建築家の家を出てから何度も馬車を乗り換え、追って来ていたかも知れない怪盗の仲間を振り切ったアレンとラビは、昼過ぎになってようやくクラウドの邸宅へ辿り着いた。
「殿下ー
会いに来・・・がぶぅっ!!」
歓声をあげたラビは、ホールで待ち構えていた護衛官にみぞおちを抉られ、泡を吹いて動かなくなる。
「どうもすみませんね、懲りない馬鹿で」
呆れ顔のアレンは倒れたラビの背をわざわざ踏んで、立ち塞がる神田にぺこりと一礼した。
「色んな情報持って来ましたので、コムイさんに取り次いでもらえますか」
「あぁ」
くるりと背を向けた神田を、アレンが呼び止める。
「すみません、大事な情報はこれの頭の中なので、持ってってもいいですか」
「・・・仕方ねぇな。
おい!」
神田が奥へ向かって声をかけると、屈強な使用人達がロープを持って現れ、手馴れた様子でラビの肩から足首までぐるぐる巻きにした。
「長さ・・・ぴったりですね」
「こいつの身長に合わせて切ったやつを再利用してっからな」
何度となくこの姿にされたらしいと察して、アレンは使用人達にラビの搬送を頼む。
「猿轡もしといた方がいいかなぁ・・・」
「しとけ。
目が覚めた途端、喚きだすから」
準備のいい使用人から渡された布で、アレンはラビに猿轡をした。
「これでよしっと!
もういいですよ、神田」
居間の前で待っていた神田が頷き、ドアをノックする。
「殿下、失礼します」
声を掛け、ドアを開けると、中でクラウドとコムイが待っていた。
「おかえり、アレン君・・・と、ラビは早速縛られてんの」
呆れ顔のコムイに苦笑したアレンは、床に放置されたラビの傍らに立ってクラウドに一礼する。
「すっごい成果がありましたよ!」
クラウドが勧めた椅子へ飛び乗り、アレンはテーブルに身を乗り出した。
「ミールの家にいたのはきっと、金髪の女の子と怪盗です!!」
「なんと・・・!」
思わず身を乗り出したクラウドの傍らで、コムイが嬉しそうに微笑む。
「最初から聞かせてくれるかい?」
「はいっ!!」
張り切ったアレンは、建築家の不可思議な家のことや娘だという少女の容姿、そして案内に現れた怪しい青年のことを話して聞かせた。
「図書室では、ラビがすっごい情報を仕入れました!
このお邸を含む住宅の設計図です!」
ね?!と振り返った彼は、まだ白目を剥いて倒れている。
「・・・起こしてくれます?」
頷いた神田に小突かれて、ラビがようやく目を覚ました。
「むごー!むごー!!」
「話せるようにしてやれ」
クラウドに命じられた神田が、ラビの猿轡を解いてやる。
「はふっ!
殿下ー!殿下ー!
俺、やったさー 」
縛られたまま、ピチピチと魚のように跳ねるラビに、クラウドは呆れた。
「相変わらず懲りないのだな、お前は」
「それは愛ゆえさー
すっごい情報手に入れてきたからお礼のキスしてさー 
そしたらきっと、俺の頭の中の設計図がすらすらと・・・」
「死ぬか情報提供するか、どっちだ?」
恐ろしい顔の神田が抜き身の刃を喉元に突きつけた途端、ラビはぱたりと動きを止める。
「・・・・・・情報提供シマス」
「よろしい」
クラウドが頷き、ロープを解いてやるよう命じた。
ラビが自由の身になるや、すかさずコムイが寄って来て、彼をテーブルに着かせる。
「ご苦労だったね、ラビ!
紙とペンは用意しておいたから、さっさと描いちゃってー 」
「ぼ・・・僕もがんばったのに・・・」
図書室に戻ろうとするネアを引き止めるのは大変だったと、ぼやくアレンの下へはご褒美のランチが次々に出てきて、途端に機嫌が直った。
「あー!俺の分も残しとけよ!」
「やらー♪」
がつがつと料理を平らげていくアレンの隣で、ラビは脳内から呼び起こした図を紙の上へ描いて行く。
それは4枚、5枚と重なって行き、数十枚の紙の束となって完成した瞬間、ラビは痺れた手からペンを放り出した。
「疲れたー!もう描けねぇさ!!」
水くれと、悲鳴をあげるラビに搾りたてのジュースを渡して、コムイは満足げに設計図の束を眺める。
「すごいよ!さすがラビ!
全部の設計図を覚えてきちゃったなんて!!」
「・・・おかげで今、脳がカラッカラさ!
甘いもんくれー・・・脳に栄養くれー・・・・・・」
ジュースなんかじゃ全然足りない、とテーブルに突っ伏すラビに、シェフが腕によりをかけたデザートの数々が運ばれて来た。
「イイナー・・・」
「お前もう、十分食ったろ!
