最悪はここに潜んでいた!

崑崙署最悪の三日間!!


踊る仙界大戦

―  T H E   M O V I E  ―



















 * 第一章 チェーンステッチ *



 周都・豊邑。その、静かな高級住宅街。
 早朝の人通りの少ない道路に、なんの変哲もない白い国産車が止まっている。
 運転席の青年は、あくびをこらえつつ、胸ポケットからタバコを取り出し、箱から器用に一本を咥え出して火をつけた。

 青年の名は黄天化。
 崑崙署刑事課強行犯係・巡査部長。
 自分の信念を貫くためなら、上司の涙も本庁の怒声もすっぱり切り裂く、愛と正義のおまわりさんである。

 今日、彼は、ある重大な任務のために、ここである人物を待っていた。
 「どうだ?」
 不意に助手席側の扉が開き、彼の直接の上司、崑崙署刑事課課長・道徳警部が乗り込んできた。
 「まださ・・・」
 そう、天化が上司に返した時、彼らが見張っていた家の玄関に、ひょろ長い影が現れた。
 「―――――!!」
 飛び出そうとする天化を、道徳が腕をつかんで止めた。
 「まだだ!待て!」
 天化は、微かにうなずいて指示に従った。
 「まちがいないだろうね?」
 低い声とともに、ぬぅっと、2つの影が後部座席から身を乗り出してきた。
 崑崙署署長・雲中子警視と太乙副署長である。
 デスクワークが主なはずの二人が、こんな朝早くから一刑事と張り込みとは、ただ事ではない。
 相手は、かなりの重要人物なのだ。
 天化が、胸ポケットから一枚の写真を取り出した。
 「・・・まちがいないさ」
 彼らの視線の先で、その人物は重そうな荷物をかかえ、大儀そうに玄関の門を開けた。
 「今だ!!」
 道徳課長の言葉とともに、4人は一斉に車中から飛び出した。
 今まさに玄関を出た人物めがけて、一気に走り寄る。

 「崑崙署の者さ」
 天化が、『警視庁』と書かれた黒い手帳を相手の目の前にかざした。
 相手がかすかにうなずくのを待って、雲中子署長はその人物の前に進み出た。
 「お待ちしてました、元始副総監〜!」
 それまでの緊迫した雰囲気はどこへやら、目尻を下げて署長はあいさつをした。
 「ゴルフ場まで、お送りいたします!」
 太乙副署長も、にこやかに挨拶する。
 「俺・・・いえ、わたくし、本日の運転手を勤めます、黄天化です♪」
 天化は、素早く名刺を手渡した。
 元営業マンは、そつがない。
 「天化君、バッグをお車にお運びして〜」
 と、太乙に言われるまでもなく、トランクにバッグを詰め込んで、天化は運転席に乗り込んだ。
 「天化君、安全運転で頼むよ!」
 「いやぁ、良いお天気で、よろしゅうございましたねぇ〜」
 『崑崙署のスリー・アミーゴズ』と異名を取る陽気な三人組に挟まれて、元始副総監はやや困惑気味のまま、『豊邑カントリー倶楽部』への道を過ごしたのだった・・・。


 天化とスリーアミーゴズがカントリー倶楽部で接待ゴルフに興じている頃。
 崑崙署管内では、ある事件が起こっていた。
 崑崙署と金鰲署が境界線と決める渭水。
 ここに、一体の死体が流れてきたのだ。

 『川の真ん中からこちらがわは金鰲署の管轄だー!!!』
 『時代遅れの仙人どもは帰れー!!!』

 メガホンの音量を最大にして、川向こうから叫ぶ金鰲署の連中を見て、このくそ寒い中、あたたかなこたつとみかんを犠牲にしてやってきた崑崙署刑事課指導員・太公望は、不快げに眉を寄せた。
 「な・・・なんだか、すごく敵意持たれてるんですけど・・・」
 困ったように笑う武吉(これでも崑崙署刑事課係長・警部)に、太公望は鼻を鳴らした。
 「あっちがやってくれると言うておるのだ。あっちにやってもらえばよかろう」
 「そうですねー・・・水死体って、臭いし・・・」
 「寒いから、わしは帰るぞ」
 と、太公望がきびすを返した時、
 「金鰲署に渡してなるかー!!!ボート出せ!おらぁ!!!!」
 南宮括(刑事見習い)が思い切り良く冬の川へと突っ込んで行った・・・。
 「あほうどもが・・・・・・」
 太公望はつぶやくと、しわの寄ったトレンチコートのすそを翻し、とっとと署へ引き返して行った。


 「なんで真っ直ぐ飛ばないのだろう?!」
 ブービー賞という、あまり名誉ではない賞をもらって署に帰ってきた雲中子署長は、少々ご機嫌ななめだった。
 「今度、私は『どんな球も真っ直ぐ遠くへ飛ぶクラブ』を作ろうと思う!」
 にぃっと無気味に笑う雲中子署長に、太乙副署長は更に怪しく笑った。
 「署長!改造すべきは球ですよ!!超小型ジェットエンジンでどこまでも飛ぶボール!しかも、ピンを感知するセンサーをつけて、どんな悪天候でもホールインワン!!」
 「・・・そんなのすでにゴルフじゃないさ・・・」
 呆れてつぶやく天化の行く先に、良いタイミングで太公望と武吉が現れた。
 「あれー?!天化さん、今日はどこに行ってたんですか?」
 「署長たちとゴルフさ・・・」
 げっそりとつかれた様子の天化に気づかないのか、武吉は思いっきりすねてみせた。
 「ずるいですよー!!僕たち仕事してたのにー!!」
 「俺っちだって仕事さー!!!」
 負けずに反撥する天化を完全に無視して、太公望は後ろのスリーアミーゴズに声を駆けた。
 「おう、署長!今日は誰の接待だったのだ?」
 「元始副総監だよ。ゴルフの賞品でカラーボールをもらったのだ。太公望、分けてあげよう」
 「ふむ・・・。おぬしの作ったものだったら願い下げだが、これはよいのう。ありがたくいただこう」
 雲中子からもらったゴルフボールを2つ、手の上で転がしながらにこにこしている太公望に、若者二人は不思議そうに目をむけた。
 「師叔・・・。なにしてるさ、それ?」
 「なに、こうやって手の上で転がしておるとな、ツボを刺激してここちよいのだー」
 「おししょーさま、お年寄り臭いですよ・・・」
 「武吉・・・ここで『お師匠様』はやめい!それと、わしは年寄りだよ」
 超若作りな顔をして、彼はすでに警察を定年退職している。
 なのに、ここに通いつづけているのは彼を慕う人々によって『指導員』という役を(本人曰く)『押し付け』られ、『イヤイヤ』通勤しているのだという。
 「ところで、何か事件かい?」
 今外から帰ってきたばかりという様子の二人を見て、天化が聞いた。
 「はい。渭水に水死体があがったんです。今、司法解剖中です!」
 武吉がはきはきと答える。
 そこへ。
 殺伐とした雰囲気を一掃するかのように、華やかな空気があたりに満ちた。
 淡い色のスーツを上品に着こなした女性は、名を竜吉と言う。
 生っ粋のお嬢様だったが、父親を殺されるという哀しい事件をきっかけに警察入りした、キャリア組期待の新人。
 最近、交通課から刑事見習いに昇格したばかりである。
 「あ、今日から現場なんですね!」
 にこにこという武吉に、竜吉は優雅に微笑んだ。
 「うむ。今日からよろしくたのむ」
 まさに『プリンセス』。
 その優雅な物腰に、常に彼女は『公主』と呼ばれ、慕われている。
 鷹揚(おうよう)に笑ってみせる彼女に、その場の全員が締まりのない笑みを浮かべる中で、太公望だけは心配げに眉を寄せた。
 「まだ刑事にするのは早いのではないか?」
 「なに言ってるんですか、お師匠様!英語が話せるアシスタントが欲しいって言ってたのはお師匠様じゃないですか!」
 「そうそう。竜吉さんは留学経験もあるしさ!」
 「私も頑張るゆえ・・・」
 武吉&天化の嬉しそうな笑みと、竜吉の花のような笑みに負けて、太公望はやれやれとつぶやいた。
 「・・・そろそろ司法解剖の立ち会いに行くぞ!誰かついてこい!」
 だが、さっさとコートのすそを翻す太公望の後を、誰も追おうとはしない。
 「水死体・・・さ?」
 天化が苦笑する。
 「かなり・・・膨れちゃってました」
 嗅覚は犬並みの武吉が、それだけは勘弁して欲しいという顔で見返した。
 「竜吉さん・・・」
 苦笑を浮かべたまま、天化は隣に立つ美しい女性を見やった。
 「何事も経験さ!」
 彼らの苦笑の意味をいまいち理解できないまま、竜吉は優雅にうなずいた。
 「行ってこよう」
 そう言うと、ふわりと良い香りを残して、竜吉は太公望の後を追いかけて行った。
 その後ろ姿を見送って、残った者達は一斉に苦笑する。
 「ありゃー、一週間は肉を正視できないさ」


