こうか、長曽祢!」
 「あぁっ!次郎!逃げるの?!」
 蛍丸へ肩越しにウィンクした次郎が、太郎を手招く。
 「兄貴もぉー!早くv
 「そうですね」
 「太郎!!」
 蛍丸の金切り声を、太郎は軽く睨みつけた。
 「そのように駄々をこねるものではありません。神威が濁りますよ」
 「やだっ!!大太刀で誰が一番か、勝負!!」
 「だったら蛍でいいよぉ」
 「一番おめでとう。では」
 「たろじろぉぉぉぉぉぉ!!」
 「はいはい、私が付き合うから」
 ひょい、と、激怒する蛍丸を抱き上げた石切丸が、嫉妬にまみれた目で睨んで来る明石へ彼を渡す。
 「明石さんも来るよね?」
 「もちろんですわ!!
 まったく、大太刀はんでうちの子独占してからに!」
 「大体、三方に分かれそうだね」
 頷いた歌仙が、早速きびすを返した。
 「肴は何品か作るけど、酒は運んでおくれよ」
 「喜んで!!!!」
 敬礼した日本号と次郎に苦笑して、光忠も歌仙に続く。
 「歌仙くん、昼餉と夕餉の仕度も手伝ってくれないかな。
 人手が減っちゃった」
 「了解」
 気さくに引き受けてくれた歌仙に礼を言って、光忠は探偵団が走って行った方向を見やった。
 「ちゃんと解決してくれればいいけどねぇ」


 「―――― 皆さんこんにちは、鯰尾藤四郎です。
 我々は今、亀甲貞宗殺人事件の現場と思われる場所に・・・イテッ!」
 「死んでないし殺人現場でもない」
 鯰尾の髪を引いた骨喰が言えば、長谷部も忌々しげに舌打ちした。
 「主が不在の間に壊されたとなれば、一大事だぞ!
 また何か起こったらどうする!
 不吉なことを言うな!」
 「何かっていうけどさー、何があったんです?」
 頭を撫でつつ鯰尾が問うと、太鼓鐘も長谷部に詰め寄る。
 「そうだよ、あいつになにがあったんだ?!」
 「天下五剣があそこまでダメージを受けるなんて・・・ただ事じゃありませんよね・・・?」
 震え声の物吉を見やった骨喰が、軽く吐息した。
 「俺も知りたいけど、太刀と槍を待たないと・・・」
 二度手間、と呟いた時、ようやく三人が合流する。
 「長谷部・・・!
 お前、本当は短刀じゃないのか?!」
 息を切らした御手杵に獅子王も頷いた。
 「大磨り上げとは聞いてたけど、磨り上げ過ぎじゃねーか?!
 もう短刀だろ、速さ的に!」
 「どんな脚力してるんだ・・・!
 まったく、驚きだぜ・・・!」
 「鶴、足遅いもんなぁ」
 うっかり笑った太鼓鐘が、鶴丸に仕置きされる様を無視して、骨喰は長谷部に向き直る。
 「それで?」
 「あまり、子供には言いたくな・・・」
 「俺達藤四郎兄弟、鎌倉時代生まれ!」
 「僕達貞宗もです!」
 「いいから言えよ、ここじゃ最年少の南北朝生まれ」
 平安刀の獅子王にまで言われ、長谷部は舌打ちした。
 「・・・今朝早く、珍しく慌てた三日月に呼び出されてな。
 三の曲輪に降りて行ったら、虎口に亀甲が倒れていたんだが、その格好が・・・」
 ため息をつく長谷部を、不安そうな目で物吉が見つめる。
 「全裸のまま、赤い縄で縛りあげられていて、身動きが取れないようにされていた。
 更には、手向けのつもりか知らんが、ヒナゲシの花が散らしてあってな。
 そんな状況で奇妙な事に、亀甲の顔が嬉しそうというか、幸せそうと言うか・・・。
 意識はないのに充血した目を見開いて、満面の笑みで・・・それがやたらと気色悪かった。
 覚悟を促された俺でさえぎょっとしたのだから、不意打ちを食らった二人はよほどだったのだろう。
 ・・・俺の言葉では伝わりにくいだろうが、あの三日月と数珠丸を、怯えさせるくらいの威力はあったぞ。
 今夜夢に見そうだと、触りたくないからなんとかしろと勝手を言われて・・・どうした、貞宗達?」
 抱き合ってしくしくと泣き出した物吉と太鼓鐘に唖然とする長谷部を押しのけ、鶴丸が二人を抱きしめた。
 「よしよし・・・。
 そんなに心配することないぞ。
 主も俺達も、亀甲とお前ら二人は性癖・・・いや、性質が違うって、わかっているからな」
 「なんだなんだ?
 どういうことだ?」
 驚く御手杵を、苦笑した鶴丸が見上げる。
 「あー・・・。
 なんと言うかな、その・・・」
 珍しく歯切れの悪い鶴丸に、鯰尾がはたと手を打った。
 「自作自演!」
 「もしくは自損自傷」
 そっと言い添えた骨喰に、獅子王が目を丸くする。
 「え?自業自得ってことか?」
 「無茶を言うな!
 あいつは縛られて転がっていたんだぞ!」
 首を振る長谷部に、しかし、鶴丸は苦笑を向けた。
 「亀甲なら・・・まあ・・・」
 「ホントかよ!
 すげぇな!器用だな!」
 「いや、御手杵。
 そこは感心するところじゃない」
 冷静に言った骨喰が、視線をシャワールームへ向ける。
 「せっかく来たんだ。
 調べないか?」
 「そうだな。
 まずは使った痕跡があるかだが・・・使ったようだな」
 シャワールームの引き戸を開けた長谷部は、一番手前の個室が濡れている様を見て眉根を寄せた。
 磨りガラスを入れた個室の折れ戸はさすがに乾いているが、他の個室と違って、ここだけはまだ、床が濡れている。
 「つまり、シャワーを使った後に、一人で怪しい行為をして・・・三の曲輪に転がった?」
 首を傾げる鯰尾を、物吉が涙目で睨んだ。
 「あ・・・怪しい行為って・・・!
 言い方に気をつけてください!」
 「自分を縄で縛るとか、かなり怪しい行為だと思う」
 骨喰が淡々と言えば、獅子王が不思議そうな顔をする。
 「なんのためにそんなことするんだ?修業か?」
 どこの信徒だと、真顔で聞かれた太鼓鐘が耳まで紅くした。
 「獅子王、今は謎解きだろ?