糖は脳の唯一の栄養なんから、俺から取り上げんな!」
よだれを垂らすアレンから皿を守るように腕で囲い、デザートを平らげていくラビの顔色が徐々に良くなってくる。
「なんか役に立つ情報、めっかった?」
設計図を眺めたまま動かないコムイに問うと、彼は薄く笑みを浮かべて頷いた。
「とってもね。
おかげでもしかしたら、怪盗を捕まえられるかもしれないよ」
「ホントにっ?!」
椅子を蹴って立ち上がったアレンが、コムイへ詰め寄る。
「あのっ・・・できれば僕、前夜祭には間に合うようにロンドンに帰りたいんですけど・・・!」
「そうだねー。
間に合う・・・かも?」
にこりと笑ったコムイを、アレンはキラキラと輝く目で見つめた。
その後、ラビの描いた地図と設計図、そしてコーヒーを持って部屋に篭ってしまったコムイは、何時間も出てこなかった。
部屋の中は物音一つせず、寝ているのじゃないかと疑ったアレンがドアに耳を当てていた時。
「ぷぎゃっ!!」
突然ドアが開いて、アレンを弾き飛ばした。
「・・・なにやってんの、アレン君。
寝るんなら家へお帰り」
「寝・・・寝てません・・・・・・!」
ぶつけた頭をさすりつつ起き上がった彼の上に、コムイがかかみこむ。
「朝からがんばってくれたついでに、もうひと働きしない?」
「なんですか?」
涙目を上げると、コムイはにんまりと笑った。
「ロード嬢の学校を調べて、彼女が家に帰るまでつけてって。
寄った所は全部チェックしてボクに報告。
がんばって 」
そう言って部屋に戻ろうとする彼の服を、アレンは慌てて掴む。
「あの!
あのコの学校って、どうやって調べるんですか?!」
「は?
そんなの、自分で考えなよ。
ラビなら色んなガッコ知ってんでしょ」
心底意外そうに言ったコムイを、アレンが気まずげに見上げた。
「その・・・ラビは、おなか一杯になった途端、寝ちゃいました。
さすがに頭使いすぎたって」
「あー・・・まぁ、無理もないか」
脳を使うと体力もかなりのところ消耗する。
常人には不可能なほど、記憶力を行使した今日の彼が倒れるのも無理はなかった。
「じゃ、キミ一人でがんばりなさい。
ちゃんと見つけといでね」
「そ・・・そんなー・・・・・・」
情けない声をあげるアレンを置いて、コムイは無情に部屋へ戻る。
「し・・・執事さんなら街のことくらい、知ってるかな・・・」
とぼとぼと階段へ向かっていると、ミランダの部屋から出てきたリナリーが声をかけてくれた。
「アレン君、どうしたの?ラビは?」
「疲れたって、寝ちゃってます。
リナリーはミランダさんの看病いいの?」
問うと、リナリーは苦笑して頷く。
「ミランダ、もう平気だって。
起き上がれるようになったから、今日中には帰るって言ってたんだけど・・・」
「いいんですか?
脳震盪起こしてめまいが治まらなかったのに、船なんか乗ったら危険じゃないですか?」
風の具合によっては一晩かかるのにと、気遣わしげなアレンに、リナリーも頷いた。
「うん、だからね、お医者さんも今日はやめなさいって言ってくれたの。
どうせちょめちゃんのお店が開店するまではパリにいるって言っちゃったんだし、明日ちょめちゃんの店に寄ってから帰ればいいじゃない、ってことになったんだよ」
「うん、それがいいですよ。
ちょめ助さんも喜ぶと思います」
にこりと笑いながらもどこか屈託のあるアレンを、リナリーがじっと見つめる。
「どうかした?」
「えと・・・うん・・・」
ごまかすこともできず、アレンは頷いた。
「コムイさんに、ロード嬢の学校を調べて帰宅するのをつけろって言われてるんですけど、どうやって彼女の通っている学校を見つけるのかさえわかんなくて・・・。
少年探偵なんだからこのくらい、僕一人でもやんなきゃなのに・・・」
困り果てたアレンに、リナリーがにんまりと笑う。
「大丈夫だよ!私に任せて!」
言うやリナリーはアレンの手を引いて階段を下り、執事にこの街の電話帳を借りるや電話のある部屋に飛び込んで、女学校へと手当たり次第に電話を掛けた。
「もしもし、こちらミールの家の者ですが、ロードお嬢様は・・・あぁ、すみません、番号を間違えました」
「もしもし、こちらミールの家の者ですが、ロードお嬢様は・・・ごめんなさい、失礼します」
「もしもし・・・」
怒涛の電話攻勢にアレンが呆気にとられているうちに、リナリーが喜色を浮かべる。
「えぇ、ロードお嬢様です。まだお帰りの時間じゃないですよね?
はい、旦那様から・・・あ!すみません、もう用事は終わったと言われました!
ご迷惑をおかけしました。
心配なさると勉学に差し支えますので、お嬢様にはこの電話のこと、内密にお願いします。
はい、失礼しました」
チン、と受話器を置いたリナリーが、にんまりと笑った。
「どーだ!」
得意げに胸を張るリナリーに、アレンが盛大な拍手を送る。
「すごい!さすが元、王宮の侍女ですね!」
電話の応対が堂に入っていたと、アレンが感心した。
「じゃあ僕、早速・・・!」
手を伸ばしたアレンの前から、電話帳が取り上げられる。
「あの・・・?」
「とーぜん!