 刑事課の室内は、相変わらず騒然としている。
 騒ぐ容疑者・騒ぐ被害者・騒ぐ警官。
 ここが静まり返ったのはただ一度。
 ライフルを持った麻薬中毒者に部屋をのっとられた時だけだった。
 天化達がデスクにつくやいなや、同じくデスクについた道徳課長が武吉に言った。
 「今日の事件の報告書、出しておくんだよ」
 「わかりましたー!」
 元気に返事をして、くるりとデスクに座っていた係長代理を振り返った。
 「道行係長代理!下書きお願いします!!」
 現場よりもデスクワークが得意な係長代理・道行警部補。
 お子様な外見・人外の体型・二重人格という奇態な彼の妻は、フィンランドの金髪美人である・・・。
 「なんでわしがそんなことするんじゃいっ!天化!!キサマやらんかいっ!!」
 キレてしまった道行に、天化は思いっきり眉をひそめて抗議した。
 「ええ――っ?!俺っち、今から領収書の清算しなきゃいけないさ!
 そうだ、武吉っちゃん。今度、玉鼎さんと手合わせする約束があるんだけど」
 警視庁きってのエリート官僚の名に、武吉が思わず反応する。
 「連れてってください!!!」
 「んじゃ、下書きよろしくー!」
 肩を落として『ずるいー』とつぶやく武吉に、天化はにやりと笑ってみせたが、その目が机の上をさまようあいだに、その笑みは消えていった。
 「・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」
 引き出しの中、机の下を探しても見つからない。
 「武吉っちゃん、俺の領収書の束しらねぇ?」
 「っ僕のお小遣い入れがどっかにいったでちゅー!!!」
 「あれ??僕の『内木(ないき)シューズ』がない・・・」
 あれーっ?!と付近を捜しまわる一同に、道徳課長が不思議そうな顔を向けた。
 「どうしたんだ?あれあれって」
 「課長!俺っちの領収書の束がないさ!!」
 「なんで?」
 「僕のお小遣い入れがー!!!」
 「どうして?」
 「僕の靴もないですー!!!!」
 騒然とした室内を、武吉の悲鳴じみた声が突き抜けた。


 「ちょっとどきなさいよアンタらー!!!殴られたいのっ?!」
 今日も彼女の出勤は騒々しい。
 「ぷりんちゃんvそんなに怒ってないでさー。俺とお茶でもど・・・がふっ!!」
 彼女と手錠でつながれたまま引きずられてきた若い男が、ドアに顔をぶつけて鼻を押さえた。
 「アンタしつっこいのよっ!!大体、若い女の子と見ると抱きつきまくるなんてサイテー!!しばらく留置場に入ってなさいっ!!」
 大の男をぐいぐい引っ張っていく彼女の名は蝉玉。
 崑崙署刑事課盗犯係・巡査部長。
 腕っぷしも気も強い彼女の夢は『寿退職』である・・・。
 「ちょっ・・・もしかして俺の出番これだけか?!うそだろ?!マジ??!!」
 「やっかまし―――っっ!!!あたしは査問会で『まじめに働かないと給料カット』って言われてんのよっ!!
 黙って来なさいっ!!」
 鼻を押さえたまま、猛然と抗議する男に怒鳴り返し、取調室に向かおうとする蝉玉に、道徳課長が声を掛けた。
 「蝉玉君。窃盗事件だ」
 「現場どこですか?!」
 まだ騒がしい男を他の刑事に渡し、入って来たドアに再び向かおうとする彼女に、道徳課長は少し間の抜けた声で言った。
 「ここ」
 「は?」
 蝉玉も、思わず間の抜けた答えを返す。
 「ここさ!!」
 天化が、思いっきりイライラと叫んだ・・・。


 同じ頃。
 元始副総監は崑崙署御用達の車で家まで送られた。
 さすがに年には勝てないのか。
 早朝からのゴルフで疲れた体にゴルフバッグは重かった。
 のろのろと玄関のドアを開けようとしたところ、こちらに向かって走ってくる足音がする。
 振り向くと、フルフェイスのヘルメットで顔を隠した人間が目の前に迫っていた。
 その手にはスタンガン。
 不快な音とともに彼が最後に目にしたものは、瞬時にして人を昏迷させる光だった。


 『刑事課で盗難事件!』
 この不名誉なニュースは、瞬く間に崑崙署中に広まった。
 あちこちの課から、どんな状況なのか、一目見てやろうとやって来る野次馬が引きも切らない。
 「ほらほら!!さがるでちゅよっ!!捜査のジャマでちゅ!!」
 なんとか野次馬を片づけようとする道行がその人数の多さにやはりキレた。
 「とっととさがらんかい、キサマらー!!!!捜査のジャマすんなやっ!!わかっとるだろうがっ!警官なら!!」
 「盗まれちゃいかんだろう。警官なんだから。さっさと調書とってもらえよ」
 あっはっはー!と笑いながら突っ込む道徳課長に、道行の包丁アタックが降り注いだことは言うまでもない・・・。