 じっちゃんの名にかけて、亀甲が三の曲輪にいた理由を推理しろよ」
 さりげなく話題を変えて、御手杵は長谷部を見下ろす。
 「ここから移動してたってことは、一人で歩ける状態だったんだよな?」
 「いいや?」
 あっさりと言って、長谷部は幾分か軽くなった口を開いた。
 「最初に言ったが、一人では無理だ。
 狩った猪を担ぐ時のように、両手足をひとくくりにされていたんだからな。しかも、背中側で」
 「なんのためにそんなこと・・・」
 「運びやすくするためだろう」
 何を当然の事をと、長谷部は物吉に鼻を鳴らす。
 「そうか・・・。
 自力じゃないなら、他に犯人がいるって事だ!
 よかったな、貞坊!」
 鶴丸に背中を叩かれた太鼓鐘が、ホッとして頷いた。
 その様に、鯰尾が舌打ちする。
 「じゃあ、三の曲輪に行ってみようぜ!
 犯行現場に何か手がかりがあるかも知れない!」
 目を輝かせる獅子王に、物吉が頷いた。
 「真実を見つけに行きましょう!」
 「君にとって、都合の悪い事でも?」
 意地悪く笑う鯰尾を、太鼓鐘がきりっと睨む。
 「不祥事なら不祥事で、主に報告しなきゃだからな!」
 「あぁ、もちろんだ」
 言って長谷部は、真っ先にきびすを返した。
 「起こってしまった事はしょうがない。
 こうなった以上はさっさと解決して、主に結果のみをご報告出来るよう、整えなければ!」
 駆け出した彼を、また慌てて追いかける。
 「待てこの・・・短刀ー!!」
 あっという間に置いて行かれた鶴丸の絶叫が、悲しく響いた。


 「・・・これはまた見事な」
 風に揺れる紫の花房に、小狐丸は目を細めた。
 「ご覧あれ、三日月殿。数珠丸殿も。
 少しはお気も晴れましょう」
 未だ蒼い顔を俯ける二人へ声をかけると、鬱々としていた目が、わずかに和む。
 「さぁさ、座に着かれませ。
 憂き事など忘れて、愉快になられませ」
 「そぉだよぉーv
 酒は百薬の長!
 飲んで陽気になっちゃいなよv
 二人へ杯を押し付けた次郎が、なみなみと酒を注いだ。
 「そぉれv
 ぐいっといっちゃえ、ぐいっと!」
 苦笑した二人が杯に口をつけると、日本号が陽気に大笑する。
 「いいぞいいぞ!
 楽しくやろうぜ!」
 その言葉を合図に、各々酒を酌み交わした。
 ややして、
 「みんなお待たせー!
 肴持ってきたよ!」
 大皿を持った光忠の登場に拍手が湧く。
 「いい景色だねぇ。
 香りも良いし、宴をするにはいい・・・」
 「僕の麗春花を摘んでしまったのは誰だいっ?!」
 突然大声を出されて、光忠が取り落としそうになった皿を、側にいた蜻蛉切が慌てて受け取った。
 「か・・・歌仙君、どうしたの?」
 大皿を安全な場所に置いた光忠が問うと、 歌仙が震える指で鉢を指す。
 「僕が昨日、趣深く配置した鉢の!麗春花が!全部摘まれている!!」
 「れいしゅんか、ってなんだ?」
 兼定がこっそりと囁くが、堀川も困り顔で首を振った。
 と、
 「虞美人草の別名だ。
 ・・・今朝、亀甲の傍に散らされていた花だな」
 三日月の声がまた沈み、数珠丸までもが俯く。
 「散らされていたのはこの花だったのかい?!
 ・・・よくも僕の庭に手を出してくれたね!
 下手人は首を差し出せ!!」
 「待って!!刀抜かないで!!」
 柄に手をかけた歌仙を、光忠が止めた。
 「そうだ、落ち着けよ、之定。
 下手人は今、長谷部達が探してるんだろ?
 あいつらが見つけた後・・・」
 兼定が、歌仙の肩を抱いて悪い笑みを浮かべる。
 「そいつを好きにすればいい」
 「あぁ・・・そうだね。
 いずみはよくわかっている」
 頷いた歌仙に、堀川がため息をついた。
 「兼さん・・・似ちゃいけない所ばっかり似ちゃって」
 「好きに・・・ですか。
 なんだかワクワクしますネェv
 村正がくすくすと笑い出し、蜻蛉切が堀川以上のため息をつく。
 「面白がるな。
 主不在の間にこのような事になってしまって・・・申し訳ないことだ」
 「huhuhuhuhu・・・v
 蜻蛉切はマジメですネェv
 この状況をもっと楽しみまショウ!」
 「そぉそぉv
 酒の席で辛気臭いのはナシナシ!」
 村正に、早速次郎が同調した。
 「乾杯しようぜ!
 とりあえず・・・藤に!」
 「無難だな」
 日本号に頷いた長曽祢が杯を掲げる。
 「藤に!」
 「我が美しき紋に」
 「そりゃ俺もだ」
 一息に杯を干した日本号が、誇らしげな小狐丸に笑った。
 「今度、藤紋を集めて宴会するか!」
 「ええー!
 宴会なら入れてよぉー。
 藤紋なんて、あんたらのほかには長谷部だけでしょ」
 「平野と前田もですが・・・さすがに誘えませんしね。
 ところで」
 不満を漏らす次郎から、太郎は視線を移す。
 「虞美人草に毒はないでしょう。
 なぜここに?」
 問われた歌仙が、呆れたように肩をすくめた。
 「騒々しい慌て者が、ケシと間違えて運んで来たんだよ。
 ケシなんて栽培したら、本陣からお叱りが来るに決まっているだろうに」
 そう言って、ちらりと見やった光忠が苦笑する。
 「そう言わないでよ。
 貞ちゃんだって、一所懸命お手伝いしたんだから。
 歌仙くんも、ちょうど良く彩りが来たって言ってたじゃない」
 「そうだよ!
 僕が心を配って並べたと言うのに・・・忌々しい!」
 「の・・・之定、之定!
 楽しみは後にしようっつったろ!
 今は飲もうぜ!」
 兼定に手を引かれて座に着いた歌仙を見やり、髭切が小首を傾げた。
 「それさぁ、君達だけでやっていいの?
