「それで、この子はなんて名前にするの?」
「リナリー!離れて!!」
不用意に、食人花に近づこうとしたリナリーを、アレンが甲高い声を上げて制した。
「なっ・・・なに?!」
驚いて身を引いたリナリーが、一瞬前までいた場所を、食人花の牙がかすめる。
「いっ・・・今この子、私を狙ってた?!」
真っ青な顔を向けるリナリーに、アレンとラビが、眉根を寄せて頷いた。
「この花は、とっても嫉妬深いんです」
「そう。苗の時から慣らしていたなら違うかもしんねぇけど、ここまで成長したら、『女』に対して敵対心を持つみてぇなんさ」
俺も、マドモアゼルに何度も食われかけた、と、しんみり語るラビに、アレンが乾いた笑声を上げる。
「そこまでして、栽培してくれなくても良かったのに・・・・・・」
「どーしても、お前に思い出のおすそ分けがしたかったんさ 」
寒々しいほどにこやかな笑みを交わす二人の傍らで、寒気を覚えたか、神田がぶるりと身体を震わせた。
「・・・でも、クロウリー城では、群生してましたよね?ケンカとかしなかったのかな?」
「ぜってぇアレ、上下関係あったと思うさ!
あん中に女王花があって、身分が決まってたんじゃね?蜂や蟻みたいにさ!
じゃなきゃ・・・」
と、ラビは、リナリーを威嚇するように牙を剥く花を指し示す。
「個別に育てた種は、異常に誇り高くなっちまうか」
「それですよ!」
アレンは、はたと手を叩いて同意した。
「師匠に言われたんです!
ロザンヌ様をお世話申し上げる時は、女王陛下に対するように恭しくしろって!!」
「あー・・・そりゃ、クロちゃんにも噛み付くさ。女王は二人もいらねぇもん・・・」
「師匠・・・!たばかりましたね・・・・・・!」
握りしめた拳を震わせたアレンは、『あ』と叫んで、顔を上げる。
「ラビ、この子を育てる時、マリー・アルベルティーヌ・ヴィクトワール・ジェルトリュド・フロランス様にはご対面申し上げたんですか?!」
「・・・アレン君?
お花に対して、なに、その最上敬語・・・・・・?」
間違っているわ、と、指摘するリナリーに、しかし、アレンとラビは揃って首を振った。
「古代花に関しては、これが正しいんです!」
「さもないと食われるさ!」
「・・・どういった花だ」
思わず呟いた神田に、一瞬、アレンとラビの唇が歪む。
「・・・今の顔はなんだ?」
「いーえ、別に!」
「なんか気になったさ、ユウちゃん?」
わざとらしく笑いつつ、二人は元の話題に戻った。
「それがさ、あんまりマドモアゼルが嫌がるもんだから、ベビィの温室は苗木ン時から布で覆って、どっちからも見えないようにしちまったんさ」
「じゃあ・・・個別で育てた場合と同じか。
仕方ないですね、お二人は、決してお会わせしないように気をつけましょう」
「ゴメンさ、アレン〜!そこまで意地悪するつもりはなかったんけどさ〜!」
「はは・・・僕も、そこまでラビが意地悪だなんて思ってませんよ」
心底反省しているらしいラビに、乾いた笑声を上げつつ、アレンは改めて食人花の鉢に歩み寄り、その前に跪いた。
「失礼いたしました、ロザンヌ様。僕はアレン・ウォーカーと申します。
今後、貴女様のお世話を申し上げますので、よろしくお願いいたします」
言いつつ、深くこうべを垂れたアレンに、驚嘆の声が沸く。
「なにやってんだ、お前?!」
「そ・・・そうよ!どうしたの、アレン君?!」
事情を知らない神田とリナリーが、一際高い声を上げたが、それは、ラビに制された。
「今、命がけのご挨拶の最中さ!これによって、今後の関係が決まるんさ!」
「ど・・・どういう関係よ?!」
大きな目を、更に大きく見開いたリナリーに、ラビは、力なく首を振る。
「最初にご機嫌を取っておかないと、お花様がお怒りになった時、酷いんさ!