 「ばっかじゃないの?署内でモノ盗まれるなんて」
 呆れつつ調書を取る蝉玉に、天化は憮然とした顔を向けた。
 「まさか署内で盗難があるなんて思わないさ!」
 「で?なに盗まれたの?」
 「領収書。張り込みの時に通った店とかの」
 「領収書〜〜〜〜?なんでそんなもの盗まれるの?」
 蝉玉は理解し難いとばかりに甲高い声を上げた。今までの経験からしても、かなり特異な事件である。
 「・・・さぁ?」
 蝉玉に言われて初めて気づいたが、人の領収書を盗んで、何か役に立つことがあるのだろうか?
 「いくら分?」
 「・・・5万くらい」
 「なんでもっと早く清算しとかないの!」
 「だって忙しかったんさ!!」
 まるで姉が弟をしかるような口調に、天化の声も高くなる。
 「見つからなかったら自前ね〜♪」
 まるっきり人事である。
 だが、天化はその一言に青ざめた。
 「蝉玉!」
 天化は蝉玉の肩をつかむと真摯(しんし)な瞳で彼女を見据えた。
 「たのむから犯人捕まえてくれ!!」
 「なにおごってくれる?」
 あくまでもマイペースな彼女だった。
 そこへ、

 『強行犯係はすぐに来てくれ』
 そう、太公望からの連絡が入った。
 「司法解剖が終わったんですね!」
 武吉たちが入っていくと、太公望も竜吉も、暗く沈んだ顔で立ちすくんでいた。
 狭い部屋の中には折り畳みの細長い机が置いてあり、その上には川を流れてきた死体の遺留品が並べてある。
 だが、妙なことにそのうちの一つには、黒い覆いがしてあった。
 「自殺じゃなかったさ?」
 ただならぬ雰囲気を察して、天化が聞いた。
 だが、太公望も竜吉も、うなずくだけである。
 「・・・他殺だって証拠は?」
 「それがのう・・・・・・」
 太公望が言いにくそうにつぶやく。
 「被害者の身元は分かったんでちゅか?」
 その心中を察してか、道行がまず聞いておかなければいけないことを質問した。
 「被害者は・・・文殊広法天尊」
 竜吉が自分の義務とばかりに手元の手帳を見ながら答えた。
 「持っておった仙人免許で確認を取った」
 初めて水死体を見たと言うのに、凛として答える彼女の冷静さを頼もしく思いながら、天化は質問を重ねた。
 「外傷は?」
 「ない」
 「じゃ、水飲んでたんさ?」
 「それもないのじゃ。死んでから川に捨てられたようじゃな」
 「外傷がないんなら・・・」
 別に殺しと決めることもないだろうに。
 天化は納得しがたいものを感じた。
 この部屋に入った時から、この二人の態度が妙なのは感じていたが、新人の竜吉はともかく、刑事になって数十年の太公望が、ここまで歯切れの悪いのは気にかかる。
 天化の心中を感じ取ってか、竜吉が歯切れの悪いまま続けた。
 「外傷は・・・・・・ないのじゃが・・・・・・・」
 ふと、竜吉は太公望と気まずげに目を見合わせた。
 「手術痕(あと)があったのじゃ・・・・・・」
 「手術は誰だってしますよぉ?」
 武吉が不思議そうに聞くと、竜吉はやはり歯切れの悪いまま続けた。
 「・・・・・・手術痕はごく最近のもので・・・・・・・・・医師の・・・手によるものとは考えられぬそうじゃ」
 しばし、小さな部屋を、重い沈黙が満たした。
 「・・・・・・どういう事ですか?」
 再度、武吉が聞くと、太公望が重くなった口を開いた。
 「・・・・・・素人が・・・被害者の腹と胃を切って開け・・・刺繍用の針と糸で・・・とじてあった・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っステッチは?」
 思わず聞き返す武吉に、竜吉は意を決して顔を上げた。
 「・・・・・・っチェーンステッチじゃ」
 「っチェーン・・・!!クロスステッチの方が丈夫なのに・・・・・・!」
 「・・・なんでそんなことにこだわるさ」
 真っ青になってつぶやく武吉に、いまいち話題についていけない天化が聞いた。
 「僕!警官になる前はお針子のバイトしてたんですっ!」
 ―――――――キャリア組じゃなかったのか、武吉?!
 思わず突っ込みに行きそうな天化を、竜吉が目顔で制し、続けた。
 「被害者の胃の中から、これが出てきた」
 彼女が、遺留品を隠すように覆っていた布を取り去ると、その下からはビニール袋に入れられた、かわいらしいティディベアが現れた。
 だが、元々は白く、ふわふわしていたであろうそれは、赤い液体で汚れてしまっている。
 「これが・・・胃の中に・・・?」
 ぬいぐるみに釘付けにされた目を引き剥がすように、天化は太公望を見た。
 「ああ・・・」
 太公望はうなずいて、みずからの腹にそっと手をやった。
 「・・・・・・・・押し込まれておったよ」
 沈黙が、小さな部屋を粘土のような質量で、重く満たした。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・チェーンステッチ。





 * 第二章 頑張れ元始君!身代金誘拐事件 *


 『1時間前に副総監が何者かに拉致されました』
 『拉致現場は自宅前』
 『変声器を使った声で、「副総監は預かった。また電話する」と・・・』
 本庁内に、緊迫した空気が満ちた。
 本庁・第一方面本部を始め、刑事部捜査第一課、科学捜査班、果ては航空隊までが出動して、捜査本部を開設すべく一路、崑崙署を目指した。
 まるで民族大移動。
 本庁が引越ししてきたような騒ぎである。

 「・・・・・・・・一体何さ?」
 崑崙署屋上にヘリ到着。玄関には次々と車が止まり、ものすごい荷物とともに大勢の捜査員が乗り込んできた。
 あまりの事態に、聞き込みに出ようとしていた天化達捜査員が呆然とする。
 「大変よ!天化!!!」
 蝉玉がひどく慌てた様子で走ってくる。
 「本店が引っ越してきたみたいなの!!」
 『本店』とは、所轄の警官たちが本庁を皮肉を込めて呼ぶ俗称である。
 これと同じく、彼らは警視総監を社長、副総監を副社長と呼んでいる。
 「なんで本店が・・・?」
 聞き返す天化の腕を、蝉玉は問答無用で引っ張った。
 「さぁ!!覗きに行きましょう!!!名づけて『スパイ大作戦!マルヒ行動スペシャルX』よっ!!」
 「・・・・・・・・・・・・・なにさ、それ」
 突っ込みも虚しい彼女の行動力に、天化だけでなくその場にいた全員がぞろぞろと階上の会議室へと向かった。
 彼らが扉を細く開いて覗くと、いつもはがらんとした会議室は大勢の捜査員で埋め尽くされ、手際よく捜査本部へとセッティングされつつあった。
 「なにがあったさ・・・?」
 これはただ事ではない。
 なにか、重要な事件があったに違いない。
 「ちょっと天化!一人で見るなんてずるいわよ!私にも見せないさいよ!」
 「わしにもちょっと見せろ」
 「僕もみたいですー!」
 「ちょっ・・・!!押すんじゃないさ!!」
 三人に背中を押されて、危うく室内になだれ込みそうになるのを何とか耐える。
 が。
 「君たち、まずは署長の私が・・・」
 「いえいえ雲中子署長、まずは私が見て対策をですね・・・」
 「いやいや、まずは俺がスポーツマン・シップにのっとって・・・!」
 スリーアミーゴズの体重が加わった時点で、限界は来た。
 ど――――――っとなだれ込んだ一同に、中の捜査員達の視線が一気に突き刺ささる。