 刑部姫が、自分も入れろって、怒るんじゃない?」
 拷問好きそうだ、と、笑う彼に、堀川が顔を引き攣らせる。
 「よく・・・ご存知で。
 主さんには、よく新撰組の拷問話をねだられて、そりゃあ大喜びされて・・・。
 僕達だって知らない、古今東西の拷問法を喜々として話してくれるものだから、清光達が怯えちゃって・・・」
 「・・・みんなにはくれぐれも言っておくけど」
 表情を厳しくして、光忠が周りを見渡した。
 「万が一にもないことだけど、もしこの本丸に泥棒なんか入ったら、説得してそっと逃がしてあげてね。
 主くんに見つかったら、きっとむごたらしい拷問をされるからね・・・。
 常々、いたぶっても訴訟できない弱みを持った奴、来ないかなぁって、鞭を振り回してるんだから」
 「いいねぇv
 さすがは刑部姫v
 鬼とはかくあってほしいものさ」
 嬉しげに笑って、鞘を鳴らす髭切を、膝丸が眉根を寄せて見やる。
 「だから、斬ってはいかんというのに、兄者。
 あれでも一応、我らの主だ」
 「一応って・・・」
 不満顔で、歌仙が膝丸を睨んだ。
 「名だたる名刀に侮られないよう、厳格な主たれと導いた僕の力不足だと仰せか?」
 主を侮ることは自分を侮ることだと、憤然とする歌仙に膝丸は素直に頭を下げる。
 「すまん。
 そんなつもりではなかった」
 「僕としてはむしろ、髭切殿に斬るべき鬼だと言われた方が褒め言葉ですよ」
 「だよねーv
 ホラホラv やっぱり鬼だってv
 得意顔でつついてくる兄に、膝丸はため息をついた。
 「じゃあ僕、天守でゲームしている子達にお昼持っていくから、歌仙くん、こっちお願いね」
 言い置いて、一旦厨房に戻った光忠は、配膳棚に皿を入れてから天守へ向かう。
 「みんなー。
 お昼だよー」
 声をかけるが、誰も振り向いてくれなかった。
 大音量の音楽と銃声に歓声が沸き返り、光忠の存在にすら気づかない。
 吐息した彼は、音響機器の傍にあったマイクを取り上げた。
 「みーんなー♪
 ごっはっんっだーよぉぉぉぉぉぉぉ♪」
 響き渡る美声に、ようやく皆が振り向く。
 「兵糧だな!」
 Clearの文字が踊る画面を背景に、同田貫が銃を置いた。
 「同田貫さん、さすがだねぇ。
 私はやっぱり、こういうものは苦手だな」
 拍手する石切丸の隣で、蛍丸が笑い出す。
 「石切丸ってば、のんびりなんだもん。
 大ぬさの動きじゃ、銃なんて撃てないって」
 「せやで、石切丸はん。
 大事なんは、動体視力と反射神経や。
 ちらっと見えた瞬間に撃たんと!」
 こうや!と、デモ画面に向けて銃を向ける明石の動きにまた、石切丸が感心した。
 「素早いね、明石さんは。
 太刀とは思えないよ」
 「早さなら俺も負けてはいないぞ!
 明石!
 もう一度勝負しろ!」
 マイクがなくても部屋中に響き渡る大包平の大音声に、蛍丸が肩をすくめる。
 「もう何回負けてるのさ。
 いい加減、他の奴にも譲りなよ」
 大人気ない、と、ここで最も小柄な蛍丸に言われて、大包平の顔が朱に染まった。
 「なっ・・・なんと言われようが、俺は勝つまでやめんっ!
 さぁ!明石!!」
 銃を突きつけられた明石が、面倒そうにあくびする。
 「ほんならあんたはんの勝ちでよろしいわ。
 自分は腹減ったんで、光忠はんのおいしいお昼、いただきます」
 と、光忠を見やると、気の利く彼は既に広卓に軽食を並べていた。
 「はいはーいv
 明石くん、お茶は煎茶とほうじ茶、どっちがいい?
 冷たい麦茶もあるよ!」
 「ほんなら、冷たいお茶をいただけますか。
 えらい動いたんで、喉が・・・」
 「逃げるな!
 俺が勝つまで勝負しろ!!」
 背後から肩を掴まれ、うんざりとした顔を大包平へ向ける明石の傍に、蛍丸が寄る。
 「とっくに勝負はついたでしょ。
 そろそろ俺にもやらせてよ。
 俺だって国行と勝負したいのに、お前のせいで飽きちゃったじゃん」
 ぎゅっと抱き着くと、途端に明石の顔がとろけた。
 「蛍丸とならいつでも遊ぶでv
 ちょっと休憩したら、国俊と三人でゲームしよv
 「だから!
 先に俺と勝負しろと言っているだろう!
 この大包平、遊びであっても負けるわけにはいかん!」
 しつこい彼に、蛍丸が舌打ちする。
 「自分で大きいって言う奴は大抵、器がちっさいよね」
 よく通る声に、場が凍りついた。
 それだけでなく、配膳の手伝いをしていた大倶利伽羅が壁に懐いて、動かなくなる。
 「蛍くんっ!
 うちの伽羅ちゃんまでダメージ受けること言わないでっ!
 伽羅ちゃん、しっかり!
 伽羅ちゃんは出来る子だよ!」
 必死に慰める声にしかし、別の陰気な声が上がった。
 「いや・・・きっとその通りだ・・・。
 俺なんかが・・・三日月殿や数珠丸殿と並ぶとはおこがましい・・・」
 「しっかりして、大典太さん!
 大典太さんはカッコイイよ!さすが天下五剣だよ!!」
 「そうですよ、大典太様」
 「僕ら前田家の誇りです」
 平野と前田もすかさずフォローする。
 と、
 「やれやれ」
 部屋の隅で茶をすすっていた鶯丸が、苦笑して立ち上がった。
 「こいつの馬鹿は見ていて飽きないが、迷惑をかけては申し訳ない。
 大包平、勝負は次の機会にして、そろそろ子供らに譲ってやれ。
 さもないと・・・」
 にこりと、笑みを蛍丸へ向ける。
 「我が本丸最強の大太刀殿が、手合わせを挑んで来るぞ」
 「あぁ、それいいね。
 本気で・・・殺る?」
 蛍色の瞳を、猫のようにきらめかせた蛍丸の笑みに、大包平は顔を引き攣らせた。
 言葉を失った彼に鼻を鳴らし、蛍丸は明石を見上げる。
 「お昼食べたら俺と勝負しよ!」
 「ええでv
 蛍丸は強い子やから、負けてしまうやろうけどなぁv
 「へへっv
 国俊!国俊も!」
 「いいよ、俺は!
 こっちで忙しいから!」
 そういう愛染は、大包平の大音声も聞こえなかったかのように太鼓に向かい続けていた。
 最後の連打を終え、固唾を飲んで結果を見つめる。
 「っしゃあ!最高得点!!」
 両のこぶしを振り上げて歓声を上げる愛染に負けた清光が、意地悪く唇を曲げた。
 「自己ベストでしょ。
 歴代最高得点はまだ、太鼓鐘じゃん」
 ばちの先でディスプレイを指す彼に、安定が苦笑する。
 「もー。
 負けて悔しいからって、意地悪言うのやめなよー」
 「では!