私も行っていいよね?」
じゃなきゃ教えない!と言われて、アレンは渋々頷いた。
そろそろ授業が終わる時刻だからと、馬車を飛ばして向かった女学校は、見た目からして良家のお嬢様専用とばかり、宮殿のような豪華さを誇っていた。
「宮殿のような、っていうより、宮殿だったんじゃないの?
革命が起こった街だもん。
宮殿なんかとっくに払い下げられてるよ」
「そ・・・そうなんだ・・・・・・」
革命と言えば産業革命しか知らない英国の小紳士を、リナリーが冷たく睨む。
「平和でよかったね」
「えと・・・うーんと・・・・・・」
ここで素直に『はい』といえば、どんな罵詈雑言で返されるかわからないと、アレンは口を濁した。
なにか逃げ道はないかと馬車の窓から外を見ていると、門が開いて女生徒らを乗せた馬車が溢れ出て来る。
「・・・しまった、どれがロードの馬車だろ!」
上流階級の娘達が通うのだから、親は当然、誘拐を恐れて徒歩でなんか帰宅させないに決まっていた。
「紋章は?!
馬車に、家の紋章が入ってるでしょ!」
リナリーに言われて、アレンは過ぎ行く馬車のドアを見つめる。
「門に刻まれていた紋章は確か、盾に四分割、ハートみたいな植物の模様で・・・アレ!!」
アレンが指したのは、黒い二頭立ての豪華な馬車だった。
「御者さん!あの馬車を追って!」
リナリーの声に、チップをたんまりもらっていた御者は機嫌よく馬車を走らせる。
多くの馬車が行き交う時間帯、大通りのことで、馬車に乗ったロードに追跡を気づかれる心配はまずなかった。
それでもある程度の距離を開け、着けて行くと繁華街にある店の前で馬車が止まり、ロードを下ろして邸宅の方へと去っていく。
「止めて!」
アレンの声に御者が馬を止め、二人を下ろした。
「ありがと!」
御者には多めに料金を渡し、ロードが入った店へとそっと近づく。
そこは大きな菓子店で、色とりどりのキャンディーやクッキー、タフィーなど、子供の喜びそうな物が並んでいた。
「アレン君、買い物はしないからね」
「ぅわっ・・・わかってますよ・・・!」
目を奪われていたことがばれないよう、アレンは慌ててロードの背を目で追う。
小さな彼女は時折棚に埋もれながら、両手に色々なお菓子を持って店内をうろついていた。
やがて大きな袋を両手一杯に持ったロードがよろめき出てきて、通りかかった辻馬車に乗り込む。
「よし!つけよう!」
リナリーがアレンの手を引き、辻馬車に乗り込んだ。
繁華街を出、住宅街へと進む馬車を追いかけるうちに、秋の日差しは早々と翳り、街は薄暗くなっていく。
しかし彼女の乗る馬車は自宅とは別の方角へと進み、ようやく止まった時には街灯に明かりが灯っていた。
「ここ・・・どこ?」
「さぁ・・・?」
馬車の中で囁き合う二人の前で、ロードは見知らぬアパートメントの中に入っていく。
「ついて・・・行く?」
「うん・・・・・・」
頷いたアレンは、すぐに首を振った。
「ごめん、リナリーはここで待ってて!」
「なんで!私も・・・」
行く、と言おうとした彼女を、アレンは留める。
「二人で行ったら見失うかもしれない!
だってもしかしたらここも・・・」
抜け道があるかも、とは、言われずとも既に、リナリーも知っていた。
「僕が、彼女がどの部屋に入ったか調べてきます!
だから、リナリーは外で待ってて。
もしかしたら・・・違う場所から金髪の女の子が出てくるかも」
「うん・・・!」
頷いたリナリーに頷きを返し、アレンは馬車を降りる。
「あ、そうだ!
リナリー、ハンカチ貸して!」
「え?うん・・・」
リナリーからハンカチを受け取るや、アレンはロードが入ったばかりのアパートメントに駆け入った。
「あの、すみません!」
案の定、ホールにロードの姿はなかったため、アレンは入り口の管理人に声をかける。
「今、ここに入ってった子がこれを落としたんです。
声を掛けたけど聞こえなかったみたいで・・・」
そう言ってリナリーのハンカチを差し出すと、管理人は頷いてエレベータを指した。
「3階のミミ嬢ちゃんだよ。
ミシュリーヌ・・・なんて言ったかな。すごく長い名前の子で、面倒だからみんなミミって呼んでる子だ。
階段を走れば追いつけるんじゃないか?」
「どうも!」
エレベータ脇の階段を駆け上ったアレンが3階に着いた時、ちょうど一室のドアが閉まる所だった。
アレンはしばらく待ってから、足音を忍ばせて部屋へ近づく。
そこは3階でも一番奥の部屋で、目の前には壁が迫っていた。
中の様子を窺おうともしたが、壁もドアも厚いのか、何も聞こえない。
アレンは再び足を忍ばせて階段へ戻ると、リナリーのハンカチをポケットに入れて階下へ降りた。
管理人に礼を言ってアパートメントを出、馬車を降りたリナリーと合流する。
「どうだった?」
「あの子、3階の一番奥の部屋に入っていったよ。
ミミって呼ばれてるんだって。
もうしばらくここで見張ってましょう」
アパートメントの入り口から目を離さないまま、アレンはリナリーにハンカチを返した。
すると、
「アレン君・・・」
「なんですか?」
じっとハンカチを見つめていたリナリーが、じろりとアレンを睨む。
「随分手馴れてるんだね。
いつもこんなことやってるの?」
「へ・・・・・・」
アレンの顔が、思わず引き攣った。
「可愛い子見るとついてって、『ハンカチ落としましたよ、お嬢さん!』なんて声掛けてるの?」
「ち・・・違うよ?!