 「・・・何をしているんです?」
 折り重なった彼らに、高いところから冷ややかな声が降ってきた。
 「所轄には関係のないことです。とっとと通常業務に戻りなさい」
 口調は丁寧なくせに言葉には容赦がない。
 清源妙道真君楊ぜん。本庁捜査一課のエリート管理官である。
 「・・・何かあったさ?」
 折り重なる積み木崩しの一番下で天化が聞くと、楊ぜんはさも小ばかにしたように彼を見下ろした。
 「君たちには関係ない」
 部下を引き連れて、さっさと室内に消えて行った彼の後ろ姿に、蝉玉が思いっきり毒づいた。
 「なにアレ!!むっかつく―――!!!!」
 「いいからさっさと俺っちの上からどくさ!!!」
 窒息しそうな体勢から開放され、やっと立ち上がると、目の前に眉根にしわを寄せた人物が無言で立っていた。
 「・・・・・・玉鼎さん」
 天化は、長身の彼の視線を真っ向から受けた。
 「なんで所轄に情報が降りてこないさ・・・!」
 玉鼎警視正。本庁きっての出世頭で、現在は刑事局参事官である。
 本来なら、天化のような所轄の一刑事が口を利ける人物ではない。
 だが、彼は普通のエリート官僚とは違った。
 初めて玉鼎が捜査一課の管理官として崑崙署に来た時、新米刑事だった天化とは互いに反撥しあったものだが、共に捜査をするうちに信頼の置ける人間として認め合うようになったのだ。
 「・・・この事件は本庁だけでやる」
 しばしの無言の後、絞り出すように玉鼎は言った。
 「玉鼎さん!」
 「やめなさいよ天化!」
 思わず感情的になる天化を蝉玉が押さえた。
 「この人また偉くなったんでしょ。偉くなっちゃって、あたし達のことなんかどうでも良くなったのよ」
 蝉玉の冷たい言葉に、玉鼎は眉一つ動かさなかった。
 「蝉玉、玉鼎さんは違うさ!このひとは・・・!」
 「いいからいきましょ。こっちにだって仕事あるんだし」
 つんっとそっぽを向くと、蝉玉は重苦しい空気を残して行ってしまった。
 「え・・・・・・っと。
 じゃぁ、捜査本部の戒名を決めさせてもらいますよ!これは所轄の仕事ですからなぁっ!」
 「よろしくお願いします」
 わざと朗らかに言う署長に、丁寧に返事をすると、そのまま玉鼎は室内へ入って行った。
 会議室の扉は、今度は完全に閉ざされた。
 「さぁ、君たち!仕事して仕事!太乙副署長、お題目はなんにしようか!」
 気まずい雰囲気を一掃しようとしてか、署長が陽気な声を上げた。
 「けど署長。これ、なんの事件なんでしょう?」
 「えっ・・・?」
 署長は陽気な笑顔を顔に張り付かせたまま、凍った。
 「誰か聞いてないのかい?」
 「極秘捜査の内容を、本店が言うわけなかろうが」
 太公望が厳しく突っ込む。
 「あのっ!僕、部屋の中に転がった瞬間に、ちょっと中が見えたんですけど、これは誘拐事件じゃないかと思います!!」
 そこへ武吉が律義に手を挙げて言った。
 「だれが?」
 聞き返す道徳課長に、武吉ははきはきと答える。
 「前面のスクリーンに、元始副総監のところの白鶴君が映ってましたから、多分、副総監じゃないかと思います!」
 「さすが武吉君!見事な動体視力だ!ぜひ私の実験動物にっ・・・!」
 つい役柄を忘れかけた雲中子に、太公望のハリセンがヒットした。
 「ダアホ!とっとと行け!この実験オタクが!!」
 「でも、誘拐事件かぁ!なんか面白い戒名にしないとねぇ!」
 なぜ誘拐事件だと面白くしなければいけないのか。
 誰も突っ込むものがいないまま、太乙が先に立って一同はぞろぞろと階下の刑事課に移動する。
 「せっかく副総監が誘拐されたんだ。インパクトがあって、捜査史上永遠に残るような立派な戒名にしなければいけないな!」
 雲中子もすっかりその気である。
 「なに考えてるさ・・・」
 玉鼎の予想外の態度にかなりむくれている天化の態度は冷たい。
 が、そんな一刑事の気持ちなど斟酌しないのがスリーアミーゴズの特性である。
 「天化君、君、暇そうだから書記して」
 署長はそう言うと、先ほど殺人事件の遺留品を並べていた部屋に無理矢理引きずり込もうとする。
 「俺っち捜査があるさー!!!」
 必死に抵抗を試みるが、
 「天化、聞き込みはわしらでやってくるゆえ、おぬしは署長達の相手をしておれ」
 太公望によって、あっさり頼みの綱は切られた。
 「師叔!!俺っちの代わりは?!」
 「年寄りには元気なだけの若い男より、優しいお嬢さんとご一緒した方が心休まるわい。
 武吉、公主を呼んでくるのだ」
 「ひどいさ、師叔ー!!!!」
 天化の叫びを背に受けて、太公望はつぶやいた。
 「諸行無常だのう・・・。年寄りは生きにくい時代だ。さっさと引退したいわ」
 「さぁ、行くぞ天化!」
 一刑事に人権などない。
 さっさと折り畳み椅子に座り込んだ署長・副署長・刑事課長の前で、天化はしぶしぶホワイトボード用太字ペンを握った。
 「まず基本は『副総監身代金誘拐事件特別捜査本部』ですね!」
 『基本』って・・・。
 なにやらうれしげな太乙に、そのまんまでいいじゃないか、と天化は思ったが、手は律義にホワイトボードにその戒名を書き込んだ。
 「副総監・・・お名前はなんといったかな?」
 「元始天尊さんです」
 雲中子の問いに、道徳課長が答えた。
 「名前、入れてあげた方がいいんじゃないか?副総監なんだし」
 「じゃぁ、『元始天尊副総監身代金誘拐事件特別捜査本部』にします?」
 太乙がにやにやと気味の悪い笑みを浮かべた。
 「うーむ。副総監はキャリアだからなぁ。呼び捨てはまずいんじゃないかい?」
 「なら・・・『元始天尊副総監身代金誘拐事件特別捜査本部』ってのは?」
 笑いをこらえつつ、道徳課長が言った。
 「それも愉快だが・・・副総監はとっっっても偉い人だからねぇ」
 奇妙な笑みを浮かべる雲中子に、道徳が更に言い募った。
 「じゃ、『元始天尊副総監殿身代金誘拐事件特別捜査本部』は?」
 「まるで時代劇!!いかすねぇ!!」
 「けど、なんか他人行儀だねぇ」
 はしゃぐ太乙に、雲中子がまだ気に入らない様子で言った。
 「じゃぁ!じゃぁですね!『元始天尊身代金誘拐事件特別捜査本部』はどうでしょう!」
 「・・・あんたらふざけてんのかい?」
 太乙の言った戒名に、さすがにばかばかしくなって、天化は冷たく言い放った。
 「ふざけてないよ!大切なことなんだよ、これは」
 「そうだよ。事件が無事解決したら、副総監が私のラボの研究費上げてくれるかもしれないし!」
 「太乙さん・・・!セリフが違うさ!」
 天化の手の中で、ペンが真っ二つに折れた。
 「天化。科学者側の意見はおいておくとしてもだな、われわれから不自由しているであろう副総監にエールを送る意味でも、戒名というのは大事なんだよ!」
 「エール!」
 道徳の言葉に、雲中子が素早く反応した。
 「それだよ!戒名にエールを入れよう!」
 「じゃぁ!『頑張れ元始天尊副総監身代金誘拐事件特別捜査本部』!!!」
 「太乙副署長!!それにしましょう!!」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つきあってらんねぇさ」
 賑やかな室内に折れたペンを放置して、天化は部屋を後にした。