 真打登場と参りましょうか!」
 得意げな声をあげて、鳴狐がばちを掲げた。
 「狐の名にかけて、音曲で負けるわけには参りませぬ!
 小狐丸様も御照覧あれ!」
 「ここにはいないけどね」
 にこりと笑って、安定がばちを握る。
 「キヨの仇討ちだよ!」
 「死んでないし、俺が負けたの愛染だし」
 むっとした清光が口を尖らせた。
 「ノリだよ、ノリ!
 いっくよー!おらぁ!!」
 安定がばちを太鼓に叩きつけると、歓声が上がる。
 その中で、浮かない顔をした五虎退がそっと光忠に歩みより、彼の袖を引いた。
 「あ・・・あの、光忠さん・・・。
 亀甲さんのことは・・・どう・・・なりましたか・・・?」
 消え入るような声にもかかわらず、皆の意識が彼の問いに集中する。
 そうと知りつつ、光忠は首を振るしかなかった。
 「まだ意識は戻らないようだね。
 探偵団も、調査から戻ってはいないよ」
 「そ・・・そう・・・ですか・・・」
 「内憂か外患か、気になるところよな」
 とは言いながら、楽しげな口調の小烏丸が微笑む。
 「外敵であれば、存分になぶってやるが、この本丸内のことである以上、それは考えにくいのであろ?」
 「ええ。
 ここは外と隔絶された場所ですから、それはないことかと」
 弟達の姿をホームビデオにおさめていた一期一振が、困り顔を向けた。
 「やれ困った。
 身内をなぶれば、主に叱られてしまう。
 あの御仁が唯一我らに命じたのは、主の刀剣を壊すな、だからな」
 「細かい掟を並べたりしない主、すごくいいと思うんだけど・・・こういうことがあると、もうちょっと規則があってもいいよね・・・」
 不安げな顔で、包丁が一期一振に縋る。
 「打刀の亀甲がやられたんだもん・・・短刀の俺達なんか・・・」
 「え・・・?
 それって・・・ボク達も狙われるかもしれないってこと?」
 不安げに、乱も一期一振に縋った。
 「こ・・・こわいです・・・!」
 震える五虎退を、光忠が撫でてやる。
 「あるじさまがいれば・・・こんなこと、ぜったいにありませんでしたよね・・・」
 怯えて寄り添って来た今剣を、岩融が抱き上げた。
 「そうだな。
 掟こそ少ないが、あの厳しい目の前で悪ふざけなど、できはしないからな」
 「今日は・・・まだ戻らないんだよな」
 「ああ。
 明日の夜だな」
 困り顔の厚に薬研が頷くと、博多がいらだたしげに舌打ちする。
 「本陣が余計なことしてからくさ!
 審神者全員参加とか言うけん、温泉もキャンセルされてから、損したばい!」
 「そっちかよ!」
 呆れる後藤に、博多は深く頷いた。
 「早めに連絡の来たけん、キャンセル料も取れんかったっちゃが!
 せめてそれくらいは本陣に請求してもよかろうか」
 早速電卓を出す博多の、いつもと変わらない様子に、幾分か場も和む。
 「念のため、短刀は一人にしない方がいいかもな」
 マイペースに握り飯を頬張っていた同田貫が言えば、一期一振も深く頷いた。
 「明石さん、そちらも」
 「そうですな。
 愛染、蛍丸も。
 今日は自分から離れたらあかんで」
 「俺は平気だよ!」
 気丈に笑う蛍丸の頭を、石切丸が撫でる。
 「蛍丸、今日は明石さんの言う通りにした方がいい。
 もしかしたら、力でどうにか出来る相手ではないのかも知れないしね。
 ・・・いや」
 皆の不安げな視線を集めた事に気づいて、石切丸が首を振った。
 「悪い気配があるわけじゃない。
 逆に、そういう気配がないのに、このような事件が起こってしまった。
 だからこそ、気をつけた方がいいと思うんだ」
 「そうだね・・・。
 キヨ、今日はみんなで一緒にいよ。離れにいる刀達も、母屋にいた方がいい」
 いつの間にかばちを置いていた安定に言われて、清光は頷く。
 「じゃあ、離れの連中と、左文字にも言っておかなきゃね。
 母屋には十分部屋があるし、大きい連中は広間にでも集まって、宴会でも寝ずの番でもやってればいいよ」
 「短刀もだが、脇差も心配だな・・・。
 浦島、主が帰るまで、俺から離れるなよ」
 「蜂須賀兄ちゃん・・・」
 頷いて、兄に抱き着く浦島を見やったにっかりが、目を輝かせた。
 「じゃあ僕は、石切丸様と一緒にいようかな!」
 「いいよ。
 むしろ、私が守られる側かもしれないけれど」
 「ふふふv
 こうなったらむしろ、楽しみだねぇv
 次は誰が狙われるんだろうv
 にっかりが、悪気なく放った言葉に短刀達が怯える。
 「おっと、ごめんごめん」
 笑い出したにっかりに、光忠がため息をついた。
 「長谷部くん達、犯人見つけてくれたかな・・・」


 その頃、城内の三の曲輪に下りた探偵団は、亀甲が倒れていた場所を検分していた。
 「それで・・・っなにを・・・探すんだ?」
 俊足の刀達にようやく追いついた御手杵が息を切らしつつ問うと、獅子王が首を捻る。
 「犯人の痕跡かな?
 わかりやすいのは、髪の毛とかじゃないか?」
 「なるほど、それはわかりやすいな」
 長谷部にじろりと睨まれた鯰尾と鶴丸が、頬を膨らませた。
 「なんで俺達を見るかな!」
 「白い髪なら、他にもいるぞ!
 骨喰だってそうだろう!」
 「俺はこんなことしない」
 きっぱりと言った骨喰が、花の散らばる地面へしゃがみ込む。
 「これは・・・ヒナゲシか?」
 橙色の花を取り上げた骨喰に、鯰尾が慌てた。
 「骨喰、手袋越しでも触って大丈夫?!
 それ、毒があるんじゃ・・・」
 「いいや」
 言って、長谷部が首を振る。
 「毒があるのはケシだ。
 ヒナゲシは、見た目こそ似ているが、毒はない」
 「それ、俺も歌仙に言われた」
 ぷくっと、太鼓鐘が頬を膨らませた。
 「あいつは麗春花って呼んでたけど。
 毒があるって聞いたから藤棚まで運んだのに、馬鹿にされたっ!」
 「毒があるって・・・それ、僕も聞いた。
 この花には毒があるから、不用意に触っちゃダメだって・・・亀甲に」
 物吉の言葉に、鶴丸が眉根を寄せる。
 「つまり亀甲も、この花に毒があるって思い込んでいたってことか。
 ケシと勘違いしていたんなら・・・その香りで深い眠りに落ちる、って話を真に受けた、とか?」
 「へ?