僕じゃなくて、師匠がいっつも・・・」
「あぁ、叔父さんのことを師匠って、そういうこと?」
「ちっ・・・違・・・!」
じっとりと睨まれたアレンの額に汗が浮かぶ。
「サイテー」
「だっ・・・だから僕はそんなこと・・・!」
ぷるぷると首を振るアレンの目の端に、その時、きらりと光るものが写った。
「え?!」
「なによ!なにごまかそうとしてるの?!」
「あ!いや!そうじゃなくて・・・あれ!」
そっとリナリーの背後を指すと、彼女は怒った目を肩越しに向ける。
その先には、街灯の明かりをキラキラと弾いて、金髪の少女が軽やかに歩を進めていた。
「あの子・・・!」
「たぶん・・・ロード・・・だよね・・・?」
既に日は落ち、街灯の下で揺らめく影は彼女の顔を見えにくくしていたが、その体つきと言い歩き方と言い、ロードによく似ている。
「でも・・・入って行ったのはそこのアパートメントだよ?
なんで隣のアパートメントから出てくるの?」
ロードが『ミミ』として住んでいるアパートメントと並んで建つアパートメントは壁を接してはいるが、廊下で繋がっていない事はアレンが3階まで行って確認していた。
「きっと抜け道があるんだろうけど・・・」
置いていかれないように、二人で少女を追っていると、彼女は下げていたバッグから大きなロリポップを取り出して咥える。
途端、
「あのキャンディー!間違いないよ!
さっきロードがあのお店で買ったキャンディーだ!」
アレンが強烈に断言した。
「え?!でも・・・同じ物がたくさんあったじゃない」
リナリーの呆れ声にしかし、アレンは頑固に首を振る。
「あの色合い、あの渦巻きの形、間違いありません!
手作りだから、全く同じものなんてできないもん!」
「はぁ・・・そうなの・・・・・・」
対象が違うだけで、アレンも異常な記憶力の持ち主だと、リナリーは呆れた。
しかしすぐに切り替え、アレンの手を引く。
「じゃあ、追いかけよう!」
「うん!」
大きく頷いて、二人は薄暗い街の中をこそこそと追いかけて行った。
「あれ、リナリーは?」
日が暮れてようやく部屋から出てきたコムイが、一人で居間にいたミランダに声を掛けると、彼女は読んでいた本を膝に置いて首を傾げた。
「どこかへ行ってしまったんです。
執事さんがおっしゃるには、アレン君と一緒にあちこちへ電話をしていたそうなんですが」
「電話・・・」
ぽかんと口を開けたコムイの目が、キリキリと吊り上がる。
「アレン君たら!
リナリーを連れてくなんて、なんて子だい!!」
「え?!まぁ・・・!やっぱりそうなんですか?!」
薄々は感じていたが、嫌な予感が当たってしまったと、ミランダが手を組み合わせた。
「ど・・・どうしましょう・・・!
私、リナリーちゃんを止められなくて・・・!」
おろおろとうろたえるミランダに、コムイは首を振る。
「きっとミランダさんには気づかれないように行ったんだから、止められなくても無理はないけど・・・アレン君は断ることだってできたはずなのに!」
帰ってきたらげんこつしてやる!と、いきり立つコムイをミランダが慌てて宥めた。
「アレン君もきっと、連れては行きたくなかったはずですよ・・・!
でもリナリーちゃん、強引なところがあるから・・・」
「う・・・それは・・・そうなんだけどね・・・・・・」
他でもない自分自身が押し切られてここに連れて来てしまったことを思い出し、コムイが目をさまよわせる。
「も・・・もうすぐ帰ってきますよ・・・!
きっとすぐですよ・・・!」
ね?と首を傾げるミランダに、コムイは渋々頷いた。
「でもげんこつは・・・」
「やめてあげてくださいー!」
コムイが握ったこぶしに縋ってなんとか下ろさせたミランダは、何か話題を変えなければと必死に辺りを見回す。
「そ・・・そうだわ、コムイさん!
怪盗は、どうやってあのダイヤを盗んだんでしょうね?!
私、不思議で不思議で・・・!