 数十分後。
 特別捜査本部の扉の横に、戒名を書いた紙が貼られた。
 赤雲と碧雲の仲良し婦警コンビは、渡された紙の上部を、一番視線の行く場所に留めた。
 そこには堂々とした毛書で、
 がんばれ元始天尊副総監!世界初ロボット警察犬出動チャンス到来、何があっても培養復元準備完了、邪魔するヤツは敵も味方もミラクルパンチ!!愛と青春の副総監誘拐事件捜索本部
 その戒名の長さは、まさに史上初!
 扉の横の壁から始まって床を渡り向かいの壁を伝って天井にまで及んだ!
 「すばらしい・・・!」
 感無量といった様子で雲中子はつぶやき、太乙は先ほどから盛んに記念写真を取っている。
 「・・・でも。なんか長すぎない?碧雲」
 「ロボット警察犬って、なんかホントにいそうで嫌よね、姉さん」
 ひそひそとささやきあう二人に、太乙は相変わらずな陽気さで言った。
 「はいっ!今度はみんな並んでー!はいっバター♪」
 捜査本部の前でいきなりポーズを取っている連中に、丁度中から出てきた楊ぜん管理官が思いっきり眉をひそめた。
 「・・・何してるんです?」
 「なぁに!戒名を貼ってたんですよ!素晴らしいでしょう?!私たちが必死に考えた・・・」
 「署長。誘拐事件は戒名は貼らない規則でしょう?」
 楊ぜんは冷ややかに雲中子の言葉を遮った。
 「そうだったかな?」
 「マニュアル読んでないのですか?」
 思いっきり皮肉を込めたセリフだったが、雲中子は堂々と言いはなった。
 「マニュアルとは私が作るものであって読むものではなーい!」
 「とにかく!」
 陽気に笑う雲中子に、こめかみをひくつかせながら、楊ぜんは扉の横の紙をはがした。
 「これははがして・・・」
 床にテープでしっかり留めてある紙をべりりっと引きはぐ。
 「もって帰って・・・・・・」
 向かいの壁へとわたった分も引き剥がし、
 「処分してくださいっ!!」
 天井に貼ってあった部分を引き剥がした時には完全にキレていた。
 「なに考えてるんですか!こんなに長いのを貼って!!」
 「もう少し短い方が良かったかな?」
 ぐしゃぐしゃにされた戒名を渡されて、雲中子は悲しげに首をかしげた。
 「そういう問題じゃないっ!!」
 そう怒鳴って、のしのしと行ってしまった楊ぜん管理官の後ろ姿を見送って、雲中子は太乙と道徳を振り向いた。
 「誘拐事件がだめなんだったらさ、『がんばれ元始天尊副総監』まではいいよね?」
 「さっすが署長!貼っておきましょう♪」
 にこにこと笑って太乙が言った。
 懲りるということを知らない連中である。
 かくして。
 極秘捜査本部の扉の横に、少々しわの寄った紙が貼られた。
 今度は、簡単にはがせないように全面のり付けで、『がんばれ元始天尊副総監』と。





  * 第三章 刑法二一二条 *


 「天化」
 署長達のばかばかしい『戒名騒動』から逃げて、しばらくたった頃、天化は相変わらず騒々しい署内の廊下で竜吉に呼び止められた。
 「今日の殺人事件の捜査本部は出来ぬそうじゃ」
 「なんでさ?」
 殺人事件と言えば、必ず本庁が乗り出してくる大事件である。
 が、竜吉の話によると、今は副総監誘拐事件の方が重要で、殺人事件に裂く人員はないとのことだった。
 「師叔はどこさ?」
 「実は太公望も、誘拐事件の方に行ってしまってのう。指導員がおらぬで困り果てておる」
 「相変わらず無責任さ・・・」
 「きっと何か考えがあるのじゃろう。ところで、被害者の家に行ってきたのだが・・・」
 怒る天化に、竜吉はさりげなくフォローを入れながら話を続けた。
 「武吉が今、被害者宅のパソコンを調べておる。一緒に来てくれ」
 おとなしく彼女について行くと、刑事課のパソコン室の中では武吉が画面と向かい合っていた。
 「あ、天化さん!被害者の家に行ってきたんですけど、彼、独身の一人住まいで、すごくインターネットにはまってたみたいです。しょっちゅうアクセスしているサイトの記録、残ってますよ」
 天化が入って行くと、武吉は嬉しそうに声を上げた。
 「ごくろうさん。どんなサイトに行ってたさ?」
 聞き返すと、武吉は困ったように笑った。
 「それが、猟奇殺人のファイルを集めてたり、人の殺し方のマニュアル載せてるサイトなんですー・・・」
 生来、お日様のような性格の武吉とは、対極に位置するホームページである。
 「被害者はそこで、『死にたい』って話してて、他のみんなで殺して遊んでたんですようー」
 武吉は心底嫌そうに画面から顔を上げた。
 気味の悪い話だが、自殺志願者を募集して、本当に殺してしまったという事件もある。
 「竜吉さん。まさかってこともあるし、このHPを作っている奴の名前と住所調べて欲しいさ」
 「うむ。プロバイダーを当たってみよう」
 天化の言葉に、素早く部屋を出ようとした竜吉を、武吉が止めた。
 「それよりチャットで直接話し掛けてみましょう!」
 その方が、何かわかるかもしれない。
 「公主様、こういうのは女の人がやった方が相手も引っかかってきますんで、おねがいします!」
 武吉くったくのない笑顔で勢いよく頭を下げた。

 「うむ。やってみよう」
 初めての捜査で、少々高揚しているのか、竜吉もあっさりと引き受けた。
 武吉の体力&行動力と竜吉の頭脳&冷静さ。
 結構、いいコンビなのかもしれない。