 ケシってそうだっけか?」
 鶴丸に言った獅子王の隣で、御手杵が首を振った。
 「ありゃ、実から取り出した液で阿片を作るもんだろ」
 「そうなのか?
 亀甲は確か・・・ケシの花の香りは、眠りを誘う効果があるって。
 そのまま目覚められなくなるから、あんまり近くにいちゃいけないって」
 なぁ?と、太鼓鐘が見やった物吉も頷く。
 「どうせ儚くなるなら、花の香りに包まれて眠るのが素敵だとかなん・・・とか・・・」
 はっとして、物吉は自分を見つめる刀達に首を振った。
 「やっぱり、自作自演だったんだ」
 「自損自傷か」
 意地悪く笑う鯰尾と冷たい目をした骨喰に、太鼓鐘も首を振る。
 「あいつは馬鹿だけど、主の意向に背いて自決なんかしない!」
 「でも、自分で言ってたんだろ?」
 だったら決まりなんじゃ、と疑う獅子王にまた、二人して首を振った。
 「それは・・・っ亀甲の冗談です!」
 「あいつ、そういう冗談、よく言うし・・・!」
 「ああ。俺は信じるぞ」
 きっぱりと言った鶴丸を、貞宗達は縋るような目で見つめる。
 「それに一人では無理だと、最初から言っているぞ、俺は」
 長谷部も言い添えて、地面を見つめていた顔を上げた。
 「雨が降っていれば足跡もあったかもしれんが、乾いた石畳ではさすがに残らないか」
 「証拠は無しか。
 じゃあ、亀甲が目を覚ますまで待つしかないな」
 「目を・・・覚ますかな」
 御手杵の言葉に小首を傾げた鶴丸へ、皆の目が集まる。
 「お前達も心当たりはないか?
 強い思い込みは、時に昏睡や死をも招く。
 戦乱の世では、身体より心が先に死ぬことなんて、よくあったことだ。
 亀甲がもし、ケシの香りに昏睡を招く効果があると信じて、それに包まれたら死に至ると強く思い込んでいたなら、とても危険だ」
 「僕っ・・・!」
 物吉がきびすを返した。
 「手入れ部屋に行きます!
 亀甲を起こさなきゃ!」
 「俺も!
 二人して騒げば、いくら亀でも起きるだろ!」
 「それが早いかもな」
 二人の後を追う鶴丸を見送って、獅子王はうんっと伸びをする。
 「じゃあ俺、犯人がわかるまで、皆とゲームしてよーっと」
 「じっちゃんの名にかけて、犯人見つけるんじゃなかったのか?」
 御手杵のからかい口調に、獅子王は苦笑した。
 「俺のじっちゃん、探偵じゃなくて武人だった」
 「今更?」
 くすくすと、鯰尾が笑い出す。
 「俺も飽きたから、ゲームしよっとv
 いこ、骨喰v
 「ああ」
 「お前達!いい加減だな!」
 長谷部が怒鳴るが、既に皆、きびすを返した後だった。
 「・・・っ勝手な奴ばかりだ!」
 舌打ちしたものの、確かにここには、物証らしきものもない。
 「主が・・・お帰りになるまでに犯人を見つけなければ!」
 それには亀甲を叩き起こして尋問するのが早いと、長谷部もまた、手入れ部屋に向かった。


 ・・・不安な気配に満たされたまま、本丸の日は暮れた。
 兄達からは傍を離れるなと言われていたが、どうしても・・・行きたい場所がある。
 枕を抱きしめ、足早に回廊を渡った小夜は、主不在の御座所に、更には奥の寝所へ入った。
 そっと襖を閉めると、暗い部屋の中には主が普段、使っている香料と、薬研が持ち込む薬が混じり合った匂いに包まれる。
 その匂いにほっとした小夜は、布団を取りだそうと押し入れを開けた。
 途端、
 「ひゃっ?!」
 「ひっ!!」
 押し入れの中に潜んでいた秋田と目が合い、互いに悲鳴を上げる。
 「さ・・・小夜くんも、主君に・・・?」
 問われた小夜は、真っ赤な顔で頷いた。
 「こ・・・怖いときは・・・いつも主が・・・」
 添い寝してくれたから、と、声を詰まらせる小夜に、秋田の肩越し、乱が頷く。
 「うん・・・つい、来ちゃうよね」
 「僕も・・・」
 「まだ出てきた?!」
 五虎退までもがいた事に、さすがの小夜も驚きの声を上げた。
 「と・・・虎は?」
 「ご・・・御座所にいま・・・す」
 暗くて気づかなかったかと、小夜は自身の動揺振りに気づいてまた顔を赤くする。
 と、いきなり襖が開き、驚く目の前で、やはり驚き顔の今剣が固まった。
 「み・・・みんなもきていたんですね・・・」
 暗い部屋の中でもわかる、恥ずかしげな顔に乱が吹き出す。
 「今夜はみんな一緒に寝よ。
 ずっと前の、雷の夜みたいにさ」
 この本丸が出来たばかりの頃、まだ頼るべき兄達はなく、夜は恐ろしい時間でしかなかった。
 更に、鋼である彼らにとって雷はこれ以上ない恐怖の対象であり、それを恐れない主は誰よりも頼りになる存在だった。
 怯える彼らに付き添ってくれた主の事は、今でも強く心に残っている。
 「あるじさまがいないから・・・きょうは、あるじさまのおふとんでねたいです」
 「ぼ・・・ぼくも・・・」
 「はい。そうしましょう」
 今剣と五虎退に頷いた秋田が、ようやく押し入れから出てきた。
 「明日、ちゃんと干しちゃえば平気だよね!」
 続いて出てきた乱が、布団を引っ張り出す。
 「今日は久しぶりに、今ちゃん、小夜ちゃんとお泊り会だよ!」
 「えへへv たのしいですね!」
 「うん・・・」
 今剣に小夜が頷いた時、
 「それはなによりだけどね」
 襖が開いて、歌仙が顔を出した。
 「せめて、兄達には行き先を言ってから部屋を出るべきだね」
 「お前達・・・黙っていなくなったら心配するだろう!」
 「お小夜!!無事でしたか!」
 「今剣!勝手に消えてしまって!!」
 襖を乱暴に開け放ってなだれ込んできた兄達と岩融に、短刀達は首をすくめる。
 「ここなら・・・安心だと思って・・・」
 気まずげに枕を抱きしめる小夜を、宋三が厳しい目で見下ろした。
 「僕達の傍よりもですか?
 江雪兄様が取り乱すほど心配したというのに。
 ・・・僕もですよ」
 「無事で良かった・・・!