・・・・・・俺も、それを最初に聞いてりゃ、マドモアゼルがお怒りになる度に、食い殺されそうになったりしなかったんだろうけどな」
「エクソシストともあろう者が、情けねぇザマだな!」
忌々しげに吐き捨てた神田の眼前で、しかし、アレンは未だ、食人花に魅惑的な笑みを向けていた。
その彼に、何を思ったか、ティムキャンピーがパタパタと寄って来て、いつも通り、頭の上に乗る。
途端、お花様が、気分を害したように震えだした。
「ティ・・・ティム?なにやってんの、お前・・・・・・!」
お花様お怒りのご様子に、頭上のティムキャンピーが何かしたのか、と思い、見上げると、彼は長い尻尾の先で、物珍しげにお花様の花弁をつついていた。
「ティッ・・・ティム!!コラ、やめろ!!ロザンヌ様に失礼だろ!!」
必死に叫んだが、時すでに遅し。
お花様は鋭い牙を剥き出し、ティムキャンピーを狙って食いついた―――― が、素早く彼が宙へと飛び去ったため、彼女の牙は、アレンの頭部に食いこんだ。
「ぎゃ――――!!!!」
「きゃあああ!!!アレン君!!」
「リナリー!お前が手ぇだすと、かえってこじれるさ!!」
思わず駆け寄ろうとしたリナリーを、ラビが制し、アレンとお花様の間に入る。
「お・・・落ち着くさ、ベビィ!・・・いや、ロザンヌ様!!
アレンは悪くないんだから、放すさ!な?!」
悪いのはこっち!と、ラビがティムキャンピーをわしづかみにして差し出すと、ようやくお花様はアレンの頭部から離れた。
「うー・・・イタタ・・・・・・」
血のにじんだ頭をさすりつつ、アレンがお花様を見遣ると―――― 彼女と対抗するように、ティムキャンピーが鋭い牙を剥き、互いにものすごい奇声を上げて戦っている。
「わぁぁぁ――――!!!なにやってんの、ティム――――!!!」
絶叫すると、ティムキャンピーは再びアレンの頭頂に飛び乗り、お花様に向かって、威嚇するように牙を剥いた。
「え・・・?ティム、どうしたの・・・・・・?!」
驚いて、頭上のティムキャンピーを見上げるアレンに、ラビが、訝しげに眉を寄せる。
「もしかして・・・ティムとロザンヌ様、お前を巡って戦ってんじゃね?」
ラビの意見に、しかし、神田が首を傾げた。
「モヤシ自身というより・・・モヤシの頭頂を取られんのが嫌なんじゃねぇのか、ティムは?」
「定位置に固執してるのね!」
「僕の頭は戦場か――――!!!!」
リナリーの結論に、絶叫するアレンを巻き込んで、ティムキャンピーとお花様の戦いは続き、二人(?)が牙を剥く度に、アレンの白い髪が、紅く染まっていく。
その様に、神田が苛立たしげに舌打ちし、無造作にお花様の蔓を掴むと、アレンの頭から無理やり引き剥がした。
「いっっだぁぁぁ――――っ!!!」
甲高い悲鳴を上げたアレンに、神田は更に忌々しげに舌打ちする。
「花ごときにへりくだるなんざ、アホらしいと思わねぇのかよ!」
叫ぶや、あろうことか、神田はお花様を乱暴に投げ出し、そのまま踵を返して部屋を出て行ってしまった。
「だ・・・大丈夫、アレン君?」
食い込んでいた牙を、無理やり引き剥がされたため、大出血を強いられたアレンに、リナリーが遠くから、気遣わしげに声を掛ける。
「なんとか・・・・・・」
彼女には、気丈に笑みを向けつつも・・・傍らのラビと視線を合わせたアレンの目は、笑っていなかった。
「6月には、株分けしたお花様を彼に・・・・・・!」
「・・・・・・ラジャりました、アレン魔王陛下」
こっそりと囁き交わした二人は、次に、激怒状態のお花様をどうやってなだめるか、真剣に頭を抱えた。
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