 「じゃ、まかせたさ」
 二人の仕事を頼もしく見ながら、天化はパソコン室を後にした。
 すると、
 「あ、天化!!ちょっと来て!!」
 部屋を出た途端に蝉玉に捕獲され、天化は刑事課の盗犯係のデスクまで連行された。
 「・・・なにかあったさ?」
 そこには、ナイスバディを見せ付けんばかりに、露出度の高い服を着た漢(おとこ)達が並んで立っていた・・・。
 「イベント会場でな、私服と荷物を盗まれてしまった」
 黄竜と名乗った男は、筋肉の盛り上がる腕を組んで、困惑げに言った。
 「コンロン戦隊・ジュウニセンの、『ジュウニセンとあくしゅ』の時に着替えた時はまだ無事だったからよ、やられたんはその後だと思うんだよな!」
 と、慈航と名乗る男が、筋肉質な上半身を見せつけるように、腰に手を当たまま、横柄に言った。
 この二人のおかげで、刑事課の室温が10℃は上昇したような錯覚を感じながら、天化は蝉玉に向き直った。
 「この盗難事件がどうかしたさ?」
 「似てると思わない?今日のここの盗難事件と」
 どこが、と言いかけて、天化はふと口をつぐんだ。
 「・・・イベント会場の更衣室ってのは、誰でも入れるもんか?」
 天化の質問に、二人は一様に首を振った。が、
 「誰でも入れるところではない。関係者以外は」
 『関係者』という黄竜の言葉に、天化はピクリと反応した。
 「つまり、イベント関係者になりすました人物?」
 「もしくは警備員ね!誰も警備員が犯人だなんて思わないでしょ?」
 蝉玉の指摘は鋭い。
 いつもはいい加減に見えるのに、さすがはたたき上げの刑事の一人である。
 「つまり、刑事課の盗難事件も、警官か関係者に成りすました奴の犯行?!」
 「その可能性は高いってわけ!あたし、これから前科者のリスト当たるから、アンタ、この人達から調書とってて!」
 じゃ!と、きびすを返そうとする蝉玉の肩を、天化は思わず引きとめた。
 「なによ?」
 文句がある?と言わんばかりの蝉玉に、天化は哀願した。
 「調書でもなんでも協力するから、俺っちの領収書、絶対取り返して欲しいさ!」
 「崑崙酒家の飲み放題付き5千円コースで考えてやってもいいわよ?」
 天化は、自分の手をすり抜けるや、にやりと笑みを浮かべていってしまった彼女の背を見送った。
 「・・・がんばれ、青年」
 「いや、女ってのは難しいやなー!」
 後ろから、二つの手にぽんっと背をはたかれた天化は、きっと二人を睨み返すと、行儀悪くデスクに座って、調書を手に取った。



 その日の夜。
 崑崙署刑事課に、大きなセラミックケースが届いた。
 道徳課長がそのふたを開けるや、周りを囲んでいた警官たちが、一斉にどよめいた。
 中には、元始天尊副総監の身代金・・・。
 初めて見る札束の山だった。
 「これが・・・身代金」
 天化が、そっとケースに手を伸ばした。
 「・・・っ。重いな。
 けど大丈夫さ!毎朝10tダンベル持って走ってる俺っちには楽勝さ!
 課長、受け渡し場所はどこさ?」
 「そんな大事な役目が所轄に回ってくるわけないじゃないか」
 犯人と接触する気満々の天化のやる気に、道徳課長はあっさりと水を差した。
 「受け渡しは本庁の人間がやるから、君たちはこの万札の番号を控えるんだよ!」
 警視庁に、番号を控えてある紙幣は5千万円分しかなかったのだそうだ。
 ゆえに、残りの五千万円は所轄の警官達で書き出して欲しいとの司令である。
 「・・・5千万円分って、何枚さ・・・?」
 「5千万枚じゃないんでちゅかぁ・・・?」
 げっそりとして言う天化に、ふよふよと空中を漂いながら、気絶しそうな声で道行課長代理が答えた。
 「そりゃ一円玉で数えた場合さ!万札で何枚かって・・・」
 「そんなこといいから、早く書き出さないと夜があけてしまうぞ!」
 朗らかに、道徳課長が二人の間に入った。
 「俺は署長室に行ってくるから!みんながんばれよー!ファイトー!!」
 拳をふりふり、道徳課長は刑事課を出ていった。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 はっ!しまった!!課長を逃がしたでちゅよ!!」
 つい見送ってしまった道行が、くやしげに言った。
 「ひ・・・卑怯さ!課長!!」
 慌てて出入り口に駆け寄った天化だったが、もう遅い。
 俊足の課長の姿は、すでに廊下のどこにもなかった。

 
 「天化さーん!!」
 ばたばたと賑やかに刑事課に戻った武吉は、生き死人のような顔をして、ひたすら何かを書き続けている警官達に、目を丸くした。
 「何をしておるのじゃ・・・」
 武吉の後ろから、楚々と入って来た竜吉も、同じく目を丸くしている。
 「・・・っ!なにかわかったのか?!」
 二人のあわただしい様子に、天化は思わず持っていたペンを放りだした。
 「それが・・・相手の男、完全に狂っておる。
 チャットで話しながら、私の体を切り刻んでいきおった・・・」
 眉を寄せ、みずからを抱きしめるように腕を組んだ公主の色っぽさに、若い警官が数人、鼻血を吹いて倒れた・・・。
 「こ・・・公主、繊細な鼻の粘膜を持つ奴等に、今のはちょっと危険だったさ・・・」
 「すまぬ。悪気はなかったのだが・・・」
 悪気があったら大変である。
 「ま・・・まぁ、そんなことはいいさ。それより、話の続きを・・・」
 「うむ。それが、相手が私と会いたいと言ってきた。明日、コンロン・カフェで正午じゃ」
 殺人事件の容疑者との接触。
 危険な行為だが、犯人逮捕のためだ。
 「・・・わかったさ。
 本庁は・・・誘拐事件で急がしそうだし。俺っち達だけでやっちまおう!」
 所轄では本来、殺人事件の捜査なんて華々しいことはやらせてもらえないのが普通である。
 危険な任務だということはわかっているのだが、どうしてもわくわくせずにはいられない。
 「じゃ、明日までにこれ、控えなきゃなんねーから手伝ってくれ」
 ひらりと身を翻して、再び机に向かった天化に、武吉が再び訊ねた。
 「皆さん一体、なにやってるんですかぁ?」
 ひたすら何かを書いている彼らのまわりには、おびただしい万札が散らばっている。
 「紙幣の番号控えてるさ!朝までに5千万円分。ぜってぇやってやるさ!!」
 意地になって叫ぶ天化に、公主がポツリとつぶやいた。
 「コピーすれば良いのではないか?」
 「コピー・・・?」
 今までひたすら書いていた一同の手が止まった。
 「いや・・・だって、それは・・・」
 天化が引きつった笑みを浮かべて、公主を見た。

 曰く。
 刑法第二一二条・通貨偽造の罪。
 行使の目的で、通貨を偽造したものは三年以上の有期懲役に処する。

 別に偽金を作るわけではないが、警官が紙幣をコピーしてはいけない。
 いけないのだが・・・この場合は・・・。
 ひたすら紙幣の番号を書き続けていた一同は、あっさりと誘惑に屈した。
 「コピーするでちゅ・・・!!!」
 そう言った道行の目は据わっていた。