 歌仙殿が、おそらくここだろうと教えてくださらなければ、本丸中を探し歩くところでしたよ」
 「ごめんなさい・・・兄様・・・」
 かつて主がしてくれたように、ぎゅっと抱きしめてくれる兄の腕に、小夜は顔を埋める。
 「私だって心配したよ・・・。
 なにしろ、三人もいなくなるのだから。
 私では、お前達の不安を拭うには力不足だったのかな・・・」
 うなだれる一期一振に、弟達は慌てて縋った。
 「ごめ・・・ごめんなさい、いち兄・・・!」
 「そんなつもりは・・・ただ、こんな時は主君の部屋にいたいな、って思っちゃって・・・」
 「ごめんなさい・・・」
 「今剣も、俺では頼りなかったか?」
 目の前にひざまずいた岩融の、真剣な顔に今剣は慌てて首を振る。
 「そんなことありませんよ!
 ぼく・・・しんぱいをかけるつもりなんて、ぜんぜん・・・!」
 「わかっているよ。
 君達が怖い思いをした時に、真っ先に頼りたくなるのは主だってことはね」
 そう言って、歌仙が微笑んだ。
 「それは考えるより先に、身体が動いてしまうようなものだよ。
 そう、主に刷り込まれてしまったのだから、兄達は信用されてないとか、頼りにされてないなんて、気に病まないことさ」
 あえて軽い口調で言った彼は、短刀達へも微笑む。
 「でも今後は、主より自分達の保護者を頼るんだね。
 彼らのためにもさ。
 来派や伊達は、そうしているよ?」
 「はい・・・」
 神妙な顔で頷いた短刀達に頷き返し、歌仙は手を打った。
 「さあ、もう自室でお休み。
 ここは僕が片付けておくから」
 「よろしいので・・・?」
 遠慮がちな一期一振にも、歌仙は頷く。
 「少し用事もあるのでね。
 気にしないでくれ」
 言いつつ、押し入れから衣装盆を取り出す歌仙へ一期一振は一礼した。
 「弟達の居場所を教えてくださいまして、ありがとうございました」
 「俺からも感謝する!」
 「我らからも・・・いつも、お小夜を気にかけていただきまして」
 一斉に頭を下げられた歌仙は、笑って首を振る。
 「これも、第一刀の役目だろうからね」
 さぁ、と再び促して、ようやく一人になった歌仙は、主の衣装を取り出した。
 「第一刀の役目か・・・。
 思っていたより、多いものだね」


 その頃、手入れ部屋ではようやく・・・亀甲が目を覚ました。
 「亀甲!!」
 「お前、さっさと起きろよ!」
 泣き縋って来る兄弟達を、亀甲は不思議そうに見つめる。
 「なにかあったのかい?
 ・・・イタタ。
 また、目を開けたまま寝ちゃったかぁ」
 乾いて痺れる目を瞬いた亀甲は、呑気なことに、うんっと伸びをした。
 「僕の悪い癖だよねぇ。
 君達以外に寝顔を見られちゃ恥ずかし・・・」
 「そんなことより!!」
 亀甲の言葉を遮って、物吉が身を乗り出す。
 「お前を襲ったの、誰?!」
 太鼓鐘にまで迫られて、訝しげな顔をした亀甲は、のろのろと身を起こした。
 「襲った?
 え?なんのことかな?」
 「お前、三の曲輪で縛られて転がされてたんだよ!」
 三日月達がひどく怯えた事まで話すと、亀甲はようやく思い出したとばかり、手を打つ。
 「ということは、ドッキリ成功したんだねぇ!」
 「ど・・・」
 「ドッキリ・・・?」
 目を丸くする二人に、亀甲はあっさりと頷いた。
 「畑仕事の後、シャワールームで僕が、湯上がりの肌に紅い縄で・・・」
 「気色悪い自己陶酔ポエムは省略して、聞かれた事だけ答えろよ」
 一息に言った太鼓鐘の冷たい視線に、嬉しげに頬を染めて、亀甲は宙を見上げる。
 「誰にも見られちゃいけない、官能の時間を過ごしていたら・・・どうやら僕、鍵をかけ忘れたらしくて、村正くんが入ってきたんだよねぇ」
 「・・・っ変態の邂逅 ・・・だと?!」
 「混ぜるな危険!!」
 声を引き攣らせる太鼓鐘の隣で、物吉も青ざめた。
 「あぁでも彼、話せば中々通じ合える刀だったよ?」
 「だから会わせたくなかったんだよ!察しろよ!」
 今まで、できる限り傍に置かないように気を使ったのにと、嘆く太鼓鐘を物吉が宥める。
 「そ・・・それで・・・?」
 どうなったのかと、聞きたくもないことを尋ねる物吉に、亀甲はにこりと笑った。
 「ご主人様がいる時には絶対に出来ない悪戯をしないか、って持ち掛けられたんだ。
 もちろん、即OK!」
 「するなよ!
 三日月と数珠丸がどんだけダメージ食らったと思ってんだ!」
 「僕らも・・・だよ・・・!」
 しくしくと泣き出した物吉を、太鼓鐘が慰める。
 「そんなに泣くことかなぁ?
 白い肌を紅い縄で彩られた僕が、ケシの花びらに覆われて眠りに就く様なんて、それこそ歌仙の言う、一幅の絵のような姿じゃなかったかい?」
 「あぁ、それな・・・」
 深々とため息をついて、太鼓鐘が眉根を寄せた。
 「あの花はケシじゃなくてヒナゲシだし、毒はないし、丹精した花をちぎった奴はぶち殺す、って、当の歌仙が言ってたらしいぜ」
 「え・・・えぇー・・・」
 さすがに青ざめた亀甲に、物吉が深いため息をつく。
 「明日・・・皆さんに謝りましょう」
 困った兄弟の存在に、自身が儚くなりそうだと、ふらつく彼を、太鼓鐘が慌てて支えた。


 ―――― 翌朝、事の顛末を知らされた一同は、怒る者、呆れる者からほっとする者まで様々だった。
 「・・・では、亀甲と村正には後で、僕と手合わせしてもらおうかな」
 殺る気に満ちた歌仙には、長谷部でさえ口を出せず、代わりに兼定が進み出る。
 「俺も付き合うからよ、まぁ・・・やり過ぎないようにな!」
 何かあれば止めようと、目配せする兼定には堀川もこくこくと頷いた。
 「なんにせよ、犯人がわかって良かったよ。
 三日月さんと数珠丸さんも、そろそろダメージは・・・」
 あえて明るい口調で言う光忠の見やった先では、まだ青い顔をした二人が、大典太から労られている。
 「うーん・・・これは、許してもらえるまで謝るコースかな?」
 「申し訳ありませんっ!!」
 蜻蛉切の大音声に、御手杵が苦笑した。
 「蜻蛉切が謝る事じゃないだろ。
 ・・・しかし、村正だったかぁ」
 「huhuhuv
 驚きました?」
 楽しげに笑う村正を、畳に伏したまま蜻蛉切が睨みあげる。
 「お前も謝らんか!!」
 「あら、デモ・・・」
 蜻蛉切の怒号を柳に風と受け流し、村正はまた、嬉しげに笑った。
 「皆さん、ワクワクしたでしょう?」
 「少しは悪びれろ!!」
 「まあ、探偵ごっこはちょっと楽しかったけどな」
 呑気な獅子王に頷いた鯰尾が、長谷部へとむくれ顔を向ける。
 「俺らの他に、この二人も加えてよね、長谷部さん!」
 疑われ続けた事への文句を言ってやると、長谷部が忌々しげに睨み返してきた。
 「何を得意げに!