やっぱり、皆が寝ていた頃に忍び込んだんでしょうか」
不安げに辺りを見回すミランダに、コムイは首を振った。
「ラビが描いてくれた設計図でも確認したけど、この邸の抜け道が使われた形跡はなかったよ。
男爵の邸もそうだったけど、ここも外からは入れないようになっているから。
内部に呼応する人間がいれば入れたんだろうけど、この邸にいるのは全員、殿下が王宮から連れて来た人達なんだって。
忠誠心厚い人達だし、怪盗と接触するはずもないって」
「まぁ・・・。
じゃあ、どうやって?」
不思議そうな顔をするミランダに頷き、コムイはマントルピースへ歩み寄る。
その上に置かれた銀の小物皿を取り上げると、中心に咲いたサテンの造花を指した。
「これ、リングピローになってんだって」
「まぁ・・・!
きれいですねぇ・・・」
貝殻を模した純銀製の小物皿は、真珠や金の象嵌で飾られて、この邸の居間にあっても申し分ない華やかさだ。
「殿下はこれに指輪を差していたらしい。
そのまま一晩置いてたんだけど、ミランダさんがわざわざ来てくれたから、見せてあげようって思ったんだって。
でもその時には指輪はなくなってたんだよね」
「えぇ・・・。
皆さんで探したんですけど、見当たりませんでしたねぇ・・・」
しょんぼりと肩を落とす彼女に、コムイは屈みこんだ。
「ね、ミランダさん?
26日の昼、この居間に入ってきた時、この辺で何か光るものを見なかった?」
「え?私・・・ですか?」
突然の問いにミランダは、困惑げに目をさまよわせる。
「光るもの・・・えぇと・・・」
宙を見つめながら、ミランダはぽつぽつと話した。
「あの日はいいお天気でしたから、日当たりのいいここはとても明るかったんです・・・。
でも、もうお昼時でしたから、マントルピースにまでは日は届いてませんでしたね。
ここに日が当たるようになるのは、西日が差す時間になってからでしょう?」
意外によく見ていると、感心するコムイには気づかず、ミランダは独り言のように呟く。
「でも、テーブルの銀食器が光を反射して、部屋を明るくしますから、直接当たっているわけではないけど、この辺りも明るかったですね」
と、彼女はマントルピースを見遣った。
「私はそちらへは近づかず、すぐに椅子に座りました。
殿下が一緒にいらして勧めてくださったので、あちこちをふらふらするようなはしたない真似はできませんでしたね」
だから、光るものよりもむしろ、飾られた花の色を眺めたと思う。
そう言って、ミランダははっと両手を口に当てた。
「そう・・・!
私、マントルピースの両端に置かれた花瓶の花を見たんです。
そしたら小物皿の上にもお花があるから、花瓶から落ちたのかしらって目で追って、その中央に光るものを見ましたね・・・。
でも、その時は指輪だなんて思わなかったので、花に露が乗っているとしか・・・」
椅子の位置が低いので、サテンの花びらに囲まれたダイヤの大きさなど見えなかっただろう。
「ふぅん・・・だったらミランダさんは」
にんまりと、コムイが笑った。
「指輪が消えた場面を見たんだ」
「えぇ?!私、そんなところ見てませんよ?!」
コムイの言っている意味がわからず、ミランダが困惑する。
と、コムイはミランダをあの日座った椅子へと座らせた。
「ミランダさんはここ、殿下は?」
「む・・・向かいに座られました」
「ここだね?」
ミランダの向かいにコムイが座り、じっと前方を見つめる。
「ここに座ると、マントルピースは振り返らない限り見えないや。
ところでミランダさんは、指輪を探している最中につまみ食いをしているラウを見たんだよね?」
「えぇ・・・。
ラウちゃんはこの部屋に入った途端、テーブルの上に飛び乗って、かごの中の果物を取りました。
殿下の服を汚してはいけないと躾けられているそうで、果物を持ったままマントルピースの上にのぼって、端で果物を食べてましたよ」
偉い子だと、感心するミランダにコムイは頷いた。
「それ、食べ終わった後は?」
「さぁ・・・?
ずっと見ていたわけじゃないので」
「でも、ここにお菓子かなにか取りに来たんでしょ?」
「いいえ。
最初に果物を持っていった以外はなにも」
「じゃ、ミランダさんが追いかけた時、ラウはまだその果物を食べてたの?
既に殿下がお許しくださったものなのに、叱られると思って逃げたの?」
「いえ・・・そんなはずは・・・・・・」
そう言われると奇妙だと気づいて、ミランダはこめかみに指を当てる。
「えぇと・・・何か、コリッとかカリッとか、そんな硬い音をさせてましたよ。
私、なにか食べ物以外のものを口に入れたんじゃないかって慌てて追ったんでした・・・!
それで捕まえ損ねて、テーブルで・・・」
そのまま倒れてしまって、その後のことは何も覚えていないと、ミランダが首をすくめた。
「あの・・・私、いつ盗みの現場を見たんでしょうか・・・?」
困惑げなミランダに、コムイは首を振る。
「ボクは、『盗みの現場を見た』なんて言ってないよ。
ミランダさんは、『消えた場面を見た』と言ったんだ」
「え・・・・・・?」
ますますわからなくなったミランダの前に、コムイは銀の小物皿を持って来た。
その中にはクラウドのアクセサリーが何点も入っていたが、彼は遠慮なくそれをテーブルの上へひっくり返す。
「ま・・・!コムイさん!
