* 087 嘘吐き *
新しい年を迎え、様々な年始行事も一段落したある日の事である。
久しぶりに、ビネ・デル・ゼクセの実家に戻ったクリスは、単身赴任先から帰省中のナッシュに厨房を任せ、のんびりと休暇を楽しんでいた。
が、その日、貴族の食卓にふさわしい、優美なテーブル上に出されたものに、クリスはしばし絶句した。
「雑草が浮いている・・・!」
「何が雑草か、このお姫様育ちガ!」
愕然と呟いた途端、鋭い突っ込みを食らって、クリスはぎり、と眉根を寄せた。
「では、これが野菜だとでも言うのか!」
憤然と、クリスが示した椀の中には、とろりとした粥に混じって、貧相な草が浮いている。
「家計費が尽きたなら尽きたと、そう言え!」
雑草でごまかすなど、言語道断!と、憤るクリスに、ナッシュは深く嘆息して肩をすくめた。
「ゼクセンには、七草粥という習慣のないことがよっく分かったよ」
「なんだ、その、馬鹿にした物言いはっ!!」
「バカになんかしてないさ。呆れているだけデスヨ」
「思いっきり馬鹿にしているじゃないかっ!!」
ゼクセン騎士団の冷静な騎士団長と同じ人物だとは思えないほどに、クリスはナッシュの前では、面白いほど簡単に激昂する。
それを知ってか、ナッシュも殊更に彼女をからかうのだ。
「一体なんのつもりか、ちゃんと釈明しろ!」
だんっ!と、烈しく拳を叩きつけられたテーブルの上で、食器が跳ね回る。
「ハルモニアでは、雑草を食すというのか?!」
「雑草じゃなくて、七草だといってるでしょーが、お姫様!
せっかく、新年パーティやらなにやらで、大忙しだった姫を労わろうと、薬膳を出してあげたのに」
これ見よがしに肩を落とすと、根が素直なクリスは、さすがに言い過ぎたと思ったのか、頬をふくらませながらも続きを促した。
「つまり、これは食傷気味の胃を労わる料理、というわけか?
だが、本当にハルモニア人は、こんなものを食べているのか?」
どう見ても雑草だとしか思えない、というクリスに、ナッシュは大きく頷く。
「確かに、食べるのは一年に一度、1月7日だけだけどね。あの、神官将様たちだって、今ごろは年中行事の一環とばかりに召し上がっていらっしゃるさ」
あの、という言葉に微妙なニュアンスを含んで、ナッシュが苦笑を浮かべた。
「君も知ってのとおり、ハルモニアは北国で、冬には青菜が確実に不足するからね。一年で最も雪深い時期に、七種類もの青菜を手に入れるのは、非常に困難な事なんだよ」
「そ・・・そうなの・・・?」
ナッシュの話に、クリスは目を見開いて問い正す。
知らぬこととはいえ、悪い事を言ってしまったと、後悔している顔だ。
ナッシュは必死に笑いを堪えて、なんとかしかつめらしく頷いた。
「海運国に生まれ育った君にとっては、世界中の物資が一年中手近にあることは至極当然なことかもしれないけど、陸運中心の国は色々と大変なんだよ。
君が雑草と呼んだ青菜だって、貧しい人々が雪を掻き分け掻き分け、神官将様たちのために大事に摘んだものなのに・・・!」
「ええっ!?ごっ・・・ごめんなさい・・・っ!私、そんなつもりじゃ・・・!!」
「小さな手を、寒さで真っ赤にしたかわいそうな子供達が聞けば、なんということだろうねぇ」
「ごめんなさい――――――っ!!!」
顔を真っ赤に紅潮させ、目に涙を浮かべて謝るクリスから顔をそむけ、ナッシュは肩を震わせて笑いを堪えていた。
七草は毎年、この日には必要になる青菜だ。
もう、何十年も前から、農閑期の農家の副収入として、温室栽培されている。
今時、わざわざ雪の中に七草を探し求める者など、余程のこだわり派くらいのものだ。
そうとは知らず、ナッシュの言葉をすっかり信じてしまったクリスは、顔を背けたナッシュに縋りつき、必死に謝っている。
―――― っすっごいかわいい!
ナッシュは爆笑したいのを必死に堪え、言葉が継げないでいた。
そんな彼を、クリスは心無い自分に怒っているのだと勘違いしたらしく、縋りつく手に力がこもっていく。
「・・・わかってくれたなら、もういいから」
なんとか笑いを納め、俯いた頭を優しく撫でてやるが、生真面目な彼女の事、自分の言動が許せないらしい。
「そんなに貴重なものとは知らず、心無い事を言ってしまった!なんという傲慢だろうか!」
「いやいや、素直に反省する君は立派だと思うよ」
言いつつ、どさくさに紛れて、きゅぅ、とクリスを抱きしめるナッシュを、事情を知る者が見れば、お前こそ反省しろと断言する事だろう。
「さぁ、もう泣かないで、お姫様!
せっかくのお粥が冷めてしまうよ!」
「・・・いつもすまない」
「それは言わない約束だよ」
メルヘンなのか土着民話なのか、他人には理解不能な世界を構築した二人は、仲良く同じテーブルについた。
「いただきます!」
一段と食べ物のありがたみを感じつつ、まだ熱い粥を吹きつつ口に運ぶクリスを、ナッシュはにこにこと見つめている。
しかし、
「11日は、鏡割りしような♪クリスはお汁粉と雑煮と、どっちがいい?」
と言うナッシュの言葉に、クリスは思わず声を荒げた。
「割るな!我が家の鏡は、どれもアンティークの値打ち物だぞ!!」
だんっ!と、烈しく拳を叩きつけられたテーブルの上で、再び食器が跳ね回る。
その様に、ナッシュの目がきらりと光る―――― いたずらを企む猫の瞳だ。
またもや、深く嘆息して肩をすくめたナッシュに、クリスは眉根を寄せた・・・・・・。
―――― 何度新しい年を迎えようと、からかい、からかわれる二人の関係は変わらないらしい。
〜Fin.〜
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お題100『嘘つき』です(^^) |
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