 間もなく、刑事課内に、コピー機が運び込まれた。
 コピー機にキスでもしてやりたい気持ちを押さえながら、赤雲&碧雲の婦警コンビがガラス面に紙幣を並べていく。
 カバーをしてスタートボタンを押す!
 ああ・・・!!至福の光!!
 今まで手書きでひたすら書いていたものが一瞬で!!
 ありがとう、文明の利器!
 君のおかげで僕たちは安らかに眠れるよ!!
 そんな思いに、拍手をせずにはいられない一同。
 そこへ・・・。
 すっかり存在を忘れられていた課長が、ひょっこりと刑事課に現れた。
 「どうしたんだ?楽しそうだなー・・・それは・・・!」
 にこやかに話し掛けてきた課長の顔が、うれしげに出来上がったコピー紙を持っていた天化の顔が、一瞬にして凍り付いた。
 「・・・やっぱ・・・コピーは・・・まずい・・・さ・・・?」
 繰り返すが。
 紙幣のコピーは違法である。



* 第四章 ティディ *


 戦い終わって 夜は明けて 夢は枯れ野を駆け巡る。
 ひたすら紙幣と紙に向かったまま、刑事課に朝が来た。
 皆、さすがに疲れた顔はしていたが、『徹夜明けだから』という理由で容疑者との接触の機会を逃すわけにはいかない。
 しかも、直接には参加させてもらえないとはいえ、副総監誘拐事件の方も平行して捜査することになってしまった。
 犯人からの入電があるや、捜査官全員に配られたイヤホンに犯人の声が聞こえるようになっている。
 犯人のセリフと同じ口の動きをしている人間を確保せよ、という、アバウトな司令だが、上からの命令は従うしかない。

 「では、行って参る」
 道徳課長にそう言うと、竜吉は華やかに微笑んだ。
 「本庁は忙しくて応援まわせないからね。気をつけて行くんだぞ!」
 「僕がお守りします!」
 「僕もついてるでちゅー♪」
 びしぃっと敬礼する武吉はともかく、カフェの特製お子様パフェが目的だと知れる道行の笑顔に、道徳が不安げな視線を天化に向けた。
 「・・・大丈夫だろうか」
 「課長、心配なら俺っちと行くかい?」
 「え?」
 「コンロン・カフェの超特大パフェ、課長好きだったさ?」
 にやにや笑って言う天化に、道徳は嬉しそうに笑った。


 カフェは今日も賑やかだった。
 広く明るい店内には人があふれていた。
 そのなかのテーブルの一つで、ノートパソコンを前に竜吉は一人、『彼』を待っている。
 殺人サイトの管理人であり、殺人事件の容疑者である『彼』。
 危険な行為であることはわかっていたが、滅多にやれないことでもある。
 そわそわと腕時計を見ては、その針が12時を指すのを待っていた。

 そんな彼女を、少し離れたテーブルから、2人ずつ、2組の男達がそれとなく見つめている。
 一組は学生とその弟だろうか。
 嬉しそうに『特製・お子様パフェ』を食べているお子様と、それをにこにこと見ながらココアを飲んでいるお兄ちゃんといった、微笑ましい風情である。
 そしてもう一組は、会社の先輩と後輩か。
 『先輩、あの人美人っすねー』とでも話しているのか、時折ちらちらと竜吉の方を見やるのだが、気になるほどではない、普通の情景である。
 そんな彼らのテーブルへ、ウェイトレスが完璧な営業スマイルでワゴンを運んで来た。
 銀のワゴンの上には、2リットルバケツくらいはあるだろう、巨大なガラスの器に入ったパフェが乗っていた。
 「コンロン・カフェ特製、『崑崙山』でございます♪」
 えいっ♪とテーブルの上に置かれたパフェに、カフェ内の全ての人間の視線が集まった。
 「待ってたぞ♪さすがにすごいなー!」
 「・・・何度見てもすごいさ、この量も」
 それをひとりで全部食える課長も・・・。
 後半は口に出さずに、天化は3本目のタバコに火をつけた。
 「まずは『玉虚宮』からだなー♪」
 楽しそうに言って、道徳はパフェの頂上に飾られたソフトクリームをすくった。
 『崑崙山』と言うだけあって、このパフェには『玉虚宮』を頂点に、『乾元山』や『青峰山』等、一宮十二山の名にちなんだデザートがこれでもかと飾ってある。
 一部、マニアなファンには受けているというコンロン・カフェの影の名物だった。
 「ところで、もう待ち合わせ時間を過ぎたんじゃないのか?」
 早々とブルーベリーシャーベット『玉泉山』にさじを移した道徳が、ちらりと竜吉を見て言った。
 「まだ1分過ぎただけさ」
 コーヒーをすすりながら、天化はせっかちな課長に呆れて言う。
 「どんな男だろうな?遊びで殺人を犯すなんて、ろくな・・・」
 チョコミントアイス『九功山』をすくった道徳のさじが止まった。
 天化も鋭い視線を竜吉に・・・いや、その後ろのテーブルでノートパソコンを開いた、可憐な少女に向けた。
 「まさか・・・彼女が・・・?」
 『天使のような』という形容がふさわしい少女。
 薄い水色のチャイナ服の上に、更に白地に赤い花を刺繍したチャイナ服を重ねている。
 淡い色の髪はふわふわとして、アメジストのような、紫にきらめく瞳が、竜吉の後ろ姿を見つめていた。
 竜吉もその視線に気づいたのか、ふと背後を見やって、相手の意外な姿に、彼女にしてはめずらしくうろたえていた。
 が、相手がテーブルのパソコン上に指を舞わせるのを見て、彼女も殺人サイトのチャットページを開いた。
 その画面には・・・。



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 竜吉は、ハンドルネームの欄にカーソルをあわせた。

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 画面上に、竜吉のハンドルネーム『water』が追加された。

 「あれはなにをしてるんだ?」
 さじを口に運びながらも、油断なく竜吉と容疑者の様子を覗っていた道徳が、会ったと言うのに会話もせず、パソコンを開く二人を見て不思議そうに聞いた。
 「チャットさ。オンライン上で会話してるのさ」
 容疑者に気づかれないよう、それとなく様子を覗いながら、天化が道徳に言った。
 「会ったんなら話せばいいじゃないか。第一、男同士なら拳で勝負だろう?!」
 「あれは女同士さ―――!!」
 天化の容赦ない突っ込みがとんだ。
 が、はたでそんなボケ突っ込み合戦が行われているとは知るよしもなく、オンライン上では、静かな会話がなされていた。

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Teddy 会えたね?
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 背後で、少女はどんな顔をしているのだろう・・・。

 振り返りたい衝動を押さえつつ、竜吉はキーボード上に指を舞わせた。

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water 男だと思っておった
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 彼女の驚きは、背後の少女にも伝わっているはずである。
 竜吉は、正直な感想を書いたのだが、

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Teddy 男だよ。
water 男だと思っておった
Teddy 会えたね?
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 「なんじゃと?!」
 意外な返答に、竜吉は思わず振り向いた。
 その視線の先で、少女かと見まごうばかりの可憐な少年は、不機嫌そうに彼女を一瞥して、視線をパソコン画面上に戻した。

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water す・・・すまぬ。おぬしがあんまりかわいかったものじゃから・・・。
ところで・・・文殊広法天尊を知っておるか?
Teddy 男だよ。
water 男だと思っておった
Teddy 会えたね?