無くなったりしたら・・・!」
「その時はボクが探し出すよ」
気軽に言って、コムイはサテンの花びらをめくった。
「このリングピローの受け口の部分、見てみて。
なにか、金色の粉がついているのが見える?」
コムイが差し出した拡大鏡を借りてよく見ると、金粉のようなものがついている。
「でもこれは・・・造花の飾りですよね?}
造花を華やかに見せるため、花弁に金粉をまぶすのはよくある手法だ。
そう言うミランダに、コムイは頷く。
「もちろん、そういう手法があることは知っているけど、金粉に飴を混ぜ込む職人なんて、聞いたコトないんだよね」
「飴?」
言われて金粉を少しだけすくい、指で擦ってみると、確かに少しべたついた。
「どうして・・・?」
「この国には、様々に飴の硬さを変えて、飾りを作る職人が大勢いるでしょ」
「ピ・・・ピエスモンテのことですか・・・?」
「それ」
苦笑して、コムイが頷く。
「さすが製菓技術の発達したフランス・・・ってか、一々『パリの地下都市』とか『ピエスモンテの指輪』とか『氷砂糖のダイヤ』とか使ってくる辺りが嫌味って言うか自慢げで鼻につくって言うか」
呆れたように肩をすくめたコムイを、ミランダが呆然と見つめた。
「誰がそんな・・・殿下に飴細工の指輪だなんて・・・」
「そりゃあ、前の日に来たっていう宝石商でしょ。
つまりさ、殿下は二日間、自分の手にダイヤがあったと思われているけど、実際は一日しかお持ちじゃなかったんだよ。
宝石商が石を付け替える時、ラウが大暴れしたって言うし?
その隙に指輪を交換することくらい、あんな精巧な偽物を作った怪盗ならできるとも」
怪盗がちょめ助に贈った指輪は、ラビでなければ見抜けないほどに精巧だったのだから、たった一日しか手元に置いていなかったクラウドが気づかないのも無理はない。
そう、断言したコムイにしかし、ミランダは口ごもりながらも反駁した。
「でも・・・いくら硬く作ったって、飴でしょう・・・?
落としたら簡単に割れるでしょうし、体温で溶けたりも・・・」
すぐにばれるのじゃないかと、信じがたいミランダにコムイは大きく頷く。
「別に、落としても割れても構わないんだよ。
だって、指輪はとっくにすり替えられてるんだから。
あの宝石商が犯人だ、ってわかっても、既に行方をくらましてたんだしね」
「えっと・・・あの・・・・・・」
反駁を簡単に封じられたミランダが、きょときょとと目をさまよわせた。
話下手な彼女は、随分と考え込んでから口を開く。
「で・・・でも、なんでわざわざ飴細工なんですか?!
サ・・・サチコちゃんのキャビネットの中にあった指輪は、ラビ君じゃなきゃ見分けられないくらい、精巧だったんでしょう?
だったらそちらとすり替えていれば・・・殿下は未だに、ダイヤが盗まれただなんて思いもされなかったでしょうし、コムイさんが呼ばれることはなく、怪盗が追われることもなかったんじゃ・・・」
うまく言えた、と、頬を紅潮させるミランダに、コムイはいたずらっぽく笑った。
「怪盗が、わざわざ飴細工になんかしたのはね・・・」
「えぇ・・・!」
息を呑んで、身を乗り出したミランダに、にんまりと笑う。
「絶対不可能な場所で消えた方が、怪盗にとって面白かったからだよ!」
「は・・・?!」
その、あまりにいい加減な答えにミランダが声をなくした。
しばらくして、
「コ・・・コムイさんっ!
私をからかって・・・!
私っ・・・真面目に聞いていたのに・・・!!」
珍しくも真っ赤になって怒る彼女に、コムイは首を振る。
「本当だよ。
怪盗ってのは、ただの泥棒よりも自惚れで目立ちたがりで自己主張が激しくてイタズラ好きだ。
ちゃんと、金メッキとガラスで作った偽物も用意してたのに、ここへ持って来たのは飴細工だなんて。
きっと、殿下がいつも猿を連れていることを調べたんだろうね。
そこで、宝石商に化けた彼は堂々と、ラウが飴細工に興味を示すか試してみたんだよ。
彼が持って来たって言うサンプルは全部飴細工で、動物にしかわからない程度の甘い匂いがしてたんだろう。
それを広げた瞬間、ラウが飛びかかって来たもんだから、調子に乗った怪盗は悪ふざけをしたってことさ。
細工用の飴は、落としたくらいでは割れないし、そもそも大事な指輪を粗末に扱うわけがないんだから、殿下の手の中で壊れる心配はまずない。
その上、体温で溶け出したりしないように、金箔を貼るとかの工夫も凝らしてたんだろうな。
そうやってまんまとラウに、ダイヤが消える仕掛けの手伝いをさせちゃったんだ」
「ま・・・まぁ・・・!」
真っ青になって、ミランダは両手を口に当てた。
「ラウちゃん、そんなものを食べて、おなかを壊したりしないかしら・・・!」
「え?そっち?」
自分の推理に感心したんじゃないのかと、コムイががっかりと肩を落とす。
「わ・・・私、ラウちゃんをお医者様に見せるよう、殿下に申し上げてきます!!」
「あ・・・うん。
転ばないようにね・・・」
慌てて居間を出て行ったミランダの背を見送って、コムイは不満げに口を尖らせた。
その頃、ロード・・・いや、今は金髪の少女を追っていたアレンとリナリーは、何度も辻馬車を乗り継ぐ彼女を追って、クラペイロン通りまで戻って来た。
「戻って来た、ってなんで?」
思わず呟いたアレンにリナリーが尋ねると、彼はラビがアレン用に描いてくれたわかりやすい地図を取り出し、星印のついた箇所を示す。
「ここ、ロードの家です」
「近いんだ・・・」
こくりと頷いたリナリーは、馬車を降りたロードが入っていくアパートメントを見つめた。
「ここも抜け道があるのかな・・・」
「聞いてみるよ!」
馬車を降りるアレンに、リナリーはまた自分のハンカチを貸す。
「ナンパ用に持ってれば?」
「いや・・・あの・・・いってきます」
リナリーの皮肉にうろたえながらもアレンは、アパートメントに入り、管理人に声を掛けた。
「あの・・・すみません!