 お前達も日頃の行いを正せ!」
 「はぁ?!何、開き直ってんだよ!
 鶴丸さん!
 あんなこと言ってるよ!起きて!!」
 光忠の肩に頭を預けて寝ていた鶴丸が、甲高い声に薄く目を開ける。
 「・・・次はどこの酒開けるって?」
 「宴会はとっくに終わったよ、鶴さん」
 くすくすと笑って、光忠は隣でうなだれる太鼓鐘の頭を撫でてやった。


 事件も片付き、主が帰るまで羽を伸ばそうと、皆が思い思いに過ごす中。
 曲輪に放した馬の世話を終えて本丸に戻った長谷部は、出立の間へ続く回廊を行く歌仙を見て眉根を寄せた。
 今は涼しい顔をしているが、亀甲と村正を散々なぶった挙げ句、重傷を負った彼らを手入れ部屋に蹴り込んだ時の形相は、化生したかと疑う恐ろしさだった。
 「花一つの事で、あそこまで怒れるものなのか」
 天下一気が短いと言われた元の主の影響か、道場での激昂ぶりは戦場でのそれを凌駕していた。
 歌仙の怒りに震えるばかりで、声も出せなかった兼定と堀川の、意外な不甲斐なさにも改めて苛立ち、きびすを返そうとした時。
 「え?!」
 出立の間からまろび出て来た主の姿に、長谷部は目を丸くした。
 「あ・・・主・・・!」
 まだ日は高いのにと、戸惑う声が届く前に、主は控えの間・・・昨日、長谷部達が調べた部屋へと駆け込む。
 唖然と見ていると、閉ざされた戸の前で、歌仙が声をあげた。
 「おかえり。着替えを持ってきたよ。
 入ってもいいかな?」
 その言葉で、長谷部は彼が、衣装盆を持っていた事に気づく。
 なんとなく声をかけそびれて、こっそりと見つめる中、戸に『使用中』の札をかけた歌仙は、内側から細く開いた戸の隙間を抜けた。
 「ど・・・どういう事だ・・・?」
 主の帰還が早まったのなら、まずは近侍である自分に連絡が入るはずだ。
 しかし、懐から取り出した端末を見ても、そんな連絡は来ていなかった。
 「歌仙には・・・連絡が・・・」
 着替えを持って来た、と言うからにはそうなのだろう。
 「主は・・・俺よりも歌仙を信頼しているのか・・・」
 第一刀なのだから、当然とは思うが、納得は行かなかった。
 悪いとは思いつつも、長谷部はそっと控の間に歩みより、戸の向こうへ耳を澄ませる。
 と、中からは歌仙の声が、嫌にはっきりと聞こえた。
 「あぁ・・・汗だくで化粧は流れているし、髪も衣も酷い有様じゃないか。
  息せき切って戻らなくても、本丸は焼け落ちたりしていないよ。
 湯でも浴びて、身なりを整えておいで。
 そんな姿で御座所に向かえば、どこの山女だって、山姥切に斬られてしまうからね。
 まったく、予想はしていたけれど、本当に土気色の顔色で戻って来るなんて。
 せめて顔色が良く見えるように、淡いくちなし色の友禅を用意したから、隙なく着付けておいでよ。
 本陣ではどうせ、まともに寝食できなかったんだろう?
 ただでさえ、君の身体が弱いことは僕らにとっての懸念事項なんだから、せめて心強くいておくれ」
 ほとんど一息に言った歌仙の長台詞に、思わず呆れる。
 彼の説教が長いことはよく知っているが、相手に反駁すら許さない勢いはまるで、津波のようだ。
 主とて、飲み込まれるしかない。
 「そら、本丸が焼け落ちて嘆くならともかく、安心して泣くことはないだろうに。
 僕は君を、そんな主に導いた覚えはないよ。
 僕が仕えるにふさわしく、皆の前では冷酷な主でいるんだよ。
 能面のように表情も消しておいで。
 せっかく皆に、残酷で容赦のない気性だという印象を植え付けたのだから、壊さないでおくれよ。
 古い方々に侮られたくなければね。
 髭切殿に、斬るべき鬼だと思われているくらいで丁度いい」
 「え・・・?」
 思わぬ言葉にわずか、声が漏れた。
 慌てて口を塞ぎ、眉根を寄せる。
 「―――― 主の冷酷さは、元よりの性格だと思っていたが、歌仙が仕組んだこと・・・だと?」
 「いいえ?