 動揺を隠せないまま、竜吉は文殊のことを聞いた。
 やや性急な問いではあったが、それに対する彼の答えは一言、
 『会ったよ』
 「何か・・・したのではないか・・・?」
 震える手で、竜吉はキーボードをたたいた。

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water 何かしたのではないか?
Teddy 会ったよ。
water す・・・すまぬ。おぬしがあんまりかわいかったものじゃから・・・。
ところで・・・文殊広法天尊を知っておるか?
Teddy 男だよ。
water 男だと思っておった

 背後で、今彼はどんな表情をしているのだろうか・・・?

 竜吉は刺すような視線に、震えそうになるのを必死で耐えた。

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Teddy      ・・・どうして知っているの?    

 「・・・・・・・・・・・・・・・っ!」
 竜吉は、彼こそが文殊を殺害した犯人だと確信した。
 その時だった。
 崑崙署捜査員全員のイヤホンに『誘拐犯人より入電!』の報が入ったのは。


 同じ頃、元始副総監誘拐事件の身代金受け渡しが行われていた。
 捜査員も、史上最大の人数が投入された。
 指揮は玉鼎警視正。
 だが、この事件において、彼に指揮権はなかった。

 身代金の受け渡し場所に指定された遊園地に、一台のワゴン車が止まっている。
 それとは悟られないようにカムフラージュされた、指揮車である。
 中では玉鼎はじめ、数名のキャリア組達が、眉間にしわを寄せた顔を、遊園地内を映したTV画面上に向けていた。
 画面の中央には公衆電話のボックスと、その前で身代金の入ったバッグを持って、不安そうにあたりを見回す白鶴童子が映っている。
 「12時15分・・・。犯人はどこかで見ているはずだ」
 「包囲しているのがばれたのではありませんか?」
 そこへ、
 『玉鼎君!聞こえるかね〜?!』
 突然、歌うような声がワゴン車の中に響いた。
 「・・・音量を下げてくれ」
 うんざりした声で、玉鼎は楊ぜんに指示した。
 『おはよう玉鼎君!爽やかな朝だね!!君たちの上司、刑事局長の趙!公明だよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪』
 もう昼だが、ハイテンションな上司に逆らう者など誰もいない。
 『ところで玉鼎君!捜査員が多すぎるのではないかな?』
 おそらく電話線の向こうでは、趙公明をはじめとする上司たちが、ゴージャスに改装された会議室で、紅茶と薔薇の香りに包まれていることだろう。
 『捜査員を遠ざけたまえ〜〜〜〜〜〜〜!』
 「待ってもらおう!現場の指揮は私が担当しているのだ」
 頭痛がしそうな重い気分を味わいながら、玉鼎はきっぱりと言った。
 だが、趙公明は聞く耳を持たない。
 『捜査員諸君!刑事局長命令だ!そこからはなれたまえ〜♪』
 趙公明が無線に向かって言い放つや、市民に扮していた捜査員が一斉に持ち場を離れていった。
 「戻れっ!!」
 玉鼎がくやしげに拳を握るが、もう遅い。
 しかも間の悪いことに、捜査員が離れた途端、公衆電話が鳴り出した。
 「公衆電話に入電!全捜査員は周囲に注意せよ!!」
 無線をつかんだ楊ぜんの声が捜査員全員の耳に届くや、遊園地内の捜査員だけでなく、イヤホンを配られた所轄の全捜査員に緊張が走った。
 それはカフェにいた4人も例外ではない。
 竜吉から目を放し、周囲で電話をしている人間で、犯人と同じ口の動きをしている者を探した。
 そのすきを衝かれた。
 「・・・竜吉さん?!」
 天化は竜吉の姿を探した。さっきまで彼女がいた席に、彼女の姿がなかったのだ。
 あわててテーブルに駆け寄ると、その下で彼女が、血に濡れた手を押さえてうずくまっていた。
 「竜吉さん!!」
 「私は大丈夫じゃ、天化。それより、犯人は・・・!」
 「・・・っくしょ!どこ行きやがった?!」
 あたりを見回したが、もうそこには犯人の姿はなかった。
 「まだ遠くには行ってないはずだ!すぐ探すんだ!」
 道徳課長が素早く道行と武吉に指示を出す。さらに、
 「天化、公主を病院に連れて行け!」
 公主への気遣いも忘れない。
 腐っても上司である。
 「わかったさ、課長。公主、立てるかい?」
 「うむ。だが私より、パソコンを見るのじゃ・・・!」
 傷を負った公主が示した先には、犯人の最後のメッセージが・・・。

現在の参加者:2人[Teddywater]
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Teddy あなたの胃は健康?       


 「殺人事件だか誘拐事件だかはっきりさせて欲しいさ!」
 刑事課に帰り着くや、天化はいらだたしげにイヤホンをデスクに放り出した。
 「おかげで犯人を逃がしちまったじゃないさ!!」
 「天化ー!なんか公主、大変だったんだって?!」
 どこからか騒動の顛末を聞き出したらしい蝉玉が、調書をひらひらさせながら近づいてきた。
 「あたしも今日、刑事課の盗難事件の捜査してたんだけどさ、これ見てよ!」
 彼女が差し出したのは一枚の写真。
 そこには、見るからに不細工な男が写っていた。
 「誰さ、これ?」
 「かっこいいでしょお?!めちゃくちゃ好みなの〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
 彼女の甲高い声に、天化は思わず脱力してしまった。
 「・・・蝉玉。俺っち忙しいんだから、そんな話だったら後で・・・」
 さっさと逃げようとする天化の襟首を、蝉玉は強引につかんで引き寄せた。
 「まぁ、待ちなさいよ!
 このは土行孫といって、なんと!刑事課盗難事件の容疑者なのよ!!!」
 「なに?!」
 幸福そうにまくしたてる蝉玉の言葉に、聞き捨てならないものを聞いて、天化は聞き返した。
 「ああ!!あたしが追ってる犯人が理想の男性だったなんて!!
 これはもう、運命よ!!なんとしても逮捕して、じっくり尋問して、ばっちり更生させてあげるの!!!!!
 目指せ!寿退職―――――――――!!!!!!
 刑事課に響き渡る蝉玉の声に、天化はとうとう床にへたり込んだ。
 「・・・こっちは忙しいんだから・・・おねがいだから・・・邪魔しないで欲しいさ・・・・・・」
 「これも仕事よ!!いいわね?!この方を見つけたら、絶対あたしに報せて!!他の女に尋問させたら・・・・・・殺すわよ?」
 アンタ以外の誰がこんな奴に惚れるもんか。
 そう思ったが、天化はラブモード突進中の蝉玉に逆らうほど馬鹿ではない。
 「善処するさ・・・」
 そういうと、のろのろと立ち上がって再び、出口へと向かった。











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