今ここに入っていった金髪の女の子がこれを落としたんですけど」
そう言ってリナリーのハンカチを差し出したアレンを、管理人はじろりと睨む。
「ニノンが?
あの子はそんな、うかつな子じゃないけどね」
「え?あ・・・えっと、ニノンって言うんですか?
じゃあ、本名はアンヌ・・・なんていうんです?」
「あんた、誰?」
疑い深い目で見られて、アレンはうろたえた。
「あの・・・だから、落としたハンカチを拾って・・・」
「可愛い子と見ると、そうやって声を掛ける奴がいるよね」
「ぼ・・・僕はそんな・・・!」
「住人のことなんか教えないよ。痛い目に遭いたくなけりゃ、とっとと帰りな」
きつく睨みつけられて、アレンは仕方なくアパートメントを出る。
「どうだった?!」
迎えてくれたリナリーには、首を振って失敗したことを伝えた。
「そんなに疑い深いのはもしかして、ここが怪盗の重要な拠点だからじゃないの?」
「え?!」
目を丸くしたアレンを、リナリーは真剣な目で見つめる。
「管理人なんて泥棒避けの役目もしてるんだから、高級アパートメントの管理人なら用心深くて当然かもしれない。
だけど・・・」
そう言ってリナリーは、古いアパートメントを見上げた。
「それなりの値段はしそうだけど、高級ってワケじゃない。
中級以上のブルジョアは住んでるだろうけど、貴族や大金持ちは住んでない。そんなとこだよ、ここは」
王宮勤めが長かったせいか、彼女の物を見る目は確かだ。
「そんなアパートメントの管理人が、こんな子供一人を警戒するほど殺気立ってるわけがない」
「確かに・・・」
「ここはとっても怪しいよ」
兄さんに知らせようと、踵を返したリナリーにアレンは続いた。
二人でクラウドの邸宅に戻るや、アレンはまず、リナリーを連れて行ったことを探偵にひどく叱られた。
「ご・・・ごめんなさい・・・!」
頭に出来た大きなたんこぶをさすりつつ、アレンはぴすぴすと鼻を鳴らす。
「危ないってわかってる場所に女の子を連れて行くなんて!
それでもアレン君は少年探偵なのかい?!ううん、男の子なの?!」
赤くなった鼻をつついて怒るコムイの手を、リナリーが横から掴んだ。
「だから!
私が無理矢理ついて行ったんだってば!
そんなにアレン君を叱らないでよ!」
リナリーが詰め寄ると、コムイは屈みこんで彼女の鼻を抓む。
「リナリーには殿下のお傍にいて、ボクの仕事には関わらないでって言ったでしょ!」
「にゃからそれは・・・臨機応変って言ったじゃないか!」
兄の手を引き剥がし、赤くなった鼻をさするリナリーの前で、コムイは仁王立ちになった。
「許可なんかしてません!
こんな勝手なことをするんなら、全寮制の女子校にでも閉じ込めて、出られないようにしちゃうよ!」
「そ・・・そんな・・・!」
「もう、その辺にしておけコムイ」
本気で泣き出したリナリーに、クラウドがため息をつく。
「リナリーの頑固で勇敢な気質は、育てた私のせいでもある。
私に免じて許せ」
彼女にそう言われてしまうと、コムイには何も言えなかった。
不満げに頷き、アレンのこめかみをつつく。
「じゃ、報告しなさい」
「はい・・・!」
ぐいっと涙を拭って、アレンはロードの通う学校を突き止めたこと、授業を終えて帰る彼女の後をつけ、不思議な行動を見たことを話した。
「では、その子供があの金髪の少女であることに間違いはないのだな?」
「僕は、当の金髪の子を見たことがないので確かにとは言えません。
だから・・・」
ちらりとコムイを見遣ると、彼はアレンの言いたいことを察して頷く。
「殿下、明日、その子の面通しをしませんか?」
「あの娘の、か」
にやりと笑って、クラウドは頷いた。
「どうせなら、被害に遭ったという数学教師や、男爵家の下男も連れてくるといい。
全員であの娘を弾劾してやろうではないか」
容赦のない言いように、コムイは苦笑する。
「男爵の事件については、彼女は被害者でもあるかもしれませんから、そこはお優しくお願いしますよ」
コムイの甘さに鼻を鳴らし、クラウドは腕を組んだ。
「私は、ダイヤさえ戻ればそれでいい。
その娘をあの金髪の少女だと断定することで、ダイヤは無事に取り戻せるのだろうな?」
「もちろんですよ」
にやりと、コムイが意地の悪い笑みを浮かべる。
「彼女を人質にして、怪盗からダイヤを取り返します」
「よろしい」
頷いたクラウドが、神田を手招いた。
「明日、数学教師と下男をここに招くよう、手配を・・・」
「あぁ、ここはダメです!」
すかさず言ったコムイを、神田が訝しげに見る。
「なぜだ?