 素質は十分あられましたよ?」
 「っ?!」
 口を塞いでいなければ悲鳴を上げていた。
 「こ・・・小狐丸・・・!いつの間に・・・!」
 「ぬしさまが戻られた気配が致しましたので、お迎えに」
 いつの間にか背後にいた小狐丸が、にこりと笑って長谷部の耳元に囁く。
 「ぬしさまより、帰還のご連絡がなかったからとて、お気に召さるな」
 「んなっ?!なぜそれを・・・!」
 いつから見ていたのかと、焦る長谷部に彼は、くすくすと笑った。
 「ぬしさまは、歌仙殿へしか帰還のご連絡をなさいません。
 ゆえに私は、気配を察することに長けてしまいました。
 耳を澄ますことにも・・・」
 小狐丸が、笑みを浮かべた口を閉ざすと、中では変わらずの勢いで歌仙が話している。
 「なにもなかったよ。
 悪戯者が少し羽目を外したけど、大したことはない」
 「何もない、とな」
 くすりと笑う小狐丸の傍らで、長谷部が頭を抱えた。
 「あいつ、二人を重傷にして手入れ部屋へ放り込んだじゃないか・・・」
 『主の刀剣を壊すな』と止めに入った刀達へ、『その主を導いたのは僕だ。何か文句でも?』と言い放った時の形相は、さぞかし短刀達の夢を苛むことだろう。
 「・・・あぁ君、これは聞かなかった事にしてくれ。
 君が留守を任せたのは長谷部なのだから、彼から報告を受けるべきだ。
 彼の顔を潰さないように、初めて聞いた振りをするんだよ。
 お前に留守を任せたのだから、何の心配もしていなかった、って顔をしておいで。
 もちろん、完璧に身なりを整えてからだよ。
 涼しい顔をして、今帰った風を装っておいで」
 「・・・中々に、気を使われる方でしょう、歌仙殿は?」
 凍りついたように動きを止めた長谷部に、小狐丸が微笑んだ。
 「ぬしさまも、歌仙殿と似た方であられます。
 お二人はまず、ここで打ち合わせをされ、更にぬしさまは身なりを整えてから御座所に戻られます。
 全ては、我らに気を使ってのことかと」
 確かに、予め留守の間のことを聞いていれば、今回のような事件があっても、落ち着いて報告を受け、対処もできる。
 そうやってあの二人は、この本丸をまとめてきたのだ。
 「・・・小狐丸。
 俺の主は、大した目利きだな」
 よくぞ彼を第一刀に選んだと、やや悔しさを滲ませた笑みを浮かべる彼に、小狐丸は頷く。
 「えぇ、我がぬしさまは、お見事であられましょう?」
 自慢気に言った彼は、しかし、小首を傾げた。
 「歌仙殿は少々、お小言の多いところがあられますが」
 苦笑する彼の耳に、やや声を荒らげた歌仙の声が響く。
 「疲れているだろうけど、せめて短刀達が寝るまでは平然としていたまえよ、君。
 倒れることは許さないからね。
 そして、明日までは近侍を変えないこと。
 今、変えれば、長谷部に不手際があったように見えるからね。
 小狐丸が拗ねるかもしれないが、負けずにうまく立ち回りたまえよ」
 「・・・余計なお世話でございますねぇ」
 「そうか・・・それで」
 妖しく笑みを深める小狐丸の傍らで、長谷部が小さく頷いた。
 「ずっと・・・不思議だったのだ。
 主はとても時間に厳しく、時には秒刻みで戦場での行動を制御する。
 そういう性格なのだと思っていたが・・・」
 長谷部が周りを見渡しても、今、この付近には、彼らの他には誰もいない。
 主は時間を制御することによって、誰もいない『場所』を作り、他の刀剣達に知られることなく歌仙と情報交換をしていたのだ。
 「ここは、見ざる聞かざるでございますよ」
 そっと、小狐丸が囁く。
 「人の目がある場所では、憚られる話もありましょう。
 お二人で茶室に篭もられるのも、時に茶番の香りが漂うことが」
 「主がやりすぎた時の、叱られる振り、か」
 苦笑して、長谷部はそっと踵を返した。
 「では俺も、知らぬふりで報告を差し上げよう」
 できるかどうか・・・と、自身の頬を撫でる彼に小狐丸も頷く。
 「私も本日は、部屋に戻りましょう。
 お支度に少々、暇が要りそうです」
 未だ聞こえる歌仙の説教に軽く吐息し、小狐丸もまた、長谷部の後に続いた。


 「・・・おんせん・・・やど・・・さつじん・・・じけん。
 温泉宿・・・殺人事件!
 あぁー!!なんてことだ、俺としたことが!!!!」
 「鶴さん!暴れないで!」
 畳の上を端から端までゴロゴロと転がって悔しがる鶴丸に、光忠が声を上げた。
 「だって!!主のやつ!!
 温泉宿があるのに、なんで三の曲輪なんだって、鼻で笑ったんだぞ!!
 どうせなら、温泉宿殺人事件で推理ゲームするくらいの頭はあると思っていた、って!!
 ぅおおおおおおおおおおおおお!!!!」
 「鶴さん!うるさい!」
 月に向かって吠える鶴丸をまた叱りつけるが、ちっとも聞こうとしない。
 「こうなったら、ゲーム大会と一緒に推理ゲーム大会やるぞ!!
 温泉宿を利用して、鶴舞う雪景色の露天風呂!湯けむり殺人事件!」
 「もう初夏だ」
 冷たい口調で、大倶利伽羅が口を挟んだ。
 「ぅ〜〜じゃあ!菖蒲湯に込められた呪いのメッセージ!
 血に染まる露天風呂!!」
 「やめてよ、誰が掃除すると思ってるの。
 鶴さん、絶対やらないでしょ、お片付け」
 ダメダメ、と首を振る光忠の前を、また鶴丸が転がっていく。
 「〜〜〜〜水面に映る呪われし風景!悲しき生き別れの兄弟が奏でる死の・・・太鼓っ!!」
 「それおもしれーわ。がんばれよ」
 思いっきり白けた声の太鼓鐘に、鶴丸がむくれ顔を向けた。
 「冷たいな、お前ら!
 俺のこの!悔しさを慮れよ!!」
 「悪いけど・・・俺、今回の事件でもう、お腹いっぱい・・・・・・」
 青い顔をした太鼓鐘が、中庭越しに御座所を見やる。
 「俺も・・・短刀団子作ってこようかな」
 不安な夜を過ごした短刀達は今、主の寝所に集まって、お泊まり会を開催していた。
 そこでは寝相の悪い短刀達が重なって、主が『短刀団子』とからかう塊ができるらしい。
 じっと遠くを見つめる太鼓鐘の頭を、光忠が撫でてやった。
 「じゃ、物吉くんも誘って、僕らで伊達団子作ろうかv
 「・・・〜〜〜〜みっちゃあああん!!!!」
 「はいはい、大変だったね」
 抱きついて来た太鼓鐘を、光忠はぎゅっと抱きしめる。
 「・・・生き別れた親子の」
 「鶴さん、もういいから」
 寝なさい、と叱られて、鶴丸は頬を膨らませた。



 了




 










蓮の葉がまだ浮いてもいなかった5月に書き始めて、5月中に仕上げたかったんですが、もう6月も終わりです;;;
なんとか・・・7月になる前に終わってよかった・・・。
2時間サスペンスまで書いてやりたかったんですが、さすがに長くなるし、時間かかるので今回は変態の邂逅までです。
紅葉城簡略図は、こちらをどうぞ→

戦SS書いた時の使いまわしですが(笑)
・・・なんか、本当に頭の悪い話で申し訳ないです;
歌仙の説教シーン書いている最中、めっちゃ歌仙ドロップしてしまって、本気で怖かったです(笑)
ちなみに、推敲中のBGMは明石の近侍曲でした。
・・・良くないことが起こる!













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