警官を配置するにしても、ここなら広さも申し分ないだろうに」
「彼女が警戒して、来てくれないよ」
きっぱりと言ったコムイに、彼は眉根を寄せた。
「とっ捕まえて連行すれば問題ねぇだろ」
「・・・あのね、神田君。
ボクら、ここじゃなんの権利もない外国人だよ?
そんなボクらがこの国の有名人のお嬢さんとっ捕まえて連行なんかしてご覧。
逮捕されるのはボクらだよ」
呆れ顔で諭されて、神田が憮然と黙り込む。
「ですからね、彼女をちょめ君の日本茶館へご招待するんですよ。
明日は彼女の店のオープニングデイです!」
誘い出せば喜んで来てくれるだろうと、コムイはアレンに向き直った。
「そういうわけでね、アレン君。
キミは明日また、ラビとあの家に行って、お嬢さんを誘い出してきなさいよ。
今日のお礼とかなんとか言って、うまーく連れ出しておいで 」
「らじゃーです!!」
張り切って敬礼するアレンに、リナリーが口を尖らせる。
「じゃあボクは・・・怪盗を捕まえる仕掛けを作ってきますよ♪」
いつまでも彼の前に姿を見せない怪盗を燻り出すのだと、コムイは獲物を狙う猫のように目を光らせた。
夜の間中、どこかへ出かけていたコムイが戻って来たのは翌朝、邸内の者達が朝食を終えてしまった頃だった。
よろよろとホールに入って来た彼に気づきもせず、ミランダは見送るクラウドに会釈する。
「では失礼いたします、殿下。
早くダイヤが見つかりますように」
「あぁ・・・お前にも迷惑をかけてすまなかったな」
「まぁ!とんでもありません・・・!」
私こそご迷惑を、と、ミランダが深々と一礼した。
「お世話になりました。
神田君もありがとう」
ミランダが差し出した手を軽く握り、会釈した彼の動きが見事に決まっていて、共に見送りに出ていたアレンが不満げな顔をする。
それに気づいたのか、苦笑したミランダが小首を傾げた。
「アレン君、ラビ君はどうしちゃったの?」
ここにはいないラビを気にする彼女に、アレンは肩をすくめる。
「昨日からこちらの客用寝室お借りして、まだ寝てます。
さすがに、何十枚もの設計図を描くのは疲れたみたい」
「そう・・・・・・」
気になる様子で階上を見上げたミランダが、視線をアレンに戻した。
「アレン君、ロンドンでお菓子を用意して待っているから、前夜祭には戻ってきてね」
「はいっ!!!!」
目を輝かせて頷いたアレンに微笑み、もう一度クラウドに会釈して踵を返したミランダは、ようやくコムイに気づいて足を止める。
「まぁ・・・!
今お帰りになったんですか、コムイさん・・・!
大丈夫ですか?」
誰にでも気遣いを忘れない彼女の優しさに、コムイはほっと表情を和ませた。
「すっごく眠くてお腹減ってるけど、大丈夫だよ。
ミランダさん、気をつけて帰ってね」
「はい、ありがとうございます。
コムイさんもがんばってくださいね!」
会釈してホールを出て行くミランダの後に、リナリーが続く。
「私、一緒にちょめちゃんの店に寄ってから、ミランダを駅まで送ってくるよ。
後でまた、お店に行っても・・・」
「ダメ!」
きっぱりと言われたリナリーの顔が引き攣り、何か言い返そうとしたが堪えてミランダを追った。
「いってらっしゃい
リナリーはちゃんと『ここに』帰って来るんだよ!」
「・・・ふんっ!」
ダメ押しされて不満げなリナリーが、ミランダに続いて馬車に乗る。
「監視つけといた方がいいかなぁ」
不安げに見送るコムイに苦笑して、クラウドが歩み寄った。
「首尾は上々なのだろうな?」
「モチロン 」
自信満々の意地悪な笑みが浮かぶ。
「生意気なネズミを、せいぜいいたぶってあげましょ 」
コムイが怪盗へ向けて言った言葉に、なぜかアレンが震え上がった。
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少年探偵と建築家宅へ。 |
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探偵と日本茶館へ。 |
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